ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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79.フューレンの長い1日 中編

「おー、これまた派手にやってんなぁ」

 

「・・・素晴らしい容赦の無さ。流石ハジメ」

 

 見るも無惨に半壊した建物を見て、感心半分呆れ半分で呟く社とユエ。カフェを出た一行は道中で特に邪魔や妨害が入る事も無く、スムーズに観光区へと辿り着いた。その後、倒壊する建物から離れようと避難して来る人々を目印に、ハジメ達が暴れているであろう建物を目指した訳であるが、結果はご覧の通りである。今も尚、建物の内部からは壮絶な破壊音が響き渡っており、その度に建物は激しく揺れ、外壁はひび割れ砕け落ちていた。

 

「何か、もう既に死屍累々っぽいンスケド。もしかして、コイツらが例の?」

 

「恐らくは」

 

 建物の周囲で倒れ伏す人相の悪い男達を見て、その正体に当たりをつけるアルとフィルル。数にして十数人は居る男達は、手足を奇怪な方向に曲げたままビクンビクンと痙攣しており、いずれも再起不能まで追い込まれている。いっそ一思いにトドメを刺された方が楽になれるかも知れない。

 

「見知った気配が近づいて来ると思ったら、やっぱりユエ達か」

 

「あれ?皆さん、どうしてこんな所に?」

 

 何とか原型を保っている建物の中から、粉塵をかき分けてハジメとシアが現れる。デートに出かけた時の格好そのままに、2人はそれぞれお馴染みの武器を携えてユエ達の下へと寄って来た。特に、可愛らしい服を着ていながら、肩に凶悪な戦鎚を担ぐシアの姿はとてもシュールである。

 

「そりゃこっちの台詞だ。まるで、人身売買してる裏組織に喧嘩でも売られたみたいだな?」

 

「何でお前は見てきた様にズバリ当てられるんだよ!?・・・いや、〝悪意感知〟か?」

 

「ピンポーン。つっても、半分は適当に言ったつもりだったんだが。まさか当たるとはなぁ」

 

 まさかの正解に、うなじに手を当てながら天を仰ぐ社。ユエ達美女・美少女が大規模な悪意に狙われている時点で碌でも無い輩が居るのは分かっていたが、まさか直球でテンプレートな悪の組織が現れるとは社自身も予想外であった。

 

「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが・・・ちょっと成り行きでして・・・。社さんの言う通り、人身売買している裏組織の関連施設を潰し回っていました」

 

「一体、何があればその様な事になるんじゃ?」

 

「移動しながら説明すっから、手伝ってくれないか?割とキリが無くてな」

 

 ドンナーをホルスターに仕舞いながら、地面に転がる男達を通行の邪魔だとでも言う様に瓦礫の上に放り投げていくハジメ。積み重なっていく男達を尻目に、ハジメはユエ達に何があったのか事情を説明し始めた。

 

 

 

 

 

「始まりは、俺が地面の下から子供の気配を感知した事だった」

 

 シアとのデート中、ハジメは〝気配感知〟*1により、地面の下から人の気配を感じ取った。本来なら下水道を管理している職員のものだと考えるのが道理なのだが、問題は気配の小ささと弱さがまるで衰弱した子供の様に感じられた事だった。

 

 その事実を知った2人ーーー特にシアは、衰弱した子供を救ける事を即決。ハジメの〝錬成〟により地面に開けた穴に飛び込むと、あっと言う間に子供を救出したのである。

 

「そんな感じで、助けたまでは良かったんだが。問題はその子供が〝海人族〟でな」

 

 〝海人族〟は西大陸の果てにある【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している亜人族だ。彼等は種族の特性を生かして、大陸に出回る海産物の実に8割を産出している為、亜人族でありながらハイリヒ王国から(おおやけ)に保護されている特殊な種族なのだ。差別しておきながら使えるから保護すると言う、王国の凄まじく現金且つ汚れた部分が見える話である。

 

 そんな保護されている筈の海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れている等有り得ない。隠し切れない犯罪の匂いを感じたハジメ達は、下水道から人目の付かない裏路地に繋がる穴を〝錬成〟して脱出、子供を保護したのだった。

 

