P「バック・トゥ・ザ・フューチャー」咲耶「Part.283」   作:はちコウP

6 / 6
最終話

 この日、東京の日中の最高気温は30℃超えを記録した。

 

 その一方で、翌日はこの時期には珍しい西高東低の気圧配置となり肌寒い日になる、との予報が出ていた。

 

 日が暮れるにつれて気温はみるみる下がっていき、先刻の大雨の影響もあり東京湾一帯には夕霧が立ちこめつつあった。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時16分

 

 

「状況、了解しました。以降は我々が引き継ぎますので」

 

「おう、よろしくな」

 

 白いヘルメットを小脇に抱えた警察官が軽い口調と動作で敬礼を返し、事故車両を見聞する他の警察官らを尻目に踵を返す。

 

「先輩、お疲れっす」

 

 白バイのそばに立っていた後輩が缶コーヒーを放ってきた。

 

 警察官、もとい先輩白バイ隊員が片手でそれを受け取る。

 

 彼の手からはパシッという小気味良い音がした。

 

「ったく。休憩がてら台場に寄ったらコレだ。余計なモン見つけちまったせいで落ち着いて腹拵えも出来ねぇときた」

 

「まあ運が無かったっすね。にしてもこの警戒体制はいつまで続くんだか」

 

「このまま進展が無けりゃ、7月いっぱい、だろうな。奴らが7月中に行動を起こすのは間違いない、ってのが上の判断だしな」

 

 先輩隊員は缶のタブを開け、コーヒーを一気に半分ほど飲み干した。

 

「やっぱりそうっすか。連日いつもより警ら範囲が広げられちゃあ、たまったもんじゃないなあ」

 

「いい迷惑だ」

 

 後輩の言葉に同意しつつ、再びコーヒーに口をつけようとした男の手が止まる。

 

 その目は駐車場の奥のとある一点に釘付けになっていた。

 

「先輩?」

 

「…………向こう見てみろ、何気なく、自然な様子で。気取られるなよ」

 

 鋭い声色で告げられ、後輩隊員は内心で緊張しつつも、言われた通りに後ろへと視線を向ける。

 

 そこでは4人の男女が車へと乗り込んでいく様子が見られた。

 

「先輩、あの車……」

 

「ああ。もしかすりゃ、明日から俺らはこの仕事から解放されるかもな」

 

 白バイ隊員らは目を合わす事なく頷き、傍に停めてあった白バイをゆっくりと手押ししながら、不審な車の方へと近づいていく。

 

 後輩隊員は車からやや離れた所で停止し、先輩隊員の方が車へと近づいてノックをした。

 

「すみません。少々よろしいでしょうか?」

 

 かしこまった口調で口元に笑みを浮かべつつ会釈をする。

 

 運転席から顔を向けてきたのは、外国人と思わしき若い男。恐らくは20歳前後であろうかと白バイ隊員は即座に推察する。

 

(っと、ここは英語で話しかけるべきか?)

 

 思案した男が「エクスキューズミー」と口にしかけた瞬間

 

「――――発進させるんだ!すぐに!」

 

 車内から大声が聞こえた。呼ばれた名前は耳慣れなかったせいか、上手く聞き取ることは出来なかった。

 

 男の目の前で車は急発進し、駐車場の出口へと向かって行く。

 

 背後で控えている後輩へ指示を飛ばそうと男は口を開きかけるが、その時、高らかにエンジン音を鳴らしながら白バイが走り出した。

 

 それを目にすると、男はニヤリと笑い「やるじゃねぇか」と呟き、自らも白バイへと跨って不審車の追走を開始した。

 

 

 

 

 

 

「マーティ!発進させるんだ!すぐに!」

 

 プロデューサーの叫び声を聞いて、マーティは即座にアクセルを全開にした。

 

 車内の全員の身体をシートにグッと押し付けつつ、デロリアンは急加速してゆく。

 

「一体どうしたというのだユーイチ!」

 

「博士、あの白バイは、もしかしたら初めに俺らがこの時代にやってきた時に遭遇した白バイかもしれません!」

 

「何だと!?」

 

「あ、いや……ハッキリとした確証は無いんですけれど、直感というか何というか」

 

「ううむ……」

 

「けれど博士、私達には時間が無いんだろう?どちらにせよ、相手をしている余裕は無かったと思うのだけれど」

 

「そうだな。サクヤの言う通りだ。ともかく一刻も早く、あのレインボーブリッジとやらに急がなくては!」

 

「ねえドク!どっちにハンドル切れば良いのさ!?」

 

 必死に運転するマーティが声を上げる。

 

「左だ!」

 

「了解!左だね!」

 

 駐車場の出口へと差し掛かりかけたマーティがハンドルを切ろうとすると、白い影がチラリと視界の端に入る。

 

 運転席の真横に迫ってきたその影が、デロリアンの方へと急激に幅を寄せてきた。

 

「うわあっ!」

 

 マーティは咄嗟にハンドルを反対方向、即ち右方向へと切った。

 

 タイヤが激しい摩擦音を響かせる。

 

 デロリアンは鋭い角度で曲がりながら駐車場を飛び出し、道路へと躍り出た。

 

 対向車がクラクションを鳴らしながらデロリアンへと迫り来る。

 

「わーーーっ!」

 

 マーティはハンドルを切り、左車線へと車を滑り込ませた。

 

「マーティ!こっちは橋とは反対方向だぞ!」

 

「仕方ないだろ!あのまま向かってたら衝突してた!」

 

「クソッ!とにかく上手い具合に方向転換しなくては!」

 

 ドクはタブレットに表示させた地図に素早く目を通し、レインボーブリッジへのルートを探り出す。

 

「マーティ!ここを真っ直ぐ道なりに行くと、左方向にカーブしている!その先の橋を渡れ!」

 

「わかった!」

 

 マーティがアクセルをより強く踏みしめる。

 

 後方からは2台の白バイが迫り来るのがサイドミラーを通して見られた。

 

 マーティは喉を鳴らして唾を飲み、前方へと意識を集中させた。

 

 見えてきた橋を渡り、先の交差点を左方向へと曲がる。

 

 横滑りする車体をハンドル操作で必死に制御する。

 

 再度後方を確認する。

 

 白バイ隊員らは変わりなく、いや、確実に距離を縮めつつデロリアンを追いかけてきている。

 

「このままじゃ追いつかれる……」

 

「マーティ!次の道を左折だ!」

 

 ドクの指示通り、マーティはハンドルをきって左折。

 

 落ちたスピードを戻すべく、アクセルを強く踏み込んだ。

 

 それと同時に、道の脇に立てかけられた看板が彼の視界を通り過ぎた。

 

 彼にはその看板の意味するところは理解できなかったのだが

 

「マーティ!ダメだ!この先は行き止まりだよ!」

 

 看板の文字を目にした咲耶が声を張り上げた。

 

「何だって!?」

 

 前方へと目を凝らすと、渡るべき橋が見えてきた。その中央部をポッカリと開けた未完成の状態の。

 

「そんな馬鹿な!地図上では橋が繋がっておるのだぞ!」

 

 確かにドクの見ていた、2030年にてダウンロードしてきた地図情報、その1999年版にはそのように書かれていた。

 

 しかしながら、その橋が完成するのはここから1ヶ月先の話だ。

 

 地図は数ヶ月の細かい変化までには対応していなかったのだ。

 

「ブレーキだ!急いで止まって引き返すんだ!」

 

 プロデューサーが叫ぶ。

 

「けれどそうしたら私達は彼らに捕まってしまうよ!」

 

「ええい!何か方法は!この事態を何とかする方法は無いのか!」

 

「…………方法ならあるよ」

 

 マーティが静かに、確信めいた口調で呟く。

 

「マーティ!一体どうするというのだ!?」

 

「一か八か……このままカッ飛ぶんだ!」

 

「何ぃ!?」

 

 目を丸くするドク、息を飲むプロデューサーと咲耶をよそに、マーティはアクセルを全開にする。

 

 高速で突き進むデロリアンは、微かに傾斜した未完成の橋を駆け上がり、その淵をカタパルトのようにして跳び上がった。

 

 車内の全員が身体を震え上がらせ、歯を食いしばる。

 

 跳躍するデロリアンは、緩やかな放物線を描きながら車体を上昇から降下へと移らせていく。

 

