ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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42.一世一代の勝負

 ドゴムッ!グシャッ!ガキーン!バキバキバキィッ!!

 

「さてハジメさんや。お前さんの愛しい彼女と、お前さんを慕う女の子が出す破壊音について、何か言う事はあるかね?」

 

「ユエなら一向に構わん。駄目ウサギは知らん。」

 

「南雲サンは清々しい程にブレないっスね。」

 

 訓練開始から早10日。樹海の奥から聞こえるユエとシアの戦闘音をBGMに、ハジメと社、アルの3人は雑談に興じていた。そこそこ距離があるにも関わらず、時折響いて来る轟音は戦いの激しさを如実に物語っているのだが、ハジメ達は特に気にする様子も無い。

 

「しっかし、ユエさんと姉ウサギさんが勝負ねぇ・・・。一体ダレノコトデ争ッテイルンダー。」

 

「ニヤニヤしながらコッチを見るな。別に俺の事だと決まった訳じゃないだろ。」

 

 実にワザとらしい棒読みと意味深な目線を向ける社に対し、ハジメは目を逸らしながら言い逃れをする。事実、ハジメが聞かされていたのは「この10日間でシアとユエが何かを賭けて勝負している」事のみであり、勝負の内容や何を賭けたのかまでは教えられていなかった。

 

「つってもなぁ、姉ウサギさんは兎も角、ユエさんがムキになるならハジメ絡みなのはほぼ確定だろう?妹さんは何か聞いてないの?」

 

「え?イヤ、エット、アタシはーーーあうっ。」

 

 社に話を振られ、何故かワタワタしたアルの右側頭部から突如、ニョキッと角が生えた。外観はガゼルの角に近い様に見えるが、半ば程で三叉に分かれている。恐らくコレも樹海に潜む動物か魔物が持つ特徴と同一のモノだろう。

 

「ハイ、妹さんアウトー。」

 

「ムゥ・・・結構良い感じだったと思ったんですケド。」

 

「実際悪くないと思うよ?呪力操作も最初の頃よりは、見違える程上手くなってるしね。」

 

 生えた角を手で(さす)りながら悔しがるアルを、社はお世辞抜きで褒めていた。()()()()()()()()()()()()、社の想像以上にアルは呪術的な才能に秀でていた。『術式』の発動は未だぎこちないものの、それを差し引いても呪力操作等のセンスには光るものがあったのだ。

 

「そっちの訓練は順調そうだな?」

 

「ああ、嬉しい誤算だ。・・・そりゃ、今の姿を見れば分かるか。」

 

 ハジメと社の視線の先では、アルが頭に生えた三叉の角を、四苦八苦しながらも何とか引っ込めようとしていた。流れる様な金髪を、緩いツーサイドアップで纏めた彼女の顔や手には、既に異形の証は無い。獣を思わせる体毛や爪も、爬虫類の様な鱗や牙も。少なくとも見える範囲に限れば、アルの肉体からは跡形も無く消え去っていた。

 

「しかし、こんなアッサリ治るとはな。」

 

「気を抜くと戻っちまうから、まだ完全にって訳じゃ無いんだけどな。それなのに、ハウリアの人達と来たら・・・。いや、気持ちは分かるんだけど。」

 

 酷く疲れ切った表情で呆れる様にこめかみを抑える社。事の発端となったのは、3日前の夕暮れ時の事。一時的とは言え元の姿を取り戻せる様になったアルを、ハウリア達にお披露目した際の事だった。

 

 流石は情に深い兎人族と言うべきか、元に戻ったアルの姿を一目見た瞬間、ハウリア達は直ぐに彼女の正体に気付いた。兎人族(かぞく)が自分の事を見抜いてくれた事に嬉しいやら困惑やらで戸惑っていたアルを、ハウリア達は直ぐに取り囲むと心底嬉しそうに喜びや祝いの言葉を掛けていた。彼等彼女等の中には涙ぐむ者も一定数おり、カムとシアに至っては周りを気にせず号泣していた為、当のアルが1番焦っていたのが印象的であった。・・・ここで終わってくれたならば、社の感想も「異世界でも家族の絆は美しいものだなー」で済んだのだが、そうは問屋が下さなかった。

 

「あー、この前のアレか。つうか、何でお前は逃げ回ってたんだ。俺は腹抱えて笑ってたが。」

 

