ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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今回は色々と、独自解釈が多めです


69.異世界より⑨

 ★月◯日 ウルの町・ギルド支部の一室にて

 

 クラルスさんから魔人族の企みを聞き、ウルの町にとんぼ帰りしてから色々と話し合った結果、俺達はウルの町で魔物の大群を迎撃する事になった。その為の準備は明日の朝から始めるとして、情報の整理も兼ねて日記を書こうと思う。

 

 ウルの町に戻った俺達ーーーと言うか愛子先生達は、真っ先に町長の下へと向かった。町の人々がどうするかはさておき、兎に角時間が惜しいと考えたのだろう。焦りも多分にあるだろうが、別世界の他人にそこまで親身になれるのは純粋に凄いと思う。

 

 足を(もつ)れさせる勢いで走る先生達を見送った俺達は、ウィルさんと冒険者達を救護院(この世界に於ける病院)に叩き込んだ後、適当に屋台の串焼きやら何やらを摘まんでいた。何を呑気な、と思われるかも知れないが、腹拵えは出来る時にしとくべきであるし、何より今後の方針ーーー迫り来る魔物の大群と戦うべきか否か、話し合う必要があると考えたからだ。

 

 ぶっちゃけた話、俺達がウルの町の為に魔物の大群と戦う必要は無い。俺達がウルの町に来たのはウィルさん達の捜索を依頼されたからで、そのウィルさん達が見つかった以上はこの町に拘る理由も無いからだ。そもそも、今回の1件は人間族と魔人族の対立から端を発するものであり、この世界に生きる人達が解決すべき事情でもある。別世界の住人である俺達が首を突っ込む義理は欠片も無い。

 

 更に言えば、この町で大立ち回りを演じる事で俺達の存在が教会やらにバレて、面倒事が降りかかる可能性も一気に高くなる。もう既に愛子先生の護衛騎士には無駄に絡まれているので手遅れ感はあるが、不用意に目立つ必要も無いだろう。先日の様にまた王国に居る友人達をダシに使われでもしたら、俺は今度こそ加減なんて捨て去る。少なくとも貴族連中を片端からブチ殺す自信がある。

 

 たらればの話は置いておこう。ハジメが見た限りでは、魔物の数は6万近くまで膨れ上がっていたらしい。もし、魔物の質が北の山脈地帯で戦った魔物と大差無いのであれば、俺達なら犠牲を出さずに撃退出来るかもしれないが・・・見ず知らずの他人の為だけに身体を張るつもりは全く無かった。戦える力がある事と、戦わなければならないのは必ずしも(イコール)では無い。と言うか、他人の為に命を懸けるのを強要されたら、真っ先に暴れる自信があるぞ俺は。アメコミのヒーローになったつもりも無いしな。

 

 と、これで済むなら話は早いのだが・・・魔物の軍勢を俺達が迎え撃つ理由やメリットも無いでは無いのだ。まず第一に、黒ローブの男達ーーー正確にはその片割れ、魔人族と組んでいるらしき人間族の男の方だが。此奴が檜山達、王国脱走組である可能性が捨て切れない点だ。

 

 神による扇動を除けば、主に宗教観の違いで対立している人間族と魔人族だが、実に皮肉な事に幾つか似ている点があったりする。その1つが、自分達以外の種族に差別的である事だ。戦争してるんだから当然っちゃ当然なんだが、そんな中で魔人族が人間族と手を組むだろうかと考えると、恐らく答えはNo。仮に手を組んだとして、片方がもう片方を使い捨てる様な、力関係の歪なーーー対等な関係にはならないだろう。だからこそ、クラルスさんの記憶の中で、寄生花を前にして対等でいた(少なくともそう見えた)黒ローブ達はおかしいのだ。

 

 寄生花は恐らく魔人族側の切り札だろう。そんな秘密兵器と言える物を(人間族側から見た)裏切り者だったり、使い捨てる予定の奴に見せたり説明する訳が無い。逆説、見せるのならそれなりの理由がある筈だ。そう考えると、裏切った人間族が檜山達である可能性は低くない。いや、檜山達の人間性を考えると、決して信用も信頼もして良いとは言えないが。今重要なのは、檜山達が〝神の使徒〟と呼ばれるだけの力はある事。そして、檜山を王国から連れ出したのが推定〝神の眷属〟である事だ。

