ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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良いお年を


84.残された者達③

(天之河の奴、〝限界突破〟切りやがった!このまま決めるつもりか!?)

 

 光輝の身体が白い光に包まれるのを見て、思わず顔を引き攣らせる幸利。〝限界突破〟ーーー魔力を消費して使用する能動発動(アクティブ)型の技能であり、基礎ステータスを3倍まで引き上げる強力無比な力。だが、長時間の使用は不可、発動後は使用時間に比例して弱体化してしまう*1等、無視出来ないリスクも抱えている。その為、いざと言う時の切り札として、使用するタイミングは慎重に見定める必要があった。

 

(あの魔人族の余裕そうな表情(ツラ)、奥の手やら何やら隠しててもおかしかねぇんだぞ!?いや、それを分かった上で、天之河は纏めてブッ潰す気か?)

 

 幸利が白鴉に発動した闇魔法は、精神に作用して対象を錯乱させる類のものだ。派手さには欠けるものの対象から正常な思考を奪える為、魔法や技能の発動を阻害すると言う点で文句無しの魔法である。だが、対象に直接ダメージを与える魔法では無いので有効打にはならない。だからこそ光輝は白鴉が抑えられている内に、一気に魔人族の女を倒そうと考えたのだろう。

 

(攻めっ気出すのは構わねぇが、当てが外れりゃ最悪このまま詰むの分かってんのか!?ーーーあぁ、クソ!あの(アホ)が居てくれりゃあ、どうにでもなったって言うのによ!!)

 

 闇魔法を維持しながら周囲に目を光らせつつ、幸利は内心で器用に悪態を吐く。ハジメは兎も角として、社が生きている事を幸利は全く疑っていなかった。それは社の力量や■■の悍ましく理不尽な力を知っているからこそだが、何よりも社と言う友人に対して幸利がある種の憧れを抱いていたからだ。それこそ、物語の中にしか居ない〝英雄(ヒーロー)〟の様に。

 

(こんな所で身体張れるキャラじゃ無ぇのは、自分(テメェ)が一番分かってるっつぅの!さっさと帰って来いよ、あの大馬鹿野郎共め!!)

 

 あの時何も出来なかった己が〝英雄(ヒーロー)〟に成れない事なんて、とっくの昔に分かり切っている。それでも尚、諦めなんてモノとは無縁の友人達にまた会う為に。幸利は再び魔力を練り上げ始めた。

 

 

 

 

 

「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け〝光刃〟!」

 

 光魔法〝光刃〟によるエンチャントが、光輝の握る聖剣に光を纏わせ鋭く輝く。と同時、体勢を立て直した強化ブルタールが光輝に目がけてメイスを振り下ろした。敵である光輝の変化など眼中に無いと言わんばかりの一撃だ。

 

 ドシャ!

 

 メイスの振り下ろしから一拍遅れて聞こえたのは、両断された肉体が崩れ落ちる音。振るわれたメイスを屈んで躱した光輝は、返しの刃で下段に構えた聖剣を一気に振り上げ強化ブルタールを切り伏せたのだ。

 

「次はお前だ!覚悟しろ、魔人族!」

 

 踏み込みをそのままに、光輝は一気に加速すると猛然と魔人族の女へ突進する。光輝と魔人族の女を隔てるものは何も無く、いくら魔法に優れた種族と言えど何をしても間に合わない。このまま白鴉共々切り裂いて終わりだと、クラスメイトの誰もがそう思った。

 

「「「「「グゥルァアアア!!!」」」」」

 

「なっ!?」

 

 空間の揺らめきと共に咆哮が5つ。驚愕の声を上げ目を見開いた光輝に、四方を囲むように同時攻撃を仕掛けてきたのは5匹のキメラ達だ。咄嗟に急ブレーキをかけた光輝は、正面からの一撃を避けながら右翼のキメラを聖剣で切り伏せ、全ては避け切れないと悟ると背後からの攻撃を鎧で受けて耐え凌ごうとする。だが、左から迫っていたキメラの爪が肩口を抉り、その衝撃で吹き飛ばされた先で最後の1体に飛びかかられ押し倒されてしまう。

