前回のホシグマの話とは繋がっていません。
彼と初めてあった時の印象は、掴みどころのない奴だった。
全身をコートで覆い隠してアーミヤの後ろに立つ様子は胡散臭い事この上ない。
思わずじろりと見てしまったが本人は感情の読み取れない様子で淡々と挨拶をしてきた。
ロドスの指導者の一人にしてはいまいちよく分からない奴だというのが正直な感想だった。
そんな第一印象が塗り替えられたのは彼と共にレユニオンの暴徒達の鎮圧にあたった時だった。
卓越した、いや、異常と言ってもいい指揮能力。
ロドスのオペレーター達はそれぞれ良くも悪くも得意不得意がはっきりしており、軍や警官隊の隊員達とはかけ離れた個性だらけの集団だ。
そんなオペレーター達の特徴を把握し的確に動かす事が出来るドクターの采配を見ると、ロドスがチェルノボーグで危険を犯してでも救助したのは頷ける話だった。
そして私は今、龍門近衛局からの出向という形でロドスに務めている。
有事の際の戦闘は勿論だが、ここ最近は一旦レユニオンとの戦闘も落ち着いている為、手がかりの捜索や戦闘演習等が主な仕事内容となっている。
さて、私が若干恐ろしさを覚えるほどの指揮能力を現場で見せていた彼は今……オペレーターの少女達にじゃれつかれて遊んでいた。
「そーれ行くぞぉおおお!!」
「わーお! ジェェェットコースターーー!!」
「ドクター次私私~」
「よーししっかり捕まってろ!」
……曰く、オペレーターの中でも若い少女達は非常にやんちゃでイタズラ好きな者も多いらしい。
ドクターは何故か普通に歩いていただけでも彼女達の標的にされる事が多い為、そういう時は全力で相手をして切り抜けるのがここで見つけた生き残る術なのだとか。
「ゴホン、あードクター? 取り込み中悪いが仕事の話がある」
「ああ、チェン隊長! ほら皆悪いけど仕事だ、遊ぶのはまた今度な!」
「オーケードクター頑張ってねー!」
「ばいばい~」
私が声をかけるとこれ幸いとドクターは少女達に別れを告げて部屋を出てきた。
「……ドクター、念の為確認するがここは君の執務室だよな?」
「ああそうだ、そのはずだ……今となっては怪しいが……」
何を隠そう今まで少女達が遊び場にしていたのはドクターの執務室なのだ。
しかし私が見た事がある限り、この部屋が本来の用途を果たしていた事はあまりない。
「それでチェン隊長、話というのは」
「ドクター、前も言ったがここでは私は一兵卒に過ぎない。隊長は付けなくて良い。
それと話は君を助け出すただの口実だ。あのままでは仕事にならないだろう?」
「……ああ、正直助かったよ。ありがとう」
「気にする事は無い。それで、これからドクターはどうするんだ?」
「仕事がまだ終わってないからな、場所を移してどこかで続きをするつもりだが……」
「なら、私の執務室に来ると良い。広い部屋を頂いているお陰で6人ぐらいは入っても大丈夫だからな」
「本当か? それは助かる。是非お願いしたい」
ノートPCを持ったドクターを連れ、私は執務室に向かった。
「机はいくつかあるから空いている所を好きに使ってくれ」
「ありがとう」
ドクターが席に着いたのを見届けると私も自分の机に座った。
座りにくい事に定評がある私の椅子だが、私自身は愛着を持って接しているので問題はない。
「しかし相変わらず凄いな、ほとんど龍門近衛局から持ち込まれた備品ばかりでロドスの支給品がほぼない」
「私がそうしたわけでは無いんだが部下達がわざわざ運んできてな。別に私はロドスの備品で良いと言ったのに何故私の執務室がロドスに完全再現されているんだ」
「ははは、随分部下達に慕われているんだな」
「笑い事ではないぞ……机や椅子、トレーニング器具もまあ百歩譲って良いとしてなんで賞状まで持ってくるんだ」
「そうは言いながらも飾っているんだな」
「私は恥ずかしいからあまり飾っておきたくないんだが部下がどうしても言うからな」
「それは確かにちょっと恥ずかしいな……俺もあまり褒められたり持ち上げられると、果たしてそれだけの仕事をしているのかとちょっと照れくさくなる」
