ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「ヒャッハー!ですぅ!」
左側にライセン大峡谷、右側には雄大な草原が広がる中で、太陽を背に西へと疾走する魔力駆動二輪と四輪。砂埃を巻き上げながら街道に沿って進む四輪と異なり、二輪は峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりとノリノリで爆走している。
「シアの奴、ご機嫌だな。世紀末の
「・・・むぅ。ちょっとやってみたいかも」
四輪の運転席の窓枠に肘をかけながら、片手でハンドルを握り呆れた様に呟くハジメと、助手席で同じ様に呆れながらも興味を惹かれるユエ。奇声を上げながらスタントマン顔負けの腕前で二輪を運転しているのは、他でも無いシアであった。
「前から運転したいとは言ってたッスケド、まさかあんなにハマるとは」
「ハジメ様曰く、魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かす事ができるそうですが。それを差し引いても見事な乗りこなしですわ」
外付けの屋根&風除けが追加され今まで以上に快適になった四輪の荷台から、
「クッソォ、何故俺はあの時チョキを出したっ・・・!!」
「まだヘコんでるンスか、社サン」
「シア様に負けたのが余程悔しかったのでしょう。ーーーフフフ、とても見応えのある良い表情ですわ♡」
アルやフィルルと同じく荷台に乗りながら、社は膝を突いて忌々しげに己の
「しかし、本当に楽しそうに運転しておるの。余程二輪が気に入ったと見える」
「だとしても調子乗りすぎだろ。煽ってんのか」
呆れたハジメと微笑ましいものを見る様なティオの視線の先では、シアがバイクスタントをキメまくっていた。ドリフトやらウィリー走行は朝飯前、ジャックナイフやらバックライドやら、プロと見紛う技の数々を披露している。アクセルやブレーキも魔力操作で行えるので地球よりも遥かに簡単ではある筈だが、それでも既にハジメでも足元に及ばない程に乗りこなしていた。
「少なくとも、俺はあんな技教えた覚えは無いんだが」
「俺が教えた。反省も後悔もしていない」
「お前って奴は・・・」
どうやら一連の妙技は社からシアに伝授された物らしい。別に教えるなとまで言うつもりは無いが、それはそれとして「へいへい、どうだい、私のテクは?」と言わんばかりにドヤ顔を決めるシアが若干イラつくのも事実だった。
このままシアを視界に入れ続けるのも不毛だと感じたハジメだったが、ふと横を見ると何時の間にかユエの膝の上に移動していたミュウがキラキラと目を輝かせていた。大きなクリッとした瞳に映るのは、ハジメ側の窓の先ーーーノリにノリまくっているシアの姿。
「パパ!パパ!ミュウもあれやりたいの!」
「ダメに決まってるだろ」
ミュウのおねだりを即却下するハジメ。言うまでも無い事であるが、シアの危険運転極まりない二輪にミュウを乗せると言う選択肢は有り得ない。ミュウを母の下へと無事に送り届ける依頼的にも心情的にも、無駄な危険に晒して良い理由等無いのである。
「やーなの!ミュウもやるの!」
「・・・暴れちゃメッ」
「うぅ〜〜〜」
案の定と言うべきか全力で駄々を捏ね始めるミュウを、座席から転げ落ちない様に後ろから抱きしめつつ叱るユエ。危険なのは分かっていても、納得までは出来ないのだろう。可愛らしい唸り声を上げながらしょぼくれるミュウに、ハジメが「仕方ないなぁ~」と言わんばかりの表情でフォローを入れる。
「ミュウ。後で俺が乗せてやるから、それで我慢しろ」
「ふぇ?いいの?」
「ああ。シアと乗るのは断じて許さんが・・・俺となら構わねぇよ」
「シアお姉ちゃんはダメなの?」
「ああ、絶対ダメだ。見ろよ、あいつ。今度はハンドルの上で妙なポーズとりだしたぞ。あんな危険運転する奴の乗り物に乗るなんて絶対ダメだ」
二輪のハンドルの上でジョ◯ョ立ちを決めながら「HAHAHA!!」と高笑いを上げるシアは、誰がどう見ても純度100%のヤバい奴だった。今後、何があってもシアの運転する二輪には、ミュウを乗せまいと固く心に誓うハジメ。
「それなら俺がミュウちゃん乗せても良いんじゃないか?」
「本当?社お兄ちゃんでも良いの?」
「・・・まぁ、確かにシアよりはマシーーーいや、やっぱ駄目だ。お前は安全を確保すりゃ、どんな運転しても良いとか思ってそうだ」
