ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
〝
「ーーー殺せ」
2人の覚醒からほんの数秒という早さで魔人族の女が命令を下す。〝闇術師〟と〝降霊術師〟を確保する目的とはかけ離れた指令は、しかし『呪力』の圧に呑まれかけた魔物達の理性を取り戻し、余計な
(何だ、何が起こった?剣士のお嬢ちゃんはコレを狙って時間稼ぎした?いや、それならあの勧誘で心が揺れたりしない。単なる偶然か?何がキッカケになった。あたしの台詞?最後の最後でトチった?いや、いやいやいや、そんな事はどうでも良い!一目見りゃ分かる、あんな力ーーー魔人族にとっちゃ厄災にしかならない!!)
圧倒的に有利な状況の中、慎重だった女が目的すら投げ捨て拙速を選んだのは唯の直感だった。魔人族はおろか魔物や人間族ですら持ち得ない異質な『
「ほぼ勝ち確だってのに、全然油断しねぇのクソゲーか?中村、悪いが俺は小物しか相手出来ねぇぞ」
「ハイハイ私がデカブツ相手ね。清水君にはそこまで期待してないから良いよ」
「メッキ剥がれてんぞ性悪」
お互いの役割を決めながら軽口を叩き合う幸利と恵里。向かってくる魔物達に対する恐れが無い訳では無い。新たな力に目覚めたからと言って、痛みや苦しみが無くなる訳でも無い。だが、その悪感情すら『呪力』の薪へと変え、新米『呪術師』は新たな力を振るう。
「〝
呪詞と共に突き出された幸利の右腕から、薄黒い波動が放たれる。迷宮の通路に
「ハァ?ちょっと清水君、何も起きないんだけど。この期に及んで見栄張ったワケ?体を張ったジョークにしては笑えないんだけど?」
「ホントテメェは社が居ねぇと毒隠さねぇよなぁ!いいから黙って見てろや!!ーーー俺に従え!魔物共!」
「「「シャアアアァ!!」」」
「「「ルォオオォォ!?」」」
ヤケクソ気味に幸利が叫んだ瞬間、向かって来る魔物達の一部が反転し近くの同胞へと襲いかかった。突然の裏切りに即応出来る訳も無く、正常な魔物達は不意打ちをモロに食らう形になる。
「・・・ふぅん、『術式』で
「ンでパッと見で分かるんだよ!やっぱテメェが1番おっかねぇんだが!?」
自らの術式を正確に見抜かれ、思わず声を荒げる幸利。幸利の持つ術式『空操呪法』は文字通り〝空に浮く物を操る〟術式。それを〝空にいた物、或いは空を跳んだ物〟にまで解釈を広げ、無理矢理魔物を術式対象にしたのだ。それでも本来なら〝
「いや良い、分かってんなら話は早ぇ。俺が操れんのは跳んだり跳ねたりしてた猫モドキと一部のキメラだけだ。後は多少動きを鈍らせるーー「〝招来魂〟」ーー・・・は?」
少しでも出力を上げるべく『術式の開示』を兼ねて説明しようとした幸利が絶句する。余りにも、恵里が呼び出した魂の数が多かったからだ。恵里や幸利の周囲は勿論、その背後の通路すら埋め尽くさんばかりに並ぶ魂の数々。幾ら恵里が降霊術に適性があるとは言え、数百に届かんとする魂を音も無く呼び出すのは尋常では無い。
「やっぱり死にたてホヤホヤの魂は生きが良いね。ほーら、皆ー。にっくき仇が目の前にいるよ?憎いよね、恨めしいよね?なら、やる事は1つだよね?」
オオオォォオォォォォン!!
