ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
中立商業都市フューレンーーー経済力と言うある意味で最強の力を最大限に活用し、どの勢力にも依らず強かに中立を貫く都市は、変わらぬ活気に満ち溢れていた。都市を囲う高く巨大な壁の向こうからでも町中の喧騒が外まで伝わり、門前には入場検査待ちの人々が長蛇の列を成して自分達の順番を首を長くして待っている。そんな入場待ちの人々の最後尾に、のんびりと話すハジメ達の姿があった。
「相変わらずの活気だな」
「中立商業都市の名は伊達じゃ無いんだろうさ」
車内で凝った身体を伸ばしながら、魔力駆動四輪のボンネットに腰掛けるハジメと、その荷台で目を細めて欠伸を噛み殺す社。門までの距離を見るに後一時間位は待つ事になるだろう。その間車中にいても体が凝るだけなので、ハジメ達は一旦外に出てのんびりしていた。魔力駆動四輪は魔力を直接操作して動かしている為、運転席に座らなくても操作難度が上がるだけで普通に動かす分には問題無いのだ。
「・・・既に散々思い知った事ですが、本当に皆さん肝が座っていますよね。周囲の目線とか気にならないんですか?」
「周りなんて一々気にしてたらキリが無いだろ。気にするだけ無駄だぞ、ウィル」
周囲の人々から突き刺さる好奇の目を全く意に介さないハジメ達に、何度目かも分からない苦笑で返すウィル。とは言え、周囲の人々からすれば見た事も無い
「イヤ、確かに南雲サンの言う通りではあるんスケド、だからってイチャイチャし過ぎじゃ無いッスか?」
「言っても無駄だと思うよアルさん。あの程度、ハジメ達はイチャついてる自覚すら無いだろうし」
「仲良き事は美しきかな、で御座いますね」
「それはそうとハジメさん。四輪で乗り付けて良かったんですか?出来る限り、隠すつもりだったのでは?」
「ん?もう、今更だろ?あれだけ派手に暴れたんだ。一週間もすれば、余程の辺境でも無い限り伝播しているさ。何時かはこう言う日が来るだろうと思っていたし・・・予想よりちょっと早まっただけの事だ」
「・・・・・・ん、ホントの意味で自重なし」
シアの疑問に肩を竦めて答えるハジメ。今までは「僅かな労力で避けられる面倒は避けるべき」と言う方針だったが、ウルの町での戦いが瞬く間に広まる事を考えればもう無駄だろう。無論、戦術的な側面から手札を隠すーーーアーティファクト類を見せない努力はするが、それ以外では自重無しで行く事に決めていた。
「う~ん、そうですか。まぁ、教会とかお国からは確実にアクションがありそうですし確かに今更ですね。愛子さんとか、イルワさんとかが上手く味方してくれればいいですけど・・・」
「そっちはあくまで保険だ。上手く効果を発揮すれば良いなぁ、程度のな。最初から何とだって戦う覚悟はあるんだ。何かあれば薙ぎ払って進むさ。そう言う訳だから、シアとアル。お前達ももう奴隷のフリとかしなくていいぞ?その首輪を外したらどうだ?」
国や教会の面倒事関連の話を適当に切り上げたハジメは、自分の首元を指差しながらハウリア姉妹に問い掛ける。もう面倒事を避ける為に遠慮する必要は無い、と言うハジメなりの気遣いなのだろう。しかしシアはそっと自分の首輪に手を触れて撫でると、若干頬を染めてフルフルと首を横に振った。
「いえ、アルは兎も角、私はこのままで。一応、ハジメさんから初めて頂いたものですし・・・それにハジメさんのものという証でもありますし・・・最近は結構気に入っていて・・・だから、このままで」
目を伏せて俯きがちに恥じらうシアの姿はとても可憐だ。ウサミミが恥ずかしげにそっぽを向いてピコピコと動くのも、いじらしさを感じさせる。ハジメの視界の端では、数名の男が鼻を抑えた手の隙間からダクダクと血を滴らせる程だ。
「・・・そうか。なら、少しデザインを変えるか。動くなよ、シア」
「へっ!?は、はいっ!」
ボソッと呟くや否や、俯くシアの顎に手を当てたハジメは、首輪を〝錬成〟し直すべくそっと上を向かせた。
シアの首輪はハジメの奴隷である事を対外的に示す為に無骨な作りになっており、〝念話石〟や〝特定石〟も目立たない様に取り付けられている。元々、町でトラブルを起こさない為に作った*1のでデザインは度外視だったからだ。