「ハジメってば薄情過ぎない?俺割と必死じゃなかった?」

 

「ああ、だから笑えた。」

 

「クソァ!」

 

 問題はその後だった。ハウリア達が 一通り落ち着いた(アルを揉みくちゃにした)後、その矛先が今度は社に向いたのだ。然もありなん、アルにとってハウリアが大事な家族である様に、彼等にとってもアルは大切な家族だった。兎人族(じぶんたち)を救うだけでなく、家族(アル)の長年の悩みを解決してくれた社に対して、何かお礼をと考えたのは当然の流れではあった。

 

 が、社はそれを丁重に拒否した。社からすれば己のやりたい様にやった結果が、偶々ハウリア達の益になっただけなのだから。そこにお礼を求めるのは筋違いだと、社はハウリアを説得しようとする。だが、そんな言い分で情深いハウリア達が納得する筈も無く。

 

「ウサミミ付けた40人近い集団が一斉に俺を見たと思ったら、コッチに向かってにじり寄ってくるんだぞ?そりゃ逃げたくもなるだろ。オマケに逃げたら逃げたで、連携とって人海戦術で俺の包囲網作ろうとしてくるし。」

 

「成る程、ちゃんと訓練の成果は出てる訳だ。」

 

「ツッコむのはそこじゃ無いよな?俺の事もっと労って?」

 

 ハジメの余りの他人事さに、思わず遠くを見てしまう社。ジリジリと距離を詰めるハウリア達を見て、社は迷わず〝気配遮断〟全開で逃走した。だがハウリア達も()るもので、気配を追えないと視るや数に任せたローラー作戦を決行。痺れを切らしたハジメがハウリア達にドンナーを乱射するまで、無駄にレベルだけは高い鬼ごっこが続いたのだった。ハジメと社の目論見通り、ハウリア達は索敵能力と隠密能力を駆使した〝奇襲と連携に特化した集団戦法〟を身に付けた訳だが、まさかこんな形で実感するとは社も思ってなかった。

 

「それで、実際の所妹ウサギはどうなんだ?まだ暴発はしてるみたいだが。」

 

「ん?ああ、元の姿に戻れる時間はかなり伸びてる。今は集中してなきゃダメかもしれないけど、呪力操作が自然と出来る様になれば、『術式』に振り回される事も無くなるだろうな。」

 

 社がこの7日間でアルに教え込んだのは、たった1点。呪術師の基本にして基礎である〝呪力操作〟の方法だった。『術式』がどう言うものであれ『呪力』の制御は出来るに越した事は無いし、最悪『術式』の効果が分からなくても、『呪力(でんき)』の制御さえ完璧ならば『術式(かでん)』は動かないからだ。

 

「結局、妹ウサギの『術式』は何だったんだ?」

 

「ん〜・・・。妹さん、ハジメに君の『術式』話しちゃっても良い?」

 

「へ?別に良いっすケド・・・。何で態々聞いたんスか?」

 

「いや、人の『術式』勝手に話すのはマナー違反だって師匠(じいさん)に教わってたからね。妹さんもあんまり他人に言っちゃ駄目だからね?」

 

 『術式』とは、呪術師にとっての要であり、最も信頼出来る武器の1つであり、そしていざと言う時まで秘すべき切り札でもある。初見殺しの能力なら言わずもがな、術式開示の『縛り』*1も有用である為、仮にタネが割れていたとしても周りに吹聴する様な真似は控えるべき、と言うのが社の祖父の教えだった。

 

「・・・宮守サン、アタシに自分の『術式』の事、フツーに教えてくれませんでした?」

 

「そりゃ、呪力操作の感覚を伝えるのに〝比翼鳥〟を使うつもりだったからね。少しでも効率を上げるために、術式開示の『縛り』を課す為に話しただけさ。それに『術式』の具体的な例があった方が、自分の『術式』のイメージもしやすいでしょ?」

 

 社がアルの訓練に採用したのは、〝比翼鳥〟により呪力操作の感覚を共有する手法だった。〝比翼鳥〟の持つ「他者との意識の同調能力」を利用する事で、説明の難しい部分を丸ごとすっ飛ばして、呪力を操作する感覚を文字通り感じ取ってもらおうとしたのだ。

 

