ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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80話に記載したフィルルのステータスプレートを一部修正しました。

現状、彼女は『呪力反転』を習得していません。


82.残された者達①

「さぁて、決着はついたと思うけど・・・まだやるかい?」

 

「・・・・・・」

 

 数多の魔物を従えながら余裕たっぷりの魔人族と、光輝を筆頭にボロボロになりながら息も絶え絶えな勇者一行。殺意と重圧が渦巻く中、幸利は「どこで間違ったのか」と他人事の様に思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

「これで、終わりだっ!」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた一刀が、ギチギチと硬質な顎を動かす蟻型魔物を綺麗に両断する。場所はオルクス大迷宮の89階、人類の最高到達地点である65階を裕に超えた前人未踏の魔境を、しかし光輝達勇者一向は順調に攻略していた。

 

「皆、良くやった!気を抜かず、周囲を索敵してくれ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 湧き出て来た魔物の最後の1匹を倒した光輝は、皆の健闘を讃えながらも油断無く指示を飛ばす。光輝は勿論の事、他の面々も迷い無く指示に従っており、訓練当初とは比べ物にならない程に仕上がっている。

 

「ふぅ、次で90層か・・・この階層の魔物も難なく倒せる様になったし・・・迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」

 

「だからって、気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔物やトラップが有るか分かったものじゃないんだから」

 

「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ、今まで誰も到達した事の無い階層で余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ!それこそ魔人族が来てもな!」

 

 楽観的な発言をする龍太郎と、それを肯定する様にグータッチする光輝を見て、眉間の皺を揉みながら溜息を吐く雫。以前より遥かに強くなった事で自信が付いたのか、何かと行き過ぎる事が多い2人に対して雫は頻繁にフォローする側に回っていた。最近では「皺が出来たりしてないわよね?」と鏡を見る機会が微妙に増えている辺り、実に苦労人気質が板に付いている。最も、目が離せないのは光輝と龍太郎だけでは無かったが。

 

「・・・・・・・・・」

 

(・・・・・・香織)

 

 雫の視線の先に居るのは、自身のアーティファクトである白杖を縋り付く様に抱きしめる香織だ。迷宮攻略に勤しむ傍で、香織は時々憂いを帯びた瞳で迷宮の奥を見つめる事があった。理由は明白、幾ら探せどもハジメの痕跡が僅かすらも見つかっていないからだ。

 

 痕跡が見つかっていないと言う事は、ハジメが生きているかもと言う希望でもあり、同時に遺品すら残っていないかも知れないと言う絶望でもある。自分の目で確認するまでハジメの死を信じないと心に決めた香織が、ここまで何一つ見つからないとネガティブな思考を切り捨てるのも難しい。まして、ハジメが奈落に落とされた日から既に4ヶ月も経っている。強い決意であっても、暗い思考に侵食され始めるには十分な時間だ。儚げな親友の姿を見て堪らず声を掛けようとする雫だが、それより早く香織に接触する人物が居た。

 

「南雲君が見つからなくて不安かな、香織ちゃん?」

 

「・・・恵里ちゃん」

 

「フフフ、大丈夫。今までの階層には2人の残留思念は残って無かったから、見落としてるなんて事は絶対に無いよ。それに何より、南雲君には社君が付いてるからね。きっと2人とも無事に見つかるよ」

 

 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべながら、香織にフォローを入れる恵里。彼女の天職である〝降霊術師〟はその名の通り降霊術に適正のある天職であり、死者の生前の意思を汲み取る他、残留思念を魔力でコーティングし実体を持たせて動かしたり、遺体に憑依させて操作する事が出来た。その性質上、死者の思念を感知する事も得意であり、この階層に至るまでの間もハジメと社の残留思念を探し続けていたのだ。

 

「残るはたったの10層。あと少しで最下層だから、ここで弱気になっちゃ駄目だよ?」

 

「・・・そっか、そうだよね。私達が不安になっちゃ駄目だよね!有難う、恵里ちゃん」

 

「その調子、その調子。何だったら、今の内に南雲君に何を言うか考えておいたら良いんじゃ無いかな?このシチュエーション、見方によっては感動の再会でしょ?どさくさに紛れて、愛の告白でもしちゃえば?」

 

「え!?そ、そんな・・・告白は出来ればハジメ君の方から・・・いや、でも、上手くムードを作って私から押せばワンチャン・・・!?」

 

