ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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60.湖畔の町での再会

「はぁ、今日も手掛かりは無しですか・・・そう簡単に見つかるとは思ってないですが・・・彼等は一体どこに行ってしまったんですか・・・?」

 

 悄然(しょうぜん)と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩く影が1つ。150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせた女性の正体は、地球から召喚されたハジメ達の教師である畑山愛子だった。普段の快活な様子は鳴りを潜め、不安と心配に苛まれた陰鬱な雰囲気を漂わせている。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ。」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。アイツらの部屋だって荒らされた様子は無かったんです。自分達で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください。」

 

 元気のない愛子に声を掛けたのは、()()()()護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも護衛隊の騎士と生徒達がおり、口々に愛子を気遣うような言葉を掛けていた。

 

 

 

 

 

 さて、彼女達が何故こんな所にいるのか?それを説明するには、まず最初に畑山愛子と言う人物について語らなければならない。

 

 畑山愛子。年齢25歳。社会科担当である彼女にとって、教師として1番大事なのは生徒達の〝味方である〟事だと考えていた。より具体的に言うのであれば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で在りたかったのだ。それは彼女の学生時代の出来事が多大な影響を及ぼしているのだが・・・兎に角、家の外に出た子供達の味方である事が、愛子の教師としての信条であり矜持であり、柱でもあった。

 

 それ故に、大切な生徒達を戦争に向かわせる事になったのは、愛子にとっては不満の極みだった。異世界召喚?選ばれた〝神の使徒〟?愛子にとってそれらは何ら重要な事では無かった。何をどう言い繕ろうとも、大切な生徒達を死地に追いやる事には違いないのだから。

 

 だが、何度説得したところで、生徒達の歩みを止める事は出来なかった。良くも悪くもカリスマを持った光輝が「王国に協力する!」と〝流れ〟を作ってしまい、それを利用したイシュタル達も聞く耳を持たなかったからだ。

 

 ならば、せめて傍で生徒達を守る!と決意した愛子だったが、保有する能力の希少さ、有用さから戦闘とは無縁の任務(農地改善及び開拓)を言い渡される始末*1。必死に抵抗するも生徒にまで説得され、愛子自身も適材適所という観点からは反論のしようがなく引き受けることになってしまった。

 

 毎日遠くで戦っているであろう生徒達を思いながら、聖教教会の神殿騎士やハイリヒ王国の近衛騎士達に護衛され、各地の農村や未開拓地を回る愛子。だが、漸く一段落ついて王宮に戻った彼女を待っていたのは、生徒同士による裏切りと報復。そして、その原因となった1人の生徒の訃報だった。

 

 この時愛子は「どうして強引にでもついて行かなかったのか!?」「何故生徒の心変わりを見抜けなかったのか!?」と自分を責めに責めた。結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら、自分は流されただけではないか!と。特に檜山の凶行に関しては「自分がもっと気を配っていれば、そうなる予兆にも気付けたのでは無いか?止められたのでは無いか?」と、周囲が心配する程に憔悴さえしていた。・・・非常に皮肉な話ではあるが、この1件が教師たる畑山愛子の目を覚ますきっかけとなった。

 

 まだ守るべき生徒達は残っている、と言う一念で持ち直した愛子は直ぐ様行動を開始した。〝死〟と言う圧倒的な恐怖を感じて心折れた生徒達に、教会・王国関係者は尚も訓練や戦闘の続行を望んでいたのだが、愛子は自分の立場や能力を盾に、「私の生徒に近寄るな、これ以上追い詰めるな」と声高に叫んだのだ。

 

 結果、何とか勝利をもぎ取る事に成功し、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。最も、そんな担任教師の頑張りに心震わせ、戦争には参加出来なくともせめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は、彼女にとっても予想外だった。

 

 無論、愛子にとっては本末転倒でしか無いので、「戦う必要はない」「派遣された騎士達が護衛をしてくれているから大丈夫」と説得し、生徒達を思い止まらせようとはした。が、そうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。結局、最後には押し切られ、農地巡りに同行させることになり、「また流されました、私はダメな教師です・・・」と四つん這い状態になってしまったのだが。

