ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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あ、明けましておめでとうございます(震え声)


85.託されたもの

「見えた!ホルアドの正門だ!」

 

 土煙を巻き上げ爆走する魔力駆動二輪(シュタイフ)を乗りこなしながら、待ち侘びたと言わんばかりに声を上げる社。式神から親友達の危機を伝えられて早数時間、この世界(トータス)の常識では有り得ぬ程の移動スピードは、それだけ社の焦りが募っている事を示していた。

 

「カッ飛ばす気持ちは分かるッスケド、このペースで社サン魔力保つンスか!?向こう着いたらドンパチ確定でしょうし、そもそもオトモダチが何処に居るか分かって無いンスよね!?」

 

「式神の反応からして100階未満の階層だ!近付ければ詳細な場所も分かるから、それまではこのペースを維持するよ!」

 

 背中にしがみつくアルの懸念を肯定しつつも、社は二輪の速度を全く緩めるつもりが無い。どれだけ魔法を学ぼうとも社の本質は『呪術師』だ。呪力さえあれば十分に戦闘が可能であるし、何より優先すべきは一刻も早く親友達の下へ辿り着く事。多少の無茶は最初から織り込み済みだった。

 

「・・・大丈夫ッスかね、社サン」

 

「焦りはあれど、取り乱すほど冷静さを欠いてはいないご様子。であれば、(わたくし)達で適宜フォローするのが最善かと」

 

「それしか無いッスよね。まぁ、その為に着いて来たんだから、別に良いんスケド」

 

 珍しく焦りを隠せない社を見て、心配しつつも静かに決意を固めるアルとフィルル。ウルの町を襲う数万もの魔物の軍勢を見た時でさえ顔色1つ変えなかった社がここまで焦っているのだ。一筋縄ではいかないのは分かりきっていたが、それを承知で同行を申し出た2人が怯む事も無かった。

 

「推測になるけど、ホルアドにはハイリヒ王国の騎士団員達も居ると思う。まずは彼等に話を聞いてみるのが一番かな」

 

「それは良いんスケド、マトモに取り合ってくれるンスか?」

 

「あそこの騎士団は全員かなり真っ当な人達だから大丈夫。もし駄目だった時は強行突破するから、そのつもりで!」

 

「畏まりました」

 

 簡単に今後の方針を伝えた社は、魔力を注ぎ込んで更に二輪を加速させる。ノーヘル&3人乗り&速度超過と元の世界なら一発免停間違い無しの危険運転だが、生憎トータスには道路交通法など存在しない。何より、親友の危機を知った社がその辺りを躊躇する筈も無かった。

 

 

 

 

 

「色々と予想外もあったけど、まぁ頑張った方じゃない?」

 

 絶望。今の雫達の心中を最も大きく占めているのは、その二文字だろう。魔人族と言う人類の敵が持つ悪意。配下である魔物達の想像を超えた強靭さ。そして、漸く状況を打開出来たと思いきや全てが掌の上だった事実。掴んだ筈の希望さえ、まやかしだったと理解したクラスメイト達は、魔人族の嘲笑う様な台詞も耳に届がぬ程に心が折れかけていた。唯1人を除いては。

 

「いいや、まだ勝負は着いていない!俺は絶対に諦めない!」

 

 再び〝限界突破〟の光を身に纏いながら声を張り上げる光輝。此処まで絶望的な状況に於いて尚、光輝の心は全く折れていなかった。今の状況を正しく認識出来ていないのでは無く、認識した上で自分なら何とか出来ると言う根拠の無い自信。今まで決定的な挫折を味わった事が無いからこそ出た言葉は、見方を変えれば最期まで諦めずに力を尽くそうとする意思の現れでもあった。

 

「あぁ、そうだよな!まだ負けが決まった訳じゃねぇもんな!」

 

「光輝君の言う通りだよ!私は、こんな所で諦める訳にはいかないんだから!」

 

 光輝の叫びに引っ張られる様に、龍太郎と香織がそれぞれの得物を構えて魔物達の前に出る。それを見た他のクラスメイト達も、伝播する様に再び戦う意志を見せる。未熟な勇者の蛮勇は、確かに仲間達の闘志に火を付けていた。

 

「ふぅん、諦めの悪い事だね。ま、手間も省けるし、どちらでも良いんだけど。精々、無様に足掻いてみせな!」

 

