召喚した式が強すぎて僕のやることがない   作:セパさん

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初めての〝お仕事〟

  冬の肌寒さも薄れて、屋敷の周りも冬育の草花から春の花へ変わり始めていた。本来なら仮に実習試験をクリアできていたら学園で最高学年の4期生になっていた頃だが、現在は休学しているので当然留年。

 

 でも王立学園以上に厳しくも充実した修行を行わせてくれる僕の召喚術師の道への始まりでもあるテグレクト邸で修行をさせてもらっているため不満はない、いや夢のようだとさえ言える。

 

 僕が現在の師匠であるテグレクト=フィリノーゲンさんからこんな提案をされたのは、修行を初めて4ヶ月半頃のことであった。

 

「お仕事…ですか?」

 

「ああ、シオン君もこの4ヶ月で大分召喚術や基礎体力を身につけた。折角だから駆け出し仕事でもして見るのも一つの経験であり修行だ。王立の学園では習わなかったかもしれないが、召喚術師の仕事は王宮で近衛や戦闘員になる以外にも結構多い。護衛から捜索者・探偵や魔物退治に式を使った雑務まで数をあげれば枚挙に暇がない。」

 

 自分でお金を稼ぐ。たしかに僕にとっては未経験のことであったし、実家で農家の手伝いをしたことくらいしかない僕にとって町での仕事は探し方すらわからない。

 

「カリフの町に職業斡旋の専用機関がある。テグレクトの名前を出すか出さないかは任せるが、修行の一環と考えるなら自分の力のみでなにか仕事を探すことをオススメするよ。」

 

「はい、わかりました。自分の力でやってみます。マリー、今度はお仕事だって僕初めてだ。」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

『 楽しそう 』

 

マリーは僕の横で笑いながらそんなことを言った。

 

  ◇     ◇     ◇

 

 カリフの町にある職業斡旋事務所で、氏名・年齢と召喚術師の見習いであることを説明。顔にしわを刻んだ老人は僕を舐めるように見定めていた。僕はこのような面接は王立学校の入学試験以来だったので緊張する。

 

「14歳か…、元王立学校3期生で今は放浪の修行中と。その年で3体も式がいるとは大した腕だ。」

 

 怪訝そうな顔から老人は一気に笑顔になった。どうやら僕の査定は終わったようだ。

 

「内容には依頼仕事と専属仕事があるが、短期的な仕事を希望だったら個人や団体からの依頼仕事がいいだろう。そうだなぁ、今ある求人だと…プリーストンの式がいるんだったな?商人の護衛兼負傷時の看護業務だがどうだ?王都まで馬車での往復、3泊4日で銀貨18枚だ。」

 

「はい、お願いします。」

 

 仕事内容と報酬の相場はよくわからないが、農村の手伝いでお小遣いをもらったり、学園で仕送りをしてもらった経験しかない僕にとっては大金だ。

 

「じゃあこれが紹介状、場所はカリフの商会宿…地図のここだ。魔導具をカリフで買いつけて王都で売る行商だが、ここに来る途中野党に襲われて専属の護衛が負傷中らしい。王都までの道は整備されたのは一本しかないからな、それだと片道5日はかかっちまう。それよか山を登って野党や魔物に襲われる覚悟でもまた獣道から王都に行きたいんだとよ。精々商魂たくましい馬鹿共を守ってやってくれ。」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 〝魔物を式して罪なき人々を守る召喚術師〟僕の夢であり王立召喚術校へ入学した契機である。その夢が小さいながら叶うことに僕は心を踊らせた。それを察してかマリーからは横をかるく小突かれた。

 

 

 

 ……その夢がどれほど過酷で残酷な現実を併せ持っているかを知らないままに

 

  ◇     ◇     ◇

 

 紹介された宿で出会ったのは左足を引きずって歩く、年の割に僕くらいの身長である青年商人だった。

 

「初めまして、ルボミー商会で行商をやっているネルボといいます。今回はよろしく。」

 

