ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「ほらほらほら!気合入れろや!刻んじまうぞぉ!」「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」「汚物は消毒だぁ!ヒャハハハハッハ!」
「ちくしょう!何なんだよ!誰だよ、お前等!!」「こんなの兎人族じゃないだろっ!」「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ!」
「・・・良し、訓練の成果はキチンとでてるみたいだな。」
「言いたい事はそれだけですかハジメさん!?」
樹海の奥深くで、ハウリアの哄笑と共に熊人族達の悲鳴が響き渡る。他の獣人達が見たら目を疑うであろう惨状を見て満足気に頷くハジメの首元を、涙目になりながらシアは思い切り揺さぶった。今現在ハジメ達一行は、ハウリア達と熊人族の戦闘を影ながらに観戦しているところだった。
「イヤ、何つーか、
「いや、そうでも無いかな。見た感じ単純なスペックだけなら、熊人族の方がまだ上みたいだ。ただ、ハウリアはそれを踏まえた上で、スペック差を封殺する戦法を取ってるから一方的に見えるけども。」
ハジメがシアに揺さぶられている横で、社がアルの疑問について解説する。社の言う通り、ハウリアの個々の力量は熊人族のそれには未だ及んではいない。実際に1対1で真正面から戦った場合も、十中八九熊人族に軍配が上がるだろう。だが、単純なカタログスペックのみで勝敗を決められる程、今のハウリアは甘くない。
「初手の奇襲で戦いの主導権を奪い、密な連携と撹乱に徹する事で下手な行動を許さず、隙を見せた相手から確実に仕留めていく、と。控えめに言って完璧では?」
「やだ、アタシの家族、強すぎ・・・?」
腕力等の単純な力で勝てないのは百も承知。だからこそ、ハジメと社はハウリアの持ち味を生かす為に、この10日間訓練してきたのだ。
元々、兎人族は熊人族は愚か、他の亜人族に比べても低スペックだった。その上、争いを嫌う性格の為に戦う事すらままならない始末。そんな彼等一族が今まで生き残れていたのは、一重に危機察知能力と隠密能力が群を抜いて優れていたからだった。
ハウリア達は敵から逃げ隠れする時にしか使っていなかったが、この能力は見方を変えれば敵の存在をいち早く察知し、気づかれない様に奇襲するのに非常に適していた。端的に言えば、彼等一族は非常に暗殺者向きの才能があったのだ。・・・生来の気質により争いを好まないと言う一点を除けば、であるが。
ハジメと社が施した訓練は、戦いの技能を教える以外に、彼等の闘争本能を呼び起こす為のものでもあった。苛烈且つ過酷な訓練は、今まさに社達の目の前で確かに実を結んでいた。・・・若干、やりすぎた感は否めないが。
敵に対して躊躇いのない攻撃性を身に付けた彼等は、熊人族相手であっても高い戦闘力を発揮した。一族全体を家族と称するだけあって連携は最初からかなり高いレベルであり、気配の強弱の調整が上手く攪乱や奇襲をより高度なものにしていたのだ。
「ハジメが用意した武器も良い感じに役立ってるな。」
「ん?ああ。子供用に見繕ったんだが、あそこまで狙撃に適性があるとは思ってなかった。ハウリアの索敵能力は伊達じゃ無いな。」
そこにダメ押しとして、ハジメ製の強力な武装が加わっている。非力な兎人族の攻撃力を引き上げるべく、奈落の底で採取した鉱石や魔物の一部を素材として作り上げた特別性の武具である。ハウリア全員に支給された極薄の小太刀二刀*1や投擲用ナイフの他、体格に恵まれない子供用にスリングショットやクロスボウ*2まで作製してある。如何に熊人族相手であろうとも、コレらを相手に無傷で過ごすのは不可能だろう。
兎人族対熊人族達の戦いは、圧倒的に兎人族優勢のまま進んでいる。この調子でいけば、大きな被害を出す事無く勝てるだろう。にも関わらず、どこか納得出来ない表情で戦いを眺めている者がいた。何を隠そうシアである。
「・・・・・・むぅ〜。」
「あん?何を難しい顔して唸ってんだ。似合わないぞ。」
「・・・唸り方があざとい。」
「2人共酷い言い草ですね!?私の様な美少女が悩んでいるんですから、もうちょっと、こう、優しい声のかけ方があるんじゃ無いですかね!具体的には「何が心配なんだ、話してごらん?」みたいな!」
「「えー、やだ。」」
「ハモる程ですか!?」
ハジメとユエの塩対応にショックをうけるシア。だが数秒もすると直ぐに真面目な表情に戻り、再びハウリアと熊人族達の戦闘を食い入る様に眺め始める。普段のおちゃらけた雰囲気ではない真剣な様子を見て、ハジメも訝しんだのか声を掛ける。
「家族が心配なのは分からないでも無いが、アイツらもそんなにヤワじゃない。一体何が気になるんだ?」
「それは・・・。」
「ーーー大丈夫だよ、義姉さん。」
「・・・アル?」
ハジメの問いに、迷う様に言葉を濁すシア。普段の快活さとはかけ離れたシアの姿を見て、思わず顔を見合わせるハジメ達。だが、そんな義姉の悩みを見抜いていたのか、誰よりも速くアルが断言する。
「義姉さんが何気にしてるのかは分かるよ。見てて不安になるのも。でも、もう少しだけ待ってて。・・・大丈夫、どれだけ強くなっても、アタシ達の大切な家族は、誰も変わってなんかいないから。」
「ーーーさて、粗方肩が付いたが。何か言い残すことはあるかね、最強種殿?」
周囲に力尽きた熊人族を転がしながら、カムが酷く冷徹な表情で、淡々と言葉を投げかける。以前のカムからは考えられない顔と台詞だ。
