ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「・・・どう思う、社。」
「どう思うって言われてもなぁ・・・。」
ハジメの呆れた様な声を聞き、うなじに手を当てながら煮え切らない反応を返す社。今現在ハジメ達は、ライセン大峡谷の谷底にて発見した謎の空間に居た。人目を避ける様に大岩で隠されていたこの部屋を、就寝前のお花摘み(暗喩)に外へ出たシアが偶々見つけたのだ。
最も、ハジメ達の頭を悩ませているのは空間そのものでは無い。2人の目線の先にある、壁面を掘って作られた看板ーーーそこに掘られている文字こそが彼等を悩ませている原因であった。
〝おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟
見事な装飾の看板とは不釣り合いな、女の子らしい丸みを帯びた字体と記号は、見た者に胡散臭さと馬鹿馬鹿しさを抱かせるだろう。だが、1つだけある無視出来ない要素が、ハジメ達を考え込ませていた。
「ユエさんは、本物だと思う?コレ。」
「・・・・・・・・・ん。」
「長ぇ間だな。根拠は?」
「・・・ミレディ・・・。」
「やっぱそこだよな・・・。」/「だよねー。」
ハジメ達が〝ミレディ・ライセン〟の名前に反応したのは、オスカーの手記に〝解放者〟達の1人として記されていたからだ。トータスに於いては一般的に〝解放者〟達の名は伝えられておらず、逆説、その名が記されているこの場所こそ、本物のライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。書いた人間の軽薄さが滲み出る文体と字体だったので、イタズラ書きの線も捨て切れないでいたが。
「何でこんなチャラいんだよ・・・。」
「・・・案外ワザとかもな。何も知らない奴にはイタズラ書きにしか見えないが、〝解放者〟達の真意や名前を知る者には本物だと分かる様に書いた、とかな。」
「・・・ありそう。」
七大迷宮が造られたのは、〝解放者〟達が負けた(正確には戦う事すら出来なかった)後だ。神の策略により望まぬまま世界の全てを敵に回した〝解放者〟達が、悪辣な神の介入を避ける為に慎重になるのも無理は無いだろう。若干、方向性が間違ってる気がしないでも無いが。
「でも、入口らしい場所は見当たりませんね?奥も行き止まりですし・・・。」
「チョ、
ガコンッ!
「ふきゃ!?」
「
時すでに遅く、シアの触っていた壁が突如グルンッと回転した。どうやら壁に仕込まれたスイッチか何かを起動してしまったらしい。床ごと巻き込む様に回転した扉は、さながら忍者屋敷の仕掛け扉の如く、シアを連れ去ってしまう。
「あのラクガキは本物だった訳だ。・・・マジかぁ。」
「テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜。」
「棒読みの上、目が死んでるぞ、社。」
ハジメと社の現実逃避気味な一言が、空間に虚しく響く。入口らしきものを発見したことで、一気に看板の信憑性が増した。恐らくここがライセン大迷宮なのだろう。奈落の底で死闘を繰り広げた身からすれば、ふざけた看板やら遊園地染みた入口の存在には、頭を痛くする一方だったが。
「取り敢えず、早く
「おっと、そうだった。扉の大きさ的に4人一気には無理かね。取り敢えず、様子見で俺が先に行くわ。」
「任せたぞ。」/「・・・気をつけて。」
アルの言葉に気を取り直した一行の内、最も頑丈で悪意の感知も出来る社が先行して回転扉に向かう事に。ハジメ達に見送られながら、社がシアと同じように回転扉に手をかけると、仕掛けが作動してすぐに扉の向こう側へと送られる。
「・・・真っ暗だな。おーい、姉ウーーー。」
ヒュヒュヒュ!
回転扉が回り切った直後、無数の風切り音が響いたかと思うと、暗闇の中から複数の矢が社目掛けて飛んできた。恐らく大迷宮に挑む者を試す為の罠なのだろう。だが、部屋自体に光源が無い上、光を反射しない様に漆黒色に塗り潰されている矢が20本近く放たれる辺り、殺意が高かった。
「ーーーあっぶね。」
が、社の反応も軽かった。技能〝夜目〟により矢自体は見えていたし、速度も大したものでは無かったからだ。最も、ハジメや社の基準で言えばなので、一般の冒険者なら漏れなく串刺しだろうが。
迫り来る矢の数々を、社は埒外の身体能力でもってキャッチしていく。毒が塗られている可能性も考慮し、
「ニ指真空ーーーいや、指2本じゃないから駄目か。・・・十指真空把?」
社が全ての矢を掴み落とすと、再び静寂が部屋を満たす。軽口とは裏腹に社が警戒を解かずに居ると、周囲の壁がぼんやりと光って辺りを照らし出した。
(・・・あれ?姉ウサギさん居なくね?)
