ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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52.開花

 ヴオオォォン!!

 

「ーーーシィッ!」

 

 空気を切り裂く音と共に振るわれる巨大剣を半身になって紙一重で避けながら、社は返す刀で仗形態の〝流雲(りゅううん)〟を振るう。狙うは今まさに避けたばかりの巨大剣の側面(はら)。〝岐亀(くなどがめ)〟による結界を宙へと浮かぶ足場とし、〝狗賓烏(ぐひんからす)〟の力で風を身に纏った社は渾身の力を込めて流雲を振るう。

 

 バキィッ!

 

 快音と共に巨大ゴーレム騎士の巨大剣が半ば程から砕け散る。もしこの戦いを観戦する者が居れば、社が打ち勝った驚きと一矢報いた快挙に歓声を上げるだろう。だが、肝心の社の表情は優れない。

 

「そう簡単には、近寄らせて貰えないか。」

 

 武器破壊をして直ぐ様距離を詰めようとした社。だが、残る5本の巨大剣が続け様に振るわれて、出口どころか巨大ゴーレム本体にすら近寄れない。そうこうしている間に十数秒も経つと、壊した筈の巨大剣が新品同様に直されてしまう。社は既に同様のやり取りを7回程繰り返していた。

 

(チッ、幾ら壊しても無駄か。修復とか補充ってレベルじゃ無い。まるで壊れる直前まで時を巻き戻すみたいだ。もっと別次元のーーー恐らく、神代魔法が使われている。)

 

 社の推測は実の所大当たりだったりする。この巨大ゴーレム騎士は元々〝解放者〟達が、対エヒト神及び神の使徒用に作り上げた決戦兵器の1つだった。それ故に、社達が知り得ないものも含め、複数の神代魔法が惜しげも無く使われていた。最もこのゴーレム、エヒト神を攻め滅ぼす為の刃では無く、エヒト神から無辜の民を護る為の盾として作られたのだが。

 

 本来ならば「高度な自律思考を有し、庇護対象を臨機応変に護り抜く」がコンセプトだったのだが、頼みの自律思考の作成が難航。逆転の発想で「守護対象を守り切る」事のみに思考を割り振り、「単純な思考が問題にならない程に強く硬く早くすれば良い」と言う脳筋な暴論実践的な思想により作られたのがこの巨大ゴーレム騎士だった。

 

(このデカ物からは悪意を一切感じない。つまり、此奴(こいつ)は誰かに操作されてるのでは無く完全に自律してる事になる。なら、何処(どこ)かに心臓部となる核がある筈。・・・多分、さっき胸で光ったやつだろうけど、傷はもう塞がれてるしなぁ。)

 

 一旦ゴーレムから距離を取り、警戒しつつも頭を悩ませる社。先程威力偵察(ちょっかい)をかけていた時にゴーレムの胸部に運良く『黒閃』を決めたのだが、その際剥がれた鎧の隙間から魔力光が漏れ出していた。恐らく、あれが核だろう。〝流雲〟+『黒閃』で鎧が半壊した為、そこから更にもう一撃加えればいける筈、と言うのが社の感覚だった。最も「直される前に」と言う枕詞(まくらことば)がつくが。

 

(・・・切り時かな。ハジメとユエさんには悪いけど、しょーがないか。)

 

 『黒閃』は最初の1撃を放つのが最も難しい。だが、それさえ決められれば、その日の内なら2発、3発と連続で打つ事も不可能では無い。そして、社には切り札の1つである〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟がある。デメリットが不透明と言うリスクはあるが、魔力を除いた基礎ステータスを1.25倍するこの技能を使って『黒閃』を決められたのならば、或いは1撃で終わらせる事さえ可能かも知れない。

 

「背に腹は変えられないわな。来い、〝影鰐(かげわに)〟ーーー」

 

 ゴゥッ!!!

 

「ーーーは?」

 

 ■■との繋がりである刀を取り出すべく〝影鰐〟を呼ぼうとした社が固まった。異変が起きたのは、社の背後。まるで何の予兆も無しに目の前で火山が噴火したかの様な、自然災害と見紛う程の勢いで『呪力』が発生したのだ。

 

(待て待て待て何が起きた!?何だこの『呪力』量!?まるで■■ちゃんーーー・・・いや、この感じ、妹さんか?)

