ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
中立商業都市フューレンーーー高さ20m、長さ200kmの外壁で囲まれた大陸一の商業都市は、その巨大さから幾つかのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類等を生産・直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区の4つである。
東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近い程信用のある店が多いと言うのが常識らしい。逆にメインストリートからも中央区からも遠い場所は闇市的な店が多く、その分時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達がよく出入りしている様だ。
「そういう訳なので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから。」
中央区の一角にある冒険者ギルド・フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら、案内人*1であるリシーの話を聞くハジメ達。モットー率いる商隊と別れた後、冒険者ギルド・フューレン支部にて無事に依頼達成を認められたハジメ達は、街にある宿や施設を調べる為に専門の案内人を雇っていた。
「成る程な、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」
「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから。」
「そりゃそうか。そうだな、飯が美味くて、あと風呂があれば文句は無い。立地とかは考慮しなくていい。あと責任の所在が明確な場所が良いな。」
にこやかにハジメの要望を聞いていたリシーが首を傾げる。最初の2つは良く出される要望だった故、直ぐに脳内でオススメの宿をリストアップ出来た。が、最後の1文は余り聞き覚えが無かった為に少し引っ掛かったのだ。
「あの~、責任の所在ですか?」
「ああ、例えば何らかの争いごとに巻き込まれたとして、こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について誰が責任を持つのかだな。どうせなら良い宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ。」
「え~と、そうそう巻き込まれることは無いと思いますが・・・。」
「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。まぁ、あくまで〝出来れば〟だ。難しければ考慮しなくていい。」
苦笑いするハジメの言葉を聞いたリシーは、すぐ隣でうまうまと軽食を食べるユエとシア、そして隣のテーブルで社と座り軽食を貪る摘むアルに視線をやると納得したように頷いた。確かにこの美少女3人は目立つ。現に今も周囲の視線をかなり集めており、特にハウリア姉妹に至っては亜人だ。他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、しつこい交渉を持ちかける商人やハメを外して暴走する輩がいないとは言えない。最も、アルに関しては食べている量が既に3人前を越えていたので、別の意味で注目を集めても居たが。軽食とは一体。
「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは?そう言う事に気を使う方も多いですし、良い宿をご紹介できますが・・・。」
「ああ、それでも良い。唯、欲望に目が眩んだヤツってのは時々とんでもないことをするからな。警備も絶対で無い以上は最初から物理的説得を考慮した方が早い。」
「ぶ、物理的説得ですか・・・成る程、それで責任の所在な訳ですか。」
ハジメの意図を完全に理解したリシーは、あくまで〝出来れば〟で良いと言うハジメに案内人根性が疼いたらしく、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。そしてユエとハウリア姉妹、社の方に視線を転じ、他にも要望が無いかを聞き始めた。出来るだけ客のニーズに応えようとする辺り、リシーも彼女の所属する案内屋も当たりの部類なのだろう。
「・・・お風呂があれば良い。但し混浴、貸切が必須。」
「えっと、大きなベッドがいいです。」
「ゴハンが美味しいトコで。(モグモグモグモグ」
「マジブレねぇな君ら。あ、俺は大丈夫でーす。」
少し考えてそれぞれの要望を伝える一同。なんて事ない要望だが、ユエとシアが付け足した要望を組み合わせると自然と意図が透けて見える。リシーも察したようで「承知しましたわ、お任せ下さい」とすまし顔で了承するが、頬が僅かに赤くなっている。そしてチラッチラッとハジメとユエ達を交互に見ると更に頬を染めた。すぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中は「視線で人が殺せたら!」と云わんばかりにハジメと社を睨んでいたが、すっかり慣れた視線なので普通にスルーしている。
「・・・ハジメ。」
「ああ、分かってる。言ったそばからコレだ。」