 

「ぐぅう!!」

 

 肩口から食い込む鋭爪の痛みを、苦悶の声を漏らしながらも歯を食いしばって耐える光輝。そのまま首筋へ牙を突き立てようとするキメラの顎門は聖剣で辛うじて防ぐが、両肩に食い込む爪が顎門を支える力を奪っていき、上手く力を乗せられないまま徐々に押されてしまう。

 

「光の恩寵よ、癒しと戒めをここに〝焦天〟!〝封縛〟!」

 

 幼馴染のピンチを見た香織がすかさず光魔法を行使する。本来なら光の檻を生み出す〝封縛〟を敢えて光輝にかける事でキメラを弾き、両肩を貫いていた爪を引き剥がすと共に〝焦天〟*2で傷を癒すつもりだ。

 

 同時に、鈴達を襲っていたキメラと多足亀の相手をしていた後衛組の何人かが、光輝を襲おうとしているキメラ達に向かって攻撃魔法を放つ。それなりに距離がある事と、〝焦天〟の光の膜により目測が定まらず大したダメージは与えられなかったが、それでも光輝が体勢を立て直す時間は稼げた。

 

「〝天翔剣・四翼〟!」

 

 聖剣を構え直した光輝が、治癒されながら唱えていた詠唱を完成させると反撃に出る。振るわれた聖剣から放たれた孤を描く光の斬撃が、揺らめく空間4つに飛翔する。狙われたキメラ達は〝限界突破〟により強化された斬撃に危機感を抱いたのか、咄嗟にその場を飛び退いて回避しようとした。だが。

 

「捕らえよ〝縛印〟!」

 

 香織のほぼ無詠唱による光系中級捕縛魔法〝縛印〟が、それを許さない。回避しようとしたキメラ達の足元から光の鎖が無数に飛び出し、全身に絡みつく。キメラの力なら引きちぎる事も難しくはないが、一瞬だけなら動きを止められる。結果、4体のキメラは〝天翔剣〟の直撃を受けて血飛沫を撒き散らしながら絶命した。

 

「残念だったな。お前の切り札は俺達には通用しなかった。もう、お前を守るものは何もないぞ!」

 

 聖剣の先を突きつけながら、女魔人族を睨みつける光輝。だが、当の本人は片眉を上げて「何を言ってるんだ?」と怪訝そうな表情を向けるだけだ。その表情からは焦りも緊張も全く見られない。本心から、今の状況を「どうでも良い」と思っている様だ。

 

(何で、ここまで余裕なんだ。最初から不意打ちばかりで高みの見物をしていた癖に!現実が見えていないのか!?)

 

 あくまでも余裕の態度を崩さない魔人族の女に、少なからず苛立つ光輝。初手のキメラから始まった女の打つ手は、その全てが奇襲。煽り逆撫でられた光輝の中にある正義感が「あの卑怯な女を許すな!」と心で叫んでいた。

 

 一方で、魔人族が手段を選ばないのは当然の事だ。何せ、今やっているのは人間族との戦争ーーーそれも、敵対種族を滅ぼす為の絶滅戦争なのだ。停戦や講和などもっての外、敗北すれば自分達の全てが奪われるのだから、何がなんでも必死になるのは自明と言える。残念ながら現実が見えていないのは光輝の方だ。

 

 何より、手段を選ばないのは人間族側も同じ事。異世界より拉致された若者達を嬉々として死地に送り出している以上、場合によっては魔人族以上に邪悪であると言わざるを得ないのだが、光輝はそこに疑問を持たない。持てない。幼馴染の変調にすら気付けない男に、赤の他人の心情や決意を(おもんばか)れる道理は無いのだ。最も、光輝のそんな性格を読み切って旗印に利用している王国の貴族と宗教家達こそ、真の邪悪なのだが。

 

「・・・別に、切り札って訳じゃないんだけど」

 

「強がりを!」

 

