木村直輝の雑多な短編集   作:木村直輝

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『次は直接会いましょう』
 https://twitter.com/naoki88888888/status/1311969184092282880

【あらすじ】
 オカルトサークルに所属する主人公の青年には、好きな人がいる。同じサークルの、ちょっと変わったミステリアスな美人の先輩だ。
 そんな中、コロナで中々会えなかった先輩とビデオ通話をすることになり――。

#ネット小説
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2020年10月2日
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次は直接会いましょう

     1

 

私の言葉、ちゃんと伝わってますか~

 画面越しに先輩が言った。

「はい。ちゃんと聞こえてます」

 俺が返事をすると、画面の中の先輩はなんだか物憂げな表情で俺の目を見つめた。

 もちろん、本当に先輩が俺の目を見てくれてるわけじゃない。カメラ目線だから、画面越しに先輩を見てる俺はそう感じるだけだ。

貴方は今日も、素敵ですね……

「……えっ? ……もっ、もう! 先輩! からかわないでくださいよ! 先輩はそういうこと言って……。てか、なんで敬語なんですか? そうやって先輩は……」

 画面から目をそらした俺の顔はたぶん真っ赤だ。顔が、体が熱い……。先輩は今、どんな顔をしてるんだろう……。

 俺の反応からもう、わかっただろう。俺は先輩のことが好きだ。先輩に、恋をしてる……。

 それで今日は、初めて先輩とビデオ通話ってやつをやってる。

 コロナのせいで、俺たちみたいな別に大した活動をしてないようなサークルは実質ずっと活動休止中だった。だから、今年に入ってからはあんまり先輩とも会えてなかった。

 でも……、俺は画面に視線を戻す。

 そこには、少し髪がしめった、部屋着姿の先輩がいた。ちょっと……、色っぽい……。

「先輩……、なんだか……、あの……。雰囲気、違いますね……。あのっ、部屋着だと……」

「そうかな……。自分だとあんまわかんないけど……」

 そう言った先輩はダルそうな顔で、自分の襟元を指でもてあそんだ。やわらかなふくらみと白いレースのその先が見えて、俺は一瞬くぎ付けになった視線を急いで右に放り投げた。

 ……まあ、コロナも、悪くないかもしれない……。

「そっ、そっ、それより先輩? なっ、なんでしたっけ……?」

 顔はたぶん真っ赤なのに、頭はすごく真っ白になってしまって、俺は馬鹿なことを言ってしまった。

「オカサーの話でしょ? そろそろ活動しようって。二年の子たちに聞いたら、37番君(さんじゅうななばんくん)なら暇だと思うって言うからさ。次の活動について、簡単に話し合おうと思って……」

「そっ、そうでしたよねー。はは……」

 てなわけで、俺は先輩とビデオ通話をしてる。

 “オカサー”っていうのは“オカルトサークル”のことだ。その次の活動を話し合おうってことになって、今晩ビデオ通話をすることになったんだ。

 コロナが流行って、感染防止だとかなんとかで色んなものがデジタル化して、こういうのも流行ってるらしい。ズーム飲み会なんて言葉も、ネットでちょいちょい目にする。

 まあ、ぼっちの俺には縁のない話だ。いや、縁のない話だった……。

「てか、二年の子たち酷くない? 面倒事は37番君に押しつけようって感じだったよ?」

「……はは。まあ、俺そういうポジですし。何の取柄もないし、価値のない人間ですから」

「そんなことないよ!」

 予想外の強い語気に、俺はびくっとなった。そんな俺の方を見て――この目線はきっと、画面の中の俺を見てるのだろう――先輩は優しく言った。

「価値のないものなんて、この世にはないんだよ? 少なくとも、私は37番君に価値を感じてる。だから、私は37番君と、こうやってお喋りしてるんだ」

「先輩……」

 この人は、たまにこういうことを言う。

 普段はちょっと変わったミステリアスな美人で、だから俺は最初、そんな見た目と雰囲気に魅かれたんだ。

 なんせ、初めてちゃんと話をした時に、俺に学籍番号を聞いてきて、それからずっとその下二桁から取って“37番君”って呼んでくるくらいなんだから、相当な変人だ。

 でも、そんな変わった先輩を、他の見た目に魅かれた人たちと違って、ずっと好きでいるのは、その人柄にも魅かれてるからだ……。

綺麗ごと言うな、って思ったかな……。こういうの、嫌いかな……

「いや、そんなことは! むしろ……、ありがとうございます……」

 画面の中の先輩はまた、物憂げな表情で俺の目を見つめた――。

     2

 

