P「バック・トゥ・ザ・フューチャー」咲耶「Part.283」   作:はちコウP

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第三話

 

 2020年6月26日 午後4時20分

 

 

 雷と共に降り出したにわか雨は数十分で止み、それから暫しの時が経ち、西の空が赤みを帯び始めてきた。

 

 そして今、2台の車はプロデューサーの自宅へと向かっている。

 

「…………本当にこの辺に俺の家があるっていうのか?」

 

「それなりに名のある住宅地だよね。この近辺は土地代や家賃がかなり高いと聞いたことがあるのだけれど」

 

「つくづく信じられないな。何もかも……」

 

 

 遡ること1時間と数十分……

 

 

 283プロの新事務所が消失していたのを目の当たりにして呆然としていたプロデューサーと咲耶。そこへマーティとドクがやってきて事情を確認した。

 

 話をひと通り聞いた2人は何やら慌しげに話し合った後に「ゆっくり落ち着いて話せる所へと移動しよう」と持ちかけてきた。

 

 そこでまずは近くにある283プロの寮へと向かった。

 

 だが、その寮もまた存在しなかった。

 

 寮があった筈の土地には老人用のデイサービスセンターが建っていたのであった。

 

 次に向かったのは旧283プロ事務所の入っていた建物だ。

 

 たどり着いてみれば、そこはテナント募集中の空き物件となっていた。

 

 一階のペットショップで聞き込みをしてみると、上の階に直前まで入っていたのは雑貨屋であり、それも一ヶ月ほど前に閉店してしまったとのことだった。

 

 また、それ以前に芸能事務所が入っていたことはないか、と尋ねてみるも店員は不思議そうに首を傾げるばかりであった。

 

 それならばと最後に向かったのは、プロデューサーの住んでいるマンションだ。

 

 しかしながら、そこもまた彼の住処ではなくなっていた。

 

 途方に暮れたプロデューサーは、手掛かりを求め手持ちの道具、車の中などを片っ端から調べた。

 

 するとカーナビに見慣らぬ住所が登録されていたのを発見した。その登録名称は自宅。

 

 藁にもすがる思いで一向は、その情報が示す場所へと向かうこととしたのだった。

 

 

 

「えっと……マジでコレが俺の家?」

 

「凄いね。立派な家じゃないか」

 

 プロデューサーが車から降りて周囲を見渡す。

 

 目の前に建っているのは、新築と思わしき二階建ての庭付きの一軒家であった。

 

 人気の住宅地に建っているということに加えて、周囲の家と比較して1ランクは上のデザイン、造りをしている様に見えた。物件価値は相当のものであると推測された。

 

 プロデューサーは門の脇へと目を向ける。はめ込まれた表札には會川と刻まれていた。

 

 ゆっくりと門を開き、玄関へと向かって歩くこと数歩

 

「あら!悠一さん!?」

 

 そこで突然プロデューサーは声をかけられた。

 

「えっ?」

 

 声のした方に目を向けると、庭に立つ1人の女性の姿があった。

 

 年齢はプロデューサーと同じく20代半ば程度と思われ、背丈はプロデューサーより頭一つ分は低く、髪の毛は肩に僅かにかかる程度の長さ、顔立ちはそれなりに整っており、美人と言える部類の容姿であった。

 

 女性は笑みを浮かべながらプロデューサーの元へ駆け寄り、彼へと抱きついてきた。

 

「えっ!?あのっ、どちら様――」

 

「いつの間に帰って来たの?海外出張で帰りは週明けになるって聞いてたのに。もしかして予定が早まったのかしら?それならメッセージのひとつでもよこして欲しかったわ」

 

「は、はあ……」

 

「でも予定より早く会えたんですもの、細かい事を気にするのも野暮ね。それよりも、ねえ見て悠一さん。大雨が降って心配だったから、先週植えたお花を見に来たの。でも全部大丈夫だったわ。あなたの言う通り、みんな見かけによらず強くて丈夫なお花なのね」

 

「そう、なんですか……?」

 

「2人で本格的に暮らし始めるのは来月に式を上げてからでしょ?だからお庭の手入れはその後で良いと思ってたんだけど、あなたの言う通り早くに済ませておいて問題無かったわね」

 

「えっと……式って……何の?」

 

「何のって……私達の結婚式でしょ?」

 

「結婚式!?」

 

 思いもよらない女性の一言に、プロデューサーは目を大きく見開いた。

 

「ど、どうしたの悠一さん、今日のあなた何か変よ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべた女性が、プロデューサーの頬に手を当てる。その時

 

「プロデューサー、何かあったのかい?」

 

 門の外から声がした。その方へとプロデューサーと女性が目を向ける。

 

 すると咲耶がプロデューサーの車から降りて近付いてくるのが二人の目に映ったのだった。

 

 その姿を目にした女性の表情が一瞬にして硬直した。

 

 そして、古めかしい人形がギギギと鈍い音を立てて首を回すかの様な動きで、女性はプロデューサーの顔を見上げた。

 

「…………悠一さん……あの子、誰なの?」

 

「いや、えっと。彼女は白瀬咲耶と言って、俺のプロデュースするアイドルで――」

 

「アイドル!?プロデュース!?何を言ってるの!?そんな訳の分からないことを言ってないで、本当のことを話しなさいよ!」

 

 女性は怒りに顔を歪ませて、プロデューサーの襟筋をグッと掴んで詰め寄ってくる。

 

「本当の事だって、咲耶は――」

 

「ど、どうしたんだい2人共!?」

 

 ただならぬ様子に咲耶は面食らいつつも、間に割って入って2人を引き剥がそうとする。

 

 興奮状態の女性は咲耶をキッと睨みつけ、敵意に満ちた声色で問いただす。

 

「あなた!悠一さんとはどういう関係なの!?」

 

「どういう関係?うーん、一口で言い表すのは難しいかな。言うなれば……固い絆で結ばれたパートナー、私にとって無くてはならない人で、新たな世界へと私を誘ってくれる案内人とも言えるだろうか」

 

 いつもの調子で詩的な例えを交えて語る咲耶であったが、頭に血が上った女性には、当然咲耶の意図した文脈で言葉が理解されるはずがなかった。

 

 俯いてワナワナと身を震わせた女性はプロデューサーの方へと向き直り

 

「この浮気者!!」

 

 パァン!と盛大な音を立ててプロデューサーの頬を引っ叩いた。

 

「痛っ!…………えっ?」

 

「婚約者の私に嘘の日程を伝えて、誰も来ない間に家の中にこの子を連れ込もうとしてたのね!信じられない!しかもこの子、女子高生じゃない!浮気した上に未成年にまで手を出すだなんて!見損なったわ!」

 

 女性はプロデューサーの頬へ更に一発をお見舞いし、ポケットから取り出した物を彼の顔面へと力の限り投げつけた。

 

「ぐわっ!…………痛たたた…………」

 

「そんなに若い子が良いのなら好きにしなさいよ!もうあなたの顔なんて二度と見たくないわ!」

 

 女性は吐き捨てるように声を上げると、踵を返してその場を走り去っていったのだった。

 

 プロデューサーと咲耶は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 そこへデロリアンの中から様子を伺っていたマーティとドクがやってきて声をかけてくる。

 

 2人はそこでようやく我に帰った。

 

「あ……プロデューサー、恋人がいたのだね。しかも婚約まで……私が余計な事を言ってしまったせいで大変な事に」

 

「いやいや!違うよ!全然知らない女の人だ!」

 

「そうなのかい?」

 

「ああ。本当だ…………にしても、一体何だったんだ?」

 

 と、プロデューサーが足下を見ると、そこには指輪を入れる箱と、鍵が転がっていた。

 

 それらを拾い上げて、ものは試しとばかりに玄関のドアに鍵を差し込んでみると、ガチャリと音を立てて鍵が開いた。

 

「……とにかく中に入ろう。ここ、俺の家で間違いないみたいだからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 2020年6月26日 午後5時03分

 

 

「プロデューサー、タオルと保冷剤だ」

 

「ありがとう咲耶。……ったたた」

 

 冷たいタオルが当てられたプロデューサーの頬は真っ赤に腫れていた。

 

 女性のビンタは会心の一撃級で、あの小さな体のどこからあれほどの力が出たのかと思う位に強烈であった。怒れる女の力は恐ろしかった。

 

 家へと入ったプロデューサーらは1階のリビングにひとまず集まった。

 

 その広さは消失した283プロ新事務所のリビングにも負けず劣らずで、立派なテーブルとソファーが備え付けられ、テレビ台には大型の液晶テレビも置かれていた。

 

 その他の家具やインテリアは必要最低限と思われる程度に置かれており、空いたスペースには所々に短く切られたビニールテープが張られていた。それは今後運び込まれる新たな家具の置き場なのだろう。

 

 と、2人の正面のソファーに座るドクが軽く咳ばらいをする。

 

 その隣に座るマーティが身振り手振りを交えつつ何やら話しかけてきた。

 

「おっと、そろそろ話を始めなきゃ」

 

「それじゃあさっきと同じように」

 

 咲耶が翻訳アプリを起動してドクの方へとスマホを差し出した。

 

 ドクは咲耶に向けて軽く頭を下げてから、スマホに向けて語り出した。

 

《話をする前に聞かせて下さい。さっきの女性は誰ですか?トラブルになっていたみたいですが》

 

「やっぱそれ聞いてくるか……知らない人ですよ。多分僕の婚約者……なんだと思うんですけど」

 

 プロデューサーがチラリと戸棚の上に置かれた写真を見る。

 

 そこにはプロデューサーとさっきの女性が、仲睦まじげに海の見える丘で寄り添いながら微笑んでいる姿が写っていた。

 

《なるほど。知らない女性。しかし婚約していたようだった。これで事態は更にハッキリわかったと思います》

 

「え~っと、一体どういう事ですか?」

 

《ユウイチ、サクヤ。あなた達が歴史を変えてしまったと私は考えます》

 

「歴史を」

 

「変えた?」

 

 2人はドクの言う事を即座に理解できなかった。

 

《1999年にあなた達がタイムトラベルをした時に何かをしたのです。それが影響をして歴史が変わりました。そして283プロダクションが無くなりました。ユウイチの家も元の時代と違っています。他にも変化があったはずです。これらが証拠です》