 だが、それでも魔人族の女は一切揺るがなかった。小馬鹿にする様な口調とは裏腹に、魔物達を指揮する手腕には一欠片の油断すら感じられない。数と質で勝っている事を最大限に活かし、詰将棋の様に光輝達のリソースを削り続ける。ともすれば臆病さすら感じる慎重さだが、その原因は他でも無い光輝にあった。

 

(あそこまで追い詰めたのに〝勇者〟の一言で立ち直るとはね。まだまだ未熟だと思ったけど、下手に隙を見せたらどんな痛手を負う事になるのやら。堅実に攻めるのが一番だろうね)

 

 完璧には程遠くとも〝勇者〟に相応しいカリスマの片鱗は、魔人族から侮りを奪い去っていた。「コイツの牙は自分にも届き得る」と確信に近い直感を得た女は、無慈悲なまでの冷徹さで光輝達を追い詰めていく。

 

「う、ぐ、おおおぉぉぉ!!?」

 

「龍太郎!?」

 

 薄氷を踏む様な戦いの中、最初に限界を迎えたのは龍太郎だった。前衛として仲間達の盾となるべく僅かに突出した所を、目ざとく捉えた魔人族の女が咎めたのだ。追撃すべく魔物達が殺到するのを、鈴の結界が間一髪で防ぎ切る。

 

「っ、しまっーーーあ、ぐぅうぅっ!?」

 

「雫ちゃん!」

 

 次いで狙われたのは、雫。倒れた龍太郎の代わりに戦線の穴を埋めるべく、遊撃から魔物達の足止めへと切り替えた所への集中砲火。遊撃に動いていた時より僅かに速度を落としてしまった事が仇となったのだ。そして。

 

 ガクン

 

「なーーーガハッ!?」

 

 最悪のタイミングで光輝の〝限界突破〟の時間切れがやってくる。突如全身を襲う倦怠感に堪らず膝を折る光輝。その隙を見逃さず、強化ブルタールの拳が光輝の腹部を真芯で捉えて殴り飛ばす。轟音と共に壁に叩きつけられた光輝は、〝限界突破〟の反動もあり意識を刈り取られてしまう。

 

 後はもう、消化試合と言って良い有様だった。龍太郎と雫の回復が間に合わず、頼みの綱の光輝も死に体。前衛兼主力の3人が欠けた穴を埋め切る事は出来ず、1人、また1人と力及ばず倒れていく。数分もしない内に、全員が倒れ伏してしまった。

 

「さぁて、決着はついたと思うけど・・・まだやるかい?」

 

 息も絶え絶えな勇者一行に対し、冷ややかな態度で尋ねる魔人族。魔物は今も光輝達を包囲しており、怪しい動きを見せれば直ぐに対応されるだろう。見るからに詰みの盤面、どう見ても逆転は不可能だった。

 

「ゲホッ、ゴホッ・・・態々、私達全員を生かしているなんて、随分と余裕があるのね。さっきは殺すと言ってたのに・・・私達に何を望んでいるの?」

 

「ふぅん。何だ、ちゃんと状況を判断出来る奴も居るじゃないか。何、特別な話じゃない。あんたらの戦いぶりを見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、1回目は勇者君が勝手に全部決めていただろう?こうしてケリも着いた事だから、改めてもう一度ね。で?どうだい?さっきも言ったけど、既にこっちに来てるお仲間も居るんだ。悪い様にはしないよ?」

 

 剣を支えに何とか立っている雫の質問に、淀み無く回答する魔人族の女。誰もが満身創痍の中、唐突な女の言葉は地獄に垂らされた蜘蛛の糸に等しい。魔人族の言葉を咀嚼しながら、雫は臆すこと無く再度疑問をぶつける。

 

「・・・光輝はどうするつもり?」

 

「ふふ、聡いね。悪いが、勇者君は生かしておけないーーーと、言いたい所だけど。あんたらが全員素直にこちら側に来るなら、特別に生かしてあげても良いよ?無論、勇者君は色々()()()()もらうし、あんた達にも最低限首輪は付けさせてもらうけど。何なら活躍次第で、報酬だって出すつもりさ」

 

「・・・・・・本気で言ってるの?」

 

 所々で気になる単語が出てきたものの、敗残兵への勧誘としては破格と言っても良い条件。思わず耳を疑う雫だが、女が嘘を言っている様には見えない。無論、演技の可能性もあるが、此処まで有利な状況で嘘を吐く必要性も薄いだろう。雫が思わず口に出した疑念に応えるべく、魔人族は言葉を続けていく。