しかし、シアが気に入ってずっと付けているのならば話は変わる。本人に自覚があるかは不明だが、この首輪を贈った頃に比べればハジメのシアへの感情は相当柔らかいものとなっていた。それもあり、ハジメはシアに似合うように仕立て直そうと考えたのである。
結果、出来上がったのは神秘的な雰囲気のチョーカーだった。黒の生地に白と青の装飾が幾何学的に入っており、正面には神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さな
「前々から思ってたが物作りのセンスあるよなぁ、ハジメは」
「〝
社の称賛とチョーカーの出来栄えに満足気な表情を浮かべたハジメは、シアに鏡を渡すと具合を確かめる様に促した。一方、首を撫でるハジメの指の感触にうっとりしていたシアはハッと我に返ると、いそいそと鏡で首元を確かめる。そこには神秘的で美しい装飾が施されたチョーカーが確かに顔を覗かせており、神結晶の
「んふふふふ〜〜っ、ありがとうございますぅ、ハジメさぁん!」
「・・・お気に召した様で何よりだよ」
にへら~と実に幸せそうな笑みを浮かべてハジメの腕に抱き着くと、額をぐりぐりと擦りつけながら礼を言うシア。ウサミミもスリスリとハジメに擦り寄っているのを見るに、余程嬉しかったのだろう。シアの幸せそうな表情にハジメは肩を竦め、背中のユエも僅かに口元を緩めながら擦り寄るウサミミをなでなでしている。・・・ちゃっかり忍び寄ってきたティオには再度ビンタを喰らわせていたが、やはり
「ハジメさぁ、俺に身内に甘い云々で文句言えなくなぁい?何だかんだで、釣った魚に餌はやるタイプだったか?シアさんは違うけど、悪い女に騙されないか親友としては心配なんだが?」
「その本気で俺を心配する様な目線と語り口は止めろ、無駄に腹立つ。それより、アルの方はどうする?嫌ならこの場で首輪を外すが」
社の追及を誤魔化す様にハジメは話の矛先をアルに変える。いきなり話を振られたアルは顎に手を当て数秒間考え込むと、チラリと社の方を見た後で意を決した様に答えを返す。
「そうッスね、折角なんでアタシも
「え、俺?何故に?俺にはハジメ程のセンス無いよ?」
「・・・・・・駄目ッスか?」
「いや、別に駄目じゃ無いけど・・・んー、分かった。ちょっと考えるから待って」
アルの不安げに揺れる眼差しを見て、理由は分からずともお願いを聞いてしまう社。何だかんだアルに甘い対応をしてしまうのは、アルの事を仲間として信頼している事の他にも、社の実家に居る
「大まかな部分はシアさんと同じで良いんじゃないかな。ベースの色が白だから差し色は緑と金色にして、結晶部分は・・・四つ葉のクローバーにするのはどうだろう」
「四つ葉の、クローバー・・・」
「そう。俺達が居た国で、恐らくは最も有名な幸運の
「!・・・じゃあ、是非ソレでお願いします、南雲サン」
社から由来を聞いた後、荷台から降りたアルは直ぐ様ハジメの元へと駆け寄って行く。余りの即決っぷりに戸惑いを隠せない社を置いてきぼりにしつつも、ハジメの手によってアルの首輪は新たな形に生まれ変わる。
社の提案通り、アルのチョーカーは色合いこそ異なるものの、シアの物と良く似たデザインで作られていた。白と青に代わり緑と金色が幾何学的に装飾として入っており、正面には小さな
「ありがとう、ございます。メッチャ大事にします」
「俺は提案しただけだけど、気に入ってくれたなら良かったかなー」
「別に構わねぇよ。シアに作って、お前に作らないのは不公平だしな」
照れを隠す様に顔を背けながら礼を言うアルに、それぞれお構い無くと返すハジメと社。アルとしては隠せているつもりらしいが、耳まで真っ赤な為照れているのは丸分かりだ。指先でクローバーの縁をなぞりながら口元が緩んでしまっている辺り、しっかり気に入ってくれた様だ。
「フフフ、宮守様も隅に置けませんね?」
「はて、何の事やら。それよりも、面倒な奴等に絡まれなければ良いんだがな」