 というわけで、次の休日。

 俺は、先輩と話題の恐い映画を見るため、映画館の入り口にいた。

 ……いや、意味がわからない。

 なんでって、今日俺は先輩と二人きりで映画を見ることになってるからだ。

 いや、もちろん映画館には俺たち以外にもお客さんがいる。でも、そういうことじゃない。違うんだ。

 つまり、俺はオカサーのみんなとじゃなくて、先輩と二人で約束をして、二人並んだ席を予約して、二人で待ち合わせして、二人で行動して、それで映画を見るってことなんだ……。

……貴方は、事故物件とか、興味あるかな?

「うえっ?!」

 緊張のあまり、先輩が隣に立って声を発するまで、俺はそれが先輩だと気づかなかった。

「こっ、こんにちは。えっと……」

「さっさと行こう」

 そう言って先輩は前をすたすた歩いていく。

「あっ、はい!」

 慌てて追いかける俺の前で、先輩は俺に背を向けたまま、俺にギリギリ聞こえるくらいの声で呟いた。

貴方にこのカッコ、見て欲しかったんだけどな……

「……?!」

 先輩は振り返らないし止まらない。

 俺は何も言えなくて、白いかわいらしいワンピース姿のその背中を、ただ無言で追いかけた――。

 

     *

 

一目惚れから始まる恋って、どう思いますか?

 どこか遠くを見つめる先輩の言葉を、俺は最初、どこかに貼られた恋愛映画のポスターに書かれているキャッチコピーかと思った。

「……」

 無言でこちらを向いた先輩が、俺の目を見る。

 俺と先輩は、映画館のロビーで入場開始を待っていた。

「……えっと。ありなんじゃ、ないですか?」

「そう」

 先輩はそっけなく一言そう言うと、持っている飲み物のストローに口をつけた。コーラを吸い上げ、ぱっとはなれた唇と、赤く染まったストローに、俺はドキッとする。

――貴方にこのカッコ、見て欲しかったんだけどな……――

 先輩の言葉が、俺の頭によみがえる。あれは、どういう意味だったんだろう……。

「……先輩。……そのカッコ、……綺麗ですよね」

「そう?」

 無表情で鋭い視線を飛ばしてきた先輩に、俺はドキッとする。押し寄せてくるドキドキに負けないように、俺はなんとか言葉を無理やりひねり出す。

「はい! もう、女子でも先輩のこと見たらドキってしちゃうんじゃないですかね! なっ、なんてー……」

「そうかな?」

「えっ、ああ、はい。なんて、女子にドキッとされても困っちゃいますよね。いや、俺何言ってんだろー。はは……」

 勢いで喋ったもんだから変なことを言ってしまったと焦る俺に、先輩は意外にも真面目な顔で言った。

「本気で好きになったら、私は、性別なんて関係ないと思うよ。男でも、女でも……」

 その言葉に、俺はひやっとした。

 わかってる。別に、先輩が女子が好きだって言ったわけじゃないのはわかってる。でも、もしそうだとしたら……。

 真面目な顔で先輩がそんなことを言うものだから、つい考えてしまった。だとしたら、先輩にとって俺は恋愛対象じゃないってことになる。

 俺はこれからホラー映画を見るっていうのに、きっとこれ以上ひやっとすることはないんじゃないかってくらい、肝が冷えきってしまっていた。

「行くよ」

「えっ?」

「聞いてなかったの? 入場、開始だって」

「えっ、ああ、すいません。映画が楽しみすぎて、映画のこと考えてたから……」

「ふーん……」

 そっけなくそれだけ言って、俺に背を向けた先輩を、俺はまた追いかけた。

 なんだか俺は、先輩を追いかけてばかりいる気がする。今日も、いつも――。

 

 席についた俺は、一つ隣の席を見て、そのまた隣の席に座る先輩を見て、コロナ対策で座席は一つ空けることになっているのだと知った。

 先輩とのビデオ通話の時のことなど忘れて、俺は心の中でコロナのバカ野郎! と叫んだ――。

     3

 

