テグレクト一族長兄テグレクト=フィリノーゲンは曾祖父の弔いを行い、代々一族が弔われる石碑に遺骨を埋葬した。フィリノーゲンは47代テグレクト=ウィリアムとなった己の力を未だ信じられずにいた。高位魔物はおろか神・神獣・悪魔に至るまでの同時召喚・還付・憑依すべてが行える。
「まずジュニアを探しに行かねば…、赤の大地に行くと言っていたな。その周辺からか。」
フィリノーゲンは無数の八咫烏と、人と意思疎通を図れるエルフを式として飛ばし、情報を得ることにした。
◇ ◇ ◇
「なんとこの子があのエビルアイを錬成したというのか!」
僕とマリー、アムちゃんは校長室へと呼び出しをくらっていた。なんとアムちゃんは、召喚の授業開始の早々に高位の魔物エビルアイを召喚。錬成実験室をメチャメチャにしたのだ。当然お叱りの言葉か、下手をすれば謹慎や退学処分まで考えていた。しかし僕を受け入れた校長の表情は至って柔和なものだった。
校長にほめられ嬉しいのか、アムちゃんはニヒヒと笑って見せた。
「実験室のことは心配ない。過去にも何度か爆弾蜘蛛の錬成やら、タイフーンのモンスターの錬成があってな、よく壊れるんじゃあそこは…まぁここまでの規模は初めてであるが。」
どうやらマリーの術を使うことなく事が収まりそうな僕は、胸をなで下ろして安堵のため息をついた。
「しかしエビルアイとは、流石飛び級で3期まであがっただけの事はある。良き召喚術師となるだろう。そしてシオンよ、君もじゃ。ワシでも知らぬ式をよく手なずけておる。今後王国の発展のため君たちの成長に期待しておるぞ。」
校長は笑顔でそう話しを締めくくった。
「それでは失礼致しました。」3人で礼をして校長室を出る。
バタン
「うむ、よき生徒たちじゃ。…しかし今日はカラスがうるさいのぉ。」
◇ ◇ ◇
「あ~本当に心臓に悪かったよ。校長室なんて初めて入った。」
「私のおかげだね!お兄ちゃん♪」
「アムちゃんのせいって言うんだよ…。」
それにしても飛び級と校長は言ってたけど、アムちゃんは転校生ってことになってるのか…。多分マリーがなんらかの改変の呪いを掛けたのだろう。…本当にマリーといると自分の五感が信じられなくなる。
「ってあれどうしたのマリー?」
いつもなら僕の机で読書をしているはずのマリーは、僕の声かけにも応じず窓を眺めていた。
「なにか見えるの?うわぁ、すごいカラス…なんか不吉だね。」
『 凶兆 』
「カラスがここまでいるのは初めてだよ。この辺じゃそんなに見ないの……にぃ!?」
突如無数のカラスが、糸の切れた人形のように下へボトボトと落ち始めた。下を覗いてみるがカラスは身動きもしない。
『 眠らせた 』
マリーは僕に伝えてきた。察しの悪い僕でも判るあれはただのカラスじゃない、そしてあんな大量のカラスを式にできる系統には心当たりは一つしかない。
「アムちゃん?」
僕のベットの上で絵本を読んでいる伝説の召喚術師の系譜、マリーによって精神年齢と肉体年齢を同期させられ、おまけに記憶喪失となった少女。
そうだ、なにもテグレクトの一族はアムちゃんだけではないのだ。それに僕がやっていることは成り行きとはいえ誘拐だ、黙っているはずがない。
『 気づかれた 厄介 』
いつもの可憐で不気味な笑い声のないマリーに、僕も緊張が増す。
「その~、なんていうか。どのくらい強いの?さっきのカラスを操っていた人は…。」
『 伝説レベル 』
「マリー…、勝てそう?」
マリーは少し考えた上でこう僕に伝えた。
『 五分 五分 』
これこそマリーの見せてる幻覚だったらどれだけよかったか。しかし現実の様だった
◇ ◇ ◇
〝魔物の力に溺れるべからず。召喚術師にとって召喚獣は騎士にとっての剣、魔法使いにとっての魔力である。五体のごとく飼い慣らす主となるべし〟
テグレクト=フィリノーゲンは、テグレクト邸の鍛錬場に飾られた家訓を見つめながら思考していた。式として飛ばしていた八咫烏から通信が途絶えた。殺されたわけでもないので、おそらく気絶させられたか通信を遮断させられたのだろう。
