ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「・・・ハァ〜、中々にしんどかったな。」
残心を解いた社は、緊張をほぐす様に肩を回すと大きな溜息を吐いた。地面に横たわる〝神の使徒〟は、上半身と下半身を分かたれた上で〝
(しっかし、結構な綱渡りだったな。ここまで上手くいったのは、我ながらラッキーだった。)
〝限界突破〟の反動で軋む身体を『呪力反転』で治しながら、使徒との戦いを振り返る社。魔力残量は約3割、『呪力』も半分以上残っており、細かい怪我もあれど全て軽傷と、同格以上の敵と戦った事を考えれば言う事無しの戦果。だが、今回は様々な要因が自分にとって有利に働いていたのを、社はキチンと自覚していた。
(本気を出すのが遅かったってのもあるが、1番は俺達の実力を見誤っていた事か。推定〝神〟からの悪意は感じないから、多分、使徒が敗れた事はまだ知られていないだろうが・・・次もこう上手くいくとは考えない方が良いだろうな。)
〝神の使徒〟は社の確保を第一に考えていた為、最後の最後になるまで本気を出していなかった。今回はその油断を突いた事で比較的容易く勝利を得られたが、今後も同じ手段が通じるとは思わない方が良いだろう。〝神〟はまごう事無いクソ野郎だが、同時にそれ程甘い相手でも無い。
(■■ちゃんが呼べなかったのは仕方無いとして、■■ちゃん抜きだと範囲攻撃も超火力も無いのがネックか。少なくとも、俺単独で〝分解〟をブチ抜けるだけの火力は確保出来なきゃ話にならない。)
今回、■■の顕現に際して社は『言う事をある程度聞いてもらう』代わりに、『顕現時間は1分のみ、且つその後最低でも24時間は呼び出せない』『縛り』を課していた。魔物の残滅に必要だった為『縛り』そのものを後悔している訳では無いが、問題は社自身の火力不足が浮き彫りになった点だろう。今後も〝神の使徒〟との戦いが予想される以上、〝分解〟の防御を貫く火力は必要不可欠なのだから。
(本格的に〝神〟陣営と戦う前に、課題を知れて得したと考えよう。何時までもハジメの火力に頼りっぱなしも良く無いしなぁ。・・・使徒の身体、パクっとくか。ハジメが分析か何かに使うだろ。)
自身の弱点を認識出来たと前向きに捉えながら、社は〝
《そっちはどうなった、社?》
《っと、ハジメか。こっちは大丈夫だ。今〝神の使徒〟の残骸を回収中。いや、本当に助かった。俺だけじゃ割とジリ貧だったからな。》
《なら良いが。ったく、こっちに〝
社が〝
《他はどんな感じだ?こっちは粗方片付いてるが。》
《何処も殲滅はほぼ終わってる。今、町外れで先生達と集まって、中野が目を覚ますのを待っているとこだ。》
《あらら、俺がドベか。りょーかい、直ぐにそっち行くわ。・・・それから、気を付けろよ。
《・・・そっちも〝
《妙な悪意があったからな。どう転ぶかまでは、分からないが。》
世間話の様な軽さでシレッとトンデモない事を語る社。最も、特に驚きもしない辺り、ハジメの方も大概ではあるが。抜け目無い
「ちーっす、お待たせー。全員無事かー?」
「軽っ!?いや反応かっるいなオイ!?1番大変だったの宮守だって話だったんだが!?」
「心配かけまいと
「南雲君とは別方向に振り切れてるよね、宮守君。」
社の余りにも軽過ぎる帰還に、思わずツッコミを入れる〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。真なる〝神の使徒〟改め〝神の眷属〟云々まで話していないものの、ハジメから「1番ヤバい奴の相手してる(意訳)」と聞かされていた為、割と気が気では無かったのだ。尚、当の本人はピンピンしていたので、良くも悪くも肩透かしを食らった模様。
「無事で何よりッス、社サン。例の
「キッチリ
「・・・問題無し。お疲れ、社。」
「私もバッチリ無事ですよぉ〜。お疲れ様です、社さん!」
社の呼び掛けにそれぞれの反応を返すユエ達。多少の疲労は見られるものの、誰も大きな怪我を負っている様子は無い。一先ず、危機は乗り越えたと考えて良いだろう。
「お疲れ様の一言で済ませるのは、余りにも傲慢ではありますが・・・それでも、南雲君共々よく帰ってきてくれました、宮守君。」
