時の勇者に成り代わったがオチを知らねぇ【完】 作:はしばみ ざくろ
夢を見ている。昔の夢を。
深夜、ハイラル城。月明かりが差すとき。
石畳を踏む人々は、得体の知れない不安感に包まれていた。
薄氷一枚の向こう側を必死に覗かないようにしている。その様子を、窓からリンクが眺めていた。
監視する兵士達をすり抜けたはいいものの、重要な書類とかってどこにあるんだろう・・・という初歩的な壁にぶつかったからである。そもそもお城なんて入ったことないし・・・。
なまじゲルドがわかりやすかった分入りにくい。ていうか絶対迷子になる。
・・・などとぼんやり考えていたせいか、後ろからの気配に反応するのが遅れてしまったのだ。
「・・・そこで何をしている」
「!?」
心臓が口から飛び出るかと思った。知ってる声なのでまだよかったけど。
なんとなく気まずくてそおっと振り向くと、そこに居たのはゼルダの乳母インパである。
――――あなたこそ、どうしてここに?ゼルダと逃げたのでは?
「姫様は安全な所に匿っている。私は城の様子を見に来たんだ」
首根っこを掴まれ、本丸の隣にある塔へ移動する。10歳の子供も軽々だ。ちょっと恥ずかしい。
「・・・・・・そうか。戦争のことをな」
屋根の上でリンクも事情を話した。ハイラル統一戦争のことを知りたくてお城に来たこと。マスターソードの不思議な力で過去と未来を行き来していること。
もちろんゲルドに忍び込んだのは流石に言っていないが。
聞き終わると彼女はなんとも言えない顔をした。子供にしてはいやに淡々と話すとでも思われたのだろうか。
もうその辺はスルーしてほしい。中身三十代やぞ。若干体に引きずられてますけど。
「いや・・・そうだな。退魔の剣に選ばれたお前には、知る権利がある」
そう言って教えてもらった内容は、リンクがおおむね予想していたとおりである。
だからこのあたりは重要ではない。気にするべきなのは――――。
「・・・ところでお前、森から来たと言ったな。込み入ったことを聞くが、両親は?」
――――赤子の頃に亡くなりました。
「・・・そうか、すまない。・・・私の古い友人に、お前によく似た女がいた。もしや、と思ったのだ」
――――母さんのこと?
「・・・ああ、恐らくな。・・・明るい女だったよ」
遠い夜空を見つめる彼女は気づいていたのだろう。リンクが時の一族であること。
“明るい女”が心を病み、失意の底で亡くなったかもしれないこと。
「・・・リンク、お前はまだ若い。それは様々な人生の選択肢があるということだ。覚えておいてくれ」
友人の子供にかける言葉としては正しいが、勇者にかける言葉としては少し、優しすぎると思った。
闇の神殿を攻略し聖地で再会したときだって、彼女は幾つもの言葉を飲み込んでから口を開いたのだ。
「このメダルをお前に託そう。・・・武運を祈る。時の勇者よ」
そこは普通ハイラルを頼むとか、姫を頼むとか言うべきだろう。
でも彼女は言えなかった。それだけ。
同じ女神に遣える一族の生き残りで。救えなかった友人の子供に。そこまでは言えなかった。
・・・いつか彼女の祈りも、報われるときがくるといい。リンクにできるのは、そう願うことだけだ。
花火が高々と打ち上がる。7色の花は空虚な夜を彩った。
ナベかま亭でアンジュとカーフェイを見守った後、揺れる町を走る。時計塔にたどり着く。
「ネエちゃーん!!」
「トレイル!」
赤い空の下4人は再会する。いや、
「ムジュラ!もうアンタの思い通りにはさせないわ!」
「妖精風情がなにをほざく!止められるもんなら止めてみろ!」
ムジュラの嗤い声が響く。それをかき消すように、オカリナの音色が広がった。
誓いの号令を 奏でた!