「幸い、救けて直ぐにその子は目を覚ましてな。即席で〝錬成〟した風呂に入れたり、服やら薬やら食べ物やらを買ってきて介抱した後、色々事情を聞いてみたんだが・・・結果は案の定だ」

 

 目を覚ました〝海人族〟ーーーミュウと名乗った女の子を介抱したハジメ達が事情を聞いた所、予想通りと言うべきかミュウは海岸線の近くを泳いでいた際に母親と逸れてしまい、彷徨っていた時に人間族の男に捕らえられてしまったらしい。その後、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られてからは、薄暗い牢屋の様な場所に入れられて過ごしていたのだとか。

 

 牢屋の中には他にも幼子達がおり、その中には人間族も数多く居たらしい。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は毎日数人ずつ連れ出され戻ってくる事は無かったと言う。恐らくは、商品として売買されていったのだろう。

 

 そしていよいよミュウの番になった日に、偶々下水施設の整備でもしていたのか地下水路へと続く穴が開いていたらしい。3、4歳の幼女に何か出来る筈が無いとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったミュウは懐かしき水音を聞いて咄嗟にその穴へ飛び込んだ。汚水への不快感を我慢しながらも懸命に泳いだミュウは、幼いながらも海人族としての特性を生かして何とか追手を振り切った。

 

 だが、誘拐されて長旅を強要され、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かると言うストレス極まる悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったのである。

 

「大体の事情を聞いた後は、ミュウをどうするかって話になったんだが・・・結局、保安署*2に預ける事になってな。駄々ごねるミュウとシアを説得して、保安署に引き渡したんだよ」

 

義姉(ネエ)サンはまだしも、ミュウって子まで駄々コネてたんスか?」

 

「食べ物渡したり風呂上がりに髪乾かしてやったら、異様に懐かれてな。髪引っ張られたり魔眼鏡(モノクル)引っ掻かれたり、大変だったんだぞ?」

 

「ハジメさん、面倒見良かったですからねぇ〜。ミュウちゃんの相手をするのも、別に嫌じゃ無かったんでしょう?」

 

 アルの問いに答えながら若干疲れた表情を見せるハジメと、想い人(ハジメ)の優しい一面をみてご満悦なシア。ハジメがミュウを保安署に預けると伝えた時、シアは当然の様に反対した。同じ亜人族として、捕らえられ奴隷に落とされる恐怖や辛さが良く理解出来ているからだろう。シア自身、既に家族を奪われているからこそ、自分達でどうにかしたいと言う気持ちもあった筈だ。

 

 だが、それ以上にミュウを勝手に連れて歩く訳には行かなかった。迷子を見つけた際に保安署に送り届けるのは正規の手順であるし、何よりミュウは犯罪組織に拉致られた被害者なのだ。勝手に連れて行ってしまうと、今度はハジメ達が犯罪者になりかねない。それらの事情を加味した上で、保安署に預けると言う選択肢が最も無難(ベター)だったのだ。

 

「公に認められてる海人族を、裏のオークションに掛けようなんて大問題だ。ミュウも手厚く保護されるだろうし、正式に捜査が始まれば他の子もいずれは保護される。こう言っちゃ何だが、保安署に丸投げするのが俺達にもミュウにとっても最善だった」

 

「【グリューエン大火山】の大迷宮にも挑まなきゃならんし、尚更ミュウって子を連れて行く訳には行かないからなぁ」

 

 全力で不満を露わにするミュウをあやしながら、保安署に到着したハジメ達は保安員に事情を説明した。ミュウに顔や髪の毛を引っ張られるハジメを見て最初は目を丸くしていた保安員だったが、事情を聞くと表情を険しくしながらもミュウを手厚く保護する事を約束してくれた。予想通り大きな問題らしく、本部からも応援が来るそうで、ハジメ達もお役御免と引き下がったのである。

 

 それでも、ミュウだけは最後まで納得しなかった。ウルウルと潤んだ瞳で「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」と上目遣いされた際は、さしものハジメも罪悪感に駆られ、最終的には見兼ねた保安員達がミュウを宥めながら少しだけ強引にハジメ達と引き離し、保安署を後にしたのだった。

 

「成る程。思う所はあれど、これにて一件落着ーーーとは、ならなかったので御座いますね?」

 

