ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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70.〝豊穣の女神〟降臨

「此処に居たか、ハジメ。」

 

「ん?社とアルか。何か問題でもあったか?」

 

 自分を呼ぶ聞き慣れた(しんゆう)の声に、〝外壁〟に腰掛けていたハジメが振り向いた。何かを考える様に遠くを見ていたハジメの傍らには、静かに寄り添う様にユエとシアも居る。彼等が今居るのは、ウルの町の外周を取り囲む様に建てられた()()の上だった。

 

「いいや、寧ろ色々と順調だったからこっちに来たんだが。・・・この城壁も即席にしちゃ大分立派だよなぁ。一夜城顔負けだな?」

 

墨俣城(すのまたじょう)建てるんなら川が必須*1ーーーいや、そう言えばこの町、水源が豊富だったな。」

 

 ハジメと軽口を叩きながら〝外壁〟の造りを確かめる様に足で踏み締める社。高さ3m弱の〝外壁〟は、ハジメが魔力駆動二輪の機能を利用して、地面から〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作り上げたものだった。ハジメの錬成範囲が半径4m程で限界なのでそれ以上に高くは出来ず、大型の魔物ならよじ登ることも容易だろう。最も、そんな隙を与えるつもりはハジメには無いが。

 

「住人の様子はどうだ?」

 

「予想以上に落ち着いてる。愛子先生の演説が効いたんだろ。流石は〝豊穣の女神〟様だな。」

 

 昨夜から町の重鎮達により続けられた議論の結果、魔物の軍勢による襲撃は明け方には住民達に伝えられていた。当然、ウルの町は大混乱に陥ったが、それを落ち着かせたのが誰であろう愛子だった。護衛騎士達を従えて、恐れるものなど何も無いと高台から声を張り上げる愛子の姿を見た住人達は、元から高かった〝豊穣の女神〟としての知名度も合わさって一先ずの冷静さを取り戻していた。

 

 現実を見つめる冷静さを取り戻した人々は2通りに分かれた。即ち、「故郷は捨てられない」と、町と運命を共にするという居残り組。そして当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組である。

 

 居残り組は愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝える事は何かないだろうかと既に動いている。その多くは〝豊穣の女神〟一行が何とかしてくれると信じてはいるが、その上で「自分達の町は自分達で守るのだ!出来る事をするのだ!」と言う気概に満ちていた。

 

 避難組は夜が明ける前には荷物をまとめて町を出ていた。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着する事が予測された為、女子供を中心に早めに避難させようとした訳である。町には夫だけが残り、妻や子は先に避難させたと言う家族も少なくない。

 

「てっきり、我先にと逃げ出すもんかと思ってたんだがなぁ。中々どうして逞しいと言うか、諦めが悪いと言うか。」

 

自分(テメェ)らの町だって意地があるんだろ。半分くらいはヤケになってるかもだがな。」

 

 ウルの町を眺めながら、何処か呆れた様に呟いた社とハジメ。すっかり人が少なくなったにも関わらず、ハジメ達の目にはウルの町がいつも以上の活気に包まれている様にも見えた。魔物の群勢と言う弩級の災害を前にして、何の力も持たない人間が逃げ出さずに立ち向かうのは、賢い選択とは言えないだろう。だが、そんな彼等の無謀とも言える行動を、ハジメも社も笑う気にはなれなかった。

 

「南雲君に宮守君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」

 

「いや、問題ねぇよ、先生。」

 

「俺の方も特にはーーーん?何だ、玉井達まだ居たのか。」

 

「言い方ぁ!別に邪魔してる訳じゃないから良いだろ!?」

 

 町の準備が一段落したのか、愛子と生徒達、竜人族主従(ティオとフィルル)、デビッド達数人の護衛騎士がハジメ達の下へとやって来る。愛子へのおざなりな対応にデビット達が眉を釣り上げるが、ハジメはガン無視、社も意に介さず生徒達と話し始める。

 