大地が揺れる。月の引力とは違う力で。
巨人の咆哮が聞こえる。友を呼ぶ声が。友に答える声が。
沼・山・海・砂。四方の巨人は再び現世に降り立った。天をつく巨体は数歩で町にたどり着く。
暴風。
両手を伸ばして月を受け止めた。溢れる重力は大気を揺らす。
しかし巨人は揺るがない。
長いようにも感じるし、短いようにも感じる。そんな瞬間が過ぎた。
「と・・・。止まったわ。やった!止まったのよ!」
「ネエちゃーん!!」
「トレイル!!よかった、間に合ったのね」
再会を喜んで、妖精の姉弟はくるくると回る。
リンクはその微笑ましい風景にわずかに笑みを零し、瞬きの合間にそぎ落とした。
「ムジュラ」
「・・・・・・」
「月は止まったぞ。大人しく負けを認めろ」
もちろんこの程度で折れるなんて思っていない。
刀に手を当てながら近づく。スタルキッドの体は風に押し倒され、地面に転がっていた。
「スタルキッドを離せ」
「・・・使えないゴミだな」
ゆらり、と仮面が浮き上がる。
スタルキッドの顔を離れ、男にも女にも、子供にも老人にも聞こえる声で言う。
「まあいいだろう。この者の役目はもう終わった」
「・・・この後に及んで、なにをする気だ?」
混ざりすぎた声はいっそ不協和音だ。
顔を顰めるリンクを見下ろして、仮面の目玉がぐるりと動く。
「知れたこと。全てを呪い滅ぼすまで。――そのためにはまず、邪魔なお前を殺してやる」
「!」
月の口から魔力が流れ出た。
とっさに後ろに跳んだリンクを暗黒の息は逃がさない。体に巻き付き、仮面と共に飲み込まれる。
「オ オデは・・・食う・・・ ぜ ぜんぶ・・・食う・・・」
「リンク!?」
「ニイちゃーん!!」
「チャット!トレイル!大丈夫だから安全な所に・・・」
声はそこで途切れた。
ぎしり、ぎしり。嫌な音を立てて月は再び動き出す。踏ん張る巨人たちと共に大地が沈む。
ぎろり、ぎろり。月の両目が地面をねめつけた。じろり。
「・・・・・・やあ」
「え、?」
ぱっと目が開く。飛び込んできたのは眩しいほどの晴天だった。
ゆっくり体を起こすと、そこは一面の美しい花園。鼻孔をくすぐる花の香りに、しばし意識を奪われる。
「いい天気・・・だね」
「・・・うん」
隣に座っていたのは顔の無い子供だった。
比喩ではなく、本当に顔が無いのだ。目鼻のあるだろう部分が真っ黒い影に染まっている。
野原にはあと三人子供がいた。空を見上げる子。膝を抱えてうずくまる子。花を摘んでいる子。
「たくさん・・・お面・・・持ってるね。キミも・・・お面屋に・・・なるの?」
「お面屋には・・・ならないかなぁ」
見渡す限りの麗しい風景で、リンクと子供たちだけがぽつんと座っている。
不思議と恐怖は感じなかった。長閑な丘は、鳥の囀る声がする。
「ねえ、あそんでやるから・・・。お面・・・ちょうだい」
「どのお面が欲しいんだ?」
「オドルワのお面が・・・いいな」
渋い趣味だな・・・。
他の子供たちも近づいてきたので仮面を譲った。
ゴートのお面、グヨーグのお面、ツインモルドのお面。被ると妙に壮観だ。
「ありがと・・・。キミ・・・いいヒト・・・だね」
「どういたしまして」
「かくれんぼ・・・しよう・・・。ボクたち・・・かくれる・・・から。鬼になって探しにきて・・・」
「・・・鬼?」
鬼と言えばあの仮面・・・。ここで使うのか?
取りあえずバッグから取り出すと、子供は嬉しそうに笑った。
「かっこいい・・・鬼だね・・・。10秒数えてね・・・」
「・・・わかった」
――――――装着。
魔力の奔流がリンクを包む。
初めて被ったときに聞こえた、荒ぶる声はもうない。
「いーち、にーい、さーん・・・」
「みーつけた」
目を開けると、そこは緑の生い茂る森だった。見覚えは無い。
子供の気配を探りながら、背の高い草をかき分け、奧へ奧へと進んでいく。
鬼神の体は力強く地を駆ける。日向の差す大きな切り株の上に、オドルワのお面をつけた子供は座っていた。
「みつかっちゃった・・・」
「俺の勝ちだね」
「うん・・・。ねえ・・・聞いて・・・いい?キミの友だちは・・・どんな・・・ひと?」
「友だち?どんな・・・」
友達、友達・・・?