 

 人間族の信仰するエヒト神と魔人族の信仰する神は、同一、或いは協力関係にあると見て良い。ボードゲーム染みた感覚で戦争を眺めて楽しんでるのを止めないんだから、これは確定だろう。で、その場合、使いっ走りである〝神の眷属〟は、人間と魔人、両方の種族に顔がきく事になる。檜山達を紹介しても、魔人族に背後関係を全く疑われない可能性があるのだ。檜山達が高いステータスを持っている事も、説得力を補強する材料になるだろう。

 

 何より、これなら〝狂った神の勢力〟が何故檜山達を連れ去ったのかも説明がつく。要するに、呼び出した〝神の使徒〟同士の殺し合いが見たかったのだろう。どっちが勝っても良し、中心人物である天之河か愛子先生を殺せても殺せなくても良し。どう転んでも〝狂った神〟的には美味しいのだろう。マジでクソだな。何にせよ、檜山達が関わっているならば、俺達も知らぬ存ぜぬでは居られない。何よりハジメが生きていると知れば、檜山はハジメにも狙いを定めるだろう。今更檜山がハジメをどうこう出来るとは思わないが、それとこれとは話が別だ。先生には悪いが、檜山が関わってると知れた時点で奴は殺す。次は見逃さない、確実に仕留める。これが俺達の戦う理由その①である。

 

 ・・・これ書いてて思ったんだけど、檜山達が魔人族側に来たから寄生花作った疑惑あるな。元から魔物を操れる魔人族が、態々魔物を操れる様になる機能の為に寄生花を開発するとは考え難いし。いや、檜山達と魔人族が合流したタイミングにも寄るが、流石に開発から完成が速過ぎるか。・・・もしかして魔物じゃなくて人間、それも俺達〝神の使徒〟を操れる様に前々から準備していた?考えすぎか?でも、クラルスさんを操れた以上は・・・一応、ハジメ達にも報告しとこう。

 

 取り敢えず話を戻そう。戦う理由その②は、敵の狙いが愛子先生の可能性が高い点だ。檜山達が関わっている・いないに関わらず、魔人族側が愛子先生を狙っている可能性は割と高い。これは〝神の使徒〟云々では無く、単純(シンプル)に〝豊穣の女神〟としての名声が高過ぎるのだ。

 

 愛子先生の天職である〝作農師〟は、こと農業に於いては万能に近いスペックを誇っている。俺も本人に詳しく聞いた訳では無いので断言出来ないが、恐らく本当に何でも出来るのだろう。でなければ、結構な宗教国家であるハイリヒ王国で、女神なんて大層な二つ名を付けられる訳が無いからだ。そしてそれ程までに生産に特化した力ならば、大した問題も無く大量の食糧ーーー兵站すら容易に準備出来るだろう。

 

 兵站。言ってしまえば、軍隊が使う色んな物を纏めてそう呼んでるだけらしい。俺達の世界だと一口に兵站と言っても、食料に武器弾薬、整備に、兵士達の補充や衛生と、大雑把に後方支援で纏められるそうな。幸利からのマニアックな知識による情報なのでうろ覚えであるが、そんな感じらしい。

 

 翻って、人間族と魔人族の兵站事情であるが、恐らく俺達の世界とは大分事情が異なる。あくまでも俺の予想にしか過ぎないが、その内訳は食料が結構な割合を占めているだろう。根拠は唯1つ。彼等の凡ゆる技術と価値観が、魔力と魔法によって成り立っているからだ。

 

 この世界では、複雑な事をしようとすると大体魔法か技能が絡んでくる。いや、実際使えれば本当に便利なのは分かるので、別にその2つに依存するのは否定しないけど。逆に言えば、魔法や技能が使える人間さえいれば大体の事が解決してしまうのだ。俺達の世界ならば専用の道具や機械、燃料を消費して進める工程を、個人の力量のみで成し得てしまえるーーー俺達の世界の様に武器弾薬や燃料やらを集めて前線に送る、なんてしなくても良いのだ。戦いも移動も整備も治療も衛生も、全て適した魔法や技能が使える人材を送れば良いのだから。

 

