ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
55.ブルック出立
ブルックの町に滞在してから1週間、諸々の準備を終えたハジメ達は次の目的地であるフューレンに向かうべく、商隊護衛の依頼の為に早朝から正門前に集まっていた。正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは、商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達。どうやらハジメ達が最後らしい。
「お、おい、まさか残りの奴らって〝スマ・ラヴ〟なのか!?」/「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」/「おい待てあの2人が居るって事はーーーやっぱり
「何て言われ様だ。理不尽な事は何一つしてないのに。」
「全くだ。俺達は何処にでもいる唯の冒険者だってのになぁ。」
いけしゃあしゃあと口にする社とハジメに戦慄の眼差しを向ける冒険者達。彼等が口にしていたのは、ブルックに滞在していた間に付けられたハジメ達の渾名である。ユエとハウリア姉妹を巡る決闘騒ぎにて、問答無用で対戦相手を(ゴム弾で)撃ち抜いた〝
「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ。」
商隊のまとめ役らしき人物に声を掛けられたハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認した男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ。」
「もっとユンケル?・・・商隊のリーダーって大変なんだな・・・。」
「いや、何でそんな疲れた目をーーー・・・ああ、ハジメは良く飲んでたのか。
日本の有名栄養ドリンクを思い出させる名前を聞いたハジメの眼が同情を帯びたのを見て、社はハジメの両親を思い出す。父である南雲愁は敏腕で名を馳せたゲームクリエイターであり、母である南雲菫は大人気少女漫画作家であった。サブカルチャー界隈では有名極まりない2人は時折納期のデーモンに襲われる修羅場を迎える事があり、ハジメは偶にバイトとして両親の仕事を手伝っていたのだ。
「まあな。特に修羅場が近い時なんかは、
「ハ、ハジメ・・・?」/「ハ、ハジメさん?」
「ヤッベ、地雷踏んだ。」
ブツブツと呟きながら急速に目を濁らせるハジメを見て、社は己の失言を悟った。奈落へと堕ちて豹変したハジメでさえ背中が煤けている辺り、想像を絶する修羅場だったらしい。ユエとシアが軽く引いていた。
「・・・彼は大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ありません。少なくとも期待は裏切らないつもりです。」
死んだ目で虚空を見つめるハジメをユエとシアが慰めている間に、社はモットーに自己紹介と依頼内容の確認を行う。護衛の期間や馬車の台数、依頼料に相違は無いかの確認である。と、その途中でモットーの視線が社から逸れる。
「・・・ところで、そちらの兎人族と森人族・・・売るつもりはないかね?それなりの値段を付けさせてもらうが。」
モットーの視線が値踏みするようにシアとアルを見る。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女と、綺麗な金髪の同じく超が付く美少女である。商人の性として珍しい商品に口を出さずにはいられないのたろう。付けていた首輪から奴隷と判断した上で売買交渉を持ちかける辺り、中々に抜け目無い。
その視線を受けたシアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。アルは特に気にした様子は無いが、若干『呪力』が漏れ出しているので苛ついてはいるらしい。ユエのモットーを見る視線が厳しいが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族=奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前の事でもあった。モットーが責められる謂れは(一応は)無い。
「ほぉ、随分と懐かれていますな。持ち主には中々大事にされているようだ。ならば私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「・・・ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし・・・答えは分かるだろ?」