「心外だな。精々〝
「それが論外だって言ってんだよ馬鹿」
確かに社の『式神調』であれば、〝
「そもそも、二輪は危ないんだから出来れば乗せたくないんだがなぁ・・・二輪用のチャイルドシートとか作ってみるか?材料はーーー」
「ユエお姉ちゃん。パパがブツブツ言ってるの。変なの」
「・・・ハジメパパは、ミュウが心配・・・意外に過保護」
「フフ、ご主人様は意外に子煩悩なのかの?ふむ、このギャップは中々・・・ハァハァ」
「ユエお姉ちゃん。ティオお姉ちゃんがハァハァしてるの」
「・・・不治の病だから気にしちゃダメ」
膝の上から自分を見上げてくるミュウの頭をいい子いい子しながら、話し相手を務めるユエ。当初こそ何が何でも「パパ」呼びを変えようと手を尽くしていたハジメだったが、その度に目端にウルウルと涙を浮かべたミュウに「め、なの?ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えられ、今では「パパ」呼びについて諦めざるを得なくなっていた。
最も、ハジメとしても(パパ呼びは兎も角として)ミュウに懐かれるのは満更でも無い様で、許容してからと言うもの、今では過保護と言っても良い位にミュウを気に掛けていた。
「何つーか、失礼かもッスケド、南雲サンがあそこまで過保護になるとは思わなかったッス」
「口では色々仰りつつも、ミュウ様の事が可愛いのでしょう。強いて問題を挙げるとすれば、少々世話を焼きすぎている点でしょうか」
「やっぱりフィルルさんからも、そう見えるよねぇ。ハジメの奴、子離れできるのか?」
荷台でそれぞれの感想を述べる
とは言えハジメが世話を焼きすぎる時もあり、その場合は逆にユエがストッパーになってミュウに常識を教えていた。最近はミュウがハジメにべったりな為、ユエもハジメと2人っきりでイチャつく機会が持てず欲求不満気味であったが、やはり懐いてくれるミュウが可愛いらしく仕方無いと割り切っている様だ。
「ああしてると、本当の親子に見えるッスねぇ、ユエサン達。今もミュウチャンの耳塞いで、興奮してるティオサンの吐息を聞こえない様にーーーあ」
「おぉ、極小の〝雷球〟*3飛ばしてティオさん黙らせてる。え、あれ地味に凄い事してない?」
「周囲に被害の出ない大きさに調整しながら、それでいてお嬢様を確実に沈黙させる威力も兼ね備えている・・・並大抵の
妄想に熱が入り始めてハァハァ言い始めたティオに、容赦無く魔法を撃ち込んで黙らせるユエ。ミュウの耳を塞ぎながら放たれる神業に、社達は感心しっぱなしである。
「・・・・・・私が、しっかりしなきゃ」
ミュウ専用の座席作りに思いを馳せてブツブツ呟くハジメ、二輪の後部に捕まって地面を直接滑る変態機動を始めるシア、後部座席で放送禁止の表情で悶えるティオ。そして、その惨状を前にしても特に動揺する事無く荷台で呑気に喋る『呪術師』組を見ながら、ユエはちょっとだけ虚しい決意をするのだった。
「そう言えば話は変わるんスケド、アタシらって一先ずホルアドに向かうんスよね?」
「そうだね。と言っても、ホルアドのギルド支部長に手紙を渡すだけだから、少し寄るだけだけど」
現在、ハジメ達一行が目的地としているのは【グリューエン大砂漠】ーーーの道半ばにある宿場町ホルアドだった。本来ならば特に用事も無いため素通りする筈だったところを、イルワからの依頼で寄り道する事になっていた。
「別に文句がある訳じゃ無いッスケド、何で態々アタシらに手紙を届けさすンスかね?確か、ギルドのお偉いサンは連絡用の魔道具持ってんじゃ無かったでしたっけ?」
「当然、連絡は取ってるだろうけど・・・本命は、俺達の顔繋ぎじゃないかな」
「・・・ウィル様を救出した際の報酬の件ですね?」
「イルワさん本人に直接聞いた訳じゃないけど、多分ね。渡す様に頼まれた手紙の内容も、俺達の
イルワがハジメ達に報酬として提示した〝金ランクへの昇格〟と〝出来得る限り便宜を図る〟の内、前者は既にイルワから承認されている。だが、事が事だけに裏金や癒着が疑われる可能性もある為、複数のギルド長による賛同が必要だった。後者に関しても、前もって他の支部を巻き込んで根回ししておく方がスムーズに事が進むとイルワは判断したのだろう。
「自分で言うのもアレだけど、俺達も思いっきり滅茶苦茶やったからなぁ。魔人族率いる魔物の軍勢の撃退に、フューレンの裏組織壊滅RTA・・・そりゃあ、下手人の顔くらいは拝みたくもなるだろうさ」