 無論、それで何もかも上手く回る訳では無いだろう。だが、俺達の世界の兵站よりは余程単純化される筈だ。極論、戦地に(おもむ)く人達の食糧だけ用意すれば良いのだから。そして、それを支えるのが〝作農師〟たる愛子先生な訳である。そりゃ、目端の効く奴なら真っ先に殺そうとするわな。因みに、食糧以外だと恐らく魔石なんかも重要視されている筈だ。ほぼ万能と言って良い燃料なんだから、妥当っちゃ妥当ではある。

 

 それから、戦う理由③。魔人族の軍勢が、亜人達ーーー否、ハウリアの人達を襲わない保証が一切無い点だ。

 

 此処で魔物の大群をスルーしたとして、連中はウルの町を破壊し尽くすだろう。問題はその後、矛先が何処に向かうかだ。あれだけの大群を、そのままにしておくなんてのは有り得ない。絶対にウルの町程度では満足しないだろう。その場合、次の目的地が何処になるかは不明だが・・・まぁ、ハルツィナ樹海には向かわないだろう。地理的にキツ過ぎるし、何よりあの軍勢でライセン大峡谷を越えるのは無理がある。

 

 が、それも今だけだろう。このまま魔人族が勢力を広げていけば、まず間違い無く、侵略の手はハルツィナ樹海にも届く。そうなった場合、魔人族は亜人族を容赦無く排除するだろう。話を聞くに魔人族も選民思想と言うか、排他的な感情は強そうだった。最悪、「目障りだから」なんて理由で亜人属を襲いかねない。

 

 俺は正直、この世界の殆どの人間がどうなろうと構わないが、ハウリアだけは別だ。底抜けにお人好しで、愚かしい程の善人で、草花すら踏み潰せない臆病者で、悪意なんて欠片も抱けない癖に。それでも、家族を守る為だけに刃を取った彼等を、俺は見捨てるなんて出来そうに無いのだ。彼等に害を及ぼすならば、数万程度の魔物共を相手取っても良いと思える程度には、俺はハウリアの人達が好ましかった。

 

 ・・・まぁ、俺の感想はいいか。後は、此処で魔物の大群を相手にするメリットとして、ウルの町を盾に出来る点がある。仮に俺達が物量で押し負け敗走するとなった時、態とウルの町に魔物を引き込んでから火を着けて燃やす事で、魔物を殺しつつ逃げる時間を稼ぐなんて戦術も取れるのだ。所謂、焦土戦術と言う奴だが、相手が寄生花であるので結構効果的なのでは無いだろうか。かの信長公も「敵をとり篭めて火ぃ着けるのは気分が良い」なんて言ってたから間違いないだろう。

 

 と、そんな感じで戦う理由も戦わない理由もそれなりにあるのだ。少なくとも、俺1人の意見で決めるべき事柄では無い。なので、その辺も踏まえて腹拵えついでに話し合いを提案した訳だ。

 

 屋台巡りもそこそこに、大きめのカフェテーブルに腰を落ち着けた俺達は今後の方針について話し始めた。ウルの町で魔物の軍勢と戦う事のメリット・デメリットを一通り伝えた後、真っ先に戦うことを選んだのは意外にもクラルスさん達竜人族組だった。

 

 割と予想外な参戦だったので、本人達に聞いてみたところ「人間族だろうと竜人族だろうと、無辜の民が傷付くのを黙って見過ごせる程、我らは達観も諦観も抱いてはおらんよ」との事。さっきまで痛みで恍惚としていた変態の台詞か?これが・・・ぐうの音も出ない程に出来た人の御言葉だった。

 

 あの場では突っ込まなかったが、クラルスさんの言葉は全部が全部本心では無いだろう。初めてクラルスさんに出会った時から、彼女の中には誰に向けているのか分からない程に僅かな悪意が燻っていた。どれだけ痛みで喜び色欲に濡れていても、一切消えずに残っていたのを見るに根の深い恨みなのか、それとも無意識に寄る想いなのか判断は付かないが。兎も角、彼女は彼女で俺達には伝えていない目的があるのだろう。

 

 だが、だからと言ってクラルスさんが悪人であるかと問われれば、それもまた違うだろう。彼女達もこの世界の住人である以上、魔人族の企みについて他人事では居られないだろうが、それとウルの町を見捨てない事は別なのだから。自分達が竜人族だとバレるリスクを承知の上で、それでも見ず知らずの他人を救うために力を惜しまないと言うのだ。亜人だ何だと差別し、盲目的に神の言いなりになる自称騎士共よりも、クラルスさん達の方が余程真っ当なヒトに見える。