「まぁ、強がりかどうかはこいつらを撃退してからにしたら?こっちは〝異教の使徒〟とやらの力もある程度確認出来たしね」

 

「何を言っーー「きゃぁああ!」ーーッ!?」

 

 面倒そうに髪をかき上げる女を前に、苛立ちながらも問いただそうとした光輝。だが、それよりも早く後方から悲鳴が響き渡った。

 

 思わず振り返った光輝の目に映ったのは、更なる魔物の増援。強化ブルタールとキメラが5体ずつに、見た事の無い4つ目の黒狼と、背中から4本の触手を生やした黒猫が複数。「一体何処に隠れていた!?」と言いたくなる様な数だが、何より不味いのは仲間の1人である〝土術師〟野村健太郎が、黒猫の触手に脇腹を貫かれている事だった。

 

「健太郎!くそっ、調子に乗るな!」/「真央、しっかりして!私が回復するから!」

 

 同じパーティーである〝暗殺者〟遠藤浩介が野村を貫く触手をショートソードで切り裂くと、怒りの炎を宿した眼で黒猫を睨み斬りかかる。その間に茫然としている〝付与術師〟吉野真央に〝治癒師〟辻綾子が叱咤の声を張り上げながら、あらかじめ詠唱を完了していた治癒魔法を発動する。

 

「なっ、まだあんなに!」

 

「キメラの固有魔法〝迷彩〟は、触れている物にも効果を発揮する。その可能性を考えなかった?ほら、追加いくよ」

 

「ッ!?」

 

 大量の魔物に劣勢を強いられる仲間達を見て、急いで引き返そうとする光輝。だが、魔人族の女はタネ明かしと共に、更に魔物を(けしか)けてくる。彼女の背後から現れた四目狼と黒猫が10頭ずつが、光輝目掛けて殺到した。

 

「くっ、ぉおお!」

 

 黒猫の触手が途轍もない速度で伸長し光輝を四方八方から襲う。聖剣を風車の様に回転させ襲い来る触手の尽くを切り裂いた光輝は、接近してきた黒猫の内、空中に居る1体へと横薙ぎの一撃を放つ。光輝の顔を狙って飛び上がったらしき黒猫は、宙で身動きが取れずそのまま切り裂かれる筈だった。

 

 が、そんな予測はあっさり覆される。刃が迫るや否や、黒猫は空中を足場に宙返りして光輝の一撃を避けたのだ。そして、体格に似合わない鋭い爪で首を狙った一撃を放って来た。

 

 辛うじて頭を振りギリギリで回避した光輝だが、体勢が崩れた為に背後からの四目狼による強襲に対応出来ず、深手こそ負わなかったものの勢いよく吹き飛ばされ、魔人族の女から離されてしまう。

 

 それに合わせて逸脱した強さを持つ魔物達が、光輝を含めたクラスメイト達を追い詰める様に包囲していく。全員必死に応戦しているが単体ですら厄介な敵だというのに、一気に数が増えた挙句連携までとってくる。今はまだ幸利が白鴉を抑えている為に負傷前提で攻めては来ないが、それが解けるか幸利がダウンすれば、危うい均衡が瞬く間に魔人族側へと傾くだろう。

 

 天秤が未だ傾かないのは幸利の奮闘だけが原因では無い。香織と同じく〝治癒師〟の辻綾子が、2人がかりで味方を治癒し続けているからこそ、まだ何とか致命的な崩壊が避けられているのだ。だが、状況を打開する決定打が無い。光輝が〝限界突破〟した力で敵を蹴散らそうにも、魔物達は光輝に対して常に5体以上で連携してヒット&アウェイを繰り返すだけ。女の命令からか決して無理をしないので攻めきる事も難しい。

 

 光輝に次ぐ攻撃手(アタッカー)である雫の〝無拍子〟による高速移動も、速度に優れた黒猫と〝先読〟の固有能力を持つ四目狼の連携により対応されてしまい、手傷は負わせても致命傷を与えるには至らない。必死に応戦しながらも、次第にクラスメイト達の表情に絶望の影がちらつき始める。そして、その感情は女魔人族の参戦により更に大きくなる。