 

「何かをしたって……俺達が一体何を?」

 

 と、今度はマーティが語り掛けてきた。

 

《ユウイチ、思い出して下さい。例えば誰かに会ったり、車に轢かれそうな人を助けて自分が代わりに惹かれたり…………これは私の話でした。混乱させたかもしれません。ごめんなさい。しかし、何でもいいので出来事を言って下さい》

 

「そんな事言われても……う~ん、誰かに会った……車に轢かれそうに…………あっ」

 

 プロデューサーの脳裏に一つの出来事が思い出された。

 

 白バイに追いかけられたり、タイムトラベルをしたり、ドクとマーティの素性を聞かされたりとインパクトの強い出来事の影に隠れてしまっていたことを。

 

「え~っとですね、コンビニから高速道路へ向かう途中に事故を起こしそうになったんです。高校生の女の子を危うく轢きそうになりました」

 

《轢きそうになった?事故は起きなかったのですか?》

 

「はい、ブラウン博士。ギリギリのところで車を止められたので怪我一つ負わせないで済みました」

 

《そうですか。それだけでは分かりません。他には何かありましたか?》

 

「う~ん……咲耶は何か思い当たるか?」

 

「そうだね……料金所、コンビニ。その他に人とのやり取りがあった時は思い当たらないね。藍音さんとの出会いだってほんの一瞬だったんだしね」

 

「藍音……?」

 

「プロデューサーが跳ねそうになった彼女だよ。っと、そういえばキチンと言ってなかったね。拾った学生証の名前を見たんだ。米村藍音と書かれていたんだよ」

 

「米村……藍音?」

 

 プロデューサーは首を傾げる。つい最近似たような名前をどこかで聞いたような気がする、頭の中に何かが引っかかる。記憶が徐々に思い起こさていく。そして浮かんできたのは、とある女性の姿だった。

 

「あっ!そうか!彼女があの藍音さんだったのか!」

 

 そうして連鎖的にプロデューサーはある事を思い出す。

 

(そういえば、あの直後に俺らを追い抜いていったスポーツカー、確か社長が乗ってる車の数世代前の車種だったような……)

 

「…………あ」

 

 プロデューサーの背筋に悪寒が走る。

 

 全ての出来事が彼の頭の中でパズルのピースのように合致した。

 

「プロデューサー、何か分かったのかい?」

 

「あ、ああ。多分なんだけれど……」

 

 

 

 プロデューサーが先日聞いた社長の過去の話を説明し終えた瞬間、ドクが目を大きく見開いて叫びを上げた。

 

《きっとそれが原因です!間違いないです》

 

 そして隣に座るマーティは何やらボソリと呟いて苦々しい表情を浮かべていた。

 

《大変な事になりました!》

 

 そう叫ぶとドクはマーティと2人で何やら話を始めた。

 

 と、咲耶がプロデューサーの方へ顔を向ける。

 

「社長と藍音さんの間にそんな事があったなんて、初めて耳にしたよ」

 

「そういえば咲耶たちには話してなかったな」

 

「あの日に藍音さんが来た時はみんな気にしていたのだけれど、間もなく深沼親子がやってきたからね。あの騒動のおかげですっかり聞きそびれてしまっていたよ」

 

「それにしても、俺達が偶然通りかかったあそこが社長と藍音さんの出会いの場所だったなんて……」

 

「ほんの僅かでもタイミングが違っていればこんな事態にはならなかっただろうに……あの時私が無理にコンビニを出ようとしなければ、運命は違っていたかもしれない」

 

 咲耶が力なく肩を落として顔を俯かせる。

 

「それを言うなら、俺だって店員と変な問答をしないでさっさと会計を済ませてればよかったし、駐車場をもっと早く、あるいは遅く出てればよかったのかもしれない。たらればを言い出せばキリがないんだ。だから咲耶が気に病む必要なんてないんだよ」

 

「プロデューサー……」

 

「大事なのは“これからどうするか”だよ」

 

「そうだね。……あなたの言う通りだ」

 

 咲耶の顔がほのかに明るくなった。

 

 すると2人での話し合いが済んだのか、ドクが再び話しかけてきた。

 

《このような事態を招いた責任は私達にあります。放っておけないです。時間を正しく戻しましょう》

 

「ありがとうございます、ブラウン博士!でも一体どうすれば……」

 

「思ったのだけれど、あのタイムマシン、デロリアンと言うのだったかな?それを使ってあの時間に戻って、私達が社長と藍音さんの出会いを妨害してしまうのを阻止すればいいんじゃないだろうか?」

 

《それはダメですサクヤ!》

 

「え、何故?」

 

《そうするとタイムパラドックスが起きてしまいます。彼らの出会いを妨害したという事実が無くなれば、この瞬間が無かったことになります。更にあなた達がデロリアンで戻ってくるタイミングや、他の細かい出来事にも影響が出ます。矛盾が積み重なって時間の連続性が壊れます。宇宙が崩壊する可能性があります。最悪の場合》

 

「そ、そんな大事に発展するんですか!?」

 

 プロデューサーが目を大きく見開く。

 

「確かに、言われてみればその通りかもしれないね。だとすればどうやって解決すればいいのだろう」

 

《方法はあります。あなた達が2人の出会いを妨害した後にタイムトラベルして、再びあの2人を引き合わせます。それで解決します》

 

「なるほど!……だけどあの事故がきっかけになって藍音さんと社長はライブに行ったんだよな。それが無かった事になってしまってるのに上手くいくのか?」

 

《それは計画を十分に考える必要があります。実行するのはその後になります》

 

「だとしても、そんなに上手くいくのだろうか」

 

 咲耶が不安げに声を漏らす。

 

 するとマーティが話に入ってくる。

 

《以前にも似たような出来事がありました。話すと長くなります。だから詳しく話しませんが、その時は作戦成功しました。私達に任せて下さい》

 

「そうなのかい?……ありがとう。頼りにさせてもらうよマーティ」

 

 そうして咲耶が笑いかけると、マーティも肩をすくめて軽く笑みを返したのだった。

 

「でも良いんですか?あなた達だって自分達のいた所へ帰る方法を探さないといけないんじゃ?」

 

《それはあなた達の問題を解決させながら併せて探してゆきます。心配いりません》

 

「そうですか。重ね重ね、本当にありがとうございますブラウン博士」

 

 プロデューサーはドクへ向かって手を差し出した。

 

 ドクは目を大きく開いてニッコリと笑いながらその手を握り返した。

 

《こちらこそ。色々と協力を頼むと思います。よろしくお願いします。では明日になったらすぐに図書館などに行って1999年に関係する情報などを集めましょう》

 

「明日、図書館で?わざわざそんなことしなくても、パソコンとネットを使えば今すぐにでも調べられますよ」

 

《ネット、とは何ですか?魚を捕まえる網ですか?》

 

「えーっと……説明するよりもやってみせた方が早いか。多分この家にも俺のパソコンはあるだろうし。博士、俺の部屋に行きましょう。そこでお教えします」

 

《よろしくお願いします》

 

「咲耶、俺は博士と調べ物をするから夕食の用意を頼めるか?」

 

「わかったよ。良ければ私が何か作るけれど」

 

「いや、今日は咲耶も疲れただろう?だから少しでも楽をして体を休めておこう。明日からは忙しくなるだろうし。今夜は出前か何かが良いと思う」

 

「出前か……ならピザとかはどうだろう?それならアメリカ人の博士とマーティの口にも合うだろうし」

 

「いいなピザ!折角だ、フライドチキンやポテトも頼んで豪勢にやろう!」

 

「了解。では私が電話しておくよ」

 

「ああ、よろしくな」

 

 そうしてプロデューサーはドクと共に部屋を出て行った。

 

 咲耶はそれを見送った後で、ソファーに座っているマーティに声をかける。

 

「マーティ、夕食にはピザを注文するのだけれど、何かリクエストはあるかい?」

 

 マーティは僅かに考えるような素振りをした。

 

《ピザは何でもいいです。可能ならペプシが飲みたいです。ニッポンにはありますか?》

 

「ペプシ?それなら確か、さっき冷蔵庫で見たな。今取ってくるよ」

 

 咲耶はキッチンへ向かい冷蔵庫からペプシコーラの500mlペットボトルを取り出して、マーティへと手渡した。

 

 マーティは受けとったペットボトルを物珍し気に少々眺めていたが、程なくして封を開けて口をつけだした。

 

 その様を見届けると、咲耶はピザ屋へと電話する為に、ちょうどテーブルの片隅に新聞紙と共に置かれていたピザ屋のチラシを手にして彼の元から離れていった。

 

 

 

 

 

 ペプシを数口飲んだマーティは、ふと咲耶の方へと目を向ける。

 

 咲耶はスマートフォンを手にして電話をかけようとしていた。

 

 その時。ほんの一瞬、画面に目を落とした咲耶の表情が憂いを帯びたように見えた。

 

 何事かと思い声をかけようとしたマーティだったが、すぐに彼女が普段と変わりない表情で電話を始めたのを見て思いとどまった。

 

 そして再びペプシの入ったボトルへと口を付け始めた。

 

 日本のペプシコーラは思いのほか彼の口に合う味であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ステージの上からは、無数のサイリウムの光がリズムに合わせて時に激しく、時に緩やかに動く光景が見えていた。

 

 手にしたマイクを通じて会場に流れてゆく歌声。

 

 自分の声に続いて仲間の歌声が響き渡る。1人、また1人と歌詞を紡ぎ、やがて5人の声が重なり広がって大きなひとつの世界を構築してゆく。

 

 腕のひと振り、一歩のステップ、一瞬の目配り。刹那を過ぎる全てが積み重なり、世界はその大きさを輝きを増してゆく。

 

 同じ舞台に立つ5人の仲間、舞台の前から声援を送る観客、そして遠くから見守る導き手の男。

 

 立場や見ている光景は違えど、彼女は今、その全てとひとつになっている。身体と心がそう強く感じていた。

 

 ステージは最高潮を迎えようとしていた。

 

 彼女は大きく息を吸い込んで、次の瞬間へと繋ぐべく歌声を響かせる。

 