 

「勿論、本気も本気さ。理由は色々あるけれど、1番は〝闇術師〟と〝降霊術師〟の天職持ちさね。その2つは希少(レア)な上、魔人族(あたしら)の魔物使役と相性が悪い。でも、それは敵対したらの話。味方に出来たらこれ以上無い程あたしらに()()のさ。それこそ、話が通じない勇者君を引き込んででも十分にお釣りが来るくらいには」

 

「・・・首輪って、具体的には?」

 

「反逆出来ないのは当然だけど、自由意志まで奪うつもりは無いから安心しな。ま、勇者君に関してはその限りじゃ無いけど。ギャーギャー騒がれるのも堪んないしね」

 

「自由度の高い奴隷って感じかしら。・・・負けた側に対して随分と優しいのね。それだけ〝闇術師〟と〝降霊術師〟には価値があるのかしら?」

 

「そうそう。理解が早くて助かるね。勇者君と違って会話が成立するのも良い。この期に及んで時間稼ぎしようとする強かさも評価してあげようか?」

 

「・・・・・・何のことか、サッパリ分からないわね」

 

 あくまでもシラをきる雫を見て、呆れ半分関心半分で笑う魔人族。時間稼ぎをした所で、雫達に出来るのは精々息を整える位だろう。その程度でこの場を凌ぐなど土台無理な話ではあるが、それでも最期まで足掻こうとする雫の姿勢は魔人族の女としても嫌いでは無かった。だからこそ、女はこのタイミングで最高の殺し文句を告げる。

 

「そもそもだ。あんたら、酷い話だとは思わないのかい?」

 

「?何がかしら?」

 

「勇者やら〝神の使徒〟だなんてそれっぽく敬われてるらしいけどさ、あんたら別の世界から拉致られた挙句、無理矢理戦わされてるんだろう?人間族も戦争に勝つ為に必死なんだろうけど、だからと言って何の関係も無い奴等を巻き込んで良い道理がある訳無いだろうに。挙句、必死で戦ってオルクスから生還したあんたらを、影で馬鹿にしていたって話じゃないか。そんな奴らの為に、どうしてあんたらが戦わなきゃならないんだい?」

 

「・・・・・・・・・そ、れは」

 

 それは、この世界に呼ばれたクラスメイトの全員が、大なり小なり胸に抱いていた想いの1つ。「何故、自分達がこんな目に合わなければならないんだ?」と言う理不尽に対する嘆きと怒り。様々な要因から奇跡的に表面化していなかっただけで誰もが心の片隅に抱き続けていた燻りを、魔人族の女は的確に煽っていた。

 

「戦争している時点であたしらも人の事は言えないけどさ、だからってこれは無い。最初に聞いた時は流石にあたしらも正気を疑ったもんさ。普通、ここまでやるか?ってね。人間族を裏切らないあんたらの義理堅さは美徳だろうけど、尽くす相手は考えた方が良いと思うよ?」

 

「・・・魔人族側に着いたとしても、状況が変わるとは限らないわ。今より悪くなる可能性だってある」

 

「ああ。そう考えるのは当然だし、いきなりあたしらを信用しろってのも難しいだろうさ。でも、少なくともあたしらの崇める神は、こんな外道は絶対にしない。そこだけは誓える。現にあたしらには、あんたらみたいな〝勇者〟は居ないだろう?」

 

 憐憫すら滲ませながら話す魔人族に対して、勇者一行の誰もが口を噤んだまま声を上げる事すら出来ない。自分達を優に上回る魔物達に加えて、死ぬかもしれないと言う恐怖。女の提案に乗れば命だけは助かるかもと言う希望。そして何より、自分達がこうなっている原因となった王国と神への強い疑念。例え碌な事にならないと分かっていても、差し出された救いに抗うのは難しい。魔人族の女の問いかけは、見事なまでにクラスメイト達の心を揺さぶっていた。

 

(良い感じに迷ってるね。これで心も折れてくれるなら〝寄生花(パララント)〟の寄生も時短出来て良いんだけど)

 