「ぬぐぅ・・・。」
カムの物言いに悔しげに表情を歪めたのは、レギン・バントン。熊人族最大の一族であるバントン族の一員である彼は、次期族長との噂も高い実力者であり、そして今回ハジメ達とハウリアに対して報復を企てた張本人でもあった。
社がフェアベルゲンにて腕を切り落とし、殺しかけた熊人族の現長老であるジン・バントン。彼は豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最上位の実力の持ち主であり、それ故にレギンを含めた熊人族、特に若者衆の間で絶大な人気を誇っていた。
そんな自分達の心酔する長老が、1人の人間に為す術もなく再起不能にされたと聞いた時、レギンはタチの悪い冗談だとしか思わなかった。だが、医療施設で片腕を無くし力なく横たわるジンの姿を見た瞬間、レギンは変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。
現場にいた長老達から事情を聞きだして全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝えると、若者達を煽動して報復へと乗り出した。長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てる事は出来なかったが、それでもジンを特に慕っていた者達が50人程集まった。
そして仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として、大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい!と。
レギンの認識では、ハジメ達や兎人族がジンを倒せたのは、不意打ち等の卑怯な手段を使ったのだと解釈していた。故に、樹海の深い霧の中での奇襲なら、感覚の狂う人間や脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。怒りで頭が茹っていたものの、レギンの考えは基本的に間違ってはいなかった。ただ1つ、相手がそんな常識など一蹴出来る実力の持ち主であったのが運の尽きだった。
戦いの火蓋を切ったのは、ハウリアの逆奇襲。大樹の前で待ち構えていた熊人族達に対して、兎人族が奇襲をかけたのだ。
それだけならば、驚きはしたものの何とか対応出来ただろう。少なくとも、良く訓練された熊人族ならばどうにでもなったはずだ。だが、ハウリア達はそこで手を緩めなかった。体制を立て直そうと焦るレギン達に、霧の中から正確無比な弓や石が、首や足首などの人体や戦闘の要になり得る箇所に降り注ぐ。かと思えば、巧みな気配の断ち方と高度な連携を駆使して自分達を惑わし、両手に持った小刀で隙を見せた者の首を刈り取る。一連の流れる様な動きは非常に洗練されたものであり、それらの技を狂った様に笑いながら振るうハウリア達は、熊人族達を恐慌させるには十分であった。端的に言って地獄である。
当然、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抵抗するなど出来る訳も無い。ここに至って漸く現実が見えてきた熊人族の1人が、レギンに一時撤退を進言したものの、未だ怒りで頭の冷えぬレギンが判断を迷って逡巡した隙を、ハウリア達は見逃さなかった。
撤退すべく殿を買って出た熊人族のこめかみを撃ち抜くと、動揺して陣形が乱れたレギン達に、好機と見たカム達が一斉に襲いかかったのだ。
霧の中から矢が飛来し、そちらに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれる。辛うじて避けたとしても、斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。そして、トドメと言わんばかりに背後から致命の一撃が放たれる。十重二十重に張り巡らされた殺人技巧は、着実に熊人族達の命を摘み取っていく。
しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり、武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。レギンをはじめとした数名は気丈にもカム達を睨みつけるが、生き残りの殆どは既に心が折られたのか、頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。決着は着いた。熊人族の完璧なまでの敗北である。
「ふむ、その様子だと、特に言い残す事も無いか。それでは「待ってくれ。」・・・何だ?」
カムの言葉に被せるように、レギンが呟いた。先程まで怒りに曇っていた瞳が、今はある程度落ち着いていた。ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。次期族長と称されるだけあり、平時ならば優秀なのだろう。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚もあるのかも知れないが。
「・・・俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい。」
「なっ、レギン殿!?」
「レギン殿!それはっ・・・!」
レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。
