Dreamer -My Imaginary Irelia's brother- 作:Moa
俺は今、運命の岐路ってやつにいる。
イレリア……ずっと言い聞かされてきた敵と戦うことになった。
『捕まれば死より酷い事になる』『降伏したからといって助かるかはわからない』
胸が締め付けられるほどに高鳴って、失敗できないという事実に直面していることを嫌でも実感する。
長い黒髪の後ろ姿。こちらを向く気配はない。
あの人、俺が死ぬまで忠誠を誓った彼がかけてくれた言葉を思い出す。
――撃つのに有利な場所を取れるかは非常に重要だ。裏を取れ。上から攻めろ。まあ口でならどうとでも言えるんだけどね。
魔法の弾丸を作り上げようと力を込める。自分の中で渦巻く魔力を吐き出して念じる。
空中に真四角の透明な箱が現れ女へと飛び出していった。箱は至近で爆発すると辺りを煙で覆いつくす。
もう一度念じる。煙の中にありったけのキューブを撃ちこむ。
無数のキューブが軌道を描く。一度にこれだけの数を出したのは初めてだ。
土壇場、今までにない程の好調に思わず笑みがこぼれる。
これでどうだ。流石に動けないだろう。
なのにあの女は。
「……これだけか?」
煙が晴れた先、無傷で背を向けていた。
「ほんの一瞬動きを止めるだけじゃないか。かすり傷だ」
イレリアが右手を上げると上空に浮かぶ刃がふわりと舞い上がる。手を振り下ろすと刃が俺の方へ向かってきた。
「させない」
赤黒いノクサスの紋章が描かれた右手を伸ばし念じると、眼前が光り輝きどこからともなく透明な板が浮かびあがる。刃の連撃を板で受ける。
あの人の声が聞こえる。
「後ろ見なくていいのかい」
「それで私が振り向くとでも?」
見なくても勝てるってか。気に入らない。
「君の為に忠告しているんだがね」
刃が俺に飛び掛かる。防壁を展開。
けど刃は全方向から同時に降り注ぐ。対応しきれない。とっさに頭と胸を守った代わりに腕に突き刺さった。
激痛に意識が遠のく。駄目だと思うのに身体が勝手に地面にへばりついた。次第に目も開かなくなる。
しばらくして足音が近づいてくる気配がした。
何かが無造作に床に落ちる音。
「ナユタ? どう、して」
あの女の声だった。
「……切り刻んでやる」
殺気を感じているのに身体はぴくりとも動かない。
俺はこのままイレリアに殺されるんだろう。とどめを刺さなくてもこの調子じゃすぐに死ぬだろうけど。
ふわりと身体が持ち上がった。まるで抱き上げられたような、ってそんなはずないか。こんなに優しく抱きかかえられるはずがないから。今にも俺を殺そうとしているはずの女が。
死後の世界ってやつなのかもしれないな。身体を支えるものが揺れて、なんだか心地よい。
***
夢の世界から引き戻されぼんやりと上を見上げる。
そこでの自分は魔法使いで、誰かと戦っていたような気がする。長い髪の女だ。名前までは思い出せないけど。
起き上がろうとして身体が痛む。何とか上体を起こすと目が合った。
「やあ」
目の前で紫の長髪が揺れる。ぞくり。まっすぐな長い髪と美しい顔立ち。一瞬恐ろしいとさえ思った。その隣に立つのはふんわりとした淡い茶髪の少女。肩くらいまでの長さの髪は毛先で外にハネている。幼さと大人しさを持ち合わせた彼女は後ろ手に見つめていた。
美貌の紫が口を開いた。
「目は覚めたかい? どこまで覚えてる?」
予想以上に低い声。男だ、長身の美女かと思ったんだけど。
「誰?」
と尋ねられた男は少し考え込んでから言葉を続けた。
「今までの記憶はないのかな」
頷く。
「じゃあその事を口に出して言ってみてくれ。必要な事なんだよ」
「俺には今までの記憶がない。……こういうこと?」
よくわからないままに答える。紫の男は隣にちょこんと立っている少女を一瞥して口元を押さえた。
「よろしい。他には何か思い出せることはあるかい。どんな些細な事でも構わないよ」
そう言われても。ああ、そうだ。
「ナユタ? 確かそう呼ばれてた気がする」
紫髪の男はちらちら隣を見ながら言葉に反応した。
「ナユタか。まあいいだろう。今から質問してもいいかな。知らなければ知らないと言ってくれればそれでいい。私やソフィアに見覚えはないということだね」
「全然覚えてない。そう聞くってことは知り合いなの?」
茶髪の少女、ソフィアが控えめに微笑んだ。
「ソフィア・ミュラトールです。よろしくねお兄ちゃん」
「お兄ちゃん?」
ソフィアは緊張した面持ちでナユタを見つめる。
「……覚えてなくてごめん」
「だ、大丈夫だから。そんなに申し訳なさそうな顔しないでよ」
ソフィアに続いて男も名乗った。
「アレックス・バイロンだよ。あまり堅くならず気軽にバイロンって呼んでくれると嬉しいな。ナユタ、これからよろしく」
彼はウインクして手を伸ばした。一拍遅れて握手しようとしたのかと気づいてナユタも右手を伸ばす。自分の手の甲に何か赤黒い模様が描いてある事に気付く。手の甲を気にしているとバイロンは答えた。
「これは我が帝国ノクサスのシンボルだ。この文様を身体の一部に持つ者は必ず深い忠誠を持つ。君はその紋章を持つ者として選ばれたのさ。ともかく君が生きてて良かったよ」
「えっと、ありがとうございます?」
「礼を言われるようなことはしてないさ。全て私が私の為にやったことだから」
バイロンが笑いかける。
「君はまだ知らないことだらけだろう、けれど心配はいらないよ。私たちがついているからね」
右手の文様が、ほんのり温まった。