ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「ったく、どうなってるんだ、この迷宮は。」
「・・・ミレディは、性悪。」
吐き捨てる様に出たハジメの呟きに、ユエが短くも的確な感想を返す。ハジメは勿論の事、普段は無表情なユエさえもが嫌そうな表情を隠していない辺り、如何にこの迷宮にウンザリしているかが分かる。
と言うのも、ハジメ達が進もうとする通路や辿り着く部屋の尽くに、悪辣な罠が待ち受けていたからだ。階段が突如タール濡れのスロープになり、蠍だらけの穴に滑落しそうになったり。部屋の中心に来た途端、全方位から毒矢が放たれたり。刺激臭のする溶解液がたっぷり入った落とし穴に落とされそうになったり。アリジゴクの様に床が砂状化した挙句、中央でワーム型の魔物が待ち受けていたり。天井が落ちてきて押し潰されそうになったりと、バリエーションだけは豊富だった。だが、ハジメ達の精神を削っていたのは罠だけでは無い。
「ユエさんの言う通りですぅ!わざわざ罠の近くにウザい文章を書いとくなんて、性根がひん曲がってるんですよ!」
「・・・・・・マジでダルい。」
怒り心頭と言った様子で叫ぶシアと、そんな義姉を宥める元気すら無いアル。ハジメ達をイラつかせていたのは、ミレディが残したと思われる煽り文も原因だった*1。罠に掛かった者達を嘲笑う文章は、ハジメ達の精神を見事に逆撫でていた。今の所、全てのトラップとセットになって書いてあった為、今後も見る事になるのはほぼ確定している。
「叫んでないでキッチリ
「う〜、了解ですぅ。・・・あれ、ハジメさん、もしかして私の事、心配してくれました?」
「んな訳無いだろ。寝言は寝て言え、駄目ウサギ。」
「酷い!?」
寸劇を繰り広げつつ、
唯一救いだったのは、ライセン大迷宮内部でも問題無く『呪術』関連の技能が使えた事だろう。『呪力』による身体強化は勿論、『術式』や『呪力反転』も発動可能だった為、楽に回避出来た罠も幾つか存在していた。
「それで?さっきから、何が気になってんだ、社。」
「・・・考え事?」
口を開かず静かに辺りを伺っていた社に、ハジメとユエが声を掛ける。最初の罠を回避した後から、社は必要最低限以上に口を開かず、周囲を警戒し続けていた。トラップへの対応も難無く熟していたのでハジメ達も放置していたのだが、一向に様子が変わらない為、聞き出す事にしたのだ。
「んー、話すのはもう少しだけ待ってくれ。少なくとも
「ふぇ?罠にかかる前じゃ駄目なんですか?」
「ちょっと確かめなきゃならない事があってね。」
違和感を感じたシアが疑問をぶつけるものの、社は誤魔化す様に会話を打ち切ると、うなじに手を当てて再び黙り込む。その態度は言外に「今はこれ以上話すつもりは無い」と語っていた。その様子を見て「ムムム」と唸りながら、更に詳しく話を聞こうとするシア。
「分かった。」/「・・・ん。」
「そこで納得しちゃうんですか!?」
だが、それよりも早くハジメとユエが引きさがった事で、シアは驚きと共に出鼻を挫かれてしまう。話を聞いていたアルも声には出さないものの、ハジメ達があっさり納得したのには目を
「元の世界に居た時からの付き合いだからな。
「・・・社が私達に黙ってるなら、それなりの理由がある筈。・・・ハジメよりも、短い時間だけど・・・それくらいには、信頼してる。」
「我ながら信頼が厚い。こりゃ下手打てねぇや。」
ハジメとユエの言葉を聞き「敵わないな」と苦笑いする社。長い付き合いのハジメは勿論の事、共にオルクス大迷宮を乗り越えたユエに対しても、社は強い友誼を感じていた。そんな2人に曇り一つ無い信頼を向けられたのだから、否が応にも気合いは入ると言うものだろう。
「くぅっ、これが共に苦難を乗り越えて来た者同士の絆ですか!羨ましいですぅ!私も入れて下さい!」
「・・・それは、これからの活躍次第。」
「言いましたね、ユエさん!私のキュートな2本のうさ耳で、しっかりと聞きましたからね!後になって忘れたなんて無しですよ!ーーーさぁさぁ、皆さん、何時まで休憩してるんですか!ちゃっちゃとこんなふざけた迷宮クリアして「パァン!」ハキュン!?」