 

「地の底に眠りし金眼のーーーグゥッ!?」

 

「だぁから、やらせる訳が無ぇだろうが!余裕ぶっこいたまま(うずくま)ってろ、ボケナス!!」

 

 光輝達を追い詰めるべく詠唱を始めようとした女が、強すぎる頭痛を堪える様に両手を頭に当てた。言わずもがな、幸利の闇術によるインターセプトである。

 

「グ、ギィッ・・・っとに、ハァ、厄介だね、〝闇術師〟って奴は!今まで干渉しなかったのは、ハァ、手一杯だってフリかい!?」

 

(手一杯なのは本当(マジ)だよ馬鹿め!お前と白鴉を抑えてる今、俺はもう一歩も動けねぇからなぁ!!だから詠唱だけ完了させてギリギリまで待ったんだよ!!!)

 

 魔人族の女が脂汗を流しながら苦しむ一方で、幸利もまた冷や汗を流していた。魔人族に放った闇魔法の効果は、強烈な頭痛と共に対象の思考に一時的な白痴を齎すモノだ。白鴉にかけた魔法の様に狂乱させ暴れさせるのでは無く、唯々単純に思考を弱らせる為、魔物よりも知能の高い人間や魔人にこそ良く効く術。本来ならどちらも時間をかけて深く浸透させる必要があるのだが、この瀬戸際でこれだけの即効性を持たせられる幸利の才は破格と言う他無い。

 

「ヅゥッーーーあの〝闇術師〟を、狙いな!!」

 

 だが、魔人族の女の執念は更にその上を行く。揺蕩う思考に無理矢理喝を入れた魔人族の命令により、魔物の動きが明確に変化する。そして、複数体が一斉に幸利を狙い始めたのだ。

 

「谷口!自分と清水を守れ!」

 

「此処は聖域なりて、神敵を通さず!〝聖絶〟!」

 

 幸利を抑えられた時点で負けると確信した〝重格闘家〟永山重吾の叫びに、〝結界師〟谷口鈴が即座に反応する。発動するのは且つてベヒモスすら食い止めた、それでいて当時を遥かに超える強度の結界である〝聖絶〟。詠唱を省略して尚強固なドーム状の輝く障壁が幸利と鈴を包み込むのと、魔物達が敵を仕留めるべく殺到するのはほぼ同時だった。

 

「ナイスだ谷口よくやった。俺はもう一歩も動けんから、お前がトチったら呆気なく死ぬぞ」

 

「何で態々プレッシャーかける様な事言ったの!?!?えぇい、かくなる上はこの私に全部任せんしゃい!大船に乗ったつもりでドーンと構えてると良いよ!!」

 

「応、任せたぞ。後、こっち見んな。俺は女子が苦手だ」

 

「ん〜〜〜好き放題言う〜〜〜!鈴に負けず劣らず自由だね、清水君!!」

 

 結界を破るべく外側から圧をかけ続ける魔物達を尻目に、コントの様なやり取りを繰り広げる2名。だが、それは状況に絶望した訳でも、まして投げやりになったのでも無い。「こんな所で諦めてたまるか」と言う意地だけが、無理矢理引っ張り出した軽口を叩いているだけだった。

 

「好き勝手ばっか、させるか!」/「そこから離れなさい!」

 

 そして、諦めが悪いのは幸利と鈴だけでは無い。パーティ中最速の雫と隠密を得手とする遠藤が、結界を割ろうとする魔物達を背後から攻撃する。他のクラスメイト達もまた、結界に寄りつこうとする魔物達の迎撃や牽制へと動いていた。

 

「恵里ちゃん、準備は大丈夫?」

 

「勿論。皆、お待たせ!」

 

 そして遂に反撃の準備が整った。両手で握った杖をタクトの様に振るう恵里に付き従うのは、目に光の無い生気の抜けた5体のキメラと、2体の強化ブルタール。〝降霊術師〟の本領の1つである、死んだ生物の支配。恵里と言う新たな主人の下、死した下僕達が一斉に元同族へと襲いかかる。