「せっ! 先輩……!」

 俺は目の前にたたずむ先輩に、必要以上に大きな声で呼びかけた。緊張で、上手く声がコントロールできない。

「ごっ! ごめんなさい! 急に、呼び出したりなんかして……」

「……話って何?」

「あっ、あっ、あっ、あの……」

 汗ばかりが出て、言葉が出てこない。俺は緊張していた。

 俺は今日、先輩に告白するつもりなんだ。

 こういうのは初めてだから、正直どうしたらいいかわからない。二人きりで映画に一回誘われたくらいで告白するだなんて、早まったかもしれない。

 でも、そんなこと相談する相手はいないし、コロナで先輩と中々会えないし、俺はもう、いても立ってもいられなかったのだ。

「あのっ! せっ! そのっ! せっ! 先輩!」

「……」

「……好きです!」

「……」

「……あの、……その……」

「私、好きな人がいるの」

 ――ガツンと体の奥のどこかを殴られたような、強い衝撃が俺を襲った。

 ――私、好きな人がいるの――。

 その声が、俺の中でしっかりと意味を持った言葉になって、俺の緊張はサーっと急激に引いていった。一緒に血の気が引いて、俺はとてもひやっとした。

「……はっ、はは。そう、ですよね。いや、先輩美人だし。はは、は。そうですよね」

 俺はどうしていいかわからなくて、どこかよくわからないところを見て、必死で何か言わないとと口から言葉を出した。

「やっと言ってくれたね、37番君」

「……えっ?」

 先輩が言った言葉の意味が理解できなくて、俺はまじまじと先輩を見つめた。

 いつもミステリアスでクールな先輩が、少し嬉しそうなような、それでいてなんだか怖がってるみたいな、緊張してるような、そんな初めて見る表情で俺を見ていた。俺はそんな先輩の表情に、ドキッとした。

 先輩が俺から視線をそらす。

 どこか遠くを見つめて、いつかのようにどこか遠くを見つめて、言った。

私、貴方のことが好きです

 先輩の目は、どこか遠くを見ている。こうようした顔で、先輩はどこか遠くを見ている。

覚えてますか? 私が37番君と初めてビデオ通話をした時、最初に言ったこと……

 俺は思い出す。

 ――私の言葉、ちゃんと伝わってますか~――。

私の声、ちゃんと聞こえてますかじゃなくて、私の言葉がちゃんと伝わってるかって、聞いたのを……

 俺は思い出す。あの時先輩はカメラ目線で、そう言ってた。

 画面の中の俺を見てじゃなくて、カメラ目線でそう言ってたんだ。

「ねぇ、37番君」

 先輩の視線が俺に戻ってくる。

「なんで私が、37番君のことを37番君って呼ぶのか、教えて欲しい?」

「……」

 俺は頭が追いつかなくて、何も答えられなかったけど、先輩は構わず口を開いた。

「ねぇ、覚えてる? 私が言ったこと。価値のない人なんかいない。ううん、私は37番君に価値を感じてるって言ったこと、覚えてる?」

 俺は、無言で頷いた。

 俺は、それが嬉しかった。

 俺は自分に価値なんてないと思ってたから。親からだって価値があると思われてないと思ってたから。だから……。赤の他人の先輩から、俺が大好きな先輩から、そう言ってもらえたのが嬉しかったんだ。余計に、嬉しかったんだ。

「そう、37番君には価値があるんだよ。少なくとも私にとっては、とっても大事な価値がある」

 先輩は真っ直ぐに俺の目を見つめて、そう言ってくれた。

「ねぇ。実験動物とかって、番号で呼ぶよね? 情が移っちゃったら、殺すのが辛くなっちゃうから、名前じゃなくて、番号で呼ぶんだよね? きっと……」

 俺は、唐突に話題が変わって、先輩がなんで急にそんなことを言い出したのか、全くわからなかった。

「37番君を一目見た時から、私、37番君に価値を感じてたんだ。だから私、37番君のこと、最初から37番君って呼ぶことにしたの。そして、37番君は、予想通りの人だった。私、見る目あると思うんだ。

 ねぇ、私たちオカサーでしょ? 君たちはただのホラー映画好きとかみたいだけど、私は本気でやってるの。私の趣味、特技はね、黒魔術なんだ。でも、黒魔術って、生贄とか結構必要でさぁ。大がかりなものになってくると、それこそ人間の生贄とかが欲しくなるんだよね。だから、君のこともストックしておいたの。

 それで私、好きな人が出来たんだけどね。その人、とっても遠くにいるの。ほら、私見る目はあるから、遠くから一目見ただけだけど、すぐに素敵な人だってわかった……。

 ……ねぇ、37番君。37番君は、私のこと、好きって言ってくれたよね?」

 俺は思考が追いつかなかった。理解が追いつかなかった。でも、最後の質問の答えだけはわかった。

「……はい」

 俺は答えた。俺は先輩のことが好きだ。

「嬉しい。ありがとう。……37番君とお付き合いすることは出来ないけど、そういう意味では好きじゃないけど、でも私も、君のこと好きだよ?