 先程の不安や焦りに苛まれていた表情が嘘の様に、キャピキャピと擬音が聞こえる様な姦しいやりとりをする恵里と香織。無論、彼女達もこれが楽観的な予想であるのは分かっている。だが、それを理解した上で尚、2人は最後の最後まで諦めないと他でも無い己自身の恋心に誓ったのだ。今の彼女達には、多少の不安や心配など軽く跳ね返せるだけの覚悟がある。

 

 親友が持ち直した事に嬉しいやら、自分以外が励ました事に僅かばかり寂しいやら、ちょっぴり複雑な気持ちで香織達を眺める雫。と、その背後からちみっこいムードメイカーが、ピョンとジャンプして雫の背後からムギュッと抱き付いた。

 

「シズシズ〜!何か元気無いね〜?もしかして、何処か怪我してるのかな〜?鈴に見せてごらん〜?」

 

「ひんっ、ちょっ、鈴!?貴女、どこ触ってるの!」

 

「そりゃあ勿論おっぱおだよぉ!でも、これは立派な医療行為だから!合法的な触診だから!」

 

「あ、貴女は別に医者でも〝治癒師〟でも・・・んあっ、や、やめなさ、んぅっ!?」

 

 雫に抱き着いて公然とセクハラをしだしたのは、〝結界師〟の谷口鈴だ。恵里の親友である彼女は生粋のムードメーカーでもあり、暗くなりがちな探索の中で一種の清涼剤の役割を果たしていた。が、問題は親友の恵里をして「心の中にセクハラ上等の変態オヤジを飼っている」と評される事であり。

 

「ハァハァ、ええのんか?ここがええのんか?お嬢ちゃん、中々に敏かッへゴブ!?」

 

「ったく、良い加減にしなさい、鈴」

 

「わお、いいの入ったね〜」

 

 人様にはお見せできない表情でデヘデヘしながら雫の胸をまさぐっていた鈴は、当然の様に肘鉄を貰って撃沈した。ついでに鈴と雫の百合百合しい光景を見て一部男子達も腰を引きながら撃チンした。頭にタンコブを作ってピクピクと痙攣している鈴を、「何時もの事だ」と恵里は介抱しない。此処で甘やかせば、つけ上がるだけだと理解しているからである。

 

「全く。鈴ってば元気付けるにしても、もう少しやり方があるでしょうに・・・」

 

「それだけ雫ちゃんの事が心配だったんじゃ無いかな。宮守君が心配なのは、雫ちゃんも一緒でしょ?」

 

「それは、まぁ、そうだけど・・・」

 

「んもう、変なトコで意地張るんだから・・・恵里ちゃんも言ってたけど、残りはあと10層だよ。もう一踏ん張り、頑張ろう!」

 

 微妙に歯切れの悪い雫に対して、酷く真っ直ぐな眼差しを向けて宣言する香織。親友に対して喝を入れると言うよりも、自分が折れない様に改めて言葉にしたと言うのが正しいだろう。だが、だからこそ、その言葉は少しだけ弱気になっていた雫に届く。

 

「・・・ええ、そうね。ありがとう、香織」

 

 香織の気遣いがどれだけ自分を支えてくれているか改めて実感した雫は、目元を和らげて微笑みながら感謝の意を伝える。そんな親友の姿を見た香織もまた、目元を和らげて静かに頷いた。傍から見るとそれはもう百合の花が咲き誇っているのだが、生憎と本人達は全く気付かない。光輝達が何だか気まずそうに視線を右往左往させているのすら目に入らない程度には、2人の世界を創っていた。

 

「今なら・・・ハジメ君を守れるかな?」

 

「そうね、きっと守れるわ。あの頃とは違うもの。レベルだって既にメルド団長達を超えているし・・・でも、もしかしたら彼の方が強くなっているかも知れないわね?あの時だって結局、私達が助けてもらったのだし」

 

「ふふ、もう・・・雫ちゃんったら・・・」

 

「くぅっ、私が悶えてる間に、シズシズとカオリンが良い雰囲気に・・・かくなる上は、エリリンのおっぱおを揉みしだいて癒しをーーー!!」

 

「私のは社君専用だから、例え鈴でも許さないよ?」

 

「ア、ハイ。サーセン」

 