「ダメだマーティ!飛距離が足りない!このままでは落ちてしまうぞ!」

 

「まだだ!」

 

 マーティは運転席にあるスイッチの1つを叩くようにして押した。

 

 その瞬間、車体下部から振動音と噴射音が響き渡った。

 

 デロリアンの車体は一瞬その降下を止め、高さを保ったまま直線運動をする。

 

 その数秒の後に下部の振動と音は止み、同時に4つのタイヤがアスファルトとの摩擦音を響かせる。

 

 デロリアンは再び急加速し、道路を突き進んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

「クソッ!ヤツらとんでもねえ事しやがる!」

 

 白バイ隊員は橋の淵で停車した愛車のハンドルを拳で殴りつける。

 

「先輩…….今、あの車飛びませんでしたか?」

 

「あ!?んなわけあるかよ!ンなことよりレインボーブリッジの方はどうなってる!」

 

「確認します!」

 

 後輩隊員は無線機を手に取って呼びかけをする。

 

 数度の応答を経た後、彼は声を弾ませて言った。

 

「先輩!封鎖は間もなく完了するそうです!」

 

「上出来だ。レインボーブリッジ封鎖出来ません、なんて泣き言かましてきたら向こうの奴らぶっ飛ばしてやるとこだったぜ」

 

「……先輩、上の階級の人達に向かってよく言えますね。バレたらマズいっすよ」

 

「良いんだよ。こんな所じゃ何言ってもバレねえんだから。お前がチクりでもしなきゃな」

 

「んな事しませんってば」

 

 

 

 

 

 

「やった!やったぞ!!」

 

「ナイスだマーティ!」

 

「へへっ、完璧にキマったね」

 

 歓喜の声を上げる前部座席のマーティとドク。一方で後部の2人は大きな溜息を吐き出して胸を撫で下ろす。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「う、うん。私もビックリしたよ。けど……流石にこれでは、あの警察官たちも追っては来れないようだね」

 

 咲耶が背後をチラリと見ると、橋の対岸で立ち往生する白バイ隊員の姿がみるみる小さくなっているのが見られた。

 

「落雷の時刻までは…………うむ!どうにか間に合いそうだ!」

 

「まったく。最後の最後までヘヴィだったね」

 

 苦笑したマーティが、何となしにサイドミラーへと目を向けた。

 

 すると後方に1台の車が走っているのが見える。

 

 それは旧式のアメ車と見られ、マーティはその車にどこか既視感のようなものを抱いた。

 

(何となくビフの乗ってた車を思い出すな。オープンカーじゃあないみたいだけれど)

 

 と、その車のサンルーフから1人の男が顔を出した。

 

 男はその手に抱えた物をデロリアンの方へと向ける。

 

 次の瞬間、けたたましい破裂音が周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時11分

 

 

「畜生!」

 

 歩道に転がっていた缶が勢いよく蹴り飛ばされ、街路樹に当たって数度バウンドした。

 

 道を歩いていたイベント帰りの若者らが、ギョッとした様子で悪態をついた男の方を見る。

 

 背の低い紫スーツの男、深沼敏は視線を向けてきた若者を睨み付ける。

 

 若者達は、スッと目を逸らして足早にその場を立ち去っていく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをして、深沼は駐車場へ向かって歩き出す。

 

 天井努に殴られ気を失っていた深沼は、いつの間にやら会場スタッフによって医務室に運ばれていた。

 

 そして彼が目を覚ましたのは、ライブ終了時刻とほぼ同時であった。

 

(天井のヤツめ、今度という今度はタダじゃおかねえ。絶対に事務所ごと潰してやる)

 

 深沼は眉間に皺を寄せながら、天井努への復讐を企て始める。

 

 悪巧みに長けたこの男の脳裏には、瞬時に3つ程の嫌がらせが思い浮かんだ。

 

 そうして更に考えを巡らせていった時、ある事を思い出した。

 

(そういや、天井の知り合いのあの男を拉致させたんだった。アイツをいたぶってその写真を送りつけてやるか。デカ女の方は、あの娘とも面識があるみたいだったな。デカ女も無惨に痛めつけて、その様子を録画して届けてやろう。あのインテリぶった顔を歪ませて、一生モンのトラウマを植え付けてやる)

 

 散々執着していた藍音についても、最早彼の中では醜い復讐の対象に過ぎなくなっていた。

 

 新たな楽しみの出来た深沼は、ニヤニヤとしながら駐車場へと足を踏み入れた。

 

「ん?」

 

 彼が駐車場に着くと、見覚えのあるワゴンの周りに警察が集まって作業をしていた。

 

(あのワゴンは……一体何があったんだ?)

 

 訝しむ深沼は、咄嗟にその場に近づいて確かめたい衝動に駆られたが、事が事だけに警察と関わり合いになるわけにはいかない。なので警察官らと目を合わせないようにして、その場を通り過ぎる。

 

 そして遠くから暫し様子を伺おうと、駐車場の奥まった所に停めてある、ざっと7、8人は裕に乗れそうな大きさの、年代物のアメ車へとやってきた。その時だった。

 

「だ、旦那!」

 

 近くの茂みから、彼の部下の1人が飛び出してきた。

 

 その男は「おわわっ!」とバランスを崩してアスファルトへと倒れ込む。

 

 彼の両足、後ろ手にされた両手はロープで固く縛られていた。

 

「あ!?何があった!?」

 

 深沼が目を丸くして男を見下ろしていると、ガサガサと茂みから音がし、他の部下と針生が這い出してきたのであった。

 

 

 

 

 

 

「揃いも揃ってなんてザマだ!」

 

 一部始終を耳にし、車の中で深沼は怒声を飛ばす。

 

 3人の部下と針生はバツが悪そうにして、口をつぐんだままだ。

 

「あの男とデカ女には逃げられる、スカウトも失敗する!胸糞悪いにも程がある!」

 

「えっ?旦那、あの女に逃げられたんすか?」

 

「…………うるせぇ!黙ってろ!」

 

 後部座席真ん中に座る深沼は、運転席に座った、最も若い部下の後頭部を殴りつけた。

 

「いっ!つーーーっ!」

 

 顔を痛みに歪ませて、男は殴られた後頭部を手で押さえる。

 

「……深沼、この落とし前はキッチリつける。貸しひとつという事にしておいてくれ」

 

 助手席に座る針生が首を軽く動かし、横目で深沼へと告げる。

 

「当たり前だ。この貸しはデカいぜ、針生さんよ」

 

「ああ」

 

 短く応えて針生は前へと向き直る。

 

「とにかくとっとと帰るぞ!さっさと車を出せ!」

 

「へ、へい」

 

 運転席の男は片手で後頭部を押さえつつ、車を発進させた。

 

 そして黒ワゴンを横目に駐車場を抜けようとした。その時、彼らの目の前の道路を銀色のボディの車が猛スピードで走り抜けていった。

 

「あっ!?」

 

「……あの車!」

 

「あ?どうした」

 

 声を上げた部下と針生に深沼が目を向ける。

 

「追え!」

 

 針生がすかさず運転席の男に命令をし

 

「ウッス!」

 

 運転席の男もまた、ハンドルを勢いよく切り、車のスピードを一気に上げた。

 

「うおおっ!な、何だってんだ!」

 

「アイツらだ。あの車に乗っていた」

 

「何だと!?」

 

 深沼は大きく身を乗り出して、フロントガラスの向こうへと目を凝らす。

 

 前に見える車の窓からは、見覚えのある後ろ姿がのぞいていた。

 

「ヤツらめ!おい!絶対に逃がすんじゃねぇ!何としても追いつけ!」

 

「ウッス!」

 

 鼻息を荒くし、目をギラつかせる深沼。

 

 思い返してみればここ数日間、天井とその知り合い連中にはコケにされっぱなしだった。この気を逃してなるものか、絶対に落とし前をつけさせてやる。

 

 と、深沼は自分の所業を棚に上げて、興奮し、息巻いていた。

 

 そして後部座席の更に後ろにあるスペースに置いてあった長方形のジュラルミンケースを手に取った。

 

「針生さんよ、この後に取引きがあるらしいが、ちいと俺に試し撃ちをさせてもらえないかね?これでさっきの貸しは帳消しにしとくからよ」

 

 それを聞いた針生は一瞬眉を潜めたが、すぐに返答する。

 