「改めて言われると、マジでやってる事イカれてるッスね、アタシら・・・」
自分達の所業を思い出して、染み染みと遠い目をする社とアル。勿論、それらの情報は既に他のギルド支部長にも知れ渡っているだろう。証人も多数存在する以上、嘘偽りだと判断される可能性は低いが、疑念を持ちたくなる内容であるのも事実。今回の顔通しは、それらの疑いに対するダメ押しの意味もあるのだろう。
「我々も種族や出自を明かせぬ以上、ステータスプレートによる証明も難しいでしょうし・・・ハジメ様や社様のプレートを見せるだけでは、限界が御座いますし」
「まぁねぇ。下手すりゃ故障だの
会話を続けていた社がふと横を見ると、何故かアルが訝しげに社とフィルルを交互に見比べていた。社の呼びかけにも応じず、
「・・・いや、それはコッチの
「「・・・・・・・・・」」
唐突とも取れるアルの疑問に、思わず顔を見合わせる社とフィルル。社は余り気にしてはいなかったが、確かに今朝よりフィルルからの呼び方が変わっていた。とは言え、ほぼ確実に昨夜の密会が原因だった為、社も特に気にせず受け入れていた訳であるが、まさかアルからツッコまれるとは予想外であった。
〝念の為聞くけど、昨日の相談やら『縛り』やらは秘密の方が良いの?〟
〝
〝念話〟による社の問い掛けに、澄まし顔で答えるフィルル。どうやら本心からどっちでも良いと考えている様だ。昨日の相談はフィルルにとって酷く重要な内容だと思っていたが、特段隠す気は無いらしい。相変わらず、本心が見えない
「・・・今、〝念話〟で相談してるッスね?」
「フフフ、バレてしまいましたか。ハジメ様に関しては、お嬢様がお慕いしている方ですから。これからどう転ぶにせよ、他人行儀では宜しくないと考えた次第で御座います」
「・・・その理屈なら、アタシもハジメサンって呼ぶべきッスかね。一応、
クスクスと笑いながら答えるフィルルに、至って真面目な顔でズレた事を考え始めるアル。ハジメが聞いていたら顔を
「まぁ、南雲サンーーー改め、ハジメサンはそれで良いッス。でも、社サンは?」
「社様はーーー
「ヘェア!?!?!?」
「オイ」
フィルルがとんでも無い事を口走ったのを聞き、思わずツッコミを入れる社。フィルルの内面に関わるであろうデリケートな話題の為、下手に口を挟むつもりは無かったのだが、流石に今の発言は聞き流せなかった。誰がどう聞いても誤解しか生まない言い方であり、案の定、アルは変な声を上げて固まってしまっている。
「もうちょい言い方ってもんがあるでしょうが、フィルルさん」
「フフフ、申し訳御座いません♡つい、出来心で♡ですが、嘘は一切申し上げておりませんよ?」
「ははーん、さては全く悪びれるつもりないな?この
実に良い笑顔を浮かべるフィルルを見て、頭を抱えたくなる社。今までの瀟洒で優雅な振る舞いとは異なり、今の彼女は茶目っ気たっぷり悪意増し増しなチェシャ猫の様に笑っている。昨夜の相談では「
「取り敢えず、アルさんは落ち着いて。良いかい、今のはーーー」
「・・・タシも・・・」
「え?」
「ア、アタシも・・・メイド服着て、ご主人様呼びした方が良いッスか・・・?」
「どれだけ思考を
見るからに動揺しながらお目々グルグルになっているアルを、どうにか宥めようとする社。一体、どう言う思考の
「素晴らしい、遂にアル様にも奉仕の喜びが芽生えたのですね。ご安心下さい、
「いや、絶対に違うでしょ。と言うか誤魔化すにしろ、もうちょいマシなーーー」
「何と・・・!?遂に、フィーの眼鏡に適う
「おぉっと、収拾が付かなくなってきたぞー?」
何時の間に復活したのやら、後部座席で話を聞いていたらしきティオも参加してくる始末。荷台の上は既に混沌もかくやと言った様相を呈しており、此処からの軌道修正も不可能では無いだろうが、正直面倒臭くなってきたと言うのが社の正直な気持ちだった。
「そう面倒そうな顔をするでないぞ、社よ。妾もフィーとは、それこそ幼少のみぎりよりの付き合いになるが、今まで異性の影一つ見ておらなんだ。妾の言えた義理では無いが、そんな親友があろう事か
「・・・確かに、気持ちは分からんでもないけど。と言うか、ティオさん的に主人の鞍替えはアリなの?」
「勿論だとも。妾だけ好き勝手やっておりながら、フィーには自制を求めるなどと狭量な事を言うつもりは無いぞ?」