「あぁ。奴等、あろう事か()()()()()()()()()()()

 

 最後まで悲しげな表情と声のミュウに後ろ髪を引かれつつも、保安署から離れたハジメとシア。特にシアは「他にも出来る事があったのでは?」と気落ちしており、そんな彼女を見兼ねてハジメが声を掛けようとした直後。背後から爆発音が聞こえたのだ。

 

 驚き振り返ったハジメ達の視線の先では、保安署から黒煙が上っていた。最悪の事態が脳裏を(よぎ)り、互いに頷くと直ぐ様保安署へと駆け戻るハジメ達。保安署の内部は派手に窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっていたものの、建物自体はさほどダメージを受けていない様子で、保安員達も大なり小なり怪我をしていたものの命に関わる怪我はしていなかった。

 

 が、やはりと言うべきかミュウが見つかる事は無く、その代わりに見つかったのが「海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて来い」と言う言葉と指定された場所の書かれた1枚の紙だった。どうやら何らかの方法で保安署のやり取りを聞いていたらしく、ミュウを人質として利用した上で、レアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたのだろう。

 

 ハジメも当初はミュウを危険な旅に同行させる気が無い以上、さっさと別れた方が互いに傷付かないと考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせる事になるからだ。だが、再度拐われたとなれば話は変わる。窮地にある幼子を助けられるのに放置するのは、ハジメに僅かばかり残っている良心に(もと)るし、何よりそんなあり方は自分を大切に思う人達に顔向け出来ない生き方だろう。

 

 それに今回、相手はシアをも奪おうとしている。己自身(ハジメ)の〝大切〟に手を出そうと言うのなら、優先して排除すべき〝敵〟でしかない。彼等はハジメの触れてはならない逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃ居てミュウ自身は居なかったんだよ。多分、最初から俺を殺してシアだけ頂く気だったんだろうな。取り敢えず数人残して皆殺しにした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが、知らないらしくてな。拷問して他のアジトを聞き出して、を繰り返している所だ」

 

「どうも私だけじゃなくて、ユエさんやアル、それにティオさんとフィルルさんについても誘拐計画があったみたいですよ。それでいっその事、見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうという事になりまして」

 

 移動しながらハジメとシアの説明を聞くユエ達。社から自分達が狙われている事を聞いていた故にそこまで大きな驚きこそ無いが、ここまでトラブルに巻き込まれているのを見ると、一周回って感心せざるを得ない。

 

「俺が言うのも何だけど、本当にトラブル体質だな。帰ったら一度、ウチの神社でお祓いでもするか?」

 

「・・・マジでお前の祖父(じい)ちゃんに頼むのも有りかもな」

 

 割と真剣な社の提案に、これまた割と真剣な表情で考えるハジメ。『呪術師』兼神主である社の祖父であれば、実力も御利益もある程度保証される筈だ。逆説、そんな祖父に諦めた様に首を振られでもしたら、本当にどうしようも無くなる訳だが。

 

「・・・それで、ミュウっていう子を探せば良いの?」

 

「ああ。聞き出したところによると、結構大きな組織みたいでな。関連施設の数も半端ないんだ。手伝ってくれるか?」

 

「ん・・・任せて」/「勿論ッス」

 

「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非も無いの」

 

(わたくし)も、微力を尽くさせて頂きます」

 

「言うまでも無いだろうよ。それと、奴等の本拠地は大体目星付いてるぞ。何せ悪意が1番濃いからな」

 

「お前の〝悪意感知(それ)〟、本当に便利だな・・・。それなら、俺達も別行動といくか」

 

 躊躇う事無く了承する仲間に頼もしさを感じながら、ハジメは別れて行動する事を提案する。最も敵が多く、且つミュウが居る可能性の高い本拠地にハジメとユエとシアが。ハジメが場所を把握している拠点にはティオとアルが。未だに場所が判明していない拠点は、〝悪意感知〟を持つ社とフィルルが担当する事に。

 

「そっちで何か見つけたら、社かアルが〝念話〟で連絡しろ。下っ端でも逃したら面倒だ、残らず再起不能にしちまえ。ーーー任せたぞ!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 ハジメの号令と共に、3方向に分かれる面々。この瞬間、フューレンに巣食う人身売買組織〝フリートホーフ〟壊滅のカウントダウンが開始された。