 不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる勇者一行を見ながら、内心でほくそ笑む魔人族の女。〝寄生花(パララント)〟が完全に定着する時間は、寄生する対象の強さーーー具体的にはステータス値と技能数、及び精神の頑丈さーーーに比例していた。彼等に〝寄生花(パララント)〟を使うかは未定だが、どう転ぶにせよ心を折っておくに越した事は無い。彼等彼女等の迷いにトドメを刺すべく、魔人族の女はダメ押しの言葉を告げる。

 

 

 

()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()?王国からはさっさと見切りをつけて、こちら側に来なよ。こんな所で死んじまった奴等みたく、無惨に死にたくは無いだろう?」

 

「「「「ーーーーーーーーー」」」」

 

 

 

ズオゥッ

 

 

 

「は?」

 

 呆けた声を出したのは魔人族の女か、それとも勇者一行の誰かだったか、或いは両方か。誰もが呆気に取られる中、悍ましい気配と共に2()()()『呪力』が噴出した。

 

 

 

 

 

 清水幸利は空想を好む人間だった。剣と魔法が飛び交うファンタジーや、日常の裏に潜む非日常と戦う者達。或いは別世界に飛ばされた凡人が才能を開花させて活躍する様な、そう言った創作物を好む人間だった。

 

 そしてそれらを好む人間として当然と言うべきか、例に漏れず幸利の中にも憧れがあった。それは例えば囚われのお姫様を見事に救い出す騎士であったり。仲間の期待を背に困難に立ち向かっていく戦士であったり。或いは、大切な誰かを守るために剣を取って戦うと決意した英雄であったり。そういった主役達(キャラクター)に対して、淡く、しかし確かな羨望が存在していた。あの事件に巻き込まれるまでは。

 

 あの事件で幸利に与えられた役割(ロール)は、唯の脇役(モブ)だった。幸利に出来た事は何一つ無く、成し得たものも皆無。「居ても居なくとも変わらない、全体に影響を及ぼさない矮小な存在だった」と、幸利は当時の自分を評価していた。

 

 無論、事実は異なる。少なくとも社は「卑屈すぎだろ!?」と否定するだろう。当時目覚めた1級相当(実際は特級認定されても何ら不思議では無いレベルであった)怨霊を()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、間違いなく幸利の活躍があってこそだった。幸利本人は未だ知らず社もまた全てが終わった後で知り得た事であったが、もし2人のどちらかが下手を打てば最悪3000に近い数の人間が呪殺されていた可能性すらあったのだから。

 

 そうして怨霊絡みの事件に巻き込まれた幸利の中から、英雄に対しての淡い羨望は消え去った。願望(ゆめ)空想(ゆめ)のまま、「現実になれ」と願う事無く儚く散っていったのだ。しかし、それは幸利が『呪術師』に関する物騒な裏の事情を知ったからでも、ましてや己の凡庸さを味わったからでも無い。幸利が巻き込まれた事件の中に、何一つとして救いが無かったからだった。

 

 事件の元凶たる『怨霊』は、数十年前に実在した学生だった。被害妄想に近い誤解によって虐められ殺された、何の罪も無い女学生。原因は痴情のもつれとすら呼べない事。怨霊となる彼女を殺した生徒は、自分の憧れの先生に色目を使われた等と根拠の無い妄想により嫉妬を狂わせ、虐めを扇動した挙句に屋上から突き落としたのだ。

 

 殺した側の生徒を含む、虐めていた生徒達の実家が資産家や権力者だった事。学校側が保身に走る為にその権力にあっさりと迎合した事。犯人の女生徒からよりにもよって「先生の為だったの」等と言う妄言が飛び出した事。更には殺された彼女にこれと言って親しい友が居らず、肉親も父方の祖父母だけと騒ぐ人間が皆無だった事。其れ等の理由が重なり女生徒の死因は自殺にされた。今の時代ならまだしも当時はそういう事が(まか)り通っていたのだ。よって、事件は加害者と責任を負いたくない者にだけ都合の良い終わりを迎え、時の流れに風化するーーー筈だった。

 

 加害者達の誤算は唯一つ。死んだ筈の彼女に『呪術』の才能があった事だろう。

 

 そもそも『怨霊』とは一定以上の『呪力』を持った人間が、強い無念を持って死んだ際に生まれるモノだ。虐められ殺された挙句、死因は自殺扱い。おまけに加害者達は今ものうのうと生きている。これで怨みが生まれない訳が無い。

 