 ネルボさんはそういって僕に握手を求めた、ぼくは差し伸べられた手を固く握った。

 

「実は僕もまだ駆け出しで、商会から厚い保険や手当をもらってる身分でなくて…。唯一雇えていた護衛も今回野党に襲われて負傷してしまうし、王都での売り上げのほとんどを野党に持って行かれて散々だったんだ。僕も矢で足をやられたけど、このまま休んでたら僕達が破綻しちゃうからねぇ。こんな安い賃金だけど御免ね。」

 

「いえ、というかネルボさんお一人ですか?」

 

「うん、他に相棒が一人と恋人がいるんだけど。今回は僕一人で王都に売りつけにいくんだ。護衛と他の2人は商会宿で休んでもらうことにした。一応商団のリーダーは僕だからね。それに九尾の狐事件にオーランタン騒動で魔導具が高く売れるんだ。商売人としてこの好機を逃す手はないよ。」

 

 つい先日野党に襲われたとは思えない力強い声でネルボさんは言った。商人も命がけの仕事なのだなぁと関心してしまうほどだった。

 

「早速だけど買い付けは既に済んでるんだ、主に小型の金庫や鍵付き宝箱、警報器や護身用のスタンガン、癒しの冬育草などだね。売りに行く僕がいうのも変だけど王都も物騒になったね。治安が悪くなった証拠でちょっと王国の行く末が心配だよ。」

 

 冬育草以外はどれもカリフの魔導師たちによる品で、荷馬車一杯に物騒な品々が詰まっていた。

 

「あと、一番の近道を駆け抜ける予定だからまた野党に狙われるかもしれない。そうなったら僕たちの商団は破産通告をしないといけなくなるんだ。どうかよろしくね。じゃあ、出発するよ。」

 

 

 そういって僕とマリーとネルボさんを乗せた荷馬車は王都への最短距離となる、かろうじて荷馬車が走れる程度の獣道を走っていく。

 

 ●

「ヤツは疫病神に愛された!ヤツは現世のモノではない!」「殺せ!捕まえろ!殺して灰も残さず火あぶりにしろ!」

 

 

「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「正気を保て!胸に火を宿せ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」「ショウキヲタモテ!ムネニヒヲヤドセ!」

 

 

 どう見ても目に狂気が宿る100人はいるであろう兵士に囲まれた僕とマリーとネルボさん。

 

 カリフで買い付けた魔導具は買い付け時の3倍で売れ、あとはカリフの町に帰るだけとなったときだった。僕たちは王都を無事にでられたが、往き道では無かった山の獣道には似合わない不可思議な関門で止められた。そして初めは丁寧に接してくれていた関門の近衛兵と思われる格好をした兵士の言動が徐々におかしくなっていった。そしてどこからか兵士の群れが続々と僕たちを囲み始めた。マリーによる幻術ではない、何しろマリーですら訳がわからないとばかりに銀髪を逆立て臨戦態勢に入っているのだ。

 

 ネルボさんは何が起こったのかわからない様子で僕たちの後ろに隠れている。

 

 僕はマリーが幻術で兵士の自滅を誘っている隙にマッドブルを召喚した。暴れ狂い突進するマットブルは近衛兵の群れに角を突き立て、兵士達を倒し狂気に陥っている兵士は自滅を繰り返す。カランカランと音をたてて防具と武器が地面に落ちる。そして露わになった兵士の正体は… 野党だったと思われる男が数十人と大きな藁人形が多数という姿だった。

 

「倒せたの?あれだけの兵士を…君、本当に駆け出しかい?」

ネルボさんは腰を抜かしたまま僕たちにそう言った。

 

「マリー、これは九尾の狐の仕業?関門自体は幻覚ではないみたいだけど一昨日までこんなの無かったよ」

 

『 …違う 確かに 強力な魔法による 混乱と精神操作 でも 九尾より ずっと弱い 』

 