 

「チャンスだ!皆、押し返せぇ!」

 

 仲間達が切り開いた好機を掴む為、より一層眩い光を纏った光輝が掛け声と共に魔人族の女に吶喊(とっかん)する。恵里の降霊術により危うかった均衡が、僅かながら光輝達優勢へと傾いたのだ。この機を逃せばジリ貧のまま遠からず負けるだろう。だからこそ、此処で死力を尽くそうとした光輝の判断は間違っていない。

 

 

 

 

 

「咲きな、〝寄生花(パララント)〟」

 

 

 

 

 

 光輝達の誤算は唯1つ。魔人族の女が全く本気を出していなかった事だろう。

 

「キュワァアア!!」

 

「ッハァ!?テッメェ、ふざけんなよ!?」

 

 魔人族の女の呟きから一拍して起こった変化は明瞭だった。錯乱の闇術をかけ続けていた筈の白鴉が正気を取り戻したかと思えば、魔人族の女と魔物達を癒し始めたのだ。再び発生した赤黒い光に包まれた魔物達は、みるみる傷が塞がっていく。

 

「「「シャァアアァ!」」」/「「「ルゥオオォ!!」」」

 

「なっ!?」

 

 変化はそれだけに留まらない。突如として雄叫びを上げた魔物達の身体から濃密な魔力が噴き出したかと思えば、別人の様に動きのキレが上がったのだ。連携はそのままにギアの上がった魔物達が、光輝の行手を阻むべく立ち塞がる。

 

「「「「「ガァアア!!」」」」」

 

「ッ!?ヤバッ、支配、しきれない・・!?」

 

 更に、完全に死んでいた筈の魔物達が、何故か再び息を吹き返すと恵里の支配を拒絶し始めた。苛立つ様に咆哮する魔物達の死体に対し、疑問と焦燥に駆られながらも何とか支配し直すべく杖を構える恵里。

 

「まだ、こんな手を!」

 

「ハァ〜・・・〝闇術師〟と〝降霊術師〟が居るって分かってたんだよ?何の対策もしてない訳無いだろう。馬鹿だねぇ」

 

「っ、お前ぇっ!!」

 

「挑発に乗るんじゃないわよ光輝!撤退よ!退路を切り開いて!」

 

 赤黒い光に包まれた魔人族の小馬鹿にする様な笑いに、怒り心頭の光輝が再び魔物達へと吶喊(とっかん)しようとした直前、雫が割り込み声を張り上げた。突然の提案に信じられないと言わんばかりの表情で睨む光輝を、雫は柳に風と受け流しながら険しい表情のまま説得する。

 

「聞きなさい!敵の回復役(白鴉)が復帰した上、恵里の援護も難しいなら戦力差ですり潰されるのは目に見えてる!何処かで反撃するにしろ本格的に逃げるにしろ、態勢の立て直しは必須なの!そしてそれは、私達がまだ何とか戦線を維持出来てる今しか無いのよ!」

 

「ぐっ、だが・・・」

 

「それに〝限界突破〟もそろそろヤバイでしょ?この状況で光輝が弱体化したら、本当に終わりよ!冷静になりなさい!」

 

 理路整然とした幼馴染の言葉に唇を噛んで逡巡する光輝。雫の言う通り、このまま戦っていても押し切られるのは時間の問題だ。何とか危うい所で踏み(とど)まっている今、もし誰か1人でも脱落すればそのまま戦線は崩壊するだろう。そうすれば逆転の目が無いどころか、生きて帰る事さえ出来なくなる。それが分からない程、光輝は頑迷では無かった。

 

「ーーー分かった!全員、一時撤退するぞ!雫、龍太郎!少しだけ耐えてくれ!」

 

「任せなさい!」/「おうよ!」

 

