ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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評価バーが赤色で目を疑った作者です。

感想共々、凄い励みになってます。


56.不穏

 ユエの大胆な行動から乱痴気騒ぎになった『スマ・ラブ脳破壊事件(仮)』から2日が経過した。フューレンまで残すところ後1日に迫る中、遂に長閑(のどか)な旅路を壊す無粋な襲撃者が現れる。

 

「敵襲です!数は100以上!森の中から来ます!」

 

 最初に異変に気が付いたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「社、〝悪意感知〟は?」

 

「直前まで反応無し。待ち伏せとかじゃなくて、偶々かち合ったんだろうな。・・・多分?」

 

「何でそんな自信無さげなんだ。」

 

「いや、なーんか変な感じするんだよなぁ。魔物の群れにしちゃぁ()()()()()()()()()()()()()気がする。群体って言うか、1つの生物みたいな。」

 

「ふむ・・・超個体*1みたいなモンか?」

 

(ん〜?何か、どっかで感じた事がある様な・・・気にしすぎか?)

 

 ハジメと社が思考を巡らせている間、警告を聞いた冒険者達の間で一気に緊張が高まる。商隊が現在通っている街道は、森に隣接してはいるがそこまで危険な場所では無い。何せ大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全はそれなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くものの、せいぜいが20体前後、多くても40体位が限度の筈なのだ。

 

「くそっ、100以上だと?最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 護衛隊のリーダーであるガリティマはそう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は全部で15人。ユエとハウリア姉妹を入れても18人*2。この人数で商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかとガリティマが考え始めた時、それを遮るように提案の声が上がった。

 

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 

「えっ?」

 

 まるで「ちょっとコンビニ寄るか」的なノリと気軽い口調で信じられない提案をしたのは、他でもないハジメである。ガリティマはハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返す。

 

「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど?って言ってんだよ。」

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが・・・えっと、出来るのか?このあたりに出現する魔物はそれほど強い訳ではないが、数が・・・・・・。」

 

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな。」

 

 ハジメはそう言って、すぐ横に佇むユエの肩にポンッと手を置いた。ユエも特に気負った様子も見せず「楽勝だ」と言わんばかりに「ん・・・」と返事をした。

 

 ガリティマは少し逡巡する。彼も噂でユエが類稀(たぐいまれ)な魔法の使い手であると言う事は聞いている。仮に言葉通り殲滅は出来なくても、ハジメ達の態度から相当な数を削れるだろう。ならば戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅出来なくても数を相当数減らしてくれるなら問題無い。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。皆、分かったな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。どうやら、ユエ1人で殲滅できるという話はあまり信じられていないらしい。100体以上の魔物を1撃で殲滅出来る様な魔法使いなぞ、そうそう居るものでは無い。寧ろユエ1人に丸投げせず即席で状況に対応しようとする辺り、ガリティマ達の優秀さが伺える。

 

「こうやって見てると、ユエさん達ナンパしようと馬鹿やってたとは思えないくらいしっかりしてるよな。」

 

「良くも悪くもギャップが(ヒデ)ェな。」

 

 商隊の前に陣取り隊列を組む冒険者達をみて、思わず呟いた社とハジメ。緊張感を漂わせながらも覚悟を決めた良い顔つきの彼等に、食事中などでふざけていた雰囲気は微塵もない。道中で冒険者としての様々な話を聞いてはいたが、こういう姿を見ると確かにベテランと言うに相応しいと頷かされる。

 

「ユエ、一応詠唱しとけ。後々面倒だしな。」

 

「・・・詠唱・・・詠唱・・・・・・?」

 

「・・・エ?もしかして詠唱分かんないんスか。それであんだけ魔法撃てるとかマジ?」

 

 素で頭に〝?〟を浮かべているユエを見て戦慄するアル。ハジメがフリだけでもユエに詠唱を求めたのは、周囲に追及されるのが面倒だったからだ。ユエの方は元々詠唱が不要だったせいか、碌に覚えていなかった様だが。最悪、小声で唱えていた事にでもすれば良いので、特に問題にもならないだろう。

 

「・・・大丈夫、問題無い。」

 

「いや、そのネタ・・・おい、社。」

 

「いや、俺は今回ノータッチだからね?」

 

「接敵、10秒前ですよ~。」

 

