「あのムカつくマレインと離れられて清々した!やっぱおにいちゃんといるのがいい♪」
王都から帰還した僕たちは、学生宿舎で自粛を余儀なくされていた。本来は実習だったため、授業をする予定もなく教師達も頭を悩ませている。そして学生宿舎に客人が一人、マリーに波長を乱す呪いをかけられハルシオンを常に召喚せざるえない状態にさせられたテグレクト=フィリノーゲン。アムちゃんの兄である。
「私は仮にも46代続いた召喚の奥義を継承し、ドーピングに近い形で最強に並ぶ召喚術師となっている。しかしあの女狐が逃げるときには、その気配すら感じ取れなかった。あれはただ者じゃない。」
フィリノーゲンさんはアムちゃんにほっぺを抓られながら真面目な口調で語る。
「そういえばマリー、3度目って言ってたけど古代帝国の他に東王国の衰退にもあの狐が関係してるの?」
東王国オリハルオンといえば、僕が召喚術師を目指した切っ掛け……騎士道物語では悪の王国として登場する、東西戦争の切っ掛けとなった国である。
『 恐らく 』
マリーの言葉にみんな沈黙する。混乱と狂気を
「シオン君、突然の話しだが驚かないでよく考えて僕の質問に答えてくれ。」
そういったのはフィリノーゲンさんだった。
「は、はい。」
「学校を退学してくれないか?」
「へ?」
突然過ぎる申し出に僕は混乱した。教師に言われるならまだしも、伝説の召喚術師とはいえ他人。その人にいきなり退学を勧められたのだ。
「君の式は、僕たちテグレクト一族でも類を見ないものだ。正体を今更探る気はない。ただ、その式を君が呼び出したことは何か理由があるはずだ。簡単に言おう。君を〝門外不出〟のテグレクト家の〝門の中〟に入れようと僕は考えている。勿論弟…ジュニアも含めてね。」
「……。」
あまりに豪華なプレゼントをもらうと
「是非、お願いします!」
うふふふふふふふふふふふふふ
◇ ◇ ◇
僕は退学はせず、休学という形をとりテグレクト邸でお世話になることになった。伝説の系譜の修行、どんなものかはとても想像できない。マリーは特に緊張もなく、執事に紅茶とケーキを遠慮なく頼んでいる。これから修行が始まる。そう決意を新たにしたとき…
部屋に異様な殺気が漂った。そしてその殺気の主は、すぐにわかった。
「ここは!? 私はどこに? 」
そう半ば叫んだのはアムちゃん……いやアムちゃんではない、赤の大地で見た殺気立った少女のような少年だ。
「調伏は失敗か!?だが!」
瞬間ケーキを食べていたマリーの銀髪が逆立つ。そして……
ドサッ
なにか呪文を詠唱しようとしていたアムちゃんは、その前にそのまま眠ってしまった。
「マ、マリー? いまのは?」
『 アムちゃん 』
「そうじゃなくて、なんか前に戻ってるようだけど……。」
『 いずれこうなる と 思ってた 』
僕の中に 疑問符 がいっぱいに浮かぶ。
『 解離性同一体 目が覚めれば 子供に戻る 』
「ごめん、マリーわかりやすく説明して!?」
『 二重人格 』
テグレクト邸での修行は、予想以上に波乱に満ちていそうな予感がした。
◇ ◇ ◇
「では、シオン=セレベックス君。これから君に〝門外不出〟である、テグレクト一族の修行を行ってもらう。仮にも王立の3期生だ、素質がないとは思わない。ただ、テグレクトの一族でも挫折することの多い修行であることを承知してほしい。」
〝魔物の力に溺れるべからず。召喚術師にとって召喚獣は騎士にとっての剣、魔導師にとっての魔力である。五体のごとく飼い慣らす主となるべし〟
そう書かれた鍛錬場の前で、僕とマリーはフィリノーゲンさんの言葉を聞いていた。
「シオン君、きみはマリー…さんを召喚したときどうやった?」
「召喚門を描き、術をかけました。」
「教科書通りだな…、僕たちはきみと対峙したとき見たようにわざわざ紋章は描かない。このように。」
フィリノーゲンさんは手のひらを軽く上にかかげ鴉天狗を召喚してみせ、瞬時に還付した。