そのまま他の区について話を聞いていると、不意に社が悪意を感知する。次いで感じたのは強い視線。特にシアとハウリア姉妹に対しては、今までで一番不躾でねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしない女性陣だが、余りに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰めている。・・・訂正、アルのみは食事に集中し過ぎて全く意に介していない。
ハジメと社がチラリとその視線の先を辿ると・・・ブタ(直喩)が居た。体重が軽く100kgは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔と豚鼻、そして頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にも分かる良い服を着ている。そのブタ男がユエとハウリア姉妹を欲望に濁った瞳で凝視していた。
ハジメと社が「面倒な」と思うと同時に、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐハジメ達の方へ近寄ってくる。リシーも不穏な気配に気が付いたのか、傲慢な態度でやって来るブタ男に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。
(リシーさんの反応を見るに碌な奴じゃ無さそうだ。さて、何をしでかすやら。)
社の思考をよそにブタ男はハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとハウリア姉妹をジロジロと見やり、ハウリア姉妹の首輪を見て不快そうに目を細めた。そして今まで一度も目を向けなかったハジメに、さも今気がついたような素振りを見せる(社に至っては全く眼中に無いらしく、目すら合わさない)と、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。
「お、おい、ガキ。ひゃ、100万ルタやる。この兎と耳長を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い。」
(この言い分で通ると思ってるとか正気か?交渉としても下の下じゃねーか。ここまで綺麗に死亡フラグ立てられるとか笑うしか無い。)
ドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げてユエに触れようとするブタ男に、社は一周回って感心する。彼の中では既にユエは自分の物になっている様だ。無論、そんな無体をハジメが許すはずも無く、その場に凄絶な殺意の乗った〝威圧〟が降り注ぐ。
直接殺気を受けたブタ男は「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始める。
「随分と加減したな?」
「本気でぶつけたら失神するだけで見せしめにならねぇだろ。お前ら行くぞ。場所を変えよう。」
「・・・ゴハンが。」
「そんな世界の終わりみたいな顔するアルさん?
汚い液体が漏れ出しているブタから離れるべく、ハジメは皆に声をかけて席を立つ。本当は即射殺したかったのだが流石に過剰防衛だろうし、殺人犯を放置する程都市の警備も甘くないだろう。基本的に正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようとハジメと社は考えていた。
席を立つハジメ達にリシーが「えっ?えっ?」と混乱気味に目を瞬かせる。然もありなん、リシーだけはハジメの〝威圧〟の対象外*2だったからだ。リシーからすればブタ男が勝手な事を言い出したと思ったら、いきなり尻餅をついて股間を漏らし始めたのだから混乱するのは当然だろう。
周囲にまで〝威圧〟を振り撒いたのは
だが、〝威圧〟を解きギルドを出ようとした直後、ブタ男とは違う意味で100kgはありそうな大男がハジメ達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。その巨体が目に入ったのか、ブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。
「そ、そうだ、レガニド!そのクソガキを殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!嬲り殺せぇ!」
「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや。」
「やれぇ!い、いいからやれぇ!お、女は、傷つけるな!私のだぁ!」
「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ。」
「い、いくらでもやる!さっさとやれぇ!」
どうやらレガニドと呼ばれた巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。ハジメから目を逸らさずにブタ男と報酬の約束をするとニンマリと笑った。珍しい事にユエやハウリア姉妹は眼中に無いらしい。見向きもせずに貰える報酬にニヤついている様だ。
「おう、坊主。悪ぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は・・・諦めてくれ。」
レガニドはそう言うと拳を構えた。長剣の方は流石に場所が場所だけに使わない様だが、周囲がレガニドの名を聞いて騒めく。