 ユエの発言に不安を抱きつつも、入れ知恵の前科がある社をジト目で睨むハジメ。どう見てもユルユルな雰囲気だった。100に近い魔物達が一斉に迫り来る絵面は中々に迫力がある筈なのだが、どうにもハジメ達の空気は締まらない。潜り抜けてきた修羅場の質が違う為、仕方無いと言えば仕方無いが。そうこうしている内にシアから報告が入ると、ユエは右手をスっと森に向けて掲げると透き通るような声で詠唱を始めた。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれーーー〝雷龍〟。」

 

 ユエの詠唱が終わり魔法のトリガーが引かれた瞬間。詠唱の途中から立ち込めていた暗雲より雷で出来た巨大な龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

 

「・・・な、なんだあれ・・・。」

 

 それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れが迫っているにも関わらず、誰もが天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様に唖然としている。護衛隊にいた魔法に精通している後衛組すら、見た事も聞いた事も無い魔法に口をパクパクさせて呆けていた。ーーーだが。

 

(オイオイオイオイ、魔物共は〝雷龍(アレ)〟が見えないのか?全くビビらずこっち来るじゃん。どうなってんだ?)

 

 どうにも違和感が消し切れない社は冷静に魔物達を観察する。驚愕に包まれていた味方とは対照的に、森の中から飛び出して来た魔物達は〝雷龍〟を一瞥(いちべつ)すらせずに真っ直ぐ商隊に向かって来る。感じ取れる殺意に(かげ)りは無く、獲物を喰らいつくす気概に満ち溢れている。うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍にさえ、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 社の抱く疑念が大きくなる中で、遂に魔物達に裁きが下される。ユエの細く綺麗な指タクトに合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍が魔物達へと顎門を開き襲いかかった。

 

 ーーーゴォガァアアア!!!

 

「うわっ!?」/「どわぁあ!?」/「きゃぁあああ!!」

 

 雷龍が凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、何とその場にいた魔物の尽くが自らその顎門へと飛び込んでいく。そして一瞬の抵抗も許されずに雷に飲まれると滅却され消えていく。

 

 ユエの指揮に従い雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。雷撃の壁に逃げ場を失くした魔物達の頭上で、落雷の轟音を響かせながら雷龍が再び顎門を開くと、魔物達は一切の抵抗を許されず吸い込まれる様に雷龍に飲み込まれていく。瞬く間に全ての魔物を喰らった雷龍は、最後にもう一度落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。

 

 連続する轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦めていた冒険者や商隊の人達が、薄ら目を開けて前方の様子を見る。だが、そこにはもう何も無い。とぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。

 

異世界(まかい)の王族で金髪。電撃魔法が得意で必殺技は雷龍(バオウ)、おまけに治癒能力持ち(体が頑丈)・・・ユエさんは優しい王様だった?」

 

「・・・ん、元女王。」

 

「確かに共通点多いな。しかしユエ、あんな魔法、俺も知らないんだが・・・。」

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ?ハジメさんから聞いた龍の話と、例の魔法を組み合わせたものらしいです。」

 

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか・・・ていうかユエ、さっきの詠唱って・・・。」

 

「ん・・・ハジメとの出会いと、未来を詠ってみた。」

 

「隙あらばイチャつくんスねー2人とも。」

 

 無表情ながら「ドヤァ!」という雰囲気でハジメを見るユエ。我ながら良い出来栄えだったという自負があるのだろう。苦笑いしながら優しい手付きでユエの髪をそっと撫でるハジメ。態々詠唱させて面倒事を避けようとしたのが全くの無意味だったが、自慢気なユエを見ていると注意する気も失せる。

 

 ユエのオリジナル魔法〝雷龍〟。これは〝雷槌〟と言う上級魔法と重力魔法の複合魔法である。空に暗雲を創り極大の雷を降らせる〝雷槌〟を、重力魔法により纏めて任意でコントロールする非常に強力な魔法だ。雷龍は口の部分が重力場になっており顎門を開くことで対象を引き寄せる事も出来る他、魔力量は上級程度にも関わらず威力は最上級に比肩する、まさに大魔法と呼ぶに相応しい逸品である。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ?何なんですか、あれっ!」/「へ、変な生き物が・・・空に、空に・・・あっ、夢か。」/「へへ、俺、町についたら結婚するんだ。」/「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが。」/「魔法だって生きてるんだ!変な生き物になってもおかしくない!だから俺もおかしくない!」/「いや、魔法に生死は関係ないからな?明らかに異常事態だからな?」/「何ぃ!?てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!?アァン!?」/「落ち着けお前等!いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