「ウルセェ、駄目ウサギ。先は長いんだ、しっかり静かに休憩してろ。」
「現金だねぇ、姉ウサギさん。」
「・・・・・・ハァ。」
キレたハジメにゴム弾を撃たれて目を回すシアと、その横で額に手を当てて溜息をついたアル。何だかんだ、余裕が有る一行だった。
休憩を終えて探索を再開したハジメ達が、多種多様な罠(と付随する煽り文)を潜り抜けて暫く進むと、この迷宮に入ってから一番大きな通路に出た。道の幅は6〜7m、結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。恐らくは螺旋状に下っていく通路なのだろう。
「全員警戒を怠るなよ。こんな如何にもな通路に、罠が無いなんて「ガコンッ!」言ってる側からかよ!」
「で、でも、誰もスイッチ押してないですよ!?」
ハジメの警告を他所に、既に嫌と言うほど聞いてきた作動音が響く。だが、シアの言う通り誰もスイッチを押した形跡は無い。自覚出来ない内に作動させてしまったのか、それとも形だけスイッチ音が鳴っただけなのか。判断は出来ないが、少なくともミレディ・ライセンの性格の悪さだけは窺える。
「チッ、今度はどんなトラップだ?」
「?皆さん、何か聞こえませんか?」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
シアの言葉を聞いて一行が耳を澄ますと、確かに音が聞こえて来た。場所は頭上、それも明らかに何か重たいものが転がってくる音である。
「「「「・・・・・・。」」」」
5人は無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げたものの、スロープの上方はカーブになっているため見えない。その間にも異音は大きくなっていき・・・遂にはカーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。
「嘘デショ馬鹿ナノあたおかかよクソミレディーーー!!!」
「キャラ崩れてますよアルーーー!!!」
ハウリア姉妹の悲痛な叫びを合図に、踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとするユエ、シア、アルの3人だが、少し進むと直ぐに立ち止まった。ハジメと社が付いて来ないからだ。
「・・・ん、ハジメ?社?」/「何してんスか、2人とも!?」
「ハジメさん!?社さんも!早くしないと潰されますよ!」
「ん?ああ、大丈夫、大丈夫。ーーー俺がやろうか?」
「いや。俺にやらせろ。いい加減頭きてるんだ。」
女性陣の呼びかけに答えたものの、2人は逃げる素振りを見せない。ハジメに至ってはその場で腰を深く落とし、右手を大岩に向けて伸ばしている。照準を合わせる様に右の掌を向ける姿は、まるで今から大玉を迎撃すると言わんばかりだ。
キィイイイ!!
力を溜める様に限界まで引き絞られていたハジメの左腕から機械音が響く。徐々に徐々に大きくなっていく駆動音は、義手が咆哮を上げている様にも聞こえる。その間にも大玉は轟音を響かせながら迫ってくるが、ハジメは怯むどころか獰猛な笑みを口元に浮かべていた。
「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ!性に合わねぇんだよぉ!」
凄まじい破壊音を響かせながら、大玉とハジメの義手による一撃が激突する。大玉の圧力に耐える為に滑り止めのスパイクを錬成したハジメは、そのまま大玉を破砕すべく左腕を駆動させる。
「ラァアアア!!」
ハジメ渾身の気合と共に、左肘から衝撃波が噴き出した。元から〝豪腕〟を発動して強化されていた左腕に更なる加速が加わった事で、辛うじて拮抗していた大玉の耐久力を、ハジメの拳の威力が大幅に上回る。そのまま左腕を振り抜いた先で、大玉は轟音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。
「カッコ良!マジカッコ良!!何て浪漫技だよ完璧にシェルブ◯ットじゃん!!ファースト◯リットかよ!!」
「うおっ、ウルセッ。だが、気持ちは分かる。自分で作っといて何だが、マジでイカす出来だろ?ま、義手に負担掛かるから、多用は出来ないがな。」