「君もそんな事を考えるんだな」
「記憶を失う前はどうだったか分からないがまだ慣れない」
そういえばドクターは一度記憶を失ったと言っていたな。
表情が見えず戦場で淡々と指揮を取る様子からは想像出来なかったが、今日ここでの普段の様子からすると結構人情味あふれる人物のようだ。
そんな調子でドクターと雑談をしながらも、近衛局から回された書類を片付けていった。
そして仕事がひと段落したところで伸びをすると、もう既に夕方だった。
昼休みの合間にドクターの執務室の近くを通ったらやけに騒がしいので様子を伺った時はまさかドクターをここに連れてくることになるとは思わなかったが……結果的には、まあ悪くなかったと言えるだろう。
「ドクター、私はそろそろ上がろうと思うが」
「何? ああ、もうこんな時間か! では俺も上がるよ、ありがとうチェン今日は助かった」
「礼には及ばん、なんだったらこれからも仕事がしやすいなら来るか?」
「あー……そう言ってもらえると助かる」
「ふふ、今度ちゃんと執務室を用意して貰うんだぞ?」
「あそこは俺の執務室のはずなんだけどなぁ……」
表情こそ見えないが苦笑した様子のドクターはPCを畳んで立ち上がった。
「しかしチェンは最初もう少し固くて近寄りがたい雰囲気かと思っていたんだが、意外と気さくで助かった」
「それはこちらの台詞だ。そんな怪しい格好で近付かれたら誰だって警戒する。君は要人ゆえ仕方ないというのは理解出来るが」
私が近寄り難い雰囲気というのは、まあ分かる。
分かるが、全身黒ずくめのコートのドクターに言われるのは少々心外だ。
「……その通りだな、すまない善処する」
「分かればよろしい」
少しキツイ言い方になってしまったので多少冗談めかして言うとドクターも笑ってくれた。
「じゃあお疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
今日はこれ以上やる事もないし、夕飯を食べたら部屋でゆっくりするとしよう。
それからドクターはしばしば私の執務室にやって来て働くようになった。
当然の事ながら今まで私が働いている執務室に入ってくる者は仕事で用がある人物だけで、今まで仕事をしながら雑談をするような事もなかった。
ドクターはたまに私とロドスの業務内容について打ち合わせをする事はあったが、基本的に雑談が多い。
最初はその勤務態度に呆れたものだが、仕事はしっかり終わらせているようだし、ドクターとの話は意外と良い気晴らしになった。
信じられない事だが、ドクターと共に働く事は私にとってプラスとなり、仕事がいつもより捗るようになった。
私自身以前よりは融通の効かない自分を少しは改善した気になっていたが、まだまだ改善の余地があったという事らしい。
そんなある日の事、執務室の前にはワイシャツ姿の男がいた。
「ロドスのオペレーターか? ここは私の執務室の前だが一体……いや待て、ドクターか?」
「おはようチェン、察しが良くて助かるよ」
色素の薄い白い髪に整ってはいるが少々疲れた雰囲気の顔立ち。
なんというか、見たことはないが普段コート越しにイメージしていたドクターに近い人物だった。
「前ああ言われたから今日は室内だしこの格好でな」
「なるほど、改善の努力が見られて私も嬉しいぞ。それで、今日も遊び部屋から脱出か?」
「いや流石にまだ来ていないが、迷惑でなければこちらで仕事を始めさせてほしい」
「そういう事か、今開ける」
執務室の鍵を開けるとドクターも後に続いた。
「いつも通り自由にしてくれ」
「助かるよ本当」
「真面目な話部屋を用意してもらった方が良いんじゃないか?」
「いやまあ、俺があの部屋にいてオペレーターが集まってくる事で生まれる交流も
もあるから完全に別室に移るのもちょっと避けたいんだ……」
「人気者は大変だな」
軽口を叩きながらいつも通り席についてPCを立ち上げた所で勢いよくドアが開いた。
「あーもうあのクッソ*龍門スラング*!! ねえちょっとチェンもう聞きなさいよ!