「黙れっ!・・・頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人・・・いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい!この通りだ。」
武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしか出来なかった。
いつ首を落とされても不思議ではない状況で、レギンは決して頭を上げる事はしなかった。そのまま十数秒、数十秒と時間が経ち、ふとレギンは周囲に静けさが戻っていた事に気付く。いつの間にか、ハウリア達の罵声や哄笑がピタリと止んでいた。
「ーーー良いだろう、貴様らを見逃してやる。無論、首魁である貴様もだ。」
先程まで戦闘があったとは思えない程に静まり返った樹海で、カムの言葉が響く。と、同時、熊人族を取り囲んでいた兎人族の内の一部ーーー彼等の逃げ道を塞いでいた数名が、道を空ける様に包囲を緩める。その他の熊人族を取り囲んでいた者や離れて狙いを定めていた者達も、武器を構えたままいつでも動ける態勢ではあるが、追撃を行おうとする者もまた居なかった。
「・・・何故だ?」
顔を上げて呻くように声を搾り出し理由を問うレギン。族長であるジンが倒された事に始まった一連の出来事は、レギン達にとって予想外の連続であった。しかし、今この場で自分も含めて見逃すと言う発言は、他の何よりも理解出来ない。自分の首を差し出すと言う宣言に嘘偽りなどないが、しかし本当にそれだけで済むかどうかは賭けだった。故にこそ、聞かずにはいられない。
「お前達への報復は、お前達の家族を殺した事で十分に済んだ。これ以上は余分だろう。それに・・・。」
「・・・それに?」
「我らが刃を手にしたのは、我らの家族を守る為だ。ーーー家族の為に自らを差し出す男の首を断つ刃を、我らは持ちえない。」
「!」
カムの答えに、レギン達熊人族が目を見開いた。〝家族の為に〟。実にシンプルでありきたりな、しかしだからこそ多くの人に共感される理由。情に厚い亜人族であるならば尚更である。自分を圧倒する程に強くなった兎人族からの言葉に思うところがあるのか、瞑目し黙り込んでしまうレギン達熊人族。
「・・・ならば「と、言うのが我々の総意なのですが。如何しますか?ボス、先生。」む?」
少しの沈黙の後。意を決した様に発言しようとしたレギンを遮る様に、カムが自身の背後に声を掛けた。すると全く気配が無かったにも関わらず、霧の奥から兎人族以外の集団が現れた。ハジメ達一行である。
「まさか気付いていたとはな。何時からだ?」
「いえ。訓練を終えたとは言え、未だ我々ではお二人の〝気配遮断〟を捉える事は出来ませんよ。」
「?なら、何故俺達が居ると分かったんです?」
「訓練の時は何時も我々の事を見てくれていましたからね。今回もそうなんじゃないかと、カマをかけただけですよ。」
「・・・揃いも揃って良い性格になりやがって。」
一杯食わされた事に苦笑するハジメと社を見て、ニッコリと良い笑みを見せるカム達兎人族。その顔には戦う事への恐れは勿論、他者を虐げる事への悦びも一切見当たらない。
「さて、ハウリアの事は置いといて。肝心のコイツらについてだが。」
「ハウリアが許したからといって、逃げるにはまだ早いですよ皆さん?」
ハジメ達がハウリアと話している間に、どうにか逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認していた熊人族。だが、ハジメと社の2人から同時に〝威圧〟を浴びせられると、途端にガクブルしはじめる。ハジメはレギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口を押し当てた。
「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」
ハジメの言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。自分達で言い出した事ではあるが、まさか本当に通るとは思っていなかったのだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案ではある。社の方を見ても特に何も言わない辺り、2人の意見は同じ様だ。
レギンも意外そうな表情でハジメと社を見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男達だと確信していたので、その男達が情けをかけるとは思えなかったのだ。
「・・・どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」
「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな。」
「条件?」
あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろでシアとカム達が「もしや、頭を強く打ってしまわれた・・・?」「頭を殴れば正気に戻るでしょうか・・・?」と悲痛そうな目でハジメを見ながら、割とマジな表情で話し合っていた。ここらで1発キツイ仕置が必要かもしれないと、額に青筋を増やすハジメ。尚、社はそれを聞いて笑いを噛み殺していた。社も敵には容赦無いが身内には甘々なので、「見逃す」発言をしてもハウリア達には驚かれないのだ。