「悪い、別に文句があった訳じゃない。唯、お前さんらも避難組と一緒に逃げるもんだと思ってたからな。」

 

「・・・いや、まぁ、愛ちゃん先生には避難してくれって言われたし、正直、今すぐにでも逃げだしたいくらいにはビビってるけどよ。」

 

「愛ちゃん先生が残るって言うのに、私達だけ逃げ出す訳にもいかないでしょ。護衛騎士(アイツら)だけに任せたら、何するか分かんないし。」

 

 微妙に不安げな表情を隠せない玉井と、開き直ったのか男前な事を言う園部。対照的な反応だが、命の危険があるのは2人とも百も承知の筈だ。それでもウルの町に残る事を選んだあたり、彼等彼女等もまた人知れず覚悟を決めたのだろう。一方、そんな生徒達の成長の一因となった愛子はと言うと。

 

「おい、貴様。愛子が・・・自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら貴様の持つアーティファクトやーー「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」ーーうっ・・・承知した・・・。」

 

 ハジメの態度が気に入らず、食ってかかったデビットだったが、愛子に遠回しに〝黙れ〟と言われ、シュンとした様子で口を閉じる。その姿は、まるで飼い主に怒られた忠犬だった。ニッコリと良い笑顔でデビットと周囲の護衛騎士を黙らせた愛子は、改めてハジメに本題を切り出した。

 

「南雲君。黒ローブの男の事ですが・・・。」

 

「正体を確かめたいんだろ?見つけても、殺さないでくれってか?」

 

「・・・はい。ですが、無理にとは言いません。生徒だと確定した訳では無いですしーー「取り敢えず、連れて来てやる」ーーえ?」

 

「黒ローブの人間を、だよ。先生は先生の思う通りにすれば良い。俺もそうしてるからな。」

 

「・・・ありがとうございます、南雲君。助けられてばかりの私が言うのも何ですが、どうか無理だけはしないで下さい。」

 

 ハジメが素直に協力してくれる事に少し驚きながらも、愛子はお礼と共に心配の言葉を掛ける。黒ローブの男の正体を確かめたい気持ちあるが、だからと言ってハジメに危険を冒して欲しくも無い。二律背反であるが、どちらも愛子の嘘偽り無い気持ちだった。

 

「ふむ、そろそろ、良いかな。妾もご主・・・ゴホンッ!お主に話が・・・というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「あ?お前まで何の様だ、ティオ。」

 

「おふっ、こ、こんな風に雑な目線と口調で呼ばれるのも、ハァハァ、新鮮で良いものじゃな・・・。」

 

 愛子の話が終わったのを見計らって、今度はティオが前に進み出てハジメに声をかけた。が、ハジメには話の内容に全く心当たりが無い上に、ティオがマゾヒストに目覚めかけた変態である事はバレている。それ故に、割と雑な対応になってはいるのだが、ティオは寧ろそれが良いと言わんばかりに頬を染めて若干息を荒げていた。

 

「んっ、んんっ!えっとじゃな、お主はこの戦いが終わったら、ウィル坊を送り届けてまた旅に出るのじゃろ?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「うむ、頼みというのはそれでな・・・妾達も同行させてほしーー「断る」ーー・・ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主・・・コホンッ!勿論、タダでとは言わん!これよりお主を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうーーー。」

 

「帰れ。寧ろ土に還れ。」

 

 両手を広げ恍惚の表情で奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見る様な眼差しを向けるとばっさりと切り捨てた。が、ティオはそれにまたゾクゾクしたように体を震わると、頬を薔薇色に染めあげている。黒地に金の刺繍が入った着物を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒す黒髪金眼の美女(ティオ)は、しかし文句の付けようが無い領域(レベル)の変態だった。周囲の者達もドン引きしており、特に竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちた能面の様な顔になっている。

 

「そんな、酷いのじゃ・・・妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに・・・責任とって欲しいのじゃ!」

 