フィルルの揶揄いをすっとぼけつつ、不自然にならない程度に周囲を警戒する社。未知の物体と超美少女&美女達の登場と言う衝撃から復帰した人々が、今度は様々な感情を織り交ぜて自分達に注目し始めたからだ。女性陣はユエ達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか、熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半なので放置で良いだろう。一方、問題の男達はユエ達に見蕩れる者、ハジメと社に嫉妬と殺意を向ける者がおり、目敏い商人等はハジメのアーティファクトやシア達に商品的価値を見出して舌舐りをしていた。
(ブルックの町の変態共みたいな奴等ならまだ良いーーーいや、良くは無いが。それでも、前にフューレンで絡んで来た豚貴族なんぞよりは余程マシだろう。今回もそんな馬鹿が居なければ良いんだが。今のハジメが似た様なことされたら、普通にブチ切れるだろうしなぁ)
脳内で非常に確度の高い未来予想を浮かべながら、呆れる様に周りの人々を眺める社。誰にとっても幸運な事に、今の所直接ハジメ達に向かってくる自殺志願者は居ない様だ。商人達も他の者と牽制し合っていて話し掛けるタイミングを見計らっているらしい。
と、そんなある種の緊張状態の中、ハジメ達の前に並んでいた男が無謀にも近寄って来た。中心に居るのは実にチャライ感じの男であり、両脇にはこれまたケバい女性2人を侍らせている。だが、チャラ男は両隣の女には目もくれずユエ達を品定めする様に見回すと、実に気安い感じでハジメを無視してユエ達に声を掛けた。
「よぉ、レディ達。良かったら、俺とーー「何、勝手に触ろうとしてんだ?あぁ?」ーーヒィ!!」
直後、ハジメから濃厚な殺気が噴き出した。チャラ男が事もあろうに、無遠慮にシアの頬に手を触れようとしたからだ。声を掛けるだけならまだしも、流石にいきなり肌に触れようとするのは幾らイケメンでもアウトだろう。チャラ男は気付いていなかったが、シアは冷たい視線を向けて触れられる前に対処しようとしていた。が、それよりもハジメの腕がチャラ男の頭を鷲掴みにする方が速かった。
一瞬で身を竦めて情けない悲鳴を漏らしたチャラ男を、ハジメは街道の外れに向かって投擲した。地面と水平に豪速でぶっ飛んだチャラ男は30m先で地面に接触、顔面で大地を削りながらシャチホコばりのポーズで更に10m程爆進、一瞬頭だけで倒立をした後にパタリと倒れて動かなくなった。
チャラ男が有り得ない軌道で飛んでいく一部始終を目の当たりにした周囲の人々は、唖然とした面持ちでハジメに視線を転じた。チャラ男が侍らせていた女2人が恐る恐るハジメを見ると、絶対零度の眼差しで周囲を
「はぅあ、ハジメさんが私のために怒ってくれました~、これは独占欲の表れ?既成事実まであと一歩ですね!」
「・・・シア、ファイト」
「ユエさぁ~ん。はいです。私、頑張りますよぉ~!」
自分に触ろうとしたチャラ男にハジメが怒った事実に、身をくねらせながら喜ぶシア。実際、シアの許可無しに我が物顔で彼女に触れようとする事をハジメも許すつもりは無かったので、独占欲があった訳では無かったが、シアが大切故の行動である事に違いは無く敢えて訂正はしなかった。
「ふぅむ、何だかんだでシアが大切なんじゃのぉ~。ご主人様よ。妾の事も大切にしてくれていいんじゃよ?あの男みたいに投げ飛ばしてくれても良いんじゃよ?」
パァン!!
「あぁん!」
期待した様な目で擦り寄ってきたティオを、容赦無くビンタで迎え撃つハジメ。艶かしい声を上げながら幸せそうに崩れ落ちるティオに対して、ハジメは実に冷めた目を向けていたが、それすら快感へと変わるのかハァハァと荒い息を吐いて興奮する変態っぷりである。さしものハジメも盛大に溜息を吐くと、諦めの境地で意識から追い出すしか無かった。
「ハジメさん達は前々からこんな感じだったんですか?正直、蚊帳の外と言うか、アウェイ感が強過ぎて居場所が無いんですけど・・・」
「HAHAHA、残念ながら対処法はありません。諦めて下さい、ウィルさん」
「社サンは凄いッスね、アタシなんか見てるだけで胸焼けしそうッス。イヤ、
「ウフフフ、お嬢様も愉しまれている様ですし、温かく見守るのも良いかと存じますわ」
(((あの痴態を見て、出てくる感想がそれだけだと!?)))