竜人族の長の娘であるティオはその立場上(何時もの姿からは想像出来ないが)姫として扱われており、婚約者候補も何人か居たりする。が、「自分より弱い者を伴侶にする気は無い」と公言しており、ハジメと出会うまでの500年近くを独り身で貫いてきた。一方のフィルルも、ティオ程では無いが竜人族の中で人気があり、幾度か求婚すらされてもいたのだが、「
「妾もてっきり、フィーは異性やら恋愛やらに興味が無いと思っていたのだがのぉ。よもや、社に興味を持つとは。いやはや、それだけでも竜人族の里から連れ出した甲斐があったと言うものよ」
「・・・俺はフィルルさんに〝
「そう言われる事自体、フィルルがお主を気に入っている証拠じゃの。そもそも、あんな風に笑う事すら珍しかったのでな。余程、感じ入る物があったと見える」
「そこまで琴線に触れる様な事、した覚えが無いんだけどなぁ」
現状、社が知るフィルルの情報は少ない。確定しているのは、精々が〝竜人族の生き残りである〟事、そして〝異世界に居る凄腕の『呪術師』である〟事くらいだろうか。余り
「良いですか、アル様。
「そ、そんなフザけた名前のメイド服があるんスか!?いや、でも、
「いや、やっぱりアレおかしいだろ。完全にアルさんおちょくって楽しんでる様にしか見えないんだけど。お宅の
「・・・ふぅむ。やはり、フィーにとっても竜人族の里は狭かったのかのぉ。それはそれとしても、ご主人様程では無いが嗜虐心に満ちた良い笑顔をしておるしのぉ・・・ハァハァ」
「もう駄目だ、この主従」
悪い笑みを浮かべて詐欺師の様に悪魔の囁きを放つフィルルと、顔を真っ赤に染めて口車に乗せられそうなアル、そしてトドメと言わんばかりに
(・・・ホルアド到着まで時間あるだろうし、一眠りでもするかーーー)
ポン!ポン!ポン!
「ーーーは?」
全てを見なかった事にして、社が昼寝を敢行しようとした矢先。間の抜けた音と共に宙から何かが現れる。思わず声を上げる社だったが、現れた物の正体に気付いた瞬間、驚きに目を見開く事になった。それもその筈、現れたのが社も良く知る式神達だったからだ。
「〝
「社様の式神ですか。いきなり現れましたが・・・尋常では無いご様子ですわ」
ーーー!ーーー!ーーー!
「・・・・・・・・・不味いな、幸利達がヤバイ」
突如現れては何事かを懸命に訴えようとする式神達を見て、焦燥に駆られる社。『式神調』で作り出した式神が、こんな風に勝手に現れるのは2度目ーーー奈落の底へ堕ちたハジメの危機を伝えるべく、〝
「ハジメ、緊急事態!幸利と恵里と雫が大分ヤバい目にあってる!」
「あぁ?いきなり何をーーーっ、俺を探し当てた時と同じ、式神の共鳴か!場所は!?」
「方向的にホルアド!下の方に反応があるから、十中八九オルクス大迷宮の中だ!シアさん、悪いけど俺と二輪交代して!」
「り、了解で〜す!」
友人達の危機を前に、社の動きは迅速だった。シアの乗る二輪を四輪の荷台へと寄せてもらいながら、即座にハジメと情報を共有する。どれだけの危機かは未知数だが、ハジメの例を見れば絶対に楽観視は出来ない。まず間違い無く、一刻を争う状況なのは明白だった。
「どう言う状況か分からないが、時間の猶予は余り無い!俺が先行して
「ーーーチッ、それが最善か。無茶だけはすんなよ!」
「そりゃ無理さ。こう言う時に無茶する為に、俺は『呪術師』やって来たんだからなーーーシアさん、交代!」
「了解ですっ、とうっ!」
ハジメと軽口を叩きあった社が、二輪から荷台へと飛び移ったシアと入れ替わる様に二輪へと飛び乗った。時速100km/hを超えた状態で神技の如き曲芸を決めた感慨に浸る余裕も無く、社は二輪に魔力を注ぎ込んで加速するーーーその直前。
トンッ トンッ
「良く分かんないッスケド、社サンのお友達の危機なんスよね?アタシも手伝うッスよ」
「おやおや、アル様だけ抜け駆けさせはしませんわ。社様にはしっかりと
「え、2人も一緒に来んの!?」
フワリと柔らかな動きで、二輪の後部座席に飛び乗ったのはアルとフィルル。口振りからするに、彼女達もまた社と共に先行するつもりらしい。有難いやら疑問やらで混乱しかける社だったが、今は問答している時間すら惜しい。
「えぇい、細かい事は後回し!飛ばすからしっかり掴まっておく様に!行くよ!!」
「
短くも頼もしい返答を聞くと同時、社は二輪に魔力を注ぐとホルアドに向けて全力で加速するのだった。