ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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71.3度目

「僭越ながら、一番槍は(わたくし)が務めさせて頂きます。」

 

 優雅な膝折礼(カーテシー)を披露して、宣言と共に一歩だけハジメ達の前に出るフィルル。流れる様な所作は実に瀟洒(しょうしゃ)で、ティオに伍する美貌と着こなしたメイド服が合わさると、一瞬、此処が戦場である事を忘れてしまいそうになる。

 

「『術式』起動ーーー〝氾禍浪(はんかろう)〟。」

 

 フィルルから立ち昇る魔力と『呪力』が、反発する事無く溶け合う様に混ざり合った直後。迫り来る魔物達を軽々と飲み込む巨大な津波が発生した。〝氾禍浪(はんかろう)〟ーーー水属性の上級に分類されるこの魔法は、本来であれば10〜20m程の高さの津波を生み出す魔法である。だが、今目の前に広がるのは高さ50m超、幅は何と1kmに届かんばかりの弩級の大津波だ。豊富な水源による強化(ブースト)有りとは言え、この規模は規格外でしかない。

 

 突如目の前に現れた大災害に、魔物達は成す術が無い。叩き付けられる水量の暴力が、平等に分け隔て無く全てを飲み込み尽くす。土煙を立てて濁流の如くウルの町へと進軍していた魔物達が、自らの命運ごと洗い流されていく。初手としては上々過ぎる成果だが、これで終わりではない。此処からがフィルル・フマリスと言う『呪術師』の本領である。

 

 グギャアァァアアア!?

 ギィイィッ!!

 ルゥオオオ!?!?!?

 

 最前線に居なかったから。他の魔物を盾に出来たから。防御力に秀でていたから。魔法や水に耐性があったから。或いは偶々、運良く直撃しなかったから。様々な要因で津波をやり過ごせた魔物達が、死んだ同胞の亡骸を踏み越えて再び進軍しようとした瞬間、苦痛に満ちた絶叫を上げ始めた。よく見ると、そこかしこで魔物の身体がジュウジュウと音を立てて溶け崩れている。余りの痛みなのか、溶けた箇所を手や口で千切ろうとする魔物も居る程だ。

 

「ウッッッソだろマジかよ凄いなフマリスさんちょっと今のどうやったんですもう1回やってみせてくれません!?!?!?」

 

「あ、あらあら?今までに無いくらいの食い付きっぷりで御座いますね。従者(メイド)、ちょっと予想外ですわ。」

 

 社の豹変とも呼べる反応の良さに、目をパチクリさせて困惑するフィルル。魔物達が苦しんでいるのは、十中八九フィルルが持つ『毒』の『術式』の効果だろう。だが、社の目にはフィルルが魔法と『術式』を同時に発動したのでは無く、魔法と『術式』を融合した様に映ったのだ。技能と『術式』の併用なら可能だが、両者を混ぜて使うのは社にもアルにも不可能だ。勿論、フィルルの『術式』が特別な可能性もあるが・・・。

 

「気になんのは分かるが、今はそれどころじゃ無いだろうが。」

 

「・・・・・・・・・・そうだな。」

 

 ハジメに嗜められて我を取り戻した社だが、その表情は見るからに未練たっぷりだ。然もありなん、社にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるのだ。黙って見過ごせと言う方が難しかった。

 

「珍しいッスね、社サンが取り乱すの。」

 

「いやいやアルさん、忘れがちかもだけど俺も人間だからね?それと、失礼しましたフマリスさん。少し興奮しちゃいました。」

 

「いいえ、お気になさらず。それよりも、皆様お気をつけ下さい。寄生花に完全に支配された場合、2()()()()()()()()()()()()可能性が出てきました。」

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

 フィルルの言葉に、その場に居た全員が驚愕を露わにする。そのまま誰かに先を促されるより早く、フィルルは己の所感を話し始める。

 

(わたくし)の『毒』は、効果の底上げに『寄生花以外には効かない』『縛り』を課しています。ですので、本来ならば寄生された宿主には無害なのです。ですが現実として、(わたくし)の『毒』は魔物達にも効いている様子。つまりーーー。」