 何時の間にか復活している鈴も交えて、より騒々しくなる女性陣。そこには現状に悲観する事無く、懸命に立ち向かおうとする意思だけがあった。

 

 

 

 

 

「・・・凄いな、彼女達は。実力もそうだが、何よりも精神(こころ)が強い」

 

「本当にな。ったく、あんな風に想われてるなんて、南雲も宮守も隅に置けないぜ」

 

「健太郎は人の事言う前に、とっとと辻さん*1に気持ちを伝えちまえよ」

 

「余計なお世話だ浩介。コンビニレジで目の前の店員にすら反応されない癖に」

 

「その罵倒は今必要だったか!?」

 

 揺らぐとも折れそうに無い香織達を見て感心しているのは、〝重格闘家〟永山重吾と〝土術師〟野村健太郎、そして〝暗殺者〟遠藤浩介の3名だ。彼等もまた終わりの見えない迷宮攻略を続ける中で、か細い希望であろうとも決して諦めない香織達の様子を見て勇気づけられていた。

 

「しかし、南雲も宮森も無事だとしたら、何層に居るのか・・・お前はどう思う、清水?」

 

「あん?何で俺に聞くんだよ」

 

「中村さんもそうだが、何よりお前は南雲と宮守がほぼ間違い無く生きていると確信しているフシがあったからな。何か心当たりでもあるのかと聞いてみただけだ」

 

 突然話を振られて怪訝そうにする幸利に、至極真面目な顔で永山から鋭い質問が飛んでくる。光輝と並ぶ前線組のパーティーリーダーである永山は、クラスメイトだけで無くメルド達騎士団員からも信頼されていた。それは実力もさる事ながら、冷静で柔軟な思考が出来る事も理由であったのだが、どうやらそこには観察眼も含まれているらしい。

 

「・・・チッ、天之河なんぞよりよっぽどリーダーに向いてんじゃねぇのか、永山」

 

「何で清水はそんなガラ悪いんだよ?」

 

「ウルセェぞ遠藤。影薄くて自動ドアにすら気付かれねぇ癖に」

 

「お前らは俺に対して罵倒を挟まなきゃ会話出来ないの???」

 

「でも確かに、お前も中村さんも南雲と宮守をあんま心配してなかったよな。なんか理由あるのか?」

 

「・・・さぁ、どうだかな」

 

「・・・あの時、宮守と一緒にベヒモスの相手してたトンデモ無い奴が原因か?」

 

「「「!」」」

 

 永山の問い掛けを聞き、シラを切ろうとした幸利含む3人が驚きを露わにする。当の本人が居ない為に今まで触れられなかったが、今改めて考えても社と共に居た■■(アレ)は余りにも異質に過ぎた。それは強くなった今でもーーー否、強くなったからこそ、余計に尋常ならざる物であると理解せざるを得ない程だ。

 

「・・・俺の口から語れる事なんざ殆どねぇよ。強いて言えば■■(アレ)は絶対的な社の味方だってのと、俺達が束になっても勝つのは無理ゲーって事くらいだ」

 

「そんな強ぇのかよ!?いや、でも流石に今の俺達なら何とかなるんじゃ無いのか?あのベヒモスにだってリベンジ出来たんだしよ」

 

「出来ねぇ100%不可能だ。ベヒモス相手に殿(しんがり)した時も、橋が崩れるのを気にして手ぇ抜いてたんだぞ?仮に俺達とメルド団長含む王国の全勢力を掻き集めようが、何なら今の天之河を100人相手取ろうが勝率は1割ねぇよ。少なくとも俺ならケツ捲ってさっさと逃げる」

 

「そんなにかよ・・・」

 

「只者では無いと思ってはいたが、そこまでか」

 

 幸利の断定に近い口調に、永山達は溜息を吐きながらも何処か納得した様子だ。ハジメや社と仲の良かった筈の幸利や恵里が、彼等が居なくなった後も余り取り乱さなかったのをクラスメイト達全員が不思議に思っていたのだが、コレが理由だったのだろう。

 

「でもよ、そんな怪物染みたヤツを宮守は召喚だか使役してるんだよな。ゲームと現実ごっちゃにする訳じゃないけど、こう言うのは大抵代償みたいなのが付き物だろ。大丈夫なのか?」

 