 

 圧倒的なまでの『呪力』量に動揺を隠せない社だったが、ふと『呪力』の質がアルのものに近い事に気付く。だが、元々『呪力』が多いアルだとしても、この量は異常としか言いようが無い。不可解な出来事に社が困惑しつつもアルの方へ向かおうとした瞬間、同じ場所で今度は()()()()()が迸った。

 

(マジで何してんの妹さん!?このタイミングで()()使うのかよ!?)

 

 数秒前の『呪力』と変わらぬ勢いで溢れ出す魔力を見て、直ぐ様アルの下へ向かう社。だが先程とは異なり、この現象には心当たりがあった。十中八九、社が渡した物が原因だろう。

 

「フゥ。何とか、上手くいった。」

 

「いやいやいや、マジで何し、てーーー・・・。」

 

「ン?あぁ、宮守サン。足の治療、ドーモッス。」

 

 案の定と言えば良いか、膨大な『呪力』と魔力の発生源はアルだった。彼女の身体は今、溢れんばかりの深緑色の『呪力』と、透き通る様に光る翠色の魔力の両方を纏っていた。

 

「その魔力は、姉ウサギさんのか。」

 

「そうッスね。宮守サンが渡してくれた、この〝魔晶石〟のリングネックレスに、義姉(ネエ)サンが込めてくれたのを吸収しました。」

 

 ネックレスに付いたダブルリング型の魔晶石を指で弄るアル。『術式』で魔力を吸収出来る可能性については、アルや社も早々に気が付いていた。生命力なんてあやふやな物を吸収して己の物に出来る性質上、魔力等も同様に扱えても不思議では無いからだ。故に、社はハジメに〝アル専用魔晶石〟の製作を依頼、その後出来上がった物にシアの魔力を込める様お願いしたのだ。

 

 最も、狙いとしては「魔力を自在に吸収・運用出来る様にする」のでは無く、「仮に魔力を吸い過ぎても問題無い」練習台としての役割が強かったので、まさかこんな土壇場でやらかすとは思ってもなかったのだ。しかも見る限り、シアは溜め込める限界ギリギリの魔力を込めていたらしい。義妹(アル)にダダ甘な義姉(シア)だった。

 

「まぁ、そっちは良い。問題はその『呪力』量だ。妹さん、君は一体何をーーーいや、どんな『縛り』を課した?」

 

「・・・マァ、バレバレッスよね。アタシが課したのは、『この場で何も出来ず、足手纏いのまま終わるなら死ぬ』って『縛り』ッスね。」

 

「・・・・・・嘘だろ正気か?」

 

 あっけらかんと白状するアルとは対象的に、社は眉間に皺を寄せると頭痛を堪える様にこめかみを抑えた。確かに、内容的に必ずしも死が確定する訳では無いが、それでも自らの命を懸けている事には違いないので、この強化率も理解は出来る。だが、それとこの行為に納得出来るかは別である。

 

「別に君がこんなとこで命懸ける必要無くない?それこそ、君が死んだら元も子も無いだろ。姉ウサギさんやハウリアが、君の死を悲しまない訳無いと思うけど。」

 

「そうッスね。全くもって仰る通りで。でも、だからこそなんスよ。義姉(ネエ)さんも義父(トウ)サンもハウリアの皆も。どんなに辛くても苦しくても、諦めずに強くなったんです。それなのに、アタシだけが肝心なトコでヘタレたまま何も出来ないなんて、皆が許してもアタシ自身が許せない。今此処で命を張れなきゃーーーアタシは(ハウリア)に胸を張って家族だと言えなくなる。」

 

「!」

 

「今此処で身体を張らなきゃ、俺はハジメに胸を張って友人だと言えなくなる!」

 

 アルの言葉に驚きで目を見開く社。アルの覚悟が想定以上に決まっていた事もそうだが、何より彼女の口から出た言葉に覚えがあったからだ。ある意味で全ての始まりーーーハジメが奈落の底に堕とされた直後、後を追おうとした己を止めた■■に、社が咄嗟に放った台詞と同じ。自分の身勝手な欲望(ねがい)である前提の下に、大切な誰かに報いようと己の命を懸ける誓い。

 

(・・・まさか、こんな形でブーメラン帰って来るとはなぁ。文句言えなくなったよチクショウ。)

 

 やけくそ気味に頭を掻きながら、社は諦めた様に大きくため息を吐いた。『呪術』を教えた者としての責任感やら文句やらも無いではないが、今はそれらを全て黙って飲み込む。『呪術』を教えた師匠として社にも罪はあるし、何よりもアルの言葉を欠片も否定できないからだ。例え過去に戻れたとして、社は何度でもハジメや身内を助ける為に身体を張るだろうから。