「いーえ、それ程でもありませんよ。と言うか、先生はこれからが本番なんですから、泣き出すのは早いですよ。」
「えぇ、分かっています、分かっては、いるのですが・・・グスッ。」
努めて軽く振る舞う社に対し、愛子は既に涙ぐみ鼻を啜っていた。1生徒(今回の場合はハジメと社だが)に対して、これ程までに入れ込むのが正しいのかどうか、社には判断が付かない。少なくとも、賢い方法では無いのかも知れないが・・・それでも、愛子なりの誠実さを感させるあり方は、社も嫌いでは無かった。
「ハジメは何処に?」
「・・・向こうで、中野君を見張っています。」
愛子の指差す方を見ると、錬成で作られたであろう柱に縛られた中野と、その近くで見張るハジメが居た。そこから少し離れた場所には町の重鎮が幾人かと護衛隊の騎士、更に離れた場所にティオとフィルルが居る。万が一を考え、中野からは距離を取っているのだろう。帰還報告をすべく、社はハジメの方へと歩み寄る。
「よう、ハジメ。お前さんも無事みたいだな。」
「そりゃこっちの台詞だよ、馬鹿野郎。相変わらず、息を吐く様に無茶しやがって。」
「素直に助けを求めたんだから、そこは許してくれ。」
欠片も悪びれない社に、呆れてジト目を向けるハジメ。だが、その視線も直ぐに別の方向を向くと、酷く真剣な眼差しへと変わる。ハジメの視線の先には、縛られたまま動かない中野が居た。
「率直に聞くが、何とかなるのか?」
「・・・・・・難しいな。
柱に縛られ気絶している中野は、見るも無残な姿に成り果ててーーーはいなかった。社に放り投げられた後、クロスビットに回収された中野はそのまま町の外れへと運ばれて今に至る。流石に今回の襲撃の首謀者を町中に連れて行く訳にもいかず、愛子が対話を希望した事もあり、この場に運ばれたのだ。
「先生は知ってるのか。」
「一通りは伝えてある。だが、〝それでも私が話さないと〟だとよ。周りが止めても聞く耳持ちやしない。」
「頑固だねぇ。」
ティオの証言通り黒いローブを着ていた事や、何より戦場から直接連行された事から、中野が襲撃犯の1人であるのは確定だ。そんな危険人物との対話に当然デビッド達護衛騎士は反対したが、愛子は頑なにそれを拒否した。その後、擦った揉んだの末、中野を拘束した上でハジメと社が立ち会う事を条件に、愛子の対話が認められたのだ。「きちんと対話をするなら、拘束もすべきでは無い」と愛子は最後まで不満気だっだが、中野の状態が未知数である以上、拘束を外す訳にはいかなかった。
「では、いきます。・・・中野君。起きて下さい、中野君。」
「・・・う、うぅ・・・。」
「私が誰だか分かりますか?貴方の・・・担任の、畑山愛子です。」
縛られている中野の目を覚ますべく、愛子は歩み寄ると中野の肩に触れ揺り動かす。少しだけ語り口に間があったのは、自分が担任と言う肩書きに相応しいのか、愛子自身、不安に駆られたのかは定かでは無いが・・・。
そのまま愛子が呼び掛ける事数度、やがて中野の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡したかと思えば、ハッと気を取り戻した中野は咄嗟に立ち上がろうとする。だが、上半身は鎖で雁字搦めにされており、支えとなる柱はいくら引っ張ってもビクともしない。
「な、何だよ、これ!どうなってんだ!?何で縛られてるんだ!?」
「ほぉ、
「そこまで頭パーになる程、乱暴に扱った記憶は無いなぁ、中野くぅん?」
ガチャガチャと自らを縛る鎖を鳴らしながら、ヤケ気味に叫んでいた中野がピタリと身動きを止める。そのままゆっくりと顔を上げた中野の目の前には、
「2人共、今は抑えて下さい。中野君も、落ち着いて下さい。誰も貴方に危害を加えるつもりはありません。先生は中野君とお話がしたいのです。どうしてこんなことをしたのか、一体貴方達に何があったのか・・・どんな事でも構いません。先生に中野君の話を聞かせてくれませんか?」
下手に言い訳されない様に凄むハジメと社を宥めながら、愛子は膝立ちで中野の目をしっかり見つめて語り掛ける。ウルの町を危機に陥れたと考えれば酷く甘い対応であるが、愛子はあくまでも先生と生徒として話をするつもりなのだろう。