「さぁな。だが、俺の予想では絶対に大丈夫じゃねぇ。少なくとも何らかの制限やら制約はある筈だ。問題は、それを承知の上であの(バカ)■■(アレ)を呼ぶのを躊躇わねぇ事だがな!」

 

「えぇ・・・無茶苦茶過ぎんだろ、宮守の奴」

 

「今更だろ。堕とされたハジメを助ける為に、奈落の底にノータイムで吶喊(とっかん)するイカれポンチだぞ。ネジの2、3本はとっくの昔に抜けてやがんだよ」

 

 呆れる様に呟いた幸利の台詞を聞き、男性陣の間で何とも言えない沈黙が降りる。幾ら親友を助ける為とは言え、社が行ったのは余りにも無謀な決死行だ。そこには社なりの理由と勝算もあったのだろうが、それにしたって失敗する可能性の方が高いのは明白だった。身も蓋も無い言い方をすれば、投身自殺と何ら変わりない。

 

 だがその一方で、親友(ハジメ)の為に社が躊躇無く命を懸ける姿に、永山達はある種の敬意と共感も抱いていた。永山と野村、そして遠藤の3人もまた、自他共に認める親友の間柄だ。訳も分からぬまま異世界に呼ばれ、命を賭した戦いの中でお互いの背中を守り合い、その絆は以前より強固な物になったと断言出来る。だからこそ、メルドから「南雲の捜索隊は出せない」と聞かされた社の心境と行いを頭から否定出来なかった。「もし、自分の親友が同じ目にあったら?」と考えた時、社と同じ様には行動しないと断言出来る程、彼等は非情にはなれなかった。

 

「俺から言えんのは、それくらいだ。これ以上は社に会って直接聞くんだな。まぁ、あの(バカ)の事だから、ポカミスはしても肝心なところでトチる事なんざ無いだろうが。・・・俺と違ってな

 

「・・・?何か言ったか?」

 

「何でもねぇ。ほら、そろそろ行くぞ。天之河の野郎が呼んでる」

 

 光輝が「そろそろ出発しよう」と号令をかけたのを聞き、話を打ち切って立ち上がる幸利達。自嘲混じりの呟きは誰の耳に入る事も無く、迷宮の奥へと消え去っていった。

 

 

 

 

 

 休憩を終えた勇者一行は89層の探索をほぼ終えていた事もあり、10分程で下へと続く階段を発見する。トラップの有無を確かめながら慎重に薄暗い螺旋階段を進んでいき、体感で10m程降りたところで遂に90層へと到着した。

 

 いよいよ残すは10階層でもある為、光輝達も何か起こるのではと警戒を怠らない。パッと見では今まで探索してきた80層台と何ら変わらない構造の様だが、出現する魔物は間違い無く強力になっているだろう。此処で油断する訳にはいかない。今までと変わらない構造の通路や部屋を、慎重に探索していく光輝達。だが。

 

「・・・どうなってる?」

 

 思わずと言った風に疑問を口にしたのは光輝だった。他の面々も言葉にはしないものの、誰もが怪訝そうな表情を浮かべている。余りにも、探索が()調()()()()

 

「・・・何で、これだけ探索しているのに唯の1体も魔物に遭遇しないんだ?」

 

 光輝の疑問に同調する様に足を止める一行。現在、彼等が居るのは90階層でもかなり奥まで進んだところにある大きな広間だった。探索自体は細かい分かれ道を除けば、既に半分近くも済んでいる。明らかに異常だった。

 

「今までは、1フロアの攻略にどれくらい掛かってたかしら・・・?」

 

「んー、80番台の階層は、平均で4日近く使ってたんじゃないかな。因みに、90階層に降りてから、今で3時間くらいしか経っていないよ」

 

 香織と同じ〝治癒師〟である辻綾子の呟きに、〝付与術士〟*2の吉野真央が答える。今までの階層では魔物の相手をしながらの探索だった為、そう簡単には進めないのが常だった。にも関わらず、光輝達が90層に降りてから、一度も魔物と戦闘どころか遭遇すらしていない。

 

「待ち伏せにしろ、私達を観察してるにしろ、感知系の技能にも魔法にも引っかからないのよね・・・」

 

「気配も全然ねぇからな・・・何つぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」

 

 雫や龍太郎と同じ様にメンバーが口々に可能性を話し合うが、これと言った答えは見つからない。何せ、今まで経験した事の無い事態だ。困惑も深まるばかりである。

 