「……商品に不具合があったら俺も客も互いに困るからな。但し、程々にしといてくれ」

 

「話が分かるねぇ。流石は針生さんだよ」

 

 深沼はケースを開けて中から新品のアサルトライフルを取り出して、サンルーフから身を乗り出し、銃口を前方を走る車へと向けて引き金を引いた。

 

「くたばりやがれ!」

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時30分

 

 

 連続した銃声が響き、デロリアンのボディから乾いた音が鳴る。

 

「何なんだアイツ!撃ってきたぞ!」

 

「あれは……深沼敏!?」

 

 後ろへと目を向けたプロデューサーが驚愕の声を出す。

 

「深沼って、あの、君らにちょっかいをかけ続けてたアイツ!?」

 

「そうだ!ったく!しつこいヤツだ!マーティ、なんとかして振り切ってくれ!」

 

「くそう!ギリギリになって次から次へと!ったく、いつも通り完璧だ!!」

 

 マーティはデロリアンを急加速させつつ、見えてきた交差点をけたたましい摩擦音を響かせ、ドリフトしながら左折する。

 

 道路を渡ろうとしていた通行人らが、悲鳴を上げて腰を抜かし尻餅をついた。

 

 更にそこへ銃を撃ちながら猛スピードで突っ込んでくる車。それにより喧騒は一層大きくなる。

 

「このままブリッジに突っ込んで逃げ切る!」

 

 レインボーブリッジに続く高速道路料金所のゲートに向け、デロリアンは突き進む。

 

 その進行方向には、バリケードを設置している料金所の係員達がいた。

 

 彼らはデロリアンへ向けて、大きく両手を上げて、止まれとジェスチャーをする。

 

 だが、一向にスピードを緩めないのを見ると、慌てて横へとはけていく。

 

 デロリアンは置かれたバリケードを跳ね飛ばし、遮断版をへし折って料金所のゲートを通過。

 

 深沼の車もその後に続いて猛スピードで追いすがってくる。

 

 再び銃撃がデロリアンへと浴びせかけられた。

 

「さっきから撃たれっぱなしだけど、反撃とか出来ないのか!?」

 

「残念ながら生憎と銃器の類は積んでいないのだよユーイチ!」

 

「このままじゃあ車が壊されてしまうよブラウン博士!」

 

「大丈夫だ!その心配は無いぞサクヤ!こんな事もあろうかと、未来でデロリアンのボディは丈夫な素材で出来た物に換装してきた。窓は並の銃弾なぞでは撃ち抜けない超強化プラスチック製、タイヤも防弾防刃性能のある高性能品だ!この時代の銃火器なぞではビクともせんさ!」

 

 ドクはニヤリと笑みを浮かべながら言う。

 

「流石は日本製のパーツだな。看板に偽り無しだ。ハハハハハ!」

 

 と、その時、爆音と共にデロリアンのすぐ脇の道路が弾け飛んだ。

 

 爆風と衝撃でコントロールを乱した車体が左右に激しく揺さぶられた。

 

「うわあ!あっぶねぇ!」

 

「バ、バクダンだと!?」

 

「深沼のヤツ、あんな物まで!」

 

「ブラウン博士!デロリアンは爆弾には耐えられるのかい!?」

 

 咲耶の問いかけにドクは眉をひそめる。

 

「残念ながらそいつは無理だろうな……マーティ!どうにかして振り切れ!」

 

「わかってるってば!」

 

 

 

 

 

 

「ヒャハハハッ!見ろよ!車がビビってるように見えるぜ!」

 

 窓から手榴弾を投げた深沼の部下が歓喜の声を上げる。

 

「おい!それに手を付けるな!」

 

「固い事言うな針生さんよ。この位やらせてもらわねえとな」

 

 ライフルを打ち終えた深沼が後部座席に座りながらマガジンを交換する。

 

「深沼の旦那!良いもん積んであるじゃないっすか!」

 

 後部座席から別のジュラルミンケースを手にして開いたもう1人の部下の男が口笛を吹く。

 

「こいつは、R.P.Gじゃねえか!これなら確実にぶっ飛ばせるぜ!」

 

「いい加減にしろ!それ以上やると誤魔化しが効かなくなる!」

 

「知ったことか!」

 

 深沼が銃口を針生に突きつける。

 

「っ!?」

 

 針生がバックミラー越しに深沼の顔を見る。

 

 彼の顔は一層興奮したように歪み、鼻息は荒く、目が血走っていた。

 

 完全に冷静さを失っている様子だった。

 

 深沼は目で横に座る男に合図する。

 

 R.P.Gを肩に担いだ男はサンルーフから上半身を乗り出して、デロリアンへ向けて狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 

「マズいぞ!橋の先が封鎖されとる!」

 

 双眼鏡で道の先の様子を探っていたドクが叫ぶ。

 

 レインボーブリッジ中央より更に先の位置では、警官隊が道を封鎖していた。

 

 道路上にはパトカーなどの車両が数台と機動隊員が十数人、盾を構えながら並んでいる。

 

「日本の警官は対応が早いなあ、ったく!」

 

「どうするんです博士!マーティ!」

 

「このまま突っ込んだら無事じゃ済まないよ!」

 

「けど止まったら警察に捕まる!それに深沼ってヤツにやられる!」

 

「クソッ!ここまできて!何てことだ!」

 

 ドクが地団駄を踏むかのように足を踏み鳴らした。

 

「あたっ!脛に何かが……こりゃマーティの荷物か」

 

「あっ、ごめんドク!…………っ!?」

 

 ドクの足下にあるホバーボードと紙袋、それを目にした瞬間、マーティの脳裏に閃きが浮かんだ。

 

「そうだ!それだよ!ドク!ホバーボードをこっちに!それとユーイチに福袋を!」

 

「何をする気だマーティ!」

 

 ホバーボードを片手で受け取ったマーティは左横のドアを開けた。

 

 吹き込んでくる風が服と髪とを激しく揺らす。

 

「ユーイチ!君のリストバンドに袋の中の延長コードの端を固く結びつけて!早く!それとドク!運転変わって!」

 

「何だと!?」

 

「わ、わかった!」

 

 マーティがホバーボード上のバンドに足をはめ、ドアを掴みつつ身体を外へと乗り出させた。

 

 入れ替わりざまにドクが慌てて運転席に身を滑り込ませ、ハンドルを握りしめる。

 

 プロデューサーは手首のリストバンドを外し、手早く延長コードを結びつけてマーティへと手渡した。

 

「ありがとう!もう片方をその辺の適当な所に結びつけて!あと袋をこっちに!」

 

「ああ!」

 

「プロデューサー!私の傍に引っ掛けられそうな金具がある!コードを!」

 

 咲耶が受け取ったコードを左端の金具に結びつける。

 

 コードは運転席の左脇を抜けて、ドアから身を出したマーティの手の内にあるリストバンドに繋がった。

 

「マーティ!袋だ!」

 

「よしっ!それから僕が合図したらコードを引き寄せてね!」

 

 マーティはリストバンドを右腕にはめ、紙袋を片手に持ち、車体を蹴って横へと飛び出した。

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 勢いをつけ宙を滑るマーティは、ホバーボードの底を高速道路脇のフェンスに押しつけた。

 

 壁滑りをするマーティの身体が、やがて橋の上部へと繋がるメインケーブルを上がっていく。

 

「巨大映像の投影モード!映すのは、何でもいいから凄いパニック物とか!モンスター物とかそういう大迫力のを!」

 

 

 紙袋の中に向け、そう叫んだ彼はケーブルの中腹で紙袋を盛大に破きつつ、それを天へと向けて放り投げた。

 

 飛び出た球状の物体が数個、プロペラを回転させながら飛翔していく。

 

 マーティは即座にリストバンドに繋がったコードを両手で掴み、下に向けて叫んだ。

 

「引っ張って!」

 

 マーティの叫びを聞き届けたプロデューサーと咲耶がコードを引き寄せていく。

 

 僅かにたわんでいたコードがピンと張り、全身をグイッと引かれ「おわっ!」とマーティが声を上げた。

 

 そしてマーティの身体がデロリアンと併走する高さにまで降下しきったその瞬間、橋の上にそれは姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時31分

 

 

「遅い……」

 

 1人の男が苛立ちながら腕時計に目を落とす。

 

 取引きの時間はとうに過ぎていた。

 

