Dreamer -My Imaginary Irelia's brother- 作:Moa
緑色の何かが視界を飛び回る。
男の声が聞こえた。そこにあるのは苦痛と怒り。
倒れている男女の姿が映る。彼らが動く気配はない。
駆け寄る。
「大丈夫か」
何も起こらない。近づいて気づく。それどころか赤色に染まった彼らはもう。
胸が締め付けられて苦しい。
この痛みを感じているのはそこにいる緑の何かだと直感的に理解する。
眠る彼らに伸ばした手。
それはなぜかすり抜けた。
どういうことと疑問を抱くもつかの間。
周りに倒れているのは二人だけじゃないと気づく。
そこには刃で胸を貫かれた、俺自身の姿が。
***
飛び起きる。胸をさすって無事を確認すると、ソフィアが隣のベッドから話しかけてきた。
「何叫んでるのお兄ちゃん、わたしまで起きちゃったじゃない」
「死ぬ夢を見たんだ。動く金属がたくさんあったから多分この街かな」
「ただの夢でしょ」
「だといいんだけどな」
忘れようと思いながらソフィアと手を繋いで進む。ふと視界の端にあるものが気になった。
石ころだろうか。なのにナユタは不思議とそれが気になった。周りの人は気にする様子もない。ソフィアに了承を得てそれに近寄ってみる。掌にすっぽり収まる大きさの鳥だった。
「鳥?」
ナユタは鳥を手で掬いあげる。灰色に汚れていたがナユタが撫でると埃が取れて青色の毛並みが明らかになる。
「きれいな色だね」
よく見るとどうやら羽根を怪我しているようだ。何かできることはないだろうか。
「ソフィア、薬塗ってあげてもいいかな。このまま放っておくのも何となく気分悪いし」
「え。……どうしてそんな。急に必要になるかもしれないのに」
「助けないといけない気がしたんだ」
ソフィアはナユタの目を見て溜め息をつく。
「ああもう、後悔しても知らないからね。無くなっても分けてあげないもん」
羽根に薬を塗りこんでやると青い鳥はぱたぱたと周りをくるくる飛び始めた。
ささやき声が聞こえてナユタはふとソフィアに尋ねる。
「何か言った?」
「なにもないけど」
しばらく周りを飛んだ青い鳥はぴいぴい鳴いてゾウンの灰色をした空へと飛び去って行った。
***
「早く帰ろうよお兄ちゃん」
そうだなと昇降機を探す中、ふと辺りを見回す。
「何かが呼んでる」
「そんなの聞こえないけど……ああもう、ちょっと勝手に引っ張らないでよ。聞いてるのお兄ちゃん!?」
呼ばれた気がした先に行ってみると、男女が集団に取り囲まれているのを見つけた。
「そこをどけ!」
そう叫んでいる男たちはゾウンの犯罪者集団だろうか。
ナユタは一歩踏み出すが、腕を引っ張られた。
「待って、本気で行くつもりじゃないよね?」
ソフィアが不機嫌そうな顔で見上げてくる。
「放っておけないよ」
「それ今回の仕事じゃないと思うんだけど」
ふわふわした茶髪を揺らしながらソフィアは引き留めてくるが。
「でも」
「一人であれだけの人数を止められる? 言っておくけどわたし弱いよ、足手まといにしかならない」
穏やかな雰囲気の少女。到底喧嘩が強そうには見えないし戦えないというのは事実なのだろう。
「なんか嫌なんだよ、寄ってたかって一人を責めてるの」
「バイロンさんも言ってたでしょ。『勝てない戦いはするものじゃない』。残念だけどあの人たちのことは」
「ソフィアを巻き込むつもりはないよ。俺一人でやる」
「だめだよ。お兄ちゃんを無事に連れ帰らないとバイロンさんに怒られちゃうんだから」
そうやって話していると。
「……なんだあいつら?」
「見ない顔だな」
気づかれた。
「助け呼ばれても面倒だな。どうします?」
「女は殺すなよ」
後ろでソフィアが震える。
銃を向けてきた男に右手をかざす。防壁が甲高い音を立てて害意を弾いた。
「何だあいつ!?」
「シールド隠し持ってやがったのか」
「余程上に住んでるらしい、これは金になる」
「見ない顔だがどこの家だ」
「ここは退いてくれないかな」
魔力を込めて撃ち出したキューブが男の前で爆発する。殺傷力自体はさほどではないが動きを止めるくらいならできる。
防壁とキューブ弾をありったけ作り出して撃退に成功するが。
力を使い果たしたナユタは膝から崩れ落ちる。ばたり。倒れて、そのまま身体が動かない。
「お兄ちゃん?」
ソフィアが持ちあげようとするが力が足りないようだ。
「ど、どうしよう。動かない」
そうしていると別の手で抱え上げられた。さっき追われていた男女だった。