「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」/「〝暴風〟のレガニド!?何で、あんなヤツの護衛なんて・・・。」/「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」
周囲のヒソヒソ声で大体目の前の男の素性を察したハジメ。天職持ちなのかどうかは分からないが冒険者ランクが〝黒〟ーーー即ち上から3番目のランクであり相当な実力者と言う事だ。
にやけ顔を崩さないレガニドから闘気が噴き上がる。それを見たハジメが「これなら正当防衛を理由に半殺しにしても問題ないだろう」と拳を振るおうとした瞬間、意外な場所から制止の声がかかった。
「・・・ハジメ、待って。」
「?どうしたユエ?」
ユエは隣のシアを引っ張ると、疑問に答える前にハジメとレガニドの間に割って入った。訝しげなハジメとレガニドに、ユエは背を向けたまま答える。
「・・・私とシアが相手をする。」
「えっ?ユエさん、私もですか?」
シアの質問はさらりと無視するユエ。だが、ユエの言葉にハジメが返答するよりも、レガニドが爆笑する方が早かった。
「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって?中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ?夜の相手でもして許してもらおうって「・・・黙れ、ゴミクズ。」ッ!?」
下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に風刃が襲い掛かりその頬を切り裂いた。プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。かなり深く切れた様で、レガニドはユエの言葉通り黙り込む。ユエの魔法が速すぎて、全く反応できなかったのだ。心中では「いつ詠唱した?陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析している。その間にユエは何事も無かったかの様にハジメと未だに意図が分かっていないシアに向けて話を続ける。
「・・・私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる。」
「ああ、成る程。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね。でもそれならアルも・・・いえ、やっぱり大丈夫です。アルはそのまま食べてて下さい。代わりにお義姉ちゃん頑張っちゃいます!」
アルが満ち足りた顔で持ち帰り様の軽食を頬張る姿を見て、つい甘やかしてしまうシア。ユエの理屈で言えばアルも戦える事を知らしめておくべきではあるが、可愛い義妹の幸せそうな表情を見てしまい姉馬鹿が発動してしまったらしい。最も、レガニド相手に3人も要らないだろうが。
「・・・アルは置いといて。せっかくだから、
「まぁ、言いたいことは分かった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でした、なんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし・・・うん、良いんじゃないか?」
「・・・猛獣はひどい。」
ユエの言葉に納得したハジメは、苦笑いしながら一歩後ろに下がった。ユエは隣のシアに「先に行け」と目で合図を送り、それを読み取ったシアは背中に取り付けていたドリュッケンに手を伸ばすと、まるで重さを感じさせずに1回転してその手に収める。
「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ?雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」
「腰の長剣。抜かなくていいんですか?手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」
「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん!わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」
(・・・コイツ本当に上から3番目の
レガニドはシアには大して気にせずユエに気を配りながら、未だ近くでへたり込んでいるブタ男に一言断りを入れる。流石にユエ相手に無傷で無力化は難しいと判断した様だ。
だが、その認識は余りにも足りないと言わざるを得ない。愛玩奴隷という認識が強い兎人族が戦鎚を持っている事、相応の実力が垣間見えるハジメとユエが初手を任せた事、社やアルに至ってはレガニド如き全く眼中に無くシアの心配を欠片もしていない事。どれか1つにでも違和感を抱けたなら、まだマトモに戦えていたかも知れない。
「ーーー行きます!」
「ッ!?」
シアの掛け声と共に戦いの火蓋が切って落とされる。直後、未だ余裕をかましていたレガニドの眼前へ、ドリュッケンを腰だめに構えたシアが一気に踏み込んだ。驚異的な加速でもって肉薄するシアを見て、レガニドの顔が驚愕に染まる。
「やぁ!!」
可愛らしい声音に反して豪風と共に振るわれた超重量の大槌が、レガニドの胸部に迫る。直撃の寸前、レガニドは辛うじて両腕を十字にクロスさせて防御を試みるがーーー。
(重すぎるだろっ!?)