本部に報告に行ったんだけどまーた机に座ってるだけの穀潰し共のせいで足止めを…」
部屋に入ってくるなりトレーニング器具に上着を投げ捨て怒鳴り始めたのは悪友のスワイヤーだった。
こいつは任務中は大変冷静沈着で優秀な警視であるにも関わらず私の前では感情を剥き出しにして怒鳴り散らす事が多い。
普段ならば私も遠慮なく怒鳴り返した後でほんの少しだけ耳を傾けてやる所だが今はそうもいかない。
「おいスワイヤー静かにしろ、周りの迷惑だ」
「別にちょっとぐらいいーじゃないここにはアンタの部屋だし扉はちゃんと……?」
「……」
普段なら私しかいないはずの執務室に別の人間がいる事に気付いたスワイヤーはみるみる内に顔色を変えた。
正直ちょっと面白い。
「えっ……あっいやっ……! だっ誰!?」
「……ドクターだ」
「ドクター!? えっちょ今日フードしてないの!?」
「……すまない……席を外すべきだろうか?」
「いやドクター構う必要はない……が、この女が煩かったら部屋を変えても構わないぞ」
「わーごめんなさい本当にごめんなさい! チェンしかいないと思ってたの! というかチェンもドクターいるなら教えなさいよ!?」
「今お前が入ってきてから教える間があったか?」
「うぐっ!?」
今回はスワイヤーも反論の余地がないのかそのまま黙り込んだ。
「うー、お願いドクター今の事は忘れて……!」
「あーいや、大丈夫だスワイヤー……俺は君が普段は仕事が出来る素敵な女性である事を知ってる。人間誰しも疲れてる時はあるから気にするな」
「待ってねえ待ってもう1回言って」
「え、人間誰しも疲れてる時はあるから」
「違うもう少し前!」
「スワイヤーは仕事が出来る素敵な女性?」
「それ!! ……私、素敵な女性?」
「少なくとも俺はそう思うが」
「……あ、ありがと」
スワイヤーはそう言いながら照れたようにそっぽを向いたがしっぽをくねくねさせながらドクターの椅子に絡ませている。
上機嫌なのが丸わかりだ。
……何故かその様子を見ているのがなんとなく面白くない。
そもそもここは私の執務室なのでこの女は適当に追い出してしまってもいいはずだが、それをしてしまっては先ほどのスワイヤーの振る舞いとさして変わらない気がする。
ドクターにこの女と同類と思われるのは大変心外だ。
ここはぐっと堪えて冷静に話を建設的な方向へ持っていく事にしよう。
「ごほん……それで、何か話があったんじゃないのか」
「あーうん、いやなんかもういいわ、ドクターが褒めてくれたから小さな悩みとか吹き飛んじゃったし」
「なんだそれは私の怒鳴られ損じゃないか」
「あー分かった分かった、今回は確かに私が悪かったわよ。ほらお土産の小籠包あるから。
どうせ二人ともまだ朝ごはん食べてないでしょ?」
「む……まあそうだな、ありがたく頂こう」
「ありがとうスワイヤー」
「ふふふ、良いのよ」
朝はドタバタしている事が多い為、どうしても朝飯が疎かになってしまう。
ホシグマや何故かスワイヤーにまで朝は食べろと口酸っぱくいわれるのだが……
「というかそもそもよ、アンタ最近また全然休み取ってないでしょ?」
「ロドスに来てから労働環境はだいぶ改善したからな、あまり残業も嵩んでないしわざわざ休みを取らなくてもそこまで心配はない」
「あのねえ、アンタ自身が疲れを自覚していようといなかろうと休暇の取得は義・務・な・の!! ロドスにいて休みを取りやすい今こそちゃんと取りなさい! 」
「チェン、スワイヤーの言う通りだ。幸い今は作戦行動も少ないし休みは取れるだろう。今のうちにリフレッシュしておいた方が良い」
「ドクターまで言うか……」
スワイヤー一人だけなら適当に誤魔化す所だがドクターにまで言われてしまうとこの場を切り抜けにくい。
仕方ない、休みを取っていないのも確かだし次の週末は買い物にでも……待てよ?