 故に当然の帰結として怨霊は誕生した。彼女が生前自覚せず持っていた『空中にある物を操る術式』は、転落死と言うーーー空中からの落下という余りにも皮肉なーーー死因と数多の『縛り』により、『条件を満たした対象を時間・空間を無視して即座に墜落死させる術式』へと変質。主犯の生徒、虐めに加担した生徒達及び彼女達の親族郎党、事件を隠蔽した学校の教員を含む責任者達。その全てを転落死させた上で自身の領域内部に彼らの魂を縛り、自身が成仏するまでの数十年間墜落死させ続けたのだ。

 

 当然、この事件を知った社の祖父が黙っていた訳では無い。数多の人間が突然死した事をきっかけに、異変に気付いた国の依頼で社の祖父は調査に乗り出した。だが、主な関係者が全員死んでしまい調査は難航。真実を知るのが遅れた結果、怨霊は既に特級に匹敵する力を掌握してしまっていたのだ。

 

 不幸中の幸い(犠牲者は出たが、敢えてこう言おう)だったのは、怨霊に話が通じるだけの知性があった事、そしてこれ以上誰かを呪う意思が無かった事だろう。怨霊が求めたのは唯一つ、復讐の継続。自分を落として堕として貶めた連中を、何時までも堕とし続ける事だけだった。

 

 怨霊(かのじょ)は『術式対象に出来るのは、この学校に半年以上在籍した者のみ』『自分はこの学校の敷地外には出られない』等の複数の縛りを己に課していた代わりに『条件を1度でも満たした人間は何時何処にいても術式の対象に出来る』効果を得ていた。彼女を無理に祓えば、術式対象となった元在校生を含む全ての人間が呪殺されかねない。「無関係の人間は巻き込めない」と社の祖父は『これ以上人を呪わない代わりに、復讐の継続を黙認。領域ごと封印されている』と言う『縛り』を彼女と交わし、術式によって彼女を封印したのだった。

 

 そして時は流れて数十年後、社と幸利がその中学校に通い始めた最初の年。突如として社の祖父と怨霊との『縛り』が破棄され、封印が解かれたのだ。

 

 きっかけは幸利に対する虐めだった。虐めている当人からすれば遊びの様なものだったのだろう。幸利にウザ絡みし、果ては現金すら脅し取ろうとした。しかし、それを怨霊が見逃さなかった。

 

 今までもあったであろう虐めを怨霊が許さなかったのは、端的に言えば対象が幸利だったからだ。理由も至ってシンプル。幸利が怨霊(かのじょ)の初恋の人に似ていたから。

 

 幸利がいじめっ子達に屋上のフェンスに叩き付けられた瞬間、怨霊(かのじょ)は『縛り』の事も忘れて激昂した。それも当然の事だろう。彼女が復讐を望んだ根底には「好きな人に振られる所か想いすら告げられず、あろう事か別の人間に懸想していると誤解され殺された」事があるのだから。

 

 怨霊は即座に虐めを行なっていた生徒達を呪い殺すと、『縛り』を破った事による呪力の激減と肉体の崩壊を無視して幸利を領域内部に拉致。怨霊として再び活動を開始した。

 

 そこからは特に語るべき事は無い。こんな時の為にと同じ学校に通っていた社が異常を感知。祖父に相談した上で『縛りの不履行』により半ば崩壊していた領域内部に突入して、幸利の救出に向かい対決。いざ決着、と言う所で幸利が怨霊を成仏させて事態は収束を迎えたのだ。

 

 幸利が怨霊を成仏させる事が出来たのは、幸利が怨霊に心底同情したからだった。目の前でいじめっ子達が柘榴(ざくろ)の様に弾け、訳も分からず領域内部に拉致され、主犯である怨霊からは何されるでも無く見つめられ続ける。何時発狂してもおかしく無い様な目に遭いながら、しかし最後に怨霊(かのじょ)の記憶と想いを知った幸利は、生前の彼女を想って涙した。自分がただ理不尽な理由(初恋の人に似ていただけ)で巻き込まれた事を知った上で。

 

 この事件には幸利を除いて純粋な被害者は存在しない。成った順序に違いはあれど、誰も彼もが被害者であり加害者でもあった。社と社の祖父に関しても加害者とは言えないが、立ち位置的には無関係の他人である為除外される。幸利唯1人だけが、被害者でありながら加害者には成ろうとしなかった。怨霊(かのじょ)の想いに触れ、幸利だけが悲しみ泣いたのだ。誰かの為に流せる涙こそ何よりも美しいーーー怨霊(かのじょ)は全てを知って尚、自身の為に泣いてくれた幸利の涙を見て、抗う事無く成仏したのだった。

