「さあドクターまだ飲めるだろう! 明日は休日なんだどんどんいこう!」
今、俺の部屋にはホシグマがいて自分でも飲みながら俺に酒を勧めていた。
俺もすでにだいぶ飲んでいるのだが、彼女は俺の数倍は飲んでいるはずなのにあまり酔った様子はない。
「ホシグマちょっとペースを落とさせてくれ……流石にそろそろキツい」
「なんだしょうが無いなドクターは。仕方ない、じゃあつまみでも挟んで小休止とするか」
「ああ、頼む」
少し待ってろ、と言うとホシグマはもう慣れた様子でキッチンに向かうと簡単なつまみの調理を始めた。
一体何故こんな事になっているのか。
もう少し彼女とは、そう節度を持った上司と部下の関係であったはずだ……
「小官はホシグマと申します。これより重装オペレーターとして、任務にあたります。
ドクターの盾になり、剣になり、そして砦となり、身を粉にして任務を全うする所存です。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「〇〇です。ロドスのメンバーからはだいたいドクターと呼ばれています。
これからよろしくお願いします、ホシグマさん」
「ドクター、小官は龍門近衛局からの出向という形ではありますが、貴官の部下となるのです。
そう畏まらず、もっと砕けた口調でお話下さい」
「……分かった。では改めてよろしく頼む、ホシグマ」
「こちらこそよろしくお願い致します」
ホシグマがロドスのオペレーターとなったのは龍門での襲撃が鎮圧され一段落した頃だった。
大柄で凄みのある外見とは裏腹にとても丁寧な物腰に最初は驚いたものだった。
その働きぶりも見事なもので、実際の任務から作戦立案指揮、ロドス内での演習に至るまで八面六臂の活躍を見せてくれた。
ホシグマがロドスに来てくれたのは僥倖と言って良いだろう。
龍門防衛戦の借りを返す意図もあったのだろうが、ウェイ長官には感謝しなくては。
俺はホシグマの活躍を事細かに報告書にまとめると俺が許す限りの権限を彼女に与えて次々に仕事を振った。
ケルシーは少々難色を示すこともあったが、ホシグマの上げる成果の前では彼女も強く口出しする事はなかった。
そして俺の後押しもあり、ホシグマはロドスのオペレーターの栄誉である二枚目のエリートメダルを手にしたのだった。
「ホシグマ、君の働きはロドスに多大な恩恵をもたらしてくれた、感謝してもしきれない。
これからも君の働きに期待する」
「……勿体ないお言葉です、ドクター。
部外者である私をこうも重用して頂けた事には私こそ感謝しております。
ロドスは風通しが良い組織で、ドクターのお陰で私も伸び伸びと働けています」
「なーに、龍門近衛局と比べてうちの作戦部門は無い無い尽くしだからな。単に優秀な人材が来たら頼らざるを得ないだけさ。
これからも頼りにしているよ、エリートオペレーター」
「ふふふ、ならば私としても兜の緒を締め直さなくてはいけないな。
貴方の信頼に応えられるよう引き続き精進します、ドクター」
こうしてホシグマは引き続き俺の下で勤勉な働きぶりを見せてくれたのだった。
……と、ここまでが勤務中の彼女の話になる。
ではプライベートはというと、ある程度気心が知れてくるとホシグマは仕事後に俺を飲みに誘ってきた。