テンション高めの社に絶賛され、満更でも無い様子で義手に異常が無いか確かめるハジメ。ハジメの左肘から放たれた衝撃破の正体は、肘から発射できるショットガンである。本来はドンナー・シュラークを撃ちながら後方の敵を迎撃する為の物だが、今回の様に内蔵されたショットシェルの激発の反動を利用して推進力にすることも出来るのだ。
それに加えて、魔力を操作・振動させることで義手自体を共振、対象を粉々にする振動破砕も使用した。難点は義手への負担が大きい事だが、迷宮の罠やらウザい文やらでストレスが溜まってたらしく、我慢出来なかったらしい。
「ハジメさ~ん!流石ですぅ!カッコイイですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」
「・・・ん、すっきり。」
「マジで何でも有りっスね。」
「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道「いや、まだだ。」・・・は?」
随分とスッキリした表情で、合流した女性陣3人の称賛に気分よく答えるハジメ。しかし、その言葉は途中で社に遮られた。そしてーーー。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
頭上から非常に聞き覚えのある音が、5人の耳に届く。笑顔のまま固まるハジメとシア、無表情ながら頬が引き攣っているユエ、「嘘デショ」と言わんばかりに顔を青くするアル、そして何か確信を得た様な表情の社。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたハジメの目に映ったのはーーー黒光りする金属製の大玉だった。
「うそん。」
ハジメが思わず笑顔を引き攣らせながら呟く。先程破砕した大玉よりも、見るからに頑丈そうだ。だが、そこに追い討ちを掛ける様に、シアとユエがある事に気付く。
「あ、あのハジメさん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような・・・。」
「・・・溶けてる。」
件の金属製の大玉は、表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきていた。しかも液体が付着した場所からは、シュワーと実にヤバイ音が聞こえてくる。
「ワー、あれなら硬いモノでも簡単に潰せるっスねー。(白目)」
「現実から目を背けちゃ駄目ですアル!ハジメさんも早く逃げなきゃですよぉ!」
「あ?問題ねぇよ。くそ、最初から社に任せときゃ良かった。」
「え?」
大玉から逃げるべく皆を急かすシアだったが、何故かハジメは落ち着いたままだ。否、ハジメだけでは無い。今度はユエすらもが、迫り来る大玉を避けようともしない。まるで当然の様に、2人は社が罠を防ぐと確信していた。
「あらゆる害意は
詠唱と共に空色の光が迸ると、正六角形の結界が道を塞ぐ様に、複数枚重なる形で展開される。1枚1枚が極薄の平面に近い結界は、幾ら重ねた所で厚みが目に見えて増す事は無く、大玉の威容には明らかに目劣りしてしまう。しかしーーー。
ガツンッ!
予想を裏切り、多重六角形の結界は容易く大玉を受け止めた。重なり合った結界は最前列の1枚目にすらヒビを入れる事なく、溶解液をものともしていない。
「・・・お見事。」
「加速が乗り切る前だったからね。いやはや、お前さんが有能な式神で何時も助かってるよ、〝
ユエの称賛に答えながら、社は式神の甲羅を労る様に撫でる。社が呼び出した〝
「社の結界が食い止めてる内に、さっさと降りちまうぞ。次の罠が来ないとも限らねぇからな。」
ハジメの言葉に頷いた一行は、ゆっくりとスロープを降りて行く。念の為にとハジメが〝遠見〟の技能で先を確認しながら進むと、暫くして出口を発見した。出口の先は相当大きな空間に繋がっているらしく、部屋の中を完全に見渡す事は難しそうだ。
「出口は確認出来たが、どうにも先の見え方がおかしい。社、確認頼めるか。」
「了解。来てくれ、〝