踏ん張る事など微塵も敵わず、咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がそうとするもスイングが速すぎて殆ど意味は無さない。結果「グシャッ!」と言う酷く生々しい音を響かせながら、レガニドは勢いよく吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。
「ンン?何か、手応えなさ過ぎじゃ無いッスか?〝黒〟ランクって結構上の方だったと思うんスケド。」
「そこそこ腕は立つ方だと思うよ?ブルックに居た冒険者達の平均は軽く超えてるだろうしね。唯、俺達の基準が大分ぶっ飛んでるだけで。」
いつの間にか軽食を平らげていたアルの感想を聞き、社は自分なりの分析を語る。実際のところ、レガニドはこの世界基準ならば決して弱くは無い。ブルックの町に居た冒険者達を越え、精鋭揃いのハイリヒ王国騎士団の面々と比べても何ら遜色は無いだろう。片や変態共をしばく為、片や王国での訓練の為、理由は異なれど社は両者と戦った経験があるので、その見立てもかなり精度の高い物になっている。
最も、それでハジメ達に通用するかと言われれば間違い無くNoだ。レガニドを吹っ飛ばした張本人であるシアすら、手応えの無さに拍子抜けしている。ハウリア姉妹が強くなっているのは頼もしいが、「何処かしらで基準の矯正をかけた方が良いか?」と内心思う社。敵を過小評価するのは論外だが、過大評価するのもそれはそれで問題だからだ。
と、社達が話していた間にレガニドが再び立ち上がる。が、その様子はお世辞にも無事とは言えない。特に酷いのはガードした右腕であり、ひしゃげたように潰れている。何時倒れてもおかしく無い怪我ではあるが、それでも立ち上がったのは〝黒〟としての意地だろうか。
(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ・・・。)
引き攣る様な笑みを浮かべ内心で盛大に愚痴るレガニド。既に満身創痍の己の目の前には、シアとバトンタッチしたユエが氷の如き冷めた目で右手を突き出している。
「舞い散る花よ、風に抱かれて砕け散れーーー〝風花〟。」
詠唱と共に放たれた魔法によって、レガニドは生涯で初めて〝空中で踊る〟という貴重で最悪な体験をする事になった。ユエのオリジナル魔法第2弾〝風花〟ーーー風の砲弾を飛ばす魔法〝風爆〟と重力魔法の複合魔法である。
「うわエグ。」
「あらら、容赦無いですねぇ、ユエさん。」
「シアは人の事言えないだろ。ま、自業自得だ。」
「お前は
「ここぞとばかりにボケるな社。ユエは覚悟狂いの神父じゃねぇ。」
宙吊りのままボコられているレガニドを見て、それぞれの感想を述べる一同。重力場を宿した複数の風の砲弾を自在に操る事で、目標を宙に浮かせて
数十秒にも及ぶ空中での一方的なリードによる
あり得べからざる光景の2連発。そして容赦の無さにギルド内が静寂に包まれる。よく見ればギルド職員らしき者達が争いを止めようとしたのか、カフェに来る途中でハジメ達の方へ手を伸ばしたまま硬直している。様々な冒険者達を見てきた彼等にとっても衝撃の光景だったようだ。
「で?アレはどうするよ。
「そうだな・・・。」
誰もが身じろぎ1つ出来ない中、静寂を破ったのは社とハジメだ。2人が見ているのはこの騒ぎの元凶であるブタ男。「次は何が起こるのか」とギルド内にいる全員の視線がハジメと社に集まる。と、ここでハジメがブタ男の方に歩いていく。
「ひぃ!く、来るなぁ!わ、私を誰だと思っている!プーム・ミンだぞ!ミン男爵家に逆らう気かぁ!」
「・・・地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが。」
ハジメはブタ男の名前に地球の代表的なゆるキャラを思い浮かべ盛大に顔を顰めると、尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけた。
「プギャ!?」
文字通り豚のような悲鳴を上げて顔面を靴底と床にサンドイッチされたプームは、ミシミシと音を立てる自身の頭蓋骨に恐怖し悲鳴を上げる。が、無様に泣き叫ぶ程に顔面に掛かる圧力は増していく。顔は醜く潰れ、目や鼻が頬の肉で隠れてしまっている。やがて、声を上げるほど痛みが増す事に気が付いたのか大人しくなり始めた。単に体力が尽きただけかもしれないが。
「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな・・・次は無い。」
プームはハジメの靴底に押しつぶされながらも、必死に頷こうとしているのか小刻みに震える。既に虚勢を張る力も残っていないらしく、完全に心が折れている。しかし、その程度であっさり許すほどハジメは甘くは無い。殺しの選択が得策でない以上、代わりにその恐怖を忘れないように刻まねばならない。
「ちょい待ちハジメ。念の為『縛り』入れとくわ。」
「あ?あぁ、その手があったか。」
再犯予防に
「さて、プームさんとやら。アンタに残された選択肢は2つ。1つ、此処で俺達に殺される。1つ、『この場では命を取らない代わりに、今後一切如何なる方法でも俺達に関わらず危害も加えない』と