最後に見た光景は、栗色髪をした童顔の見習い召喚術師と、その式と思われる顔を隠した銀髪の女、そして絵本を読みベットでくつろぐ弟という何がなにやらわからぬものだった。とりあえずの弟の無事に、フィリノーゲンは兄として安堵した。
しかし同時に恐怖も感じた。式の視界を通しものを見る技術はテグレクト一族の秘伝ともいうべき秘術である。それに気が付き、かつ迅速に対処してきた不気味な女。おそらく弟が調伏に行くと言っていたのは、通信が途絶える最後に見たドレスの女だ。容量が量れない、見たことも聞いたこともない魔物だ…いや魔物かどうかも怪しい。曾祖父より受け継いだ47代目という称号がフィリノーゲンに重くのしかかる。
弟のミスにより敗北したことはしかたがない。しかしそのまま終わらせてはテグレクト一族の沽券に関わるのだ。なんとしても、弟を取り戻さねばならない。
「場所…時間…、使う式は…。」
八咫烏の視察と、エルフの聞き込みで情報はある程度集まった。
シオンという見習い召喚術師が召喚の儀で出した式が、マリーという女型の召喚獣であり、精神と狂気を操る能力を持っていること。シオン自体は一般的な王立学校の3期生で、同時召喚・還付どころかマリー以外の式は操れないこと。そして弟はなぜか王立学園の3期生徒に飛び級で入学したことになっていること…。
「精神……操作……そうだ!!」
フィリノーゲンは書庫へ走り、一つの本を取り出す。それは太古の帝国が一人の女によって皇帝が籠絡され、女が実質の独裁者となったという史実書だ。
「白面金毛の魔獣、九尾の狐……。」
万の時を生き、神として崇められる神話の魔物である。だが自身の遥か上を行く弟を倒した魔物で、精神を操作するものなど他に考えられない。
気がついてからのフィリノーゲンの行動は早かった。計画を立て、その上で弟を奪還する式を選び出し、インクと紙を取り出した。
◇ ◇ ◇
「カラスいなくなったね…。」
辺境ではありえぬほど大量にいたカラスはどこかへ消えていた。おそらく目的が終わったのだろう。つまり僕とマリー、そしてアムちゃんの存在がバレたと言うことだ。
「部屋もばれたってことだよね。いきなり襲ってこないかな。夜も眠れないよ」
『 多分 無い 』
「でも寝込みを襲うって結構常套手段なんじゃないの?」
『 向こうは最後に この部屋で3人を見た 』
「じゃあ余計…ああ、そうか式だけで部屋ごと破壊したらアムちゃんも被害を食らうのか」
『 それに私の能力も ある程度知られてる 奇襲は成功しない 』
…知られたところでそんなに不利になるような能力じゃないと思うんだけど、いつもの可憐な笑い声のないマリーを見ていると僕も不安になる。そしてつい
ぽふっ
僕は初めて、自分からマリーの胸に埋まった。
ふふ…ふふふふふ…うふふふふふふふふふふふ。
マリーがいつもの笑い声を上げてくれた。
「マリーは今後どうなると思う?」
『 多分…決闘 それも場所を指定して 決闘状が送られるはず 』
「アムちゃんを返して、ごめんなさいじゃすまないかな?」
『 伝説の威厳と まだ私を諦めてない 』
「ってことは……。」
『 下手をすれば あなたは 殺される。 』
背筋が凍った。そりゃそうだ、マリーの主は僕なのだから責任は僕が負う。テグレクト一族の次期継承者にこんな真似したのだ、黙ってごめんねで済むはずがない。
マリーが僕を胸から放して窓を見つめた。
『 いい タイミング 』
一羽のカラスがまるめた羊皮紙を窓際において、そのまま去っていった。
【果たし状 貴殿との決闘を申し込む。 明日の日没 テグレクト邸にて待つ】
「マリーの言ったとおりになった!!やっぱりすごいなぁ。…アムちゃんは置いていこうか。」
『 同意する 』
「僕、マリーと一緒にいたい。マリーを信じてるよ!」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
僕がそんな事をいうと、マリーは可憐な声で不気味に笑い始めた。その不気味さを含んだ笑い声に僕は安堵感を覚えた。
日没まで僕は作戦を考えることも、神に祈ることもしなかった。ただただマリーを信じていた。