「マリー目当てなら正気を保ての意味はわかるけど。胸に火を宿せ…、何の暗号だろう」

 

『…知らない?』

 

「…ごめん、勉強不足だね。」

 

『あなたの大好きな本。有名な言葉』

 

「…??」

 

『 四英雄の一人 魔術士 イリー=コロンの 言葉 』

 

 

              ◇      ◇      ◇

 

 

 

「うわぁ!紹介状には書いてたけど凄い腕だ。商会の魔術士の治療は高いから放っておいたけど、こんなに一瞬で良くなるなんて…。別途で料金かからない?本当にいいの?いや、疑ってるんじゃないんだ〝タダより怖い物はない〟って商人の悪い癖だよ。なにしろ依頼は〝護衛と運搬中に負傷したときの看護業務〟で治療は料金に入れてなかったからね。」

 

 荷馬車を整備しながら左足を探る様に動かすネルボさんは僕を素直に賞賛してくれた。山のふもとでの野営中僕はプリーストンを召喚してネルボさんの負傷した左足を治療した。

 

 僕の横ではランタンを掲げる白いフードを被った魔物が佇む。矢を受けて血がにじんでいた左足の包帯の痕は瘡蓋かさぶた程度に収まり、痛みも治まったと言ってくれた。流石に完全治癒させる腕は僕にはないがそれでも、治癒を早めることはできる。

 

「いえ、そんな辛そうな中荷馬車の運転も大変でしょうから」

 

 ネルボさんの左足はとても一人で行商をおこなうという傷ではなかった。これで運転を誤られても困るという僕の本音もあるので特に構わない。

 

「魔物達に襲われることもないし、野党も姿を見せない。良い日だった。明日の夕刻には王都に付くからよろしくね。」

 

 そういって、僕とネルボさんは交互に休憩をとりながら野営を続けた。

 

 日の出前、テグレクト邸で早起きに慣れてる僕よりもキビキビと荷馬車の出発の準備を進めるネルボさんを見守りながら、僕たちも出発の準備を進める。

 

 そしてその日の昼を過ぎた頃、予定よりも早く王都へ到着した。ネルボさんは専属の王都ルボミー商会へ出向いて一刻ほどの品定めの末、買い付け時の3倍の値段で売り抜くことが出来た。

 

「やった!これで無事にカリフに戻れれば前回の野党にとられた分もカバーできる。荷馬車の荷物が減ったから帰りは早まるけどその分野党に目を付けられていたら大変だ。帰りもよろしくね。」

 

そういいながらネルボさんは会ったときと同じように握手を求めた。僕はそれに応じて握手を結んだ。

 

 来た道を戻る途中、山に入りこれから野営をして朝を待とうという時のことだった。

 

「あれ?こんな山道に関門ができてる。昨日までなかったのに何か事件でもあったかな?」

 

「格好は近衛兵ですね。カリフのでも王都のでもないようですけど」

 

『 … 』

 

 

 

「いや、兵士の格好で欺いて騙し取る野党の手口かもしれない。心して行こう、シオン君よろしく。」

 

「はい。」

 

 緊張しながら僕たちの荷馬車は関門を訪れた。甲冑で顔がみえない兵士が僕たちに対応する。

 

 

「失礼。付近で殺人事件が発生。検問をしております。ご協力を」

 

「はい。私はルボミー商会の商人ネルボ。こちらは雇った護衛のシオンとマリーです。」

 

「荷馬車の中は空ですね?」

 

「そうです。王都で売り、今カリフに帰る所です?」

 

「空なのは荷馬車ですね?」

 

「…?はい荷馬車の荷物は幸い全て売れましたので」

 

「護衛商人荷馬車空、ですね」

 

「すみません、質問の意図がわかりかねます。」

 

「疫病神と言う言葉に聞き覚えはありませんね?」

 

 

 

 既に僕たちはこの不気味な検問に恐怖していた。思わず僕はマリーの手を強く握りしめる。そこからはもはや不気味な甲冑姿の兵士の演説だった。

 