明かりが灯った事で部屋全体を見渡せる様になったのだが、何故かシアの姿が見当たらない。社が居る部屋は大きさが縦横約10m程であり、隠れられそうな場所は無い。一ヶ所、奥へと真っ直ぐ続く通路がありはしたが、シアが1人で勝手に進むとも考えづらい。部屋の中央には石版があるが、シアが隠れるには大きさが足らないだろう。
「もしかして、入れ違いに「ガコンッ!」ーーーおお?」
もしやと思いつきを口に出した瞬間、再び回転扉を起動する音が部屋に響いた。社がそちらに目を遣ると、ハジメとユエが扉を通って来ていた。
「無事か、社。」
「まぁな。傷1つない。姉ウサギさんは?怪我してんなら治すけど。」
「あー・・・アイツは・・・。」
社の問いに対して、何故か口を濁したハジメ。割と言いたい事はハッキリ言う性格の
「・・・・・・触れないであげて。」
「・・・OK、了解した。」
ユエの何とも言えない表情と同情が込められた言葉に、社は深く突っ込む事を止めた。多分、これ以上知ったところで誰も幸福にはならない、と直感したからだ。昔、■■に「女の子の隠し事を暴き立てる様な事はしちゃダメよ?」と言われたのも理由の1つだろう。危機察知能力が高いとも言える。
数分後、再び回転扉が起動すると、ハウリア姉妹が隣の部屋からやって来た。シアは何故だか服を着替えており、これまた何故だか顔を赤らめていたが、社は見て見ぬ振りをした。部屋の中央にあった石板の煽り文*2を見た瞬間、シアがドリュッケンで石板を執拗に叩き潰した事も。砕けた石板の跡に別の煽り文*3が彫られており、「ムキィーー!!」と発狂しながら更に激しくドリュッケンを振い始めた事も、少し無理はあったが全て見て見ぬ振りをした。触らぬ神に祟り無し、である。
「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな。」
「・・・ん、迷いそう。」
シアがどうにか落ち着きを取り戻した後、部屋の奥の通路を進んだハジメ達を待ち受けていたのは、「広大で立体的な迷路」としか表せない空間だった。唯広いだけでは無く、複数ある階段や通路、出入り口が縦横斜めの区別無く絡まる様に繋がっていたのだ。遠近感も滅茶苦茶な為、方向音痴な人にとっては地獄であろう。
「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」
「気持ちは分かるケド、
未だ怒り心頭のシアを、アルがどうどうと宥めている。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、ハジメは「さて、どう進んだものか」と思案する。
「・・・ハジメ。考えても仕方ない。」
「ん~、まぁ、そうだな。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進むしかないか。」
「やっぱ迷宮探索と言えばマッピングは定番だな。世界樹◯迷宮でもやってた。」
「F.O.Eが出てくるのは勘弁だがな。」
社と軽口を叩きつつ、〝マーキング〟を開始するハジメ。リアル・フィクションに関わらず、迷宮探索でのマッピングは基本である。この複雑な構造の迷宮でどこまで正確に作成できるかまでは未知数だが、それでもやらないよりはマシだろう。
尚、〝マーキング〟とは、ハジメと社の持つ〝追跡〟の固有魔法の事である。この固有魔法、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟を行い、その痕跡を追う事が出来るのだ。この〝マーキング〟、生物・非生物問わず付けられる上、可視・不可視のON・OFFも出来ると、中々に融通が効く。今回は迷宮の壁に可視化した魔力を〝マーキング〟することで、ユエやハウリア姉妹にも分かる様に通った場所の目印にするつもりだ。
ハジメ達は早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に進む事に。通路の幅は2m程で、レンガ造りの様に無数のブロックが組み合わさって出来ていた。また、壁自体が淡く輝いている為、視界は意外にも良好だった。
「オルクス大迷宮と同じで、壁自体に光る鉱石が使われてんのか。」
「ああ。〝鉱物系鑑定〟で調べたら〝リン鉱石〟って出た。オルクスの緑光石とはまた違うみたいだが、空気に触れることで発光する性質があるみたいだな。」
ガコンッ
「え?」/「は?」/「ん?」/「ふえ?」/「エ?」
ハジメと社が会話していた途中、足元から奇妙な音が鳴った。一行が音の鳴った方をみると、ハジメの片足が床に沈んでいた。どうやら床のブロックの一つを踏み抜いてしまったらしい。
シャァアアア!!