ハウリア姉妹、特にシアの様子を興味深そうに見ていたモットーが、復活したハジメに交渉を持ちかける。が、ハジメの対応は酷くあっさりしたもの。モットーもハジメが手放さないだろうと感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。だが、そんな意図も読んでいたハジメは揺るぎない意志を込めた言葉をアッサリと放つ。
「例え、
「・・・成程。念の為お聞きしますが、そちらの森人族もですかな?」
ハジメの言葉を聞いたモットーは、次いで社に交渉を持ち掛ける。アルの持ち主が(便宜上とは言え)ハジメでは無く社であると見抜いている辺り、優秀な商人ではあるのだろう。
「勿論です。
「・・・・・・えぇ、ならば仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細はそちらのリーダーとお願いします。」
ハジメの発言(とそれを否定しない社の言葉)は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の
「すげぇ・・・女1人のために、あそこまで言うか・・・痺れるぜ!」/「自分の女に手を出すやつには容赦しない・・・ふっ、漢だぜ。」/「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ。」/「いや、お前、男だろ?誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」
「相変わらずブルックの人は
「その一言で済ませて良いモンなんスか?」
愉快な護衛仲間による愉快な発言にズレた感想を抱く社に、困惑しながらツッコミを入れるアル。ブルックの町に居た人々はハジメや社の迷惑を考えず暴走する一方で、ハウリア姉妹ーーー亜人に対する差別的な発言や対応は皆無だった。土地柄なのかは分からないが、良くも悪くも細かい事を気にする人が少ないのだろう。故に社も細かい事を気にするのをやめたのだ。諦めたとも言う。
「・・・いいか?特別な意味はないからな?勘違いするなよ?」
「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~。」
ブルックの町中での出来事を思い出し遠い目をしていた社とアルを余所に、ハジメとシアはいつの間にかイチャついていた。ハジメを後ろからシアが抱きしめており、真っ赤に染まった顔をハジメの肩に乗せご満悦の表情である。ハジメの背中は今頃〝むにゅう〟と素晴らしい
「オイ、社。お前からも何か言ってやれ。」
「そうだなぁ・・・いつか刺されない様に気を付けろよ?親友が痴情のもつれでザックリ、なんて笑うーーー悲しいからな。薄手の防刃チョッキとかどうよ?」
「誰が具体案出せって言ったよ!俺にじゃなくてシアにだ!つうかお前は人の事言えんのか!?」
あくまでも「身内を捨てるような真似はしない」という意味であって、シアを〝自分の女〟であると宣言したつもりは無かったハジメ。最もシアにはまるで伝わっておらず、社には分かっててすっとぼけられたが。シアからしてみれば惚れた男から〝神にだって渡さない〟と宣言されたので、どのような意図であれ嬉しい言葉である事に違いは無いだろう。手っ取り早く交渉を打ち切るための発言が、いろんな意味で〝やりすぎ〟だった事にやっちまった感を出すハジメ。
「ん・・・カッコよかったから大丈夫。」
「・・・慰めありがとよ。」
心情を察してフォローしてくれたユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるユエと、背中に密着しながら喜びを隠さないシア。商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。
早朝の正門前、多数の人間がいる中でウサミミ美少女と金髪紅眼の美少女を纏わりつかせるハジメに突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。但し、先程から心底愉快そうに此方を見ている社は除く。近い内に必ず報いを受けさせるとハジメは心に誓った。
唐突な話題ではあるが、この世界に於ける冒険者達の食料事情について説明しよう。肉体が資本となる冒険者達にとって、食事とは当然ながら欠かせないものである。と同時に、(ハジメ達の世界に比べれば)比較的娯楽の少ないこの世界ではストレスを解消する為の数少ない手段、又は趣味になる物でもある。