 アメリカ製の大型SUV車、ハマーの助手席に座る50代半ばのその男こそが、警察の追っているテロ組織『プロフェシィ・オブ・ヒュージ』のリーダーであった。

 

 それは、ノストラダムスの大予言を現実のものとし、世界に革命を為さんとする、赤軍を始祖に持つテロ組織であった。

 

 だが、彼らのアジトは数週間前に警察に襲撃され壊滅。辛くもリーダーと取り巻きが逃げ出したものの、組織の立て直しは事実上不可能となっていた。

 

 彼らは最後の攻勢を図るために銃火器の類を調達すべく、レインボーブリッジ近郊の湾岸倉庫にやってきていた。

 

 リーダーの男が何度目かも分からない舌打ちをしたその時、パトカーのサイレンが周囲に響き渡る。

 

「ヤバい!見つかったのか!?」

 

 運転席の部下が狼狽するが、一方でリーダーは冷静に周囲を見渡し気配を探る。

 

「いや、そんな様子は無い。一旦ずらかるぞ。何食わぬ顔をしていれば平気だろう」

 

 リーダーの命を受けて部下が車を走らせる。

 

 右手側に見える、夕霧に包まれたレインボーブリッジの方へとリーダーの男は視線を向ける。

 

 すると橋の上でパトランプらしき光が幾つも瞬いているのが目に映る。

 

「何か事件……事故でもあったか」

 

「え?」

 

「橋の上だよ」

 

 男がそう口にし、運転手の男が横に目を向けたその時、橋の上に突如として巨大な何かが出現した。

 

 それは冷え固まった溶岩の様に黒くゴツゴツした皮膚に、背には先端を青白く染めた鋭く尖ったヒレを生やし、腰から先には太く長い尾を携えていた。

 

 爬虫類じみた顔には幾多もの牙の生えそろった口と、見るものを威圧する鋭い眼があった。

 

 リーダーの男は唖然とし、運転手は驚愕に顔を歪めて怪物の名を口にした。

 

「ゴ、ゴゴゴゴッ、ゴジラだーーーっ!」

 

「あん?」

 

 車中の他の男らが何事かと窓の外に目を向け、皆一様に呆然と口を開き、その光景を見つめていた。

 

 その次の瞬間、男達の運命は決まった。

 

 ひとりの男が車の進行方向へと視線を戻し「危ないっ!」と叫んだ。

 

 迫るのは工事現場に駐車してある巨大なダンプカー。

 

 声を受けて異常に気付いた運転手の男は、慌ててハンドルを切る。だが時すでに遅し。

 

 横滑りする車体はそのまま激しくダンプカーへと衝突。

 

 積まれていた土砂が車体へと覆い被さり、彼らの身体と野望はその場にて埋め尽くされてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

「な、何だありゃあ!」

 

 深沼らの眼前には巨大な黒い塊が出現したように見えた。

 

 このままでは、その巨大な何かにぶつかる。

 

 R.P.Gを構えた男は半狂乱になりながら「うわぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 と叫び声をあげ、引き金を引いた。

 

 轟音と噴煙を撒き散らしながら飛ぶロケット弾は、黒いそれをすり抜けて、前を走るデロリアンの上をも飛び越えて、更に遠くへと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

「ワォ!すげぇ迫力!」

 

 デロリアンの外周を回り込んで助手席側へとやってきたマーティは、後方を見上げて、橋の上に響き渡る怪獣王の咆哮に身を震わせた。

 

 そして橋の先に目を向ける。

 

 警官隊には動揺している様子が多少は見受けられたが、その場を大きく動くような気配は見られない。

 

「クソッ!ターミネーターを見た時の僕らみたいにはいかないか!」

 

 歯噛みするマーティはデロリアンのドアを開き、車内へ身を滑り込ませた。

 

「マーティ!大丈夫かい!?」

 

 咲耶が気遣いの言葉をかける。

 

「僕は平気。コードありがとうね」

 

 リストバンドを外したマーティが軽くその手を振るう。

 

「何なんだ、アレは……」

 

「未来の映写機だよユーイチ。アレで何か映せば驚いて逃げてくれるかと思ったけど……ゴメン、失敗だ」

 

「まったく、無茶をする!しかし、このままではどうしようも!」

 

 運転席横のドアを閉めたドクが嘆いたその時、咆哮と爆音が皆の耳をつんざいた。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時32分

 

 

 橋の上に展開する警官隊は、一向にスピードを緩める気配の無さそうな不審車を前にしても微動だにしていなかった。

 

(馬鹿なヤツらだ。大人しく止まっていれば余計な怪我をしなくて済むものを……)

 

 警官隊の隊長は迫りくるテロリストを心の内で嘲った。

 

 勿論隊員に犠牲を強いるつもりなどは無い。

 

 ギリギリまで引き付けて退避、バリケード代わりのパトカーと長方形のトラックのような車、特型警備車で進路を妨害し足止めする算段だった。

 

 ここ数日、対テロリストの作戦行動を展開していたおかげでレインボーブリッジに通じる出入口、ジャンクションの封鎖はかつて無いほどにスムーズに進んだ。

 

 作戦の山場を迎え、周囲には緊張が走る。

 

 隊長もまた、決定的瞬間へと向けていくつものシミュレーションを頭の中で繰り広げていた。

 

 

 

 だからであろうか、彼があらゆる意味で適切な判断を下せたのは……

 

 

 

 突如として出現したソレに、警官らは理解が追い付かなかった。

 

 ある隊員は思った、自分は夢を見ているのではないか?

 

 別の隊員は思った、アレは実在するものだったのか?

 

 別の隊員は思った、そういえば子供と一緒に先週ビデオで見たのと同じだな、と。

 

 皆が困惑し、思い思いの思考を繰り広げ始め、隊列を乱しかけた時

 

「ボサッとするな!霧に浮かんだ影か何かだ!」

 

 隊長は即座に激を飛ばした。

 

 その言葉を聞き我に帰った隊員らは、乱れかけた統率を取り戻しかける。

 

 

 

 しかし…………

 

 

 

 隊長が見上げる先では怪獣王が咆哮を轟かせ、大きく開いた口から青白い熱線を放った。

 

 その瞬間、警官隊の後方の特殊警備車、パトカーが爆炎を上げて宙に舞った。

 

 熱風が隊員らの背を打ちつけ、爆音が彼らの周りに響き渡る。

 

「た……退避ーーーーっ!!」

 

 隊長の号令と共に警官隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

 

 道路脇に身を転げる者、反対車線へと脱兎の如く駆け出す者、ソレらが織りなす光景は、さながら割れた海をモーセが渡るという伝説を思わせた。

 

 警官隊らの退いた所をメタリックボディの自動車が猛スピードで走り抜け、その直後、落下してきた警察車両が爆発炎上。黒い煙が立ち上っていく。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日 午後6時33分40秒

 

 

「ハハッ!やった!道が開けた!」

 

「こ、こんな奇跡が起こるなんて……」

 

「信じられないよ……でも、これなら!」

 

 眼前に広がった光景を目の当たりにして、マーティ、プロデューサー、咲耶が三者三様の反応を見せる中

 

「間もなく落雷の時刻だ!みんなショックに備えろ!」

 

 ドクが叫び、運転席に取り付けられたばかりの新品のスイッチを押した。

 

 デロリアンの後方から伸び出た細長いアンテナが、左の方へと向けて折れ曲がってゆく。

 

 併せてデロリアンの車体も道路の左端ギリギリへと寄せられた。

 

 アンテナが橋のワイヤーケーブルに何度も触れる音と振動が微かに響き渡る。

 

 

 

 レインボーブリッジ上に出現した怪獣王は、一段と大きな咆哮を上げて、その口を大きく開いた。

 

 背びれが明滅を繰り返し、激しく発光する。

 

 怪獣王の口が青白い光に染まった。

 

 

 

 刹那―――稲光が天を走った。

 

 

 

 橋の上にある全てが、一瞬にして真っ白に染め上げられる。

 

 その光が晴れた時、怪獣王はその姿を跡形も無く消していた。

 

 代わって橋の上に残されていたのは、最早判別が付かない程に真っ黒に焼け焦げた球状の物体が数個と道路上に引かれた二本の炎の線だった。

 

 

 

 

 

 

 1999年7月4日午後6時35分 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 深沼と部下らの悲鳴が車内に響く。

 