 極一部を除いたほぼ全員の視線が「えっ!?」と言う様にハジメを見る。流石にとんでもない濡れ衣を着せられそうなのを放置する訳にもいかず、ハジメは青筋を浮かべながらティオを睨みつける。が、そんな己を射殺さんばかりの視線も気持ち良さに繋がるのか、ティオはビクンビクンと体を震わせつつ説明を続ける。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で・・・ハァハァ・・・ごくりっ・・・その、ほら、妾強いじゃろ?里でも1、2を争う程でな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられる事も、痛みらしい痛みを感じる事も、今の今まで無かったのじゃ。」

 

「と、本人は言ってますけど。実際のところ、クラルスさんとフマリスさんの本来の強さってどの程度なんです?」

 

「そうですね・・・寄生花に操られていたお嬢様を10とするならば、本来のお嬢様は7から8程度だと思って頂ければ。(わたくし)も同程度で御座います。」

 

 竜人族の事情を省略してポツポツと語るティオを横目に、社はフィルルに竜人族の強さについて聞いていた。やはりと言うべきか、ティオもフィルルも竜人族の中では限り無く上澄みに近い腕前の持ち主らしい。だからこそ、2人だけの行動が許されたのだろう。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳!嫌らしいところばかり責める衝撃!体中が痛みで満たされて・・・ハァハァ。」

 

「あぁ、おいたわしや、お嬢様。大旦那様が見られたら、余りの悲しみに咽び泣く事でしょう。ヨヨヨ。」

 

(嘘くせー、フマリスさん、滅茶苦茶に嘘くせー。この感じだと、クラルスさんが変態化した事も本当に気にしてないみたいだし。クラルスさんを心から敬愛してるのか、それとも()()()()()()()()()()()()()のか・・・。)

 

 1人で盛り上がるティオを見て、悲しそうに両手で顔を覆うフィルル。一見すると、敬愛する主人の変貌に酷く心を痛めている従者(メイド)にしか見えないが、社の〝悪意感知〟はフィルルには一切反応していない。社の経験上、こう言った場合は2パターンしか考えられない。即ち悪意を微塵も抱かない程に好意的か、はたまた()()()()()()()()()()()()()()か、である。

 

(まぁ、俺達に被害無いならいいか。首突っ込む必要も無さそうだしなぁ。)

 

 社がフィルルに感じた違和感を一瞬で投げ捨てた*2一方、彼女達を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかの様な視線をハジメに向けている。然もありなん、客観的に聞けば完全に婦女暴行である。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオに悲痛さが欠片も無いからだろう。寧ろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「・・・・・・つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様無しではダメなのじゃ!」

 

「・・・きめぇ。」

 

 ユエが「嫌なものを見た」と表情を歪ませ、ハジメもドン引きしながら本音を漏らす。ハウリア姉妹も言葉を失って徐々に距離を取り始めており、他の面々も分かりやすく顔を引き攣らせていた。だが、そんな彼等の内心は、直後のティオの発言により全て吹き飛ぶ事になる。

 

「それにのう・・・・・・妾の初めても奪われてしもうたし。」

 

 両手をムッチリした自分のお尻に当てて、恥じらうようにモジモジし始めたティオの口から特大の爆弾が落とされた。その言葉に全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられる。ハジメは頬を引き攣らせながら「そんな事していない」と必死に首を振るが。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ。じゃが、里にはそんな相手おらんしの。敗北して組み伏せられて・・・初めてじゃったのに、いきなりお尻でなんて。しかもあんなに激しく・・・もうお嫁に行けないのじゃ。じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ。」

 

 お尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。騎士達が「こいつやっぱり唯の犯罪者だ!」と言う目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」との発言に戦慄の表情を浮かべる。愛子はまるで世界の終わりを目撃したと言わんばかりに絶望の表情をし、生徒達は信じられない様な、責める様な目でハジメを睨んでいた*3。ユエとハウリア姉妹ですら「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。唯一、頼りになりそうだった社も「嘘は言ってないなぁ」と肩を震わせ必死に笑いを堪えており、迫り来る大群を前にハジメは四面楚歌の状況に追い込まれていた。