「疫病神が人殺し人殺しは疫病神に愛され愛は人を殺しますね。近隣の人殺し事件は疫病神です荷馬車に疫病神がいますね。荷馬車の台車に乗った二の疫病神に聞き覚えはありませんね。亜疫病神ですね。呪いと愛は何が違うか聞き覚えはありませんね?疫病神が人殺し人殺しは疫病神に愛され愛は人を殺しますね。近隣の人殺し事件は疫病神です荷馬車に疫病神がいますね。荷馬車の台車に乗った二の疫病神に聞き覚えはありませんね。亜疫病神ですね。呪いと愛は何が違うか聞き覚えはありませんね?ヤツは疫病神に愛された!ヤツは現世のモノではない!ヤツは疫病神に愛された!ヤツは現世のモノではない!ヤツは疫病神に愛された!ヤツは現世のモノではない!ヤツは疫病神に愛された!ヤツは現世のモノではない!」

 

 

 すっかりとおびえてしまった僕とネルボさん、マリーは既に銀髪を逆立てて臨戦態勢に入っている。次の瞬間、山から検閲した兵士と同じ甲冑に身を包んだ兵士達が100人近く僕たちを覆い囲んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 100人はいた甲冑に身を包んだ野党だったと思われる男たちと、人型に編まれた大きなわら人形。それをマリーの幻術とマッドブルの召喚で倒した僕は、甲冑の兵士達の正体をマリーに尋ねた。するとマリーは野党は魔力によって精神操作をされ、わら人形は魔力で操られていた物だろうと僕に伝えてくれた。

 

 …そして僕たちを襲うときに甲冑の兵士達が声を揃えた言葉「正気を保て、胸に火を灯せ」それをマリーはこう説明したのだ。

 

『 あなたの 大好きな本 四英雄の一人 魔術士 イリー=コロンの 言葉 』

 

 確かに僕が今でも空で暗唱できるほど読んでいた童話の騎士道物語の中で「こころに炎をやどしたもう」という台詞をイリ=コロンが発していた。生憎僕は原作の辞典ほど分厚い騎士道物語本編はそこまで読み込んでいなかったがマリーはそれをしっかりと読破しているようだった。

 

「でも!イリ=コロンは生きていたとしても、もう160歳近いよ。幾ら伝説の魔術士だからってそこまでの長寿は難しいんじゃないかな」

 

 騎士道物語の原点東西戦争からもう130年。アムちゃん達の曾祖父にあたり僕の憧れであった、かの第46第テグレクト=ウィリアムですら自身の肉体を凍結して精神のみの存在とすることで150年という長寿に成功したのだ。東西戦争終結後に謎の失踪を遂げたイリー=コロン、一説ではカリフの町で密かに魔術の研究を進めて一生を遂げたとされるが、不老不死の魔術に成功したなどという話しは都市伝説でも聞かない。何より僕たちをこんなわら人形や野党を使って襲う理由がわからない。

 

『 私の主 を… 絶対に 許さない 』

 

 マリーの嫌気を帯びた殺気が山中に立ち籠める。野鳥がボトボトと気絶して木から落下し、ネルボさんは今にも失禁しそうなほど震えている。

 

『まず…』

 

マリーが パチン と指を鳴らす。すると野党の男の一人が虚ろな目で起き上がった。

 

「ああああ、魔女が… 魔女だ… 宝は… 無事だ… 疫病神を殺せと… フードだ… 顔は見えない… ああああああああああああああああああ」

 

 マリーの嫌気を帯びた呪いの気配と銀髪の逆立ちが強まり、野党の男は再び意識を失った。その後もマリーはわら人形以外の男達を次々と虚ろな目で起こして強制的に話しをさせていった。話すことは皆同じ、魔女・フード・疫病神この3つだ。

 

「あの…シオン君マリーさんて、そのぉ何なんだい?」

 