 

 クラルスさんと同様に、フマリスさんも魔物達の迎撃に参加するつもりらしい。・・・この人は本当に考えが読めない。別に、俺達に悪意を向けたりしている訳では無いから、気にし過ぎだとは思うんだが。腹に一物抱えてそうなのは別に良いとしても、何処か違和感が拭えない。言語化するのも難しいのだが、強いて言えば「ありったけの消臭剤をぶち撒けて、無理矢理に消臭した部屋」みたいな変な雰囲気を感じる。行動自体には変なとこは無いのが、余計に謎めいていた。

 

 竜人族が参加表明した一方で、ハウリア姉妹からは「どちらでも良いです(ッス)」と一歩引いた意見が出てきた。これは興味が無いとか無責任な発言とかでは無く、「魔物達をぶっ飛ばすにはハジメやユエさんの力が必須だから、ハジメやユエさんの意見に合わせるよ!皆と一緒なら魔物達をぶちコロがしても良いし、さっさと逃げても良いよ!」って事らしい。実際、ハジメやユエさんの火力抜きで数万の大群を撃退するのは無理ゲー待った無しなので、現実見えてる意見ではある。

 

 続いてユエさんに意見を求めると、彼女は何も答えぬ代わりにジィッとハジメの顔を見つめていた。ユエさんもまた、ハジメが一緒ならどちらでも良いのだろう。彼女の場合、ハジメがどんな道を選んでも、共に寄り添い進む覚悟があるからだろうが。この一途さは是非俺も見習いたい。

 

 無言の、しかし確たる意思を宿したユエさんの視線に釣られる様に、皆の注目がハジメに集まる。口に出して決めた訳では無いが、俺達のリーダー(暴走しがちな面々を抑える手綱とも言う)はハジメだ。最終的な判断が委ねられたのも必然ではあったのだろう。何かを考え込む様に瞑目していたハジメだったが、ゆっくりと目を開くと迷わずに「この町で魔物共を迎え討とう」と答えた。勿論、今更反対意見なんて挙がる訳も無く、満場一致で魔物共を殲滅する事になった訳である。

 

 正直な話、ハジメが此処で戦いを選ぶかは五分五分だった。戦う理由はあれど強制では無いし、命懸けの戦いになるのは確定しているのだから尚更だ。それでもハジメが戦う事を選んだのは、偏にユエさんとシアさんが居たからだろう。

 

 奈落の底で俺がハジメを見つけた時、ハジメの精神は壊れかけていた。不幸中の幸いと言うべきか、それ以上壊れる事だけは何とか防げたが、代わりに治す事も俺には出来なかった。だが、そんなハジメの擦り減った心を、ユエさんは全てを包み込む愛で、シアさんは持ち前の明るさと一途さで、少しずつ癒してくれたのだ。

 

 ハジメにとってこの世界は牢獄でしか無く、この世界に生きる人や物事に心を砕けと言うのも無理な話だ。と言うか、俺もそんな気はさらさら無い。だが、〝大切な人の為ならば〟と動き、そのついでに周りも助ける程度なら・・・今のハジメにも難しくは無いのだろう。本当に、ハジメの心を癒してくれたユエさんとシアさんには感謝の念が堪えない。

 

 そんなこんなで話も纏まり、町の役場へ向かった後はトントン拍子で話が進んだ。町長を筆頭にギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達と重役が愛子先生達を問い詰めていた所に割って入り。「俺達なら魔物の大群も撃退出来る」と、半信半疑の重役達を〝神の使徒〟にして〝豊穣の女神〟たる愛子先生の言葉で信用させ。再び騒然となる周囲を放置して「話し合いは先生に任せた」と丸投げしてその場を後にしたのである。

 

 因みに、ウルの町行きの車中でハジメと愛子先生が話し合った結果、クラルスさん達の正体と、人間族の裏切り者が檜山達である可能性については伏せる事にしてある。クラルスさん達に関しては「竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しい」と本人に頼まれたため、檜山達に関しては愛子先生が「未だ可能性の段階に過ぎないので不用意な事を言いたくない」と譲らなかったかららしい。ハジメとしても事態がややこしくなるだけだったので、普通に了承したのだとか。