そして当日の日没。アムちゃんを寝かせた後、僕とマリーは夜間馬車に乗って、テグレクト邸へと向かった。
◇ ◇ ◇
テグレクト邸。東西統一王国よりも歴史ある、伝説の召喚術師が住まう館。
その前で、僕とマリーは最初で最後の作戦会議をした。……いや、僕はマリーに頼るしかないのでマリーに今後の予想を聞いただけなのかも知れない。
「ねぇマリー、入ったら罠でドラゴン100匹くらいにいきなりブレスを食らったりしないかな。」
『 それなら楽 全部混乱・恐慌・幻視の呪いで崩壊させる そんな愚策はしない 』
「向こうはマリーの能力に察しがついてる…、やっぱりマリーはすごいや!勝負は五分五分って言ってたけど、僕だけを殺そうとしたら多分瞬殺だよ?邪魔にならない?」
一応剣を腰に差して来たが、とても役立つとは思えない。相手はアムちゃんを凌駕するテグレクト一族長兄なのだ。
『 あなたが 必要 主 でしょ? 』
そういってマリーは僕の頭を撫でながらそういった。
『 あなたは 私が 守る 』
「うぅ、あとマリー。いまここで聞くのは変かもしれないけど…」
『 …? 』
「どうして僕のところに召喚されたの?」
『 … 』
マリーはしばらく沈黙して…
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
『 かわいかった から 』
思わず顔が赤くなってしまった。そんな理由で、王国一の召喚術師が狙うほどの式を得たなんて…。
「さて、日没だね。また学校で体術教えてよマリー。」
『 また 抱っこさせてね 』
そういって僕たちは、テグレクト邸の門を開いた。
◇ ◇ ◇
門を開けて現れたのは、タキシード姿の老紳士だった。
「お待ちしておりました。シオン=セレベックス様そしてマリー様ですね?お話しはフィリノーゲン様より伺っております。
それではこれより決闘の舞台へお連れ致しますすすすすすすすすすすすすすすすすすすすううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううずずずずずずずずずずずずず… 」
老紳士は突然けいれんを起こし、泡を吹いて倒れ込んだ。マリーの銀髪が逆立っている、なんらかの呪いを掛けたのだろう。
「おじいさん!?ちょっと!」
『 不意打ち 愚策 』
「え?」
泡を吹いた老人は、目映い光を放ち徐々に姿を大きくして…煌びやかな宝石を纏う竜の姿になった。
「ジュエルドラゴン!?」
老人のいた場所には魔術・魔導の類が一切が通用しないと言われる魔竜、ジュエルドラゴンがビクビクと痙攣しながら倒れていた。
呆然とする僕の前に突如大きな青白い鳥に捕まり、屋敷の頂上から一人の青髪の青年が舞い降りた。
「ふむ。やはり、魔導や魔術によるものでないな。安心してくれ、今のはテストだ。これで確定した。目的はなんだい?女狐さん。」
ジュエルドラゴンを還付し、代わりに姿を現したのは青白い光を放つ神鳥を引き連れた、膨大な魔力を感じる青年。ジュエルドラゴンと神鳥の同時召喚、ジュエルドラゴンを人に変異させる能力…、どれもお伽噺の世界。この青年は考えも付かない高見にいる。
『 黒幕 登場 』
「えっと…アムちゃんのお兄さん?」
赤の大地でまだ正気だった頃のアムちゃんに匹敵…もしくは陵駕する力、即ち僕ごときでは手も足も出ないほどの膨大な力を感じ背筋が凍り付き冷や汗が出る。
「ジュエルドラゴンにはあえてハルシオンの加護をかけておかなかった。マリーとやらの幻術の元は魔導や魔力によるものじゃない。力の根源は生きる者の生命力を悪用したものだ。」
『 … 』
「言い方を悪くするなら、魔物というより邪神・疫病神と言ったところかな。流石に神と対峙する日が来るなんて夢にも思わなかったよ。目的はさっぱりわからないけどこっちは身内…大事な弟をやられてるんだ。相手が神でも本気で挑ませて頂く!!」
青い神鳥はハルシオンというらしい。これほど明確に殺意を放っていながらマリーがなにもしないということは、マリーの術などを防ぐ神鳥なのだろうか。
「じゃあ、決闘を始めよう。」
アムちゃんのお兄さんが手をかかげると、槍を持った無数のアンデットの集団が僕たちを包囲した。