マリーの様子をみていたネルボさんは震えながら僕にそんな事を聞く。

 

「マリーですか?マリーは…僕の大切なパートナーです。」

 

 僕は嫌気と呪いを強める愛しの式を見ながら、ネルボさんに偽りない僕の本音を話してみた。もう式となってくれて一年になろうとしている目の前の禍々しさの塊のような美しいぼくの召喚獣。僕でさえ未だに慣れない嫌気と呪いの気配の前に、ネルボさんは重ねて尋ねる。

 

「マリーさんは、その…神さまか何かなのかい?」

 

 あえて野党たちが仕切りに話す〝疫病神〟という言葉を飲み込んだのだろう、目にはくっきりと恐怖の色が透けて見える。僕はそれを複雑に思いながら言った

 

「マリーは…マリーですよ。」

 

               ◇     ◇     ◇

 

 結局マリーは全ての野党に恐らく自白の呪いを掛けたが決定的な証言は一つもなかった。気がつかない内にフードを被った魔女に操られた。皆そう証言していた。偽りの関門として設置された建築はまるで僕たちを待ち伏せるように表だけ格好をつけたハリボテだった。

 

 もう日没して大分時間が経っているが、こんな事件のあとにのんびり野営なんてできるわけがない。ネルボさんも兵士たちに囲まれた恐怖とマリーへの恐怖が入り交じっているのだろう。僕の側でマリーからは距離を取っている。

 

『 稲妻 』

 

「「え?」」

 

 マリーがそう僕たちに伝えて急に僕とネルボさんを押し倒した。瞬間、数秒前まで僕たちがいた場所に紋章が浮かび上がったかと思えば瞬時に雷鳴が轟いた。凄まじい光りと音が目の前で響き渡り、目が慣れた頃にはプスプスと煙リをあげて地面が焼け焦げている。

 

 どうやら何者か、おそらくかなり高度な魔導師が本気で僕らを殺しにかかっている。僕とマリーだけならまだいい、今回は一商人のネルボさんの護衛中である。ネルボさんだけでもカリフまで護らなければいけない。夜通しで荷馬車を運転して行く方が良いのだろうか。

 

『 愚行 挑発にも なってない 』

 

 マリーがそう伝えると僕を抱っこするように持ち上げた。ネルボさんは不思議そうにその様子をみる。勿論僕はマリーの意図を理解して魔力を高める。…マリーとの憑依が始まった。

 

〝時間はない、転移かガルーダ並の乗り物になる魔物を〟

 

 この瞬間しか聞けないマリーの直接の麗しい声、僕はマリーとの相乗能力で世界と通じる。時間はないが焦らずに、迫るように…

 

目を開けると、鋸のような黒い羽を持つ見たことのない大きな鳥が現れた。

 

〝乗って 彼も 乗せて〟

 

「ネルボさん、この鳥に乗って下さい!早く!」

 

「マリーさんは?ああ、うん」

 

 憑依により姿を消したマリーと突然現れた見たこともない大鳥に驚いているネルボさんを乗せる。説明している時間はない、マリーとの憑依は150秒がリミット。既に60秒は経っている。

 

「じゃあ、背中につかまって振り落とされないでください。多分かなり早い鳥です。」

 

 凄まじいスピードで空を飛んでいた鳥を選んで召喚したため、どんな世界の何の魔物かすらわからない。ただ今は正真正銘本当の意味でマリーと僕が力を合わせていられる一心同体の時間。名も無き大鳥は空高く真上に飛び上がりそれから滑り降りるように山の一角を目指して急降下しながら飛ぶ、予想以上のスピードで振り落とされそうだ、ブリドーの山で経験したソリ以上かもしれない。後ろから悲鳴が聞こえていることからネルボさんは振り落とされずにいるようだった。

 

 そして、マリーの指示する洞窟の一角へ瞬く間にたどり着いた。すぐマリーとの憑依を解き、大鳥はそのまま僕たちに攻撃を加える事もなくどこかへ飛び立っていった。

 