 

「「「「成る程!」」」」

 

 と、此処で漸く、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。そして猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。余程衝撃だったのか「ユエさま万歳!」とか言い出す者もいる始末だ。そんな中で唯一正気を保ったリーダーであるガリティマが、壊れた仲間達に対して盛大に溜息を吐くとハジメ達の下へやって来る。

 

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た。」

 

「今は仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」

 

「・・・ん、仕事しただけ。」

 

「はは、そうか・・・で、だ。さっきのは何だ?」

 

 ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。無理も無い、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在せず、ましてそれを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能*3なのだから。

 

「・・・オリジナル。」

 

「オ、オリジナル?自分で創った魔法ってことか?上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

 

「・・・創ってない。複合魔法。」

 

「複合魔法?だが、一体、何と何を組み合わせればあんな・・・。」

 

「・・・それは秘密。」

 

「ッ・・・それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな・・・。」

 

 深い溜息と共に追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしく、肩を竦めると壊れた仲間を正気に戻しにかかった。このままでは〝ユエ教〟なんて新興宗教が生まれかねないので、ガリティマには是非とも頑張って貰いたいと考えるハジメ。

 

「・・・ん?社は何処行った?」

 

「社さんならアルと一緒にあっち行きましたよ?」

 

 シアが指差したのは先程雷龍に魔物達が飲み込まれた場所だ。黒く焼けた土地は未だ熱を放っており、地表からは陽炎が揺らめいている。余熱とは言えまだまだ熱いだろうに、社とアルはそれを厭わずしゃがみ込んだ状態で何かを探している様だ。

 

「どうよアルさん。何か残ってた?」

 

「いや、何も無いッスね。流石にさっきの〝雷龍(アレ)〟食らったらしゃーなしッスケド。」

 

「探し物は魔物の残骸か。魔物達が全く怯んで無かったのが気になるのか?」

 

「おやハジメ、大当たり。どうにも気掛かりと言うか、既視感があってな。アルさんにも手伝ってもらってた。」

 

 社とアルの下へ合流するハジメ。2人が探していたのは商隊を襲撃した魔物達の残骸だった。通常の倍以上の数が同時に現れた事、異なる種であるにも関わらず悪意が統率されていた事、そして雷龍を見ても一切怯えを見せなかった事。それらの奇妙な点が『呪霊』や妖相手に(しのぎ)を削り培われた社の警戒心を刺激していた。

 

「ま、雑魚ばっかだったし、考え過ぎかも知れないけどな。」

 

「いや、元の世界も含めれば1番戦闘経験が有るのは社だ。そのお前が何となくでも気になったってんなら、確かめる価値は有る。」

 

「だと良いんだがーー「それっぽいの見つけたッス!」ーーマジかでかしたアルさん!」

 

 朗報を聞いた社とハジメは直ぐにアルの下へと近寄る。駄目で元々、余り期待はしていなかったのだが、その予想は良い意味で裏切られた。2人が近寄るとアルは掌を上に差し出して見せる。どうやら、見つけた物は文字通り掌サイズらしい。

 

「「・・・何だコレ?」」

 

「マァ、そんな感想になるッスよねー。」

 

 アルの掌を覗き込んだハジメと社が揃って疑問の声を上げる。アルの掌にあったのは直径3cm程の薄い膜の様な物だった。雷龍により若干焦げ付いてはいるものの、運良く燃え切らなかったのか色や形が少しばかり残っている。特に目を引くのは色合いで、様々な色が入り混じる濁った極彩色に染まっている。

 

「雷龍食らって焼け残ってる辺り十中八九あの魔物共の残骸何だろうけど、コレだけじゃ全く分からんな。」

 

「〝鉱物系鑑定〟にも反応は出ない。少なくとも無機物では無いんだろう。」

 

「ンー・・・?イヤ、でもなぁ・・・?」

 

「?どしたのアルさん、何か気になってる?」

 