 

「OK、分かったよ。やっちまったのはしゃーない。俺と君とで、あのデカブツをスクラップにしちまおう。後、ハジメ達と合流したら、君がやった事姉ウサギさんにも伝えるから覚悟しておくように。」

 

「ゴーレムに関しては了解ッス。義姉(ネエ)さんには、アー、その、黙ってて貰えません?」

 

「駄目でーす。大人しく俺と一緒に怒られときな。」

 

「・・・ハーイ。」

 

 先程1人死にかけていたとは思えない程の緩さで、たった2人の対巨大ゴーレム騎士攻略戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

「来い、〝比翼鳥(ひよくどり)〟、〝 双子夜刀(ふたごやと)〟。」

 

 巨大ゴーレム騎士が起動するギリギリの範囲外まで近づいた社は、次いで2体の式神を呼び出した。その内の〝比翼鳥(ひよくどり)〟は2体に分裂すると、それぞれ社とアルに1体ずつ取り憑いた。

 

《それじゃあ妹さん、手筈通りに。3、2、1ーーー行け!》

 

《ッーーー!》

 

 〝比翼鳥(ひよくどり)〟越しに伝わるカウントを聞いて、社とアル、そして〝 双子夜刀(ふたごやと)〟で生み出した社の分身が、3方向からゴーレムの射程範囲内へと同時に走り出す。その直後、反応を検知した巨大ゴーレムが起動、侵入者を迎撃すべく巨大剣を叩き付ける。

 

《ッアッブな!?》

 

《無理すんなよ妹さん!君はまだ無理に近寄らなくて良い!直ぐに此奴の敵対心(ヘイト)が俺の分身に向く筈だ!》

 

 鈍重そうな見た目とは裏腹に高速で振われる巨体剣を、強化された身体能力でかわしていく2人(と分身)。だが、時が経つに連れて、ほぼ平等だった攻撃の頻度が、徐々に社の分身へと偏ってくる。

 

《やっぱり、出口の扉に近づこうとする奴を優先的に攻撃して来るわけだ!妹さん、隙を見て剣を攻撃!》

 

 比翼鳥越しに指示を出しつつ、向かってくる2本の巨体剣を避け続ける社は、最前線にいる己の分身に目を向ける。アルが目覚める前、ゴーレムの威力偵察をしていた社は、ゴーレムの攻撃頻度に若干のムラがある事に気付いた。その後、幾度かの検証を得た結果、「出口に近い対象程、攻撃が苛烈になるのでは?」と仮説を立てたのだ。今現在、最も出口の扉に近い分身が優先して攻撃されているのを見るに、推測は当たっていたらしい。

 

 〝 式神調(しきがみしらべ)〟 で全10種居る式神の内の1体である〝 双子夜刀(ふたごやと)〟の能力は『呪力を消費して実体のある分身を生み出す』事。分身は1体だけしか呼べず、『術式』も使用不可。それに加えて分身自体が半透明の水色をしている為、本物との見分けも簡単で知性有る相手に囮として使うのも難しい。しかし、それら全ての欠点を覆す程の価値が今の〝 双子夜刀(ふたごやと)〟にはあった。

 

《なんか、分身なのに、アタシより余裕、無いッスか!?》

 

《そりゃ、『呪力』を込めればそれだけ強くなるからね。最高値は俺の8割強*1だし。》

 

《ハァ〜〜〜!?やってらんねぇんスケド!!!》

 

《結構地が出て来たね妹さん。キレ方ヤンキーかな?》

 

 投げやり気味に叫ぶアルだが無理もあるまい。何せ分身は交互に迫る3()()()巨大剣を、避けるだけとは言え難無く熟しているのだから。最も、アルも1本だけとは言え、器用に回避しつつ武器にカウンターを入れていた為、一概に何方(どちら)が凄いと比較は出来ない。

 

「こ、のぉっ、良い加減、折れろッ!」

 

「オ、ラァッ!」

 

 バキキィッ!!