「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え。」
「・・・伝言か?」
条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。
「俺達と
「ッ!?それはっ!」
「で?どうする?引き受けるか?」
言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。言葉の裏をすぐに読み取れる辺り、やはり優秀な人物ではあるのだろう。ハジメと社はどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟ーーー要するに、今見逃してやるから何時か借りを返せということだ。
(彼等にとっては屈辱以外の何者でも無いだろうし、かなり足元見た条件ではあるが・・・まぁ、自業自得だしな。残念ながら慈悲は無い。)
レギンが苦悩する様を見ながら、ハジメの提案について考える社。ハジメ達(正確にはハウリア)が樹海の警備隊に見つかった事から始まった今回の一件、結果だけ見ればフェアベルゲンは凄まじいまでの損害を被っている。長老の一人を再起不能にされ、ジンを殺さぬ代わりに迷宮に挑む際の支援を確約され、挙句に長老会議の決定を実質的に覆される。まさに踏んだり蹴ったり、長老達もやっていられないだろう。ハジメ達と不干渉を結びたくなるのも頷ける。
が、今回ハジメ達がレギン達を見逃せば、長老衆は無条件でハジメ達の要請に応えなければならなくなる。客観的に見ればレギン達は一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上で命は見逃してもらったという事になる。自分達から不干渉を結んでおいてこれなのだから、長老会議の威信にかけて無下には出来ないだろう。無視してしまえば唯の無法者であるし、今度こそハジメ達が牙を向くかもしれない。
つまりレギン達が生き残る=自国に不利な要素を持ち帰るという事だ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる。しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還・・・ハジメの言う通りまさに生き恥だ。分かり易く表情を歪めるレギンにハジメが追い討ちをかける。
「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな。」
「ぐっう。」
ハジメと社がこのような条件を出したのは、フェアベルゲンに貸しを作る為ーーーでは、無い。ハジメ達の狙いは、
社が長老衆と結んだ『縛り』は『ハジメ、ユエ、社の3人がハルツィナ樹海の迷宮に挑む際には、長老衆の権限で出来る限り支援する』事だった。これにより、フェアベルゲンからの助力は確保したも同然と言える。だが、問題はこの『縛り』の中には不戦の取り決めーーーもっと言えば、
今でこそ特訓の甲斐もあり、熊人族すら圧倒する戦闘力を手に入れたハウリアだが、それでも数にして40人強程しかいない。接近戦が出来ない子供達を除けば、真正面から戦える人数は更に減るだろう。
先程の戦いでは人数差を技術と連携と戦術でひっくり返せたが、もし仮にフェアベルゲン総出でハウリアを潰す事にでもなれば、戦力差は倍では効かないだろう。無論、そうなったらなったでハウリア達も別の戦い方をするだけだろうが、今回の様に被害0とまでいくかは分からないのだ。
長老衆にも面子はある為、余程がなければフェアベルゲンとハウリアの全面戦争にはならないだろうが・・・少なくとも、社はアルフレリック以外の長老衆を信用していなかった。現にこうして熊人族の一部が暴走しているからだ。
そう言う意味では、今回の一件は社にとって悪いものでは無かった。ハウリア達の実力を披露して釘を刺しつつ、フェアベルゲンに貸しを作る。これだけすればハウリア達も暫く安泰だろう。尚、この考えを話した際にハジメには「だから身内にダダ甘って言われんだろ」と言われたが、何時もの事なのでスルーした。
内心で満足気に頷く社だったが、一方で深く悩むレギンにハジメがゴリッと銃口を押し付けた。側から見ればどちらが加害者で被害者なのかまるで分からない。
「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。〝判断は迅速に〟。基本だぞ?」
そう言ってイーチ、ニーと数え始めるハジメにレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。
「わ、わかった。我らは帰還を望む!」
「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら・・・。」
ハジメと社の全身から、強烈な殺意が溢れ出す。物理的な圧力すら伴っているのでは無いかと錯覚しそうな空間で、ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。
「その日がフェアベルゲンの最後だと思え。」
どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。もっとも、キツイお仕置きは確定だが。とうとう我慢出来ずに吹き出した社も同罪である。
「ほら、ね?大丈夫だったデショ、義姉さん。」
「・・・そうですね、アルの言う通りでした。」
ハウリア族により心を折られ、
