Dreamer -My Imaginary Irelia's brother- 作:Moa
それから数日後。バイロンはナユタとソフィアの家に訪れた。
ソフィアと話し合うためだ。浜辺にいた男に襲われた件から空気がピリピリしていた。
「……よりによってアイオニアとはね」
ソフィアが紅茶を淹れる。啜ってからバイロンは悩ましいなと呟いた。
「また向こうから誰か来ますかね」
「準備できていないのだけれど」
二人が会話していると起きたらしいナユタが部屋に入ってくる。
「やあナユタ。怪我はもう大丈夫なのかい」
「完全にってわけじゃないけど」
ナユタはソフィアに誘導されるまま空いた椅子に座る。
「はい。お兄ちゃんは甘めがいいんだよね」
「ありがとう」
ソフィアはナユタの紅茶にミルクと砂糖を入れた。バイロンがストレート派なのと対照的だ。ソフィアも甘めのミルクティーを作るとちょこんと座ってカップをふーふーと吹いている。
「熱いの苦手?」
「えへへ」
ごまかすように笑うその表情もナユタにとっては安らぎだった。
「浜辺に来た人間はアイオニアからポータルを通ってきたらしい」
ナユタは顔を蒼くする。敵がいつ襲ってくるか。勝手に押しかけて平和を奪っていく何かを想像して胸のあたりが苦しくなる。
「あれはもう処理したから安全だが、イレリアにでも来られたら危険極まりない。気まぐれなポータルは最近急に活発になってしまって困るね。いっそ仕留めにいくか」
「だめですよ!殺されちゃいますって」
ソフィアは必死に拒否する。
「だがイレリアは無抵抗の人間を殺さずにいてくれるだろうか?彼女はノクサス人ではない。それどころか君とは真逆の人間かもしれない。もし否という答えが判明した時には手遅れなんだよ」
その言葉にハッとした様子のソフィアはそこで初めてわかりましたと力なく答えた。
「我らノクサスにとっては憎き敵国アイオニア。例えばその地に生まれたイレリアという女の首を取れば私達のノクサスでの地位は約束されるだろう。そうすれば私も研究に専念できるし」
「勝てない相手に挑むのは無謀っていうんです」
「ソフィアは昔からそうだね」
「ええ。あなたが教えてくれたんですよ」
ある日ナユタがバイロンとソフィアの二人に連れられた場所はとある街だった。
「闘技場が有名なんだ。席を確保できたから皆でと思ってね」
受付に向かうと周りの声が聞こえる。ドレイヴンという名前が何度も耳に入ってくる。ふとドレイヴンって誰?とナユタが聞いてみたところバイロンやソフィアではなく受付に呆れられた。
「ドレイヴンも知らずになんでよりによって今日来たんだ」
「許してやっておくれ。私が無理言って連れ出しただけなんだ。ドレイヴンどころか自分の記憶ごと失ってしまっててね」
「お、おう。そりゃ難儀なこった。戻るといいな」
あー。バイロンは複雑だという気持ちを表すかのように何とも言えない声を出す。多分戻らないだろうね、と。
バイロンは勝敗予想を語り続けた。普段冷静な彼からは想像がつかないほど楽しそうでナユタは微笑んだ。ああ、いや、研究について語るときもこうだったか。
「ドレイヴンは間違いなく勝つだろうけどね。他は久々の観戦で聞いたことがない名前も多くて未知数なんだよ」
「嬢ちゃんは賭けないのか」
ふと受付に聞かれたソフィアだが上目遣いで断った。
「遠慮しておくね。どうせならダウトがいいな」