 態々術式開示の『縛り』を課したのは、感覚を共有する者同士がどれだけ互いを信頼し合えるかで、同調出来る深さが決まるからだ。社もアルも互いに悪い印象を持っている訳では無いので〝比翼鳥〟の使用に問題は無いが、念には念をと言うやつである。

 

「それで、妹さんの『術式』はーーーと、向こうは終わったみたいだな?」

 

「ん?ああ。いつの間にか音も止んでたしな。・・・こっちに来るな。」

 

 樹海の奥から聞こえる破壊音が止み、暫くしてシアとユエの気配が近づいて来た。全く正反対の雰囲気を纏わせているユエとシアを訝し気に思いつつも、ハジメは片手を上げて声を掛ける。

 

「よっ、二人共。勝負とやらは終わったのか?」

 

「お疲れ様ー。・・・この雰囲気だと、賭けは姉ウサギさんの勝ちかい?」

 

 ハジメと社の言葉に、トロフィーの様にハジメ作の大槌*2を掲げてドヤ顔するシアと、それとは正反対に気まずそうに目を逸らすユエ。何方が勝者で敗者なのかは、一目瞭然だった。

 

 2人の反応を見て、素直に驚くハジメ達3人。ハジメと社は奈落の底での経験から、ユエとシアが戦っても十中八九ユエが勝つと考えていた。いくら魔力の直接操作が出来るといっても、今まで平和に浸かってきたシアとは地力が違うからだ。アルも付き合いは短いとは言えユエの規格外さは知っていた為、義姉の勝利は難しいと考えていたのだが・・・ハジメ達の予想は、見事に覆された様だ。

 

「ハジメさん!社さん!アル!聞いて下さい!私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いや~、ハジメさん達にもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ!?」

 

「・・・義姉さんはもう少し、自重って言葉を覚えた方が良いんじゃナイ?」

 

 身振り手振り大はしゃぎという様相で戦いの顛末を語るシアだったが、調子に乗りすぎて、ユエのジャンピングビンタを食らい錐揉みしながら吹き飛ぶとドシャと音を立てて地面に倒れ込んだ。よほど強烈だったのかピクピクと痙攣して起き上がる気配は無く、そんな義姉をアルは呆れてジト目で眺めている。

 

「で?どうだった?」

 

「あ、それ俺も聞きたい。一体何やらかしたの、姉ウサギさん。」

 

 フンッと鼻を鳴らし更に不機嫌そうにそっぽを向くユエに、ハジメと社は苦笑いしながら尋ねる。勝負の結果というよりも、その内容についての問いだ。どんな方法であれ、ユエに勝ったという事実は俄には信じ難い。ユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。ユエは話したくないという雰囲気を醸し出しながらも、渋々といった感じで2人の質問に答えた。

 

「・・・魔法の適性は2人と変わらない。」

 

「ありゃま、宝の持ち腐れだな・・・で?それだけじゃないんだろ?あのレベルの大槌をせがまれたとなると・・・。」

 

「・・・ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル。・・・社程じゃ、無いけど。」

 

「まぁ、俺は例外だろうけども。ハジメやユエさんと比べてどうよ?」

 

 ユエの評価に目を細めるハジメと、興味深そうに耳を傾ける社。正直、2人の想像以上に高評価であった。珍しく無表情を崩し苦虫を噛み潰したようなユエの表情が、何より雄弁にその凄まじさを物語っている。ユエは社の質問に少し考える素振りを見せると、ハジメに視線を合わせて答えた。

 

「・・・強化してないハジメの・・・6割くらい。」

 

「となると、6000近い数値になるのか。中々じゃないか、姉ウサギさん。」

 

「ん・・・でも、鍛錬次第でまだ上がるかも。」

 

「おぉう。そいつは確かに化物レベル・・・化け物レベルだよな?社の所為で感覚麻痺ってるが。」

 

「いや、十分すぎるだろ。伸び代も考えれば、期待値は大分高い筈だぞ。」

 