 

 その瞬間、彼女の眼前で煌めいていた無数の光が消え去った。

 

 広がるのは誰1人として存在しない観客席。

 

 発せられた歌声は、虚空に吸い込まれるように小さくなって消えてゆく。

 

 突然のことに唖然とした彼女は後ろへと振り返り、同じ舞台に立つ仲間へと声をかける。

 

 だがそこには、さっきまで共に歌を紡いでいた仲間の姿は存在していなかった。

 

 名前を呼ぶ。1つ、2つ、3つ、4つと。

 

 しかし誰も彼女の呼び声に答えない。

 

 声を大きく張り上げて、再び仲間に呼びかける。

 

 次の瞬間、凄まじい爆音が轟き、眼前が白く染まった。

 

 思わず彼女は目を閉じる。

 

 数秒の後に再び目を開いた時、そこにあったのは【売地】と書かれた看板の立つ空地。

 

 激しい雨が彼女の身体を打ちつけ出した。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午前4時52分

 

 

 咲耶が目を開くと、朝日を受けて僅かに白み出したカーテンが目に入った。

 

 微かに湿り気を帯びた枕から頭を起こし、傍にあるスマートフォンを手に取った。

 

 示されていた時刻はアラームを設定した時刻よりもはるかに早かった。

 

 咲耶はメッセージアプリを起動させる。

 

 表示されるグループメッセージは昨日彼女が送信して以来何の変化も無い。

 

 咲耶は新たなメッセージを作成し、送信のアイコンへと指を近づける。

 

 指は画面に触れる僅か数ミリのところで留まり続けた。

 

 1分が経過した。

 

 咲耶はメッセージを送信せずに消去すると寝床から立ち上がり、そのまま無言で部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午前7時24分

 

 

「ふぁー……おはよう」

 

 あくびをし、Tシャツ越しにお腹をかきながら、マーティがリビングへと足を踏み入れる。

 

 すると香ばしい匂いが鼻腔をくすぐってきた。それに反応してか、彼のお腹が軽く音を立てる。

 

 マーティがリビングの奥と繋がるキッチンを覗き込むと、コンロの前にエプロンを付けた咲耶が立っていた。

 

 パチパチと軽く油の跳ねる音がする。

 

 咲耶がフライパンの蓋を開けると、湯気と共に香りが立ち込めた。

 

 程よく焼けた薄切りのベーコンを、大皿へとフライ返しを使って盛り付けてゆく。

 

 と、マーティの姿に気が付いた咲耶が何やら声をかけてきた。

 

 日本語での言葉に続けて、マーティからすれば日本訛りが感じられるような英語で「Good morning」と告げてきたのでマーティも同じように挨拶を返した。

 

 続けて咲耶はジェスチャーを交えて何かを言ってきた。

 

 テーブルに着いて待ってて欲しい、と言っているように思われたので、マーティはリビングのキッチンに程近い位置にある席に腰をかけ、料理の出来上がりまで待つこととした。

 

 テーブルの上に置いてあったリモコンでテレビのスイッチを入れる。

 

 すると朝のニュース番組らしき映像が流れ出した。

 

「この時代のテレビって凄く薄いんだよな。けれども画面はバカでかいし、映像はメチャクチャ綺麗だ。凄いな」

 

 呟くマーティが眺める画面には芸能ニュースが流れていた。

 

 日本のミュージシャンの映像に続いて海外のミュージシャンの映像が流れだす。

 

 それはどこかのライブ会場で、老齢の男達がギターやドラムを演奏して軽快なロックサウンドを響かせている映像だった。

 

「ローリングストーンズってまだ現役で活動してるの!?」

 

 それが見知ったバンドだと気付いたマーティが大きく目を見開いた。

 

「おはようマーティ!」

 

 そんな時、溌剌とした声を上げながらドクがリビングへとやってきた。

 

 後ろからは眠そうに目を擦りながらプロデューサーが続いてくる。

 

「おはようドク、ユーイチ。何だか雰囲気が対照的だな。朝からやけにハイになってるけど、一体どうしたのさドク」

 

 するとドクは両手を大きく横に広げて、興奮冷めやらぬ様子で熱弁をふるい始めた。

 

「この世界の情報通信技術の発展ぶりは素晴らしい!おかげで調べたいと思っていた事の大半が一晩にして片付いた!」

 

「一晩で!?図書館にも新聞社にも行かずに!?」

 

 マーティが思わず席を立ち上がり、ドクの元へと歩み寄ってゆく。

 

「ふふふ、そんな所へなぞ足を運ばなくともコレがあれば様々な情報が集められるのだよ」

 

 得意げに顔をニヤつかせながら、ドクは手にした板のような物をマーティの目の前にかざす。

 

 それは大きなサイズのスマートフォンといったような見た目をしていた。

 

「タブレットPCという代物だ。これ一つあればあらゆる情報が思いのままだ!」

 

 ドクが画面に触れ、指を動かすと画面上に様々な写真や文字が出現した。

 

 だがそれだけに留まらない。ドクが画面に触れたり指で擦ったりすると、板からは音楽が流れ、映像が動き、計算機のような画面が出現し、TVゲームらしきモノが起動した。

 

 それらの事が一瞬にして起こっていったのだった。

 

「こいつは……なんともヘヴィな機械だ」

 

「動作は信じられないくらいに軽いがな。そして触ってみて実感したよ。スマートフォンにボタンがダイヤルが無い理由がな。このタッチパネルという技術のおかげだ。コレがあるおかげでボタンを搭載するスペースを削減し、その分高性能な部品を積み込む事が出来る。実に理にかなった構造をしておる」

 

「なるほどね。こりゃハイになるわけだ」

 

「そして搭載された無線通信機能により、世界中様々なデータベースへと繋ぐ事が出来るのだ。インターネットによってな。おかげで夜中の2時まで夢中になって調べ物を続けてしまったよ。ワシとしては徹夜したいところだったが、何ぶんユーイチが限界になってな。仕方なくそこで切り上げた。彼に聞かねば分からない事がまだまだあるのでな」

 

《ご飯が出来ました。みんなで食べましょう》

 

 そんな時、2人に向けて翻訳アプリの音声が声をかけた。

 

 見るとテーブルにはトーストにサラダ、目玉焼き、大盛りのベーコンなどが並べられていた。

 

 エプロン姿の咲耶がにっこりと微笑んで、優雅な手振りで2人に席に座るように促してきた。

 

「ドク、とりあえず話はこの辺にしてご飯にしよう。冷めたら作ってくれたサクヤに悪い」

 

「そうだな。早々にいただくとしよう」

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午前7時55分

 

 

「ふう、ごちそうさま。美味しかったよサクヤ」

 

《どういたしまして。簡単な料理でしたけれど、喜んでもらえて嬉しいです》

 

 マーティは咲耶から差し出されたコーヒーを受け取り口をつける。

 

「さて、腹ごしらえも済んだところで情報の共有といこう」

 

 ドクがいつの間にやら十数枚の紙束を手にしていた。そのうちの一束をプロデューサーへと差し出す。

 

「ではユーイチ、そっちは任せたぞ」

 

 プロデューサーは紙束を受け取って軽く頷くと、咲耶の隣へと座って話を始めた。

 

「マーティ、お前はこっちだ」

 

 ドクに手招きされたマーティは椅子をドクの方へと少し寄せた。

 

「まず結論から言おう。ここはワシらのいた歴史が改変された未来ではなく、十中八九パラレルワールドであると思われる」

 

「やっぱりそうか。でもどうしてそんなに早く結論が出たのさ?」

 

「コレを見てみろ」

 

 ドクが紙束の中の数枚を指差す。そこにはアメリカ西海岸地区の拡大地図が描かれていた。

 

「コレが今年の、次が20年前、更に飛んで40年前、100年前の地図だ。カリフォルニア州を注視してみろ」

 

 言われるがままにマーティが地図に目を向ける。

 

「……ヒルバレーが、無い?」

 

「その通り!ワシはカリフォルニア州の役所のデータベース、合衆国の公的データベースや歴史研究者、その他諸々のデータを片っ端から確認した。だがこの時代においてヒルバレーという地名、都市がアメリカに存在したという痕跡は何も見つからなかった」

 

「名前が変えられたって事は無いの?クレイトン峡谷がイーストウッド峡谷に変わったみたいにさ」

 

「勿論その可能性も探った。衛星写真のデータにも触れて実際の街並みや地形も確認したが、名前が変わっただけでは済まされない程に異なった地形も存在していた」

 

「衛星写真!?そんなのも見れるの!?凄いな2020年」

 

「まったくだ!宇宙から見た映像が拡大して、実際に街に立っているかのように見える映像にまでなる様には度肝を抜かれたよ!……と、話が脱線してしまったな。ともかく、彼らが行ったデロリアンによるタイムトラベルでここまでの大きな変化を起こす事は不可能だ。従ってここはパラレルワールドだとワシは確信するに至った」

 

「じゃあこの世界には僕や僕の家族、ドク、みんな存在しないのかな?ストーンズとかはいるってのに」

 

「SNSというシステムでも試しに調べてみたが、マーティやワシらに縁のある人物の痕跡は見当たらんかったな。大まかな歴史や有名人なんかに関しては、大同小異というやつだな」

 

「なるほどね。ところでSNSって何だい?」

 

「ソーシャルネットワークサービスというモノらしい。簡単に言えば世界中の人間が読めるようにした日記のようなものだ。この時代の人間はこれをやるのが当たり前らしい」

 

「日記を世界中に見せるなんて、随分と物好きなんだね」

 

「世界と時代が違えばここまで価値観が異なるのも当たり前だろうな」

 

 軽く咳払いをしてドクは新たな紙をめくる。

 

「さて、ここがパラレルワールドだとするとだ。我々がどうしてここに来てしまったのか、そしてどうやって帰れば良いのかという問題が立ちはだかる。だが、その問題に関する手掛かりは既に手に入れている。いや、遭遇していると言った方が正しいか」

 

「もしかして昨日の事務所だったはずの空き地でのこと?」

 

「その通り!冴えとるなマーティ」

 

「そりゃどうも」

 