ハジメの違和感を確かめるべく、社は別の式神を呼び出した。社の声に応えたのは『視力・視界の強化と拡張する』能力を持つ〝悟り梟〟。それに加えて〝遠見〟の技能を併用する事で、格段に強化された社の眼は容易く通路の先を見通した。
「・・・・・・・・・成る程。」
「?何が見えたんスか?」
「影◯シリーズやってる気分。死のピタゴラスイッ◯でも可だね。」
「◯牢シリーズて。罠に掛かんの俺達じゃねーか。」
「「「???」」」
「あー、ゴメン、ユエさん達には伝わんないか。ま、自分の目で見た方が早いかな。」
ハテナマークを浮かべたユエ達と異なり、社の言葉が理解出来たハジメは、頭痛を堪える様にこめかみを抑えていた。その様子を見て更に謎を深める女性陣だったが、歩みを止めずに通路の先に辿り着いた事で、疑問が一気に氷解する。
「・・・これは酷い。」
「ひゃ〜〜〜。」
「ウッワ、趣味悪。」
三者三様の反応ではあるが、絶句している点は一致している。それもその筈で、通路の先の空間には足場が無く、代わりに並々とヤバげな液体で満たされたプールになっていたからだ。大玉に潰されてもアウト、大玉を防いでも溶解液に触れればアウト、頑張って通路の先に逃げ切っても、どうにかして下のプールを避けなければアウトと言う、悪辣極まりない罠だった。
「コレ、どうやって次の部屋行くんですぅ?一応、先の方に出口らしき物もありますけど。」
シアが指差す方向を見ると、確かに別の部屋に通じる出口らしきものはあった。が、そこに向かうための道は影も形も見当たらない。
「義姉サンの全力ジャンプでなら、届く・・・カモ?」
「イヤイヤイヤ!流石に無理ですよ!?て言うか、落ちたら1発で終わりなんですから、出来そうでもやりたくないですよぉ!」
アルの疑問形な発言を、必死に否定するシア。如何に肉体強化に特化しているとは言え、酸のプールの上を跳躍する勇気は無いらしい。そんな2人を見て、溜息をついたのはハジメだった。
「んな馬鹿な事しなくても、普通に渡れば良いだろ。さっき結界張ってたの、忘れたのか?」
「「あ。」」
「そう言う事。また頼むぞ、〝
社の呼び掛けと共に〝岐亀〟の背中の祠が輝くと、正六角形の結界が足元に現れた。結界はハジメ達5人を乗せても余裕のある大きさであり、足場代わりにするには十分だろう。
「1枚1枚階段状にして結界を張るから、落ちない様に気を付けてな。」
そう言って先導する社の後を、ゆっくりとついて行く一行。結界自体は頑丈なので踏み抜く心配は無いが、透き通った空色をしている為、割と真下もハッキリ見える。ジュウジュウ、ボコボコと素敵な音をたてる、溶解液のプールが、である。落ちたらひとたまりもないのは言わずもがなだ。それ故、普段は騒がしいシアさえもが、口を開かずに恐る恐る慎重に進んでいた。
「『式神調
と、ここで先頭を歩いていた社が別の式神を呼び出しだ。突然の事に社以外の面子が訝しむが、〝比翼鳥〟はそれを意に介さず2匹に分裂、片方が社に、もう片方がハジメの肩に止まった。
《いきなりどうした、社。》
《単刀直入に言おう。この迷宮、明確な意志を持った誰かが管理している可能性がある。》
《・・・続けろ。》
〝比翼鳥〟から伝わる社の言葉に、ハジメの片眉が吊り上がる。余りにも唐突な意見に聞こえるが、ある程度根拠が有っての事なのだろう。式神越しに堂々と内緒話を始めた2人に周囲(特にシア)は何か聞きたそうではあったが、社は「しーっ」と指を立てて騒がない様に促すと、歩みを止めないまま説明を続ける。
《ハジメは知ってるだろうが、俺の〝
社の持つ〝悪意感知〟は、一定量以上の悪意ならば鋭敏に捉える事が出来る。例えそれが当人から物理的に離れていたり、多少時間が経過していたとしても、何の問題にもならない。悪意さえ込められているのならば、五感では捉えられない罠であっても事前に察知出来るのだ。
《そうだな。だが、それにも限度はあった筈だ。現にお前の〝悪意感知〟では、オルクス大迷宮に張られた罠を見破れなかった。》
ハジメの言葉通り、社の〝悪意感知〟にも限界はある。世界の裏側程に距離があれば流石に感知する事は出来ないし、永い時を得て悪意が風化してしまえば、此方も同様に感知出来なくなる。オルクス大迷宮の罠を見抜けなかったのは、迷宮自体が試練として造られた為そもそもの悪意が薄く、その上永い時を得た為に元から薄かった悪意が風化してしまったからだ。