 ユエから示された化物ぶりに、ハジメと社はシアに何とも言えない眼差しを向けた。宮守社と言う狂った前例(ゴリラ)の所為で多少霞んではいるものの、シアのステータスも十分にぶっ飛んでいる。今のハジメ達は知る由もないが、天之河光輝(天職:勇者)が現時点で出せる時限付き・デメリット有りの全力が平均で3000弱。要するにシアは本気で強化した勇者の2倍の力を持っている事になる。まさに〝化物レベル〟というに相応しい力だろう。曲がりになりもユエに土をつけることが出来た訳である。泣きべそをかきながら頬をさすっている姿からは、とても想像できない。

 

 と、ここでシアがハジメ達に呆れ半分驚愕半分の面持ちで眺められている事に気が付く。彼女はいそいそと立ち上がると、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメと社の下へ歩み寄った。背筋を伸ばし、青みがかった白髪を靡かせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事ーーー否、告白をするのだ。緊張に体が震え表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむ2人の眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。

 

「ハジメさんに、社さん。私を貴方達の旅に連れて行って下さい。お願いします!」

 

「断る。」/「・・・・・・。」

 

「即答!?社さんに至っては相変わらず無反応!!」

 

 まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳には「いきなり何言ってんだ、こいつ?」という残念な人を見る目でシアを見つめるハジメの姿と、片眉を上げた以外は無表情のままの社が映っている。「もうちょっと真剣に取り合ってくれてもいいでしょ!?」と憤慨するシア。

 

「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、それをあっさり・・・。社さんも何か言ってくれませんか・・・?」

 

「んー、姉ウサギさんの理由による、としか俺は言えないかなぁ。」

 

 社としてはシアの同行を拒む理由は無いが、受け入れる理由も無い。更に言えば、社達は今後間違い無くこの世界の自称〝神〟を筆頭とした厄介事に巻き込まれる。その時の事を考えれば、着いて来ない方が良いのでは?と言うのが社の意見だった。言ってしまえば、消極的反対の立場だ。

 

「社の意見は兎も角として、だ。大体、カム達どうすんだよ?まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」

 

「ち、違いますよ!今のは私だけの話です!父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど・・・その・・・。」

 

「その?なんだ?」

 

 何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて、上目遣いでハジメの方をチラチラと見ている。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。傍らのユエがイラッとした表情で横目にシアを睨んでいる。社は変わらず無表情のままだったが、その様子を見ている内に何かに気付いたのか目を見開くと、事態の推移を見守るべく黙りを決め込んだ。

 

「その・・・私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって・・・。」

 

「はぁ?何で付いて来たいんだ?今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし。」

 

「で、ですからぁ、それは、そのぉ・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 モジモジしたまま中々答えないシアにいい加減我慢の限界だと、ハジメはドンナーを抜きかける。それを察したのかどうかは分からないが、シアが女は度胸!と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」

 

「・・・・・・は?」

 

「Foo!マジかよやるねぇ姉ウサギさん!」

 

「・・・社、煩い。」

 

 言っちゃった、そして噛んじゃった!と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。何を言われたのか理解が追いついていない様子だ。

 

 一方、直前に予想出来たとは言え、余りにも真っ向勝負な告白を披露されテンションが上がりまくる社。別にハジメやユエの気持ちを蔑ろにするつもりも、横恋慕や掠奪愛を推奨している訳でも無い。無いがそこはそれ、他人に言えないものの婚約者(フィアンセ)が居る身からすれば、アルの漢気、もとい 漢女(おとめ)気は社にとっては手放しでの賞賛に値するもの。ユエの八つ当たり苦言もなんのその、社の心中に置いてシアの株はストップ高だった。

 

「いやいやいや、おかしいだろ?一体、どこでフラグなんて立ったんだよ?自分で言うのも何だが、お前に対してはかなり雑な扱いだったと思うんだが・・・まさか、そういうのに興奮する口か?」

 

 数十秒後、何とか再起動を果たしたハジメは、まさかとは思いつつも自分の推測を口にすると、ドン引きしたように一歩後退る。言ってる事はまぁまぁ酷いが、それだけハジメが動揺している事の証左でもあった。

 

「誰が変態ですか!そんな趣味ありません!っていうか雑だと自覚があったのならもう少し優しくしてくれてもいいじゃないですか・・・。」

 

「いや、何でお前に優しくする必要があるんだよ・・・そもそも本当に俺が好きなのか?状況に釣られてやしないか?」

 