「我々がこの世界に初めて訪れた場所はあそこだ。そして2015年からのタイムトラベル直前及び昨日に空き地を訪れた時の計器類の乱れ。全ては繋がった事象であると思われる。恐らくはワームホールを作り出す何らかの要因、未知の粒子と次元転移装置の干渉による空間歪曲、はたまたカーブラックホール理論とアインシュタイン方程式に基づく――」

 

「ちょっと待ってドク!……その話って長くなりそう?」

 

「おっと、すまん。お前さんに話すには些か専門的過ぎたな」

 

「残念だけどそれが理解できるなら僕はもっといい学校に行ってるさ」

 

「ともあれだ、この現象についての調査とユーイチ達の歴史を元に戻す計画を並行して進めてかにゃならん」

 

「オーケー。ところで1つ気になったんだけど、歴史を変えちゃった影響でユーイチやサクヤの存在が消えちゃったりする心配は無いのかな?パパとママの出会いを邪魔しちゃった僕みたいにさ」

 

「そいつは大丈夫だろう。その出来事に関しては事務所の成立には影響しとるが、彼らの生誕には全く影響しとらんからな」

 

「分かったよ。とりあえず時間はたっぷりあるわけだ」

 

「だがあまりダラダラするわけにもいかん。ひとまず1週間を目処に調査を進め、計画を立て実行に移すこととする。ついては早速だがやってもらいたい事がある」

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午前9時40分

 

 

 マーティと咲耶は秋葉原へ向かうこととなった。

 

 目的としては第一にデロリアンの修理パーツの調達だ。

 

 壊れてしまったホバーシステムの部品調達が主たる目的である。しかしながら、ホバーシステムの実用化がなされていないこの時代でそれが手に入る望みは薄い。これに関しては運良く代用部品が手に入ればという程度のものであった。

 

 そして次には現金の両替。プロデューサーから渡された資金を1999年でも使用可能な旧貨幣へと交換する。

 

 流石にあの夜のコンビニでのトラブルの二の舞はゴメンだ、とプロデューサーが主張したが故である。

 

 最後に咲耶の服をはじめとした日用品などの調達だ。

 

 流石に学校の制服のままでは色々と不都合があるため、私服を何着か揃える必要があった。

 

 プロデューサーの家には例の婚約者と思わしき女性の服が何着かあったが、着るまでもなく咲耶の背丈には合わないとわかった。

 

 プロデューサーに関しては替えのスーツが何着もあったのでそれで事足りるのであった。

 

 

 そんなわけでプロデューサーの家の最寄り駅までやってきたマーティと咲耶。

 

 咲耶から切符を受け取ったマーティの目の前にある物が立ちはだかった。

 

「何だこれ?」

 

 見たことのない機械が改札と思わしき場所に数台並んでいる。

 

 マーティがどうしたものかと戸惑っていると、隣の機械の間を通り抜けてゆく人が。その際に機械の端に描かれたマークのような物へと何かを当てているように見えた。

 

「なるほどね」

 

 とマーティが切符を持った手をマークの部分に当てて通り抜けようとする。

 

 ピンポーン!と電子音が鳴り響き、跳ね起きた板に行手を阻まれた。

 

「えっ?何だ?」

 

 驚いたマーティがキョロキョロしていると、後ろから肩を叩かれた。

 

 振り返ると咲耶が口の端を歪めつつ手招きをしていた。

 

 彼女に付いて隣の機械の方へと移動すると、咲耶は切符を機械の端の隙間へと差し込んで通り抜けた。

 

「そういうことか」

 

 マーティも彼女にならって同じように先へと進んだ。咲耶に指摘され出てきた切符を回収しつつ。

 

 ホームに到着してすぐのタイミングで目的の電車がやってきた。

 

 乗ると席は全て埋まっていたので、2人はドアから程近い位置の吊革に掴まることとした。

 

「無人の機械式改札なんてカッコいいね。けど触っただけで通れた人は何なんだい?」

 

《専用のカードを持っている人はそれをタッチすると通れます。切符を使う人は機械に入れる必要があります》

 

「なるほどね。そういう所はハイテクなんだな。それにしても席に座れないなんて、今日は随分と混んでるね」

 

《今は空いている時間です。通勤のピークにはライブ会場よりも人が密集します》

 

「そいつは大変そうだ。日本のビジネスマンはタフなんだね。僕には耐えられそうにないや」

 

《ところで、私はマーティの生活などに興味があります。教えてもらいたいのですが、良いですか?》

 

「構わないよ。聞いてくれれば何でも答える」

 

《マーティはブラウン博士の助手なのですか?または親戚ですか?》

 

「どっちでもないよ。僕とドクは友達さ」

 

《友達ですか。歳の大きく離れた友達、素敵だと思います。ところでマーティは大学生なのですか?》

 

「僕は高校生だよ。大学に行く予定は無いな。出来ればロックでお金を稼げたらって思うよ」

 

《高校生ですか。私と同じですね。歳上かと思いました。マーティも音楽をやるのですね。出来れば聞いてみたいです》

 

「大したものじゃ無いけど、それでも良いならそのうち。けど君みたいなプロのアイドルの前でやるのは少し気が引けるよ」

 

《私もまだまだです。勉強中の身です。ユニットのみんなに助けられながらやっています》

 

「君はユニットを組んでるのか。どんなメンバーがいるの?見てみたいな」

 

《では少し待ってください》

 

 そう言って咲耶は先日5人で撮った記念写真をスマホの画面に表示してマーティに差し出した。

 

 マーティは暫くそれを眺めると、スマホを咲耶へと渡して「ありがとう。みんなイカした子達だね」と告げた。

 

《マーティが良いと思った子はいますか?》

 

「ん?そうだな……紫色の髪をした子、ファッションが何だかパンクロックって感じがして凄くクールだと思ったよ」

 

《彼女は摩美々ですね。彼女はアンティーカで1番のオシャレな子だと思います》

 

「そうか、マミミっていうのか。でも他のみんなも十分にオシャレだと思うよ。咲耶もね」

 

《ありがとうございます。褒めてもらえて光栄です》

 

 そんな風に話をしていると何駅目かの停車駅へと着き、ドアが開いた。

 

《ここで乗り換えです。1度降りましょう》

 

「オーケー、分かったよ」

 

 そうして数度の乗り換えを経て、彼らは目的地の秋葉原へと辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午前10時38分

 

 

「こいつはスゲェや!」

 

 駅を出たマーティは、目の前に広がる秋葉原の光景に驚きの声を上げた。

 

 多種多様な格好をした人々が行き交い、ビルや個性的な店の数々、更には外国人の多さ。彼の目にはそれらがとても新鮮に映ったのだった。

 

「凄いな。まるでテーマパークみたいな街だ」

 

《秋葉原は現在、日本でも有数の観光地です。マーティがそう思うのも当然でしょう》

 

「折角だし色々と見て回りたいけど、先にドクのお使いを済ませなきゃな」

 

《分かりました。恐らくあちらの方に店はあります。行きましょう》

 

 そうして2人は大手電気店や電子部品専門店を巡り、時折ドクとのカメラ通話をしつつ部品を探し回った。

 

 しかしながら、案の定目当ての部品は見つかることは無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後12時15分

 

 

「完全に空振りだったな。くたびれたし、お腹も減ってきたよ」

 

《でしたらお昼ご飯にしましょう。何が良いでしょうか?ハンバーガーなどの洋食が良いでしょうか?》

 

「そうだな。折角ニッポンに来たんだし、何かニッポンらしい食べ物が食べてみたいな」

 

《日本の食べ物ですか》

 

 と咲耶が暫し思案しつつ周囲を見回したり、スマホで情報を集めるなどをした。

 

 そして《でしたらあのお店にしましょう》と咲耶はオレンジ色の看板の飲食店へマーティを案内した。

 

 

 

「うん!凄く旨いよ!この……ギュウドン!米は普段あまり食べないんだけど、これだったら毎日でも食べたいよ!」

 

《気に入ってもらえて良かったです》

 

 咲耶もマーティに続けて牛丼を口へと運ぶ。甘めの玉葱と柔らかな牛肉の味と食感が米と合わさり、美味しさのハーモニーを奏でていた。

 

《カリフォルニアといえばカリフォルニアロールが有名だと思うのですが、マーティは食べた事は無いのですか?》

 

「そういう料理があるって名前は聞いたことあるけど、実際に食べたことは無いな。僕の住んでる街じゃそんなのを出してる店は無かったし」

 

《そうですか。カリフォルニアの人はよく食べるのではと思っていました。違うみたいですね》

 

「日本人にとってはカリフォルニアってそういうイメージしか無いのかい?」

 

《他にはロサンゼルスやケーブルカーが日本でも有名です。それと知事が有名です。正確には元知事ですね》

 

「それってもしかしてレーガンのこと?大統領にもなったし」

 

《いいえ。私が言うのはアーノルド・シュワルツェネッガーです》

 

 咲耶の一言にマーティは大きく目を見開いた。

 

「アーノルド・シュワルツェネッガー!?ターミネーターとかコナン・ザ・グレートとかの!?」

 

《はい、そうです》

 

「まさか……もしかしてジョークを言ってる?」

 

 咲耶は首を横に振って、スマホで呼び出した画像と記事をマーティに見せた。

 

「えっと……2003年から2011年の間、彼はカリフォルニア州知事を務める。その後、俳優活動を再開……本当だね。……レーガンが大統領をやってるって僕が言った時のドクの気持ちが今分かったよ。にしても僕の故郷は悪のターミネーターに支配されちゃうのか。いや、正確には僕の故郷は無いんだけど」

 

《悪のターミネーターですか?彼は心強い味方のターミネーターだと私は知ってます》

 

「いや、映画じゃサラとカイルを追いかけて殺そうとしてたじゃないか」

 

《その後のターミネーター2では味方になりました。サラの息子のジョンを守って戦っているのを見ました。日本でも有名な映画です》

 

「2なんて作られるの!?……ドクがあんまり未来の事を知りすぎるのは良くないって言っていたけど、本当だな。物凄いネタバレを食らっちゃったよ」

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後12時30分

 

 

 牛丼屋を出た咲耶は満足気な様子のマーティを見て一安心した。

 