と、その瞬間、刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックの隙間から
「「回避!」」
ハジメと社は咄嗟にそう叫びつつ、仲良く
丸鋸はハジメ達を通り過ぎると、何事もなかったかのように再び壁の中に消えていく。第二陣を警戒してしばらく注意深く辺りを見回すハジメだが、数秒経っても何も無いのを見ると、どうやら今ので終わりーーー。
「上だ!ハジメ!」
ではなかった。ホッと息を吐き後ろを振り返ろうとしたハジメの耳に、社の短い叫びが届く。社の声に一切の疑問を挟む事なく、ハジメはユエとシアを回収して前方に、社はアルを抱えて即座に後方に身を投げ出す。直後、今の今までハジメ達がいた場所に、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出された。刃の群れは先程の罠と同様に高速振動しており、その切れ味を証明するかの様にスムーズに床にスっと食い込んだ。
「・・・完全な物理トラップか。魔眼鏡じゃあ、感知できない訳だ。」
足先数cmに落とされた刃を見つめ、冷や汗を流すハジメ。抱えられていたユエとシアも、突然の事に硬直している。
ハジメの持つ
「いや、助かった、社。・・・社?」
第三陣を警戒しながら、体制を立て直したハジメが社に声を掛けるが、反応が無い。訝しみながら友人の方を見るハジメだったが、当の社は呆然としたアルを抱えたまま、厳しい表情で通路の奥を見つめていた。もしや怪我でもしたのか!?と思うハジメだったが、見た感じ外傷らしき物も見当たらない。
「・・・・・・いや、何でもない。それよりも、だ。ハジメとユエさんは、魔法、使えるか?」
「あ?ああ・・・正直、かなり厳しいな。〝空力〟や〝風爪〟みたいな、体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は、全く使えない。レールガンの要の〝纏雷〟も。大分出力が下がっちまってる。」
「・・・私も、上級魔法は無理。中級以下も、射程が落ちる。・・・無理矢理発動も出来なくは無い、けど・・・。」
「消費が馬鹿にならない、か。」
社の様子を疑問に思いながらも、答えを返したハジメとユエ。どうやら【ライセン大迷宮】内部は、ライセン大峡谷の谷底より遥かに強力な分解作用が働いている様だ。先程の罠も迎撃しなかったのでは無く、出来なかったのだ。無論、魔力を蓄えた魔晶石シリーズや、各種ポーション類も準備してはいるが、ここぞと言う場面まで温存しなければ、すぐに枯渇してしまうだろう。
幸いだったのは、外部に魔力を放出しないタイプの魔法ーーーもっと言えば、物体の内部に作用するタイプの魔法は通常通り使える事だ。先程使った〝マーキング〟の様な、物理的な接触を必要とする魔法の他、魔力の直接操作による肉体強化が該当する。
体外に放つ魔法が軒並み封じられた今、この大迷宮では身体強化が格段に重要になってくるだろう。故に魔力による身体強化の幅が大きいシアと、膨大な呪力により肉体を強化出来るアルにとって、この迷宮は独壇場とも言える。・・・本人達には、余り自覚が無さそうだが。
「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。ていうか、ハジメさん!あれくらい受け止めて下さいよぉ!何のための義手ですか!」
「いや、あれ相当な切れ味だと思うぞ?切断まではされないだろうが、傷くらい入れられたかもしれん。今は〝金剛〟使えないからな。」
「き、傷って・・・装備と私、どっちが大事なんですかっ!」
(姉ウサギさんも中々に逞しい。普通はもっとビビるはずなんだけど。)
漸く我を取り戻したかと思えば、掴みかからんばかりの勢いでハジメを問い詰めようとするシア。その姿は、先程含め2回も命の危機に晒されたとは思えない程に、元気が有り余っていた。一周回ってヤケクソになっているだけかも知れないが。