ハジメ達のイチャイチャ(一部例外有り)を眺めながら、『呪術師』3名+ウィルで和気藹々と話していると
簡易の鎧を着て馬に乗った男が3人、近くの商人達に事情聴取しながらハジメ達の方へとやって来る。その内の1人は隊長格らしき男の指示でチャラ男の方へ駆けて行き、残った男2人が四輪のボンネットの上で
「おい、お前!この騒ぎは何だ!それにその黒い箱?も何なのか説明しろ!」
若干険しい目つきで高圧的に話しかけてくる門番の男2人。危険かも知れない相手に、舐められない様に毅然とした態度を示しているーーー訳では無く、単純に男として嫉妬しているだけだろう。その証拠に視線がユエ達にチラチラと向かっている。
「これは俺のアーティファクト。あのチャラ男は連れに手を出そうとしたから投げ飛ばした。信じられるか?いきなり抱きつこうとしたんだぞ?見てくれ、こんな怯えちまって・・・門番さん、まさかあんな性犯罪者の味方なんてしないよな?そんな事になったら、連れはもうフューレンには来れねぇよ・・・男に襲われても守られるどころか逆に犯罪者扱いなんて・・・なぁ?」
(南雲サンと言い、社サンと言い、何でアドリブであそこまで適当言えるンスか?)
(俗に言う〝類友〟ってやつだね。〝朱に交われば赤くなる〟でも良いけど)
ペラペラと嘘八百を並べ立てるハジメを見ながら、門番には聞こえない声量で話す社とアル。客観的に見ればシアは怯えてすがりついている様に見えなくも無いが、実際はハジメに甘える為にくっついているだけである。表情を歪めて切に訴えるハジメを、荷台のウィルや周りの商人達が何か言いたげな目で見ているが綺麗に無視されていた。
しかし現実とは無慈悲なもので、明らかにチャライ感じの男と美女・美少女側の人間の言葉、どちらを信じるかと言われれば答えは言わずもがなだろう。門番達は「そいつは災難だったな」と碌に取調べる事無く、ハジメ達の言い分をあっさり信じてしまった。
「・・・ん?・・・君達、君達はもしかしてハジメ、ユエ、シアという名前だったりするか?」
「ん?ああ、確かにそうだが・・・」
「もしかして、イルワさんから通達でも?」
「あ、あぁ、その通りだ。君達が戻った際は、優先して連れて来る様に指示があってな。此方について来てくれ」
どうやらイルワから門番達には話が通してあるらしく、順番待ちを飛ばして入場させてくれる様だ。四輪を走らせ門番の後を着いて行くハジメ達は、列に並ぶ人々の好奇の視線を尻目に悠々と進み、再びフューレンの町へと足を踏み入れた。
「おや、美味しい。やっぱりギルド支部長ともなると、お茶菓子1つでも良い物揃えてるなぁ」
「ふぅむ、やはり食文化に関しては、里の外の方が進んでおりますわ。どれも甲乙付け難い位に」
「どれ食べてもメッチャ美味いんスケド・・・!」
現在、ハジメ達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。出された如何にも高級そうなお茶と茶菓子をバリボリ、ゴクゴクと遠慮無く貪りながら待つこと5分。部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、ハジメ達にウィル救出の依頼をしたイルワ・チャングだ。
「ウィル!無事かい!?怪我は無いかい!?」
以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てたイルワは、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認している。それだけ心配だったのだろう。
「イルワさん・・・すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を・・・」
「何を言うんだ・・・私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった。本当に良く無事で・・・ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ・・・2人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげると良い。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」
「父上とママが・・・分かりました。直ぐに会いに行きます。ハジメさん、皆さん、この度は本当に有難う御座いました。また、改めてご挨拶に伺わせて貰います」
両親に会いに行く様に促されたウィルは、捜索に骨を折って貰った事をイルワに感謝すると、ハジメ達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。ハジメとしてはこれっきりでも良かったのだが、きちんと礼をしないと気が済まないらしい。
ウィルが出て行った後、ハジメ達と向き合う様に座ったイルワは、穏やかな表情で微笑むと深々と頭を下げた。