 

 その後は何かあった際にすぐに動ける様にと、ギルド支部の部屋を借りて男女別で宿泊する事に。例によってハジメと寝たい(意味深)ユエさんとシアさんで一悶着あったが、明日も早いので流石に2人の意見は通らなかった。で、そろそろ寝るかと灯りを消す直前に、部屋の前に人の気配が。誰だ?とハジメと首を傾げていると、部屋の扉をノックしたのは愛子先生だった。

 

 驚きつつも愛子先生を部屋に招き入れ話を聞くと、「南雲君と宮守君にどうしても言わなければならない事があり、その為に会議を抜けて来た」との事。ハジメと顔を見合わせつつも話の続きを促すと、何と愛子先生は「無理に魔物達と戦う必要はありません、町の住民達と一緒に逃げても良いのです」と言い始めたのだ。

 

 突然の提案に面食らいつつも、言い方に引っ掛かりを覚えたので「愛子先生はどうするんですか?」と聞くと、「黒ローブの人間が檜山君達かを確かめたいので、ギリギリまで町に残る」と答える先生。曰く、少しでも自分の生徒である可能性があるのなら、先生たる自分が確かめなければならない、との事。なんか変な方向で覚悟がガンギマリしてた。

 

 正直、その時点で色々と言いたい事はあったのだが、愛子先生の表情が真剣を通り越して悲痛だったので、言葉を飲み込みつつ「なんでいきなりそんな事を?」と聞いた。すると、愛子先生は「貴方達がこの世界に生きる人の為に戦おうとする気持ちはとても尊い物です」「でも、それは2人が命を懸けてまでする事では無いのだとも思うのです」「この世界から帰還して、元の世界と生活に戻るのはゴールではありません。貴方達が再び自分の道を歩む為のスタートなのです」「だから、どうか命を懸けるべき時を見誤らないで下さい」と、今にも泣きそうな顔で語ったのだ。

 

 ・・・多分、この世界に来る前の愛子先生なら、俺達が(結果的にではあるが)この町の為に戦う事を止めなかったと思う。勿論、自分の生徒を死地に追いやる事に罪悪感を覚えない人では無いので、大なり小なり葛藤もしただろうが。それでも、愛子先生は善良で生徒をよく見ている教師であると同時に、割と理想家な面もあったので〝誰かの為に戦う〟事を肯定的に見ていた筈だ。それが変わったのは間違い無く、檜山がハジメを突き落とした一件があったからだろう。

 

 あの一件、誰が悪いかと言われれば、それはもう絶対確実に100%ぐうの音も出ないくらい完璧に檜山が悪い。が、その一方で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と問われれば、それは檜山であり俺でありハジメの3人なのだ。否、厳密に言えば、完全な被害者であるハジメを除き、先生の心を傷つけた加害者は檜山と俺なのだ。

 

 無論、俺は檜山への報復を微塵も後悔してないし、同じ場面を何度繰り返そうとも全く同じ選択肢を選ぶ自信があるのでそれは良い。が、先生にとってはそうでは無いのだろう。檜山がハジメを突き落とした事も、俺が檜山を灼いた事も、きっと先生は等しく心を痛めたのだ。ここで「檜山はそれだけの事をした」だとか「ハジメの方がもっと痛い目に遭ってる」なんて言っても無駄だろう。それを十二分に理解した上で尚、先生にとってはハジメも俺も檜山も大切な生徒なのだろうから。その結果が、先程の「逃げても良い」と言う言葉に繋がるのだろう。

 

 一頻(ひとしき)り語り終えた愛子先生は、暗い表情で俯いたまま顔を上げなかった。ウルの町が終わると分かっていて、それでも俺達を優先しようと決断するまでに、きっと散々悩み抜いたのだろう。或いは、檜山の一件があってから、もし似た様な事態が起きたら、とずっと考え続けていたのかも知れない。先生の内心を反映したかの様な重苦しく痛々しい雰囲気が部屋を包む中、耳が痛くなりそうな沈黙を破ったのは、ハジメの「ありがとう、先生」と言う言葉だった。

 