「っ・・・じ、実は、魔人族に、大介*1達を、人質にーーー。」
「はいダウト。言っとくが、嘘は全く通じないからな。俺が檜山の誤魔化しを見抜いたの、忘れた訳じゃ無いよなぁ?」
社に冷たく一蹴され、言葉を詰まらせる中野。他人の悪意を見抜ける性質上、社の〝悪意感知〟は虚偽や虚飾まで容易く見抜く事が出来る。無論、そこには相手を騙したり謀ろうとする悪意を持つ事が前提ではあるが、逆に言えば嘘だと見抜けた以上、中野には愛子達を騙そうとする悪意があったとも言える。
「別に本当の事を話さなくても良いが、その場合は少しだけ手荒な真似をする必要が出てくるなぁ。・・・檜山みたいに、丸焼きにはされたく無いだろ?」
「ヒィッ!わ、分かった!話す、話すから!な、何から聞きたいんだ!?」
社の本気が嘘ハッタリで無いと感じ取ったのか、中野は慌てた様子で何度も頷いた。恫喝染みたやり口に若干非難がましい視線を向けながらも、愛子が代表して質問を始める。
「なら、先ずはどうやって王国から逃げ出したのかを、教えて貰えますか?」
「あ、あぁ。つっても、俺達も良く分からない。俺達が王国で引き篭もって何日かしたら、深夜にいきなり銀髪のシスターと傷が治った大介が部屋に入って来たんだよ。それで〝貴方達は選ばれた〟とか、〝こんなクソみたいな国より、俺達に相応しい場所がある〟とか言い始めて・・・2人の話を聞いてたら、俺も
ポツポツと、記憶を遡りながら当時の事を話す中野。〝悪意感知〟に反応が無い以上、中野が嘘を並べている可能性は限り無く0に近い。意識や記憶が操作されている場合は術者の悪意が残っていたりするが、そんな様子も無い為、中野は少なくとも今のところ嘘1つ吐いていないらしい。
(檜山の傷が治ってたって事は、やっぱり〝狂った神〟は『呪術』への対抗策があるのか。オスカーの隠れ家にあった記録は、全くの出鱈目でも無かった訳だ。神は間違い無く、『呪力』の排除ーーー『
愛子と中野の話を聞きながら〝神〟の狙いについて考える社。
「それで、その後はどうしたのですか?」
「そのままシスターに連れられて、【神山】にあった【聖教教会】みたいなデカい神殿に連れてかれて・・・そこで会ったんだよ、魔人族に。最初は俺達も驚いたけど、大介もシスターも〝大丈夫〟って言うし、色々と話をしてみたら、俺達にメチャクチャ同情してくれて。それで、魔人族のお偉いさんに掛け合ったら、条件付きで魔人族側の勇者として迎え入れても良い、って。」
「その、条件とは何ですか?」
「・・・・・・・・・。」
愛子の質問に素直に答えていた中野が、ここで初めて言葉に詰まる。ハジメと社が両隣で睨みを効かせていて尚、
「・・・・・・人間族の町の、襲撃だ。〝魔物と魔物を操る方法は用意するから、魔人族側の信用を勝ち取りたいなら君達が成し遂げろ〟ってさ。」
「それだけでは、ありませんね?・・・私を、殺す様に言われましたか?」
「「「「「「!!!」」」」」」
(確かに、先生が狙われている可能性は伝えたが・・・。)
(まさか直接、真っ向から問い詰めるとは。肝の座り方が半端じゃ無いなぁ、先生。)
愛子の爆弾発言に周囲が俄かに騒つく中、ハジメと社もまた内心で少なからず驚いていた。檜山達が行方不明となったのが〝神の眷属〟の手引きだった場合、〝狂った神〟の狙いは
一方、図星を突かれたと言わんばかりに目を逸らす中野を見た〝愛ちゃん護衛隊〟の面々は、憤りながら中野に詰め寄っていく。
「あれだけ俺達を庇ってくれた愛ちゃん先生を狙うとか、何考えてんだ!」
「そうよ!挙句、魔物を率いて町を襲うなんて・・・どれだけ多くの人が犠牲になるか、分からない訳無いでしょ!?」
「ハァ?揃いも揃って馬鹿かお前らは。1番最初に俺達の事情を無視したのは、こっちの世界の奴等だろうが!そんな奴等がどうなろうと、知った事かよ!第一、先生にしたって俺達の担任で、しかも大人なんだから、俺達を庇うのは当たり前だろ!寧ろ、俺達を助ける為なら、率先して犠牲になるべきだろうが!」
「アンタねぇ・・・!!」