 

「お、お前、色々やる事あるだろ?その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか。それから、社は絶対にブン殴ってやるから覚悟しとけよ。」

 

 ユエ達にまで視線を逸らされてしまい、苦し紛れに〝竜人族の調査〟とやらを引き合いに出すハジメ。

 

「うむ、問題無い。ご主人様の傍にいる方が絶対効率良いからの。正に、一石二鳥じゃ。ほら、旅中では色々あるじゃろ?イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ?ちょっと強めでも良いんじゃよ?ご主人様にとって良い事づくしじゃろ?」

 

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ。後、テメェは何時まで笑ってんだ社ォ!」

 

「ウワーハハハハハ!!誤解解くのは後でなぁアハハハハハハ!!」

 

 縋るティオをバッサリ切り捨てつつ、社にツッコミを入れるハジメ。後でじゃなくて今手伝えよ、とハジメは本気で頭を抱えたくなっていた。護衛隊の騎士達はティオの扱いに憤り、女子生徒達は蛆虫を見る目をハジメに向け、男子生徒は複雑ながら異世界の女性と縁のあるハジメに嫉妬し、愛子は涙目になりながらも不純異性交遊について滔々(とうとう)と説教を始める始末だ。そんなカオスな状況が町の危機にも関わらず繰り広げられ、ハジメが「まず社をシバこう」と考えた時、遂にそれは来た。

 

「!・・・来たか。オイ、良い加減、笑うのヤメロ。」

 

「ヒィーッ、わ、悪い悪い。フゥーッ・・・来てくれ、〝(さと)(ふくろう)〟。」

 

 ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向け、眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼鏡〟には〝無人偵察機(オルニス)〟からの映像がはっきりと見えていた。それに釣られる様に呼吸を整えた社も式神を呼び出すと、〝遠見〟を併用する事で魔物達の全容を見定めようとする。

 

 果たして強化された視界に入ったのは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタール*4の様な人型の魔物の他に、体長3、4mはありそうな黒い狼型の魔物、足が6本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、4本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は山で確認した時よりも更に増えているようだ。8万か9万、下手すれば10万に届こうかと言う大群である。

 

 何より特徴的なのが、その魔物の殆どが身体に植物の蔦や花を咲かせていた事だろう。フューレン行きの道中や北の山脈地帯で襲って来たのと同じ、寄生花に汚染された魔物だ。大群の上空にはプテラノドンモドキとでも言うべき飛行型の魔物も複数おり、その中でも一際大きな個体の上には薄らと人影らしき者が見える。恐らくは、黒ローブの男と見て間違い無い。

 

「・・・ハジメ。」

 

「ハジメさん。」

 

 雰囲気の変化から来るべき時が来たと悟るユエとシアが、ハジメに呼びかける。ハジメは視線を2人に戻すと頷き、そして社とアルにも目配せすると、後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで30分ってところだ。数は10万弱。複数の魔物の混成だ。」

 

 魔物の数を聞き、更に増加している事に顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題も無い。予定通り、万一に備えて戦える奴は〝壁際〟で待機させてくれ。まぁ、出番は無いと思うけどな。」

 

「心配するのは分かりますが、先生はドーンと胸を張って構えていて下さいな。あんまり不安そうにしてると、他の人達まで不安が伝染(うつ)っちゃいますよ。」

 

 何の気負いも無く「任せてくれ」と言うハジメと社に、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「分かりました。君達を此処に立たせた先生が言う事では無いかもしれませんが・・・それでも、どうか無事に帰って来て下さい。」

 

「俺達じゃ南雲達の足手纏いにしかならねぇから、キツいとこを任せる事になっちまうけど・・・頼むから無理だけはすんなよ!」

 

「クラスメイトが死ぬなんて、もう懲り懲りだもの。ヤバそうになる前に逃げて来てね!」

 