 

 事件の事後処理も粗方終わった後、幸利は一連の出来事や『呪術』について社の祖父から説明された。その際「縛りを上手く使えば、記憶の封印も可能である」と言われた幸利は、しかし社達の予想を裏切りその申し出を断った。幾ら言葉を掛けても、その提案にだけは頑として首を縦に降らなかったのだ。

 

 幸利が怨霊の事を知れたのは、生得領域が文字通り『怨霊の心の中』だったからだ。或いは、怨霊が幸利自身に知って欲しいと願っていたからかも知れない。何方にせよ怨霊(かのじょ)の事を知った幸利は、怨霊(かのじょ)の事を忘れるのを拒んだ。

 

 だって、あんまりでは無いか。誰も彼もに救いが無く、只々不幸に終わってしまっただけ。或いは未来への教訓にしようにも、信じる人等居る筈も無く。誰からも忘れ去られてしまうだけなんて、無価値で無意味極まりないと。

 

 だから、幸利だけは覚えている事にしたのだ。正直言えば、今でも怨霊(かのじょ)の事は怖いけれど。怨霊(かのじょ)や俺を虐めていた人間なんてクソ喰らえだったけれど。何の慰めにも弔いにもならないし、自分には酷い心的外傷(トラウマ)だけが残ったけれど。でも、それでも。自分は、自分だけは、自分だけでも。怨霊(かのじょ)の事を絶対に覚えていようと。終わり際、何も出来なかった幸利(じぶん)に、涙を流してお礼を言いながら消えていった怨霊(かのじょ)の事を、己だけは忘れまいと固く強く心に『(ちか)った』のだ。

 

 それ以来、幸利は空想の中だけにのめり込むのをやめた。勿論、架空の物語が嫌いになった訳ではないが、同じ分だけ現実にも目を向ける様にした。怨霊(かのじょ)との出会いは確かに現実にあったのだと、己の中から消え去る事が無い様に。

 

 ーーー1つだけ、実は()()()()1()()()()()()気付かれずに残ったモノがある。何も残らなかったと、だからこそ自分だけは覚えていようと誓った幸利にこそ遺されたモノ。

 

 それは、怨霊(かのじょ)からの最初で最後の贈り物。成仏間際、人に戻れた彼女が幸利に口づけと共に遺した、せめてものお礼(呪い)。死に際に『自らの全てを注ぐ』という『縛り』と、怨霊(かのじょ)に共感したとある存在が誰にもバレない様に助力して遺されたソレは、しかし条件を満たさなければどうしようもなく弱いーーーそれこそステータスプレートにすら表れないものだった。

 

 だが、怨霊(かのじょ)にはそれで良かった。余り強い力を残しては幸利に不幸が訪れてしまう。怨霊(じぶん)の為に涙を流せる優しい人が、争いに巻き込まれるのを怨霊は良しとしなかった。故に、使用条件も相応に厳しいものとした。幸利(かれ)に災いが降り掛かる時に初めて力を振るえる様に、と。

 

 幸利は気付いていない。来るべき時が訪れるまで、怨霊(かのじょ)()が幸利には気付けない程に小さくして隠したから。

 

 社は気付かない。特大の『呪力』の塊である■■が居る事で『呪力』の感知が鈍り気味である為、平時の小さ過ぎる状態では違和感すらも感じ得ない。悪意は皆無である為〝悪意感知〟も無反応だった。

 

 社の祖父は気付いても言えない。『縛り』の不履行の上で怨霊(かのじょ)が成仏したと言うイレギュラーにより、結んだ『縛り』が極々僅かに幸利の中から消滅しきれておらず、また害も無い為『怨霊(かのじょ)の事を黙認する縛り』が非常に小さく半端な形で生きていたからだ。

 

 怨霊(かのじょ)が遺した力を使う為の『縛り』は2つ。『幸利(かれ)が自分の無力を嘆き力を求める』事と『怨霊(わたし)の事を憶えている』事。優しい幸利(かれ)が力を求めるならば、それはきっと誰かの為なのだろうと。怨霊(わたし)の事を忌まわしいと忘れたいのであれば、直ぐにでもこの力を手放せる様にと。怨霊(かのじょ)はそんな想いと共に幸利にこの力を遺していた。