 激しい発光、爆音、爆炎、その他全ての衝撃を受けコントロールを失った深沼の乗る車は、コマのように激しく回転し、路肩の壁、路側帯へと激しく衝突を繰り返し、数度の横転を経て、逆さの状態で停止した。

 

 それから程なくして、朦朧とする意識の中、深沼はガラスの砕け散った窓からカエルのように這い出した。

 

 息も絶え絶えな状態の彼が顔を上げると、そこでは一足先に車外に出ていた針生が青白い顔をして手を上げていた。

 

 何事かと深沼が辺りを見回すと、車の周りを警官隊が取り囲んでいた。

 

 彼らの足元には車から飛び出した、深沼達の使っていた銃火器が転がっていた。

 

 警官らは鋭い眼差しを深沼らへと向け、銃口を突きつけていた。

 

「銃刀法違反及び破壊活動防止法違反の容疑で逮捕する!全員大人しくしていろ!」

 

 警官隊の隊長が声高に叫んだ。

 

 針生の股倉から上を見上げていた深沼は、身体を震わせながらゆっくりと手を上げる。

 

 その時

 

「う…….おえぇぇぇぇ……ゲボッ、うえぇぇ……」

 

 針生の口から吐き出された吐瀉物が深沼敏の頭に降り注いだ。

 

「ぎゃあぁぁぁ!」

 

 深沼が悲鳴を上げ、周囲の警官らはその凄惨な光景に思わず顔をしかめた。

 

 青白い顔の針生は

 

「……だから、雑な運転は困るんだ……」

 

 と力なく呟いて、地面へ這いつくばり、胃の中の物をひたすらに吐き出し続けたのだった。

 

 

 

 

 2020年6月26日 午前11時40分

 

 

 事務所の2階へと上がっていく七草はづきは、降りてきた男の顔を見て小首を傾げた。

 

「あら?プロデューサーさん、咲耶さんのお迎えに行ったはずじゃ?」

 

「え?ああ、ちょっと忘れ物しちゃって。すぐ出直しますんで」

 

「そうなんですかー?けど、どうしてそんなに濡れてるんですか?」

 

「あーー、ちょっとベランダの様子が気になって窓を開けたら雨風が吹き込んできちゃって。ハハハハ……」

 

「はぁ……」

 

「ともかく、もう行ってきますんで。分かると思いますけど、天気酷いですから外には出ないようにして下さい。事務所でじっとしてて下さいね」

 

「はい、わかりました………?」

 

 再び小首を傾げるはづきに軽く頭を下げて、防水仕様のリュックを片手にプロデューサーは事務所の外へと走り出た。

 

「ふぅ……とりあえず準備よし」

 

「プロデューサー」

 

 と、彼のそばに雨合羽を着た咲耶が駆け寄ってきた。

 

「咲耶。そっちはどうだ?」

 

「バッチリさ。あなたが2階から投げてくれたロープは繋ぎ終えたよ」

 

「こっちも必要な道具は揃えた。事務所の外壁にロープも括り付けた。それじゃあ最後の仕上げだ。行くぞ咲耶!」

 

「ああっ!」

 

 

 

 

 

 

 2020年6月26日 午後12時18分

 

 

「ぷっ、あはははっ!」

 

「どうかしたかマーティ?」

 

「いやあ、これ見てよ」

 

 デロリアンの助手席でスマホを眺めていたマーティは、英語に翻訳されたニュース記事の画面をドクへと差し出した。

 

「何々……1999年7月4日、お台場及びレインボーブリッジ上において破壊活動を行った容疑で侘蔵(だくら)組系暴力団所属針生容疑者、深沼芸能社員深沼容疑者他三名を銃刀法違反等の容疑で逮捕。ふむふむ……………なお、深沼容疑者らには暴行、拉致事件など数件の余罪もあると見られ、警視庁では更なる調査を……なるほどな。こいつはなんとも」

 

 記事を読んだドクも思わず口の端を歪めた。

 

「因果応報ってヤツだね。ともかくユーイチとサクヤがアイツらに追いかけ回される心配は無くなったわけだ」

 

 マーティが肩を竦めたその時、デロリアンの窓がコンコンと叩かれた。

 

 ドアを開けると、そこには雨合羽を着て傘をさしたプロデューサーと咲耶の姿があった。

 

「マーティ、ブラウン博士、ロープやワイヤーの設置は完了しましたよ」

 

「これで後は時間に合わせて走るだけだね」

 

「ありがとう2人とも」

 

「すまんな、こればっかりはワシらが事務所に入り込んでやるわけにはいかんからな」

 

 運転席から出てきたドクが傘をさしながら歩み寄ってくる。

 

「先の落雷でバッテリーにも十分な電力が蓄えられたが、次に転移した先でトラブルが無いとも限らん。利用できるエネルギーは無駄なく使っておきたいのでな」

 

「大丈夫、お安い御用ですよ。僕らの仲じゃないですか」

 

 プロデューサーが笑いかけると、マーティとドクも微笑み返す。

 

「…………じゃあ、これでマーティと博士とはお別れだね。寂しくなるよ」

 

「サクヤ、僕も名残惜しいよ」

 

「しかしながら、ワシらにはワシらの、君らには君らの世界と生活があるからな。ともあれ、ユーイチ、サクヤ、短い間だったが2人と過ごした日々は非常に楽しく、有意義で刺激的だった」

 

「博士、マーティ。僕らもあなた方と会えて本当に良かった。元の世界に戻ってもお元気で」

 

 プロデューサーが手を差し出し、4人は順に握手を交わしてゆく。

 

 そうしてマーティとドクは再びデロリアンに乗り込んだ。

 

 プロデューサーと咲耶はそれぞれ運転席、助手席側から彼らを覗き込むようにして立つ。

 

「それじゃあ2人とも、元気でね」

 

「ああ、マーティも。バンドの活動、頑張って」

 

「サクヤもね。君らがトップアイドルになれるように祈ってるよ」

 

 マーティと咲耶が微笑み合う。

 

「では2人とも改めて言うが、念のため事務所に戻るのは午後3時以降にするんだぞ。それまでは誰も知り合いには会わないように。タイムパラドックスの危険があるからな」

 

「分かってます。どこかに篭ってやり過ごしますよ」

 

「うむ。ではユーイチ、サクヤ、達者でな」

 

「それじゃあ」

 

 手を振ったマーティとドクがドアを閉める。

 

 プロデューサーと咲耶は数歩後退してデロリアンと距離をとる。

 

 エンジン音が響き、デロリアンが道を後退してゆく。

 

 そして暫しの後、エンジンをふかして発進したデロリアンが2人の間を猛スピードで駆け抜けてゆく。

 

 283プロ新事務所前の道路上に張られたロープへと、デロリアンから伸び出たアンテナが触れる瞬間、稲光が周囲を真っ白に染め上げた。

 

 耳を塞ぎ、目を閉じたプロデューサーと咲耶が再びその目を開いた時、彼らを冒険へと誘った1台の車と2人の友人は、この世界から忽然とその姿を消していたのだった。

 

 路上に残された炎の線は、雨風にあおられて程なくして消え去った。

 

 

 

 

 

 

 2020年7月1日 午後5時30分

 

 

「はい!それじゃあ10分休憩して、それからレッスン再開よ。水分補給をしっかり済ませておきなさい」

 

「はい!」

 

 ダンスレッスンスタジオでレッスンに励むアンティーカの面々は、壁際へと移動して休憩を取り始める。

 

「恋鐘、結華、摩美々、霧子、このタオルを使ってくれ。ドリンクも用意してあるから遠慮なく飲んでほしい」

 

 いち早く荷物に手を伸ばしていた咲耶が、メンバー全員へとそれらを手渡していく。

 

「おおーありがとう、咲耶。それじゃあいただくばい」

 

「どうもねーさくやん」

 

「ありがとう、咲耶さん」

 

「なんかー最近の咲耶、私達にやたらと世話焼くようになってないー?」

 

 摩美々が怪訝そうに言うと、咲耶はにっこりと微笑んだ。

 

「そんな事は無いさ。私はいつも通りだよ」

 

「でもさ、確かにさくやん少し変わったよね。こないだ事務所が停電した日なんてさ、事務所に戻って来るなりみんなに抱きついて涙目になってたし」

 

「泣きたいのは蒸し風呂みたいな事務所にいたこっちだったのにねー」

 

