Dreamer -My Imaginary Irelia's brother- 作:Moa
「お前は何者なんだ?」
ナユタにそう聞かれた男淡々と答える。
「ウィルと申します。僕は『刻印持ち』の一人でして。長らく帰還できずにおりましたがようやく戻れました」
ずっと無表情だ。
「俺はナユタ。ナユタ・ミュラトール」
「……ミュラトール?」
意外、という顔でウィルは首をかしげる。
「うん。わたしのお兄ちゃんなんだ」
「兄がいたとは初耳でしたが」
「わたしのお兄ちゃんなの」
「了解しました。よろしくお願いします、兄上」
「ウィルの兄上じゃないんだけどな俺」
「嫌ですか」
別に嫌というわけではないと言うとウィルはそれなら良かったと無表情で答えた。
「それとね、これは言っておかないといけないんだけど。お兄ちゃん過去の記憶がなくなっちゃってるの」
「そうですか」
多分戻らないと思うけど未来なら一緒に見られると信じてる。ソフィアは悲しみと希望を忍ばせた表情でそう言っていた。
「ウィルにも文様があるのか?」
「当然です」
ウィルは淡々とした顔で右手を見せた。手の甲にはくっきりとノクサスの紋章が描かれている。
「良かった。薄くはなってないね」
ソフィアはそれを見て安心した様子だ。
「はい。消えかけていたら悠長に会話などせず真っ先に帰る方法を聞いていましたよ」
「この調子なら大丈夫そう。ちょっと寄り道してもいい?」
「問題ありません」
話が見えないナユタはソフィアにふと疑問を口にする。
「なあ、それ薄くなると問題あるのか?」
「それは……ミュラトール嬢、言っても構いませんか」
「うん、大丈夫」
ソフィアに了承を取ってからウィルは淡々と事実を告げる。
「完全に消えると死にます」
それを聞いて、ナユタは言葉を失った。
「ナユタ死んじゃうの?」
アニーの言葉。
「死なないよ。消えないから」
ソフィアはアニーの頭を撫でながら言った。あたしもと言いたげにデイジーが頭を差し出してくるので彼女の事も撫でる。
「文様が消えると死ぬ。死ぬと文様が消える。そこに一切の例外はない、のでしたね」
「そうだけどアニーちゃんもデイジーちゃんも怖がってるでしょ」
「失礼いたしました」
「腕を切り落とされたりとかしない限り大丈夫だよ」
ソフィアの言葉は果たしてフォローになっているのだろうか。
ともかくソフィアの提案でアニー達を家まで送ることになった。
「すみませーん」
「誰かしら」
女の人が現れる。多分彼女がアニーの言っていた養母だろう。名前はリアンナというらしい。
「ああ、帰ってきたのね。この人たちは?」
「はじめまして。ソフィア・ミュラトールといいます」
「ミュラトール。そういえばノクサス領にそんな名前の場所があると聞いたわね。で、何よ」
「ご家族は旦那さんと、あとは娘さんがお二人だけですか?」
「そうだけど」
何なのよこいつ、と若干面倒そうにリアンナは答える。
「旦那さんともお話させていただきたいんです。大事な話なので」
元々アニーを産んだのは別の女性だ。実の母親アモラインには魔法の才能があっった。だが彼女の生みの母親は訳あって亡くなってしまいアニーの父であるグレゴリは再婚した。その再婚相手リアンナの方の娘がデイジーだという。
「連れ子持ち同士の再婚で相手の子と相性が悪かった、ということですか」
無言はおそらく肯定。口頭よりは不確実だが予測は立てられる。ソフィアは続けた。
「責めてるわけじゃないんです。苦手な人がいるのは別に悪いことじゃないですから。それに、その子が特別な力を持ってたらなおさら複雑になるのも仕方ないですし」
少しリアンナの顔が歪む。やっぱりそうか。ソフィアはそのまま話を続ける。
「アニーちゃん、動く骨に狙われた時に炎の魔法を使って撃退したんですよ。ぬいぐるみが魔法で大きくなって、あの子を守ってくれたんです」
「何言ってるのかしら。そんな事あるわけ」
「さすがに見ないと信じられないですよね。だけど、たぶん……あの子はまだ自分の能力が制御できていないんです。それができれば、彼女の力はきっと役に立ちます」
「どうやって?」
「魔法使いの育成をしている知り合いがいるんです」
「だがまだアニーは小さい」
グレゴリが止めようとするのも概ねソフィアの想定の範囲内だ。
「いいんじゃない。才能があるっていうなら有効活用できる場所に行くべきじゃないの」
妻の方が先に同意した。言外に聞こえる邪魔だという言葉は聞こえないふりをする。
「だがアニーを一人でというのは」
躊躇うグレゴリにソフィアが助け舟を出す。
「時々状況は報告します。数日はこの地に留まりますので、結論が決まったら是非。アニーちゃんが行きたいと決めたならわたしはいつでも歓迎してますから」
帰り際、ソフィアは夫婦に告げる。
「最後にひとつだけ。わたしも魔法使いのようなものなんです。生まれた時から持っている、自分ですら止められない力。でも、自分を制御することを覚えたことで力はそのままでも上手くやれてると、そう思ってます」
娘たちを送り届けた後、ナユタ達三人が話している。
「あれってどうしたんだソフィア、なんでいきなりアニーを」
「えっとね、バイロンさんから言われてたの。使えそうな人間がいたら連れてきてくれって」
「どう?あいつ来そう?」
「わからないけど、明日もう一押ししてくるよ」
「大丈夫ですか?」
「アニーちゃん以外は魔法使いってわけでもないみたい。普通の人だし」
「ミュラトール嬢が交渉役であれば騙される事はないでしょう。しかし万が一物理的な手段に出られたら」
「お兄ちゃんが守ってくれるよ。ね、そうでしょ?」
「当たり前だろ」
「であれば、必ず守るのでしょうね」
「うん、必ず。わたしを信じて」
「信じるも何も事実でしょうから」
泊めてくれる家があるとソフィアから聞いている。そこへ向かい歩き出したその時、ソフィアはつまづいた。ナユタが気づいて身体を支える。それがなければ地面に倒れていただろう。
「ソフィア?」
触れた箇所が熱い。
「大丈夫か?やっぱり熱あるんじゃ」
そう言われ、ソフィアは首を横にぶんぶん振る。
「ち、違うもん。わたし」
「顔赤くなってるような」
「大丈夫だから!」
ソフィアは助けてとばかりにウィルをちらりと見る。
「病気ですか?」
「人にうつるようなものじゃないから」
「だそうです」
「……無理するなよ」
ソフィアは誰にというわけでもなく心の中で呟く。
(わたし、おかしくなっちゃったかな。お兄ちゃんが来るまでこんなことなかったのに)
その夜はバイロンの息がかかったとある家に泊めてもらった。ウィルが迷う前に一度泊まった場所で、家主はウィルの帰還を喜んでくれた。
「ウィル、お前生きてたんだな」
「なんとか」
「手は大丈夫か」
「はい。消えてませんよ」
「逆に消えて生きてたら大変な騒ぎなんだが」
「死ななければ、決して消えない」
ウィルはただ手を眺めてそう呟いた。
深夜、ナユタは外から聞こえる騒ぎ声で目を覚ました。外は赤色に染まっている。
どうやら火事が起きたらしい。
そして、その方向は、昨日訪れた。
ナユタは、隣のベッドで眠っていたあまりに端正な直線姿勢のウィルを起こす。
「火事だって。アニーの家の方。確かめてくる」
ナユタはそう告げると答えを待たずに走り出した。