彼らの家まで運んでくれた。二人は夫婦で、残酷な実験に使われていた息子―血は繋がっていないらしいが―を助けたことで追われているのだという。
ナユタは胸のあたりがきゅう、と締め付けられるのを感じた。
「息子さん、今はどこに?」
「出掛けてるよ。人助けしたり、本当にいい子なんだ」
夫婦がナユタに言うことには。
「その子、妹なんだろう? 大事にしてあげなさい」
「……うん」
今日は泊まっていかないかと言われた。予定とは違うが、満足に動けないし仕方ないとナユタは受け入れた。
***
その夜。叩きつけられるような音で目を覚ます。
慌てて駆けつけてきた夫婦によると昨日の奴らがまた襲い掛かってきたらしい。
「二人だけでも逃げてくれ」
「え、でもここまできて見捨てるなんて」
「お兄ちゃん倒れたばかりでしょ」
ソフィアのため息。
「ひと眠りしてだいぶ良くなったから」
「自覚してる症状がすべてとは限らないんだよ。……そうだ。みんなで一緒に逃げませんか」
という少女の提案だが、夫婦は受け入れなかった。
「何も知らない息子が帰ってくる事を思うとこの家を明け渡すわけにはいかない。逃げるなら君達だけで」
「だからって死んじゃったら意味ないですよ」
それは。ある日帰ってきたら世界が一変していたらという恐怖。それでも彼らは。
「息子を見捨てて生き残るくらいなら死んだ方がマシだ」
「……そう、ですか。すごいですね。命より大切なものがあるなんて」
「なら生き残ればいいんだよな」
「お兄ちゃん、勝ち目はあるの?」
「死なないって」
「まったくもう。どうしてこんなことになっちゃうかなあ」
ナユタが壁を貼り、科学者夫婦は自身の実験成果で攻撃面を担う。ソフィアも夫婦が開発した技術を活かしナユタの盾が追い付かない場所を援護。これが基本戦略だ。
玄関を補強するように壁を貼る。壁を壊そうと奴らは殴りかかっているが壊れるまでには時間がかかるはず。
「お兄ちゃんのばか」
「悪かったな」
「いまさらだよ。わたし、すごく怖いんだから。勝手に巻き込んで」
「……ごめん」
「こうなっちゃったら仕方ないよ。一緒にがんばろ」
何度も何度も叩きつける音。そのたびに力を込める。
ついに、扉が壊された。
奴らは突進して壁に叩きつけられた。だが退かない。
「薬で強化されているだけではなく、理性も奪われているらしいな」
「操られて自由に考えられないってなんか可哀そうだな」
「いま敵の心配してる場合かな!?」
「ご、ごめんソフィア」
「……可哀想っていうのは、わからなくもないけど」
夫婦は主に窓からの襲撃に対応していた。彼らが開発した機械が弾を放ち、敵の胸に直撃する。
だが、数が多すぎる。一人を倒してもまた一人が湧き続ける。刃で壁を斬られ、怪力の拳で殴られ、砲撃を受ける。壁にひびが入る。そのたびにナユタは思念の限りを込める。少し壁は修復するが損傷するスピードの方が早い。壁が削られるたびナユタの肉体と精神も消耗していく。
ソフィアがここぞというタイミングで補給してくれるものの、それでもジリ貧だ。
窓から何かが入ってくる。夫婦は照準を向けるがすぐにやめる。青い鳥だった。ゾウンで青い鳥といえば、幸福をもたらす象徴とされている。風の女神が青い鳥の姿でゾウンの人々を見守っていると信じられているのだ。
「青い鳥?」
「……これは、運が向いてきたってことかもしれない」
「とにかくやるしかないさ」
青い鳥はくるりと宙で一回転してから玄関の方へ飛んで行った。
夫婦は改めて敵を狙い撃つ。その精度は格段に上がっていた。
その中でもソフィアは辺りの警戒を続ける。窓からの射撃に集中する夫婦を突然誰かが襲いに来ないとも限らないのだ。音が近づいてくる。
「下水管から? 流石に人間が入れるはずがないけど。じゃあ誰?」
守りに徹していたナユタだったがその瞬間はついに訪れた。ヒビだらけになっていた魔法防壁がついに壊れる。一度開いてしまえば後は脆かった。もはやバラバラになった壁は踏みつぶされ消えていく。
「はは、ちょっと、無茶しすぎたかな」
昼に出せた鳩の魔法をもう一度と考えるが、力が足りない。使い切った魔力が戻っていないのだろう。
彼らは武器を振りかぶりナユタに襲い掛かる。
が、その武器がナユタに辿り着くことはなかった。風が吹いた。奴らは突然吹き飛ばされた。尻もちをついた強化人間たちの姿はちょっと滑稽だ。ナユタの身体も動きが軽くなる。ほんの一瞬前まで立っているのがやっとだったのに。
ナユタの前に白い髪の神々しい女性が躍り出る。どこから来たんだ。彼女は誰だ。助けてくれたのか?