『 洞窟内に 認知機能低下処置 及び 不安性侵入思考 及び 意識低下処置 及び 神経感覚変性 及び 体感感覚全形変性処置 完了』

 

 マリーが突然僕を抱き締めたのは、憑依をして召喚を行うためだ。おそらくマリーは先ほどの雷の魔術から居場所をつきとめたのだ、たしかにマリーの言うとおり愚行だ。洞窟の中に魔女が… 関門から僕らを襲い続けている張本人がいるのだろう。そして今までに無いくらい殺気立つマリーは洞窟内に狂気の呪いのオンパレードを掛けていた。

 

『 入る 二人とも絶対に 私から 離れないで 油断もしない 』

 

 洞窟内はマリーの幻術の塊になっているはず、僕はマリーの手を繋ぎネルボさんは恐る恐るマリーのドレスの裾をつかんでいる。

 

「ちょちょっととっととっとととい!!!」

 

 これから意を決して洞窟に入ろうとした最中、洞窟から転がり出るようにフードを被った小さな人影が転がり出てきた。

 

「疫病神!いや、サイコシス!ここまで強力だったとは油断したわ。魔女を継ぐ者としてあなたをこの手で滅してやる!覚悟!」

 

 足を震わせ、涙声でそう叫ぶのはフードが外れ姿を現した魔女。おそらく僕と同い年くらいの黒い髪と瞳を持つ少女だった。

 

       ◇     ◇     ◇

 

洞窟内に掛けられたマリーの呪いのオンパレード

 

〝 認知機能低下処置 及び 不安性侵入思考 及び 意識低下処置 及び 神経感覚変性 及び 体感感覚全形変性処置 〟 とマリーは言っていた。

 

 僕のマリーとの一年の経験から推測するに 意識が朦朧もうろうとして記憶が曖昧あいまいになり体の自由が効かず幻聴と幻覚に支配され続ける等々の呪いが掛けられた洞窟に意を決して入り込もうとしたところ、目的である魔女の方から洞窟を転がり出るように入り口に現れた。

 

 転がった拍子にフードが外れた僕らを殺そうとした魔女の姿は、恐らく僕と同い年くらいの黒い髪と瞳を持つ少女であった。涙目で足を震わせながら僕たちと対峙する少女はマリーをサイコシスと呼び自らを〝魔女を継ぐ者〟と称した。マリーの幻術で支配された洞窟から逃れ正気で僕たちに対峙しているあたりかなりの実力と思って間違いない。というよりもマリーの幻術が通用しなかった人間を僕は一年で初めてみたのだ。

 

『 … 誤解 』

 

 マリーはみるみる殺気が弱まり、目の前の少女に何か拍子抜けした様子で簡潔にそう伝えた。それでも銀髪は逆立てている様子を見るに幻術をかけ続けているようだ、しかし少女は平然としている。

 

「しらばっくれるな!東西戦争以前の魔女の糾弾を忘れたか!」

 

『 わたし は マリー 』

 

「カリフでテグレクト一族を籠絡して召喚術師を仲間にしたのは何が目てきぃぃ…?」

 

 少女はマリーとの舌戦中そのまま眠ってしまった。

 

『 やっと通じた 流石  』

 

「マリーの術が通じないなんて魔物でも人間でも初めてだよ…」

 

『 これが タネ 』

 

 マリーは少女が羽織っていた紫のローブを外す。内側には多量の藁人形が編まれて縫い付けられていた。

 

『 生命力を持つ 式の一種 術はすべて これらに吸収された 』

 

「こ、この藁人形生きてるの?」

 

 マリーから聞いた瞬間にその人型の藁の束が恐ろしく見えた。

 

『生命力を持つだけ 意思はない そのため意識の術は通用していた。 それで飛び出てきた。 』

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 ……この検問騒動から初めて聞くマリーのいつもの不気味さを含んだ美しい笑い。何故かそれがとても心強く感じた。