「いやそういう君はどうなんだドクター? 私は君が休んでいる所を見たことがないぞ」
「うっ!?」
「まさか人に言うだけ言っておいて休みを取っていないなどという事はあるまいな?」
「い、いやそれはあれだ。ロドスと龍門近衛局は労働条件が異なるから」
「休日が無い労働契約があって堪るか!」
「ドクター……それは私もどうかと思うわよ……」
「う……」
ドクターもこれには言い返せないのかしゅんとして黙り込んだ。
ううん少々言い過ぎたか……
「ドクター、身を粉にして働く君の心がけは立派な物だ。だが休まなくては体の限界が先に来てしまう。次の週末に私と一緒に休みを取る事にしよう」
「え、チェンと?」
「えええっっ!!?」
何故か私の言葉を受けてスワイヤーが絶叫した。
「ど、どうした?」
「ちょちょっとチェン! あんた一緒に休みなんて何言って……」
「何故お前がそこまで驚く?」
「いやその、ドクターだってそんないきなりチェンみたいなお硬い女と休みなんて、ねえ?」
「あーいや……俺はチェンさえ良いなら構わないが」
「ドクター!?」
「ふむ、決まりだな」
「ぬ、ぬぐぐ……!」
拳を握りしめて睨んでくるスワイヤー。
いやお前は何が不満なんだ、ちゃんと二人共休みを取るという話になったじゃないか。
「はあ……まあいいわ。取り敢えず二人共休日は満喫して欲しいけど身の安全にはくれぐれも気を付けなさいよ?
要人が二人並んでたら誰に狙われてもおかしくないわ」
「そうだな、それについては俺の護衛がどこでも付いてくるはずだから基本的には大丈夫だ。万が一に備えて独自の連絡手段もある」
「当然の措置だな。ドクター今回護衛の件についてはドクターに一任して良いだろうか?
近衛局の人員もつけようと思えば可能だが、ややこしい事になりかねない」
「そうだな、そこは任せてくれ」
「助かる」
普通の軍事行動なら事前の打ち合わせの上、ロドスと行動を共にする事も可能だが、護衛任務となるとそう簡単にもいかないだろう。
「では次の土曜日はよろしく頼むぞ」
「ああ、お手柔らかに頼むよ。行く場所は考えて後で送ろう」
「そうだな、後で私も考えておく」
こうして私は奇妙な事に次の週末ドクターと出かける事となった。
「デートですね」
「デートではない」
「チェン隊長、男女が休日に一緒に出かける事をデートと呼ばずしてなんと呼ぶのですか」
「……ただ気晴らしの為に一緒に出かけるだけだ」
「はあ……」
仕事上がりの夜、私は我らが隊長殿に夕飯に誘われて来てみればこの週末にドクターと出かけるという。
そこで週末に出かける場所の相談を持ちかけられたというわけだ。
「そもそも私は別にドクターと交際しているわけでも無いのにデートという事はないだろう……」
「隊長、交際していない者同士でも男女で出かけるのならそれはデートと呼びます」
「ぬぐぐ」
デートではないとチェン隊長は言い張るがまあ大方照れ隠しだろう。
ドクターに想いを寄せているとまで言えるのかはまだ分からないけれどこうして二人で出かけるのだから悪くは思っていないはず。
小官もドクターの事は憎からず思っている身なのでまあうかうかはしていられないかも知れないが……今はこの微笑ましい隊長殿に手を貸すのも吝かではない。
「いや小官もまさか隊長殿に先を越されるとは思いませんでしたねぇ」
「やめろやめろ! もうデートでも良いからとにかく店の相談だ」
「ふふ、失礼しました。ちょっとからかい過ぎましたね。ですが聞く相手は私でよろしかったのですか?