「あ、あははは…………あの時は恥ずかしい姿を見せてしまったな。その、なんて言うか……みんなが心配でね」

 

「咲耶さん……」

 

「ま、別にいーけどねー」

 

「ほんに咲耶は優しかねー。よしよし」

 

 恋鐘が咲耶の頭に手を乗せて、子供をあやすように撫で始める。

 

「こ、恋鐘!そういうのは、少し照れるよ……」

 

「おやおや、やっぱりさくやんは、こがたんに敵わないようですなー」

 

 顔を赤くする咲耶を見てアンティーカの面々は笑い出す。

 

「はーい!そろそろ休憩終わりだよ!集合集合!」

 

 ダンストレーナーの声を受けて、一同は彼女の元へと小走りに集合していく。

 

 彼女の傍には、今しがた運び込まれた旧式のビデオデッキとテレビモニターがあった。

 

「今練習しているダンスのライブ映像を持ってきたから、これから観て勉強するよ。自分のパフォーマンスとの差を各自よく確かめるように」

 

 そうしてトレーナーが再生したライブ映像を目にしたアンティーカの面々は、怪訝な表情を浮かべ始める。

 

「……後ろで踊ってるの……咲耶、さん?」

 

「あ、このバックダンサー、何だか咲耶に似てないー?」

 

「ほ、本当ばい!咲耶が踊っとる!」

 

「え?いやいや、だってコレって20年くらい前のライブ映像だよね?」

 

 全員が戸惑いながら咲耶の方へと視線を向ける。

 

 それを受けた咲耶は

 

「コレはね……他人の空似というやつさ」

 

 澄ました表情でウインクをしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 2020年7月2日 午後2時45分

 

 

「會川、例の深夜番組の打ち合わせはどうだった?」

 

 社長室で諸々の業務連絡を済ませたプロデューサーに天井社長が尋ねてきた。

 

「順調です。スタッフの方々もアンティーカの実力を高く評価してくれていて、彼女達自身もやる気に満ち溢れていますし、初回から良い番組になりますよ!絶対に!」

 

「そうか。それは何よりだな」

 

「はい!」

 

「失礼しますー」

 

 社長室のドアが開かれ、両手で大きな段ボール箱を抱えたはづきが中へと入ってきた。

 

 彼女はそれを社長の机の傍へと下ろして一息ついた。

 

「ふぅ。社長宛に荷物が届きましたー。差出人は、飛田藍音さんです」

 

「ほう?」

 

「藍音さんからですか?」

 

「開けてみてくれ」

 

「はいー」

 

 はづきがガムテープを剥がして箱を開くと、そこにはメロンが数個とさくらんぼの詰められた小箱が4つほど収められていた。

 

「凄いな、本場山形の佐藤錦だ。これ店で買ったらかなりの値段になりますよ」

 

「本当ですねー」

 

「ははは、心配無い。それは彼女の旦那の実家から送られてきた物だろうからな」

 

「え?ってことはもしかして」

 

「ああ、藍音の嫁ぎ先は山形の果物農家だ。もっとも、現在の彼女らは仙台に住んでいるらしくな。藍音はそこで個人塾を開いて小学生相手に勉強を教えているらしい。親からも子供からも評判は良いそうだ」

 

「そうだったんですね。何よりです。それにしても、とても瑞々しくて美味しそうだなこの果物」

 

「なら折角だ、ありがたくいただくとしよう。はづき、茶を煎れてもらえるか?」

 

「はいー。分かりましたー。メロンとさくらんぼ、お皿に盛ってきますねー」

 

 ウキウキとした様子ではづきは再び箱を抱えて社長室を後にしていく。

 

「そういえば、1つ気になっていたんですけど」

 

 プロデューサーは社長の方へと向き直る。

 

「どうした?」

 

「藍音さんはどうしてアイドルを目指したんでしょうか?」

 

「その話か…………ふむ。…………まあ、お前になら話しても良いだろうな。後学の為だ。但し、ここだけの話にしておいてくれ」

 

 

 

「藍音さんにそんな事があったんですね……」

 

「ああ。しかし、結局のところ、藍音がアイドルを目指すと報告するその前に、件の友人とはすっかり仲直りしてしまったようでな」

 

「え?」

 

「私が藍音をスカウトした日、藍音が彼女に連絡を入れたら向こうから先に謝ってきてな。即座に打ち解けたそうだ。今思えば彼女がアイドルになろうとそうでなかろうと、結果は同じだったのかも知れんな」

 

「だったら、藍音さんはどうしてアイドルに?友達の問題が解決したのなら、アイドルを目指す理由なんてもう無かったはずじゃ」

 

「それは、やはり彼女自身の為だったんだろう。彼女は過去の自分と決別したかった。心の底ではずっとそう思っていた。アイドルを目指すのはその良いきっかけになったんだろう」

 

「なるほど……」

 

「実際、彼女は限界を越えて頑張っていたよ。その花を開かせられなかったのは今でも残念には思うが、私も藍音も全力を出し尽くした。だから悔いは無い」

 

「社長……」

 

「だからな會川、お前も悔いの無いように全力でアイドルと向き合い続けるんだぞ」

 

「…………はいっ!」

 

「お待たせしましたー」

 

 プロデューサーが気合いを込めた返事をしてすぐに、はづきが部屋へと入ってきた。

 

 その手にしているお盆には、湯呑みと瑞々しい果物が盛られた皿が乗っていた。

 

「さて、それでは彼女からの贈り物を存分に味わせてもらうとするか」

 

 

 

 

 

 

 2020年7月5日 午後5時10分

 

 

「咲耶、お疲れ様」

 

「プロデューサー!」

 

 テレビ局のエントランスを出た咲耶は、車の運転席から顔を出したプロデューサーに駆け寄ってゆく。

 

「今日の撮影はどうだった?」

 

「問題無かったよ。あなたの期待を裏切らない働きを出来たと自負しているよ」

 

「ははは、そりゃあ何よりだ。んじゃ、行こうか」

 

「ああ」

 

 と、咲耶がドアを開いて車に乗り込もうとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「お、お願いします!そこをなんとか!」

 

「ん?」

 

 咲耶とプロデューサーがその声の方を見ると、紫色のスーツを着たひょろ長の若い男が、テレビ局のディレクターと思わしき男に縋り付いていた。

 

 

 

「あのなあ、スケジュール管理ミスってこないだダブルブッキングかまして、収録をおじゃんにしたのはテメェの方だろうが!」

 

「そ、その節は申し訳ありませんでした!二度とこの様な事は致しませんので何とぞ!何とぞ!」

 

 膝をついて、ディレクターの腰に抱きつくようにして男は尚も食い下がる。

 

「鬱陶しいってんだよ!そう言って他の所でも似たようなミス重ねてんだろアンタんとこはよ!もっとまともに仕事をこなせるようになってから、出直してこいってんだ……よっ!」

 

 ディレクターはやっとの思いでその男を引き離し、肩で息をする。

 

「ディレクターさん!」

 

 そこへ1人の少女が駆け寄ってきた。

 

 黒髪で清楚な雰囲気を漂わす、紫スーツの男より頭ふたつ分ほど背の低い少女は、ディレクターの正面に立ち

 

「この度は兄が、私達の事務所の不手際でご迷惑をおかけし、誠に申し訳御座いませんでした!」

 

 深々と頭を下げて謝った。

 

 その様を見たディレクターは、フンと鼻で息をして口を開いた。

 

「聖ちゃん、もう頭を上げていいから。とりあえず今日のところは分かったから、また今度出直してきな。オーディションの選考程度なら受けさせてやらないでもないからよ」

 

「ありがとうございます!それでは、失礼します!お疲れ様でした!」

 

「お、お疲れ様でした!」

 

 紫色スーツの男、深沼ススムは土下座の体勢でディレクターに頭を下げる。

 

 ディレクターは再び鼻を鳴らし、踵を返して建物の中へと入っていった。

 

「……悪いな、聖子。助かったよ、っとお!?」

 

 深沼ススムが立ち上がり、少女に声をかけようとしたところ、彼はネクタイを少女に掴まれながら壁際へと引き摺られるように連れて行かれた。

 

 そして乱暴に壁へと叩きつけられる。

 

「グハッ!」

 

「おい」

 