(海外の人に人気の食べ物だという情報は間違いなかったみたいだね)

 

 と、ここで咲耶はマーティに話しかけた。

 

「マーティ、腹ごなしがてら散歩でもしないかい?さっき町を見物したいと言っていただろう?それくらいの余裕はあると思うのだけれど」

 

《良いですね。行きましょう》

 

 マーティの嬉しそうな顔を見て微笑む咲耶。

 

 駅周辺の表通りは先程巡ったので、牛丼屋の入口の反対側の方の、入り組んだ裏通りをとりあえずひと回りして駅方面まで戻ろうと決めて歩き出す。

 

 歩き始めて暫くしてマーティが咲耶に声をかけてきた。

 

《そういえば咲耶のことを詳しく聞いてませんでした。問題なければ教えて下さい》

 

「いいとも。じゃあ適当に質問してくれないかい?何でも答えるよ」

 

 マーティは少々考え込むような仕草をしてから一言口にした。

 

《何故サクヤはアイドルになったのですか?昔から憧れていたのですか?オーディションを受けたりしたのですか?》

 

「そうだね。私は元々モデルの仕事をしていたんだ。そんな時にプロデューサーにスカウトされてね。その申し出を受けてアイドルになったんだ。それまでは自分がアイドルになるなんて想像したことも無かったよ」

 

《スカウトですか。カッコいいですね。憧れます》

 

「ありがとう。そう言ってもらえるとは光栄だね。……そういえば、以前この近辺に新曲の看板が出ていたこともあったな」

 

 咲耶が見上げた先のビルの上には、アイドルグループの新曲PRの看板があった。

 

 黒を基調としたステージ衣装を身に纏った3人組の少女ら。ユニット名はトライアドプリムスと書かれていた。

 

《それは凄いです。こんな大きな街に看板が出るなんて。サクヤは大スターなのですね》

 

「そんな事は無いさ。私なんてまだまだ道半ばだよ」

 

 咲耶は苦笑しつつ肩をすくめる。

 

「今の時代、アイドルはそれこそ星の数ほどにいる。眩いばかりの輝きをみんなが持っている。日々自分を磨いていかなければ、瞬く間に周りから置いていかれてしまうのさ。トップへの道は果てしなく遠いんだ」

 

《想像していたよりも重い世界なのですね。でも凄いです。そんな世界で頑張れるサクヤは。私はそう思います》

 

「それもこれもプロデューサーやユニットのみんながいてくれるからさ。私1人の力ではトップアイドルへの道は登って来れなかったさ。これまでも、そしてこれからもね」

 

《いい仲間に恵まれたのですねサクヤは》

 

「ああ、私は本当に恵まれていたよ」

 

 咲耶は軽く微笑んだ。

 

 と、その時。巨大なビルの壁に取り付けられた街頭モニターから大音量の音声が響き渡ってきた。

 

 2人はそちらの方に目を向ける。

 

 そこでは黒い髪で清楚な雰囲気を漂わす、白とピンクを基調としたフリルの衣装を着たアイドルが歌っていた。

 

(初めて見るアイドルの子だ。新人なのかな?)

 

 咲耶がモニターを見ていると、画面が切り替わり、一人の男が現れた。

 

《秋葉原の皆さんこんにちは。FUKANUMAプロダクション社長の深沼ススムです》

 

「!?……あの男は……」

 

 黒紫色のスーツを見に纏った軽薄そうな男、283プロの事務所でアンティーカのメンバーとプロデューサーに絡んできた深沼ススムであった。

 

《この度、僕のプロデュースする愛しい妹、聖の新曲がチャート1位に輝きました。それを祝して特別記念ライブを開催したいと思います。その日時は…………たった今!この瞬間から!》

 

 そう画面の中のススムが告げた瞬間、近くに停まっていたトレーラーからスモークが立ち上がり、大音響の音楽が響き出した。

 

「みんなー!聖のスペシャルライブ始まるよー!」

 

 トレーラー上の簡易ステージに先程モニターに映っていたアイドルが現れて大きく手を振り出した。

 

 そして彼女がパフォーマンスを始めた途端、広場には多数の人々が集まり始め、彼女へと向けて声援を送り始めた。

 

 遠巻きに歩いていた人々も少しずつその輪へと加わり始め、辺りは熱狂の渦に包まれ出した。

 

《驚きました。この時代ではこんな風にライブをするのですね》

 

「いや、コレはハッキリ言ってマナー違反の禁じ手さ。……これがあの男のやり方か」

 

《あの男?誰ですか?》

 

「さっき画面に写っていた紫色のスーツの男さ」

 

《あー、もしかしてあの人でしょうか?》

 

 マーティが指差した先にはスタッフらしき人物と、したり顔で語り合う深沼ススムの姿があった。

 

《知り合いなのですか?》

 

「……君たちの車を私達が奪うきっかけを作った男さ。彼の父親の差し金の可能性もあるけどね」

 

《なるほど。そういうわけなのですね。それにしても彼はセンスが悪いです。ファッションの勉強をするべきです。あの、マミミというあなたの仲間に教わるといいでしょう》

 

 マーティのその一言に、咲耶は思わず吹き出してしまった。

 

「ぷっ、あはははは!」

 

《サクヤ?どうかしましたか?》

 

「ははは。いや、君のジョークが思いのほか私のツボに入ってしまったみたいだ。驚かせてすまない」

 

 マーティは肩をすくめ小首を傾げる。

 

《よくわかりませんが、ウケたのなら良かったと思います》

 

 その時、遠雷の音が響き始めた。

 

 2人が空を見上げると、雲が厚くなり黒みがかってきているのが見えた。

 

「ひと雨来そうだね。マーティ、天気が崩れる前に駅ビルへ入ろう」

 

《そうですね。急ぎましょう》

 

 2人は小走りにその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後12時35分

 

 

 携帯電話ショップからドクとプロデューサーが出てくる。

 

 ドクの手には新品のスマホが握られており、彼は夢中になってそれを操作していた。

 

「これほど高性能なものがこんなにも小型化しとるとは、本当にこの世界の情報処理関係の技術は目覚ましい発展を遂げておるな。こちらの技術開発に世界中が躍起になっていたのならば、ホバー技術が実用化されていないのも合点がいく」

 

 彼が手にしているのは最新型のスマホだ。プロデューサーが持つ袋の中にはもう1台、マーティの分が入っていた。色々と準備などをするに当たって必要だろうと思い、プロデューサーが新たに2台を買って契約したのだった。

 

《博士、アドレスの作成と登録は大丈夫ですか?》

 

「教えてもらった通りにやってみた。これで問題無かろう?」

 

 ドクがスマホをかざして見せる。

 

《飲み込みが早いですね博士は》

 

「このくらいのこと、ワシにとっちゃ朝飯前だよ」

 

《私のスマホから試しにメッセージを送ります。アドレスを登録しておいて下さい》

 

「わかった。ああ、それと写真などのデータ送受信も試してみたい。併せてやってもらえるか?」

 

《了解しました。では適当な写真を送ります》

 

 ドクは即座に送られてきたメールを開いて添付写真を見る。それは真新しい建物の前での集合写真だった。

 

「コレが例の消えてしまった事務所か?」

 

《そうです。工事が終わって初めてみんなが集合した日の写真です》

 

「随分と大所帯なのだな」

 

《そんな事はありません。うちの事務所は小さい方です。他の事務所だと40人、50人は所属アイドルがいます。更に多い所だと200人近くいたりします》

 

「なるほどな。ふむ……」

 

 再び写真に目を落とすドク。

 

「ほう、金髪の娘もいるな。3人、いや2人か?外国人も君の事務所にはいるのかね?」

 

《1人は髪を染めている日本人です。ジュリ・サイジョウといいます。もう1人は日本人とアメリカ人のハーフです。彼女はメグル・ハチミヤといいます》

 

「ほほう。……それにしてもこの全員をお前さんが1人で面倒見とるのか?この時代の労働環境はどうなっとるんだ?」

 

《それを言われると困ります。ですがみんなが頑張ってくれたおかげで仕事が増えました。事務所も大きく出来ました。今は大変ですが辛抱の時です。人手もいつか増やせるでしょう》

 

 

 

 そして2人はプロデューサーの車に乗り込んで帰路につく。

 

「それにしてもサクヤはこんな状況に陥っても常に落ち着いとるな。聞けば彼女はマーティとほぼ同じ歳だというじゃないか。マーティのガールフレンドのジェニファーだったらああはいかんよ。盛大にヒステリーを起こしてパニックになっとるだろう」

 

《確かに咲耶は落ち着いてるように見えます。表面上は。しかし最も心が穏やかでは無いのは彼女だと思います》

 

「そういう風には見えんがのう」

 

《彼女はポーカーフェイスが上手です。周りに気を使わせないように振る舞うことが多いです。しかし、人一倍寂しがりなところがあります。事務所が消えて仲間が居なくなって、それで平気でいられるとは私は思いません》

 

「なるほどな……どうやらワシは女心の研究は未だにド素人の枠から出られとらんようだ。クララと出会って少しは理解できるようになったと思っておったが……まだまだだな」

 

《クララとはどなたですか?》

 

「ワシの妻だ。ジュール・ヴェルヌの小説を愛読する、ワシと趣味の合う最高の女性だよ」

 

 穏やかな口調でドクが告げる。

 

《奥様ですか。素敵な人なのでしょうね。それにジュール・ヴェルヌですか。海底2万里の作者ですね》

 

「ほう、君も知っとるのかね?ワシはその作品に憧れて科学者を志したと言っても過言ではないのだ」

 

《私は原作の小説を読んではいないです。映画になったものを見ました。海底2万里を元にしたアニメーションも日本では有名だと言われています》

 

「遠く離れた異国の地でも彼の作品は愛されておるのか。何とも感慨深い気持ちになるな」

 

 そんな時、フロントガラスにポツリと水滴が落ちてきた。

 

 間も無くして曇りだった天気は土砂降りへと変わっていった。

 

《雨が降ってきましたね》

 

「そうだな。これはにわか雨か?」

 

 ドクがスマホを操作して天気予報の画面を呼び出す。それによればこの激しい雨は夕方頃まで降り続くようであった。

 

