Dreamer -My Imaginary Irelia's brother-   作:Moa

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紅茶の準備を

 戦いを終えた二人は浜辺に帰還する。

 魔力の歪みが少しずつ消え、ただの浜辺に戻る。

 

 報告に向かう足取り。ソフィアはぎこちない。

「……緊張するなあ」

「大丈夫だって」

 

 

 この村で一番大きい家。アレックス・バイロンの住居に辿り着く。

 ナユタがノックをすると扉が開いた。

「やあ、待っていたよ」

 部屋に案内される。

 

「一人で住むには大きい家だよな」

「研究室と倉庫も兼ねてるから。ソフィア、紅茶の準備を頼むよ」

「は、はい!」

 ソフィアは小走りで台所に向かっていった。それを見てバイロンは着席する。

 

 

 さて、ソフィアが準備をしている間にナユタが薬を持ってきた事を報告するとバイロンは満足げだった。ナユタの言葉を聞くまでは。

「薬、使うのやめた方がいいんじゃないかな」

 予想外だったようでバイロンは目を丸くする。

「何を言い出すんだ君は。効果は確かに」

「あんまりソフィアに無理させないでほしい」

 空気が変わる。ため息が聞こえた。

 

「『刻印持ち』がそんな事を言うのは初めてだな……君の心配は必要ない。ソフィアには余力を残させている」

「薬飲ませて無理やり働かせるのが余力?」

「無理やりとは人聞きの悪いね。彼女は自分から協力してくれるに過ぎない。それに彼女の仕事は必要な事なんだ」

「俺が代わる」

「無理だ」

 即座に言い切られる。しかしナユタは食い下がった。

「できるように努力するよ」

 しかしそれでもバイロンの答えは変わらない。

「不可能なんだよ。気持ちは助かるけれど、こればかりは努力で代用できない。ソフィアの才能こそが必要なんだ」

 ナユタの胸が不快感に支配される。

「ソフィアが倒れたらどうするんだ」

「逆らうなら私も相応の対応をさせてもらうが」

 

 

「ちょ、なにしてるのお兄ちゃん!?」

 割り込む声にナユタが振り向くとあたふたしながらトレーを持っているソフィアの姿。取り落としかけたティーカップを何とかトレーの上に留めたようだ。

 手を吹きながら無事だった二つをテーブルに置く。

「ソフィア、大丈夫か」

「うん」

「割れなくて良かったよ。高価な品だからね」

「本当に。……お兄ちゃん、ちょっと来て」

 ソフィアはテーブルに2人分の紅茶を置いて、横たわったカップを直す。

 

「俺が持ってくよ。ソフィアは先に指冷やして」

「え、でも」

「いいから」

 ナユタはソフィアのトレーを受け取り先に行けという。バイロンが何も言わない事を確認してからソフィアは先に向かう。

 

 

 ナユタが台所までたどり着くと水で指を冷やすソフィアの姿が見える。カップを置いたナユタに対しソフィアは悲しげに告げた。

「お兄ちゃん、あのね」

「そういうのやめてほしいの」

「どれの事」

「説明してなかったわたしが悪いんだけど。バイロンさんに拾ってもらえたから生きていられるのに嫌われるような事しないで。仕事はわたしがするから」

「嫌いになんてなるかな」

「お兄ちゃんは何も知らないから」

「でも」

 渋るナユタに、ソフィアは泣きながら願う。

「……役に立たないといけない。捨てられたら死んじゃうの。だからお願い。勝てない相手に逆らわないで。無駄な抵抗は嫌いなの、わたし」

 涙をこらえながら進む少女の声。

「でも」

「なんだか変だよ。『刻印持ち』が薬を取り上げようとしたことなんてなかったし、わざわざ上に逆らったりもしなかった」

 

「ひょっとしてあなたは他の人とは違うのかな。……何でもない、気にしないで」

 

 儚げな少女が台所に立つ姿が様になっていた。

 ソフィアは紅茶を淹れながら凝視されていることに気づく。

「どうしたの?」

「自分でもできるようになりたい。ソフィアの力になりたいんだ」

 少女の口角が上がる。息が止まりながら少しでも吸い込もうと空気を送り込む。

「……じゃあ、次からお願いするね」

 と赤くなりながらナユタに任せた。

 

 戻ってきた二人に、バイロンは尋ねる。

「何を話してた? 答えなさい」

 言いたくないのになと思ったのも束の間、勝手に言葉が溢れてくる。

「仕事は自分でするってソフィアが」

「そうか」

「勝てない相手に逆らわないで、とも」

「重要な考え方だ。ノクサスを相手にするなら戦って勝つのが最良だが、最悪は戦って負ける事だ。そして大抵の場合ノクサスに逆らう事に勝算はない。基本的には大人しく従うべきなんだよ」