 

「〝寄生された魔物達も寄生花と見做されている〟。クラルスさんが操られていた時みたいに意識が残らず、完全に乗っ取られてるって訳ですか。そしてそれは、寄生花を除去しても戻らない、と。」

 

「恐らくは。」

 

 フィルルの簡潔な説明に溜息を漏らす社。寄生花の仕様がこの短期間で変わったのか、それとも寄生された時間や宿主の強さによって変わるのか。条件までは分からないが、少なくともティオを助けられたのは運が良かったのだろう。本人も理解しているらしく、ティオの顔色は心なしか青白くなっていた。

 

「安心しろ、もう対策は準備済みだ。後でちゃんと渡してやるから、今はなるだけ数を減らす事を考えろ。」

 

 動揺したティオを見兼ねたーーーかは定かでは無いが、何時もと変わらぬ調子で答えたのはハジメだ。2門のメツェライを構え魔物達を見据える姿は、欠片の恐怖も抱いていない。自信と自負に溢れる背中は、何よりも雄弁に皆の心を鼓舞していた。

 

「・・・くふふ、良い男子(おのこ)じゃのう、ご主人様は。」

 

「でしょう?自慢の親友なんですよ、アイツ。」

 

「・・・私は、そんなところにも惚れてる。」

 

「さり気無く優しいのも、ハジメさんの良いところですよねぇ。」

 

「オラ、何時までお喋りしてんだよ!さっさと動けや!」

 

「・・・照れてる。」/「照れてますね!」/「照れてるのぅ。」/「やーい、照れてやんのー。」/「照れてるッスねぇ。」/「照れておりますね。」

 

「何で!こんな時だけ!!綺麗に一致団結するんだよお前らは!!!」

 

 打ち合わせたかの様な揃ったリアクションをされ、声を張り上げるハジメ。緊張感が無いにも程があるが、長期戦になるのは確実なので固くなり過ぎるのも問題だ。そう考れば、此処で緊張を解せたのは決して悪い事では無い。そう思わなきゃやってられない、と言うのもハジメの紛れも無い本音であったが。

 

「魔法使える奴らは全員準備!ふざけた真似した奴から、先に蜂の巣にするからな!」

 

 ハジメの飛ばした檄に応える様に、各々が戦う準備を整えた。先程までの緩い空気は吹き飛び、残るは高まった戦意のみ。今此処に、7対9万と言う有り得ない数差の防衛戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

「なんて気合入れたのは良いんだけど、俺達の出番はまだ先なんだよなぁ。」

 

「アタシらの得意な戦闘距離(レンジ)、大体近距離ッスからねぇ。」

 

 城壁に腰掛けながら、のんびりと世間話をする社とアル。凄まじい場違い感が隠せていないが、今の段階で2人に出来る事はほぼ無い。アルの言葉通り、遠距離攻撃と範囲攻撃の手段に乏しいから、と言うのが1つ。そしてもう1つがーーー。

 

 ドゥルルルルルルルルル!!!

 ドゥルルルルルルルルル!!!

 

「ヤベーッス、南雲サン、マージでヤベーッス。語彙力が死に絶える程にヤベーんですケド。え?あの人がアタシの義姉(アネ)の旦那さん候補(仮)ってマ???」

 

「HAHAHA、見ろぉ、魔物共がゴミの様だぁ!・・・本当に、ゴミの様に死んでいくんだよなぁ。」

 

 W(ダブル)メツェライの発砲音と魔物達の悲鳴の二重奏(デュオ)を聞きながら、魔物達が跡形も無く消し飛んでいく様を見て、何処か遠い目をして呆れた様に呟く社とアル。この2人が戦場に打って出ない最大の理由は、他の面子の攻撃に巻き込まれるのを防ぐ為であった。

 

「いや、他の人らも大概ヤベーんですケド、南雲サンだけ頭1つ抜けてません?あのメツェライもそうッスケド、義姉(ネエ)サンに渡したオルカンとか言うのもヤバヤバじゃないッスか。南雲サンは国と戦争でもする気なんスか?」