「妹さんはどうする?戻るなら今の内だと思うけど。」
「・・・お気遣いどうもッス。でも、こんなトコでアタシだけ挫けてなんかいらんないんで。まぁ、助けて貰ったばっかなんで、格好つかないですケド。」
「・・・そっか。(うーむ、妹さんも予想以上にガッツ入ってる。似てない様で似てるなぁ、この姉妹。)」
ハジメ達の旅に着いて来るシアと異なり、アルは大迷宮を攻略する必要性は薄い。彼女が力を求めるのは家族を守る為ではあるが、それは『生得術式』を完全に掌握出来さえすれば事足りる。それでも尚、足掻けるところまでは足掻くつもりなのだろう。文字通り、命を賭けてでも。理由は違えど、ハウリア姉妹の覚悟の程には感嘆する他無い。
「・・・お漏らしウサギ。死にかけたのは未熟なだけ。」
「おもっ、おもらっ、撤回して下さい、ユエさん!いくらなんでも不名誉ーーーじゃなくて!何で社さんの前で言っちゃうんですか!?黙ってれば、バレる事なかったじゃないですか!」
「何言ってんだ、お前のお漏らしなんて最初からバレてんぞ。社が気を遣って何も言わなかっただけだ。」
「人の心をお持ちで無いの親友???」
「〜〜〜!!!」
ハジメの死刑宣告に等しい指摘に、声にならない悲鳴を上げるシア。先程社が回転扉に入ったのと入れ替わる様に、シアはハジメ達の前に戻っていた。幸いにして矢の罠も避ける事は出来たのだが、かなりギリギリだった為、壁に矢で磔にされてしまい、緊張が緩んだ瞬間にダムが決壊(比喩)してしまったのだ。
「もういいです!社さんにバレたのは諦めます!ですから、社さんの気遣いとか優しさを、ハジメさんも私に分けて下さいよぉ!」
「断る。俺の気遣いも優しさも、最優先はユエだ。」
「・・・。(ドヤァ)」
「ハァ〜〜〜!見て下さいよ、あのユエさんの優越感に浸った顔!社さんとアルも何とか言ってやってくれませんか!?」
「仲良くで何よりじゃないかな。」
「アタシに振らないでよ、義姉サン。」
「チクショウ、味方が居ないですぅ!!」
大迷宮にシアの切実な叫びが虚しく響き渡る。扱いがまぁまぁ酷いが、かと言って少しでも甘やかせば調子に乗るのは目に見えている。そう言った意味では、このパーティーで最も性格が理解されているのはシアだろう。それが良いか悪いかはまた別問題だが、少なくともムードメーカーとしては役に立っていた。
「で、実際に義手で罠は防げそうか?場合によっちゃ、今まで以上に慎重にならざるを得ないが。」
「問題無い。咄嗟に避けはしたが、さっきの丸鋸位なら義手でも銃身でも止められた。」
シアとユエがギャアギャアと騒いでいるのを尻目に、社とハジメは罠の威力について話し合っていた。先程の丸鋸然り、ギロチン然り、唯の人間を殺すには明らかに過剰な威力の為、常人ならば罠を回避する以外に生き残る道は無い。
だが、ハジメ達ならば、そうそう大事には至らないだろう。ハジメは基礎ステータスが埒外の上、奈落の底で得た魔物の革や鉱物で、コートやプロテクターを作成・装備している。ユエには〝自動再生〟がある為、致命傷を受けても直ぐ様復活出来る。社は動きにくさを減らす為に防具は着けていないが、ハジメを超えるステータスと、『呪力反転』による回復がある。よって、必然的にヤバイのはハウリア姉妹だけとなる。独壇場とは一体。
「一応、妹さんは俺の方である程度フォローするつもりだけど?」
「・・・まぁ、ユエも駄目ウサギの事を気に入ってるみたいだしな。最低限でも面倒見てやるか。」
「ハーイ、ツンデレ発言頂きましたー。ユエさん的には今の何点?」
「・・・私の為に、って部分は、高評価。85点。」
「はっ倒すぞお前ら。」
社とユエの無駄に息の合った揶揄いに突っ込みつつ、これから先待ち受けるであろう嫌らしい罠に、既にウンザリ気味なハジメであった。