 周囲に指示を飛ばした光輝は、聖剣を天に突き出すように構えると長い詠唱を始めた。今までは詠唱時間が長い上に状況の打開にならないので使わなかったが、撤退のための道を切り開くには相応しい魔法だ。

 

 詠唱中は完全に無防備になる為、光輝は周囲の守りを雫と龍太郎に託した。だが、それは光輝が引き受けていた魔物を相手取らなければならないと言う事。対応しきれる筈も無く、身体中に傷を負いながらも2人は必死に応戦する。

 

「撤退なんてさせると思うかい?」

 

 呆れた様に呟いた魔人族の女が、光輝達の退路を塞ぐべく背後の通路へと魔物を向わせる。そしてダメ押しと言わんばかりに自身も詠唱を始めると、光輝を標的にしながら魔法を発動しようとする。だが、此処に来て初めて、魔人族の女にとって不測の事態が起きる。

 

「「「「「ガァアア!!」」」」」

 

「ッ!?なーーー!?」

 

 咆哮と共に魔人族の女に襲い掛かったのは、5体のキメラの死体。先程まで恵里の支配から脱しようとしていた筈のキメラ達が、どう言う訳か再び操られているのだ。魔人族の女は驚愕に目を見開きながらも、咄嗟に詠唱を省略して魔法を即時発動する。魔力のうねりと共に現れた高密度の砂塵が、渦巻く刃となり襲い来るキメラ2体を切り裂くと同時に、魔人族の女を吹き飛ばす事でキメラの追撃を難なく回避させた。

 

(馬鹿な、何故ああも簡単に操れる!?幾ら〝降霊術師〟とは言え、まだ生きている〝寄生花(パララント)〟までは操れないだろう!?)

 

 不意打ちにも見事に対応してみせた女魔人族だが、その心中は全く穏やかでは無い。今回、彼女が()()()()()()()連れ出して来た魔物達は、例外無く体内に〝寄生花(パララント)〟を埋め込まれていた。宿主の支配や強化等、多岐に渡る用途がウリの〝寄生花(パララント)〟だが、今回メインとしたのは魔人族から魔物達への支配力の強化だ。異教の勇者達に〝闇術師〟と〝降霊術師〟が居ると知り、手駒である魔物達を奪われない為に対抗策として用意していたのだが、それがこうも無効化されているのだから嫌でも警戒度は上がってしまう。

 

(埋めてある〝寄生花(パララント)〟からは、微弱だけどまだ反応が返ってきてる。って事は、死体の中で全滅したって線はまず無いだろうけど・・・支配権の綱引きすら起きないのは流石に想定外さね。あの〝降霊術師〟のお嬢ちゃん、一体何をしたんだい?)

 

(アハハ、すっごい顔でこっち睨んでるよ。ま、私もこんなトコで()()()切る羽目になるとは思わなかったけど・・・精々悩め、この手品のタネは貴女如きじゃ絶対に分からない。分からないのであれば、慎重になるしかないでしょ?)

 

 死体のまま牙剥くキメラ達の相手をする魔人族の女に対し、内心で舌を出す恵里。仕組みは分からずとも〝寄生花(パララント)〟が無効化されている以上、死体を奪われるリスクを考えれば下手に魔物達を(けしか)けるのは逆効果だ。当然、魔人族側からすれば慎重にならざるを得ない訳だが、それは同時に攻め手が緩まる事を意味している。時間稼ぎしたい光輝達にとっては好都合だった。

 

 魔人族側の攻勢が若干弱まったのを見て、他のクラスメイト達もまた力を振り絞り魔物達を迎撃していく。光輝が抜けた穴を埋めるべく奮闘している雫と龍太郎を始め、誰もが傷だらけで戦っている。皆、此処が正念場であると分かっているのだ。このまま行けば限界は近く、自分達は力尽きるのみだと。迫る終わりを覆すべく、全員が死力を振り絞っていた。ーーーかくして、漸くその時は訪れる。

 

「皆、行くぞ!〝天落流雨〟!」

 