その一方で、任務中に冒険者達が満足いく食事を取れる機会が訪れるのは稀だ。今回の様な商隊の護衛依頼となると凝った料理を準備する時間も惜しいし、何より荷物が増えて邪魔にしかならないからだ。いざと言う時に荷物が邪魔で動けないでは話にもならない。故に、基本的には
そしてその簡易的な食事も、保存性を優先した物であり決して美味しくは無い。味気ない乾パンや硬い干し肉など「まぁ、食べられない事も無いよね」程度の品になる。その代わり、町に着いて報酬を貰ったら直ぐに美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。つまり、何が言いたいのかというと。
「カッーー、うめぇ!ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん!もう亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」/「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる!シアちゃんは俺の嫁!」/「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ?身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう?もちろん、俺のおごりで。」/「な、なら、俺はユエちゃんだ!ユエちゃん、俺と食事に!」/「ユエちゃんのスプーン・・・ハァハァ。」/「と言うか、アルちゃん良く食うなぁ・・・。」/「ア、アルちゃん、こっちのお肉、美味しいよ。こ、こっち来て一緒に食べないかい・・・?」
「ヤベェな、
「俺は肉の塊にピラニアが群がる絵面を思い出した。」
シア手作りのシチュー(っぽい料理)を貪る冒険者達を見て、若干引きつつあるハジメと社。ブルックの町を出発して3日目の夜、野営の準備を終えた一行は食事を取っていた。ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約6日程の為、およそ半分は進んだ計算になる。これまでの道中では特に問題が起きる事も無く、ハジメ達も実に
「いやぁ、流石にあんな物欲しそうな目で見られちゃうと、流石にいたたまれなくなっちゃいました。」
「・・・シアの料理は美味しい。こうなるのも無理は無い。」
「流石に目の前で美味そうに食い過ぎたかね。実際美味しいしなぁ。」
「うふふ〜、ありがとうございます、ユエさん、社さん。」
2人からお世辞抜きの賞賛を貰い、照れながら笑みを浮かべるシア。他の冒険者達に料理のお裾分けを提案したのは、他でも無いシアだ。野営中、他の冒険者達が味気ない携帯食を食べている横で、ハジメ達は〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い出来立て熱々の料理を美味そうに食べていたのだ。
当然ながらその光景は他の冒険者の目に留まり、彼らは涎を滝のように流しながら血走った目でハジメ達の食事風景を凝視するという事態に発展。物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果が今の状態である。
当初、ハジメ(と社とアル)は周りの視線なぞ欠片も気にせず平然と飯を食べていた。もちろんお裾分けするつもりなど皆無である。だが、野営中の食事当番を率先して受けてくれたのはシアであり、更に言えばハジメ達の中で最も料理が上手いのもシアだ。そんな彼女からお裾分けを提案されては、流石に否とは言えなかった。見事に胃袋を掴まれている。
それからというもの、冒険者達はこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がって来ていた。最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、今では事ある毎にユエとハウリア姉妹を軽く口説くようになったのである。
「お裾分け位なら良いんスケド、飯くらいは静かに食いません?箸が進まないンで。」
「いやアルさんさっきから黙々とめっちゃ食ってるよね???」
「それはそれ、これはこれッスね。
「ワーオ、ここに来て食いしん坊キャラまで追加されんのか。・・・あれ?もしかして、うちのパーティーってイロモノ枠しか居ない?」
変わらずにスプーンを動かすアルを見た社は、改めてパーティーメンバーに想いを馳せる。奈落に堕ちた結果、身内以外は躊躇無く切り捨てる
社が目を逸らしたくなる事実に気づいた間もぎゃーぎゃーと騒ぐ冒険者達だが、ここで遂にキレたハジメが無言で〝威圧〟を発動する。熱々のシチュー(モドキ)で温まった筈の体が、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は青ざめた表情でガクブルし始める。
