Dreamer -My Imaginary Irelia's brother-   作:Moa

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幾多の夢

 向かう途中ナユタ達は遠くにぼやけたものを見た。砂漠に立つ塔のような線が揺らめいている。

「あれは?」

 ナユタが聞くと案内人が答えた。

「『時の塔』。頂上に登れたら死者蘇生の奇跡すら起こせる、って伝説がある」

「本当かな」

 疑問にはカイ=サが口を挟んだ。

「無理ね。登り切る前に死ぬわよ」

 それは決して大げさな発言ではなかった。塔の入り口に辿り着くことでさえ命がけだ。

 

 捻じ曲がった時が侵入者を翻弄し、あるべき世界の形を書き換える。

 世界は変わるものだというのに塔は変化を拒み、一定を保存し続ける。塔に入るという変化をもたらそうとした者が老いて放り出されるのはその反動か。

 その話を聞いてなおも塔に足を踏み入れる者がいるなら、類まれなる執念を持つに違いないだろう。

 

 

「そうですか。じゃあ登るなんて無謀ですね」

 ソフィア・ミュラトールはあっさり退いた。

「ええ。今日の事は忘れなさい」

「大丈夫ですよ。……身の程はわきまえてますから」

 か弱くいじらしい笑顔だった。

「ええと、なんでしょうか?」

「何でもないわ」

 

 

「夢は、叶わないから夢なのかもしれませんね」

 ふわりと茶髪を揺らすソフィアの言葉にカイ=サは答えた。

「大切な人に生きてほしいと願うのは永遠の夢。……夢、だわ」

 

 

 

「父さんがいたんだ」

 町へと向かう途中、ぽつりぽつりと呟く。カイ=サが話し始めた過去は想像より遥かに壮絶なもので。

「私の住んでた村ごと滅ぼされて、でもその時父さんは村にはいなかった」

「それは」

 

 ナユタは一瞬『何か』を見た。知っているような気がする。武器を振るう男。倒れる人々。見知らぬ建築様式の室内。

 長い黒髪が部屋に入ってくる。どこかの貴族だと言われてもおかしくない美女の口から放たれたのは、この世の終わりかという冷たい声。

 

 すぐに現実に引き戻される。

「幸運だったんだと思う。多分、父さんは」

 

「父さんが今どうしてるか確かめたいの」

「会えたらいいな」

 ナユタは思ったことを素直に口にする。だが彼女の返答は。

「『会う』必要はない」

「何で?」

「化け物だからよ。生きるためには仕方なかった。だけど、もし化け物だって面と向かって父さんに言われたらと思うと怖いの」

 ナユタは心臓が急に締め付けられるような気がして息を吸い込んだ。

 

 

 

「父さんは優しくしてくれたけど、ずっと優しかったけど。それでも怖いのよ」

「化け物なんて言うかな」

 ナユタは疑問視する。

 

「向こうから見たらある日みんないなくなっちゃったんだろ。それでもし一人だけでも生きてて、それが自分の家族だったら。会えてよかったって、俺だったらそう思うよ」

 

「……ありがとう」

 微笑みが返される。彼のそれが嘘偽りない気持ちである事をカイ=サは感じ取った。

 

 

 

 

 遠くに街が見える距離まで案内されたところで別れを告げられる。

「これ以上人里には近づけないから」

 カイ=サが姿を見せればどうしても恐れられてしまう。悲しいけれど。

 

「本当にサンキューな、助けてくれなかったらどうなってたか」

「ビームがぎゅーんって出てきてかっこよかったです」

 

 

「ほら、お礼は?」

 ナユタの言葉に案内人は渋々ながらカイ=サに礼を言う。

「……た、助かった」

「もう、無理に感謝させなくていいのに」

 口ではそう言いながらもカイ=サはナユタに優しい目線を向ける。

「素直になれないだけで感謝してないということではないんですよ。命を救われたんですから」

 ソフィアの言葉に案内人はガクガクと頷く。

 

「そう。それが本当なら嬉しいわ。水の恵みがあらんことを」

 砂漠で育った少女らしい祈りの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイ=サは微かな違和感をそっと取り除く。ソフィアが『兄』との仲を自慢げにアピールしていたことについて。

 それは兄というよりまるで。

「仲睦まじい恋人みたいな」

 顔立ちが似ていないから余計にそう思うのだろう。

 

 彼らの関係が何であろうと、幸せならそれでいいのだけれど。


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