 

 尚、愛子は全く知らない事ではあるが。生徒達が最も危惧していたのは、道中の賊や魔物では無く、愛子専属の騎士達の存在だった。それもその筈で、全員が全員、凄まじいイケメンだったからだ。これは愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるための上層部の作戦ーーー要はハニートラップみたいなものだったのだが、それに気がついた生徒の一人が情報を共有し「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」を結成したのだ。*2

 

 だが、ここで生徒側にも1つ誤算が生じていた。それはミイラ取りがミイラになっていた事実を知らなかった事だ。それも1人2人では無く、愛子専属護衛隊ーーー正式名称、神殿騎士専属護衛隊ーーーの全員が、見事に堕とされていたのだ。

 

 この事実を知った時、生徒達は「一体何があった!?こいつら全員逆に堕とされてやがる!」と驚愕と畏怖を露わにしていた。然もありなん、愛子がハニートラップに引っかかるのでは?とやきもきしていたのが、いつの間にか逆ハーレムもかくやと言う状況だったのだ。意味不明すぎる。

 

 尚、彼等と愛子の間に何があったのかというと、話が長くなるので割愛するが、持ち前の一生懸命さと空回りぶりが、愛子の誠実さとギャップ的な可愛らしさを周囲に浸透させ、〝気がつけば〟愛子の信者になっていたらしい。狙ってやってたら、魔性の女以外の評価はつけられ無い程のタラシっぷりだった。

 

 その後、事態を正しく理解した生徒達は、「馬の骨に愛ちゃんは渡さん!」という精神で、愛子の傍を離れようとはしなかった。そんなこんなで現在では、【オルクス大迷宮】で実戦訓練をつむ光輝達勇者組、王国での居残り組、愛子の護衛組に生徒達は分かれたのだった。

 

 そして現在、愛子達農地改善・開拓組一行は新たな農地の改善の為、湖畔の町ウルに来ていた。最も、それ以外にも目的はあったのだが。

 

 

 

 

 

 次々とかけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴りつけた。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配である事に変わりはない。しかし、それを表に出して傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも自分はこの子達の教師なのか!と。愛子は一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。彼等は皆優秀です、きっと大丈夫。今は無事を信じて出来る事をしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達はその様子を微笑ましげに眺めた。

 

 カランッカランッ

 

 愛子達が宿の扉を開けると上品なドアベルの音が鳴り響く。彼女達が宿泊しているのは、ウルの町で1番の高級宿である〝水妖精の宿〟だ。昔、ウルディア湖から現れた妖精を1組の夫婦が泊めた事が名前の由来で、ウルディア湖はウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖である*3

 

 〝水妖精の宿〟は1階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。所謂〝老舗〟であり、歴史を感じさせる宿だった。

 

 当初、愛子達は「高級すぎては落ち着かない」と他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟或いは〝豊穣の女神〟*4とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を、普通の宿に泊めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定したのだ。

 

 元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子も生徒達も次第に慣れ、今ではすっかりリラックス出来る場所になっていた。農地改善や行方不明の生徒の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ。」

 

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな・・・いや、ホワイトカレーってあったけ?」

 

「いや、それよりも天丼だろ?このタレとか絶品だぞ?日本負けてんじゃない?」

 

「それは玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ?ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ。」

 

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ。」

 

 1番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ面々。極めて地球の料理に近い米料理に、毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのもウルの町の料理の質を押し上げている理由の1つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 

 美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、60代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか?何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください。」

 

「あ、オーナーさん。」

 

 愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます。」

 

 愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間にはその表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが・・・香辛料を使った料理は今日限りとなります。」

 

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル*5食べれないってことですか?」

 

「はい、申し訳ございません、園部様。何分、材料が切れまして・・・何時もならこのような事がないように在庫を確保しているのですが・・・ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行く者が激減しております。つい先日も調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するか分かりかねる状況なのです。」

 

「あの・・・不穏っていうのは具体的には?」

 