詰め寄られ反省するどころか、さも当然の様に「自分は悪くない」と開き直る中野を見て怒り心頭となる生徒達。その癖、ハジメや社とは全く目を合わせようとしない辺り、相変わらず小物臭い部分は変わっていないらしい。そんな舐め腐った態度に、〝愛ちゃん護衛隊〟の面々が更にヒートアップする寸前、それを遮る様に愛子が中野の前に一歩でた。
「・・・何だよ、先生。アンタも、俺にお説教か?俺達に何も出来なかった、駄目な大人のアンタが?」
「いいえ。中野君の言う通り、私は何も出来なかった、駄目な大人でしたから。」
「ハッ、だったらーー「ですから、これは唯の初心表明の様なものです。」ーーあぁ?」
愛子の努力を嘲笑う中野を、しかし取り乱す事無く否定しない愛子。その様子を怪訝に思いつつも何かを口走ろうとする中野に、愛子は誓いを立てる。
「これからもきっと、私は魔人族に狙われ続けるでしょう。敵対している魔人族からすれば、〝
「・・・っ。」
一欠片の迷いも無い真っ直ぐな物言いに、中野を含めた愛子の周りの人々が気圧される。〝天職〟の効果でも、まして〝魔法〟や〝技能〟を使ったのでも無い。唯単純に己の覚悟と気迫のみで、愛子は周囲の全てを圧倒したのだ。この世界に拉致された直後、右往左往していただけの未熟な教師の姿はもうそこには無い。今此処に居るのは、生徒を守る為ならば〝豊穣の女神〟として祭り上げられる事も、命の危機に晒される事すらも厭わない、強い覚悟を抱いた1人の大人の姿だった。
「そして、その生徒達の中には当然、貴方も入っているのですよ、中野君。私も含めて、誰もが過ちを犯します。中には取り返しの付かない過ちもあるのかも知れませんが・・・それでも、貴方はまだ戻って来れる。どうかまた、此方側にーーーいえ、私にチャンスをくれませんか?頼りない先生かも知れませんが、今度はもう間違いません。お願いします、もう1度だけ、私を信じて下さい。」
再び膝をつき目線の高さを合わせた愛子は、呆然とする中野の目を真っ直ぐに見つめて語り掛ける。責める事もせず、
「・・・イカれてる。頭おかしいんじゃねぇのか、アンタ。」
「それで大切な生徒達が守れるなら、安いものでしょう。」
信じられない者を見たと悪態を吐く中野にも、愛子は全く揺らがない。それどころか一向に目を逸らさない様子を見て、中野は忌々しそうに舌打ちすると観念した様に項垂れ再び口を開いた。
ゴボッ ビチャ
「・・・中野、君?」
だが、中野の口から出て来たのは、望んだ返答では無く大量の血液だった。
「・・・あ?んだよ、これーーーオゴッ!?ア、アアァアァア!?!?」
「全員、今すぐ俺達の後ろに下がれ!」
「結局こうなるかよ!ユエさん、結界頼む!」
呆然とする愛子を直ぐに抱えたハジメは、社と共に周囲に指示を出して中野から即座に距離を取る。柱に縛られたままの中野は血を吐きながら悶え苦しんでおり、体内からは
「・・・キツいだろうけど、貴女も結界を。ーーー〝聖絶〟」
「問題ありませんわ。ーーー〝水牢〟」
要請を受けたフィルルとユエが、中野とそれ以外の人間を隔てる様に結界を張る。輝く光と薄く圧縮された水、2属性が重なる防壁は眩く煌めいているが、生憎と見惚れている時間は無い。中野の体内の魔力は何時暴発しても不思議では無い程に膨れ上がっている。
「皆さん何を!?南雲君も離して下さい!あれでは中野君が!」
「駄目だ先生。言っただろ、もう手遅れだ。」
腕の中で暴れる愛子を抑えながら、端的に事実を伝えるハジメ。中野が体内に寄生花を埋め込まれているのは、ハジメも社も気付いていた。それ故に、愛子が中野と話をしていた時も、下手に会話に入らず寄生花に変調は無いかを注視していたのだ。唯一つ、寄生花を埋め込まれたのが中野自身の意思なのかだけは分からなかったが、この様子だと最初から捨て駒扱いだったのだろう。
「中野君ーーー中野君!!」
「オゴォォアアアァ!?!?」
届かないと分かっていて尚、結界越しに見える中野に手を伸ばそうとする愛子。ハジメに抑えられながら、それでも中野の名を呼ぶ声は余りにも悲痛だが、当の本人は叫び声を上げるだけで碌な反応を返せない。そのまま、中野の身体からはどんどん魔力が溢れていきーーー。
ドガァァァン!!