 と、ドクの脳裏に閃きが降りてきた。

 

「雨が降ったら例の空き地周辺の工事は中止になるのか?」

 

《よくわかりませんが、激しい雨が続くのならば今日は終わりになるかもしれないと思います》

 

「そうか!であれば家に着いたらデロリアンに乗り換えて出掛けるとしよう!」

 

《何をするのですか?》

 

「なーに、ちょっとした実験だよ」

 

 ドクはニヤリと口元を歪めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後7時30分

 

 

 夕食を済ませた一同は朝のように2組に分かれて情報交換と今後の予定について話を始めていた。

 

「それでドク、何か新しい事は分かったの?」

 

「勿論だマーティ!元の世界に戻る為の大きな手掛かりを発見した!これにより得た仮説が正しければ我々は確実に元の世界に帰る事が可能となるだろう!」

 

「本当かい!?年単位で時間がかかるかもしれないって言ってたのにもう分かっちゃったの!?」

 

「ふふふ。こいつは何とも嬉しい誤算だよ。さて、説明するとしよう」

 

 そうしてドクは紙とペンを並べて文字と図を書きなぐり始めた。

 

「例の事務所があったはずの空き地へ数時間前に行ってきた。そしてワシとユーイチはデロリアンでタイムトラベルを敢行したのだ。あわよくば元の世界に戻れることを期待してな」

 

「けどそれは無理だったんだよね?さっきの口ぶりからするとさ」

 

「その通りだ。しかし驚くべき現象に遭遇することは出来た。私は空き地の前の道路で1分後に時間を設定しタイムトラベルを行った。するとどうだ!本来なら1分後の道路上にデロリアンが出現するはずが、空き地の真上に出現したのだよ!こいつはあり得ない現象だ!」

 

「でも、たった数メートル動いただけなんだろ?それじゃ僕らの世界には帰れない」

 

「話は最後まで聞け。その後も空き地の近辺の様々な場所で同じようにタイムトラベル実験をした。だが元事務所の空き地以外では同一の現象は起こらなかったのだよ。これに関し詳しい検証は出来てはおらんが推測するに、あの場所には空間の歪み、もしくは何らかの未知の粒子が発生しておるのだろう。それがデロリアンのタイムトラベル時に発生するエネルギーと干渉し、空間移動現象を引き起こしたのだと思われる。そしてだ!何度か実験をしている時に近場で落雷があった。偶然にもその瞬間に元事務所の空き地でタイムトラベルをした我々は、その前に行った時よりも更に離れた位置に出現したのだよ!」

 

「ってことはもしかして、あの場所に落雷が来た瞬間にデロリアンでタイムトラベルをすれば元の世界に帰れるってこと!?」

 

「そうだ!だがあの何もない、だだっ広い空き地に雷が落ちることは科学的にまずあり得ない。仮に避雷針か何かを立てたところで確実に落ちてくるという保証も無い。しかし!ユーイチの証言によれば我々がこの世界にタイムトラベルしてきた時刻、2020年6月26日午後12時25分、正にその瞬間283プロダクションの事務所に稲妻が落ちたというのだ!」

 

「じゃあユーイチとサクヤの歴史を元に戻して283プロの事務所を復活させて、その時間に戻ってタイムトラベルをすれば!」

 

「そう!めでたく我々も元の世界に帰れるというわけだ!」

 

「凄い!完璧じゃないか!」

 

 マーティは思わず椅子から立ち上がり、グッと両拳を握りしめた。

 

「ここまで全ての要素が噛み合っているとは何か運命的なものを感じるな。まあ、ただの偶然かもしれんが」

 

「そんなのどっちでもいいさ。とにかく皆で早いとこ1999年に行って歴史を元に戻さなきゃ!」

 

「ああ、それなんだがなマーティ。1999年にタイムトラベルをするのはユーイチとサクヤだけだ」

 

「……何だって?」

 

 

 

 

 

 

「とまあ、博士が言うにはこういう事らしいんだけど……理解出来たか?」

 

「うーん、言葉では理解できた。でも正直、実感が伴っているとは言いがたいかな」

 

「俺もだ。タイムスリップに遭遇しただけでも大変な事なのに、パラレルワールドとか未知の粒子だとか空間の歪み、不思議な現象が目白押しだもんな。SF映画の中にでも入り込んだような気分だよ」

 

「映画なら愉快に楽しめたんだろうけど、残念なことにこれは現実だものね」

 

「はは、その通りだ。けど立ち向かうしかないよな」

 

「ああ。皆で頑張ろうじゃないか。……それじゃあ情報を改めて確認するけど、私達は社長と藍音さんがすれ違った時間以降にタイムトラベル。そして7月4日の夕方に開催されるライブに2人が行くように仕向ける。というのが大まかな流れだね」

 

「藍音さんは社長にそこでスカウトされた。だからその場を整えなきゃならないんだけど問題がいくつかある。1つは2人の詳しい居場所が不明だってこと。2つ目は藍音さんがスカウトされるに至る流れがわからないってこと。3つ目にこれを7月1日の夜中から7月4日の夕方までの短い間に解決しなきゃならないってことだ」

 

「実質丸3日も無いんだね。かなり厳しい戦いになるな」

 

「藍音さんの居場所に関しては制服から学校の候補を絞っておいた。リストに従って虱潰しに探していけば彼女には巡り会えるだろう。社長に関しては99年に行ってから社長が元いた事務所に問い合わせるしかないな」

 

「どうやってスカウトさせるかは、実際に2人に会って話を聞いて探るしかないね。プロデューサーの話だと藍音さんは当時アイドルに興味は無かったそうだし。ただ単純に引き合わせるだけじゃ上手くはいかない気がする」

 

「あの社長がキッパリとアイドルに向いていないなんて言うくらいだからな。もっと詳しい話を聞いておくんだったよ」

 

「今更言ってもしょうがないさ。……それとは別に思ったのだけれど、ライブまでに社長と藍音さんを引き合わせられなかった場合、再び前の時間に戻ってやり直すというのはどうだろう?」

 

「俺もそう考えたんだけど、博士が言うにはやめた方がいいらしい」

 

「それは何故だい?」

 

「そうすると過去の俺達に遭遇してしまう可能性があるからだそうだ。万が一接触してしまって、それが原因で何らかの影響が出てしまったらタイムパラドックスに繋がってしまう」

 

「言われてみれば確かに……という事は作戦は一発勝負で成功させなきゃならないというわけか」

 

「仮にやり直すとしても状況を見極めた上での最終手段、一か八かの切り札程度に考えといてくれだとさ」

 

「わかった。そうならないように最善を尽くそう」

 

「それと99年に戻るのは俺と咲耶の2人だけ。博士は俺らをデロリアンで送り届けた後に、この時代に戻って更に打てる手が無いか探ってくれるそうだ」

 

「え?そうなのかい?」

 

「うん。行動するのは最小限の人数にしといた方が歴史への影響が少なくて済む、タイムパラドックスを起こしては元も子もない、そう博士は言っていたよ。何より土地勘の無い、言葉も通じない日本だと2人は動き辛いからね。下手をすれば足手まといになりかねないってさ」

 

「2人が来てくれないのは心許ないけど、そういう理由ならやむを得ないね」

 

「タイムトラベル後、彼らと合流するのは7月4日のライブの時間。そこで彼らに迎えに来てもらって状況報告。その段階で失敗しそうなら次の手を考える、と。概要はこんな感じだ。やれそうか咲耶?」

 

「やる、しかないだろう?私達にはそれしか進むべき道は無いのだから」

 

 咲耶は胸元に手を当てて凛とした表情でプロデューサーの声に応えた。

 

「そうだな。下らない質問だった」

 

「さて、それじゃあこれからは作戦を詰めるのに大忙しとなるわけだね」

 

「ああ、可能な限りの情報を集めて不安要素は潰していく。地味だけど大切な作業が待っている。けどこれを乗り越えて作戦を成功させれば全ては元通りだ。歴史を元に戻したらアンティーカのライブをまたやろう。大きなステージを用意してみせるからさ」

 

 プロデューサーは親指を立てて満面の笑みを浮かべ宣言した。

 

「ああ!私と恋鐘、結華、霧子でステージを盛り上げよう!」

 

 咲耶も笑顔でそれに応える。

 

「そうだな……って咲耶、1人言い忘れてるじゃないか」

 

「えっ?」

 

「摩美々を忘れてるぞ。どうしたんだ?咲耶らしくないぞ」

 

「ま、みみ?」

 

 首を傾げ、キョトンとする咲耶。次の瞬間、信じられない一言が彼女の口から発せられた。

 

「プロデューサー、まみみ、とは誰のことだい?」

 

「え?」

 

 プロデューサーは咲耶の顔を注視する。そこには冗談を言っているような素振りは全く見えない。よくよく考えてみれば咲耶がそのような冗談を言うはずなど無かった。

 

「ほら、摩美々だよ。知らないはずがないだろう?」

 

 プロデューサーは先日に事務所のリビングで撮った画像を見せる。

 

 だが咲耶は写真を見てもピンと来ないようで、しきりに小首を傾げるばかりであった。

 

「いやいや、何を言ってるんだよ咲耶」

 

 すると、ただならぬ様子を察してか、ドクとマーティが彼らの元へとやってきた。

 

《どうかしたのですか?》

 

 自分のスマホの翻訳アプリを通じてドクが話かけてきた。

 

「ブラウン博士、何だか咲耶の様子がおかしいんです」

 

 そうしてプロデューサーが事情を説明する。それを聞いて暫し考え込んでいたドクは、何かの考えに思い至ったようで、目を大きく見開いて声をあげると額に手を当ててよろめきながら椅子へとへたりこんだ。

 

 同じく話を聞いていたマーティも咲耶に声をかける。

 

《サクヤ、マミミですよ。今日僕に説明してくれた子です。わからないのですか?》

 

「……すまないマーティ、プロデューサー。彼女が誰なのかさっぱりわからないんだ」

 

 真剣な表情で記憶を探る咲耶だったが、ただ苦悩し続けるばかりであった。

 

「そ、それじゃあ!」

 