「何でも魔物の群れを見たとか・・・北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、態々山を越えてまで此方には来ません。ですが、何人かの者がいる筈の無い山向こうの魔物の群れを見たのだとか。」

 

「それは、心配ですね・・・。」

 

 愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ。」

 

「どういうことですか?」

 

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません。」

 

 愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

 愛子達がデビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、2階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。2人の男の声と、3人の少女の声だ。何やら少女の1人が男に文句を言っているらしい。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら今の内がよろしいかと。」

 

「そうか、分かった。しかし随分と若い声だ。〝金〟にこんな若い者がいたか?」

 

 デビッド達騎士は脳内でリストアップした有名な〝金〟クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干困惑したように顔を見合わせた。そうこうしている内に、5人の男女は話ながら近づいてくる。

 

 愛子達のいる席は三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が〝豊穣の女神〟と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多かった。今日も、例に漏れず閉めてはいたが、カーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私達を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」

 

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか。」

 

「んまっ!聞きました?ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ。」

 

「・・・〝ハジメ〟・・・メッ!」

 

「へいへい。」

 

「何と言うか、我が義姉ながら不思議な関係築いてるッスねぇ。」

 

「本人達が幸せそうなら良いんじゃない?野暮な事言って馬に蹴られるのも馬鹿らしいしねぇ。」

 

「違いないッスね。」

 

 その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。彼女達は今何と言った?少年を何と呼んだ?少年達の声は〝居なくなった彼等〟の声に似てはいないか?愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 

 それは愛子に着いてきた他の生徒達も同じだった。彼等の脳裏に、凡そ4ヶ月前に奈落の底へと消えた2人の少年が浮かび上がる。クラスメイト達に〝異世界での死〟というものを強く認識させた少年と、そんな彼を助けようと無謀にも単独で迷宮に挑んだもう1人の少年。良くも悪くも目立っていたが、しかし決して嫌われていた訳では無い2人。

 

 尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが誰一人として反応しない。騎士達が一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「・・・南雲君と、宮守君?」

 

 無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻す。愛子は椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

 シャァァァ!!

 

 存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる5人の少年少女。愛子は相手を確認する余裕もなく、大切な教え子の名前を叫ぶ。

 

「南雲君!宮守君!」

 

「あぁ?・・・・・・・・・先生?」

 

 愛子の目の前にいたのは、白髪に片眼鏡(モノクル)を掛けた白髪の少年だった。声を聞く限りでは彼が南雲ハジメだろう。だが、愛子の記憶の中のハジメとは、姿も雰囲気も大きくかけ離れている。愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格のーーー時たま、幸利や社に対し痛烈な毒を吐く事はあったがーーー大人しい少年だった。

 

 だが、目の前の少年は鷹の様に鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っていた。余りにも記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲ハジメだとは思わなかっただろう。だが、声はほぼ変わってないし、よくよく見れば顔立ちも記憶のものと一致する。大切な生徒の事なのだ、見間違う筈も無かった。

 

「うん?おぉ、愛子先生じゃん。チーッス。」

 

「その声は、宮守君ですね?南雲君だけで無く、君も姿や雰囲気がーーー・・・いえ、見た目はまだしも、雰囲気は余り変わって無いですね・・・?」

 

「この姿見て出てくる第一声がそれってマジです?流石は俺らの担任教師、相変わらずよく見てますねー。」

 

 そして、愛子の姿を見て驚きつつも声を掛けてくる、もう1人の少年。ハジメと同じく白髪になりながら、しかし纏う雰囲気は全く変わってない様に見えるのが社だった。元々、社が猫被りをしていたのは愛子も気付いており、学校の外では割と愉快な性格をしていた事も察してはいた。とは言え、ハジメと比べると見た目以外の変化が余りにも薄い為、それはそれで面食らってはいたが。

 

「宮守君が一緒と言う事は、君はやっぱり南雲君なんですね?生きて・・・本当に生きて・・・。」

 

「・・・・・・・・・はぁ〜、そうだ。久しぶりだな、先生。」

 