得体の知れない圧力を放つ社に対して、「ち、誓うっ、誓うぅ!」と倒れ伏しながらも必死に答えるプーム。殺すと言うのは
「オッケー、これで『縛り』は成立だな。それじゃあ、
社の満足気な声に、今度こそ解放されると感じたプームの顔が再び絶望に染まる。目の前に広がるのは、先程自分の顔面を押し潰した靴底ーーー否、何時の間にか剣山の様にスパイクを生やしたそれが、自分の顔を踏み潰さんとする光景。数秒後、己がどうなるかを嫌が負うにも理解させられて。
「ぎゃぁああああああ!!」
錬成により靴底からスパイクを出したハジメが、再度勢いよくプームの顔面目掛けて思いっきり踏み付けた。突き刺さったスパイクはプームの顔面に無数の穴を開けており、特に片目からは大量の血を流している。痛みで直ぐに気を失い、苦しまずに済んだのはプームにとっては幸運だったかも知れない。少なくとも、しっかり
見るも無残な顔*3になった血塗れのプームを捨て置き、ハジメはどこか清々しい表情でユエ達の方へ歩み寄る。ユエとシアは微笑みでハジメを迎え、社とアルもスカッとしたと言わんばかりの表情である。そして何事も無かったかの様に、ハジメはすぐ傍で呆然としている案内人リシーにも笑いかける。
「じゃあ、案内人さん。場所移して続きを頼むよ。」
「はひっ!い、いえ、その、私、何といいますか・・・。」
ハジメの笑顔に恐怖を覚えたのか、しどろもどろになるリシー。その表情は明らかに関わりたくないと物語っていた。至極当然の反応である。最も、既に両脇をユエとシアに挟まれているので、逃げるのは不可能である。ハジメ達の意図を察して「ひぃぃん!」と情けない悲鳴を上げるリシー。が、そんな彼女にフォローが入る。
「本来は関係の無い貴女を怖がらせてしまい申し訳ありません、リシーさん。確かに私達も
「うっ・・・いや、でも・・・。」
リシーに向き合い説得を試みる社。この騒ぎの後で新しく案内人を探すのは面倒だし、このまま無理に連れて行くよりかは納得した上で案内してもらう方が良いと判断したからだ。対するリシーもプームに絡まれた事については同情的なのか、先程よりも拒絶は弱まり悩ましげに唸っている。もう少しで押し切れる、と感じた社は懐から切り札を取り出す。
「あぁ、そうだ。話は変わるのですが、貴女にチップを渡していませんでしたね。依頼料があの程度だったので・・・この位で、如何でしょうか。」
「ーーー是非、ご案内は私にお任せ下さい!引き続き皆様の快適な観光をサポート致しますわ!」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いしますね。」
((((うわぁ・・・。))))
一部始終を見ていた社以外の4人の心境が完璧に重なった。女性陣が豚男に言い寄られた事を引き合いに出す事で同情心を促すと共に警戒を薄れさせ、その上でチップをチラつかせて明確な
「手慣れ過ぎだろお前。詐欺師かよ。」
「何言ってんだ。リシーさんは臨時収入が入ってハッピー、俺達は引き続き案内をしてもらえてハッピー、皆ハッピー*4で万々歳じゃあないか。」
「本音は?」
「お祖父ちゃんは言っていた・・・『時には迷わず金を積め』、と。」
「トンデモない不良爺じゃねぇーか!?厳格そうに見えたのはマジで猫被りだったのな!」
「アタシらが知らないだけで、これが正しいお金の使い方・・・?」
「血迷っちゃいけませんアル!完全にアウトローな使い方ですからね!?」
不意打ち気味に知らされた新事実に思わず叫ぶハジメ。社の祖父にして呪術の師であるのだから一癖も二癖もあるのは当然と言えば当然なのだが、それにしたって限度は無いかと思わずには居られない。因みに、今回リシーのチップに支払われた
「それに生前の■■ちゃんも『味方を作る時は同情を引いて、明確なメリットを提示すると良い』って言ってたしなぁ。」
「ーーーは?」
染み染みと昔を思い出す様な社の呟きに、強い違和感を覚えるハジメ。昔に本人から聞いた話によれば、社が生前の
(女子は男子に比べて精神的に早熟なんて聞くが、それにしたって限度はあるだろ。・・・
「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います。」
「あん?」
ハジメの思考を遮る様に声を掛けて来たのはギルドの男性職員だった。他にも3人の職員がハジメ達を囲む様に近寄っており、遠回しに逃がさないと言っていた。これで全員腰が引けて無ければ格好は着いただろう。もう数人はプームとレガニドの容態を見に行っている。
「そうは言いましても、私達に答えられる事はありませんよ?そこで倒れているプーム氏が私達の仲間を無理矢理奪おうとし、断りを入れたら逆上して襲って来た為に已む無く返り討ちにしただけなのです。そうですよね?リシーさん。」
「えぇ、彼の言う通りです。彼等に雇われた案内人として、しっかり証言させて頂きます。こう言った不慮の事態に対する対応も、私達の信用に関わって来ますので。」
((((・・・金の力って怖!!!))))