ナビィやコキリ族のみんな。ダルニアにルト、ナボール。親切な人。愉快なやつら。ちょっとぶっ飛んだ趣味の人。
故郷で別れた彼らも、旅の途中で出会った人たちも。みんなみんな、リンクの思い出として輝いている。
「じゃあ・・・そのひとは・・・キミのことを・・・友だちと思ってるのかな・・・」
「思ってるだろ。思ってなかったら・・・。次に会った時に、友達になってって言うよ」
「そっか・・・」
子供は満足したようだった。お面の向こうで、笑う気配がする。
「次はあの子・・・。探してね・・・」
「みーつけた」
次は洞窟の中だった。
燭台の炎がちらちらと揺れている。迷路のように入り組んだ地面には、何かのレールが敷かれていた。
邪魔な岩を殴り壊し、壁の切れ目から流れ出る溶岩を飛び越え鬼神は駆ける。
トロッコのおいてある広間にゴートのお面をつけた子供はいた。レールはこれだったのか。
「みつかっちゃった・・・」
「俺の勝ちだぞ」
「うん・・・。ねえ・・・聞いて・・・いい?キミのしあわせってどんな・・・こと?」
「幸せ?うーん」
美味しいご飯を食べること。暖かい布団で眠ること。エポナに乗って駆けること。歌を歌ったり楽器を弾くこと。体を動かすこと。人と関わること。ぱっと思いつくのはこれくらい?でもまだありそうだな。
「キミのしあわせは・・・ほかのひとも・・・しあわせなのかな・・・」
「いや、そうとは限らないぞ。幸せの形は人それぞれだからな。世の中には、乱世でしか生きられない奴も居る」
「そっか・・・」
子供は安堵したように息を吐いた。
「次はあの子・・・。探してね・・・」
「みーつけた」
磯の香りに包まれた小島にたどり着く。潮風が銀髪を揺らした。
波打ち際から島の中心まで散策する。人の住んだ形跡の無い孤島を、鬼神はゆっくり歩いた。
グヨーグのお面をつけた子供は島で一番高い場所にいた。地平線が青い。
「みつかっちゃった・・・」
「俺の勝ちかな」
「うん・・・。ねえ・・・聞いて・・・いい?正しいことって・・・どんな・・・こと?」
「うーん。難しい質問だな」
正しさ、というものはその人が立っている立場で変わってくると思う。
だから結局は自分で判断するしか無いのだ。正しさを他人に委ねたとき、自我はなくなる・・・とリンクは考えている。それはそれとして法や倫理は守った方がいい。
正しいだけでは生きられない。間違ってばかりでは進めない。だから少なくとも、後悔のないように生きていきたい。こんな一歩外を出れば魔物とエンカウントするような世界ならなおさら。
刀を向ける相手から、目を逸らさないようにしたい。
「正しいことすると・・・本当にみんな・・・よろこぶのかな・・・」
「んんん・・・。まあ正しい行いならな・・・。間違っている行為よりは喜ばれるだろうけど・・・」
「・・・けど?」
「やりたくないこともあるだろ。どんなに正しくても、やりたくないって思うならやらないほうがいいよ。ずっと引きずるし、傷になるから」
「・・・・・・」
「だから・・・。つまりだ。人に正しさを強要するのはだめだ。価値観の押しつけはよくない。だからといって自分の気持ちから目を逸らすのも、辛いからあんまりオススメしない」
結論:生きるのは大変。
子供は「そっかぁ」と呟いて、また海を眺めた。
「次はあの子・・・。探してね・・・」
「みーつけた」
砂漠の酷暑も鬼神には通じない。照りつける太陽の下を、白い着物が泳ぐ。
立派な遺跡をあちこち見回って、たどり着いたのは巨大な化石だった。魚っぽい?