「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」
「生き残っていたのは、ウィルの運が良かったからだろ」
「ふふ、そうかな?確かにそれもあるだろうが・・・何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?〝女神の剣〟様?」
にこやかに笑いながら、ハジメ達に付けられた二つ名を呼ぶイルワ。どうやらギルド支部長には、ハジメ達の移動方法よりも早い情報伝達手段がある様だ。
「・・・随分情報が早いな。」
「ギルドの幹部専用だけど、長距離連絡用のアーティファクトがあってね。それを私の部下に持たせて、君達に付いてもらったんだけど・・・あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていた様でね。彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」
(監視員が付くのは
苦笑いするイルワを横目に、無表情のままイルワへの評価を一段上げる社。〝悪意感知〟に反応が無かったのは、監視員に社達を害する意思が無かっただけだろう。だが、それを差し引いてもハジメ達に気取られる所か一切の痕跡すら残さないのは、諜報員として非常に優秀であると評価せざるを得ない。
「それにしても大変だったね。まさか北の山脈地帯の異変が、大惨事の予兆だったとは・・・二重の意味で君達に依頼して本当に良かった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど・・・その前に、報酬を払おうか。人数分のステータスプレートで良かったかな?」
「
「良いのかい?」
「あぁ。ついでと言っちゃ何だが、俺と社のステータスプレートも見るか?証拠とまではいかないだろうが、説得力は増すだろ?」
「おや、気前が良いね。では、拝見させてーーー」
ハジメと社からステータスプレートを受け取ったイルワの表情が、微笑を浮かべたまま瞬時に固まった。然もありなん、本来であればステータスの平均が300、技能も5つあればこの世界でもトップクラスと評価されるところを、ハジメと社はステータス平均1万越え、技能数も10を裕に超えるバケモノぶりである。流石のイルワもここまでとは想定していなかったのだろう。
数十秒後、漸く我に帰ったイルワに、ハジメは事の顛末を語って聞かせた。普通に聞いただけなら一笑に付されるだけの内容でも、ウルの街からの報告やステータスプレートの数値と技能を見ている以上は信じざるを得ない。イルワはすべての話を聞き終えると、一気に10歳位は年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。
「・・・道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。ハジメ君と社君が異世界人であるのは知っていたが・・・実際は、予想の遥か上をいったね・・・」
「・・・それで、支部長さんよ。アンタはどうするんだ?俺達を危険分子だと教会にでも突き出すか?自称とは言え〝神の眷属〟も殺した訳だが」
身も蓋も無いハジメの質問に対して、イルワは非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。
「冗談がキツいよ。出来る訳無いだろう?君達を敵に回すなんて事、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ。大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。それを私が忘れることは生涯無いよ」
「・・・そうか。そいつは良かった」
ハジメは肩を竦めると「試して悪かった」と視線で謝意を示す。
「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は上の方も議論が紛糾して君達に下手な事はしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど・・・事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに〝女神の剣〟という名声があるからね」
「何から何まで悪いな。それで話は変わるんだが、〝寄生花〟についてはーーー」
「ああ、そっちに関しても聞いているよ。今の所ーーー」
粗方の経緯を話し終えた後も、まだまだ話さなければならない事は山程ある。今後の対策や方針について、ハジメ達は再びイルワと話し始めたのであった。
「お〜、見て下さい、凄い景色ですよ!下の人があんなに小さく!」
「・・・ベッドやソファもふかふか。シアのウサミミとはまた違った
VIPルームの内装を見て楽しそうに
他にもイルワの家紋入り手紙まで用意してくれるなど、色々と大盤振る舞いである。今回の依頼のお礼もあるが、それ以上にハジメ達とは友好関係を作っておきたいと言う事らしい。ぶっちゃけた話だが、イルワとしては隠しても意味が無いだろうと開き直っている様だった。