 首を捻りながら小さく唸るアルを見た社が声を掛ける。アルの悩み方は全く見覚えが無いと言うより、見覚えがあるからこそ悩んでいる様に見えたからだ。それを裏付ける様にアルは「気のせいかも知れないッスケド」と前置きし、自身の考えを述べる。

 

「何かの花びらっぽく見えないッスか?」

 

「そう言われてみれば・・・。」

 

「見えなくも無い、か?」

 

 アルの考えを聞いた社とハジメは改めて魔物の残骸に目を向ける。言われてみれば確かに派手な色合いと言い大きさと言い、丁度花の花弁に見えなくも無い。最も色合いが余りにも派手な為、お世辞にも綺麗とは言えないが。

 

「つっても多分気のせいッスね。こんな()()()()()()()()()()()()なんて、ハルツィナ樹海でも見た事無いし。」

 

「「・・・・・・・・・。」」

 

「エ、何スかその反応。まさか居るんスか。」

 

 アルの何気ない言葉を聞き顔を見合わせるハジメと社。2人の脳内を過ぎったのは、オルクス大迷宮で出会ったとある存在。他の生物に自らの胞子を浴びせ、花を寄生させる事で対象を操る厄介で嫌らしい力の持ち主だった魔物ーーーアルラウネモドキ。

 

「魔物共の頭に花は咲いていなかったよな?」

 

「ああ、俺の方でも見ていない。そもそも、アルラウネモドキ自体がオルクス大迷宮深層の魔物だ。王都で読んだ図鑑にはのって無かったし、そもそもあれだけ厄介な魔物が地上に居たとして有名にならない筈が無い。」

 

 アルラウネモドキが厄介だったのは操る対象が魔物に限らない点だった。実際、迷宮攻略中に胞子を浴びたユエは花を寄生させられ操られている。幸い〝毒耐性〟持ちのハジメと社には効果が無かったが、他の人間が都合良く耐性を持っている可能性も低いだろう。そんな状況でアルラウネモドキが地上に現れているならば、騒ぎになっていない方がおかしい。

 

「まだ、俺達の知るアルラウネモドキと決まった訳じゃ無い、が・・・。」

 

「何処ぞの誰かが、〝解放者〟達と同じ発想に至らない保証も無いよなぁ。」

 

 迷宮に居る魔物の幾らかは、試練の為に〝解放者〟達が神代魔法を用いて造ったのだとオスカーの手記に記されていた。造られた魔物が何なのか、何の神代魔法を使用したのかまでは分からなかったが・・・。もし、魔物を強化・生産できる様な神代魔法が有るのならば。もし、それを手に入れた者に適性があったならば。もし、それが人類に敵対的な存在だとしたら。

 

「警戒するに越した事は無いだろうな。」

 

「チッ、面倒なこった。」

 

 厳しい表情を崩さないハジメと社。全ては推測でしか無いが、楽観視出来る内容でも無い。商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線に晒されながら、ハジメ達一行は旅を再開するのだった。

 

 

 

 

 

「よっし、UNO(ウノ)ですぅ!」

 

「ゲッ。義姉サン早くない?」

 

「・・・むむむ。」

 

「おー、今回は言い忘れなかったね。」

 

「流石にあれだけやれば覚えるだろ。」

 

 シアのリーチを聞き、馬車の屋根でワイワイと騒ぐハジメ達。ユエが商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、ハジメ達の懸念を裏切る様に何事も無く中立商業都市フューレンに到着していた。今は商隊の持ち込み品チェックの為、フューレンの東門前で入場受付をするべく順番待ちをしているところである。

 

「それにしても、前回の襲撃から何も起きなかったな。」

 

「何も起きないなら、それに越した事は無いんだがなぁ。」

 

 順番に手札を捨てながら、商隊を襲撃した魔物について話すハジメと社。平穏なのは良い事ではあるのだが、職業病と言うべきか社はどこか釈然としない様子だ。束の間の平穏、或いは嵐の前の静けさと言うべきか。あくまでも勘でしか無いが、社はそれに近いものを感じていた。

 

「うーん、考えすぎだったかねーーーおっと残念、ドロー4だ。」

 

「あ、アタシもドロー4ありまーす。」

 

「・・・同じく。」

 

「なーーーっ!?もう少しで上がれましたのにぃ〜〜〜っ!?」

 