 シアの猛然の抗議に対して、ハジメは未だ彼女の好意が信じられないのか、所謂吊り橋効果を疑った。今までのハジメのシアに対する態度は、誰がどう見ても雑だったので無理も無い。だが、自分の気持ちを疑われてシアはすこぶる不機嫌だ。

 

「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を何度も救われて、同じ体質で・・・長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし・・・ただ、状況が関係あろうとなかろうと、もうそういう気持ちを持ってしまったんだから仕方ないじゃないですか。私だって時々思いますよ。どうしてこの人なんだろうって。ハジメさん、未だに私のこと名前で呼んでくれないし、何かあると直ぐ撃ってくるし、鬼だし、返事はおざなりだし、魔物の群れに放り投げるし、容赦ないし、鬼だし、ユエさんばかり贔屓するし、社さんにも優しいのに私には優しくしてくれないし、鬼だし・・・あれ?ホントに何で好きなんだろ?あれぇ~?」

 

「・・・まぁ、蓼食う虫も好き好きって言うしね。姉ウサギさんの想いも、おかしいものじゃ無いでしょ。」

 

「おう、後でそのニヤケ面凹ましてやるから覚悟しとけよ社。」

 

 話している間に自分の気持ちを疑いだしたシアと、愉快そうな表情を隠し切れていない社に、ビキビキと青筋を浮かべながらドンナーに手を掛けるハジメ。言っている事は間違いではないが、シアもシアで大概だった。

 

「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れて行くつもりはない。」

 

「そんな!さっきのは冗談ですよ?ちゃんと好きですから連れて行って下さい!」

 

「あのなぁ、お前の気持ちは・・・まぁ、本当だとして、俺にはユエがいるって分かっているだろう?というか、よく本人目の前にして堂々と告白なんざ出来るよな・・・前から思っていたが、お前の一番の恐ろしさは身体強化云々より、その図太さなんじゃないか?お前の心臓って絶対アザンチウム製だと思うんだ。」

 

「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですか!うぅ~、やっぱりこうなりましたか・・・ええ、分かってましたよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました。」

 

 突然、フフフと怪しげに笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。社もシアがここからどんな手を打つのか、興味深そうに眺めていたのだが。

 

「こんなこともあろうかと!命懸けで外堀を埋めておいたのです!ささっ、ユエ先生!お願いします!」

 

「は?ユエ?」/「ユエさん?」

 

 完全に予想外の名前が呼ばれたことに目を瞬かせるハジメと社。「してやったり!」というシアの表情にイラッとしつつ、ハジメは傍らのユエに視線を転じる。ユエは、やはり苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情で、心底不本意そうに2人に告げた。

 

「・・・・・・・・・ハジメ、社、連れて行こう。」

 

「いやいやいや、なにその間。明らかに嫌そうーーーもしかして勝負の賭けって・・・。」

 

「・・・無念。」

 

(確かに、姉ウサギさんが直接ハジメに頼んだところで望みは薄いし、仮にハジメを納得させても、ユエさんの一言で全部パーにされる可能性もある。だから、ユエさんを味方につけるってのは理屈的には大正解なんだけど・・・マジで凄いな、姉ウサギさん。)

 

 ガックリと肩を落とすユエに大体の事情を察したハジメと社は、もはや呆れやら怒りを通り越して感心した。正しく、言うは易し行うは難し、だろう。〝命懸け〟というのも強ち誇張した表現では無い筈だ。生半可な気持ちでユエを納得させることなど不可能なのだから。この10日間、殆ど彼女達を見かけなかったが、文字通り死に物狂いでユエを攻略しにかかったに違いない。つまり、それだけシアの想いは本物ということになる。

 

 社がユエの方をチラリと見ると、不本意そうではあるが仕方ないという様に肩を竦めている。この10日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ていたからこそ、そして、その上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、旅の同行は認めるつもりのようだ。元々、シアに対しては、ハジメの事を抜きにすれば、其処まで嫌いというわけではないという事もあるのだろう。

 

 そもそもの話として、ユエが何のメリットも無いシアの賭けに乗ったのは、身も蓋も無い言い方をすれば〝同類意識〟と〝女の意地〟が原因だった。自分とは異なり比較的に恵まれた環境にあることに複雑な感情を覚えつつも、ユエは心の何処でシアに対して〝同類〟であるという感情が湧き上がったことは否定出来なかった。

 