 

「重火器に関してはハジメの好みだろうなぁ。思わず浪漫が溢れたと言うか、趣味と実益を兼ねているのは確かだろうけど。」

 

 社とアルが話している間にも、魔物達は次々と命を散らせて逝く。ハジメが持つ2門のメツェライは、毎分12000発もの弾丸を吐き出すと魔物達を肉片を通り越して血煙へと変えていき、その隣ではオルカンを担いだシアがありったけのロケットランチャーと焼夷弾*1を撃ち込んでいる。圧倒的なまでの火力は魔物達にとっては絶望そのものであり、瞬く間に屍山血河が築き上げられていく。

 

 シアの左隣では、ティオが突き出された両手の先から黒い極光を放っている。竜化状態でも放たれていた息吹(ブレス)と同一のソレは、射線上の一切を瞬く間に消滅させる。ティオはそのまま腕を水平に動かすと、漆黒の砲撃で凡ゆる障害を薙ぎ払っていく。フィルルも同じ様に息吹(ブレス)を放っており、ティオ程の威力は無いものの片端から魔物が溶かされている為、十二分な戦果を上げていた。

 

「ワーオ、竜人族の人らも負けず劣らず火力ハンパ無いッスねぇ。・・・ところで、ユエサンは何するつもりなんスかね?イヤ、魔力をあんだけ練り上げてるンスから、並大抵の魔法じゃないんでしょうケド。何か聞いてないンスか?」

 

「いいや?多分、重力魔法を使うとは思うんだけど。ユエさん、意外とお茶目と言うか、サプライズ好きだからねぇ。きっとハジメにも内緒なんじゃないかな。」

 

「サプライズには物騒過ぎないッスか?」

 

 皆が攻撃を開始する中で、ハジメの右に陣取るユエは未だ瞑目したまま静かに佇んでいた。高まる魔力からして尋常では無い魔法を使おうとしているのは分かるが、社やアルには心当たりが無い。そうしている間に、右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、逃げ場を求める様に集まると右翼から攻め込もうと流れ出す。我先にと密集して突進して来る魔物達とウルの町との距離が、遂に500mを切った瞬間。ユエはスっと目を開くと徐に右手を掲げ、魔法名(トリガー)を呟いた。

 

「〝壊劫(えこう)〟」

 

 それは、世界の法則(ルール)に干渉する力。ミレディ・ライセンより授けられた〝星に宿る力〟を手繰る魔法。7つある神代魔法が1つ〝重力魔法〟が、歴代最強と名高い吸血姫によって、その一端を顕にする。

 

 ユエの詠唱と同時に魔物の頭上に渦巻く闇色の球体が出現する。が、球体(ソレ)は直ぐに薄く薄く引き伸ばされると、そのまま魔物達の頭上で500m程の立方体を形造る。太陽の光を遮る様に広がった闇色の天井は、一瞬の間の後で眼下の魔物達目掛けて一気に落下しーーー大地ごと魔物を陥没させた。

 

 右翼に殺到していた魔物達は何が起きたのか理解する暇も無く、均等に押し潰されると地の底で大地の染みとなった。術の境界線上にいた魔物達も、体を寸断されて臓物を撒き散らし死に絶えてゆく。たった一撃で、二千もの数の命が文字通り磨り潰された。更に後続の魔物達が次々と巨大な穴の中へと転落していき、上から降ってくる同族に潰されて圧死していく。端的に言って地獄絵図である。

 

「ユエさんってば〝雷龍(バオウ)〟だけじゃ飽き足らず、バベ◯ガ・グラ◯トンまで!?スゲー!!!」

 

「な、何でそんなお目目キラキラではしゃいでるンスか?南雲サンと言い、不思議なトコにスイッチあるッスね、社サン・・・?」

 

 思いも寄らぬ大技に社が少年の心を刺激される間も、魔物達への攻勢は止まらない。ドミノ倒しの如く数千体の魔物が大穴に落ちたのを確認したユエは、魔晶石から取り出した魔力を使って再び重力に干渉。魔物の死体の上に更に魔物の死体を積み上げていく。

