Dreamer -My Imaginary Irelia's brother- 作:Moa
ナユタは手袋をつけていることを確認して浜辺のポータルに飛び込む。
ほどなくして金属に囲まれた街の一室にたどり着いた。
「ん……ポータル通ってすぐはちょっとふらふらするね。お兄ちゃんは大丈夫?」
「ああ、平気。薬貰いにいくんだよな」
「うん。一緒に来てくれてありがと」
きっかけはバイロンからの依頼だった。
――君達には旅に出てもらう。だがその前に、ある男に会いに行ってほしい。
――理由は?
――この世界を楽しむための天啓かな。
――よくわかんないんだけど。
――わからなくてもいいの。言われたとおりにしていれば大丈夫だよ、お兄ちゃん。
ソフィアが教えてくれたのはここが科学技術の発展した街である事。昔は陸続きだったが東西を結ぶ海路が作られ発展したという。都市は上下に広がっており、上がピルトーヴァー、下がゾウンと呼ばれているそうだ。
異国で出会ったナユタを初対面でノクサス人だと気付く人は殆どいない。ノクサス領は年々のうちに広がって様々な人種を取り込んでいるから見た目だけでは判断しにくいのだが。
ふとソフィアが気づいた。この街に暮らしているのであろう少女がナユタを見て口元を抑えている。隣に立つ少年が不機嫌そうに少女の肩を叩く。とはいえ見られているだけだ。何か実害を与えようとしてくる気配はない。
しばらく呼吸を止めていた少女は流石に耐えきれなくなって手を下ろし息を吐き出す。深く吸い込む。胸に手を当てる。
「あのひとカッコいい」
うっとりした声の少女に少年の舌打ちは聞こえなかったらしい。
「ふふ、事実顔はいいよね」
「何の話?」
「ううん、なんでもないよ」
科学技術の街だと紹介されていたが予想以上だった。ここまで金属に囲まれた場所をナユタは初めて見た。ノクサスで見た金属は大抵武具だった。金属が動くのを見てナユタは新鮮さに目を輝かせた。鎧は普通動かない。動く鎧は人間が着ている鎧だけだ。『鋼の魂奪者』でもない限りは。
高低差のある都市迷宮に翻弄されるナユタ。不慣れなのでこればかりは仕方ない。
辺りに溢れる機械とそれが動く音。人も多いし一瞬で見失ってしまいそうだ。
「迷いそうだな」
「じゃあ手繋ごうかお兄ちゃん。そうしたら大丈夫」
答えを聞くより先にソフィアはナユタの左手を取る。手袋越しだが暖かさは伝わってきた。
ナユタの思いが、ふと言葉としてこぼれた。
「俺が守るから」
「……ありがとね」
やさしくて怖がりで可愛らしくて、力が支配する帝国のイメージとは似つかない少女は兄に向けて微笑んだ。
これだけ人が多いと警戒していても難しい。
建物の合間を抜けて人波をかいくぐる。何度かスリに狙われそうになったがかわす。『壁』は最終手段だ。
――魔法使いというのは基本的に目立つのさ。科学技術が支配する場所では尚更ね。
確かバイロンがそう言っていたから。
暗い路地に緊張するナユタとは裏腹にソフィアは軽やかに歩く。
「油断するなよ」
「してないよ。それにお兄ちゃんが守ってくれるんでしょ?」
見上げられると弱いな、とナユタは思う。
「そのつもりだけどさ」
目的地にたどり着き、ソフィアは臆さずドアを開ける。
「おじゃましまーす」
明るい声が響く。反応はない。しばらく反応がないことを確認するとソフィアは怪しげな室内に乗り込んでいく。
そこにいたのは男だった。俗な言葉を使うならそう、ハゲだ。怪しげな薬品を調合しては笑っている。
「アレックス・バイロンの使者。ソフィア・ミュラトールです」
ソフィアの声に気付いて男は振り返る。
「君か。知らん顔が増えているが」
「あ、はい。こちらはわたしの兄でナユタといいます」
「兄弟がいたとは初耳だな」
「言ってなかったので」
「お兄ちゃん、こちら錬金術師のシンジドさん。時々薬が必要な時に来てるの」
ソフィアは慣れた手つきで丸薬の詰まった袋を受け取る。
「この薬は?」
ナユタの疑問にシンジドが答えた。
「飲むと数日は眠らなくて済む。代わりに効果が切れた時には数日眠る事になるが」
その言葉に、ナユタは固まった。
「ほんとに便利で助かってます。あれ? 何変な顔してるのお兄ちゃん」
ソフィアはわけがわからないという顔で首をかしげる。
「これって身体に悪くないの? 仕事大変ならバイロンに代わってもらえないか聞いてみるけど」
今度はソフィアが固まった。微かに頬を紅潮させながらだめ、と呟く。
「本気なんだお兄ちゃん。でもそれはできないの」
瞳を潤ませているソフィアはごめんねと兄を制止した。
「気持ちは嬉しい。だけどわたし以外の誰にもできないことだってある」
柔らかな少女が時々見せる決意。
「でも」
「どれだけ望んでも死ぬまで変わらないものだってある。人生諦めも肝心よ」
ナユタはそれでもとソフィアに尋ねる。
「何かないの、俺にできる事」
「お兄ちゃんに? うーん、難しいな」
考え込む仕草も可愛らしいとナユタは思う。
「あ、そうだ。もしわたしが地面に倒れちゃったらベッドに寝かせておいてくれると嬉しいな。……変な事しないでよ?」
「え!? 変なって、するわけないだろ」
「良かった。お兄ちゃんに任せれば安全だね」
ソフィアは心からの安堵を見せてくれた。