 そんな曲がりなりにも〝同類〟と思ってしまった相手が、自分と共通の想い人に追い縋ろうと、凄まじい集中力と鬼気迫る意気込みで鍛錬に励んでいたのだ。そんな風にシアの想いの深さを突きつけられたユエは、ハジメの恋人として黙ってはいられなくなったのだ。

 

「・・・ユエさんがノーと言わない以上、俺は反対出来ないね。後はハジメ次第かな。」

 

「社さん!?」

 

 社の思わぬ発言に、シアは思わず驚きの声を上げた。シアがユエの説得のみに注力していたのは、ハジメは何だかんだでユエには甘い事を見抜いていたのと、社はシアの味方にも敵にもならない、謂わば中立に近い立位置なのではと予想していたからだった。

 

 シアはハジメへの想いとは別に、ユエや社に対しても近しい存在にーーー有り体に言えば〝友達〟になりたいと本気で思っていた。この世界でも極僅かな、自分の〝同類〟であることが多分に影響しているのだろう。だが、それが叶うのもハジメ達に旅の同行を許されればの話である。故に、この10日間でハジメや社と仲良くなるよりも、一先ずはユエに認められようと必死に頑張ったのだ。

 

 社は中立に近い、と言うのはあくまでもシアの見立てではあったが、その考えは当たらずも遠からずだ。ハジメとユエがOKを出せば、余程で無い限り社はNOとは言わないし、その逆もまた然り。故に、このタイミングでの援護射撃は、シアにとっては良い意味で予想外であった。

 

「・・・どういう風の吹き回しだ、社。」

 

「どうもこうも無い。ハジメとユエさんの何方が嫌がるなら、俺も反対に回るけど、そうで無いなら構わないってだけさ。それに・・・。」

 

「・・・それに?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「・・・・・・・・・。」/「?」

 

 社の言葉に静かに瞑目するハジメと、発言の意味が分からずに頭に疑問符を浮かべるシア。叶うかどうかも、届くかどうかも分からない己の愛の為に戦う。この一点に於いて、社は他者を笑えないし、否定出来ない。それらは全て己に返ってくるからだ。故に、シアの事もまた、肯定はせずとも否定する事だけは出来ない。

 

 社の意思を汲み取り、気を取り直すようにハジメはガリガリと頭を掻いた。別に、ユエや社が認めたからといって、シアを連れて行かなければならない理由はない。社の言う通り、結局の所はハジメの気持ち次第なのだから。

 

 一方、シアの方はユエに頼んだときの得意顔が一転し、不安そうでありながら覚悟を決めたという表情だ。シアとしては、正に人事を尽くして天命を待つ状態なのだろう。

 

 ハジメは一度深々と息を吐くと、シアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアも静かに、言葉に力を込めて返した。

 

「付いて来たって応えてはやれないぞ?」

 

「知らないんですか? 未来は絶対じゃあ無いんですよ?」

 

 それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。

 

「危険だらけの旅だ。」

 

「化物でよかったです。御蔭で貴方について行けます。」

 

 長老方にも言われた蔑称。しかし、今はむしろ誇りだ。化物でなければ為すことのできない事があると知ったから。

 

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

 

「話し合いました。〝それでも〟です。父様達も分かってくれました。」

 

 今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだ。」

 

「何度でも言いましょう。〝それでも〟です。」

 

 シアの想いは既に示した。そんな〝言葉〟では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。

 

「・・・・・・。」

 

「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね?」

 

「勝ちってなんだ・・・・・・。」

 

「私の気持ちが勝ったという事です。・・・ハジメさん。」

 

「・・・・・・何だ。」

 

 もう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを。

 

「・・・私も連れて行って下さい」

 

 見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。そしてーーー。

 

「・・・・・・・・・はぁ~、勝手にしろ。物好きめ。」

 

 その瞳に何かを見たのか、やがてハジメは溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。

 

 樹海の中に一つの歓声と、不機嫌そうな鼻を鳴らす音が響く。その様子に、ハジメと社はいろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。

*1
手の内(この場合は術式の効果)を敢えて晒す事で、術式効果を底上げする

*2
「ユエに勝つ為の武器が欲しい」と言うシアの真剣な頼みにより作成された大槌。ユエも止めなかった為、ハジメが作成した。見た目に違わず超重量。

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