 

 

 

 

 

「と、意気込んだは良いものの、やっぱり碌な手掛かりが無いな」

 

「幹部ならまだしも、下の構成員に証拠となる物を持たせる程、甘くはありませんね」

 

 そこそこ質の良い調度品が置かれた部屋の中で、机や棚を漁りながら話す社とフィルル。2人が今居るのはフューレンに点在している裏組織の拠点の1つであり、そこの管理を任されていたリーダーの執務室である。とは言え、組織から見れば中間管理職に近い立場だったらしく、書類は数あれど重要そうな内容の物は1つとして見つからない。

 

「此処もハズレと。本命はハジメ達の方とは言え、こっちはあんまり期待出来そうに無いか」

 

「アル様達からも連絡が来ていないとなると、彼方(あちら)も難航しているのかも知れませんわ」

 

 喋りながらも捜索の手を止めない社とフィルル。室内からはガサゴソと書類や家具を漁る音や2人の喋り声が響いてくるが、それを咎める者は居ない。それどころか、拠点の中は2人の居る部屋以外からは一切の音が消え去っている。まるで社達以外には誰も居ないと錯覚する程の不自然な静寂であった。

 

「仕方ありませんわ。粛々(しゅくしゅく)と、(わたくし)達の務めを果たすと致しましょう」

 

「それしか無いか。じゃ、次にいきますかね」

 

 書類を粗方探し終え、社とフィルルは足早に執務室を後にする。大した成果を上げられなかったにも関わらず、2人の表情に落胆の色は無い。それもその筈、2人に割り振られた役割は情報収集では無い。

 

「さて、次の拠点はーーーおっと、増援だ」

 

「おやおや、お早い事で」

 

 ふと階下から聞こえてきた怒号と足音を聞き、「手間が省けた」と言わんばかりに笑みを浮かべる社とフィルル。足音と気配からして数は30人強、廊下の両端にある階段から2手に分かれて登っているらしく、社達を挟み撃ちするつもりなのだろう。有用な情報が無かった以上、先の執務室の窓から飛び降りるなりしてさっさと逃げるのも手ではあるが。

 

「じゃあ、そっちはお任せで」

 

「承知致しました。一匹残らず始末しておきます(ゆえ)

 

 言葉少なく背中合わせに別れながら、社とフィルルは迷い無く構成員の迎撃を選ぶ。然もありなん、2人に課せられた役割は、殲滅。再起など出来ぬ様に、報復なぞ思い付かぬ程に、徹底的に片を付ける為に。頭から末端まで、1人残らず全てを叩き潰すつもりなのだ。

 

「居たぞ!アイツらだ!」/「何処のどいつか知らねぇが、よくも好き勝手ーーー」

 

「次が(つか)えてる、さっさと死ね」

 

 怒号と共に廊下を駆けて来る男達に対して、社は瞬時に肉薄しながら〝流雲(りゅううん)〟を三節棍へと可変させる。3つに分たれた棍の真ん中を握りしめながら『呪力』を流し込んだ社は、武器を構える構成員の群へ突貫しながら力任せに〝流雲(りゅううん)〟を振り回す。

 

 ゴガガガガガッ!!

 

 人体を叩いているとは思えない、まるで刃の鈍いミキサーを無理矢理動かしたかの様な音が鳴り響く。社の速さに全く対応出来ない構成員達が、片っ端から薙ぎ払われているのだ。抵抗など持っての他、運良く武器で防御出来てもボロ屑の様に引きちぎられる始末。吹き飛ばされた男達は壁や床をブチ抜くと、そのまま誰1人として動かなくなっていく。

 

「ヒッ、な、何だこの化け物!?」/「こんなのが居るなんて聞いてねぇぞ!?」

 

「もっと早く気付けよ、間抜け」

 

 構成員の半分程を瞬く間に処理した社を見て、今更力の差を自覚したのか逃げ出そうとする男達。この階に上がって来るまでの道中、社とフィルルが始末した構成員の死体を散々見てきた筈だ。にも関わらず、「自分達の力が及ばない手練れが居るかも」と僅かでも考えが及んでいなかったのは、愚かとしか言い様が無い。

 

「あら、よっと」

 

 ドゴムッ!!