 静かな、しかし確信をもった声音で、此方に真っ直ぐに視線を合わせながら問う愛子に、ハジメは観念したと言わんばかりに、頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定した。どうせ確信を得ている以上、誤魔化したところで何処までも追いかけて来るだろうと見越した上での解答だった。

 

 一方で生徒達はハジメと社の姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。生きていた事は勿論、外見と雰囲気の変貌も信じ難いと言った様子である。どう反応すれば良いか、何を言えば良いかも分からず、唯呆然と愛子とハジメを見つめていたーーーのだが。

 

「うん?何だ、他の面子も一緒じゃん。もう此処の飯食った?あ、玉井、何かオススメある?」

 

「うぇ!?え、えーっと・・・ニルシッシルとかは異世界版カレーって感じで、後はこの天丼っぽいやつも美味かったぞ・・・?」

 

「へー、良いな、楽しみだわ。」

 

「イヤイヤイヤ、玉井は呑気に答えてる場合か!?宮守も今はメニュー決めてる場合じゃなく無いか!?」

 

「ん?相川か。いやだって、腹減ってんだもん。この後色々話すにしたって、飯は食っといた方が良いだろ。」

 

「何てマイペースな・・・て言うか、宮守君なんか性格違わない?」

 

「あぁ、俺学校では猫被ってたからね。こっちが素だぞ園部さん。恵里とか雫に後で聞いてみな。」

 

「ちょっと待って?急展開過ぎるから、もう少し私達に状況を整理する時間をくれない?」

 

「情報が、情報量が多い・・・!」

 

 一瞬で騒然となるクラスメイト、改め〝愛ちゃんをイケメン軍団から守る会〟*6の面々。何かもう色々と台無しだった。少なくとも、先程までの気まずさは完全に吹き飛んでいる。俄に騒がしくなるクラスメイト+1名を尻目に、愛子はハジメに語り掛ける。

 

「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね・・・生きていて、くれたんですね・・・。」

 

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ。」

 

 ハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦める。愛子やクラスメイト達との再会は予想外であったし、特に愛子に見つかった時は内心かなり焦っていたものの、冷静に考えれば今後の予定に影響が出る訳でも無い。何より、()()()()()()()()()のだ。ハジメとしても、心配させたのは「まぁ、悪い事したかな」位には思っていなくも無かった。

 

 が、それはそれとして大迷宮の攻略、引いては地球への帰還が最優先なのは変わらない。今この場のやり取りで、愛子の担任教師としての琴線に触れる様な事を言ってしまえば、間違い無く彼女に粘着、もとい食い下がられるのは火を見るより明らかだ。よって、今大事なのは如何にしてこの場を適当にやり過ごし、今後の動きを邪魔されないかだった。愛子をどう言いくるめるべきか、思考を巡らせるハジメ。だが。

 

 ポタッポタポタッ

 

「・・・先生?」

 

「ーーー・・・あれ?えっと、良かった、本当に、良かったって思ってるんですよ?でも、おかしいな、嬉しいのに、もっと言わなきゃいけない事があるのに、私、私ーーー。」

 

 訝しむハジメの目の前で、愛子の目から流れ落ちる涙が床を濡らす。死んだと思っていた教え子達と奇跡のような再会をして安心したのか、拭っても拭っても涙腺が決壊したかの如く止まる様子は無い。「今まで何処にいたのか」、「一体何があったのか」、「本当に無事で良かった」。言いたい事は山ほどあるのに言葉にはならず、その代わりにとでも言わんばかりに尽きる事無く涙が溢れ出していき。

 

「うっ、ぐずっ、ゔわぁ〜〜〜ん!な゛く゛も゛く゛ぅ〜〜〜ん゛、み゛や゛も゛り゛く゛ぅ〜〜〜ん゛、ぶじでよがっだでずうぅぅ〜〜〜!」

 

「ちょ、うわ、先生!?」

 

 とうとう耐えきれなくなった愛子が、わんわんと大声で泣き出した。へたり込み両手で目元を拭うその姿には、最早教師や大人の威厳なぞ皆無である。だが、それはハジメ達の無事を心から喜んでいる事への証左でもあった。