「自我を持たない、生命力のないアンデットに、波風や精神・波長を安定させるハルシオンの加護をかけた。これで完璧。長槍にはトラウマがあるはずだろう?九尾の狐さん。そろそろ姿を現したらどうかな?」
『 … 』
マリーは動かない、僕たちは完全に包囲されている。九尾の狐?マリーはマリーだ、なにを言ってるんだこのお兄さんは、マリーの術で既に頭がおかしくなっているのだろうか。というか死ぬ。もうダメだ。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ずっと沈黙を続けていたマリーは、我慢の限界とばかりに急に笑いはじめた。
※ ※ ※
古代最上にして最高の美を誇った古帝国。しかしその煌びやかな帝国に悲劇が襲った。13代アムス皇帝の時代にヨーキと名乗る異国の美女がメイドとして就任。アムス皇帝はこのヨーキというメイドに入れ込み、ついに側室としてヨーキを受け入れた。その直後からアムス皇帝は変わった。まず帝国の全権力を皇帝に集約させ、実質の独裁者となった。
帝国の市民は奴隷労働を強いられ、帝国の公費は市民に還元されず皇帝の娯楽に消費された。そしてついに痺れを切らした市民によって革命がおきアムス皇帝は処刑された。
帝国の力によって平穏がもたらされていた諸国に、戦争の嵐が吹き荒れた。そして同時に処刑されるはずであったヨーキという側室は姿を消し、捜索が行われた。当時革命軍の最高戦力である長槍部隊は、宝を持ち逃げるヨーキを発見。
捕まえようとしたところ、突如ヨーキは九つの金色な尻尾をもつ巨大な狐に姿を変えた。革命軍は長槍による攻撃で深手を負わせるも、幻術に対抗仕切れず逃れられてしまう。そして現在の東王国と西王国による大陸の統一まで戦国の時代が続くのであった。
参考文献:古帝国の繁栄と衰退
※ ※ ※
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
長槍を持ったアンデットが徐々に近づいて来る、ハルシオンとかいう神鳥の性か不気味なほど静かなテグレクト邸の中にマリーの笑い声だけが響き渡る。
僕は思わずマリーの腰に抱きついていた。当然怒りも感じている。自分の式を疫病神と罵った目の前の青年に。しかし力の差は歴然で、僕ごときが逆立ちしても勝てそうにない。主としての不甲斐なさに涙がでてくる。悔しさからか唇を噛みしめ血が流れてしまった。
『 見当違い 』
「え?」
『 私 は 私 』
マリーは僕にしか見えないよう文字を写す。いつもの脳内に響く声でなく、器用な幻術を用いた空中文字だ…。
あれ?
「マリー、あの鳥のせいで力が使えないんじゃないの!?」
『 制約はされる。 波長は狂わせられない でも 打つ手は無限にある 』
「うっぷ…。」
僕は吐き気を押さえながら、マリーに抱きつく力を強める。槍を持ったアンデット達がお互いを長槍で刺し始めた。アンデットが叫び声を上げて復活し、長槍が折れれば手足で、手足が折れれば噛みついて決死の同士討ち・自滅を続けている。
「これは…幻覚?」
アムちゃんのお兄さんも目の前の光景が信じられないようだった。呆然とアンデットの自滅を見つめている。
「ハルシオンの加護はムダか。では…」
そういってハルシオンとアンデットを還付し、新たに召喚をしようと呪文を唱えようとしたときのことだった。アムちゃんのお兄さんは突然痙攣を起こし、嘔吐のような…声が裏返るほどの絶叫をあげた。
「うごぉぉおおおぉおぉおぉぉおおお!?」
そして再びハルシオンを瞬時に召喚した。額には尋常でない汗が浮かび、呼吸は荒くなっている。
「なんだ今の感覚は…、貴様何をした!!」
『 惜しかった 勘違い 見当違い 致命的 』
マリーはこれ見よがしに幻術による文字を見せつけた。神鳥ハルシオンではマリーの幻術は抑えられないぞ、と暗に告げているのだろう。
『 九尾の狐? 何それ? 』
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
そして僕にも言った言葉を、アムちゃんのお兄さんにも見せつけた