 

 裂帛の気合いと共に振るわれた蹴撃と〝流雲(りゅううん)〟が、巨大ゴーレム騎士の振るっていた巨体剣を打ち砕いた。半ば程から折られた刀身が、クルクルと宙を回転しながら地面に突き刺さる。しかし、何もしなければ10秒もしない内に再び元通りになってしまうだろう。

 

《今だ、妹さん!()()()()()()()()()()()!》

 

《了解ッス!》

 

 だが、それをいちいち待ってやる社達では無い。叩き折った刀身を割り抜く程に強化した握力で引き抜いた社とアルが、そのまま巨大ゴーレム目掛けて全力で投げつけたのだ。狙いは、折れた剣を持つゴーレムの腕関節。

 

 ズドォォン!!

 

 轟音と共に、社とアルが放った刀身が巨大ゴーレムに突き刺さった。狙い通り折れた刀身は関節に突き刺さり、背後の壁まで貫いてゴーレムを縫い留めている。何とか剣の刺さった腕を動かそうと巨大ゴーレムが足掻くが、かなり深く食い込んでいるらしくビクともしない。

 

《ヨッシ!アレなら再生出来ないッスよね!》

 

《ヘタにゴーレムの材料が特別なのが仇になったな。》

 

 巨大ゴーレム騎士に使われている鉱石は〝感応石〟と比べ非常に頑丈な物らしく、元から高ステータスの社や『縛り』で超強化(ブースト)した上で魔力・『呪力』の2重強化をしているアルでも破壊するのに手間取っていた。だからこそ、部屋に使われている〝感応石〟を使った補修をせず、時を巻き戻す様な特殊な修復を行っていたのだろう。直す筈の刀身が腕に突き刺さっている現状では、それが完全に裏目に出ていた。

 

《それじゃ、この調子で他の剣もーーー》

 

 ガコンッ!ガコンッ!

 

《折る・・・へ?腕が取れた?》

 

《自分で分離(パージ)したのか?》

 

 腕2本の無力化に成功し、このまま一気に押し切ろうとする社とアル。だが、そんな2人の出鼻を挫く様に、巨大ゴーレム騎士が縫い留められていた腕を2つとも切り離した。と言っても、無理矢理力づくで引きちぎったのでは無く、最初から分離(パージ)機能が付いていたかの様なスムーズな動きだ。

 

 バチバチバチバチ!!

 

《なーんか、どっかで見た事ある様な反応な気がスンのはアタシの気の所為ッスかね。》

 

《いいや、俺にも見覚えあるね。奈落の底で毎日の様に見てたんだ、間違う訳が無い。・・・この音と光、()()()()だ。2重強化は負担デカイだろうけど、そのまま何時でも動ける様に構えてな、妹さん。》

 

 邪魔な腕を切り離した巨大ゴーレム騎士の変化は更に続く。左右に2本ずつ残っていた筈の腕が重なる様に密着すると、どこか覚えのある光と音を放ち始めた。重なった腕は徐々に融けだすと、握っていた剣ごと癒着する様に1つに成っていく。そのまま十数秒が経過し光と音が止んだ後には、丸々腕2本分太く頑健になった1対の腕と、全長20m強の巨大双剣が姿を表した。特に変化が顕著なのは巨大双剣で、核から直接魔力で強化されてるのか、薄らと魔力光を纏っていた。

 

 (ザン)ッ!!!

 

《・・・宮守サン、式神ってどのくらいのヤツ作ったんスか?》

 

《変形前のゴーレム相手に、回避優先なら結構保つくらい。具体的には7割強位のやつ。》

 

《・・・何か、1発で消し飛んだッスケド。》

 

《そう見えた?奇遇だね、俺もだ。》

 

 風を切り裂く等と言う表現が生易しく感じる程の、最早振るった剣圧だけで人が死んでもおかしく無い程の速さで巨体剣が振るわれた。狙われた式神が辛うじて反応し防御体勢を取ろうとするも、抵抗虚しく一刀の下切り捨てられた。余りの剣速に纏っていた魔力の光が追い付かず、剣の軌跡に尾を引く様に余韻を残す姿は、一周回って幻想的にすら見える。

 

「ーーー撤収!」

 

「ガ、合点(ガッテン)!」

 

 式神の散り様を見て間髪入れずに大声で戦略的撤退の指示を出した社。その声に釣られハッとしたアルも直ぐ様反転して駆け出した。両者共に比翼鳥の通信機能が頭から抜け落ちている辺り、如何に巨大ゴーレム騎士の変貌が予想外かを物語っている。

 

《取り敢えず、ゴーレムの反応する距離の外まで退避!後の事はそれから考えようか、妹さん!》

 

《分かッーーー何かそのゴーレムが範囲内(ライン)ブッチしてこっち来てんデスケドォ!?》

 