 

 我先に階下へ向かおうとする男達を放置した社は、気が抜ける様な掛け声と共に三節棍形態の〝流雲(りゅううん)〟を力の限り床に叩きつけた。人体すら容易く引きちぎる程の衝撃は木造の床に容易く大穴を開け、社を支えていた足場ごと階下へと崩れていく。

 

「なっーーー」/「に、逃げーーー」

 

「生かして返すつもりは無い。観念しな」

 

 上から降って来た社の殺意と無慈悲な宣言に、パニックに陥る男達。超えてはならない一線を超えた裏組織の連中を赦す程、社も甘く無い。逃げ惑う男達に向けて淡々と〝流雲(りゅううん)〟を振るい続けた社は、1分足らずで残りの構成員全てを沈黙させた。

 

(さて、後はフィルルさんの方がどうなってるか。・・・まぁ、あの調子なら大丈夫だろうけど)

 

 〝流雲(りゅううん)〟に付いた血を振り払った社は、その場で跳躍すると通路に開けた大穴を通って上の階へと飛び上がる。フィルルの実力ならば万が一も起こり得ないだろうが、取り逃しが出ないとも限らない為、早々に合流すべきであろう。最も、社が気にしているのは別の事案であるが。

 

「見事なお手際ですわ。此方はもう少々と言った所です」

 

「・・・・・・・・・それは、まぁ、見れば分かるけど」

 

 戻って来た社を満面の笑みで迎えるフィルル。だが、肝心の社は片眉を上げて怪訝そうな表情を隠そうともしない。社にしては珍しいおざなりな対応ではあるが、原因は目の前に広がる光景ーーー否、惨状にあった。

 

(魔法で作った水の玉を、頭に被せて窒息させているのか)

 

 床に這いつくばりながらもがき苦しむ男達を、冷静に観察する社。彼等の頭には一様に直径30cm程の水球が張り付いている。恐らくは、水属性の初級魔法である〝水球〟*3だろう。たかが水の玉と侮るなかれ、人間は水深10㎝もあれば溺死するし、まして大人の頭を丸々包み込める大きさの水球である。どうにか足掻くべくバシャバシャと水球を叩く音も聞こえるが、その程度で壊れる程脆くはない。抵抗も空しく、構成員の男達は次々と陸の上で溺れていく。

 

「さっきから、何故こんな回りくどい方法を?」

 

「魔力の節約で御座います。(わたくし)はティオお嬢様やユエ様程に、魔力が潤沢ではありませんので。こうして最小限の魔力で効率的に処理をしているのです」

 

「・・・・・・左様で」

 

 笑みを崩さないまま指先に小さな〝水球〟を作り出すフィルルを見て、何とも言えない顔をする社。裏組織の支部を潰し始めてから、フィルルはずっと〝水球〟による窒息死戦法を取り続けていた。

 

(いきなり呼吸を邪魔されて平気な人間はまずいない。仮に持ち直しても〝技能〟や魔法の発動は少なからず阻害出来るし、悲鳴やら叫び声やらで他の奴らに気付かれるのも防げる。フィルルさんが殆ど消耗していない所を見るに、燃費もかなり良い筈。・・・確かに、合理的ではある)

 

 支部や構成員の数が分からない以上、出来るだけ魔力を節約すべきだとするフィルルの考えは戦略上間違い無く正しい。呼吸が出来なければ動きは鈍るし、口を塞ぐ事で魔法の詠唱や助けを呼ぶ事も妨げている為、初手で防げなければほぼ詰みだろう。流石に一定以上の実力者には効かないだろうが、数が多いだけの格下を処理するのなら効率的な手段と言える。だが。

 

(・・・どう見ても、()()()()()()()よなぁ)

 

 呼吸困難に陥り、痙攣やチアノーゼ*4を引き起こす男達の様子を、食い入る様に見つめ続けるフィルル。万が一が起こらない様に、油断無く目を光らせているーーー訳では断じて無いだろう。その証拠にフィルルの目は恍惚に爛々と光り、愉悦の滲んだ口元は裂け目の様に歪んでいる。〝悪意感知〟を使うまでも無い、誰の目から見てもフィルルが男達の死に様に悦楽を感じているのは明白だった。