 先程ディレクターに謝った時とは別人のように、小さくはあってもドスの効いた低い声を少女が発した。

 

「何度同じことやったら気が済むんだ、あ?」

 

「ご、ご、ごべんなさい」

 

「兄の尻拭いを毎回やらされる妹の身になって考えた事あんのか?中学生でも出来るような仕事をいつになったらマトモにこなせるようになるんだ?あん?」

 

「ず、ずびばせん、聖、社長……」

 

 泣きべそをかきながら深沼ススムは力なく口にする。

 

「オヤジがしょっ引かれてムショに入って以来、冷や飯を食い続けてきた私らが必死になって掴んだチャンスを棒に振るんじゃねぇってんだよ。兄妹のよしみのお情けで雇ってもらってる分際で、腑抜けてんじゃねえぞ」

 

「は、はい……」

 

「今度やったらクビな。家も出てってもらうからな、わかったか?」

 

 深沼ススムは無言でしきりに首を頷かせる。

 

「ケッ!」

 

 と、深沼聖子はススムを放り投げるようにして突き飛ばすと、踵を返してその場を後にする。

 

「ま、ま、待って!」

 

 深沼ススムは慌てて立ち上がってその後を追う。

 

 と、その彼の頭上に白い何かが落ちてきた。

 

 頭に手を当ててみると、ヌメりと臭いのある液体が付く。

 

 上を見上げると、カラスがひと鳴きしてその場を飛び去っていくのが見えた。

 

「う、ううっ……ま、待ってくれよー」

 

 深沼ススムは世にも情けない声を上げて走り去っていった。

 

 

 

「……………凄い変わりよう、だね」

 

「ああ…………深沼芸能が倒産してたってのは聞いてたけど、娘さんが新たに事務所を興していたのか」

 

 プロデューサーはスマホを取り出して深沼聖の情報を検索してみた。

 

 するとHIJIRIプロという極々小さな事務所の存在が引っ掛かった。

 

 所属アイドル兼社長、深沼聖(23)という文字にプロデューサーは目を丸くする。

 

「あの子、20代だったのか。10代にしか見えなかった……スゴイ童顔だな」

 

「色々と驚きだね……」

 

 咲耶が助手席へと乗り込んだ。

 

「けど、何だか前に見た時よりも、心なしか手強そうに感じたよ」

 

「そうか、咲耶は彼女を見たことがあるんだったな。違う時間軸ってのになるけど」

 

「ああ。しかし、これは油断出来なさそうだね」

 

「そうだな。新たなライバルになるかもしれないんだ、俺達も頑張らないとな」

 

 

 

 

 

 

 2020年7月21日 午後12時25分

 

 

「はい、はい、わかりました。ではそれから帰ります。では」

 

 プロデューサーはスマホをポケットにしまい、バックミラー越しに後部座席の咲耶へと話しかける。

 

「咲耶、はづきさんから買い物を頼まれたからちょっと寄り道するけれど大丈夫か?」

 

「ああ、問題無いよ」

 

「んじゃ、行くぞ」

 

 目の前の信号が青になる。プロデューサーはブレーキから足を離し、ゆっくりとアクセルを踏みしめてゆく。

 

 車がスピードを上げ始めたところで、ふと咲耶が口を開いた。

 

「あの日もこんな天気だったね」

 

「ん?……そうだな」

 

 車の外は土砂降りの雨だった。

 

 天気予報によると今日は大気の状態が不安定で、にわか雨が頻発するとのことらしい。

 

「今年の梅雨は長かったな」

 

「うん。けれど来週始めには梅雨明けだそうだね」

 

「らしいな。そうしたら夏本番か。どこかでゆっくりしたいところだけど、そうもいかなそうなんだよなあ」

 

「ふふっ、何せ新番組や特番の収録、夏のアイドルフェスティバルにもお呼ばれしてしまったからね」

 

「仕事が多くもらえてるのは、ありがたい事なんだけど、少しはリフレッシュもしたいな」

 

「そうだね。以前の様にみんなで海に、いや山も捨てがたいな、とにかく色んな所に行ければ楽しそうだね」

 

「だな。……少し計画を練ってみるか?」

 

「ふふっ、それじゃあ楽しみにさせてもらおうかな?」

 

「……あんまり大きな期待はするなよ」

 

 他愛もない会話をする2人を乗せて車は走る。

 

 雨足は徐々に弱まり、空の向こう側には青色が広がりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 2020年7月21日 午後12時55分

 

 

「あー…………参ったな」

 

「まさか店休日とはね。どうしようか、プロデューサー。別の店を探しに行くかい?」

 

「……咲耶、ちょっとだけ付き合ってくれるか?」

 

「え?」

 

「行こう」

 

 プロデューサーはホームセンターの駐車場入口脇に車を止めて歩き出した。

 

 咲耶もその後に続き、2人は侵入防止用のチェーンを跨いで駐車場へと足を踏み入れていく。

 

 

 

「うーん!広いなあ!」

 

「前に来た時も十分に広く感じたけれど、車も何もないと広さが一層際立つね」

 

 駐車場の中央に立ち、2人は大きく伸びをした後で周囲をグルリと見渡す。

 

 雨はすっかり上がって青空が広がる。先程まで空を覆っていた雨雲は遠く東の空へと流れていた。

 

「……この場所から始まったんだよな」

 

 プロデューサーが視線を落とす。

 

 白線の引かれたその駐車スペースは、プロデューサーがあの日、自動車を停めていた所だった。

 

「そうだね。…………彼らは無事に元の世界に帰れたのかな?」

 

「きっと大丈夫さ」

 

 プロデューサーは迷う事なく即答した。

 

「あの2人に不可能は無い。そう思うよ、俺は」

 

「うん。あなたがそう言うなら、私もそう信じるよ」

 

「ははっ」

 

 そうして2人が顔を見合わせた時、轟音が耳に飛び込んできた。

 

 雷の音かと、2人はサッと空に目を向けるが、そこには雲の類は何一つ無い。

 

 その僅かの間に数度音が轟き、次の瞬間、閃光が瞬いた。

 

「うおっ!?」

 

「わあっ!?」

 

 プロデューサーと咲耶を突如襲った衝撃波。

 

 彼らは姿勢を崩しそうになるが、互いの身体を支え合い、辛うじてその場に踏み止まる。

 

 そして2人が目を開くと、数十メートル先に1台の、独特な意匠の銀色の自動車が出現していた。

 

 プロデューサーと咲耶は目を見開き、顔を見合わせると、その車へ向けて駆け寄っていく。

 

 程なくして車のドアが上へと押し開かれ、運転席から1人の老人が姿を現した。

 

 

 

「む?ここは……283プロダクションの事務所ではないな」

 

「あのホームセンターの駐車場みたいだね。どうしてここに出たんだろう?」

 

「うーむ、どうやらこの世界における粒子の発生源が移動してしまったのかもしれん。まだまだ研究の余地ありだな」

 

 車から降りてきた2人が言葉を交わしていると「おーい!」と声が聞こえてきた。

 

「おおっ!ユーイチ!サクヤ!」

 

「えっ!?うわっ!本当だ!まさか2人にいきなり会うなんて、凄い偶然!」

 

「ブラウン博士!」

 

「マーティ!まさかまた会えるだなんて!」

 

 プロデューサーと咲耶が声を弾ませた。

 

「ふふふっ。どうだ、驚いたかね?」

 

「ええ。だけどどうしてここに?元の世界へは戻れたんですか?」

 

「もちろん!あの日のタイムトラベルで我々は目的の時間と場所へと戻る事ができた。そしてワシは新たな研究を進め、その成果を基にデロリアンの改造を行ったのだ!」

 

 ドクがプロデューサーと咲耶に手招きをしてデロリアンの中を覗かせる。

 

「おお……」

 

「私にはよく分からないけれど、かなり様変わりしてるね」

 

 2人がまず目に留めたのは、運転席の近くに取り付けられていたタイムサーキット。

 

 旧式のブラウン管テレビ程の大きさだった時刻表示版は、タブレットPCのような薄型パネルに入れ替わっており、その画面には2人も見慣れたデジタル表示が3つ並んでいた。

 

 続けて運転席後ろにあった、かつてプロデューサーと咲耶が乗った増設された座席の上には、初めて見る謎の装置が置かれていた。

 

 それは同じく後部に置かれた次元転移装置と酷似しており、Xの文字を模した光るチューブのような物が収まっていた。

 