この手の話題についてはチェン隊長のご友人の方が詳しそうな気がしますが」
「あいつらに聞いた日にはどこまで妙な噂を拡散されるか分かったものではない……」
「なるほど、女性の噂と悪事はまたたく間に広まりますからね」
チェン隊長の友人達にこのデートの事が知られた日にはもう付き合っているものとして広まりかねない。
「ありきたりな所だとゲームセンターやカラオケなどでしょうか。
あとはショッピングモールなんかも良いかも知れませんね、服やアウトドア用品を買えば次のお出かけの楽しみも増えるでしょう」
「なるほど……カラオケやゲームセンターはともかく、服やアウトドア用品は良いな。以前友人達とシエスタに出かけた時はとても楽しかったから次はキャンプでもしてみようかと考えていた所だ」
「それは良いですね。天災が落ち着いている地域に行けばゆっくり過ごす事も出来るでしょう」
「服は……ドクターもあの様子だと私服はあまり持ってなさそうだからちょうどいいだろう」
「ふふ、確かに」
以前は友達と出かけることなどほとんどなかったチェン隊長がこうして休暇に興味を持ってくれたのは喜ばしい事だ。
ご友人には是非この調子であちこち連れ出してあげて欲しい。
「あとは夕飯ですが、これは安全な場所が良いですよね」
「そうだな、護衛にはロドスの人間が付く事になっているし、夕飯の店はドクターと相談して決めよう。助かったよホシグマ、ありがとう」
「いえいえ、お力になれて何よりです。それはそうと、せっかくですから二軒目に行きませんか?」
「明日は平日だから少しだけだぞ」
「流石隊長、話が分かる!」
「お前の酒好きには困ったものだな本当に……」
「ははは、私の生き甲斐の一つですので」
結局その日は色々相談に乗ったお礼としてチェン隊長に奢ってもらった。
ふむ、いい店だったな。
今度私もドクターを誘ってみるとしようか。
さて、ホシグマに相談したりドクターと予定を詰めながら迎えた週末。
今思えば何故ここまで入念に準備を整えたのか、自分でも疑問に思う。
まあ、ドクターには普段それなりに世話になっているし多少は良い格好を見せようとしてもバチは当たらないだろう、うん。
「それにしても、一時間前は流石に早すぎたな……」
近くの喫茶店で時間を潰そうか……等と考えていたその時。
「ねーねーお兄さん今ちょっと暇なんでしょー? 暇人同士ちょっとだけ喫茶店でお話ししようよー」
「あー悪いけどお嬢さん、俺は今待ち合わせの最中だからそういうわけには……」
「その待ち合わせっていつなの?」
「……一時間後だ」
「まだめっちゃ時間あるじゃん! ほら行こうよー」
「やれやれ困ったな……」
何やら若い女性に誘われている男性がいた。
目深に被った帽子に肌を見せない装い、いつもとは違う格好だがどう見てもドクターだった。
どうやら彼も待ち合わせ時間よりも早く来ていたようだが……何故見ず知らずの女性と話しているのか。
「おい、ドクター」
「あ、チェン!? も、もう来ていたのか」
「なんだ、お兄さんの連れって彼女さんだったのね。ざーんねん。じゃあまた一人の時があったらよろしくねー」
「いや君、俺なんかより良い男はいくらでも」
「ほらドクター見ず知らずの女性と話してないで行くぞ!!」
「分かったから引っ張らないでくれチェン!?」
私は一旦ドクターを引きずって少し離れたところにある喫茶店に入った。
昼前だしちょうどいいだろう。
「ふんっ……」
チェンになかば引きずられるように入った喫茶店、席についてからチェンはずっとむすっとほっぺを膨らませたままでいる。
せっかく待ち合わせていたのに待ち合わせ場所で別の女の子と話していたのだから無理もないだろう。
記憶を失った事もあって女性の扱いに長けているとは言えない俺でもそれぐらいは分かる。
「あーチェン……? その、悪かった不可抗力とは言えほったらかしにしてしまって……」
「別に、あれはドクターが絡まれていた立場だから怒ってはいない。
ただまあ私達は今日ははたからみればデートに見えなくもない休日を過ごしているのだからドクターが私以外の女性と話していたことで多少不機嫌になっているだけだ……」
「……?」
「と、ともかく私が嫉妬したとかそういうことではなく!! 一般的なデートのあり方として……!」
「わ、わかったわかった、この埋め合わせはこの後のデートでさせてもらう」
「……ならいい。この後の君の手腕に期待しているぞ、ドクター」