遂に、魔力が爆発した。閃光と轟音、次いで衝撃が結界を揺らし、生徒達や町の重役が悲鳴を上げる。だが、2層に重なった結界にはヒビ1つ入らず、爆風を見事に防いでいた。
「・・・中野、君・・・。」
ハジメに腕を掴まれたまま、悲しげに目を伏せる愛子。結界の周囲を漂っていた黒煙が晴れた後には、焼け焦げた地面以外には何も残っていなかった。爆弾と化した中野の遺体は勿論、身体の一部はおろか遺品となりそうなものすら跡形も無く消え去っていたのだ。両手で顔を覆い崩れ落ちる愛子に、生徒達や護衛騎士達も掛ける言葉が見つからないでいる。
「ーーー結界をそのまま維持っ!まだ先生が狙われてる!」
その直後。愛子に向けられた悪意を感知した社が、声を張り上げた。爆発を防ぎきり無意識に気が緩んだ隙を狙い澄まして、確実に愛子を仕留めんとする濃密な殺意。突然の事態に、それでも社の力を知るハジメ達が即座に動く。
「〝
愛子の前に立ちはだかった社は、式神で強化した視界により悪意の大本を見つけ出すと、突き出した腕の先に多重の結界を張って盾となる。ユエも即座に、フィルルも一拍遅れて魔力を練り上げると、爆発ですり減った結界の強度を上げて出来うる限りの防護を固める。
パリィィィン!!
即席にしてはほぼ最善の守り。それを複数の蒼色の
「あらゆる害意は塞がれて、此方側には来ること能わず!」
複数の
「ハジメェ!」
「分かってる!」
更なる『呪力』を結界に注ぎ耐える社の声に応える様に、
ドパパパパパパパァン!!!
連続する炸裂音と共に、深紅の閃光が殺意を乗せて魔人族に殺到する。だが、魔人族の男は騎乗する魔物に回避を任せ、時には他の鳥型魔物を盾にしながら、尚も愛子に向けて執拗に
「チッ、四目狼と同じ〝先読〟系の固有魔法持ちがいるな。」
苛立たしげに舌打ちしながら、牽制がてらレールガンを連射するハジメ。幾ら数百m離れているとは言え、秒速3.2kmもの弾丸を見てから回避するのは不可能だ。逆説、それが出来ていると言う事は、相手に〝先読〟系の固有魔法持ちが居るのだろう。流石に何発も撃たれては回避に専念するしか無いらしいが、それでも逃げる素振りを見せない辺り、諦めるつもりも無いのだろう。
「逃げられて、情報を持ち帰られるよりかはマシだが・・・。」
「折角、相手が意地張ってくれてるんだ。このまま仕留めちまおう。」
「それがベストか。何か案でもあるのか、社?」
レールガンの狙撃を続けるハジメに、結界を張り続けながら悪い笑みを浮かべる社。「コイツまた無茶苦茶ヤル気だな」と内心呆れながら先を促すハジメに、社は表情を引き締めると全員に策を話す。
「ハジメはこのまま、レールガンで相手を釘付けにしてくれ。ユエさんとフマリスさんは魔力がシンドイだろうけど、俺の代わりに結界を頼む。アルさんとクラルスさんは念の為、先生を守っていて欲しい。それでシアさん、君はーーー。」
「・・・まさか、ここまでとは。」
巨大な鳥型魔物に騎乗しながら、苦々しく呟いた魔人族の男。彼こそが魔物達を率いてウルの町を襲撃した張本人であり、更には〝豊穣の女神〟抹殺の使命を帯びた、魔人族特殊部隊の精鋭であった。
(簡単な任務になるとは思っていなかった。だが、まさかここまで
レールガンを必死に避けながら、魔人族の男は自らに与えられた任務を思い返す。今回、男に与えられた使命は3つ。1つ目が、魔物に寄生して強化・意思の統率を可能とする寄生植物型の魔物〝
(暗殺が失敗した時点で、私は即座に撤退する手筈だった。だが、アレを見てしまえば、そうも言ってられない。我が命に替えても、此処で息の根を止めなければ・・・!)