地の底から這い上がる様な唸り声と共に、半透明の魂達が一斉に魔物達へと突撃する。恵里が呼んだのは光輝達がこの階層に来る前、魔人族の女とその配下に殺された魔物達の魂だった。本来なら術師に命ぜられるまま操られるままの魂は、その仇が標的であるのも相まって、生前と何ら変わらぬ様子でキメラ達へと殺到する。
「ま、こんなもんかな。じゃ、清水君はそのまま足止めよろしくー」
「中村テメェ何をーーーオイちょっと待てや!?」
諸々を幸利へと丸投げしながら、恵里は魂達に紛れつつ同士討ちする魔物達へと走っていく。〝招来魂〟ーーー降霊術の基礎であるこの魔法は、指定範囲内で亡くなった魂を呼び出す事が出来る。シンプル故に術者の力量が反映されやすく、降霊術師としての天凛を持つ恵里が最も得意とする魔法の1つだった。
〝招来魂〟で呼び出された魂は実体を持たず、直接戦闘に向いていない。だが、魂は生前の肉体が持ち得た機能を多少なりとも宿しており、術者の腕にもよるが五感の共有も可能だった。その為、偵察や陽動、撹乱等、呼び出した魂によっては高い汎用性を秘めていた。
「〝
呪詞を唱えている恵里は現在、魂達の制御をほぼ手放している。残留思念として残る怨みを恵里が煽った事で、魂達が自らキメラ達に殺到しているからだ。唐突に始まった同士討ちによる混乱が、群がる数多の魂達により更に悪化していく。その機に乗じて魔物達に近寄るのは造作も無かった。
「無為、転変!」
無防備な姿を晒すキメラの脇腹を、恵理の両手が触れた瞬間。発動した『術式』が恵理の両手を伝い、キメラの身体が波打つ様に震え出す。雄叫びとも断末魔ともつかない声と共に肉体の内側がボコボコと泡立ち、皮膚の裏をナニかがのたうち回る様な異質な光景。
「掌握完了っと。殺れ」
時間にして僅か数秒、キメラの肉体は先程の変形が嘘の様に元の形を取り戻す。と同時、恵里の呟きよりも速く、キメラが周囲の魔物へと襲い掛かった。幸利とは別のアプローチ、それでいて寄生花ごと強く深く支配されたキメラは、状況に惑わされる魔物達を片っ端から刈り取っていく。
「まだまだ。もっともっと引っ掻きまわしてやる。集まれ、魂達」
支配したキメラが十全に動くのを見届けながら、呼び出した魂達を両手に集める恵里。本来なら半透明に淡く光る魂達は、元の形を失いながら折り重なる様に収束していく。やがて恵里の掌に出来たのは、青白く光る小さな火種の様な光だった。
「っ!?全員避けなっ!!」
「ーーー『〝招来魂・うずまき〟』!」
理解出来ない事態が立て続けに起こる中で、それでも魔人族の女が指示を飛ばせたのは彼女が優秀だったからだ。高まる魔力と『
恵里の掌から放たれたのは、薄く幅広い光線だった。通路の幅ギリギリ、扇状に広がったレーザーは透明度が高く、それでいて射線上に居る魔物達をすり抜ける様に貫通していく。閃光が走ったのは一瞬、避けきれなかった魔物達は例外無く切り裂かれていた。
「ピアノ線だのワイヤートラップだのは、やっぱ2次元に限るな。リアルだとグロ過ぎて洒落になんねぇ」
「文句言ってる暇があるなら、もっと魔物を洗脳してくれない?君はそれしか能が無いでしょ?」
「言葉の切れ味上げろとは言ってねぇよ!!」
いつの間にやら前に出てきた幸利と、悪態を吐き合う恵里。2人の壁となる様に構えるキメラと猫型の魔物を見る限り、支配権はキチンと幸利が握れている様だ。『無為転変』により恵里に支配されたキメラも問題無く操れている。少なくとも直ぐにコントロールを奪われる心配は無いだろう。
「降霊術用の
「・・・そこまで甘くねぇだろうな」
恵里と幸利の視線の先には、魔物達に囲まれながら鋭い眼光を向ける魔人族の女が佇んでいる。『〝招来魂・うずまき〟』を避けた女は、これ以上手駒が奪われるのを避けるべく魔物達を自分が居る場所まで下がらせていた。
「あーあー全く、やりたい放題だね。お嬢ちゃん達には悪いが、さっきの交渉は無しって事にしとくれ」