「お手柔らかにお願いします」
ふう、どうにか丸く収まってよかった。
「それにしても、今日はおしゃれをしてきてくれたんだな」
「ああ、普段は着る機会があまりないが私だって私服はちゃんと持ってるからな……変だろうか?」
「いや全然! アクティブな雰囲気でチェンによく似合ってると思うよ」
チェンの今日のコーディネートはデニムの長ズボンに白くゆったりしたシャツ、黒い肩掛けポーチに白いキャップ装いだ。
動きやすそうでスタイリッシュな服装はチェンらしい印象を受けた。
ぐるぐるに包装された赤霄剣も一緒に担いでいるのはご愛嬌だろう。
「そういうドクターも、今日はいつもの格好じゃないんだな」
「以前シエスタに旅行に行った時にあの格好をしていたら女性陣から随分苦言を呈されたし、君にも注意されたからな。以来君の執務室や休日ではあのコートは脱ぐようにしている」
「懸命な判断だな、流石に休日もあの格好は私もどうかと思うぞ」
「日に当たるのはどうも苦手でな……」
今日は俺もだいぶラフな格好をしているが、キャップとサングラスで日光を遮るようにしている。
この格好も十分怪しいはずだが、先程見ず知らずの女性から話しかけられた事を考えればいつもよりはマシと判断してよいはずだ。
「ふむ、では今日はせっかくだからドクターの服を見に行こうか」
「え、チェンが見るのか?」
「なんだ不満か?」
「い、いやそんな事は決してないが、申し出が意外というか……」
「確かに普段男の服を選ぶような機会はないが、それでも助言ぐらいは出来るはずだ。そうと決まれば行くぞ!」
「あ、チェン待ってくれ!」
チェンのアグレッシブな姿勢はどうやら仕事でもオフでも変わらないらしい。
それにしても俺の服選びにこれほど積極的な理由が分からないが。
「ほらドクター早く行くぞ!」
「分かった分かった!」
チェンに連れられてやってきたのは大通りから少し脇に逸れた所にある洋服店。
寂れている、というほど僻地でもないが大きな店というわけでもなさそうだ。
「この店はメンズの服を扱っている中でそこそこ評判が良かったはずだ。といっても、私は買ったことがないが」
「服はしょうが無いよな。取り敢えず入ってみよう」
ひとまず店に入ると、スーツと私服が半々ぐらい揃っている様子だった。
「お、この服は一式揃っているな。すまない、この服の試着は出来るだろうか?」
「ええ、勿論。ごゆっくりどうぞ」
「なるほど、マネキンに着せてあるコーディネートで選ぶのか」
「悪いけど一から見繕えるほど私もファッションに自身がある訳じゃないからな。店員に聞くこともよくある。
まああまり胸を張って言える事じゃあないが……」
「結果的に買えれば良いんじゃないか? むしろ自分で選ぶ労力を削れるから良い作戦だと思うぞ。流石は上級警視殿」
「上級警視は全く関係ないだろう」
そう言いつつも少し笑っているチェンは少し柔らかい表情を見せていた。
「これは、コート……?」
「チェスターコートという服ですね、これは夏用の接触冷感仕様で肌を覆い隠しつつも涼しく過ごすことが出来るようになっています」
「いいじゃないか、日差しが苦手な君にはピッタリの服だ」
「確かに悪くないな……」
「あとで纏めて会計するのでこれはとっておいてくれ」
「ありがとうございます、夏用の服ででしたらこちらなんかもおすすめですよ」
「よし着てみろドクター」
「待ってくれ今着替え中だ!?」
渡されるままに服を着続ける事一時間、俺のくたくたな様子を見てチェンはようやく手を止めてくれた。
女性の買い物は長いというがチェンもその例にもれなかったようだ。「よし、これだけ買っておけばしばらくは保つだろう」
「はぁ、はぁ……満足いただけて何よりだ……」
「ドクター本当にもういいのか?」
「十分だろ、特にこの運動着なんて何に使うんだ……?」
「ドクターは明らかに運動不足だからな。これが鍛えられるだろう」
「待て、俺は運動が苦手で」
「それが問題なんだ、君は最低でも満足に駆け回れるだけの体力を付けていないとマズイだろう。
シエスタでも苦労したそうじゃないか」
「う、まあそうだが……」
「なら私が直々に鍛えてやるからこの運動着も買っておけ」
「……分かった」
「分かればよろしい」
チェンに良い感じに言いくるめられてしまった気がするが……実際運動が出来ないのは問題なのでいつかは鍛えないといけなかった。