幸い俺は酒にそこそこ強い事を記憶喪失後に確認したので、ホシグマとしばしば酌み交わすようになったのだが、
「ホシグマ、飲みすぎじゃないか……?」
「なに、これぐらいは飲んだ内に入らないぞドクター。ほらほら、ドクターももっと飲んでくれ」
「待て待て割合がおかしい原液をそんなに注ぐな!?」
「む、そうか? しょうがないからこれは私が飲もう」
「いやそうすると俺のグラスが無くなる訳だが」
「安心してくれすぐに空ける」
言葉通りホシグマはほぼ原液の焼酎を速やかに飲み干すと改めて水割りを注いで俺に寄こした。
女性が男とコップを使い回すのはどうなんだとか気にならないぐらい豪快な飲みっぷりだった。
「しかしドクターもなかなかの飲みっぷりじゃないか。流石はロドスのトップだな」
「これでもセーブしてるつも……いやそもそも飲みっぷりとロドスのトップは関係ないだろう」
「良いツッコミだな! 細かい事は気にするな!」
その日は結局店を三軒ほど回った末ロドスの門限ギリギリに帰る事となった。
そのまた翌週。
「ドクターこの店は良いだろう! 酒も美味い、飯も美味い、そして酒が美味い!」
「ホシグマそれを聞くのはもう四回目だ」
「何だドクターノリが悪いな、酒が足りてないんじゃないか? さあぐいっといくんだ」
「美味いと勧めるならもう少し落ち着いて食わせてくれ!」
「ははは頑張るんだ!」
この日も帰りは遅くなり、アーミヤとケルシーに怒られた。
さらに翌週。
「ドクター先週は遅くまで付き合わせてしまいすまなかった。そこで私は考えた。帰りが遅くなるのが問題ならロドスで飲めばいい」
「……悪くない考えだが、どこで?」
「それは勿論私の部屋「待て待て待て」…? 何か不都合があるか?」
「不都合だらけだろう!」
ホシグマは全く気にしていない様子なので夜遅くに俺が社内の女性の部屋に行く事の問題を丁寧に説明しようとしたが……それはそれで問題なのでとにかく別の部屋の検討を提案した。
「ふむ、となるとドクターの部屋か?」
「俺の部屋もあまりよくは無いが……まあいいか」
俺の部屋は執務室ではあるのだが私室も兼ねており、仕事以外の用途でもよく使用する。
例えば何故か読書会が開かれたりパーティ会場にされたりその他レクリエーションが開かれたりといった具合に……完全に娯楽室扱いされてるな。
まあともかくそんなわけで、ホシグマと飲んでいてもおかしくはない。多分。
「では料理と酒を購買で買い込んでおくか」
「ああ頼むよ」
その日、購買の酒の在庫をホシグマが一人で枯らした事で苦情が何故か俺に上がり、今度は外で買わせる事を決意した。
そんな調子で度々ホシグマは度々俺の執務室に飲みに来るようになり、週に二回は宅飲みをするのが通例となりつつあった。
今日も俺の部屋には沢山の酒が持ち込まれている。
毎度思うがこんなに飲んでよく体調を崩さないものだ……
そういえばチェンやスワイヤーにホシグマとのサシ飲みが知られた時は珍しくも二人揃って心配された気がする。
内容は酔いつぶされていないかだとか仕事に支障が出ていないかだとかいったもので、仕事仲間としては全幅の信頼を置かれているホシグマも酒飲みとしては大変恐れられているらしい事が分かった。
つくづく自分が酒に弱くなくて良かったと思う、そういった種族なのだろうか?