『 私 は 私 私 は マリー 』
「僕の生命の波長を狂わせたのか!?ハルシオンを常に呼ばないといけない呪いを!?」
『 自業 自得 』
どうやらハルシオンを還付し瞬時に召喚したのは、恐らくジュエルドラゴンに使った生命の波長を狂わせる術をアムちゃんのお兄さんにも掛けていたかららしい。つまり神鳥の加護がなくなれば、ジュエルドラゴンのように痙攣を起こし泡を吹いて倒れてしまうということ…。
『 私の主を 殺そうとした 許さない 』
マリーの雪のような銀髪が逆立つ、静寂と夜の暗闇の中ハルシオンの青白い光とマリーの淡い光だけが屋敷を照らす。ぼんくらな僕にも判るくらいマリーが呪いを強めている。波長を狂わせる呪いの倍掛けだ、ハルシオンの加護を突き破るほどの…。
「もういいよマリー!やりすぎだって!」
思わず叫んでしまう。ここまで殺気立ったマリーは初めて見る。
「すみません。テグレクト…何さんでしょう?」
「フィリノーゲン…テグレクト=フィリノーゲンだ。第47代テグレクト=ウィリアムを仮にも継承している。」
「フィリノーゲンさん、すこし話し合いはできませんか?」
「…いいだろう。話し合いの余地があるだけありがたい。」
そして僕はフィリノーゲンさんにアムちゃんとの決闘のいきさつ。王立召喚術師学校入学に至るまでの経緯、現在記憶の一部が消えており、精神年齢と肉体年齢が同期したこと。消えた記憶はすぐに戻すと危険なため様子観察中であることも一緒に説明した。
「そうか…、やはり弟は敗れたのか。兄弟揃って決闘に敗れたわけか。曾祖父に申し訳が立たないな。」
「え?」
フィリノーゲンさんの一言に違和感を覚えた。弟?アムちゃんが?あのアムちゃんだよね?
「あの…アムちゃんって本名は?あと弟って…。」
「テグレクト=ウィリアム・ジュニア 生まれもって異常な才能に恵まれていてな。次期継承がほぼ決まっていた、言葉を覚えると同時に召喚の呪文を覚えるほどだったからな。」
「弟って…。」
「弟は弟だ。それがどうした?」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
マリーが間を割るように笑い出した。
「いえ…なんでもないです。僕の意見を言っても良いですか?」
「…なんだ。」
「アムちゃん…今記憶喪失になってるジュニアさんに予定通り47代目を継承させることは可能ですか?」
「曾祖父より私が承ったが、緊急事態だと言っていた。本来受け継ぐべき弟が受け継ぐならそのほうが良いだろう。」
「なら記憶が戻るまで学校で過ごして、記憶が戻ったら正式にここにまた訪れて継承の儀式をするのはどうでしょう?僕たちも、いえ僕はテグレクト=ウィリアム様に憧れて召喚術師の道に進んだ者です。敵対した関係でいるのは嫌なんです。弟さんの記憶が戻るまで学校で一緒に学ばせて下さい。」
「式の八咫烏を通じて君たちを見た。」
「…はい。」
「弟は兄である僕が見たこと無いくらい楽しげだったよ。楽しい事なんてなにも知らず。ただ魔物を調伏し続けていた弟とは思えないくらいにね。僕も負けた身だ、弟の帰還を待つ。」
そしてフィリノーゲンさんはハルシオン以外の召喚獣を全て還付した。マリー曰く、波長を狂わせる呪いは一度かけたら解くことができないらしく、フィリノーゲンさんもハルシオンに依存した生活になることを承知でそのままでいいと言った。
フィリノーゲンさんはあくまで僕とマリーのすさまじさを讃えてくれて握手までしてくれた。
◇ ◇ ◇
僕たちは朝日が昇る時間にはテグレクト邸から学校宿舎までの馬車にゆられていた。
「マリー、あんな勝負でよかったのかな…。」
『 死ぬよりは 』
「なんかこう…もっと爽快に勝負する方法ってなかったかなって。でもごめんね、マリーが命を救ってくれたのに」
『 … 』
「あとさ、マリー」
『 ? 』
「アムちゃんが男だって、…いつから気づいてた?」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
マリーは本に顔を落としたまま面白そうにつぶやいた。
『 最初から 』