「全身を魔力で覆って、魔物のいる地域や異世界と通じる。そして召喚をおこなうんだ。格好がつくから手でやってるだけさ、本当は足でも肘でもいい。これが調伏していない魔物を召喚するテグレクト家の技術だ。」
あまりのレベルの違いに感嘆の声しかでない。自分がここまでの高みへいけるなんて想像がつかない。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
そんな僕の気持ちを察したのか、マリーは僕を見て笑う。ここはすこし拗ねてみるべきなのだろうか。
「すぐには出来っこないさ。僕だってできたのは3年前の16才の時、修行を初めて5年後だ。弟は5歳の時に3ヶ月でやってのけたけどね。まずは魔力を高め、紋章に頼らず世界と通じることだ。といっても実際に行うのはかなり難しい。」
僕はフィリノーゲンさんのマネをしようと、魔力を全身に集中させてみた。高まる魔力を押さえるのが精一杯で、とても召喚どころじゃない。魔力が暴走しクラクラする。いけない、倒れる。
……倒れそうになった僕を支えたのは、柔らかい手だった。そしてその手に引き寄せられ抱きしめられる。
『 あなた は 主 』
マリーの声がする。…声?僕は目をつぶっている。いつもの可憐で美しいどこか安らぐ魔性の声だ
『 私 は 私 』
『 あなた は 私 』
『 私 は マリー 』
全身が羽毛で包まれたような安らぎに包まれる。魔力の強ばりがほぐれていく、雲の上で寝ているようなそんな感覚。神経が液体のように溶けて、グルグルとしていた視界が正気を取り戻す。体の足指先まで自分の思うがままに動ける感覚。謎の万能感と頭の冴え渡り、マリーの胸にうもれた時の何倍もの安心感。…僕は瞳をあけた。
「あれ、マリー?」
目の前にマリーはいなかった。倒れかけた僕を救ってくれたのがマリーだとばかり思っていた僕は、少し不安を覚える。目の前ではフィリノーゲンさんが比喩でなく、開いた口がふさがらない状態で立ちすくんでいた。
「
「はい?」
「君は、マリーさんを憑依したんだ。文字通り魔物と一心同体となって、術者が魔物の力を自分の力として使う技術だ。僕が今教えた召喚技術を一足…いや6足くらい飛ばした高等技術だ、僕でも天狗や鎧武者といった下級から中級での魔物でしかできない。」
〝〝うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ〟〟
「うわっ!」
マリーの不気味な笑い声が脳内に響き渡る。
『 やって みて 』
「はい?」
『 召喚 さっきの 』
「あ、うん」
見る目を変えたフィリノーゲンさんの目の前で、僕は全身に魔力を集中させる。さっきと違い暴走することはなかった。全身に僕と、おそらくマリーの膨大な魔力を宿しす。見えた物は荒廃した土色の大地、そこにフードをかぶった魔物が見える。視界で迫るようにそのフードの魔物を捉え、手のひらに召喚するイメージを持つ。
すると…
ォォオオォォォォオォオォォォォォォォォォオォオォォオォォォォォォォォオオ
「「死神!?」」
おもわず僕とフィリノーゲンさんの声がハモった。
錆びた大鎌を持ち、土色のフードをかぶった黒い瘴気の塊があらわれた。よく死神として召喚術師がつかうドクロ姿のまがい物じゃない、本物の死を司る神だ。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
マリーだけが僕の脳内で、可憐で不気味に笑っていた。
◇ ◇ ◇
ォォオオォォォォオォオォォォォォォォォォオォオォォオォォォォォォォォオオ
錆びた大鎌を持ち土色のフードをかぶった黒い瘴気の塊、本物の死を司る神。純正品の死神
召喚術師が〝死神〟として召喚するモンスターは大抵は骸骨のモンスター、スケルトンに気絶スタンや痺れ・高位のものでも即死の魔術を付加させたまがいものである。しかし目の前にいる死神はそんなものではない、むせかえるほどの瘴気が部屋に漂い、死の臭いと不安の臭いが入り交じって吐き気を催す。