今度自分の正体を探る時に役立つかも知れない。
そんな事をつらつらと考えていると、エプロンをつけたホシグマが台所から戻ってきた。
「よし出来たぞ、新たまのサラダと砂肝のピリ辛炒めだ」
「おお、美味しそうだな! では早速……うん、さっぱりし新たまと濃い味付けの砂肝は良い組み合わせだな!」
「ははは、気に入って貰えて何よりだ。たくさん作ったからどんどん食べてくれ」
ホシグマはイメージに反して、というと失礼かも知れないが料理が上手い。
一人暮らしが長いからだと本人は言っていたが大したものだ。
「ありがたい。しかしこうなるとご飯も欲しくなるな……冷凍してたはずだから解凍するか」
「カロリーを恐れぬ所業だなぁ」
「なーに酒を飲む日は体重なんか気にしてもしょうがない」
「ふふ、違いない」
少し休んだ事でまた酔いが落ち着いてきたので、お茶を挟みながらちびちびとエールを飲み始めた。
「ん? あまり見ない酒だなドクター」
「ああ、これはヴィクトリア産のビールだな。香りが良いから少しずつ楽しみならが飲めるんだ」
「ほう、少し飲んでもいいか?」
「いいぞ」
瓶から少し注いでやるとホシグマは少し匂いを嗅いでから飲んだ。
「うーん確かに柑橘系の爽やかな香りがするビールだな、でも味はしっかり苦味が効いてて美味い」
「お、分かるか? 前別の子に飲ませた時はフルーツの香りがするのに苦いって不評だったんだよなー」
「ははは、確かにロドスの若い女性には甘い酒の方が好まれそうな気がするな」
そう言いながらホシグマはグラスに氷を投入するとウォッカを注ぎ始めた。
「ドクターは、最近忙しい日が続いているようだがちゃんと休めているか?」
「確かに忙しいけど、これでも一時期よりはだいぶマシになったよ。
こうして休日にはホシグマと飲む余裕もあるし心配するほどじゃない」
「そうか、なら良かった。ドクターには世話になっているからな。倒れられたりでもしたら困る」
「ははは、まあ無理しているのは確かだけど最初に比べればだいぶ落ち着いてきた。倒れたりはしないさ」
「せっかくの飲み友達が体調を崩したら困るからな」
「おい心配してるのそこかよ」
「冗談だ!」
そういってバシバシ背中を叩くホシグマ。
まったくいつも不思議に思うが仕事中の懇切丁寧な態度はどこへ吹き飛ぶのやら……
こんな調子でホシグマと話していると、あっという間に夜も更けてきた。
「さて今日はそろそろお開きにするか」
「むう、私としてはまだまだ飲めるのだが……ドクターがそう言うなら仕方ない」
「また仕事上がりに飲めるから勘弁してくれ、シャワーも浴びたい」
「そういう事なら仕方ないな。片付けはやっておくから入ってきても良いぞ」
「良いのか?」
「元々私が言い出した飲み会だからな」
「なら甘えさせてもらう」
ホシグマに後片付けを任せた俺はシャワーと洗面を済ませた。
部屋の片付けを別の人間に任せるのは少し不用心かもしれないが、ホシグマなら知れた仲だし心配ないだろう。
「ホシグマ、上がったぞ。もしまだ片付けが残ってるならあとは俺がやるから帰って……ホシグマ?」
返事がないので部屋を見渡してみると、ソファの上でホシグマがすやすやと寝息を立てて寝ていた。
「いやいくら知れた仲とはいえ男の部屋で眠りこける奴があるかよ……」
恐らく片付けが終わったところで一休みしようとソファで横になり、そのまま眠ってしまったのだろう。
ホシグマの部屋は分かる……が、鍵は持ってないし勝手に彼女の荷物を漁るのも良くない。
そもそもホシグマの部屋まで彼女をおぶって行って誰かに見つかったりしたらまずい。
エクシアなんかに見つかった日には翌日ロドス中によからぬ噂が広まってしまうだろう。
「俺のベッドに寝かすしかないか」
しょうがないのでホシグマを抱き上げると俺の寝室に運んだ。
ホシグマは俺より身長が高いので多少持ち上げるのに苦労したが、体重はそこまで重くはなかったのでベッドまで運ぶぐらいなら問題なかった。
「よいしょっと……やれやれ」
「んん……すぅ…すぅ…」
「……眠っていればかなりの美女だな」
前線で勇ましく戦っている様子が印象深いホシグマも、安心しきった寝顔を見せている今はただの美女だった。