 と、プロデューサーは事務所の完成記念撮影の画像を出して咲耶に問い出した。

 

「この子は?」

 

「果穂だろう?」

 

「こっちは?」

 

「樹里。西城樹里だ」

 

 次々に事務所のメンバーを指し示してゆくプロデューサー。咲耶は迷う様子もなくスラスラと皆の名前を言ってゆく。

 

 やがてプロデューサーは金髪で青い瞳の少女を指差した。

 

「めぐる。彼女は八宮めぐる。そうだよねプロデューサー?」

 

「………………」

 

「プロデューサー?」

 

 咲耶が問いかけるが、プロデューサーは固まってしまって動かなかった。

 

「どうしたんだいプロデューサー?」

 

「……この子は、誰だ?」

 

 プロデューサーの発した言葉に今度は咲耶が驚愕した。

 

「誰って、めぐるだよ。イルミネーションスターズの八宮めぐる。知ってるだろう?」

 

「いや、イルミネーションスターズは真乃と灯織と…………あれ、どうしたんだ俺?もう一人が思い出せない」

 

 プロデューサーは眉間に皺を寄せて、唸るように声を上げて必死に記憶を探ろうとしたが、その欠落した何かは一向に頭に浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

「何てことだ……これはまずい事になった……悠長にしてられんぞ!」

 

「ちょっとドク!これは一体どういう事なのさ!?ユーイチもサクヤも何だか様子が変だ!」

 

 マーティが声を張り上げてドクに詰め寄る。

 

「マーティ、どうやらワシらはとんでもない思い違いをしていたようだ!」

 

「思い違い!?」

 

「今朝言ったように、以前お前さんが両親の出会いを妨害して存在が消えかけたケースとは違い、今回は2人の誕生に関しての影響は無い、だから時間はたっぷりあると考えていた。しかし!彼らの事務所、283プロダクションが消失した事により、彼らがアイドルとプロデューサーであったという事実が消えかかっているのだ!」

 

「それってつまり、2人の記憶が消えちゃうって事!?」

 

「その通りだ!2人の記憶が完全に失われてしまえば、歴史を元に戻す事はほぼ不可能になる!」

 

「それじゃあ僕らが元の世界に帰ることも出来なくなるって事!?」

 

「ああ、間違いない」

 

「けどおかしいだろ!歴史が変わって記憶が消えちゃうんなら、前にビフが権力を握っていた1985年に行った時の僕らは何なんだ!?何ともなかったじゃないか!」

 

「ワシらはあの時代には数時間程度しか滞在しとらんかった。だが今回は既に1日以上経過しておる。もしかしたらあの時代に長く滞在しておったらワシらの記憶も消えていたのかもしれん」

 

「だからってそんな!」

 

「否定したい気持ちはわかる。だが見ろ!現に彼らの記憶には障害が出始めておる!一刻も早くこの問題を解決せにゃならんのは確かだ!」

 

 マーティはプロデューサーと咲耶の方へと目を向ける。

 

 彼らは茫然とした表情のまま動けないでいたのだった。

 

「こいつは……ヘヴィだ……」

 

 マーティは頭を抱えながら、ソファーへとドスンと音を立てて座り込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後9時30分

 

 

 マーティはドクからの伝言を頼まれて、プロデューサーを探して家の中を歩き回っていた。

 

 日本の家や土地は狭いと話に聞いてはいたが、この家に関して言えばそうではなかった。マーティの家族、父、母、兄、姉に自分を加えた5人が快適に過ごせるだけの部屋数はある。

 

 ガレージは車一台分だが、庭は軽い運動が出来るくらいには広い。

 

 そこは現在デロリアンの駐車スペースとなっており、ドクが急ピッチで整備を行っているところであった。

 

 

 

 歴史が変わってしまったことでプロデューサーと咲耶の記憶が消えてしまう可能性がある。

 

 それが判明してすぐに計画は変更され、1999年へのタイムトラベルは、準備が整い次第すぐの出発となった。

 

 記憶が消えるという事に対して、プロデューサーと咲耶はショックを隠し切れないでいた。

 

 しかし、程なくして気を取り直し、彼らは直ちにタイムトラベルを行う事に了承した。

 

 そして今はその準備の最中である。

 

 

 2階の部屋をひと通り見て回ってマーティは1階へと降りてゆく。

 

「どこにいるんだユーイチは?」

 

 ポツリと呟いたマーティの耳に微かに聞こえて来る音があった。

 

 それは廊下の端の方にある扉の奥から聞こえてきた。

 

 マーティはドアノブに手をかけてそっとドアを開いていく。

 

 そこは10畳ほどの部屋で、リビングにあるテレビの倍程度のスクリーンと大型のスピーカーが置いてあった。

 

 その前に置かれた4人がけのソファーにプロデューサーの後ろ姿があった。

 

 マーティがプロデューサーの名前を呼ぶと、彼は上半身を捻って振り返る。

 

 その手にはアコースティックギターが握られていた。

 

《マーティ、どうかしましたか?》

 

「ドクからの伝言。あと1時間くらいで整備が終わるからそれまでに準備を済ませておけってさ」

 

《大丈夫です。私はもう準備は終わりました》

 

「なら良かった。にしても、こんな部屋があったんだね、知らなかった。おかげで少し探し回っちゃったよ」

 

《スマートフォンで連絡を入れてくれればよかったのでは?》

 

「ああ、その手があったか。使い慣れてないから思い浮かばなかったよ」

 

 マーティは上着のポケットに手を当てる。そこには新品のマーティ用のスマートフォンが入っていた。

 

「悪いね、ドクのだけじゃなく僕のまで用意してもらって」

 

《構わないです。必要だと思いましたから。しかし出発が早くなり、使う機会が減りました》

 

「けど……」

 

 言いかけてマーティは自分のスマホを取り出して、教えてもらった通りに翻訳アプリを起動する。

 

「僕もこれを持てば会話のペースが早くなる」

 

《そうですね。それはいいことです》

 

「いちいち相手の持ってるスマートフォンに話しかけなくていいのは楽だね。ところで話は変わるんだけど、ユーイチはギターが趣味なの?」

 

《いいえ、私の趣味は運動です。最近はボルダリングを始めました。昔はパルクールを少しやりました》

 

「ボルダリング?パルクール?何だいそれは?」

 

《クライミングやランニングのようなものです》

 

「なるほどね。じゃあどうしてギターを弾いていたんだい?」

 

《それは、何となくです。昔、格好をつけるためにギターを買った事があります。結果として、あまり使わないで売ってしまいました。それがこの家にはありました》

 

「じゃあこの歴史のユーイチはギターが趣味だったってことなのかな?」

 

《可能性はありますね。防音のシアタールームを見つけたのでここで触りました。しかし自分には殆ど弾けませんでした》

 

「ここって防音の部屋なのか。ウチにも欲しいな。ユーイチって結構リッチなんだね」

 

《この時代の私は一流企業のビジネスマンのようでした。名刺を見て理解しました。年収と貯金がとても多かったです。本来の自分よりもです》

 

「へーっ。アイドルのプロデューサーって結構リッチなのかと思ったけど違うのかい?」

 

《私は小さな事務所のプロデューサーです。まだ新米です。多く稼ぐのは出来てませんでした。ひとつ質問です。マーティはギターを弾くのですか?》

 

「ん?まあ、一応バンドを組んだりはしてるよ。けど学校のパーティーのオーディションで落とされちゃう程度の腕さ。大したもんじゃないよ」

 

 マーティは自嘲気味に顔を歪め、肩をすくめる。

 

《折角です。ここで弾いてみませんか?》

 

「ここで?君の前でかい?遠慮しとくよ」

 

《私はあなたの演奏に興味があります。やってみて下さい。分野は違いますが私は芸能界の、音楽に関係する仕事をする人間です。何か助言できるかもしれません》

 

 柔和な態度ながらプロデューサーの様子からは、ある種の真剣さが感じられた。

 

 マーティは「そこまで言うなら」とギターを受け取って演奏を始めたのだった。

 

 

 

「―――ふぅ。こんなところかな?エレキじゃなくてアコースティックだからノリは今ひとつだったかもしれないけど」

 

 演奏を聴き終えたプロデューサーが拍手をする。

 

《素晴らしい腕前と歌でした。私なら合格の判定をします》

 

「そいつはどうも。お世辞でも嬉しいよ」

 

《お世辞ではなく本当に良いと思いました。ですが気になったところもありました》

 

「え?」

 

《最初の方は落ち着いていてリズムも良かったです。しかし、最後の方は張り切り過ぎだと思いました。あなたが楽しそうなのは伝わりましたが》

 

「あー…………またハイになり過ぎたか」

 

 マーティの脳裏に1955年のパーティーでの演奏の記憶が蘇る。

 

 調子に乗って激しい演奏をした結果、最後には冷ややかな視線を浴びせられたことを。

 

《自分が楽しむのは大事です。その点は合格です。次には観客の事を考えなければなりません。自分も相手も楽しめるパフォーマンスが出来るようになれば、マーティはもっと上手くなります》

 

「自分も、観客も楽しめる……」

 

《咲耶はファンを楽しませるのが上手です。彼女はいつもファンを喜ばせる方法を考えています。コツを聞いてみるといいでしょう》

 

「アドバイスありがとう。今度そうさせてもらうよ。……はは、こんな風に為になるアドバイスを貰えるとは思わなかったよ。ユーイチにプロデュースしてもらえれば僕も一流のロックスターになれる。そんな気がしたよ。君が僕の時代にいないのが残念だよ」

 

《大丈夫です。マーティの時代にも理解者はいると思います。諦めないで探してみましょう。挑戦し続けましょう》

 

「わかった。ありがとう」

 

 そうして2人は微笑み、握手を交わしたのだった。

 

 と、プロデューサーが何かを閃いたような表情を浮かべた。

 

《マーティ。今から少しだけ、あなたのライブをプロデュースさせてくれませんか?》

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後10時04分

 

 

《ブラウン博士》

 

「ん?おお、サクヤか。どうした、準備は整ったのか?」

 

 車体背部のエンジンを整備していたドクは、声をかけてきた咲耶の方へと顔を向けた。

 

《準備は整いました。問題ありません》

 