 

「あ、あ、あの…洞窟にはどう入る、するの…です、でしょうか?」

 

 検問騒動から目まぐるしく起こった騒動で、完全に混乱しているネルボさんがマリーの裾を両手でつかみながら僕に尋ねてきた。

 

「そうだ、洞窟に入る予定だったんだけどどうしようか?」

 

『解呪する まって』

 

 そう言ってマリーは再び銀髪を逆立て初め、洞窟から徐々に禍々しい嫌気が失せていく。

 

『 完了 ただ 魔法による罠あり 』

 

 そしてマリーはローブを外した少女を蔓草で手足を縛りあげた。

 

『 起こす 』

 

 パチン

 

「ひゃ!?私のローブ!?ちょっと!疫病神…くっ。どうするつもり?殺すの?」

 

『 事情次第 』

 

「藁人形のストックは…無し。お手上げね。」

 

 そう言って少女は天を仰(あお)いで、呪文を唱えようとしたとき……

 

『 軽躁性気分変動侵入思考 完了 』

 

「……ああああああ!この疫病神!放せ!今すぐ殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」

 

 呪文を唱えていた口はマリーへの罵詈雑言へ変化し急に蔓草を千切ろうと暴れだした。

 

「えっと、何がどうなってるの?」

 

『 自殺を 図ろうとした 私への殺意を 増大させて 止めた 』

 

「そんな…そこまで何で?」

 

『 サイコシスへの 恨み 』

 

「 ? 」

 

『 洞窟へ 入りましょう 』

 

 マリーはそう言って、蔓草で縛った少女を抱え洞窟へ入っていった。

 

「あはは、あんな野党を操るなんてどうかしてたわ!私が直接退治しに行けば良かったのよ!」「ふん!そこの雷の地雷で死ぬと良いわ」「雷玉であなたも終わりね!あははは」「ブレスの前では神の力なんて無力よ!」「そこの落とし穴に落ちて串刺しになれ!」「私はかのイリー=コロンを超えた女よ、王国一いえ世界一の魔力の前にのたうち回ってしまえばいいわ!」

 

 …少女は、自分で仕掛けたのであろう洞窟の罠をぼくらがかかる前に自慢げに話し、いかに自分が優れた魔術士であるかを延々と自慢しつづけていた。

 

 おそらくマリーが彼女の気分を高揚させているのだろう。僕達はプリーストンのランタンの明かりを頼りに罠を避けて洞窟へ進む。ネルボさんは僕の裾をつかんで後ろで歩いている。

 

 洞窟は思ったよりも深く、半刻は歩いたであろうか。ようやく明かりのついた場所へ到着した。そこで見た光景は多くの図書とヒモで縛られた大量の羊皮紙の研究資料、魔術の実験道具であろう硝子瓶や四季の薬草や鉱石の品々、そして硝子の棺に収められたミイラ化した老婆だった。

 

「もしかして…この棺に入っているのがイリー=コロン、あの四英雄の魔導師?」

 

「そうよ、私がみつけたの!素晴らしい研究の内容の連続だったわ!王立魔導師学校の生徒だった私をここまで育ててくれた恩人よ!カリフの町で死んだなんて嘘だった。私だけが知っている私こそイリー=コロンを受け継ぎし選ばれた人間なのよ!ああ、イリー様わたくしに復讐の機会を与えてくれて感謝致します。私はあなたを超えて、魔女の糾弾をしたサイコシスをこの手で撃つのです!」

 

 完全に気分が高揚している黒髪の少女は自慢げにそう話す。彼女の話が本当ならばカリフの町、引いて王国の大発見だ。おそらくイリー=コロンが終戦後失踪してこの洞窟で一人老婆になるまでおこなった晩年の研究資料。それこそ、この個人で製本されたであろう図書と、ヒモで縛られた大量の羊皮紙なのだろう。

 