 

「おい、どうしーーーうわ、愛子先生ギャン泣きじゃん。何したのハジメ。」

 

「いや、何もしてねーよ!?・・・俺達が無事だった事に、感極まって泣いてんだよ、この先生は。」

 

「・・・あらら。なら、俺も同罪かね。ご心配をお掛けしました、先生。」

 

 愛子の泣き声を聞きつけた社とクラスメイト達が近寄ってくる。愛子が幼子の様に泣き喚く姿を見て、どうしたもんかと苦笑するハジメと社。そんな2人の以前と変わらぬ様子を見て、クラスメイト達もまたハジメ達が生きて戻って来たのを実感したのか、何処か安心した様子だ。護衛騎士達も漸くハジメ達が4ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察したらしく、今のところは静観している様だ。

 

「・・・ぐずっ、ひっく、良いんです。2人が無事なら、ひっく、本当に、良かった、ひっく。」

 

「・・・ハンカチ、使って。」

 

「大丈夫です?立てますか?」

 

「見せもんじゃ無いッスよ。蹴り飛ばすぞ、野次馬共。」

 

 未だに涙の止まらない愛子に、ハンカチを差し出すユエと、気遣う様に手を差し伸べたシア。アルもまた愛子を庇う様に、野次馬に来ようとしている他の客に殺気をぶつけて散らしている。噂の〝豊穣の女神〟が酷く泣いている声を聞き好奇心に負けたのだろうが、アルから『呪力』混じりの殺気を浴びると顔を真っ青にして戻っていく。

 

 女性陣(ユエとシアとアル)は愛子の事をよく知っている訳では無いが、ハジメと社が気にかけている時点で、愛子をフォローする理由としては十分だった。ハジメと社の無事を知り、人目を憚らず泣き出した事もまた、印象としてはプラスに働いていただろう。・・・頼れる大人を目指す愛子としては、ある意味心外ではあるだろうが、そう言った面も愛子の魅力なのかも知れない。

 

「ひっく、ありがとう、ひっく、ございます。えっと、3人は、南雲君達の・・・?」

 

 未だ涙は止まらずともある程度落ち着いたのか、余裕の出来た愛子の注目は自分に気を遣ってくれたユエ達に向けられる。よくよく見れば3人中2人が亜人であり、更には全員が方向性の違いはあれど、まごうこと無き美少女なのだ。気にならない方がおかしいだろう。愛子の後ろの生徒達や護衛騎士達も興味を隠せないらしく、ハジメ達の解答に耳を傾けている。

 

 ハジメと社が視線をユエとハウリア姉妹に向けると、3人は頷いて自己紹介を始めた。

 

「・・・ユエ。」

 

「シアです。」

 

「ハジメの女。」/「ハジメさんの女ですぅ!」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

「ウッワ、絶句してんジャン。あ、アタシはアルって言います。社サンの弟子みたいなもんで・・・あー、ダメだ、皆聞こえてない。どーすんスか、この惨状。」

 

 ユエとシアのカミングアウトに、〝豊穣の女神〟陣営が一斉に騒ついた。特に酷いのが愛子で、アルが目の前で手を振っても反応せず、石化したかの様にピクリとも動かない。後ろの生徒達も困惑した様に顔を見合わせており、男子生徒に至っては「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。その表情は、明らかに彼女達の美貌に見蕩れていた。

 

「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」

 

「そんなっ!酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」

 

「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれは救命行為だって言ったろうが!」

 

「実はだな、ハジメ。心肺停止状態で最も重要なのは心臓マッサージで、人工呼吸は感染症のリスクも考えると必須では無いらしいぞ?」

 

「何で!それを!今!この場で言った社ォ!お前ホント、本当にそう言うところだからなぁ!!」

 

「なるほど、つまりーーー合意と見てよろしいですね!?!?!?」

 

「んなわけあるかぁ!この駄目ウサギ「グスッ」ーーー、先生?」

 