今はシャツにジーパンというラフな格好をしているし、意外にも香水でもつけているのか結構いい香りがした。
このまま見つめていたら飲み友達の部下と言えど妙な気分になりそうだったので早々に退散しよう。
「じゃあおやすみ、ホシグマ」
「……」
当然返事は無かったが、ささやかな役得として綺麗な翠色の髪を少し撫でて整えてやると、俺は寝室を後にした。
「ふぁ〜ぁ……今日はソファで寝るか……」
悲しいかな、仕事中の仮眠でソファで寝るのにはすっかり慣れていた為問題は無かった。
毛布にくるまると俺はすぐに眠りに落ちた。
「ドクター、ドクター、起きろ。朝ご飯が出来てるぞ」
「ん……ああ、ありがとう……」
「顔を洗ってくると良い」
「分かった」
翌朝、ホシグマに起こされた俺は顔を洗って髪を整えるととテーブルに向かった。
ホシグマも昨日とは違う服を着ているので、一度帰って身だしなみを整えたようだ。
テーブルにはベーコンエッグ、ご飯、サラダが並べられている。
いただきます、というと俺はバランスの取れた朝食に舌鼓を打った。
「うん、美味しいよ。ホシグマの料理はやっぱり美味い」
「それは何よりだ」
ホシグマは先に食べ終わったのか、俺が食べる様子を黙って見ていた。
……じっと見られていると食べにくいな。
「どうかしたのかホシグマ?」
「なあドクター、私は魅力がないだろうか?」
「……はい?」
「昨晩寝ている私を見つけた時もベッドに運んでおいて何もしたなかっただろう。髪を少し撫でてくれたのはまあ正直嬉しかったが」
「起きてたのかよ!! いや待てそれは置いとくにしても何故そういう話になる!?」
「据え膳食わぬは男の恥というじゃないか」
「ぐっすり寝てる友人を据え膳扱いする畜生になったつもりはない!!」
ツッコミに疲れた俺は一旦息を整えて冷静になった。
一から整理しよう。
「ホシグマ、昨日ここで寝ていたのはそういう意図……つまりその、誘っていたのか?」
「いやそういうわけじゃない、あれは本当に寝ていて、実を言うと抱き上げられた時に目が覚めた。
その時ああひょっとしてドクターはそういうつもりなのかな……と」
「その時声を出さなかったのは」
「みなまで言わせるな、ドクターなら、まあ、悪い気はしないと思っただけだ……」
顔を赤くしてぷいと背けるホシグマはいつもの様子とは異なってとても新鮮で、そういう目で見たことがなかった俺でも随分可愛く感じた。
「そもそも普通なら起こして部屋に帰す所をわざわざドクターのベッドに運ばれたから私は内心覚悟を決めていたのに、冷静なドクター殿はそのまま別室で寝てしまわれたわけだ」
「あー……あー、すまん……いやその、言われてみれば全くもってその通りだ……」
仮にホシグマが本当に寝ていたとして、俺のベッドで朝目が覚めたらどう考えるか?
まず間違いなく前の夜に何かあった事を疑うだろう。
ホシグマは飲み友達という脳内での意識付けが俺の脳内で自然過ぎた為に俺のベッドに寝かせておけば良いなどという考えなしな結論に至ってしまったが、誤解を与える行動だったと反省する。
多少強引にでも、起こして部屋に帰すべきだったのだ。
ホシグマが満更でもなさそうだから良かったものの、そうでなかったらどうなっていたか……
「……で、女にここまで言わせたドクター殿はどうしてくれるのかな?」
「あーいや、そのだな……」
むすっとした表情で真横に来てとずい、と顔を寄せてくるホシグマ。
昨日も思ったがホシグマが美人である事には違いないので極めて心臓に悪い。
この場の勢いで彼女に返事をしてしまうのは少々危険だし不誠実な事になりかねない。
「……来週末は昼間から予定を空けておいてくれないか? 宅飲みはお休みにして、どこか連れて行く」
「ふふっ……まあ及第点な回答だな! デートコースには期待しているぞ、ドクター!」
いつになく嬉しそうなホシグマの笑顔は正直可愛く、これはもう来週の返事も決まったようなものだな……などと内心考えていた。
「あ、ドクター。夜は酒が美味しい店を頼むぞ。分からなければ相談しろ!」
「この流れでも結局それなんだな!?」