 ハジメの台詞に顔を上げた愛子先生は、虚を突かれた様にポカンとしていた。その何処か呆けた表情に苦笑しながらも、ハジメは「俺達が生きていたと知り、泣いてくれた事も。俺達が何も話そうとしなかった時に、何も聞かないでいてくれた事も。俺達がどれだけ変わろうとも、先生と生徒として接しようとしてくれる事も。先生にとっちゃ、当然の事かも知れないが・・・俺はそれが少しだけ嬉しかったからな」と若干照れ臭そうに、しかしハッキリと先生に向けて答えていた。

 

 目を見開き驚きを隠せない先生に対し、ハジメは「俺達が戦うと決めたのは、他の誰でも無い俺達がそうすべきだと考えたからだ。それでもまだ先生が納得出来ないと言うなら、どんなやり方でも良いから、先生なりのやり方で俺達を助けてくれ。愛子先生が俺達の先生であり続けてくれるのならーーー俺達も、生徒として応えられる程度には努力するからよ」と答えていた。・・・今思い返してみても、多少ぶっきらぼうな言い方ではあったが、完璧に先生の心にクリティカルヒットしていたと思う。俺や檜山と違い完全な被害者であるハジメの言葉だから、と言うのもあるだろうが、やっぱタラシの才能あるんじゃなかろうか。大丈夫?ユエさん拗ねない?

 

 で、案の定と言うべきか、ハジメの言葉を噛み締める様に聞いていた愛子先生は、その数秒後にギャン泣きし始めた。滝の様な涙を流しながら「な゛ぐも゛ぐぅん゛ーーー!」とか「な゛に゛も゛でぎながっだ私を、まだ先生どよ゛んでぐれ゛るんでずがぁ〜」と泣き叫ぶ愛子先生を、四苦八苦しながら宥めようとするハジメ。もう、重苦しい雰囲気は吹き飛んでいた。因みに俺はハジメの「お前も宥めんの手伝え」って視線を無視し続けて「イイハナシダナー」と2人を眺めてほっこりしていた。俺は空気を読める男である。その後しっかりハジメに引っ叩かれたけど。

 

 暫く泣いていた愛子先生だったが、ある程度まで落ち着いた後は、俺達と明日の簡単な打ち合わせをしてから会議に戻っていった。「ハジメと同意見なんで、止めても無駄ですよ」と答えた俺に対しても「南雲君程には心配していませんが、宮守君も私の大切な生徒なのです。どうか無茶だけはしないで下さいね」と強い目で言っていたので、多分大丈夫だろう。「清水君や八重樫さん達も心配していますから。皆さんを悲しませる様な事は駄目ですよ?」と続けた辺り、生徒(おれ)への理解度と言うか、釘の刺し方が上手くなってたのには困ったが。なんか(したた)かになってますね先生?

 

 そんな平和な一幕もあったものの、明日が決戦なのは変わらない。願わくばーーーいや、神がクソなんだから願ってもしゃあないか。俺達の誰もが無事に乗り越えられる様に努力するとしよう。




色々解説
・トータスの兵站事情について
完全に作者の妄想の産物。唯、人間族が魔法や魔石に生活や文化を依存している事を考えると、種族レベルで魔法が上手く、且つ魔物達の餌まで準備しなきゃならない魔人族は、余計に兵站の食料の割合が高いんじゃないか、と考えてこうなった。多分、魔人族側に〝作農師〟が居たら本格的にヤバかった。

・愛子が防衛戦に後ろ向き&ハジメが前向きな理由について
以前後書きで書いた通り、本作だと「檜山の裏切り」や「ハジメの死亡に限り無く近い消息不明」、「社が檜山へ報復」等々、愛子を追い詰める要素が原作より多いので、生徒が戦う事に忌避感を抱いている。黒竜(ティオ)とハジメ達が戦った時は、四の五の言ってる余裕が無かったので何とかなってただけだったり。
ハジメに関しては、原作にもあった様にユエとシアの存在が大きかったのに加えて、オルクスで社との早期合流が出来たので心の回復が早く余裕ができている。具体的には敵への対応は据え置きで、敵では無い人物への対応が大分軟化していたり。社本人はして当然だと思っているが、ハジメ視点だと「親友が己の身を顧みず、手を差し伸べに来た」のが事実なので、その点が大分影響している。
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