 

 息吹(ブレス)を打ち尽くしたティオも、指に嵌めた魔晶石の指輪にキスを落とすと魔力を補充して再び迎撃に移る。担当範囲の魔物を粗方片付けたからか、今度は息吹(ブレス)では無く数十mの火炎の竜巻を呼び出しており、哀れにも巻き上げられた魔物達は、地面に叩き付けられる前に灰燼と化している。高熱で赤く揺らぐ竜巻は、ある種幻想的な姿のままで存分に戦場を蹂躙していた。

 

 大地に吹く風が戦場から生臭い血の匂いを町へと運んでいく。それは本来なら忌避されるべき死の匂いではあるが、それを塗り潰す程に町の人々は湧き上がっていた。現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟もそうだが、何よりも自分達の町が守り切れるかも知れない、と希望が見えてきたからだ。

 

「それで、話は変わるンスケド。さっきメイドサンの力に食い付いてたのって、お嫁サン関連ッスか?」

 

「・・・・・・俺ってそんなに分かりやすかった?」

 

「それもあるッスケド。社サンがあれだけ取り乱すとなると、あの場ではお嫁サンの事くらいしか無いかなぁ、と。」

 

 背後からの歓声をBGMに屠殺場と化した戦場を眺めながら、社は気まずそうに目を逸らす。アルの言葉が完璧に図星を突いていたからだ。目を泳がせながらどうにか誤魔化そうと考える社だったが、アルの無言の圧力(ジト目)に根負けすると、渋々と言った様子で白状する。

 

「バレてるんなら、俺もぶっちゃけちゃうけどさ。今のままだと■■ちゃんの『呪い』、解くのに滅茶苦茶時間かかりそうなんだよね。」

 

「そうなんスか?どの程度かかる見積もりで?」

 

「正確には分からない。でも、10年近く刀に『呪い』を移し続けているのに、一向に底が見えないからね。どう少なく見積もっても、最低でもう10年はかかるんじゃ無いかな。」

 

「・・・・・・・・・マジッスか。」

 

 サラッと返された内容が、想定以上に重かった事に思わず絶句するアル。■■が取り憑いてから今現在に至るまで、社は毎日欠かさず刀に『呪い』を移してきた*2。にも関わらず、未だに■■の『呪い』は全容すら掴めないのだ。無論、諦めるつもりなど毛頭無いが、埒が明かないのも事実。だからこそ社は『呪術』以外の可能性にも目を向けようとしていた。

 

「恐らくだけど、フマリスさんは魔法と『呪術』を掛け合わせて発動している。多分、そう言う系統の技能持ちなんだとは思うんだけど・・・。」

 

「社サンに真似出来るかは兎も角、解呪のヒントとか取っ掛かりだけでも良いから欲しかった訳ッスか。」

 

「ピンポーン。ハジメには速攻でバレて窘められちゃったけどね。」

 

 この世界に住む多くの生命が持つ〝魔力〟、そして固有の異能とも呼べる〝魔法〟を見た時から、社はずっとその2つをどうにか解呪へ転用出来ないかと考えていた。〝魔力〟と『呪力』ーーー性質に法則(ルール)、操作や運用方法も異なる2つの異能の掛け合わせ。一見すると無理難題も良いとこだが、社は異世界(トータス)に来た早い段階で糸口を見つけていた。

 

「アルさんは俺の式神の〝反魂蝶〟って覚えてる?」

 

「白い蝶のやつッスよね?確か『呪力』とかを吸収したり、受け渡したり出来る。」

 

「その通り。で、この〝反魂蝶〟、魔力を対象に出来る様になったのはこの世界に来てからなんだ。最初は〝反魂蝶〟が特別なだけと考えもしたんだけど、アルさんの『腹飲呪法』を見て確信した。『術式』の種類に依らず魔力に直接干渉が出来るなら、その逆ーーー魔法による『術式』や『呪力』へと直接干渉する方法もあり得ると。」