シアがこの戦い(と呼ぶには少々一方的だった)で心配していたのは、カム達の身では無く精神の方だった。ハウリア達が熊人族を嗤いながら、囲んで、射抜いて、斬り刻む様子を見たシアは、自分の家族が他者を虐げる事に愉悦を覚えていないか不安になったのだ。その在り方は、自分達を奴隷にしようとした帝国兵と同じものだったからだ。最も、それも杞憂だったが。
「我らが刃を手にしたのは、我らの家族を守る為だーーーなんて。何時も優しい父様が、あんなカッコいい台詞を言うとは思ってなかったですぅ。アルは皆んなを信じてたのに、私だけ信じてなかったなんて、お姉ちゃん失格かもですね。」
「あー・・・それは・・・。」
「?」
寂しそうに苦笑しながら自虐するシアに対して、どう説明したものかと言葉を濁すアル。ハウリアが過酷な訓練を乗り越えて尚、手にした力に酔いしれず「家族を守る為に」と言う考えを貫き通せたのは、十中八九、社の演説があったからだとアルは考えていた。
シアはユエとマンツーマンの特訓中だった為、社がハウリアに伝えた言葉を知らない。なので、今ここでその内容を話してしまえば、シアも納得はするだろうが・・・。
(アタシが宮守サンの事ペラペラ話すのも、あんまり良く無いしナァ。)
社がハウリアに話したのは、社自身の身の上話。しかも自分の大切な人が目の前で死んだ、と言う非常に重い話である。幾ら家族といえど簡単に話していいものか、アルは頭を悩ましていた。実際の所、死んだ相手は怨霊となり社に取り憑いているので、当の本人はそこまで気にしてはいない。それを今のアルは知る由も無いが。
「宮守サンが色々、皆んなの世話を焼いてくれてたんだ。だから、マァ、大丈夫かなって。宮守サンのプライベートに深く突っ込む話だから、アタシから詳しくは言えないケド。・・・何、その目。」
「いーえー?いつの間にか仲良くなってるみたいで、お姉ちゃん嬉しいなーって思ったんですぅ!」
「イヤ、そんなんじゃ無いから。・・・良い人だなー、とはおもうケド。」
「おやおやおや〜、なんか小声で聞こえましたね〜?良いんですよ、アル。恥ずかしがらず、私に包み隠さず思いの丈をぶつけてしまっても!」
「チッ、ウザ。」
「私への罵倒を包み隠していない!?」
余りにもアレな反応をするシアに対して、思わずムカつきが口から出てしまうアル。彼女の心が、想いが、何方に傾くのかはーーー未だ誰にも分からない事だった。
霧の向こうに熊人族達が消えていくのを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。だが、俯いていて表情は見えず、何故か異様な雰囲気を醸し出している。それを見てシア達ハウリアが「あれ?なんかヤバくね?」と冷や汗を流している。
ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。が、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。間違い無くキレていると確信したカムが恐る恐る声を掛けた。
「ボ、ボス?」
「うん、確かに。短期間である程度仕上げるためとは言え、俺はお前達に非常に厳しい訓練と態度を強いてきたな。」
「い、いえ、そのような・・・我々は一同、心から感謝して・・・。」
「いやいや、いいんだよ?俺自身が認めているんだから。大丈夫、分かっている。日頃の俺の態度がそうさせたのだと。しかし、しかしだ・・・このやり場の無い気持ち、発散せずにはいれないんだ・・・分かるだろ?」
「い、いえ。我らにはちょっと・・・。」
冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退るカム。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを躊躇無く肉盾にしている辺り、ユエとの特訓で強かさも鍛えられた様だ。
ドパンッ!!
が、それらは全て無駄。一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。
「はきゅん!」
ハジメの銃技の一つ〝多角撃ち〟が、シアのケツを狙い撃った。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。突き出したお尻からはシュウーとお尻から煙が上がっており、シアは痛みにビクンビクンしている。
痙攣するシアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ。
何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。
「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」
「待って、ボス、落ち着いてーーーグペッ!」
「ああっヨルがやられたっ!先生、どうかボスを止めてーーーって居ない!?」
「あの人シアが逃げるよりも先に居なくなってたぞ!
「エ、待って、コレアタシも巻き込まれるカンジ?ウソでしょ?」
「言ってる場合じゃ無いわよアル!」
「「「「「うわぁああああーー!!」」」」」
蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出すハウリアと、一人も逃がさんと後を追うハジメ。社はハジメの
「・・・何時になったら大樹に行くの?」
すっかり蚊帳の外だったユエの呟きだけだった。