「ふーん、随分と余裕無いんだねオバサン。私達を連れてくのって結構重要な任務じゃないの?」
「その通りではあるんだけどねぇ・・・流石にアンタらみたいな得体の知れないのを引き入れる程、切羽詰まってる訳じゃ無いからね。一体何をどうしたら〝
呆れた様な口振りとは裏腹に、魔人族の女の目は一切笑っていない。勧誘の為に力の差を見せつける余裕も、勇者達を品定めする様な視線も当に消え去っている。後に残ったのは、遠くない未来に新たな脅威となる芽を、この場で確実に殺し尽くすという殺意だけだった。
「こっからが本番だ。言わなくても分かってんな?」
「そっちこそ。ミスってもそのまま見捨てるからね?」
本気の殺意を浴びて尚、幸利と恵里は怯まない。状況を正しく理解しながら、それでも目的を果たす為、たった2人の正念場が始まった。
(・・・厄介だねぇ)
何度目かも分からない溜め息を内心で吐き出す魔人族の女。魔物の幾らかを奪われた上、ダメ押しに放たれた魂を収束した一撃により魔人族の圧倒的優位は崩れ去った。未だ有利な状況には違いないが、考えなしに魔物を突っ込ませるのは愚策も愚策。強行案が取れない以上、女は否が応にも慎重に攻めざるを得なくなっていた。
(一体どうやって〝
人が翼を、鳥が
(
近づいて来る魔物に片っ端から触れようとする恵里を見て、そう結論づける魔人族。ごく僅かな違和感すら見逃さぬと言わんばかりの視線は、そのまま幸利に向かう。
(逆に〝闇術師〟の坊やは操れる数に上限がありそうだが、代わりに支配下の魔物達を手足の様に操れる。技能なんかも十全に使える分負担は大きいんだろうけど、そこは〝降霊術師〟の嬢ちゃんが数でカバーしてる訳だ。問題は支配対象に出来る魔物の条件だけど・・・四足歩行?移動スピード?それとも特定の動作がトリガー?ちょっと絞りきれないのは厄介だけど、少なくとも触れられたらアウトって訳じゃ無さそうだ)
多分に推測は入るものの、女は『呪術師』達の力の輪郭を掴みつつあった。これが熟練の術師であればブラフを挟む事で『術式』を誤認させる事も可能だったろうが、残念ながら恵里と幸利は術師としては未熟も未熟。寧ろここまで『術式』を掌握出来ている事を褒めるべきであった。
(そうと分かれば対処のしようもある。〝降霊術師〟の嬢ちゃんには遠距離から攻めて兎に角魔物に近寄らせない。〝闇術師〟の坊やには接近戦が得意な魔物達を突っ込ませて圧をかけ続ける。こっちの狙いなんてすぐにバレるだろうけど、アンタらの覚醒も
魔人族にとって未知の力である『呪術』を、理解出来ないなりに分析してみせた手腕は見事と言う他無い。その推測を基に新たな戦術を組み立てた女は、再び戦いの主導権を握るべく指揮を取ろうとする。だが。
(・・・?いや、待て。何だい、この違和感は。何か見落としがある様な・・・?)
魔物達を采配すべく改めて戦場を見渡した女が、此処に来て僅かな引っかかりを覚える。〝
〝ねぇちょっと早くしてくんない清水君?あの阿婆擦れだって何時勘付くか分かんないんだからさぁ、もっと死ぬ気でやってよ。遅漏は嫌われるよ?〟
〝今で大体8割くらいだ!テメェこそ生々しい下ネタ言ってる暇があんなら気合い入れろや!良い加減、社にチクるからな!?〟
〝迷宮での死亡原因2位って仲間割れらしいね?〟
〝ヒェッ〟
支配した魔物が持っていた〝念話〟系統の技能により意思疎通を図る恵里と幸利。順調に時間稼ぎ出来ているとは言え油断は出来ない。確実にバレないと言い切れるのは魔人族の女が2人の『術式』の種を見抜くまでであり、その後どれだけ保つかは分からないのだ。
(考えろ、何が引っ掛かった?〝闇術師〟と〝降霊術師〟の2人がまた何かした?いや、あいつらは散々に見続けたんだ、変化があるとすればそれ以外。私が指揮する魔物か、それとも向こうに奪われた魔物?迷宮の壁や床、天井に何か仕掛けたのか?あたしは一体、何を見落としてる?)
(バレるなバレるなバレるなバレるなバレるなーーーっ、後もうちょい、もう少しで集まる!頼むからそのまま気付くなよ!)