 愛子はそう言うと、護衛騎士達の「ハジメ達に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」と言う意見に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達もまた、思い思いの言葉をハジメと社に託すと、愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、ハジメ達一行と竜人族主従だけだ。

 

「お前達まで残って良かったのか?竜人族は今回の件とほぼ無関係だろ。」

 

「余り見くびらないで欲しいのぉ、ご主人様。昨夜も言ったが、異なる種族であれど、無辜の民が理不尽に傷付くのを黙って見過ごせる程、我等は乾いてはおらぬのじゃ。出来得る限り、助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし、竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

(わたくし)もお嬢様の従者として恥ずかしく無い様に、微力を尽くさせて頂きます。」

 

 竜人族は教会から半端者と呼ばれている様に、亜人族に分類されながら魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣とまでにはいかないが、適性のある属性に関しては無詠唱で行使できるらしい。

 

「そうか。なら、好きにしな。お前とメイド、火力が高いのはどっちだ?」

 

「む?それなら妾の方じゃが。」

 

「そうか。じゃあ、お前がコレを使え。」

 

 自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは魔晶石の指輪を放り投げる。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様、戦いの前にプロポーズとは・・・。妾、勿論、返事はーーー。」

 

「違ぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。後で絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」

 

「・・・成る程、これが黒歴史。」

 

 思考パターンが変態と同じである事に嫌そうな顔で肩を落とすユエ。ハジメの否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオを極力無視していると、遂に肉眼でも魔物の大群を捉えることが出来るようになった。〝壁際〟に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

「愛子先生に演説でもかましてもらうべきかねぇ。」

 

「いや、それより俺に良い考えがある。」

 

 万が一にも民衆が暴走するのを防ぐべく、愛子の演説を提案する社。だが、ハジメには妙案があるらしく、前に出ると錬成で地面を盛り上げながら即席の演説台を作成した。

 

「何するつもりなんスかね、南雲サン。」

 

「さぁてね。悪い事にはならないと思うけど。」

 

 社達が見守る中、ハジメは壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて住民達を睥睨する。突然自分達を見下ろし始めた白髪眼帯の少年に、住民達も困惑していたが、十数秒もすると全ての視線が演説台の上に集まった。それを確認したハジメはスゥと息を吸い込むと、天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」

 

 いきなり何を言い出すのだ、と隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「何故なら、私達には女神が付いているからだ!そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

 その言葉に皆が口々に「愛子様?」「豊穣の女神様?」と騒つき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子が、ギョッとした様にハジメを見る。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!私達は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいと言う思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせーーー引き金を引いた。

 

 紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数km離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。

 

 ハジメはそのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を次々と駆逐していく。その熱量と怒涛の勢いに、住民達は何一つ言葉を発する事が出来ない。やがて赤い閃光と轟音が鳴り止み、我を取り戻した住民達が空を見やると、そこにはあれだけ居た筈の空の魔物が全て消え去っていた。

 

「「愛子様、万歳!」」

 

 ハジメと、その意図を察した社が、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、呆然としていた民衆達が騒めきを取り戻し、次の瞬間ーーー。

 

「「「「「「愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!」」」」」」

 

 ウルの町に、今までの様な二つ名としてでは無い、本当の女神が誕生した。どうやら不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に希望に目を輝かせ、愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くでは愛子が民衆達に向けて手を振って、中々胴に入った女神っぷりを見せている。よく見ると首から上が真っ赤であるし、緊張からかプルプル震えてもいるが、その辺りはご愛嬌だろう。

 

「アドリブだったし、先生には文句の1つでも言われると思ったんだが。社、何かしたのか?」

 

「あぁ。ハジメが何をしたいのか、何となく分かったからな。演説の途中に〝念話〟でお願いしといたんだよ。〝貴女にしか頼めないんです。この世界の罪無き人達、引いては俺達生徒の為に、どうか一肌脱いで頂けませんか、愛子先生。〟って言ったら一発だった。」