「ウィルさんの両親も、大分まともな人で安心したよ、俺は」
「流石に全ての貴族が腐ってる訳じゃ無いんだろ。ウィルがあんなお人好しなんだから、両親が同じでも不思議じゃない」
社とハジメが話題にしているのは、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人についてだ。ハジメ達がVIPルームに着いて暫くした後、ウィルを伴って態々お礼の挨拶に来たのだ。且つて王宮で見た腐り切った貴族とは異なり随分と筋の通った人の様で、特にグレイル伯爵はしきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案した程である。最終的には、過剰なお礼を固辞したハジメ達に「困った事があれば、出来得る限りどんな事でも力になる」と言い残し去っていったが、その言葉にも嘘は無いのだろう。
「取り敢えず、今日はもう休もう。明日は消費した食料とかの買い出ししなきゃな」
大型のソファーに寝転びながら、ユエに膝枕されたハジメが翌日の予定を口にする。髪を撫でてくるユエの手の感触に気持ちよさそうに目を細めながら、珍しいリラックスモードである。と、そこに待ったの声を掛ける人物が居た。
「あのぉ~、ハジメさん。その件について、ちょっとお願いが・・・」
「ん?何だ、シア」
ハジメの足元に腰掛けていたシアが、おずおずと横たわるハジメの体を揺さぶった。素直なシアにしては珍しく遠慮がちな態度に、訝しみつつも真面目に話を聞こうとするハジメ。
「実はですねーーー明日、私とデートして下さいっ!」
「断る」
「即答っ!?もう少し考えてくれても良くないですかっ!私、最近頑張ってますよね!?本当は私の〝
「えぇい、
真面目に取り合って損したと話を切り上げるハジメを見て、予想はしていたものの余りに雑な対応に涙目になるシア。ハジメとしては既に心から愛する
「・・・・・・買い物は私達が済ませておくから、行ってあげて、ハジメ」
「ユエ?」/「ユエさん!?」
予想だにしないユエからの援護射撃に、驚くハジメとシア。ユエは柔らかな手でハジメの両頬を挟み込むと、優しげに目を細めてハジメを見つめていた。
「・・・ハジメが私を特別にしてくれるのは嬉しい。でも、シアも大切・・・報いて欲しいと思う。だから、町で一日付き合う位は・・・ダメ?」
「ユエさぁ~ん」
ハジメを諭す様にお願いするユエに、シアは感極まりながら甘える様にグリグリと顔を押し付けている。最近、本当にシアに対して甘いユエである。深い友情故かとも思っていたが、この様子を見るに困った妹の為に世話を焼くお姉さんの様だ。しかも、かなり重度のシスコンの。
「・・・ハァ〜、分かった、分かったよ。それにユエに頼まれたからってんじゃ、シアも微妙だろ?明日は丸一日、ちゃんとシアに付き合うよ」
「本当ですか!?よ〜しっ、そうと決まれば明日のデートで行くところを決めましょうっ!そして、ゆくゆくはハジメさんに〝
「ホント、お前って奴は・・・」
全くめげないシアに複雑な表情をしつつも、デートの申し込みを了承するハジメ。ハジメ自身、既にシアが大切な存在である事に変わりは無いので、ユエに頼まれたからでは無く、日頃の頑張りに報いようと本心から了承していた。傍らのユエが、優しげな表情で「わ~い!」と喜びを表にするシアの頭を撫でている。
「・・・俺にとっての1番は、変わらずユエのままだからな」
「・・・ん、分かってる。だから・・・」
「?」
若干、複雑そうな表情で宣言するハジメに、ユエは勿体つける様に言葉を濁すと、優しげな表情をスっと妖艶な
「・・・今夜は沢山愛して」
ハジメの耳元に顔を寄せて、囁く様に誘惑するユエ。痛恨の一撃なんて話では無い、正しく一撃必殺と呼ぶに相応しい一言である。さしものハジメも、片手で顔を覆って「・・・ん」とユエの様に返すのが精一杯だった。迷宮最奥のガーディアンにさえ勝てる自信があるハジメだが、多分一生、ユエには勝てそうに無い。そして、そう思える事は、きっと途方も無く幸せな事なのだろう。
「・・・気が付けば、ごく自然に二人の世界が始まる・・・流石ユエさんパないです」
「ふむ、それでもめげないシアも相当だと思うがのぉ。まぁ、妾はご主人様に苛めてもらえれば満足じゃから問題無いが・・・シアは苦労するのぉ~」
シアはユエの手練手管に「流石師匠ですぅ」と尊敬の目を向け、ティオは互いに嫉妬の感情を感じさせないシアとユエの関係に興味深げな視線を送る。その後、ユエの不意打ちに理性が飛びかけていたハジメも何とか正気を取り戻し、皆であれこれ雑談しつつその日の夜は更けていった。
「・・・いやはや、
「早めに慣れた方が楽だよ、フィルルさん。隙あればあんな感じなんで。・・・いざとなったら、隣の部屋にさっさと逃げようかなぁ」
「それが正解ッスねー。・・・
四つ葉のクローバーの花言葉
『幸運』
『約束』
『私の事を考えて』
『私のものになって』
『復讐』