「そうか。こちらも最終チェックが間も無く終わる。もう少し待っていてくれ」

 

《わかりました》

 

 そう告げて咲耶は庭に置かれていた、プラ製の白い椅子へと腰を下ろした。

 

 その傍にはバッグが置かれ、服装は1999年でも悪目立ちしないようなパンツスタイルのカジュアルな私服。完全にいつでも出発できる状態であった。

 

 庭では機械の整備音と微かな虫の声だけが静かに響き渡っていた。

 

「そういえばサクヤ、君のこの時代での動向がわかったよ」

 

 エンジンを覗き込んだままドクが口を開いた。

 

《そうなのですか?》

 

「ああ。君はこの時代ではモデルをやっているそうだ。しかしながら現在は休業中ということになっとるらしい」

 

《休業ですか。病気か何かですか?》

 

「どうやら精神的な疲れの類らしい。ニュース記事や事務所の簡単な発表しか読んでおらんのでな、それ以上はわからなかった。簡素な翻訳システムを使ったから何か読み間違いをした可能性もあるがな」

 

《…………私には、理由がわかると思います。何となくですが》

 

「ほう?」

 

《アイドルになる前のモデル時代に私は孤独でした。ファンの人々や仕事のスタッフには恵まれていたと思います。しかし空しい気持ちは無くなりませんでした。きっかけは不明ですが、耐えられなくなった可能性があります》

 

「家族の人間はどうなんだ?両親や兄弟がケアをすることは無かったのか?」

 

《私は父に育てられました。母や兄弟と一緒ではないです》

 

「あー…………すまない。余計な事を言ってしまったな……」

 

《大丈夫です。私は平気です。気にしないで頂きたいです。ブラウン博士はご家族の方はいらっしゃるのですか?》

 

「ワシの家族か?よかったら見てみるかね?」

 

 ドクは懐から1枚の写真を取り出して、座っている咲耶へと差し出した。

 

 写真は白黒で、ドクに寄り添う品の良さそうな女性と2人の前に立つ幼い兄弟の姿があった。

 

「妻のクララ、息子のジュールとヴェルヌだ」

 

《美しい御婦人と可愛らしい子供達ですね》

 

「そうだろう。ワシの掛け替えのない家族さ。…………そうだな、思えばワシも長らく孤独だった」

 

 ドクは物思いにふけるような様子で夜空へと目を向けた。

 

《博士?》

 

「ワシは昔から科学の研究一筋でな。近所の人間からは変人扱いされ、結婚はおろか人付き合いとも縁遠い生活を送っておった。しかし寂しさなどは気にはならなかったし、研究に没頭して満足な日々を送っておった。だがマーティと出会い、デロリアンでのタイムトラベルを経てクララとも結ばれることができた。人間らしい生活、良き人生とはこの事かと歳をとって気づかされたよ」

 

《素晴らしい話だと思います。私もアイドルになってから仲間が出来ました。家族みたいに思います。とても愛おしいです》

 

「そうか。……ならこの計画は何としてでも成功させなきゃならんな。君の大事な家族を取り戻す為にもな」

 

《……はい》

 

 そうして咲耶に向けて微笑むと、ドクは再びデロリアンの整備に戻る。と、その時。

 

「おーい、ドク!」

 

 2人の元へとマーティが駆け寄ってきた。

 

 その後ろにはプロデューサーの姿もあった。

 

「マーティ、どうした何かあったか?」

 

「これからちょっとしたライブをやるからさ、少しだけ付き合ってくれよ」

 

「何!?ライブだと!?こんな時に何を言っとるんだお前さんは!?」

 

「大事なことなんだよ!ちょっと耳を貸して」

 

 マーティはドクへと耳打ちをする。

 

 最初は眉間に皺を寄せていたドクであったが、やがて目を大きく見開いて

 

「そいつはグッドアイデアだな!よし!付き合わせてもらおう!」

 

 笑顔でそう言ったのだった。

 

 咲耶は小首を傾げてその様子を眺めていたが、やってきたプロデューサーに連れられて家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後10時23分

 

 

「えー、突然の呼びかけに集まってくれてありがとう。これからユーイチ・アイカワのプロデュースによるマーティ・マクフライのミニライブを開催します」

 

 シアタールームのスクリーンの前に立ったマーティが挨拶をすると、ソファーに座ったドクとプロデューサーが大きな拍手をした。

 

 2人の間に座る咲耶も、それに続いて笑顔で拍手を送る。

 

「本当はオールナイトで何十曲も歌いたいところなんだけれど、今日は時間が無いから一曲でお開きになっちゃうんだ。その分心を込めて歌うからさ。しっかりと聴いて欲しい」

 

「いいぞー!マーティ!」

 

 ドクが声援を送ると周りの2人もそれに続いて声を上げる。

 

 マーティは軽く手を上げてそれに応えると、アコースティックギターを構え直した。

 

「この曲はアメリカでもニッポンでも有名みたいだから、出来るなら手拍子とか合わせて欲しい。そうしたら盛り上がるからさ。それじゃあ歌います。マーティ・マクフライで『Happy Birthday to You』」

 

 アコースティックギターの柔らかな旋律が奏でられ、マーティの歌声がゆっくりとそれに乗りだした。

 

「Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday Dear Sakuya ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday Dear Sakuya ♪ Happy Birthday to You ♪」

 

 突然自分に向けて歌われた歌に、咲耶はキョトンとしたような表情を浮かべていた。

 

 一通り歌ったマーティが

 

「Hey! Doc! Yuichi! Here we go!」

 

 と叫んでドクとプロデューサーに手招きをした。

 

 2人はスッと立ち上がって、マーティの隣に移動して歌い始めた。

 

「Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday Dear Sakuya ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday to You ♪ Happy Birthday Dear Sakuya ♪ Happy Birthday to You ♪」

 

 3人の声が合わさり部屋の中にこだまする。

 

 お世辞にも息ピッタリとは言えない少しズレたハーモニー。しかしながら3人の心はひとつになっていた。

 

 

「Happy Birthday Sakuya!」

 

「Sakuya! Happy Birthday!」

 

「誕生日おめでとう咲耶!」

 

 歌い終えた3人から盛大な拍手と言葉を贈られた咲耶は、依然として困惑気味の表情であった。

 

「咲耶?」

 

「あ、ああ。ありがとう。……そうか、そうだったね。今日は私の誕生日か。色々な事がありすぎて自分ではすっかり忘れてしまっていたよ」

 

 そうして咲耶が目を向けると、マーティとドクがニッコリと笑って親指を立てていた。

 

「あ、ありがとうマーティ。素敵な歌声と演奏だったよ。思わず聴き惚れてしまった。ブラウン博士もありがとう。あなたの歌声も心に響いたよ」

 

《喜んでもらえたなら嬉しいです。ユーイチが提案、プロデュースしてくれたおかげです。私の日本での初ライブは大成功です》

 

「プロデューサー……」

 

 咲耶が目を向けると、プロデューサーは照れくさそうにして苦笑気味の表情を浮かべていた、

 

「本当はプレゼントか何かを買っておきたかったんだけど時間がなくてさ。俺に出来ることはこれくらいだから。それに殆どマーティのおかげだよ」

 

「プロデューサー」

 

 咲耶は微かに瞳を揺らしながらプロデューサーへと近づいてゆき、その身体を抱きしめた。

 

「お、おい、咲耶!?」

 

「ありがとう……最高のステージをプレゼントしてくれて。私は世界一の幸せ者だ」

 

「は、ははは。喜んでもらえて何よりだ」

 

 緊張気味の声を漏らすプロデューサー。

 

 咲耶は暫くの間プロデューサーの身体に手を回していた。やがてその手を外すと、彼の目を見て微笑んだ。

 

 そして今度はマーティとドクの方へと近づいて、彼らの身体に軽くハグをした。

 

「Oh!」

 

「Wow!」

 

 文化として日本人よりもハグに馴染みのある彼らも、咲耶のこの行動に思わず微かな動揺を見せる。

 

「2人とも、本当にありがとう。素敵な思い出をくれて」

 

 咲耶の明るい笑顔に、彼らも思わず満面の笑みを返したのであった。

 

 

 

 

 

 

 2020年6月27日 午後11時23分

 

 

 とある自然公園そばの駐車場に、エンジンをかけたデロリアンがスタンバイしていた。

 

《それでは準備はいいですか?》

 

 ドクが横に顔を向けて問いかける。

 

「いつでも大丈夫です、博士」

 

「問題ないよ。心の準備も万端さ」

 

 運転に座るドク、助手席にはプロデューサー、プロデューサーの膝上で彼に寄り添うようにして咲耶が座っていた。

 

《3人とも気をつけて行ってきて下さい。成功を祈っています》

 

 デロリアンの外から周囲の様子を伺っていたマーティが声をかけてくる。

 

「ありがとうマーティ。次は1999年の7月4日に」

 

 プロデューサーが声をかけるとマーティは軽く手を上げてそれに応じた。

 

《それでは出発します》

 

 ドクが運転席のドアを閉じ、デロリアンをバックさせた。

 

「いよいよだね。プロデューサー」

 

「ああ、行こう咲耶。俺達の現在と未来を取り戻しに」

 

 外に立つマーティが、大きく振り上げた右手を勢いよく振り下ろした。

 

 それを合図にデロリアンは発進。見る見るうちにその速度を増してゆく。

 

 高速のデロリアンがマーティの横を走り抜ける。

 

 マーティが大きく手を振ってプロデューサーと咲耶にエールを送る。

 

 その数秒の後に激しい閃光と衝撃波を巻き起こし、デロリアンは1999年へと旅立った。

 

 アスファルトの上に残った2本の炎の線が、真夜中の駐車場を仄かに照らし出していた。

 

 




咲耶がマーティらに歌を贈ってもらったり、男性陣が咲耶に抱きしめられたりと羨ましすぎるシチュエーションが出たところで前半終了です。

後半もこれまでと同じくらい、もしくはそれ以上に長くなるかもしれませんがお付き合いいただければ幸いです。

あなたはこの作品のクロスオーバー元の原作バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)とアイドルマスターシャイニーカラーズ(シャニ)についてご存知ですか?

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