《お前さんの言う通りだ。だからこそ、この迷宮に存在する罠から悪意が感知出来るのはおかしい。最初は気の所為かとも思ってたんだが、さっき大玉を防いだ時に確信した。この迷宮内にいる誰かが、明確な
新たに齎された厄介な情報に、眉間に皺を寄せるハジメ。迷宮内部の罠だけでも厄介なのに、更にはそれを掌握している何かすら存在していると言うのだから、苦い顔の1つもしたくなるだろう。態々社が〝比翼鳥〟を呼び出したのは、その何者かに対しての防諜対策でもあった。
《だが、肝心の何者かに対しては、全く心当たりが無い。分かっている事があるとすれば、
《・・・この迷宮の管理者は、単に俺達を試そうとしてるだけで、殺そうとまでは思って無いから悪意が薄い、と。社にのみ悪意が強いのは・・・『呪術』なんて得体の知れない力を使っているからか?だとすると、俺達が迷宮を攻略している様子も筒抜けか。》
《完全にバレてる、って訳でも無いだろうがな。現に『呪力』で肉体を強化しているだけの妹さんには、俺の様に悪意は向いていない。》
ハジメ達一行に向けられる悪意は、実の所大した量では無い。だが、それこそ社が管理者(推定)の存在と、監視されている可能性に気付くのに遅れた理由でもあった。にも関わらずアルが社の様に警戒されていないのは、アルが『生得術式』を使用していないからだろう。
《一番無難かつ有り得そうなのは、俺達に先んじてこの迷宮をクリアした奴が、〝解放者〟達の真実を知ってその後を継いだ、って可能性か。最も、無駄に信心深いこの世界の住人が、神敵扱いされた〝解放者〟達の言い分を信じた、ってのはどうにもしっくりこないが。》
《だなー。これなら、実はミレディ・ライセン本人が生きてました、って言う方がまだあり得るんじゃね。》
《
あくまでも敵対する事を前提とした考えではあるが、社の感知した悪意の持ち主がミレディ・ライセンだった場合、間違い無くこれまでに無い程の難敵になるだろう。仮にも大陸1つを束ねる宗教の神に、あろう事か真正面から喧嘩売った人々の代表である。弱いなんて事はまず有り得ない。ハジメの言った通り、先んじてライセン大迷宮を攻略して〝解放者〟達の後を継いだ人物であっても、同様に強敵となり得るだろう。罠だらけの迷路を踏破する力量に加えて、十中八九〝神代魔法〟も手に入れているからだ。
《だが、やる事は変わらない。誰であろうと、俺達の邪魔をするなら容赦しない。神だろうがなんだろうが、蹴散らすまでだ。》
《まぁ、それもそうか。差し当たっては、後ろの子達なんとかしないとな。》
《あん?・・・あ。》
社に言われて振り返ったハジメが見たのは、自分達をジト目で見つめるユエとハウリア姉妹だった。
その後、社が〝比翼鳥〟経由で全員と意思疎通を図りつつ(その間ハジメはユエを構い、シアはハジメにちょっかい出してしばかれてた)、〝岐亀〟の結界で足場を作って進み続け、漸く新たな部屋に辿り着いた。広く深い奥行きがある部屋の1番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。
「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か?それなら万々歳なんだが・・・この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」
「HAHAHA、俺もだ。本物のさまようよ◯いなんて、見た事ーーーいや、何回か似た様なのぶっ壊した事あったわ。」
「こんなとこで
ハジメと社が口にしているのは、部屋の壁の両サイドにある窪みに収められた像に関してだ。騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した像は、2m程の大きさで今にも動き出しそうな迫力に満ちていた。
「・・・大丈夫、お約束は守られる。」
「それって襲われるってことですよね?全然大丈夫じゃないですよ?」
「へー、
「宮守さんは余裕有りすぎじゃないっスか?」
ガコン!