《デスヨネー!知ってたよチクショウ!》

 

 背後を確認したアルの驚愕を比翼鳥越しに受け取り、ヤケクソ気味に毒を吐く社だが、先程のゴーレムの変身程には動揺していない。古今東西、現実(リアル)だろうが創作(フィクション)だろうが第2形態になると理不尽さが増すのはお約束である。ハジメや幸利に存分に染められたとも言えるだろうが。

 

 恐らく、最初の形態もその気になれば自由に部屋の中を動けた筈だ。それを態々制限として儲けたのは、「範囲外に逃げれば大丈夫」と考える攻略者の不意を撃つ為だろう。つくづくミレディの思考は腐っていたのだと思わざるを得ない。

 

《チッ、面倒だがやるしか無いか!》

 

《ヘ!?何か妙案が!?》

 

《無い!だけど、逃げ回っても埒が開かないし、何より壁際まで追い込まれたら本当に逃げ場が無くなる!なら、少しでも開けた場所で逃げ道を確保した上で迎え撃つ!俺が双剣を押さえ込むから、妹さんは隙を見て胴体に駆け上がれ!》

 

 アルの返事を待たずに社は反転、迫り来る巨大ゴーレム騎士に真っ向から相対する事になる。30m強の巨体が一直線に向かってくる光景は、心臓が弱い者ならそれだけで息絶えそうな程の迫力に満ちている。にも関わらず、殆ど無音の状態で移動して来るのだから、そのチグハグさが返って恐怖を生み出していた。

 

「また、俺に力を貸してくれ、■■ちゃん。ーーー〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟!」

 

 だが、今更そんなものに尻込みする社では無い。双子夜刀と入れ違う様に影鰐を呼び出した社は、影から指輪と日本刀を取り出すと遂に切り札を切る。ハジメとユエから「緊急時以外は使わないで欲しい」と言われた禁忌の力を、「今がその時である」と社は躊躇いも無く発動する。

 

 直後、指輪と日本刀が宙に溶け込む様に消え、何処からとも無く現れた汚泥の如き『呪力』が、社の身体を球状に満遍無く包み込んだ。グネグネと痙攣するスライムを思わせる有り様は、側から見れば意思を持った『呪力』が社を念入りに味わいながら咀嚼(そしゃく)している様にも見えた。

 

 だが、その変化をゴーレムが悠長に待ってくれるはずも無い。社に狙いを定めた巨大ゴーレム騎士は、既に巨大剣を振り上げている。もう幾許(いくばく)も猶予は無く、社は未だ(まゆ)の様に得体の知れない『呪力』に包まれたままだ。

 

 (ザン)ッ!!!

 

「ーーー〝瞬光〟」

 

 そして遂に巨大剣が振り下ろされる直前、全身を■■の『呪力』で覆われた社が〝瞬光〟を発動。視界に映る全てがモノクロに包まれ、あらゆる動きが緩慢で緩やかな速さになる中、社だけが平常通りに動き出す。

 

 ゆっくりと、しかし確かに社を斬るべく振り下ろされる巨体剣を見据え、社は静かに構えを取る。丈形態の流雲を刀代わりに、黒く濁った手甲を纏う両手で、灰色に染まった顔の横まで掲げる様に持つ。音に聞く次元流、その中でも一際有名な〝蜻蛉(とんぼ)の構え〟に酷似した一撃必殺の装いでもって、社は巨体を迎え撃つ。

 

「八重樫流・体捨(たいしゃ)ノ型・崩しーーー」

 

 今から放つ技をあえて口にする事により、社は『動作の直前に技名を口にする』『縛り』を己に課す。嘘を吐いたところで技の威力が下がる訳では無い代わりに、劇的な威力(リターン)も望めない、言わば初心者向けの『縛り』。だが今回はそれに加えて『技名と異なる動きをした場合、1分間行動不能になる』縛りを追加した。

 

 この場で1分間何も出来ないのは、自殺と変わらない。■■と交わした『他者間の縛り』に出来るだけ抵触せず、それでいて命を賭けるに等しい重さを持たせる事にした、言わば抜け道の様な『縛り』。家族を守る力を得る為に、命を賭けると決めたのは弟子(アル)の意思だ。だが、その方法を教えたのは間違い無く師匠(やしろ)でもある。故に、アルの覚悟を無駄にはしないと、己も命を賭けるべきだと社は判断したのだ。

 