「まさかいきなり死神をよびだすとは…。やはり君とマリーさんのペアは鉄板と言っていい。では次は召喚した魔物を操る術だ。君はマリーさんしか式したことがないようだから説明しておこう。調伏でも1から錬成した魔物でもない召喚によって呼び出された魔物は操るには、すこしコツがいる。既に上下関係、主と式という関係は成立しているのだが… シオン君!?どうした!大丈夫か??」
僕はフィリノーゲンさんの説明の半分も頭に入っていなかった。震えが止まらなく。冷や汗が滝の様に出て体が寒い。
そして直後、全身に生爪を剥がされた様な異常な痛みが僕を襲った。
「ウアアアアァァァアァアアァァァアッァァァァァァァッァァアッァアッァアアアァアア!!!!」
「乖離したのか…、いきなりマリーさんほどの強力な式を憑依したのだ。当然と言えば当然だが。」
僕は痛みによる荒い呼吸を整え、死神の瘴気にムセながらも僕から解離したマリーを見つめた。
「マリー、ありがとう。なんか…すごいことができたみたい!」
嘘偽りのない本音だ。
『 わたしも 』
「?」
『 あなたと一緒になることで 魔力を得た 』
そうだ、マリーには魔力がない。おそらく死神を呼ぶときに暴走しなかったのは、僕の魔力をマリーが調整して増大させたからだ。
『 そんなことより 一大事 』
マリーがはたまた不吉なことを言い始める。
土色のフードを被った死神が、ゆらゆらとフィリノーゲンさんに近づいていった。
「ちょっと!こら、あれ?」
『 式の契約 は 解かれた あれは既に ただの遊歩する死神 』
そうだ、純正の死神を式にするなんてことができたのは僕がマリーを憑依したからだ。その憑依が解ければ、当然死神を縛っていた鎖はほどける。
目の前のフィリノーゲンさんは神鳥ハルシオンのほかに達人武者、アンデットドラゴンを召喚していた
「ハルシオンを携えながら本物の死神相手は少しきつい、時間は稼げる。なんとかしてくれ!」
「マリー!僕たちの責任だ、早く倒そう!」
『 … 』
マリーは無言のままだった。そして解離したままでマリーと手をつないでいた僕はいままでで一番恐ろしい体験をした。
マリーが手に汗をかいていた。仮面に隠れて顔は見えないが、雰囲気が重い。
「マリー?もしかして…絶体絶命?」
『 あの死神 生命力がない 瘴気の塊 私の術は あまり通じない 』
「うぐ…!」
フィリノーゲンさんは死神の錆びた鎌を肩から袈裟切りにくらい、そのまま地面に突っ伏した。直後アンデットドラゴンがブレスで死神を吹き飛ばし、致命傷はさけられた…ようにみえた。
袈裟切りにされたはずのフィリノーゲンさんの体には傷はない。だが、まったく起き上がる様子がない。
「フィリノーゲンさん!?」
「ああ、生きてる。ただ左手と首以外、体が言うことを聞いてくれない。おそらく切られた場所の神経が死んだのだろう。心臓にくらえば即死だ。」
アンデットドラゴンは、死神を相手に何度か即死の一撃を食らうも再び復活してなんとか時間を稼いでいる。だが僕になにができる?マリーの術も通じない、テグレクト=ウィリアムの継承者ですら時間を稼ぐのが精一杯。このままでは全員死神の餌食となってしまう。
直後、マリーが笑い始めた。こういう時のマリーの笑いは頼りになることを経験上知っている。
「マリー!なんとかなりそうなの?」
『 奥 の 手 』
するとマリーは指をパチンと鳴らした。…何もおこらないように見えたが。
「兄上になにをする!!!」
そんな叫び声と共に飛んできたのは、弾丸のように飛ぶ殺人跳鳥の軍勢と純銀の剣を携えたエルフ4人、そして瘴気を食らうと言われる白い猫又だった。
これほどの同時召喚、この場で出来る人間といえば一人しかいない。
死神の前に勇ましく佇んでいたのはアムちゃんであって、アムちゃんでなかった。顔つきは精悍になっており、女の子の様な見た目に似合わぬ殺気を含んだ目をもつ。11歳のスーパールーキー、召喚術の申し子、テグレクト一族でも類を見ない天才児テグレクト=ウィリアム・ジュニアだった。
「兄上、また不覚ですか。本当に使えない無能な兄上だ。」