 

 社の〝反魂蝶〟やアルの『腹飲呪法』の様にピンポイントで魔力も対象に出来る『術式』がある以上、魔法や技能に『呪術』のみを対象としたものがあっても何ら不思議では無いだろう。魔法の応用力や汎用性も考えれば、『呪術』全般に対する特効(メタ)持ちの魔法だってあるかも知れない。もし、それを知る事が出来たのならば、或いは■■の解放も夢では無くなるのだ。

 

「・・・だからフマリスさんにやり方とか詳しく聞きたかったんだけどなぁ〜〜〜でもなぁ、今はそんな場合じゃ無いからなぁ〜〜〜・・・。クッソ、魔人族め、余計な事しやがって。下手人は絶対にブチのめしてやる。」

 

「なんかもう清々しい程に100%私怨ッスね。」

 

 頭を抱えて身を捩りながらブツブツと恨み言を溢す社。魔人族側からすれば言い掛かり甚だしいが、人間族の町に攻め込んで来ているのは事実なので自業自得だろう。

 

「何をそんなクネクネしてるんだ、お前は。」

 

「ん?ハジメーーーうおっ、メツェライが煙吹いとる。ブッ壊れたか?」

 

「冷却が間に合って無いだけだ。流石に撃ち過ぎた、暫くは使えない。」

 

 プスプスと白煙を上げる2門のメツェライを〝宝物庫〟に戻しながら、二丁の拳銃(ドンナー&シュラーク)を手に取るハジメ。仮にメツェライにガタが来ても修復は可能だが、モノがモノだけに精密作業になる。今この場でそんな事してる暇がある訳も無く、攻撃方法を切り替えるのは妥当と言える。

 

「むぅ、妾はここまでの様じゃ・・・もう、火球1つ出せん・・・すまぬ。」

 

「申し訳ございません。残念ながら、(わたくし)もここまでの様です。」

 

 と、ここに来て遂にティオとフィルルの2人が魔力枯渇でダウンする。10万近い魔物達を相手取った代償としては当然であり、寧ろこの程度で済んでいるのは破格と言って良いだろう。特にティオの顔色は青を通り越して白くなっており、魔晶石の魔力と共に自身の魔力も枯れ果てるまでに絞り尽くしたのが見て取れる。名も知らず種族すら異なる他人を守る為に死力を尽くした姿は、「竜人族は誇り高い」と確かな敬意を抱かせる程の高潔さに満ちていた。

 

「・・・十分だ。変態にしてはやるじゃねぇの。後は任せてそのまま寝てろ。」

 

「ご主人様が優しい・・・罵ってくれるかと思ったのじゃが。いや、でもアメの後にはムチが・・・期待しても?」

 

「そのまま死ね。」

 

 血の気の引いた死人のような顔色で、ハジメの言葉にゾクゾクと身を震わせるティオ。苦労が報われたと言わんばかりの満ち足りた表情は、ティオの献身と高潔さの全てを無に帰していた。色々と台無しである。ハジメは「嫌なものを見た」と舌打ちしながら魔物の群れに視線を戻す。

 

「ティオ達も燃費切れだし、そろそろ攻め方を変えたいーーーと言いたいところだが。流石にまだ数は残ってるか。」

 

「大分減らせはしたんだがなぁ。つーか、この感じだと、ほぼ全ての魔物が操られてるな?」

 

 ハジメ達の尽力の甲斐あって、魔物達の数は既に半分以下にまで数を減らしていた。その数、実に3万弱と言ったところか。最初の大群を思えば壊滅状態と言って良い程の被害だが、魔物達は犠牲を省みる事無く猪突猛進を繰り返していた。恐らく、ほぼ全ての魔物を寄生花によって支配しているのだろう。

 

「これが群れの親玉だけを寄生花で支配しているとかなら、ソイツだけ始末すれば良かったんだろうが。そう甘くは無いか。」

 

「チッ、面倒だな。ユエ、魔力残量は?」

 

「・・・ん、残り魔晶石2個分くらい・・・重力魔法の消費が予想以上。要練習。」

 