「で?腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」
「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー。」」」」」
ハジメの小さくも妙に響く問いに、見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。ハジメよりも年上だとか冒険者としてベテランであると言う事実は、今この場では何の役にも立たなかった。ハジメから受ける〝威圧〟が半端無いのもあるが、ブルックの町での所業を知っているので逆らおうという者は居ないのである。
「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」
「そんなことはどうでも良い。」
「はぅ!?」
はにかみながら、さりげなくハジメにアピールするシアだったが、ハジメの一言でばっさり切られる。
「・・・ハジメ。」
「ん?・・・何だよユエ。」
咎めるようなユエの視線に、ハジメは少し怯む。ユエは人差し指をピッとハジメにつきつけると「メッ!」した。以前約束したように、もう少しシアに優しくしろと言いたいのだろう。ハジメとしては未だシアに対して恋情を抱いていないので、身内への配慮程度でいいだろうと思っていたのだが・・・ユエ的にアウトらしい。
「ユエさん意外とシアさんに甘いよね。」
「・・・ん。調子に乗りやすいのは玉に
「目線がもう完全に親か保護者。」
ユエからシアへの対応は、辛辣な物言いはあれど比較的甘いと断じて良いだろう。少なくとも恋敵候補に対する態度ではあり得ない。ハジメから1番に愛されていると言う自信か、或いはシアに見事に絆されたか。はたまた元々そんな恋愛観を持っていたのか・・・少なくとも、認めた相手には酷く寛容なのだろう。
「ハジメさん!そんな態度取るなら、〝上手に焼けた〟串焼き肉あげませんよぉ!」
そして最近、更にへこたれなくなったシア。ハジメのツンな発言にも大抵はビクともしない。衝撃を受けても直ぐに復活して強気・積極的なアプローチを繰り返すようになっていた。
「・・・何故そのネタを知って「あ、それ教えたの俺。」オイ。・・・いや、良い。さっさとその肉を寄越せ。」
「ふふ、食べたいですか?で、では、あ~ん。」
「・・・・・・。」
「シアさーん、熱いだろうからフーフーしてあげるとハジメ喜ぶと思うよー。」
「お前はホントに余計な事しか言わないな社ォ!」
「・・・フー、フー・・・。」
「ユエまで!?」/「流石ユエさん判断が早い。」
シアが頬を染めながら上手に焼けた串焼き肉をハジメの口元に差し出す。チラッとユエを見ると、串焼き肉を手に取って既に待機済みだ。シアの「あ~ん」の後に自分もするつもりなのだろう。冒険者達の視線を感じながら、ハジメは溜息を吐くとシアに向き直り口を開けた。シアの表情が喜色に染まる。
「あ~ん。」
「・・・・・・。」
差し出された肉をパクッと加えると無言で咀嚼するハジメ。シアは「ほわぁ~ん」とした表情でハジメを見つめている。と、今度は反対側から串焼き肉が差し出された。
「・・・あ~ん。」
「・・・・・・。」
シアから差し出された串焼き肉を無言でパクッとして咀嚼するハジメ。既に次弾は反対側のシアが準備済みである。口内の肉を飲み込んだハジメにシアが再び「あ〜ん」をするーーーその、直前。
「・・・ん。ハジメ、口に付いてる。」
ペロッ
瞬間、ユエ含む僅か数人を除いた周囲の全てが凍りついた。当事者の片割れであるハジメ、串焼き肉片手に「あ〜ん」の体勢を取っていたシア、周囲から視線を向けていた冒険者達。〝ハジメの唇に付いた串焼き肉のタレを、ユエが舌で舐めとった〟ーーー唯それだけの事象が、彼等彼女らの時を止めたのだ。
「ユエさん・・・やったのか!今・・・!ここで!」
「大胆ッスねー、ユエさん。(モグモグ)」
ユエの行為に辺りが静まり返る中、実に楽しそうに
「やりやがった、やりやがったぞあの2人!」/「余りにも速いペロペロ、俺で無くとも見逃さないね。」/「あんな
「ウルセッ!?いきなり何騒いでんだコイツら。」
「ズルいですよユエさん!ハジメさん、こっち向いて下さい!今度は私が、ぺ、ペロッてしてあげます!」
「・・・駄目、シアにはまだ早い。」
喧々諤々、シアを筆頭に
「因みに、唇ペロッ、をユエさんに教えたのも俺だ。」
「よーし、お前を殺す。」
「え?嬉しくなかったの?」
「・・・・・・・・・。」
「お前さんのそういう正直なとこ好きだよ俺は。」