か弱いとか可愛らしいというおよそノクサスらしからぬ形容が似合う少女に対して受付の男は頭を抱えた。
「あー。ありゃ駄目だ。金を賭けるのはナシだ」
どんなゲームなの。ナユタが聞くとソフィアは嘘をうまくつけるか、そして見破れるかを競うシンプルなゲームだよと優しい笑顔で教えてくれた。
「こいつ闘技の勝敗予想はさっぱりだがダウトだけは強いんだ。……本当はイカサマしてるんじゃねえかと思うくらいにな」
「カードを盗み見したことは一度もありません。それに疑うならいくらでも調べていいって言ったじゃないですか」
「ああ、証拠はなかった。悪かったよ」
「ふふ、ならいいです」
ナユタはその会話に不満げだ。
「何だよ酷いな。ソフィアがズルしたみたいな言い方」
「強さを褒めてくれたってことにしておこうよ」
ソフィアがいいなら俺が怒る事でもないかとナユタはこれ以上の追及を避けた。
なんてやりとりを終え進み、最前列に座る。
「特等席ですね」
まだ誰もいない場を見下ろしながらバイロンは嬉々として語る。
「ドレイヴンは天性のエンターテイナーなのさ」
戦士たちの入場。観客が沸き上がる。一戦目は暴れ牛と戦う槍使い。それを見て頼まれてもいないのにバイロンが話し続ける。
「ヴィスチェロ・スタイルじゃないか!牛相手なんてアリスターを思い出させるね。ああ、ヴィスチェロというのは昔闘技場にいた戦士の名前でね。一人で闘技の概念を変えたとまで言える存在なんだ。突然消えてしまったのは惜しかったな」
「ヴィスチェロ現役時代を見てたって何歳ですか?」
「ソフィア、世の中には暴かない方が良い秘密もあるのさ」
「それならわたしに暴かせないでくださいね」
「当然だろう」
いくつかの戦いを経てクライマックス。ついに本日の目玉でありノクサスを代表する戦士が現れた。
「この俺!ドレイヴン様のお出ましだ!」
歓声が上がる。
そんな彼と相対するのは大群だった。多数を前にドレイヴンは余裕綽々。群の一人が仕掛けた剣技をあっさり弾いてからドレイヴンは斧を投げ上げた。別の男が背後から槍で突き刺そうとする。獲物を奪い取り薙ぎ払う。複数人がまとめて倒れた。落ちてきた斧を拾いとどめを刺す。
「これだよ!これこそがドレイヴンだ」
バイロンは目を輝かせる。実のところ連れてこられただけのナユタはあまり興味を持てなかったのだがバイロンが喜んでるならいいかなと感じていた。
ドレイヴンが敵を倒すたびに新たな的が補充される。彼らは実際のところドレイヴンの的でしかなかった。簡単に蹂躙される。的以外のほとんどは彼の蹂躙を望んでいた。
「これで最後だ、ドレイヴン様を称えろ!」
振りかぶって大きく斧を投げる。それは地面を転がる殺人車輪となり彼の敵を轢き抜いた。
「パーフェクト。それでこそドレイヴンだよ!見れてよかった」
「本当に強いですよね。わたしもあれくらい強かったらなあ」
「無い物ねだりしても仕方ないさ。ソフィアには他の誰も持たない力があるだろう」
「ノクサスの原理に従っていないとはよく言われるんですけどね」
「確かにソフィアは一見したらそうだろうね。『トリファリックス』……ノクサス帝国三原理の『予見』、『力』、『狡智』。この三つが揃って初めて真のノクサス人と他者には評価される」
「そっか」
ナユタは少し戸惑った。それがノクサス三原理だというのなら、隣にいるこの、いかにも非力で人を疑わなそうな少女ソフィアはどうなるんだろう?