 

 死に損ない怨霊となり、そして最後に人として去りゆく彼女が、これからを生きゆく幸利に出来た精一杯の贈り物。こんな力など必要無い程に幸せな人生を送って欲しいと願い、しかし世界は時に残酷な物だからと抗える様に。最後の最期で怨霊(わたし)人間(わたし)に戻してーーー救ってくれた幸利(ヒーロー)に遺された呪いが呪力が術式(小さく確かな愛情)が。異世界の地下深く、幸利の窮地で開花する。

 

 幸利や社達は勿論、術式(ちから)を遺した彼女達すらも知らなかった事実がある。それは『術式』の正式な名前。『術式』を理解する過程で名前を付けたり、はたまた術師が最初から無意識に理解していたりと様々であるが故に、彼女も含めてその名は次いぞ誰にも知られなかったが。もしソレに名前をつけるのであれば。

 

「ぶっつけ本番とか向いてねぇんだよ、クソがーーー『宙操(くうそう)呪法』!」

 

 (から)(おも)いと書く空想を好む男に、(そら)(あやつ)る為の力が遺されたのは唯の偶然だったのだろうか。或いは、それこそが「怨霊(わたし)幸利(あなた)に救われた」と証明出来るたった1つの証だったのか。怨霊(かのじょ)に託された力を握り締めて、立ち上がる幸利。ーーーと、()()1()()

 

「こんな所で無惨に死んだ、だって。面白い事言うよねぇ、ウフフ、アハハハハハハハーーーお前如きが社君の何を知ってるんだどいつもこいつも知った様な口を利きやがって全員ブチ殺すぞ阿婆擦(あばず)れ共がぁ!!!()()()()』!!!

 

 頭をガリガリと掻き毟りながら、発狂する様に『術式』を発動する恵里。余りの迫力に敵味方の誰もが言葉を失う中、何故か恵里の身体にあった筈の傷が瞬く間に塞がっていく。それを見て今度は別の意味で驚愕する面々。

 

「ギリギリで不意突いて殺そうと思ったけど、もう良いや。グチャグチャにしてあげるよ、カスが

 

「敵より味方のが怖ぇのバグか?」

 

「うっさい。ちゃっちゃと殺って社君探しに行くんだから。手伝ってよ、清水君」

 

「ヘイヘイ。ま、こんだけ俺らの気を揉ませてんだ。あの馬鹿共(ハジメと社)のアホ面引っ叩いてやらんと俺も気が済まねぇ」

 

 全身を『呪力』で漲らせる2人の視線の先に居るのは、既に体勢を立て直し警戒する魔人族の女と盾になる様に立ち塞がる魔物達。依然として変わらぬ脅威に晒されながらも、新米『呪術師』達は怯む事無く再度『術式』を発動した。




色々解説
・あと一歩の所で勧誘失敗しちゃった魔人族の女(本名カトレアさん)
頑張って勧誘した結果、最後の最後で約4名(幸利、恵里、雫、香織)の核地雷をピンポイントでブチ抜いた挙句、その内2名の覚醒を促しちゃったウッカリさん。王国の在り方を非難しつつ雫達に寄り添う風に説得しようとしたのは実はかなり効いていた為、割と惜しかった。光輝を殺そうとしなかったのは〝寄生花(パララント)〟でどうにでもなると考えたから。勇者達の境遇に哀れみはしてたけど、それはそれとして拒否されたら殺すつもりだった。原作見るに情に厚いけど仕事には持ち込まないタイプ。

・幸利の過去編
恐らくこの作品に於ける最大の原作改変要素。賛否あるかもだけど「少なくとも原作幸利君が変わるにはこれくらいなきゃなぁ」と作者が考えた為にこうなった。この件を機に勉強頑張ったり社交的になったり、自分の脳を灼いた社と友達になったりしたが、メチャクチャ好条件が重なったとは言え『何の力も無い一般人が、優しさと善意で怨霊を成仏させた』と言う点で社の脳も灼いてたりする。お互いに後方理解者面してる。

・恵里の発狂&『術式』
普通に怖い。何故この『術式』を持っているのか、どのタイミングで目覚めたのか現時点では不明。敵味方無茶苦茶な奴が多い「ありふれ世界」じゃなければ、少なくとも味方側が持ってて良い『術式』では無いとは思う。
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