「これは?」

 

「ふふっ、これこそが新たな発明だ!異空間転移装置とワシは名付けたがね」

 

「異空間転移装置?」

 

 プロデューサーが首を傾げる。

 

「うむ。詳細な説明は省くがな、様はパラレルワールド間を繋ぐルートを検出、行き来できるようにする装置だ」

 

「それは素晴らしい発明だね!」

 

「ドクがそれを作ってくれたおかげで、僕らは再びこうしてサクヤ達に会えたってわけ。作るのに大分時間がかかったらしいんだけど、僕の所にまたドクが来たのは、別れてから3ヵ月くらい後だからいまいちピンと来ないんだけどね」

 

 マーティが肩を竦めて笑う。

 

「とまあ説明はこの辺にして、ここに来た目的を果たさねばな」

 

 そう言うとドクはポケットからスマホを取り出して、プロデューサーへと手渡した。

 

「あの日のサクヤのステージの動画を渡し忘れていたからな。もしかしたら別の映像があるのかもしれんが」

 

「いえ、ありがたいです。俺は舞台袖からあのパフォーマンスを充分に見られてませんでしたし。観客席からは見られない、特別な所から見るのはまた格別ですから」

 

「そうか。そいつは何よりだ」

 

「あー……僕からも良いかな?」

 

 マーティが若干落ち着かない様子で近づいてきて、彼もまた手にしたスマホを咲耶へと手渡してきた。

 

「これは?」

 

「えーっと……実は歌を作ったんだ、2人の為にね。君らとの旅の思い出を歌にしてみた。そのスマホに録音した音声が入ってる」

 

「本当かい?それは素晴らしいね!早速聞いてみても良いかい?」

 

「っと、それはちょっと勘弁!あの、別に自信が無いわけじゃないんだけど、何だか恥ずかしいからさ。後で2人きりの時にでも聞いてくれよ」

 

 マーティが微かに顔を赤くしながら言う姿を見て、咲耶は歪んだ口元を隠すように手を当てた。

 

「わかった。後でじっくりと聴かせてもらうとするよ」

 

「ありがとう。そうしてくれると助かる」

 

「さて、用事はこれで済ませた。我々は行くとしよう」

 

「もう行ってしまうんですか?」

 

「うむ。異空間転移もまだまだ試作段階でな、やらなければならん事が山積みなのだよ」

 

「僕としてはもう少しこのニッポンを見て周りたいんだけどね、ドクがこう言うんじゃ仕方ない」

 

 マーティが肩を竦めて諦めたように苦笑した。

 

「また会えたのに残念だよ。でも2人の無事を知れて良かった」

 

「俺も咲耶と同じ気持ちです。ともかく、改めて2人ともお元気で」

 

「ああ、君らもな」

 

「元気でね。ユーイチ、サクヤ。縁があればまた会おう」

 

 ドクとマーティは軽く手を振り、デロリアンへと乗り込んだ。

 

 エンジンの振動が車体を揺らし出す。

 

「さあ、下がった下がった!あまり近くにいると危ないぞ!」

 

 ドクの手振りに従って、プロデューサーと咲耶はデロリアンから距離をとる。

 

「ありがとう!マーティ、ブラウン博士!良い旅を!」

 

 プロデューサーと寄り添い、手を振り、声を送る咲耶の視線の先で、デロリアンの車体下部からジェット気流が噴射された。

 

 宙へと浮いていくデロリアンのタイヤが横向きに格納され、車体は更に高度を上げていき前方へと急発進した。

 

 程なくして空中をUターンしてきたデロリアンは、プロデューサーと咲耶の頭上を飛び越え、新たなる冒険へと旅立っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

              TO BE CONTINUED Other Crossovers!!

 

 




 これにてこの物語は完結となります。
 最後まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました!



 完結記念といたしまして、主要登場キャラクターについての説明や設定を乗せておきます。

 少し落ち着きましたら更に制作裏話や小ネタ等の解説を追記しようかと思いますので。
 お時間があればお付き合いくださいませ。

・會川悠一(プロデューサー)
 実質的なこの作品の主人公
『Back to the Future』原作におけるマーティの立ち位置を与えられたキャラその①
 基本的な性格はアイドルマスターシャイニーカラーズに登場するプレイヤーキャラ兼プロデューサーの所謂【シャニP】のスタンダードを元にしている。
 プロット作成当初は名前を付けない予定だったが、マーティとドクが彼を名前で呼ばないのは不自然だと考えたのと、スポーツマン要素を加えたのもあり名前を設定することとした。
 名前の由来は“I”と“You”の含まれる名にしようと考えた為にこうなった。

・白瀬咲耶
 当作品のヒロイン兼もう一人の主人公
『Back to the Future』原作におけるマーティの立ち位置を与えられたキャラその②
 シャニマス原作からの変更点は特になし。

・マーティ&ドク
 Part3終了後いずれかの時間軸からやってきたという設定。
 数年前に発表された公式続編漫画『コンティニュアム・コナンドラム』後の彼らとも解釈は可能としている。

・天井努
『Back to the Future』原作におけるマーティの父ジョージの立ち位置を与えられたキャラ
 性格面での大きな改変は無し。
 ジョージの様にヘタレからの成長というのは天井社長のキャラクターにはそぐわないと考え、挫折からの立ち直りという物語を据えてオリジナルの設定を付加させた。

・米村(飛田)藍音
『Back to the Future』原作におけるマーティの母ロレインの立ち位置を与えられたキャラ
 名前の由来はロレイン・べインズ・マクフライ(Lorraine Baines McFly)の文字より以下の要素を拝借した。
 米村→“べイ”ンズ
 飛田→マク“フライ”
 藍音→Lorr“aine”
 書き始めてからもなかなか設定が固まりきらず、最後まで書くのに苦心したキャラクター

・深沼敏
『Back to the Future』原作における悪役ビフ・タネンの立ち位置を与えられたキャラ
 名前の由来は苗字と名前の頭文字を逆さにすると“びふ”となるような名前にしたいと考え設定。
 深沼という苗字は「何となく沈んで行くようなイメージが欲しい」と考えて設定。
 金の力と口の上手さと他人の弱みに付け込む事でのし上がってきた典型的クズキャラ。

・深沼ススム
 原作には特に彼に当たるキャラは無し
 背の高さ以外は父の若い頃と瓜二つ。
 名前は見ての通り泥沼にはまっていくような印象にしたかったため。
 典型的な親の七光りな人物。

・深沼聖子
 原作に該当するキャラ無し。
 名前や髪型等のモチーフは若い頃の松田聖子より。
 改変前の時間軸ではは父親のやり方に従いアイドルをやり、その手段は問わなかった。
 改変された時間軸においては父への反発心が強まり、同じような手口は好まなくなった。
 黛冬優子のように猫かぶりな一面があるが本来の性格にコンプレックスは無く、単に受けがいいから猫かぶりをしているだけ。売れるとあれば本来の性格を出す事に躊躇は無い。
 父親の諸々の素養を色濃く受け継いだキャラクター、という裏設定がある。

・針生
 名前の由来は原作part2において中年マーティを唆し彼がクビになる原因を作り、part3終盤においてカーレースをふっかけてきたマーティの同級生ニードルスより。
 侘蔵組という名称は彼のファミリーネーム“ダグラス”より拝借。
 暴力団の構成員で武器の密輸入や芸能界への手だしなど幅広い活動で人脈を広げていた。深沼のビジネスパートナー的存在。
 乗り物酔いしやすいという弱点がある。

・Meina with Mix
 名前のモチーフは安室奈美恵とMAXより拝借。
 Meinaはナミエのアナグラム

・黒霧
 名前のモチーフは小室哲哉より拝借
 Kuromuはコムロのアナグラム
 書き始めた当初は関西弁のバンドミュージシャン兼音楽プロデューサーという設定で名前も異なっていたが「無理に2つの元ネタ要素を組み合わせる必要は無いな」と思い至り設定を変更した。

あなたはこの作品のクロスオーバー元の原作バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)とアイドルマスターシャイニーカラーズ(シャニ)についてご存知ですか?

  • BTTFを見た事がありシャニも知ってる
  • BTTFは見た事があるシャニは知らない
  • シャニは知ってるBTTFは見た事がない
  • シャニは知らず、BTTFも見た事がない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。