「「「「「・・・・・・。」」」」」
和気藹々と談笑していたハジメ達が、部屋の中央部でピタリと立ち止まった。ユエの言う通り、確かにお約束は守られた。全く嬉しくは無い。
ガシャガシャガシャガシャ
5人が「やっぱりなぁ~」と内心で思いをシンクロさせつつ周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして金属の擦れ合う音を立てながら、窪みから騎士達が抜け出てくる。その数、総勢50体。騎士達はスっと腰を落とすと、盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に、騎士達が現れた時点で既に包囲は完成している。
「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか。まぁ、今更の話か・・・やるぞ、全員準備は良いな?」
「あいよー。」/「んっ」
「ホント、ユエサンも宮守サンも余裕綽々ッスね。」
「か、数多くないですか?いや、やりますけども・・・。」
ハジメの合図と共に、全員が戦闘態勢に入る。ハジメが使うのは、ドンナーとシュラークの2丁拳銃。機関砲のメツェライによる一掃も有りではあるが、下手に弾丸をバラ撒いて罠を作動させてしまっては目も当てられない。故に、様子見も兼ねた
気の抜けた返事とは裏腹に、油断無く構える社が自らの影から取り出したのは、杖型の呪具〝流雲〟。一対多数を想定するならば、伸縮・分裂機構のある〝天祓〟の方が適しているが、周囲の仲間を巻き込んでしまっては本末転倒である。故に、破壊力に特化した〝流雲〟を選択したのだ。
ユエはこの迷宮内で、自分が最も火力不足である事を理解している。だが、ハジメのパートナー兼社の戦友たる自分が、この程度の悪環境如きで後れを取るわけにはいかない。それに加えて、万に一つ未満の可能性ではあるが、恋敵になるやもしれない
一方、ハウリア姉妹はと言うと、これまた反応が対照的であった。この迷宮内では最も影響なく力を発揮できる2人ではあるが、実質的な戦闘経験は不足気味だ。まともに戦ったのは谷底の魔物だけで、それも僅か五日程度。故にシアの腰が少々引け気味であったのは、ある意味仕方ないのだろう。だが予想外な事に、アルは静かながら呪力を漲らせると、臆する事無く騎士達を見据えている。その姿に、怯む様子は欠片も無い。
「ホラ、義姉サン。ビビってないで、構えなきゃ。南雲サンもユエサンも宮守サンも見てるよ。」
「何でアルはそんな余裕あるんです!?ーーーええい、女は度胸!皆さんの前で、カッコ悪いとこ見せらんないですぅ!!」
(妹さんってば全く物怖じしてないな。結構繊細かなーとも思ったんだが、腹くくんのは早いのか。・・・割と
シアはユエとの模擬戦を、アルは『呪力操作』と並行して社に体術を習ってはいたが、合わせても二週間ちょっとの戦闘経験しかない。にも関わらずここまで差が出るのは、種族の差か、或いは個人の素質の差か。最も、シアも気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点で、かなり根性があると言えるだろう。
「お前の義妹の言う通りだ。俺達も見ててやるし、何よりお前は強い。それは俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手な事考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる。」
緊張したシアの背を押す様に、ハジメは声を掛ける。どことなく、普段より柔らかい声音だった。少なくとも、シアにはそう聞こえた。
「・・・ん、弟子の面倒は見る。」
「無茶はなるたけしない事、それと最後まで諦めない事。この2つを忘れない様にね。それが出来るなら、俺達もフォローしやすいから。」
シアはハジメ達の言葉に思わず涙目になった。単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑ーーー自業自得の面も多々あるがーーーだったので、付いて来た事も迷惑に思っているんじゃと、ちょっぴり不安になったりもしたのだが・・・杞憂だったようだ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。それに何より、可愛い可愛い義妹の前で、カッコ悪いところは見せられない。シアは全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。
「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ!社さんも応援してくれるみたいですし、ユエさんに下克上する日も近いかもしれません!」
「「・・・調子に乗るな。」」
「んー惜しいなー!そこでしおらしく甘えられる方が、ハジメの好みだと思うなー!ユエさんはよくやる手なんだけどなー!」
「余計な事言ってんじゃねぇよブッ殺すぞ社ォ!!」
「・・・照れる。」
「グッダグダじゃないですか。」
調子に乗るシアもアレだが、悪ノリする社も大概だった。
「ったく、オラ、早く構えんだよ馬鹿共!舐めた戦い方したら、後ろから撃ち抜くからな!」
「「「「了解!」」」」
緩い空気を吹き飛ばす様にハジメが吼えると、他の面子もすかさず応える。ふざけていたのは表面上だけで、いつでも戦える準備は整っていた。そんな様子を知ってか知らずか、総勢50体のゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。