 擬似的に命を賭けた『縛り』を課した社だが、しかしその身体から立ち昇る『呪力』量はおろか、魔力量にすら変化は見られ無い。それもその筈、社が求めたのは『呪力』の強化では無く『呪力操作』精度の向上だ。〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟による『呪力』の操作精度上昇に加え、命懸けの『縛り』による更なる補正(ブースト)。そして何より、()()()()()1()()()()は既に突破(クリア)済みだ。此処までお膳立てをされて、黒い火花が微笑まない筈が無い。

 

「ーーー〝雲耀衝(うんようしょう)〟!!」

 

 「『黒閃』を狙って出せる術師は存在しない」と言う定説を真っ向から嘲笑うかの様に、黒い火花が異世界で再度咲き誇った。振り下ろした流雲と巨体剣が衝突すると同時に轟音、一拍遅れて衝撃波が周囲に飛び散り、黒き閃光が辺りを染め上げるかの様に広がりーーー巨大ゴーレム騎士の巨体剣の根元までヒビが入ると、ガラスの様に砕け散った。

 

(いよっし!後はもう1本を叩き割ったら、2人掛かりでーーー。)

 

 流雲に傷が無いことを素早く確認した社は、残心を解かずに巨大ゴーレム騎士からの弍ノ太刀を警戒する。予想通り、ゴーレムはもう片方の巨体剣を振り下ろそうとしていた。だが、それは社に対してでは無い。社より前に出ていた、アルに向けてだ。予想外の事態に目を丸くする社。

 

《何してんの妹さん!?》

 

《アタシの『術式』でトドメ刺すんスよね?仮に宮守サンが双剣砕いたとしても、即直されたら意味無いし。中途半端に近寄ってたらそれこそアタシがヤバイッス。だったら、アタシが1本折る前提で最初からゴーレムに近寄ってる方が上手くいく!》

 

《そりゃ正論(そう)だけど無茶だろ!?大体、魔力と『呪力』の2重強化でもう身体ボロボローーー・・・?》

 

 確かにアルの言葉は正しいが、それは蛮勇を許容する理由にはならない。無理無茶無謀を通すのは、本当に最後の最後であるべきだろう。アルの元に駆け寄りながら説得を試みる社だが、既に巨体剣は振り下ろされていて間に合いそうには無い。軌道を少しでも逸らすべく、巨体剣に流雲を投げ込もうとした社だが、ふと奇妙な違和感を抱く。

 

《大丈夫ッス、勝算はちゃんと有るんで。だから宮守サン、()()()()()()()()()()()()()()()()。》

 

 違和感の正体には直ぐに気付いた。〝瞬光〟を発動中にも関わらず、社の視界に映るアルの動きーーー正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも、その精度が尋常では無い領域(レベル)だ。何時も通りどころの話では無い、社がアルと出会ってから過去最高と言って良い程に上達している。

 

(比翼鳥越しに〝瞬光〟の知覚機能の強化と拡大(スローモーション)を共有しているのか!でもそれで『呪力操作』がいきなり上手くなるとはーーーまさか。)

 

 奈落の底での実験中に、ハジメやユエに対して比翼鳥による〝瞬光〟の部分的な共有が出来たのは確認済みだ。それ故、アルに同じ事が出来ても不思議では無い。だが、それが目の前の現象に繋がるかと言われれば、首を傾げざるを得ないだろう。だからこそ、社の脳裏に浮かび上がったのは、全く想定していなかった別の1つの可能性。

 

 呪術師の成長曲線は、必ずしも緩やかでは無い。確かな土壌と、一握りのセンスと、想像力。後は些細なキッカケで人は変わる。だが、アルが持っていたのは、人よりも優れた、しかしそれ以上に歪な『呪力(ちから)』と『術式(さいのう)』だけだった。

 

「フーーー・・・。」

 

 大きく息を吐き『呪力』と魔力を等しく身体に巡らせるアル。人の成長は時に花に例えられる事がある。人の才能が開いた姿が、花が美しく咲くのに似ているのも理由の1つだろう。だがそれ以上に、人の才能も花も多様な条件が必要でありながら、どれか1つでも欠ければ育たない場合があるからだ。

 

 アルと言う術師(はな)には確かな土壌(けいけん)も、『呪力(ちから)』に対する理解も、『術式(さいのう)』に対する想像力も、何かもが足りていなかった。しかし、もし仮にそれらを十二分に満たせたのであれば。アルの『呪術師』としての才能は、何時花開いてもおかしく無い程に優れた物でもあった。