 それは正しく希望の光と呼ぶべき一撃。光輝の掲げた聖剣から打ち上げられた一条の閃光が、天井付近で破裂するように飛び散ると周囲の魔物達に流星の如く降り注いだのだ。

 

 〝天落流雨〟ーーー敵の直上から同時に複数の光が降り注ぐこの魔法は、広い範囲をカバー出来る代わりに威力はそこまで高くない。その為、本来なら雑魚散らし用の魔法なのだが、それでも〝限界突破〟中であれば充分な威力を備えている。最も、異常な強さをもつ魔人族の魔物達には余り効かず、精々吹き飛ばして仲間達から引き離すくらいの効果しか発揮しなかったが・・・これはあくまでも一の矢。仲間が撤退出来る状況を作る事が出来れば、それで充分なのだ。

 

「〝収束〟!」

 

 魔物達を一時的に後退させた光の雨が、光輝の詠唱によって再び聖剣に収束していく。光の尾を引く流星が聖剣に集まる光景は、こんな状況でなければ酷く幻想的だ。収束させた光を纏い輝く聖剣を、光輝は退路の前に陣取る魔物達に向けて突き出し、裂帛の気合と共に最後の詠唱(トリガー)を引く。

 

「〝天爪流雨〟!」

 

 直後、突き出された聖剣から無数の流星が砲撃のごとく撃ち放たれる。光輝の切り札である〝神威〟には遠く及ばない威力であるが、〝神威〟は詠唱が長すぎて盾となっていた雫と龍太郎が保つか五分五分だった。仲間の命を使った博打など光輝が望む訳も無く、威力と時間を両立させた折衷案としての〝天爪流雨〟は、その代償として退路を塞ぐ魔物達を一掃する事も叶わない。

 

 だが、それでも〝天爪流雨〟は今の状況で最適解として機能した。光り輝く聖剣から流星となって放たれた光の奔流は、退路上の魔物達に着弾したと同時に無数の爆発を引き起こした。砲撃を構成する無数の光弾がクラスター爆弾の様に破裂、連続して発生した衝撃が魔物達の体勢を崩し大きく吹き飛ばしたのだ。

 

「「「「ルァアアア!!」」」」

 

 更に、〝天爪流雨〟により発生した閃光が魔物達の視覚を灼く。一時的ながら光を失った魔物達は闇雲に暴れるが既に退路は確保された。魔人族の女も恵里に操られたキメラが足止めしており、逃げるなら今しか無い。

 

「今だ!撤退するぞ!」

 

 光輝の号令で全員が一斉に動き出す。雫と龍太郎が鈴の結界の周囲にいた魔物達を一掃し、他の面々と共に退路へと向かって走る。殿には光輝が詰めており、合わせて工作系の魔法が得意な〝暗殺者〟である遠藤が、魔力の残滓や臭い等の痕跡を魔法で消していく。お手本通りの鮮やかな撤退だった。

 

(・・・まだ、まだだ。俺達は負けていない。この場は譲るが、必ずお前達魔人族は俺が倒すっ!それまで待っていろ!)

 

 撤退しながら敵意に満ちた目で背後の魔人族の女と魔物達を見据える光輝。結果だけ見ればぐうの音も出ない敗走であるが、しかし光輝の心は全く折れていなかった。既に敗北を受け入れた上で、次は勝つと気炎を上げているーーー訳では無い。唯単純に、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 光輝の考えはある意味で正しい。何処に勝敗を置くかにもよるが「強大な敵を相手にクラスメイト全員が五体満足で生還した」と言うのは、少なくとも負けではないだろう。取り返しの付かない事態に陥っていない以上、苦い経験であってもそれを糧に成長すれば良いだけなのだから。それこそ、それが出来なかったベヒモス戦と比べれば大金星と言っても良い。

 

 だが、光輝が定義する勝敗はそこには無い。光輝の心中を占めるのは「相手が不意打ちや待ち伏せを使ってこなければ勝てていた」と言う一点のみだ。悪いのは卑怯な手段を取った魔人族であり、だからこそ光輝はこの場での勝敗に拘らず引き際を見極められたとも言える。だが、それは逆に言えば今回の敗北から何も学ぶ事が出来ないのと同義だ。更に身も蓋も無い事を言うのであれば、光輝はハジメの死から何も学んでいないと言う事になる。