「だが彼女の育ちを考えると納得だよ。そもそも生まれた時からノクサス人だったわけじゃない。単純な武力という点では確かに『らしくない』と私も思うが彼女は別方向の力がある。ノクサスでは後方支援が軽視されがちなのが困りものだが」
「ソフィアって人を疑わなそうだなって思ってさ」
その時ソフィアはきょとんとナユタを見つめた。
「『人を疑わない』。そっか、お兄ちゃんにはそう見えるんだね。……わたしからしたらお兄ちゃんの方がずっと」
後半はよく聞こえなかったが、このあたたかな少女を見ていると守ろうという気にさせられる。
「俺が守らなきゃ。ソフィアが騙されないように」
「そうしたらわたしがお兄ちゃんのこと助けるからね」
遅くなってしまったがそろそろ帰ろうか。バイロン達だけが知るポータルを操ればこの時間でも村に戻れるらしい。
「ちょうどこの辺りに」
バイロンが石の周りを歩いている時だった。何か影が宙に舞い上がり着地する。一連の流れをナユタは見ていることしかできなかった。
敵意を感じ取り魔法の壁を生み出す。しかしフードの男は飛び上がるとその『壁』に手をかけて飛び越えた。そのまま後ろに回り込むよう着地。ソフィアの喉元にナイフを突きつけた。
「……俺に協力しろ。そうすれば殺さない」
「ソフィア!」
ナユタは男からソフィアを取り戻す方法を考える。だが起死回生の一手はない。
ソフィアは突然の襲撃に一度驚いたもののすぐに落ち着いた。微笑んで二人に呼びかける。
「だって。ふたりとも武器を置いて。もうびっくりしちゃった」
バイロンは迷いなく鞭を地面に放った。彼もナユタの目からすると動揺しているようには見えない。
「で、でも……」
まだ抵抗しようとするナユタに気づく。それを見てナイフが首に押し付けられる。ほんの少し動かせば。そうなってから初めてソフィアはかたかたと震え始めた。
「……だ、だめ」
「ソフィア!」
「お兄ちゃん、だめ。攻撃しないで。だって、そしたら殺すって。わたし死にたくないよ、たすけて」
ソフィアは涙声になって足を震えさせている。やわらかい茶髪がふるふると揺れた。
「このままじゃソフィアが」
戸惑うナユタをバイロンが怒鳴りつけた。
「君はソフィアを殺したいのか! ノクサス人を相手に勝てない抵抗は最悪の一手だ。いいから黙って彼女の言う事を聞け!」
びくり。ナユタの動きが止まる。
「話がわかるじゃないか」
たすけて、と声にならない声をあげるソフィアの事を考えると他に手はなかった。
「わかった」
そこでナユタは仕方なく無抵抗の意思を示す。
「君は何が目的だい」
バイロンは冷静にフードの男に問いかける。
「『刻印持ち』の主だろ。一人貸せ」
「何の為に」
「養父の手がかりを探すためだ」
「いきなり強引すぎやしないか。まあソフィアの存在には代えられないか。君、名前は?」
「タロン。タロン・デュ・クートウ」
「……え?」
バイロンが一瞬呆然とした。
「カシオペア嬢の兄上の?」
「で、味方するんだな」
「するよ。だからソフィアを無傷で解放してくれないか」
タロンは言う通りナイフを離した。動けずがくがく足を震えさせるソフィアの背中をタロンは面倒そうに押した。倒れこんでくるソフィアをナユタが抱き留める。
「大丈夫か?」
「お兄ちゃんのばか。怖かったよ。お兄ちゃんが逆らったせいで殺されちゃうかとずっと心配してた」
「ご、ごめん」
ナユタの腕の中でソフィアは呼吸を落ち着かせていった。
仕事はあっさり終わった。強さはそこそこ(あくまでタロン基準での『そこそこ』なのが厄介なところだ)で構わないが絶対に裏切らない存在が必要な仕事だった。それはすなわちダリウスが率いるトリファリアン・レギオン以上の信頼を『刻印持ち』に抱いていることになる。
「助かった。これは餞別だ」
タロンは金貨が詰まった袋を何の躊躇いもなくナユタに投げつける。どちらかと言わずとも無愛想だが、それで十分だった。
「ありがとう……家族、見つかるといいな」
「当然だろ。俺は何を犠牲にしても真実を見つけ出してやる」