ナユタの目の前には見知らぬ女性の後ろ姿があった。
白い髪が風に揺れる。杖を掲げながら彼女は優しい声で言った。
「あと少しよ。ほんの少しだけ時間を稼げば全てが上手くいくわ」
「本当に?」
「ええ。助けの音が聞こえてくる。機会があれば恩返しでもと思っていたけれど、まさかこんなに早く訪れるとはね」
「恩返しって、俺何かした?」
そもそも誰なんだこの人。
「ふふ、私はジャンナ。名前だけでも覚えてくれると嬉しいわ」
ジャンナと名乗った女性は襲い掛かる暴漢達に竜巻を浴びせた。男は綺麗に空中で軌道を描き、地面に打ち付けられる。
ナユタはその隙に再度防壁を作り出すことに成功する。ボロボロですぐに壊れそうなものではなく最初に出した時のように硬い。
「ありがとう、だいぶ楽になった」
ソフィア達を助けてほしい。その続きをわかっているかのようにジャンナは続けた。
「窓側は大丈夫よ。……『間に合う』わ」
「間に合う?」
「全部貴方たちが時間を稼いでくれたおかげ」
「……何!?」
全身を機械と薬品で強化したその男は常人には到底出せない速度と破壊力で、窓に飛び込んだ。
窓から飛び込んで部屋の真ん中あたりへ着地。唸り声をあげながら夫婦に拳を振り下ろそうとしていた。
その時緑の何かが視界の端に移った。
男は夫婦と拳の間にジャンプして割り込んできたそれを勢いのまま殴り飛ばそうとするが受け止められる。
逆に引っ張られた男は緑色のパンチをもろに受けた。
「ザック!」
「お前、助けに来てくれたのか」
その緑色は、スライムだった。
男の攻撃は意味を持たない。だがザックは男にパンチを何発でも食らわせることができる。戦いの結果は明らかだった。
「皆様方には感謝してもしきれません」
夫婦に礼を言われる。
「俺だけじゃなくて皆がそれぞれ力を合わせた結果だよ」
「お兄ちゃん、次から無理しないでね。今回は上手く行ったからよかったけど変に首突っ込んだらわたしまで迷惑かかるんだから」
「で、できるだけがんばる」
「ナユタ達はオイラの家族を守ってくれた恩人だ。また会ったら今度は何かあればオイラに手伝わせてくれ」
ザックはぷるぷるした身体を使い全身で感情を表現している。伸び縮みしている。ちょっと可愛いとナユタは思った。
「ん。また会ったらな」
夫婦とその息子ザックはまた隠れられる別の家を探すらしい。ザックの力を見せつけたのでしばらくは襲ってこないだろうが、『しばらくは』でしかない。だけどきっと大丈夫だ。ザックが隣にいれば彼ら夫婦が殺されることはないだろう。風の女神ジャンナだって見守っている。
妙な事件に巻き込まれたと思ったが、終わってみればナユタの気分は晴れやかだった。
タイトルはジャンナが青い鳥の姿を取る事を踏まえて若干のチルチルミチル意識