「・・・光輝。一度、戻らない?何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こう言う事態も何か知っているかもしれないし」

 

 警戒心を強めながら、雫が光輝に提案する。今この場にいるのは異世界召喚組の11人*3のみであり、メルドを含む騎士団員は70層で待機していた。30層と70層を繋ぐ転移魔法陣が発見され、深層への行き来が楽になったのも理由の1つであるが、何よりメルド達が光輝達の強さについていけなくなったからである。

 

 元々、60層を超えた辺りで殆どの団員が実力の限界を迎えており、メルドを含む一部の精鋭も70層より下の攻略は難しくなっていた。メルドもその事は自覚しており、迷宮でのノウハウは既に教えきっていた事もあってか「足を引っ張るよりは転移陣の周囲で安全地帯の確保に努めるべきだ」と以降は光輝達のみで探索させていた。

 

 たった4ヶ月程度で超えられた事にメルドは苦笑い気味だったが、それ以上に70層の魔物相手でも安全を確保できるまでに至った事を喜んでいた。光輝達に付き合う過程で、騎士団達も実力を伸ばしていたのである。

 

(仮に本当に何かがあったとしても、先に進むなら何時かは打ち倒さなきゃならない。未知の状況ではあるけど、此処で尻込みしてもどうにもならないし、どうする・・・?)

 

 雫の提案に乗るべきかを逡巡する光輝。雫の言う通り、漠然とした嫌な予感は光輝も感じていた。それ故、慎重を期すならば撤退も視野に入れるべきだろう。だが、その一方で「89層でも割と余裕があった自分達なら、何が来ても大丈夫ではないか?」と言う考えがあるのも事実。行くべきか、行かざるべきか。迷う光輝だったが、不意に周囲を観察していたメンバーの何人かが声を上げた。

 

「これ・・・血、だよな?」

 

「薄暗いし壁の色と同化してるから分かり難いけど・・・あちこち付いているよ」

 

「おいおい。これ、結構な量なんじゃ・・・」

 

 戦いに慣れて尚、尋常では無いと言い切れる量の血痕に表情を青ざめさせるメンバー。その中でも冷静に血と思しき液体を確認していた永山が、険しい顔で光輝に進言する。

 

「天之河、八重樫の提案に従った方が良い・・・これは魔物の血だ。それも真新しい」

 

「そりゃあ魔物の血があるって事は、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物が居るって事だろうけど・・・何れにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」

 

 光輝の反論に永山は首を振ると臨戦態勢を整える。周囲から何事かと注目を浴びる中で、永山は周囲を最大限に警戒しながら自分の考えを告げた。

 

「天之河。魔物は何もこの部屋だけに出る訳では無いだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現した筈だ。にも関わらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。つまり・・・」

 

「・・・何者かが、魔物を襲った痕跡を隠蔽したって事ね?」

 

 後を継いだ雫の言葉に永山が頷く。光輝や他のメンバーもその言葉にハッとした表情になると、永山と同じく険しい表情で警戒を最大に引き上げた。

 

「それだけ知恵の回る魔物が居る可能性もあるけど、人であると考えた方が自然って事か。この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいはーーー」

 

「此処が終着点と言う事さ」

 

 光輝の言葉を遮る様に、突如、聞き覚えの無いハスキーな女性の声が響き渡った。コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃える様な赤い髪をした妙齢の女。

 

 声の先にいた人物を見て、光輝達が驚愕した様に目を見開く。実際に見た事は無くとも、その女の特徴は光輝達が良く教えられたものと同一だったからだ。僅かに尖った耳に、浅黒い肌ーーーイシュタル達から叩き込まれた座学に於いて、悪い意味で何度も登場した種族。聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。

 

「・・・魔人族」

 

 誰かの発した呟きを肯定する様に、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。

*1
辻綾子。香織と同じく天職〝治癒師〟であり、迷宮攻略組の1人でもある。

*2
対象となる人物や魔法を強化するのが得意な天職。

*3
天乃河光輝、坂上龍太郎、八重樫雫、白崎香織、谷口鈴、中村恵里、清水幸利、永山重吾、野村健太郎、遠藤浩介、辻綾子、吉野真央の11名。




大切な事に気付くのは何時だって無くした後なのだと、己の弱さを呪う彼に、彼女はずっと寄り添い続けている。
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