「充分過ぎないッスか?戦略兵器でも目指してるので???」

 

 微妙に不満気な表情で答えたユエに対して、心底不思議そうにツッコむアル。ユエ単独で2万以上の魔物を処理している為、貢献度で言えばぶっち切りのトップであるのだが、ユエ的には満足いかないらしい。頼もしすぎる恋人に苦笑しつつもハジメは〝宝物庫〟を発動。中からある物を取り出すと、この場にいる全員に配った。

 

「腕輪とマスク、ですか?」

 

「・・・もしかして、これが寄生花対策?」

 

「正解だ、ユエ。マスクの方には〝毒耐性〟が、腕輪の方には〝纏雷〟が付与してある。」

 

 シアとユエの疑問に答えながら、新たなアーティファクトの説明をするハジメ。元々、オルクス大迷宮でユエがアルラウネモドキに操られた経験から、ハジメは毒に対する対抗策を幾つか準備していた。マスクと腕輪も、その対策として発案されたアーティファクトである。

 

「俺達は以前、寄生花と似た様な魔物(アルラウネモドキ)と戦ったが、そいつは毒の胞子を吸わせた対象を操る能力を持っていた。寄生花も同じ様な能力を持っているかは分からないが、念には念を入れて着けておけ。」

 

「成る程〜。それで、こっちの腕輪はどう使うんです?〝纏雷〟って、ハジメさんが良くレールガンに使ってるやつですよね?」

 

「こっちは寄生花が種を植え付けるタイプだった時の保険だ。避けるのが1番だが、もし万が一食らったら〝纏雷〟で焼け。多少痺れるだろうが、ティオみたいに支配されるよりはマシだろう。」

 

 ティオが寄生花に支配されたのは、黒ローブの男達に直接寄生花の種を埋め込まれたからだ。あの時はティオが黒竜の姿で眠っており無抵抗だったのが、寄生を許した最大の要因だろう。戦闘中にそんな隙を晒すハジメ達では無いが、対策は1つでも多いに越した事は無い。寄生され支配されれば、その時点で終わる可能性もあるのだから。

 

「さて、これから俺達は魔物共を直接叩きに行く。竜人族主従(コンビ)は休んでろ。ユエは此処で援護を頼む。俺、社、ハウリア姉妹で前線にーー「ちょい待ち、ハジメ。」ーーあん?」

 

 男子2名を除く全員*3がアーティファクトを着けた事を確認したハジメが、改めて作戦を伝えようとしたところで社の待ったが入る。

 

「俺達で突貫する前に、ちょっとやりたい事がある。と言っても、■■ちゃんを呼び出して魔物共を迎撃してもらうってだけなんだが。」

 

「「「「!」」」」

 

「「?」」

 

「・・・・・・反対だ、危険過ぎる。第一、お前とそれ以外の区別すらつかないんじゃなかったのか。」

 

 事情を知らない竜人族主従(ティオとフィルル)以外の間で驚愕と緊張が広がる中、いち早く反応したのはハジメだった。ハジメとて、■■の召喚を考えなかった訳では無い。彼女の力なら、群れるだけの烏合の衆など容易く蹂躙出来るだろう。が、様々な意味で余りにもリスキー過ぎるのだ。ともすれば、■■は目の前の魔物の大群よりも手に余る可能性があるのだから。

 

「その点については大丈夫だ。時間制限付きだが何とかなりそうでな。幾ら減らしたって言っても、流石にこの数を真っ向から蹴散らすのは辛いだろ?だったら、俺達に任せるのも1つの手だろ。」

 

「・・・・・・無茶はしない、と約束出来るか。」

 

「■■ちゃんに誓って、必ず。」

 

「余計に信用できなくなったが・・・そこまで言うなら任せる。ヤバそうなら、力づくで止めるからな。ーーー全員、社から離れろ!」

 

 苦渋の決断と言った様子で社から離れるハジメ達。社が信頼出来る事と、■■が信頼出来る事はまた別だ。それでも止めなかったのは、社の意見が一理あった事、そしてどれだけ得体が知れなくても、■■が社を悲しませる様な事はしないだろう、と言う信用があったからだ。