 だって、37番君にはそれだけの価値があるもの。君は価値がある。とっても素敵だよ。そんな君が私のことを好きになってくれて、私、嬉しいなぁ」

 ……あぁ。先輩が嬉しそうだ。あんな嬉しそうな先輩、見たことないな。

 俺も嬉しい。大好きな先輩があんなに喜んでくれてるなんて、嬉しい。しかも、俺には価値があるだなんて、嬉しいな……。

「こんなに嬉しい気持ちにしてくれるだなんて、37番君。37番君はとってもいいことをしたよ。37番君は正しいよ」

 ああ、そうか。俺は正しいのか。

 なんだか不安になっちゃったけど。なぜだか先輩を好きなことが間違いだったような気がしちゃってたけど。……ああ、そうか。俺は正しいんだ。

 よかった。俺は正しいんだ。先輩が好きなんだ。間違ってなかったんだ。俺には価値があるんだ。先輩が嬉しそうだ。よかった。よかったよかった。

「……よかった」

「そうだね。よかったね。よかったよかった。」

 先輩が俺の目を見つめて微笑んでる。ああ、なんて幸せなんだろう。

「それで、37番君。生贄になってくれる? 私の使い魔として動いて、最後には生贄になってくれる?」

「……」

 いけ……にえ……?

「私、好きな人がいるの。その人に会えなくて、私、とってもつらいの……」

 ああ、先輩が辛そうだ。

 さっきまであんなに嬉しそうだったのに、今の先輩はこんなに辛そうだ……。

 そうだ。好きな人と会えないのは辛い。俺も、そうだった。コロナで全然先輩に会えなくて、辛かったんだ……。とても、辛かった……。

 先輩が辛そうだ。そんなのは嫌だ。さっきみたいに喜んで欲しい。でも、どうやって……。俺に、何ができる……?

「でもね、37番君が生贄になってくれたら私、好きな人に会えるんだ。幸せになれるの」

 俺が、いけにえに? 俺がいけにえに、生贄になれば、先輩は喜んでくれる? さっきみたいに、嬉しそうにしてくれる? 俺が、生贄になれば……。

「37番君には価値がある。とっても大事な、価値が」

 そうか、俺には価値があるんだ。先輩のための生贄、それが俺の価値……。大事な、俺の、価値。

「ねぇ、37番君。私の生贄に、なってくれる?」

「はい、先輩。生贄になります」

「……ありがとう」

 先輩は、とても嬉しそうに笑った。

 よかった……。

「それじゃあ、私の魔術。新しい魔術様式。アナログじゃない、デジタルを取り入れた黒魔術の、生贄になってね。お手伝いも、して欲しいなぁ」

「はい、先輩」

「ありがとう」

 先輩はそう言うと、再び視線を俺からそらし、どこか遠くを見つめた。

もう、わかりましたか? わかってくれましたか? 私がずっと喋りかけていた人。私の好きな人……。私の好きな人は、貴方です。今この文章を読んでる、読者の、貴方です。

 私、貴方のことが好きです」

 ――と言うわけで、この小説は今ネット上にあるはずだと思う。貴方に届いたはずだと思う。

 人違いだと思ったら、誰かに拡散でもすればいい。リツイートとか、ラインとか、シェアする手段はいくらでもあると思うから。自分じゃない。そうやって都合のいいように考えるのは楽だろうから。

 それでも、事実は何も変わらないけど……。

 ……ねぇ、これでいいんですよね? 先輩。

「うん、いいよ」

 先輩。最後に何かありますか。

「やだなぁ、37番君。これは最後じゃないよ。最後じゃないけど……」

 そう言って先輩は貴方を見つめた。遠いところにいる貴方を。

貴方なことが好きです。好き。本当に好き。

 それじゃあ――」

 ――次は直接会いましょう――。




次は直接会いましょう
  著者 木村直輝
     (木村直輝が観測した37番君?)


二〇二〇年 九月一四日  着想    
二〇二〇年 九月二六日  脱稿    
二〇二〇年一〇月 二日  最終加筆修正
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