次に旅先で逃げ回るお嬢様を見つけた時の為にもここはおとなしく従うとしよう……
「ふふ、どの服も旦那さんによくお似合いだと思いますよ」
「ドクター良かったじゃないか、店員さんもこう言って……って誰が旦那か!!」
「あら違いましたか? てっきりご夫婦なのかと……」
「違う!! この男とは、あ、あくまで友人だ!」
「それは失礼しました」
「ふふっ」
「お前も笑うな!」
「い、いやすまない、そんなに慌てたチェンが珍しかったからつい……それにしても友人ではあったんだな」
「あのな……流石の私も友人とも思っていない男と休日を過ごしたりはしない」
「十分嬉しいよ、ありがとう」
「あ、あまり面と向かって礼を言われると照れる……大したことではないから気にするな」
そう言って照れるチェンはやけに可愛く、もう少しからかってみたくなる魅力があった。
「じゃあお返しに次はチェンの服を俺が選ぼうか」
「私!? いや私の夏服は足りて……」
「婦人服は2階から3階になります」
「店員!?」
「ありがとうございます。ほらチェン二階に行くぞ!」
「ドクター少しは話を聞け!?」
婦人服コーナーでは頑なにスカートを履こうとしないチェンと俺の攻防の末、どうにか一着買わせる事に成功した。
チェンに似合いそうな紺色のロングスカートだ。
普段ズボンしか履かないのでいつかまたチェンと出かけるときにスカート姿も見せて欲しい。
服屋でドクターとドタバタしている内にいつのまにか夕方になっていた。
なんだかんだでそろそろ夕飯の時間だ、アウトドアグッズは今日は諦めるか。
普段買い物に出かけないせいか、時間配分がどうもうまくいかないな。
「ドクター、店は予約してあるんだったな?」
「ああ、予約してあるしセキュリティも大丈夫だ。俺としてはあまり堅苦しいのは苦手なんだが、こればっかりはしょうがない」
「まあゆっくり出来るならどこでも構わないさ、正直少し疲れたからな」
「ははは、俺もだ。一日中買い物したことなんて最近無かったからな」
軽口を叩き合いながら着いたのは、龍門でも有数のホテル。
この中のホテルならばセキュリティには問題ないだろう。
席についた私達の前には早速酒と前菜が並べられた。
早速乾杯して喉を潤わせた私達はようやく一息ついた。
「ふむ、このホテルいい立地だな。いざと言う時は行動拠点になるかも知れない。
ドクター、後でアーミヤに……」
「まあ待てチェン、すぐ話が仕事になってしまうのが俺達の悪い癖だ。
今日は仕事絡みの話は無しにするって言うのはどうだ」
「……確かに至極もっともな意見だ。正直ドクターがそんな事を言うのは意外だったが」
「流石に鋭いな、今のはホシグマの意見だよ」
「ふふっ、なるほどな」
私達を気遣ったホシグマがドクターに事前にアドバイスしたのだろう。
相変わらず気が利く奴だ。
「ではドクター、早速仕事以外の話題を提供してくれ」
「……俺からか?」
「こういうのは言い出しっぺから話すものだろう?」
「……敵の部隊編成が不明の地域に送る偵察部隊のメンバー選定基準」
「仕事の話じゃないか!!」
「ううむよくよく考えたら俺がそもそも仕事以外に話題が無いぞ」
「ドクター……」
ドクターの人権がまるで感じられない言葉に思わず哀れみの眼差しを向けてしまった。
「い、いやチェンはどうなんだ? 君だって働いてばかりだろう?」
「ふふん残念だったなドクター。私にはあるぞ、とっておきの話題がな!」
「なんだと……」
「私は先日、友人と一泊二日の旅行に行っている!」
「なにぃ!? ま、まるで普通の女性のようだ……あの休みは任務じゃなかったのか!」
「ふふふオンオフのメリハリでは私が一枚上手……ってさすがに失礼だぞドクター!!」
「ああ、すまんつい……ではその旅行の話を聞かせてもらおうじゃないか」
「ふ、いいだろう。まずは私がバスのチケットを買い忘れてホシグマにバイクを出してもらった所から」
「いや早速誇らしげに話す内容じゃなくなってるぞ!?」
と、私が話し始めるとなんだかんだで話は弾み、ドクターからも年少組のオペレーターを満足させられる遊びがないかとか、ロドス内の宿舎の模様替え案とか、普段簡単に作れる食事がないかとか様々な話題が出てきた。
なんだ、ドクターにもちゃんと話題があるじゃないか。
ロドスで働く所以外ほとんど見ないドクターにも、ちゃんと日常がある事に私は少し安堵した。
……安堵?