 

「ーーー『闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え』。」

 

 ハジメ達が離れたのを確認した社は、自分の周囲に『(とばり)』を降ろす。半径2m程のごく小さい『帳』は、■■の気配や『呪力』を外に漏らさない事を目的として張られた結界である。その中で社は〝影鰐(かげわに)〟を呼び出すと、影の中から指輪と刀を取り出した。

 

「やぁ、■■ちゃん。今日はまた■■ちゃんにお願いがあるんだけど、大丈夫?」

 

「モチロン、イイヨォ。ヤシロノオネガイナラ、ナァンデモカナエテアゲルゥ。」

 

 指輪を嵌めた社が語りかけると同時、虚空より■■が出現する。未だ不完全な顕現であり、まるで立体的な影絵の様な姿ではあるが、悍ましい雰囲気と異質過ぎる『呪力』は完全顕現時と何ら遜色が無い。にも関わらず、社は壊れ物を扱う様な優しい手付きで■■を撫でると、心底愛おしそうな声でお願いをする。

 

「ありがとう、■■ちゃん。それで、お願いっていうのがーーー。」

 

 

 

 

 

「・・・・・・意外と、遅い?」

 

「まだ5分も経っておらぬがのぅ。直ぐには戻って来ぬか。」

 

 社が張った『帳』の外で、そう呟いたのはユエとティオである。現在、城壁の上に居るのは、社を除けばユエとティオ、フィルルの3名だけだ。ハジメとハウリア姉妹(シアとアル)は、時間稼ぎも兼ねて既に魔物達へと打って出ている。

 

「しかし、宮守様は何をなさるおつもりなのでしょう。この『帳』も、内部を見せない事に特化させている様ですが。」

 

「・・・社にも色々ある。今は、気にしなくても良い。」

 

「ふぅむ。なら、大人しく待つとーー「唯・・・。」ーーむ?」

 

「・・・中から何が出て来ようとも、攻撃しちゃダメ。例え、何であろうとも・・・絶対に。」

 

「「?」」

 

 強く念を押すユエに、顔を見合わせるティオとフィルル。要領を得ない答えだが、ユエの酷く真剣な様子を見るに余程大切な事なのだろう、と辺りを付けた2人は黙って従うと決める。と、その直後、『帳』の中から社の声が響いた。

 

「ごめん、待たせた。今はどんな状況?」

 

「・・・ハジメとシアとアルは、時間稼ぎに前線(まえ)で魔物の相手を。私と、竜人族の2人は此処に待機。」

 

「その声はユエさんか、了解。今から外にでるから。少しだけ離れてて。」

 

「・・・分かった。2人も、こっちに。」

 

 社が言うが早いが、ユエは即座に『帳』から離れる。ティオとフィルルもまた、ユエに促されると『帳』から距離を取った。依然として『帳』の内部が観測出来ぬまま、十数秒が経過する。そして。

 

 

 ーーー公式記録

 

 

「さぁ、行こう。■■ちゃん。」

 

 

 ーーーウルの町 郊外 未明

 

 

「ウン、イッショニ、イコウ。」

 

 

〝豊穣の女神〟と〝女神の剣〟による、後世に於いては〝ウルの町防衛戦〟と語られる戦いにて。観測史上初、非公式であれば、都合、3度目となるーーー

 

 

 

 

特級過呪怨霊 ■■■■(ヒイラギアイ)

 

完 全 顕 現

 

 

 

 

 

 異世界(トータス)に来てから、三度。史上最強最悪の特級過呪怨霊が再び姿を現した。

*1
焼夷手榴弾と同じく、フラム鉱石から抽出した摂氏3000度の燃え続けるタール状の液体が、豪雨の如く降り注ぐ代物。相手は死ぬ。

*2
『呪い』は無機物に宿る時が1番安定する為。

*3
当然ながら、ハジメも社も〝毒耐性〟と〝纏雷〟を取得済みの為。

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