「あなたイリー=コロンが騎士道物語に登場するまでの魔導師の待遇を知らないの?私達の一族は魔女として糾弾されていたのよ。他の人より魔力が高いからって理由でね。人間扱いされすらしない。私の育った村でもまだそんな風習が残ってるのよ!世に混乱をもたらす存在として石を投げられたわ。」

 

「それとマリーのどこが関係あるの?」

 

「あははははは、イリー=コロンの研究にあったわ。村人たちに狂気の病を起こした疫病神サイコシスによって魔女がスケープゴートにされたってね。晩年の研究でもサイコシスへの対処が書かれてた。生命力を持った藁人形がそれよ!どう?死にかけたでしょ?本当に死ねばいいんだ!!!」

 

『 限界 』

 

 マリーはそう言って黒髪の少女を眠らせた。

 

『 これ以上の 覚醒は 彼女が 壊れる 』

 

「サイコシス?疫病神?何事なんだい…?」

 

 今まで沈黙していたネルボさんが恐る恐る尋ねる。僕も聞きたいほどだ。

 

『 サイコシスは 狂気と予言を 司る神 豊作の神とも 疫病神とも 言われる 』

 

「ま、マリーさんはそのサイコシスだと彼女は言ってるが…」

 

『 私 は マリー … 私 は 私 』

 

「…この大発見はどうしようか、本当にイリー=コロンなんだとしたら王国の大発見だよ。だとしたら彼女はその大発見の英雄だ。マリーを殺そうとしたのは許せないけど、かといって復讐する気にもなれない。マリーは?」

 

『 あなたを 殺そうとした 許せない でも 怒りは判る 誤解を解きたい 』

 

 前のマリーなら迷わず一度許さないと決めたら絶対に許すことはしなかった。マリーの台詞は僕の意見を尊重してくれてのものなのだろう。でないと自分を殺そうとした人と和解しようなんて言わないはずだ。何故か僕はそれが少し嬉しかった。

 

『 まず 仕事を 終わらせる 』

 

 そういってマリーはネルボさんを見る、あまりの衝撃の連続で護衛の仕事などすっぽりと抜け掛けていた僕は一行商で僕たちに巻き込まれてしまった不幸なネルボさんを無事カリフへ送らないといけないんだった。

 

「ネルボさん。荷馬車に1名、人が増えますがいいですか?」

 

「え?あ、ああ、そうだね、そうしよう。早く町へ戻ろう。」

 

 そして僕たちは黒髪の少女を乗せて、野営をすることもなく夜通しでカリフの町へ向かった。

 

 次の日の夕刻にカリフの町へ到着した僕たちは、ネルボさんをルボミー商会の宿へ届け終えた。

 

「今回は申し訳ありませんでした。僕たちの騒動に巻き込んでしまい。」

 

「いや…いいんだ。報酬は銀貨18枚だと言ったのをおぼえているかい。実は護衛の相場の10分の1ほどなんだよ。それなのにこれほどの腕の召喚術師を雇えたなんて運が良いのかもしれない。僕たち商団は野党騒動で破綻寸前だったからある意味生きるか死ぬかの旅だったんだ。

 

 本来の報酬だった銀貨162枚は口封じの料金としておいてくれ。商人が英雄イリー=コロンの住処を見つけたらどんな行動にでるか想像はつくだろう?でもマリーさんやシオンさんの腕前を見たあとで行動に移す気はないから話しもしない。良い旅だった。改めてありがとうシオン君」

 

 ネルボさんはそういって3度目の握手の手を差し伸べた。てっきりこの旅で嫌気がさされたと思った僕は嬉しくなり両手で固く握った。その後銀貨18枚と荷馬車から少女を受け取った。

 

 ぼくたちは黒い瞳と髪を持つ〝魔女〟を連れて、本来は少女がマリーに殺されるか、僕たちが死ぬはずだった運命を変えるためにテグレクト邸へ帰還することにした。

 

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