社とリシーの酷く白々しい遣り取りを見て再び内心が一致する4人。社がリシーを買収した姿は、周囲をハジメ達が囲っていた為にギルド職員達には見られていない。それ故、パッと見では「困っている客を職務への責任感が強い女性が助けている」様にしか見えないのだ。既に袖の下が支払われている等、職員達は思いもしないだろう。
「・・・その辺の男連中も証人になるぞ。特に近くのテーブルに居た奴等は随分と聞き耳を立てていた様だしな?」
思考を打ち切ったハジメがそう言いながら周囲の男連中を睥睨すると、目があった彼等はこぞって「首がもげるのでは?」と言いたくなるほど激しく何度も頷いた。先の威圧は大層効いたらしい。
「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので・・・規則ですから冒険者なら従って頂かないと・・・。」
「当事者双方・・・ねぇ。」
「公正、公正ね。俺達が絡まれている間、何一つ仕事しなかったギルドが、公正、ねぇ?」
嫌味を言いつつハジメと社はチラリとプームとレガニドの2人を見るが、当分目を覚ましそうには無い。ギルド職員が治癒師を手配しているらしいが、恐らく2、3日は目を覚まさないのではないだろうか。
「あれが目を覚ますまで、ずっと待機してろって?被害者の俺達が?」
「もういっその事、無理矢理引っ叩いて起こすか。何、死ななきゃ安い。」
ハジメに非難がましい視線を向けられたギルド職員が「そんな目で睨むなよぉ、仕事なんだから仕方ないだろぉ」という自棄糞気味な表情になっている一方、社は身を翻してプーム達の方へと歩き始めた為に他の職員が慌てて止めに入っている。お役所仕事と言えばそれまでだが、この対応には2人も若干苛ついていた。
「何をしているのです?これは一体、何事ですか?」
社と同様にハジメもプーム達を叩き起こすべく歩み寄ろうとし、それを職員が止めようと押し問答していると、突如、凛とした声が掛けられた。声のする方を見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目でハジメ達を見ていた。
「ドット秘書長!良いところに!これはですね・・・。」
職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは職員達から話を聞き終わると、ハジメ達に鋭い視線を向けた。まだまだ解放には程遠いらしい。
色々解説
・社の祖父の『時には迷わず金を積め』発言について
社の祖父は若い頃から『術師』であり実力も十分伴っているのだが、その分まぁまぁイカれており、『術師』を目指すと決めた社に対して上記の様な割と笑えない事を結構吹き込んでいたりもする。唯、それは酸いも甘いも噛み締めた人生経験から、少しでも社が後悔しない様にする為の助言である。社に似て身内には甘い人物。
・■■ちゃん語録
以下、本作品内に出て来た
『社は私がいないとダメね』 1話
『だいじなおねがいがあるの』 1話
『ずっとずっといっしょにいようね』 1話
『他人に疎まれず、かと言って利用されない程度に親切にするのが敵を作らないコツよ』 30話
『女の子には優しくするものよ』 46話
『特に私には1番優しくしてね?』 46話
『女の子の隠し事を暴き立てる様な事はしちゃダメよ?』 48話