そういえば砂漠は昔、海だったという話もあるんだっけ。化石のてっぺんにツインモルドのお面をつけた子供は居た。
「みつかっちゃった・・・」
「これで全員見つけたな」
「うん・・・ねえ・・・聞いて・・・いい?キミの・・・本当の顔は・・・どんな・・・顔?」
「・・・本当の顔?」
「お面の・・・下の顔が・・・本当の顔なのかな・・・」
・・・どういう意味だ?質問のレベルが三段くらい上がったな・・・。
「んん・・・確かに俺は今仮面をつけて変身しているけど、この姿も俺だよ。別の誰かじゃなくて」
たとえ他人のお面だって、ずっとかぶり続けていればそれがもう一つの自分の顔になるだろう。
本当の顔は1つしかないなんて決まりはないのだから。
「だから・・・。お面をつけた顔と、付けてない顔、両方自分だという人もいるだろうし。お面の下が本当の顔だという人もいるだろう。お面をつけて初めて本当の自分になると言う人もいるかもしれない」
「・・・・・・」
「暴けばいいというものではない・・・と思うよ。俺はね」
子供はひらりと飛びおりた。慌てて後を追いかける。
「あの子を・・・止めてあげて・・・」
「キヒヒヒヒヒ・・・・・・」
嗤い声が聞こえる。
瞬きの合間に捻れた空間にたどり着く。ムジュラの仮面が創り出した、月の中の牢獄。
ぎらぎらと魔力が輝く。仮面から両手が生える。足が伸びる。呪いの化身は地に降り立った。
「オドルワ、ゴート、グヨーグ、ツインモルド。来い!コイツを殺せ!」
―――――しかしなにも起こらない。誰もそんなことは望んでいない。憑きものはもう落ちている。
「!? なぜ来ない魔物共!誰が貴様らを拾ってやったと――――」
魔力を纏った剣がムジュラの化身を叩き飛ばす。
壁に激突した化身は魔力をぶちまけた。うめき声と共に腕の先が鞭のようにしなる。
「ガアアアアア!!」
ムジュラの魔人が腕を振るう。目にもとまらぬ速さで鞭は空を切り、鋭い音を響かせる。――よりも速く、リンクが地を蹴った。掠りもせず鬼神は鞭をすり抜ける。
一刀。
妖しき空間を踊るのは白銀のきらめき。
剣は魔人を真っ二つに斬った。
ガラスの割れるような甲高い音が散らばった。
声が聞こえる。いくつものいくつもの怨嗟が。魔人からこぼれ落ちては泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて――――――。
「もういいよ」
恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい・・・・・・。
「それは俺がもらうから。君たちは還るといい」
・・・・・・・・・悲しい。哀しい・・・。
動かぬ魔人から流れ出た呪いの魔力を、リンクは掬って飲み込んだ。ごくり。
鬼は食らう。全てを喰らう。
闇も混沌も。邪悪に染まった願いも。
とうに変質してしまった祈りさえ、共に連れて行こう。
飲み込んで噛み砕いて糧にする。そうして鬼神は強くなった。そうしてまた強くなる。
「おやすみ」
「あっ」
月がひび割れた。
鈍色にも見えるし金色にも見える。不可思議な満月が幾つもの亀裂と共に崩れていくのを、タルミナの人々は見ていた。
小さな声を漏らした妖精の姉弟は、長い夜が終わるのをはっきりと感じた。
潮が引くように暗黒の空が消えていく。代わりに東の空から蒼穹が流れてきた。
暖かな太陽が目を覚ます。新しい日の朝がきた。
歪んだ時は戻る。時空は編集される。
大地を照らす日輪を、人々は眩しそうに迎えた。
時は戻る。
時は戻る。
時は戻る。
リンクとエポナは山の中にいた。
「ありがとうございました」
一拍置いてリンクの意識が明確になる。高い木々に囲まれた道で、1人と一頭が立っている。
声が聞こえた方向を見ると、ムジュラの仮面を持ったお面屋が立っていた。
「アナタのおかげで仮面は力を失いました。もう、誰かを操ることもないでしょう」
「終わったのか」
「ええ。全ては元通りに」
スタルキッドと妖精達に会う前まで時は遡った。つまり、なにもなかったことになった。
けれどリンクの腰には刀と鬼神の仮面がある。カバンの中にはお面も沢山あるだろう。全てが時空の狭間に消えたわけでは無い。
「さて、ワタクシは旅の途中ですので、これで・・・」
「・・・ああ」
「ところで・・・これは独り言なのですが」
「ん?」
大きなリュックを背負い直して、お面屋は言葉を続ける。
「出会いがあれば必ず別れは訪れるもの。ですがその別れは永遠ではないはず・・・別れが永遠になるか一時になるか・・・それはアナタしだいですよ」
「・・・・・・」
「それにアナタ・・・随分たくさんの人をしあわせにしてあげましたね。アナタの持っているお面と仮面にはしあわせがいっぱい詰まっている。これは実にいい幸せだ」
柔らかいそよ風が髪を揺らした。
すり寄るエポナを撫でる。
「全てが時の影に消えても、それでも残るものはあります。ですから――――ええ、どうかお元気で」
「ありがとう、お面屋。貴方もお元気で」
振り返ってエポナに跨がる。この思い出を抱えて、旅はまだ続くだろう。
胸を冷やす寂しさを、もう少しだけ感じながら。
走り去る2人を深い緑だけが見ていた。
冒険が終わる。