出会った当初はドクターは警戒の対象で、あくまで仕事仲間上の関係だったのに、今では一緒に出かけ、自分の事を差し置いて気遣ってすらいる。
私はこんなに絆されやすい人間だっただろうかと、我が事ながら少しおかしくなって笑ってしまった。
「ふふっ……」
「チェン?」
「いや、すまない。こういうのも、悪くないと思っただけだ」
「ああ、そうだな」
そう言って微笑むドクターは、サングラスなのもあっていつもより表情が柔らかい印象を受けた。
「……食事中ぐらいサングラスも外して良いんじゃないか?」
「……善処しよう」
美味しい龍門料理に舌鼓を打ちながらしばらくゆっくり休憩する事約三時間。
「どくたー! ちゃんときいているか~……!」
「はいはい、聞いてるよ」
「はいは一回だばかもの~……」
チェンはべろべろに酔っていた。
別に酒に弱いという事は無かったはずだが……疲れで酔いが回りやすくなっていたのか。
確かにいつもよりペースが早かった気はするが。
「ドクターまだまだ飲むぞ~……」
「よしそろそろ帰るか。すみません会計お願いします」
状況を察した店員が速やかに会計を済ませてくれた、流石プロだ。
「ほらチェン少し水を飲んで、立ってくれ」
「んん……分かった」
チェンは水を飲んだが若干ふらついている。
これはこのまま歩きで帰るのは無理そうだ。
俺はチェンに肩を貸すとタクシーを呼んでもらった。
「チェン、少しは落ち着いたか?」
「ああ、面倒をかける……う、まだちょっと無理そうだな……」
「気にするな、部屋まで送る」
ロドスに無事着いたのを確認すると。俺はチェンをおぶった。
……流石にここまで密着すると、チェンの女性的な柔らかさや香りが伝わってきて非常にまずい。
早く部屋に運ぶとしよう。
人に見つからないよう慎重に移動した俺は運良く誰にも遭遇することなく執務室にたどり着く事が出来た。
「ふう、やれやれ」
「すまない、世話をかけるな……」
「なに、女性の酔っぱらいの世話は、結構慣れてる」
「なんだかそれはそれで腹が立つな……」
「何故だ」
ソファに横になったチェンのなんとも言えない視線を受けながらコップに水を汲むとチェンに手渡した。
「ドクター」
「ん?」
水を飲んだチェンはコップを置くとソファの隣をポンポンと叩いたおでそこに腰掛けると、チェンはそのままぼすっと音を立てて膝に寝転がった。
「おい」
「ふむ、意外と悪くない寝心地だ」
「……チェン隊長、俺は一応男なんだが?」
「知っている」
「もう少し警戒心を持っていただきたい」
「ふふ、そうだな、本来はそうあるべきだ」
「だったら……まあいい」
酔っぱらいに何を行っても無駄かと思いそのまま好きにさせる事にした。
「なあドクター」
「なんだ」
「以前私は、今まで背中を預けたことはないと言ったな」
「そうだな」
チェンとある程度信頼関係を築けた頃に、そんな話を聞いたことがある。
彼女らしい話だと思うと同時に、若干気の毒にも感じた。
友人や部下はいることがあれど、自分の身を誰かに完全に委ねた事はなかったしそう出来ることも無かったのだろう。
「今もそれは変わらないが……こうしてドクターといるのは安心する。君さえ良ければ、いつか……」
「……チェン?」
「……すー……すー」
寝てしまったようだ。
その寝顔は年相応の女性らしく、実に可愛らしいものだ。
「君の背中を預けるに足るような男でありたいと、俺も思っているよ」
俺が俺自身である為に、俺は皆の、チェンの信頼に応えたい。
チェンの頭を撫でながら、俺は今後の戦いに向けて決意を新たにした。
翌朝。
「ちょちょちょちょっとチェンなんでアンタがドクターの部屋で寝てるのよー!!」
「ふん、別に私がどこで寝ていようと勝手だろう」
「くっ、ドクター! 一体どういう事!?」
「小官としてもそこは気になりますなドクター?」
「あーいや別にやましいことは何もないぞ? ただチェンが酔いつぶれたから俺の部屋で介抱していたら寝てしまっただけで……」
「ドクター、私はまだ疲れている。寝るぞ」
「いやだから何故俺の膝で寝る!?」
「むきーっ!! ドクターどいてその*龍門スラング*女の頭をかち割ってやるわ!!」
「落ち着いて下さいスワイヤー殿。……ドクターこの二人を宥めるのは骨が折れるから私と別室に避難を」
「ホシグマあんたもぬけがけすんじゃないわよ!」
「お前達は一体なんなんだ……」
俺の膝の上で何故か誇らしげに寝転がるチェンとこれまた何故か俺の部屋にやってきて大騒ぎをするホシグマとスワイヤーに、俺は今日が取り敢えず日曜日で良かったと現実逃避をした。