「気にする割には随分と楽しんでんな?」

 

「それはそれ、これはこれだ。それにこれも立派な勉強の一貫さ。」

 

 シアの悲鳴をBGMにしつつゲームを進めるハジメ達。今やってるUNOは社が〝影鰐(かげわに)〟の能力で此方の世界に持ち込んだ物である。順番待ちの暇潰しも兼ねてはいるが、本命はアルが『術式』についての理解を深める為だ。

 

「基本的に術式ってのは明確な法則(ルール)の中で振るわれるモンだが、逆に言えば原則を外れさえしなければ酷く応用が効く場合もある。その辺は術師の解釈だったり発想次第な部分があるから、こうやってルール付きのゲームしながら感覚を養おうって訳だ。自分の術式に応用出来なくても、敵の術式を見破る場合に使える事もあるしな。」

 

「成る程。」

 

 社の説明を聞き納得した様に頷くハジメ。『術式』と一口に言っても、その効果は千差万別だ。至極単純な法則(ルール)で分かり易い効果を齎すものもあれば、その逆もまた然り。中には既存の物やルールが絡んでくる『術式』もある為、こう言った訓練は必要不可欠だった。

 

「お楽しみのところ申し訳無いのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「うん?あぁ、あんたか。」

 

 馬車の屋根で遊ぶハジメ達に声を掛けたのは、商隊のリーダーであるモットーだった。何やら話が有るらしく、ハジメは軽く頷いて屋根から飛び降りた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みハジメ(と社)に対する嫉妬と羨望の目、そしてユエとハウリア姉妹に対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。特にハウリア姉妹に対しては値踏みする様な視線も増えている。流石大都市の玄関口だけあり、様々な人間が集まる場所ではユエもシアも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているらしい。

 

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ。」

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は・・・。」

 

 肩を竦めるハジメに苦笑いしつつ、さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットー。だが、「その話は既に終わっただろ?」と言うハジメの無言の主張に、両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「そんな話をしに来たわけじゃないだろ?用件は何だ?」

 

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか?商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたい物ですからな。」

 

 落ち着いた口調とは裏腹にモットーの目は一切笑っていない。〝最悪、殺してでも奪い取る〟と考えていてもおかしくない程だ。最も〝宝物庫〟さえあれば商品の安全を楽に確保し、且つ低コストで大量輸送出来る様になるのだからこの反応も無理は無いのだろう。

 

 交渉自体もこれが初めてでは無い。野営中ハジメが〝宝物庫〟から色々取り出している光景を見た時から、モットーは文字通り目の色を変えて売買を持ち掛けてきた。あまりにしつこかった為、最終的にはハジメが軽く殺気をぶつけて無理矢理引き退らせたのだが、やはり諦めきれないのだろう。ドンナー・シュラーク共々、何とか引き取ろうと再度交渉を持ちかけてきた様だ。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな。」

 

「しかし、そのアーティファクトは1個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ・・・例えば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーが狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるユエとハウリア姉妹に視線を向けた瞬間、壮絶な殺気と共にゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられる。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

 静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの両眼はまるで深い闇のようだ。この状況、周囲は誰も気が付いていない。馬車の影になっている事、そしてハジメの殺気がピンポイントでモットーにのみ叩きつけられているからだ。

 

「ほほう、俺達の力量を見た上で喧嘩売るとか中々に良い度胸してらっしゃる。・・・そう言えば、〝宝物庫〟って人の死体も入んのかな。ユンケルさん試してみます?」

 

「ッ!?!?」

 

 ハジメの殺気を浴びて全身から冷や汗を流していたモットーの後ろから、突然社の声が届く。いつの間にか背後に回っていたらしい。話す内容は物騒極まりないがハジメの様に殺気をぶつけるでも無く、その声も自然体のままだ。だが、そのチグハグさが返って得体の知れない不気味さを演出していた。モットーが今尚叫びもせずに立って居られるのは奇跡に近い。

 

「ち、違います。どうか・・・私は、ぐっ・・・貴方方が余りに隠そうとしておられない・・・ので、そう言う事もある・・・と。ただ、それだけで・・・うっ。」

 