 馬鹿共(社&シア)の暴走にツッコミを入れていたハジメの背に嫌な汗が流れる。例えるなら噴火寸前の火山、或いは決壊寸前のダムが目の前にある様な、そんな悪寒だ。発信源はハジメの目の前に居る、愛子。いつの間にか俯いており、その表情は窺う事は出来ない。「何かしら手を打たないと、不味い事になる」。そう確信したハジメが愛子に声を掛けるが、既に遅く。

 

「ーーーゔわ゛ぁぁん!!南雲くんが、な゛く゛も゛く゛ん゛がグレたぁ〜!!女の子の、ひっく、ファーストキス奪って、し、しかも、2股なんてぇ!前は、前はそんな生徒()じゃなかったのにぃ〜!これも、これも私が、ひっく、着いてあげられなかったから、ひっく、ゔわ゛あ゛ぁぁぁ〜〜〜ん!!!」

 

 再び、愛子の涙腺が決壊する。シアの〝ファーストキスを奪った〟という発言で、遂に脳の情報処理が限界を迎えたらしい。愛子の頭の中では、ハジメが2人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されている様で、そうなるのを防げなかった自分に責任を感じているらしかった。

 

「待て待て、落ち着けよ先生。その辺誤解があるんだって。ーーークソッ、こんな泣かれるんなら、怒られる方がまだマシだった。」

 

「あわわ、ごめんなさい、ハジメさんの、えっと、先生さん?泣かせるつもりは無かったんですぅ。いや、さっきのは嘘でもなんでも無いんですけど。」

 

「ーーーゔわ゛ぁぁん!南雲君が、女ったらしにぃ〜!」

 

「・・・火に、油注がないの、シア。」

 

「イヤ、どう収拾つけんスか、この地獄。」

 

「うーん、もういっその事、スッキリするまで泣かせてあげた方が良い気がする。先生も色々大変だったろうしなぁ。」

 

「何で俺だけが先生宥めてんだ社ォ!お前もさっさとこっち来て宥めんの手伝うんだよ社ォ!早くしろお願いしますぅ!」

 

「あいよー。」

 

 男子生徒達からは羨望と嫉妬を、女子生徒達からは侮蔑の視線をぶつけられながら、どうにかギャンギャンと泣き喚く愛子の誤解を解こうとするハジメ。どうしてこうなった?と内心の疑問を吐き出す様に、ハジメは深い深い溜息を吐くのであった。

*1
愛子の天職:作農師は非常に希少且つ、こと農業に置いて万能に近いスペックを誇る。

*2
スローガンは「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」

*3
具体的には琵琶湖の4倍程。

*4
愛子の二つ名。農地改革を推し進めた結果、巷で噂になる程に広まっている。

*5
異世界版カレー

*6
今この場にいるのは、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史の6名。




色々解説
・ハジメ→愛子&クラスメイト達への対応について。
本作だと、色々(主に社と香織が原因)あってハジメの性格とか親切とかお人好しっぷりがクラスメイト達に知れ渡っているので、原作に比べてクラスメイト→ハジメの好感度が(一部を除き)比較的高い。で、それに釣られる形でハジメ→クラスメイトの好感度も比較的高くなり、豹変後も社がいたので若干ながら余裕があり、その結果態度が軟化してる。最も、クラスメイト達の好感度が高くなったせいで、ハジメが奈落に堕ちた事による精神的なダメージも大分悪化してる。ハジメ達が生きてると知れれば大分持ち直せる。

・愛子がギャン泣きした理由
一言で表せば心労の差。原作では迷宮で「死んだのはハジメ1人」のみで、その後時間を経て「清水が離脱」する事になるので、実質2コンボ。ところが、本作だと「檜山の裏切り」で「ハジメが死に」、「檜山に報復した社が」「単独で迷宮に特攻」。その後今度は「4名もの生徒が同時に失踪する」と言う5コンボ+『黒閃』(クリティカル)食らってるので、割と精神的にヤバかった。今回ハジメ達が生きてると知れて大分持ち直した。
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