「……そうなの?」

「彼女が生き延びられたのはその賢さ故の事」

 バイロンと会話しながら、まるで自分が自分でないような感覚を覚える。

 どれだけ話しただろう。

「さて。そろそろ帰るかい?」

 

 

 紅茶の味は、よく思い出せなかった。

 

***

 

 夢の世界に落ちたナユタは鮮やかな色合いに圧倒されていた。

 

 息を吸い込むと自然を身近に感じることができる。見知らぬ場所だが不思議と懐かしかった。

 見回すと長い黒髪の女が座っていた。前にも会ったような。

 

 夢の乙女はナユタに気づくと立ち上がり走ってきた。

「ふふっ……また会えた」

 乙女は嬉しげにナユタを見つめる。感情に呼応するように背景の植物がオレンジ色に染まった。

「ナユタ! その、少し話さないか」

 少し照れながら彼女は尋ねる。そうやって笑顔を向けられる事に嫌な気分はしなかった。

「良いよ」

 

 何から話そうか。ああ、そういえばまだ彼女の名前も知らなかったな。

「じゃあさ、まず名前教えてほしいんだけど」

「は?」

 乙女は何故か驚いている様子だった。地面が青く変わる。草ってあんな色するんだ。

「あれ?」

 名前聞いただけなんだけどな。

「本気で言っているのか」

「嘘つく理由ないし」

 と言ってから前に出会ったことがある可能性に思い当たる。しかし思い出せないのは変わらなかった。

 

 しばらくして乙女は答えたが……。

「イレリア。親しい人はイリーとも呼ぶかな」

 

 嘘だろ?

 

 ナユタは思わず後ずさった。

 その名前を何度も聞かされていたから。腕をいつ落とされるか分からない恐怖の象徴として。

 端麗な美女が悪魔のように見えた。

 

 

 右手を軽く伸ばし魔力を込める。

「アイオニアの悪党ってのはお前か」

「私が悪党だと?」

「ノクサス人を無数に虐殺したって」

「向こうが先に襲い掛かってきたんだ! 理由なく殺したりしない!」

 イレリアの足元から力が伝わり、今度は草花が血のような赤に染まる。

 どこから現れたのか、彼女の背後に刃が浮かび上がる。カタカタと震えながら陽の光を浴びて煌めいた。

 

「それになんだそのふざけた模様は! 切り落とせば目を覚ますか?」

 物騒な言葉。

「……こんな事、したくないのに」

 イレリアの噛みしめるような声は、ナユタには届かなかった。

 

 宙を舞う刃がナユタに降り注ぐ。

「守りよ!」

 防壁でいくつかを弾くが防ぎきれなかった分が振り下ろされる。

 

 一度は耐えるが、もう一振りに対して間に合わない。

 思わず自身の右手を盾に。刃は滑らかに空中を滑り降りる。

 

 切り落とされる予感に思わず目を閉じた。

 

 

***

 

 

「うわっ! ……あれ?」

 目を覚まして腕を確認する。良かった、ちゃんとついてる。

 自分の寝室だった。夢か。

 

「誰かに手を斬られそうになったような。思い出せないけど」

 まあいいか。夢はただの夢だ。窓から入る光が暖かい。悪夢に叩き起こされたにしては丁度いい時間だと気づき、ナユタはベッドから降りた。

 

 

 居間に出ると既にソフィアが起きていた。

「あ、おはようお兄ちゃん」

 何やら本を読んでいる。

「朝から勉強? 熱心なのはいいけど無理するなよ」

「こうしないと落ち着かないの。大変だったら言うから」

 

 ふとソフィアが本を置く。紅茶を淹れなきゃと立ち上がるソフィアに俺がやるからと止める。

「ソフィアにしかできない仕事が何だか分からないけど、俺に出来ることは役立たせてよ」

「え、あっ。じゃあお願いするね。道具の場所とかはわかる?」

「うん」

 

 結果少々濃すぎたのだがソフィアはフォローに入ってくれた。

「何度もやれば上手くなるよ、わたしだってそうだった」

 任せてくれるみたいだ。

「練習するよ。何度でも」

 

 美味しいというよりは嬉しいのだとソフィアは紅茶を飲み干してくれた。

 

 

「そういえば変な夢見てさ」

 細かい内容は覚えてないんだけどと前置きしてから。

「誰かに右手切り落とされたんだ」

 その言葉に空気が変わった。

「と言ってもただの夢なんだけどな」

 ソフィアが深刻な表情で兄に伝えるには。

 

 

「……気をつけてね。腕が切り落されたら、死んじゃうから」




>親しい人はイリーとも呼ぶかな
遥か昔リワークよりずっと前に存在した「リーグの審判」で兄弟からIrieと呼ばれていたのが元ネタ
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