「ああ、すまないな」
「あの死神の調伏、兄上がやります?」
「いや、いまの僕に選択肢はないだろう。はやく片づけてくれ。」
「兄上は本当にセンスがない。瘴気の神に瘴気の魔物を合わせてどうするんです。そんなだから私に47代目の継承がまわってきてしまうのですよ。」
「いや、お前は天才だ。なにも悔しさはないさ。」
「ふふぅん、まぁ私が天才なのは認めるけどね」
そういってジュニアは、ニヒヒと笑って見せた。あの笑い方、幼児退行してるからじゃなくて癖なんだな。などと、どうでもいいことを僕は考えていた。
そしてアムちゃん…テグレクト=ウィリアム・ジュニアは、殺人跳鳥の大砲のような弾幕を縫って、猫又に瘴気を食べさせつつ、エルフの銀の剣で死神の瘴気をすこしづつ削っていく。死神も鎌を振るうが殺人跳鳥が倒れるだけで肝心の猫又やエルフには届かない。そして
「はぁ!」
アムちゃんのかけ声と共に、死神のに赤い大きな紋章が入る。赤の紋章は徐々に魔導陣の形を成していき、死神はアムちゃんの魔力へと吸収されていったのだが…
「惜しい!ちくしょー!本物の死神の調伏なんて滅多にできないのにぃ!」
死神は自分の劣勢を察したのか、姿を消してしまった。アムちゃんは地団駄を踏む。…癒しの女神の息吹によって、死んだ神経を回復させたフィリノーゲンさんがほっとため息をつく。ひとまずは、絶体絶命回避といった所だろう。
「で?」
アムちゃんの殺気を含んだ目が、僕とマリーに向かう。
「あんた達、兄上を助けようとしてたわね。なんの役にも立たなかったけど。何が目的?そして私を赤の大地で倒したあとどうしたの?」
当然の質問である。
僕は大まかに、マリーの手で記憶を消して幼児退行の呪いをかけられたこと。フィリノーゲンさんは47代テグレクト=ウィリアムを継承していること。
ぼくの憧れであり二人の曾祖父は、継承の儀が終わると共に命終したこと。フィリノーゲンさんも、ハルシオンという波風を安定させる神鳥を召喚しつづけなければならない呪いを受けたこと。そして、王宮での九尾の狐騒動と、その後テグレクト家での修行を行わせてもらっていること。それらを簡単に説明した。
「兄弟揃ってあんたに負けたってわけね。でも記憶は戻ってるし、前と変わってる気はしないわ。」
「あの、それなんだけど…」
ぼくは非常に言いにくいことを、アムちゃんに伝えた
「2重人格?」
「マリーは解離性同一体とかいってたけど、その解釈であってるとおもう。寝て起きたらまた子供に戻ってしまう…みたい」
アムちゃんは眉間にシワを寄せて何か言おうとしたが、そのまま不機嫌そうに床に座り込んだ。
そんなお堅い空気を崩したのはフィリノーゲンさんだった。
「ジュニア、曾祖父からの遺言を伝える」
「ひいおじいちゃんから?なに?」
「僕が47代テグレクト=ウィリアムになったのは、お前がいなかったための緊急事態だったからだ。もしお前がその気なら、これからでも継承の儀に移りたい。」
「兄上より更に強くなるのにいいのぉ?」
「かまわないさ、お前は僕のかわいい弟だ。その弟が更なる高みへ行こうとしているんだ。止める兄はいない。」
「わかった。元々私の予定だったし、あのマリーを私のものにするくらい強くなるから。」
そうして、継承の儀が始まった
◇ ◇ ◇
継承の儀は流石にぼくらには見せられないということで、食堂でお茶を飲みながらマリーとくつろいでいた。
「ねぇマリー、あの〝憑依〟っていつでもできるものなの?」
『 時間はかかる できても 短時間 』
そうだ、僕は魔力の暴走をマリーに支えられてやっとできたんだ。それも死神を召喚してから数分もしないうちに憑依は解けてしまった。
「じゃあ修行がいるなぁ。そうだ、それににしても、マリーにも勝てないモンスター…まぁあれは神だけど、いるんだね。マリーの能力なんて、めちゃくちゃで敵無しと思ってたよ」
『 そうでもない 欠点は ある 』
『 でも 』
『 あなたとなら 』
そういってマリーは紅茶を口にして安堵のため息をついた。