 

「チョロくないか、先生・・・?」

 

 将来、悪い男に騙されないかと若干心配になりつつも、ハジメは再び魔物の大群に向き直った。ハジメがここまで愛子を前面に押し出したのは、住民達が同士討ちを起こさない様に落ち着かせるのも理由の1つであるが、それ以上に愛子の〝豊穣の女神〟としての発言権を強める為だった。

 

 近い将来、教会や国はほぼ確実にハジメ達の敵になる。その時、クラスメイト達〝神の使徒〟が王国からどんな扱いを受けるか分からないが、愛子はきっと生徒達を守ろうとするだろう。その時に、人々が支持する女神としての名声があれば、それは大きな武器となる筈だ。単に国にとって有用な人材と言うだけでなく、教会であっても下手に手出しがしにくくなるだろう。

 

 後は、〝豊穣の女神〟がこれだけ大きな力を持っている、と言う牽制の意味合いもある。悪意を持ち愛子を利用しようとする存在は、この力をみて尻込みするだろうし、そうでない人間も自分達の支持する女神様の(もたら)した力だと思えば、不必要に恐怖や敵意を持たなくなるだろう。要は、色んな意味で愛子に旗印になってもらおう、と言う訳である。

 

「それで、黒ローブの男は何処に落ちた?(わざ)と外して余波でぶっ飛ばしたから、生きているとは思うが。」

 

「見た感じ、群れのど真ん中だろう。今はもう、魔物達に紛れて見えないけどな。」

 

「先生には悪いが、そこまで気を遣う余裕は無い。捕縛はあくまでも無理の無い範囲で、だ。」

 

 背後から町の人々による魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、「何だよ、あいつら結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、黒ローブの男について言及するハジメと社。出来る限り愛子の願いに沿うつもりではあるが、それを理由に仲間達に無理させるつもりも無い。優先順位を変えるつもりは、ハジメにも社にも無かった。

 

「今更なんだが、作戦はどうするんだ?」

 

「兎に角、数を減らすのが最優先だ。戦力の逐次投入は論外、出し惜しみせずに初手で全火力をぶつける。ある程度数を減らした後は、状況に応じて指示を出そう。お前らもそれで良いな!」

 

「・・・ん。」/「了解です!」/「承ったのじゃ。」/「あいよー。」/「了解ッス。」/「承知致しました。」

 

 全員の返事を確認したハジメは〝宝物庫〟から取り出した2門のメツェライ*5を、両肩に担いで前に進み出る。その右隣にはいつも通りユエが、左隣にはハジメが貸し与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立つ。

 

「まさか、アタシと義姉(ネエ)さんが人間族の町を守る為に戦うなんて、人生何が起こるか分かんないもんスねぇ。」

 

「そう言われると、割と激動の人生送ってるね、アルさんは。」

 

「社サン程じゃ無いと思うんスケド???」

 

「意外と皆様、余裕がお有りになるご様子で。頼もしくて何よりですわ。」

 

 ハジメ達の少し後ろで、社達『呪術師』組も静かに準備をしていた。ウルの町へと一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている中で、しかし誰1人として恐怖に揺らぐ様子は無い。全員の準備が終わったのを確認したはハジメは、視線を魔物の大群に戻すと笑みを浮かべて、何の気負いもなく呟いた。

 

「じゃあ、やるか。」

*1
切り出した木材を、川に流して移動させて建てられたとされる為。

*2
ハジメ達には一貫して悪意を向けてないので、本気でどうでも良いと思ってる。

*3
「ティオが操られていた黒竜だった」程度に省略した話しかしてないので、ハジメがお尻にパイルバンカー打ち込んだ件は全く知らない

*4
RPGで言うところのオークやオーガの事。大した知能は持っていないが、群れで行動し〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っている為、一般的には中々の強敵として知られている。

*5
口径30mm、回転式6砲身で毎分12000発もの弾丸を吐き出す電磁加速式機関砲(ガトリング)

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