 

 勿論、光輝がハジメの死に何も思わなかった訳では無い。ハジメが死んだ事については残念に思ったし、それを悪く言った貴族達に対しても怒りを露わにはした。だが、光輝の中でハジメの死は既に終わった事だった。それがある種残酷なまでの割り切りの良さなのか、はたまたクラスメイトが呆気無く死んだ事実に対する逃避でしかないのかは光輝のみぞ知る所ではある。だが、だからこそ光輝は想像すら出来ないのだ。勇者たる自分が死ぬ可能性も。クラスメイトの誰かがまた命を落とす可能性も。そして、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「待って、何これ・・・!?」

 

「何だよ、こんなの無かっただろ!?」

 

 最後尾にいた光輝の耳に入ってきたのは、退路を進んでいた筈のクラスメイト達の声。困惑と苛立ちが混じった叫びを聞き「何かあったのか!?」と焦る光輝の視線の先では、何故か立ち往生している仲間達が居た。少なくとも光輝からは何も見えないが、何らかの異常が発生しているのは確実だろう。それも、恐らくは最悪な部類の。

 

「何かは分からん。だが、迷ってる暇は無い!合わせろ、坂上!」

 

「応よ!」

 

 ドゴンッ!!

 

 先頭のグループに追い付いた永山が、疑問をそのままに龍太郎と協力して通路をーーー否、通路を塞いでいる透明な何かをブン殴る。即断即決、想定外が続く中で即座に見えない何かを取り除く選択が出来たのは流石だろう。だが。

 

「クソッ、硬くは無ぇが手応えも無ぇ!」

 

(何だ、この感触?分厚いゴム・・・いや、この独特の青臭さはーーー)

 

 どれだけ殴ろうとも、通路を塞いでいる透明な何かはビクともしない。兎に角壁をブチ破ろうと殴り続ける龍太郎だが、その一方で永山は殴った際の感触と拳に付着した匂いから、壁の材質と元凶に辿り着こうとしていた。

 

「天之河、火属性の魔法を!コイツは植物だ!魔人族が〝迷彩〟で透明化させて、俺達の逃げ道を塞いだんだ!」

 

「分かった。皆、離れろ!〝螺炎〟!」

 

 永山の簡潔な説明を聞き、状況を把握した光輝が即座に〝螺炎〟を発動する。突き出した手の先で発生した炎が徐々に渦巻き螺旋を描くと、ドリルの様に回転しながら透明な植物の壁に命中した。無詠唱とは言え中級相当の魔法であり、〝全属性適性〟を持つ光輝ならばそこらの植物など容易く燃やし尽くせるだけの火力はある。だが、赤く渦巻く炎と熱が消えた先でも、以前として透明な壁は健在だった。

 

「ウッソだろ、全く燃えてねぇんだけど!?」

 

「生半可な威力じゃ駄目か!天之河、今度は詠唱有りで上級魔法をーーー」

 

 燃やし尽くすどころか延焼すらしていないのを見て、愕然とする光輝達。それでも尚、諦めず次の手を打とうとするクラスメイト達だが。

 

 

 

 

 

「だから、最初に言ったじゃないか。〝勧誘に失敗したら必ず殺せって言われてる〟って」

 

 

 

 

 

 背後から聞こえてきたのは無慈悲なまでの宣告。後ろを振り返った光輝達が見たのは、魔物達を引き連れながら余裕のある笑みを浮かべた魔人族の女。有言実行と言わんばかりに、光輝達を全滅させるべく万全の布陣が整っている。

 

呪術師(宮守社)』は、まだ来ない。

*1
具体的には酷い倦怠感、並びに本来のスペックの半分程度しか発揮できなくなる。

*2
中級回復魔法。1人しか対象に出来ないが、複数人を対象に出来る〝回天〟よりも効果が高い。

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