命令違反に
(アレは駄目だ。アレはーーー〝豊穣の女神〟は間違い無く、今以上に我等の脅威と成り得る!独力で兵站を担えるだけでは無い、住人を纏め上げるカリスマだけでは無い。あの女は〝
本来であれば、魔人族の男は愛子が中野に近付いた時点で〝
(軍の一部では〝
現状、男が持つ情報は魔人族にとって値千金と言える物ばかりだ。〝作農師〟が〝
(ーーー否、もし人間族側が〝
だが、それを分かっていて尚、魔人族の男は撤退を選べない。〝
(例え、この場で私の命が潰えようとも〝豊穣の女神〟だけは必ず仕留める!)
決死の覚悟を胸に抱いた男は、懐に手を伸ばすと黒色の塊を取り出した。親指サイズの植物の種らしきそれを、男が躊躇無く飲み込むと変化は直ぐに現れる。男の皮膚に緑色の毛細血管の様な痣が広がると共に、膨大な魔力が溢れ出したのだ。
「我が身命を賭してでも、この場で貴様をーーーッ!?」
溢れる魔力に任せて再び魔法を放とうとした男を、最大級の悪寒が襲う。訳も分からぬまま、本能に任せて騎乗する魔物に回避を命じたのと、上空から風の刃が降ってきたのはほぼ同時だった。
「オイオイ、今のは当たる流れだろ。」
「その容姿、〝使徒〟様を退けた者か!」
驚愕する男の前に現れたのは〝
「貴様、気付かれずにどうやって此処まで!」
「正直に話すかよ、馬鹿が。」
男の疑問をバッサリと一蹴する社。とは言え、社がやったのはそこまで複雑な事では無い。シアがフルスイングした
「それよりも、話してる余裕なんてあるのか?」
「クッ、またか!」
嘲る社の声が合図になった様に、再びレールガンの掃射が男を襲う。地上からの閃光が敵を撃ち抜かんと降り注ぐが、男は魔物達を指揮しながらギリギリのところで避けていく。
「私を逃さない為に来たのだろうが、元よりその気は無い!それに、この閃光が撃ち出される間、貴様は私に近づけーーー。」
「るんだよなぁ、コレが!」
「なぁっ!?」
数多の閃光をものともせず斬りかかって来る社に、魔人族の男は開いた口が塞がらない。誤射を恐れていない等と言う次元では無い、社は自分達に向け放たれるレールガンを一瞥すらしていないのだ。社の視界に映るのは、目の前に居る魔人族の男ーーー己が殺すと決めた敵のみだった。
「差し違えてでも、私を殺すつもりかっ。」
「お前如きと心中なんて、御免被るなぁっ!」
悪態を吐き合いながら、互いの息の根を止めるべく殺しあう2人。魔法をばら撒きながら周囲の鳥型魔物を
(強い!〝使徒〟様を倒し消耗した身体で尚、〝
男が撃ち出される幾条もの
(余力を残して勝てる相手では無い!魔力を惜しまず短期決戦で決着を着ける!)
逡巡もせずに今一度覚悟を決め直すと、男は全力で魔力を練り上げる。地上まで数百mは下らない以上、致命傷を受けずとも空への足を失った時点で墜落死は免れない。その上、未だに地上から散発的に放たれているレールガンが、墜落死の可能性を余計に跳ね上げている。周囲の鳥型魔物も数えられるまでに減った今、これ以上の継戦は不利にしかならないと言う判断だ。
(魔法の
男の攻撃が激化したのを見て、表情を変えないまま更に加速する社。〝
キュアァァァ!?