魔人族の女が何かを探す様に周囲を見渡すのを見て、内心で絶叫する幸利。2人が立てた策は、女に何一つ気付かれないまま全ての準備を終える事が大前提。それが出来なければ即詰み、出来て漸く五分五分の大博打だった。
(利用されてる魔物も死体も、あたしからは相変わらず干渉出来ないままだ。何だ、何が足りない?あたしは何を見逃している?・・・いや、こうして違和感を持つ事自体が狙いか?あたしが自覚出来ない程度の出力で闇魔法を使えば、態と違和感を持つように細工もーーー・・・
自身の思考さえも疑いかけた女が、再び迷宮全域に目を向けた。自分の操る魔物達と、相手に奪われた魔物と死体達。此方を
(
操る魔物のスペックを完璧に把握出来ているからこその盲点。〝迷彩〟が最も脅威となるのは「待ち伏せや不意打ちなどの奇襲である」と理解しているからこその誤認。その上で『呪力』や『術式』と言った、初見の脅威への対応を優先したからこその見落とし。彼女の判断に間違いは無かった。理解出来ない災厄に比べれば、
「これだけ派手にやっといて、あんたら
「うわバレた。ずらかるよ清水君!」
「言われずとも逃げてンだよコッチはよぉ!!」
魔人族の確信に近い叫びを聞いた直後、同時に背を向けて駆け出す恵里と幸利。女の言う通り、2人はこの場を戦って切り抜けるつもりなど毛頭無かった。目覚めたばかりの『呪力』と『術式』をこれ見よがしに振るったのも、魔人族の女が自分達に注目し警戒させる為の目眩し。〝迷彩〟を施した魔物に傷付いたクラスメイトを運ばせる時間を稼ぐ為、自らを
「全員かかれ!逃すな!」
操り手の指示に従い魔物同士が全力でぶつかり合う。先程までの様子見を兼ねた小競り合いでは無い本気の闘争。通路の先は〝
「『無為転変』!」/「『宙操呪法』!」
「「「「「ーーーグルゥオガァアアアァァアアァアアア!!!」」」」」
「ッ!馬鹿な、何故これだけの力が!?」
質・数共に優っている魔人族側の魔物達が、魔物と死体の混成部隊を突破出来ないどころか僅かながら押し返される。此処を正念場と見た幸利と恵里が『1分後、支配下にある魔物と死体が崩壊する』縛りを即席で結び、限界を超えたスペックを引き出したのだ。
「早くしろよ、長くは持たねぇ!」
「分かってる!清水君は取りこぼし無いかチェック!『無為転変』!」
脇目も振らず走り抜け、幸利と恵里は退路を塞ぐ蔦の壁の前に辿り着く。周囲には満身創痍のクラスメイトと、それを背負うキメラが数体居るだけ。背後から聞こえる戦闘音をBGMに、2人は脱出の準備を整えていく。
「ぐ・・・清、水・・・?」
「ウルセェ喋んな大人しくしてろ答えてる暇は無ぇ!全員居んぞ中村ぁ!後はお前待ちだ!」
「今必死にやってるのが見えないかなぁ!?あぁもう!無駄に頑丈なんだけど!」
恵里が『無為転変』で蔦の形を変形させる傍ら、幸利はクラスメイト達の数を数えていく。生きているかの確認は勿論、罷り間違っても置き去りなんてする訳にはいかない。もう誰も
「シャァアアァア!!」
「ちょっと嘘でしょ!もう突破されたの!?」
「1匹だけだ、俺がやる!中村はそのまま続けてろ!」
「いや君にそんな余裕無いーー「無くてもやんだよ馬鹿め!」ーーあぁそう精々死なない様にね!」
もう少しで通れるだけの穴が開くといった所で、偶然包囲をすり抜けた
ヒュン
「ッ、ギイッ、ってえなぁクソ!」
飛びかかって来る魔物にナイフを一閃するが、軽く避けられた挙句、背中の触手でカウンターを貰う始末。何とか『呪力』で防御するものの、斬られた腕からは血飛沫が舞う。湧き出た恐怖を即座に『呪力』に換えて再度ナイフを振るうが、既に魔物は距離を取っている。このままヒット&アウェイで削り切る算段だろうか。
(カスがよぉ!呪力で防御しようが痛いモンは痛ぇじゃねぇか!何で社は平然とこんなん出来てたんだよ、あのアンポンタンめ!クソッたれ、こんなトコで死ねるか。生き残って絶対、社とハジメのケツ引っ叩いてやるわボケ!)
歯を食い縛りながら再びナイフを握り直す幸利。
「来いよ化け物ども!人間様の諦めの悪さをみせてーーー」
ドパァアアァン!
「やるーーーヘボブゥ!」
いざ往かん!と決意を固めた幸利の背後を、爆音と衝撃が襲う。出鼻をくじかれ混乱する幸利を飲み込んだ大波は、そのまま黒猫をも巻き込むと通路の奥、魔物達が乱戦している所へと流れ込んでいく。
「ゲーッホ、ゴッホ、ゲホッ、こ、今度は何だよ!?中村、テメェ今度は何をした!?これ以上はキャパオーバーだぞ俺は!」
「し、知らないよ!隙間から水が漏れ始めたと思ったら、蔦がどんどん溶けたの!また清水君がやらかしたんじゃないの!?」
「今の俺にそんな余裕があるかぁ!」
何とか息を整えた幸利が、近くまで流されてきた恵里に問うものの芳しい答えは返って来ない。他のクラスメイトの暴発か、魔人族側の新たな策か、はたまた見ず知らずの第三者か。少しでも状況を把握すべく、2人は蔓の壁に目を向け。
「よう、久しぶり。待たせたか?2人共」
少しだけ息を切らしながら、それでも無事な
この後、この世界の人間は改めて知る事となる。
『呪術』を知らぬ者。
『呪術』を新たに継承した者
『呪術』を捨てようと躍起になる者。
ーーー