 

 軸足である左足を前に、振り抜く為の右足を後ろに置いた構えは、実に分かりやすい蹴りの体勢。迫り来る巨体剣は、迎撃に失敗すれば今度こそアルを殺すだろう。それこそ、雑草の命を容易く刈り取る鎌の如き気軽さで。それでも、アルの心は凪いでいる。不必要な恐怖(おもい)は、全て必要な『呪力(ちから)』に変えたから。

 

 全身に巡らせていた『呪力』と魔力を一気に下半身に収束させたアルは、迷わずに右足を蹴り上げる。狙いは、今まさに自らを排除(ころ)すべく振るわれたゴーレムの巨体剣。この部屋に来る前なら、きっと為す術無く敗れていただろう、文字通り恐るべき1撃。だが、今は違う。もう、花開く条件は全て揃った。

 

 僅かな間で、しかし確かに積み上げた土壌(けいけん)。荒削りながらも必死に磨き上げた感覚(センス)。『呪力(ちから)』に対する理解と、『術式(さいのう)』に対する想像力。偶然の産物である〝瞬光〟の部分的な共有。そして誰もが予想してなかった、本当の想定外(イレギュラー)ーーー今尚比翼鳥を通して感じる、()()()()()()()()()()()()()()。これら全てを得て何も変わらない程、アルは非才では無かった。

 

「折れろォォォォ!!!!!」

 

【黒 閃】

 

 異世界から来た『術師(やしろ)』では無い、正真正銘この世界(トータス)で産まれた『術師(アル)』の誕生を祝うかの様に。黒き閃光が闇夜を美しく飾る花火の様に咲き誇った。拮抗は一瞬、約2.5乗まで超強化された蹴撃(けり)が、アルの体長を遥かに超えた巨体剣を見事に砕き切った。

 

 ズドン!!

 

 直後、何かを撃ち貫く様な音と共に、双剣を折られたゴーレムの巨体がよろめいた。アルが音のした方を見ると、ゴーレムの胸元に丈形態の流雲が突き刺さっている。アルが『黒閃』を決めた後、社が間髪入れずに投げ込んだのだ。

 

《妹さん!》

 

《ーー!了解!》

 

 比翼鳥を通して瞬時に伝わる社の思考。それを読み取ったアルは、即座に次の行動に移る。武器の修復も別の何かをする猶予も時間も与えずに、ゴーレムを今此処で(ころ)し切るために。痛みに悲鳴を上げる身体を無視して、全速力でアルが向かうのはゴーレムーーーでは無く、何故か蹴りの構えを取っている社の居る方向。

 

《 《せーぇのぉ!!》 》

 

 比翼鳥越しに掛け声を合わせた2人が、同時に動き出す。構えていた社が繰り出したのは、腰の入った鋭い回し蹴り。本来ならば何も無い空を切る筈の1撃に、社に向けて跳躍したアルが完璧なタイミングで飛び乗った。両者共に『黒閃』を決めた直後、比翼鳥で意識・思考を最高深度まで同調した上で、120%の潜在能力(ポテンシャル)を引き出したからこそ出来る芸当。即席の大砲と化した社がアルと言う砲弾を全力で蹴り撃つ、正真正銘の荒技。

 

 ズドンッ!!!!!

 

 部屋に響いたのは今日1番の大轟音。巨大ゴーレムの胸元に向けて放たれた砲弾(アル)のドロップキックが見事に命中した。余りの衝撃に空を浮いていた巨大ゴーレムの身体が大きく傾き、世界最高硬度(アザンチウム)の装甲には大きなヒビが入っている。そして、その隙間からハッキリと、ゴーレムの核が顔を覗かせた。

 

《核見っけ!サッサと砕いてーーー鎧直んのハッヤ!?》

 

 だが、それも一瞬の事。露出した核を覆う様に、砕いた鎧の傷が再び塞がろうとしていた。要となる心臓部を守る場所なのだから、他よりも優先して直る様になっているのかも知れない。(いずれ)にせよ、数秒もしない内に核は再び隠れてしまうだろう。だが、社もアルも落ち着いている。核に近づけた時点で、既に勝ちは確定していたからだ。

 

《やれるよな?妹さん。》

 

《モチロン。》

 