「しまった!?」
「ナイスだハジメェ!」
加速する攻防の中で最初に限界を迎えたのは、男が騎乗していた鳥型魔物。右翼の一部をレールガンに撃ち貫かれ、墜落とまではいかずとも大きくバランスを崩してしまったのだ。その余波で騎乗していた男がよろけた隙を見逃さず、社は連続で〝飛爪〟を飛ばしながら真っ直ぐに吶喊する。
「ーーー舐めるなぁ!」
「チッ、捨て身かよ!」
そして遂に〝飛爪〟の1つが男の片腕ごと極彩色の杖を切り裂いた。だが、男の闘志は衰えぬまま、逆に社を迎撃せんと魔法陣を展開する。防御を捨て去り、その分の魔力を全て回した捨て身兼渾身の一撃。今までの
「死ね、人間族!」
男の叫びと共に、狂った勢いで
「ーーーまだ、まだぁっ!」
「馬鹿なっ、今のを受けて何故生きているっ!?」
肉の削がれた額と穴の空いた左腕から血を流し、それでも社が死なない事に戦慄する男。
(焦るなっ、痛手を与えた事に違いは無い!奴の一撃を躱し、今度こそ確実に仕留める!)
驚愕と焦燥を捩じ伏せて、残る魔力を振り絞る魔人族の男。社が死ななかったのは誤算だが、深手を負わせたのも事実。死に体で放たれるであろう風の刃を躱して、返す刀でトドメを刺す。その為に男が取った手段は、至極単純なものだった。
トンッ
血塗れの社の放った〝飛爪〟が、
(致命の傷すら物ともしない覚悟は見事ーーーだが、勝つのは私だ!)
刀を振り切り無防備な姿を晒す社に、男は過去最高の集中力でもって狙いを定める。先程防がれた点、そして的が大きい点を考慮し、
シャリン
「ガッーーー。」
最後の魔法が放たれようとした直前。金属同士が薄く擦れ合う様な音と共に、男の身体が袈裟懸けに切り捨てられた。肉を斬り内臓を割かち、骨すら断ち切る見事な一太刀。予測不可能の斬撃を浴びせられた男が驚きと共に目を向けた先には、鳥型魔物を斬り伏せながらも此方を油断無く見据える社と、何時の間にか消えていた〝
(飛ぶ斬撃を複数・・・土壇場まで伏せていた、か・・・。)
ぼんやりと薄れゆく視界の中で、何処か他人事の様に思考する魔人族の男。
(・・・おさらばです、フリード様、親愛なる同志達よ。一足先に神の下に逝く事を、お許し下さい。)
祈る男の身体のあちこちから、血液と共に魔力と光が漏れ出す。今も落下し続けている為、距離が離れた社を巻き込めるかは半々だが、最悪自分の死体を残さなければ良い。その為の自決兼自爆機能なのだから。
「アルヴ様、万歳ッ!我が祖国に、栄光あれッ!」
瀕死の身体とは思えぬ程に声を張り上げる男。それと同時に、光と魔力の高まりは最高潮を迎えーーー大爆発を引き起こした。
色々解説
・〝オスカーの隠れ家に残されていた手記〟について
奈落の底、オスカーの隠れ家に隠されていた
・中野信治について
栄えある本作での異世界組初の犠牲者にして、最後まで生かすか死なせるか(主に筆者を)悩ませた人物その1。やった事は間違い無く悪だし言ってる事もほぼ無茶苦茶だが、この世界に拉致されて歪んだのも事実なので、そう言う意味では加害者兼被害者とも言える。尚、〝
・魔人族の男について
本名はレイス。本作での魔人族初の犠牲者にして、最後まで生かすか悩んだ人物その2。原作でもかなり優秀な軍人で、右腕を犠牲にしたとは言えハジメから見事に逃げおおせた数少ない人物。尚、本作では優秀過ぎた為に愛子の危険性を見抜いてしまい、欲をかいた結果社に始末された。『縛り』が無ければ社の頭も高い確率でブチ抜けてたので、相手が悪かったとも言う。