 

(前々から引っ掛かってた違和感の正体はこれか)

 

 周囲に生き残りの気配が無いかを探りながら、頭痛を堪える様に眉間に皺を寄せる社。ティオとは異なり、フィルルは以前から考えや悪意が読み辛い事があった。無論、その程度なら個性の範疇な為、社も気に留めてはいなかった訳であるが、此処に来てまさかのトンデモ癖の開示である。社で無くとも頭を抱えたくなるだろう。竜人族には2人しか出会っていないが、マトモな人物は居ないのかも知れない。

 

(いやでも、何でこのタイミングで俺にバラしたんだ?とうとう我慢が効かなくなった・・・いや、悪意が膨れる予兆も無かったし、その線は薄いか。本性を隠すのが面倒になったのか、何かキッカケでもあったのか・・・駄目だ、分からん)

 

 社が元の世界で戦って来た『呪詛師』や『呪霊』、妖の中には確かに他者を虐げて快楽を得る者も居た。だが、そう言った連中は好みの獲物を選別する事はあれど、痛めつける対象そのものは凡そ無差別であり、悪意も自分本位の無軌道な傾向が強かった。

 

 翻ってフィルルは、他者を痛めつける事に暗い悪意(愉悦)を感じている事には違い無いが、それにしては悪意の出力や方向性が安定し過ぎている様に感じられた。獲物を選り好みしていただけの可能性もあるが、それにしては普段の悪意が大人し過ぎる。様々な悪意を読み取って来た社をして、今までに見た事の無いタイプであった。

 

(・・・・・・・・・一旦放置で良いか。今はそんな事考えている場合じゃ無いし)

 

 思考する事数十秒、社はフィルルに対する考察を明後日の方向にぶん投げる事に決めた。問題の先送り、或いは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変(行き当たりばったり)に、と言うやつである。フィルルの考えは未だにハッキリしないが、それとは別に「少なくとも、今の所は問題無い」と()()()()確信が持てる程度にはフィルルに対する信用もあったからだ。

 

〝社さんにアル、聞こえますか?〟

 

〝聞こえてるよ、義姉(ネエ)サン〟/〝どしたの、シアさん〟

 

〝ハジメさん達と本拠地に乗り込んだ結果、ミュウちゃんの居場所が分かりましたので、私達はそっちに向かいます!ハジメさんからは「俺達のバックアップは必要無い。アルと社達はそのまま別個で他の支部を出来るだけブッ潰せ」って指示が出てるので、皆さんはその通りにお願いします!〟

 

〝了解〟/〝あいよー〟

 

「?もしや、他の所で進展が?」

 

「あぁ、ハジメ達がミュウちゃんの居る場所に当たりを付けたらしい。そのまま向かうから、俺達には引き続き支部を潰して欲しいってさ」

 

「おやおや、それは朗報で御座いますね♡」

 

「・・・・・・ウン、ソウダネ」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべるフィルルとは対照的に、頰を引き攣らせながら棒読みで返す社。いたいけな幼子を助けられる事に喜んでいるのか、はたまた自分の欲望を満たせる事に悦びを感じているのか。深掘りした所で碌な事にならないのは目に見えている為、社は一切突っ込まない事に決めた。どうせ、被害に遭うのは犯罪集団の一味なのだ。自業自得と割り切って貰うしかないだろう。

 

「・・・それじゃあ、気を取り直して次に行きますか」

 

「えぇ、えぇ♡世の為、人の為、(わたくし)達も尽力致すとしましょうか♡」

 

 語尾にハートマークが浮かんでいるのでは?と思う程にルンルンなフィルルと、呆れながらも歩みを一切止めない社。いずれにせよ、裏組織の構成員達の末路は決まり切っていた。

*1
社の〝悪意感知〟と同様、常時展開している

*2
地球で言う警察機関。

*3
本作オリジナルの魔法。文字通り、水の球を生み出す魔法。風属性の初級魔法〝風球〟や、火属性の初級魔法〝火球〟と同系列。

*4
血中の二酸化炭素濃度が上昇し、肌が紫色になる現象。

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