 短い応答の後。ゴーレムに突き刺さっていた流雲を足場にしたアルが、直っていく鎧の隙間に躊躇無く手を突っ込んだ。勿論、核には触れないどころか擦りさえしない。ともすれば、このまま鎧の修復に巻き込まれ、最悪取り込まれてしまうだろう。だが、それで良い。アルの『術式』は、この距離ならば確実に逃がさない。

 

「全部、アタシに寄越(ヨコ)せぇぇぇーーー!!」

 

 〝術式順転・(どん)

 

 アルの叫びと共に塞がる筈だった鎧のヒビから、目も眩む程の魔力光が放たれる。と同時、ゴーレム内部に存在していた膨大な魔力が()()した。巨大ゴーレム騎士の全身を巡り動かしていた魔力(けつえき)が、無理矢理(しんぞう)へと集められていき、アルの腕を通して根刮ぎ奪われていく。

 

 〝魔力の強奪〟と言う制作者達さえも予想出来なかった突破法に、今まで機械的な反応しか見せなかったゴーレムが無秩序に暴れ出した。恐らくゴーレム自身も身体の操作が覚束無いのだろう。アルを振り払う様に腕を振り回す姿は、出来損ないの人形劇を思わせた。

 

《もうちょい、もうちょいで全部ーーー。》

 

 後僅か、ほんの数秒も有れば全ての魔力を奪い尽くせる。そこまで来たアルを叩きのめす様に、巨大ゴーレム騎士の手が迫る。身体の自由が効かない現状を打開すべく、暴れたゴーレムの悪足掻きの1撃。幾ら強化しているとは言え、今のアルに当たれば重傷は免れない。だが、それが分かっているにも関わらず、アルはその場で『術式』を発動し続けている。それはやけっぱちでも、気付いていないのでも無い。比翼鳥から伝わる意志を、信じているからこその選択。

 

「残念、そいつはやらせない。」

 

 『術式』を使い続けるアルの盾となる様に、〝岐亀〟の結界を足場とした社が、迫るゴーレム騎士の掌を殴り飛ばした。『黒閃』直後、〝憑依装殻〟でステータスを強化した今の社であれば、この程度ならば造作も無い。そして。

 

 ズズゥゥン!!

 

 アルにより全ての魔力を奪い尽くされた巨大ゴーレム騎士は、操り糸が切れた様にゆっくりと地面に堕ちたのであった。

*1
社の現在のスペックならば理論上、魔力を除いたステータスが凡そ10000越え、魔力も5000近くの分身を出せる。勇者涙目である。




色々解説
・アルについて
実はハウリアを巻き込んだり(ハウリアに)忌避されるのを酷く恐れていただけで、敵をぶっ殺す事自体には特に罪悪感を覚えていなかった系ガール。ハジメが帝国兵を虐殺した際も「アタシにも力があればこんな風に戦えるのかなー」とか思ってただけで、別段帝国兵の末路にはカケラも興味無かった。恐らく、ハウリアが心身共に戦える様になった事を最も喜んでいる人物。今回の1件でキッチリ覚悟決めて『術式』も掌握したので、今後は帝国&家族に手を出す奴ら絶対コロス系ガールにジョブチェンジする。

・八重樫流剣術〝体捨ノ型・崩し・雲耀衝〟
本作オリジナルの剣術。体捨ノ型は八重樫流に於いて、防御を考え無い(良く言えば攻撃偏重、悪く言えば捨て身の)構え・及び技の総称。本来は刀を使うので崩しの一文は入らず、名前も雲耀()になる。名前の由来はタイ捨流から。

・〝比翼鳥〟
トータスに来る前からチートだった式神その1。比翼鳥を他の『呪術師』との間で使ったまま『黒閃』を決めた事が無かった為、『呪力』の核心に触れた感覚すらも伝わる事を社は知らなかった。片方が『黒閃』決めればもう片方も確変入るので、敵から見ればまぁまぁ糞ゲーになる。最も、タイマンでは使い道皆無の為、万能では無い。

・〝双子夜刀〟
トータスに来た後にチートになった式神その1。トータスに来る前なら精々2級呪霊を何とか祓える程度の分身しか作れなかったのに、こっちに来て社の元々の肉体強度が上昇したので、比例する様に分身も強くなった。挙句消費『呪力』は据え置きなので、此方もやっぱり敵にとっては糞ゲー待った無し。ナルトで言うガイ先生やリーみたいな体術特化型が影分身したらヤバいよね、を地で行く式神。呪術廻戦本編の過去編に出て来た『本体と入れ替わる分身を複数作る術式』の完全下位互換ではある。
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