 モットーの言う通り、ハジメはアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりは無かった。ちょっとの配慮で面倒事を避けられるならユエに詠唱させたりもするが、逆に言えば〝ちょっと〟を越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。ハジメはこの世界に対し〝遠慮しない〟と決めているのだ。敵対するものは全て薙ぎ倒して進む。その覚悟があるからだ。

 

 社は戦術的な面で実力を隠すつもりは有ったが、同時に力を振るう事を躊躇するつもりも無かった。社の基本的な優先順位はハジメ達を含む身内>>>この世界の人間だ。それを侵す存在を許すつもりは毛頭無い。これだけは絶対に揺るがないし、揺らがない。

 

〝どうだ、社?〟

 

〝悪意は(俺達への恐怖以外は)感じないから、嘘は言ってないな。〟

 

「・・・そうか、ならそう言う事にしておこうか。」

 

 〝念話〟で社に悪意の有無を確認したハジメは、ドンナーをしまい殺気を解いた。同時に、殺気から解放されたモットーがその場に崩れ落ちる。大量の汗を流し肩で息をする姿は、九死に一生得たと言わんばかりだ。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。或いは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。唯、敵意をもって俺の前に立ちはだかったなら・・・生き残れると思うな?国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる。」

 

「ま、簡単に言えば、次は無いってだけですよ。」

 

「・・・はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな・・・。」

 

 未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーはやはり優秀な商人なのだろう。道中の商隊員とのやり取りを見ても、かなり慕われているようであった。ここまで強硬な姿勢を取らせる程の魅力が、ハジメのアーティファクトにはあったのだろう。

 

「ま、今回は見逃すさ。社の言う通り、次が無いと良いな?」

 

「・・・全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは・・・。」

 

 〝竜の尻を蹴り飛ばす〟とは、この世界の諺で竜とは竜人族*4を指す。彼等はその全身を覆う鱗で鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近に鱗が無く弱点となっている。防御力の高さ故に眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、それを実行して叩き潰された阿呆が居た為、そこから因んで「手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者」という意味で伝わるようになったらしい。

 

「そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは余り知られぬが良いでしょう。竜人族は教会からは良く思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが。」

 

 何とか立ち上がれるまでに回復したモットーは、服の乱れを直しながらハジメに忠告をした。中々、豪胆な人物だ。たった今、場合によっては殺されていたかもしれないのに、その相手と普通に会話できるというのは並みの神経ではない。

 

「そうなのか?」

 

「ええ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう。」

 

「なるほどな。つーか、随分な言い様だな。不信心者と思われるぞ?」

 

「私が信仰しているのは神であって、権威を笠に着る〝人〟ではありません。人は〝客〟ですな。」

 

「・・・何となく、あんたの事が分かってきたわ。根っからの商人だな、あんた。そりゃ、これ見て暴走するのも頷けるわ」

 

 そう言って手元の指輪をいじるハジメに、バツの悪そうな表情と誇らしげな表情が入り混じる実に複雑な表情をするモットー。先ほどの狂的な態度はもう見られない。ハジメの殺気に、今度こそ冷水を浴びせられた気持ちなのだろう。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は我が商会を是非ご贔屓に。貴方方は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ。」

 

「・・・ホント、商売魂が逞しいな」

 

「思ったより随分良い性格してますね、ユンケルさん。」

 

「商人とはそう言う生き物ですからな。では、失礼しました。」

 

 ハジメから呆れた視線を、社からは何処か感心した様な目を向けられながら、踵を返し前列へ戻っていくモットー。ユエとシアには未だ、否、むしろより強い視線が集まっている。モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がユエ達を指差しながら何かを話しかけている。物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、ハジメ達が思っていた以上に波乱が待っていそうだ。

*1
簡単に言うと統率された複数の個体が、1つの個体の様に振る舞う生物の事。蟻や蜂、珊瑚が該当する。

*2
シアとアルを戦力に勘定しているのは、ブルックの町で「シアちゃん/アルちゃんの奴隷になり隊」の一部過激派による行動にキレたハウリア姉妹が、拳1つで湧き出る変態達を吹き飛ばした逸話が畏怖と共に広まっている為。

*3
一般的には〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と評される

*4
五百年以上前に滅びたとされる種族。〝竜化〟という固有魔法を使えた為に魔物と人の境界線を曖昧にし差別的排除を受けた、半端者として神により淘汰された等色々な説があるが、滅びた理由は不明。

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