僕は高校生になった。中学で起こした騒動を引きずったまま。
あの日光から遮断した僕だけの世界。そんな部屋から僕を引きずり出した人はこの高校の生徒会長らしい。その人はわざわざ僕のことを調査して僕の元へとやってきた
差し出された手を取った僕はどういう訳か進学が認められた高等部へ通っている
高等部でも去年の僕が絡んだ騒動がそれなりに広まっており、特に1学年からは強烈な悪感情を向けられていた
僕は嫌われ者だ。でも最初から1人なら少なくとも同じ過ちは犯さない。そう思うと心が少し軽くなる
人なんて何考えてるかなんてわからないから、最初から1人の方が楽だ
生徒会の業務は僕にとってはそこまで大変なことではなかった。先輩方はもはや人間アレルギーとでも言うような人間不信に陥った僕を受け入れてくれた
だからそれに報いたくて僕は仕事に打ち込んでいた。もともとパソコンいじりは中学の頃から得意だったし、閉じこもってる間も少しだけやっていた。それがたまたま生徒会の仕事に活かされただけの話だ
生徒会室へは仕事を貰う時と仕事を終わらせて提出する時、役員の打ち合わせがある時にしか顔を出さなかった。先輩方3人の和気あいあいとしている雰囲気を壊したくなかったからだ
だって僕は何か余計なことをする度に失敗してきた人間だ。見えている地雷を踏み抜く自信が僕にはある。だからできるだけ静かに、歩み寄ることも無いし、声もかけない。形だけがそこにあるかのように過ごしていた
僕が生徒会に加入してから何回目かの役員の打ち合わせ。その時にそれは唐突に起こった
「今日仕事が終わったらみんなで食事にでも行きませんか?」
「いいですね。石上くんが入ってから1回も行ってないですし」
「ああ。歓迎会も兼ねていいかも知れないな。どうだ?石上会計?」
「……はい。是非参加させていただきます」
僕がこんなだから先輩方は気を使って誘ってくれたのだと思う。正直放っておいてくれた方が楽だった。
正直な話、僕はあまり参加したいとは思えなかったが誘われた手前、断っては空気が悪くなると思い、参加すると言った
食事会はやはりいつも元気な藤原先輩が話題を回すような形で成り立っていた。そこに会長と四宮先輩が受け答えをしていて、何一つ違和感なんてない。その様子はあまりにも普通で、どこにでもいる普通の高校生のようだ
秀知院学園の生徒会役員でありながら、普通に溶け込むことが出来る先輩方を素直に凄いと思った
だから僕もそうしていればいいんだ。僕は笑顔の練習から始めた。何一つ面白くないことでも無理して笑った。髪も切った。両目が隠れるほど長い前髪を片目だけ見えるように。みんなが笑うタイミングで笑って、何かを聞かれれば当たり障りのないことを言った
そうして過ごすうちに、学生生活で初めて僕は応援団に入った。僕はいつも通り誤魔化していた。誤魔化していたつもりだった
体育祭当日、気がつけば僕は、リレーのアンカーの待機場所で俯いていた
(僕は間違ってたのか?)
そうだ。始まりはそんなじゃなかったのに、みんなに紛れて誤魔化す日々のなかで、いつの間にか、『輪を壊したくない』から『その輪に入りたい』と都合の良すぎる考え方に変換されていた
僕はまた過ちを犯すところだった。何を僕は浮かれていたんだろう
僕は走った。受け取ったバトンを持って。相手なんて見えなくていい。ゴールテープが僕を地獄から救う蜘蛛の糸にさえ見えた。それに向かって僕は無心で走り抜ける
ゴールテープを切ったのは、僕だった
ゴールテープを切った瞬間、気がつくと会場から聞こえていたはずのブーイングは消えてなんとも言えない変な空気になっていた。嫌われてた僕が勝ってしまったから会場が変に冷めてしまったようだ
周囲からの視線は僕に刺さり、居心地が悪いことこの上なかった
走り終えた僕の元に応援団の人たちや生徒会の面々が駆け寄ってくる。みんなは一様に頑張ったなとか信じてたとかを言っていた。ここだけ空気感が違う気がするというか実際そうだった
僕はどんな顔をしてただろう?いつもみたいに笑えていたかな?…笑ってはいない気がする
それにしても信じてた…か。そうだ。この人達はちゃんと個人を見て判断する人達だった。…こんな僕のことでさえ。でも僕はずっと嘘をついて来た。僕のついた嘘をこの人達は信じてきたのか
「石上…?」
なんの反応もしない僕を怪訝に思ったのか誰かが声をかけてきた
「すみません…ちょっと外します」
僕は返答も聞かずに走り出した。誰もいない場所を探して。どこでもいい。とりあえず1人になりたかった
たどり着いた先は屋上だった。少し風が吹いていて、息が詰まりそうな校庭と比べると幾分気が楽だ。日陰になっている場所に腰を下ろして壁によっかかる
走り終わった後なのに、逆転勝利を決めたあとなのに、達成感も優越感もありはしなかった。今の僕の脳内を埋め尽くすのは馬鹿みたいな自己嫌悪だ
そういえばなんで生徒会に入ったんだっけ?そうだ。確か会長が家に来て……それで……僕は……どうしようとしたんだっけ?
…わからない。けど、僕が間違っていたことくらいはわかる。やっぱり余計なことなんかしないで下だけ向いていればよかったんだ。そうすればこんなに苦しいことなんてなかったのに
一つ息をついて僕は屋上を出た。校庭へと戻る途中、大友とその友人と思われる生徒が僕の悪口を言っていた。
「何も知らずに幸せな子……真相を全部教えてあげたら、彼女どんな顔するでしょうね」
少し離れたところでそれを聞いていたのは四宮先輩と名前は知らないが何度か見た事のある金髪の先輩。…それにしても何も知らずに、か…。
何も知らないのはみんな同じじゃないか。僕も、みんなも。家族でさえ僕のことなんて知ろうともしなかった
校庭に戻った瞬間、赤い風船がたくさん飛んでいた。体育祭はいつの間にか終わっていたようだ
それからは僕は少し前のような生活に戻っていた。授業中どころか合間の休みも昼も特に何もせず過ごし、生徒会の仕事を受け取って家でやる
前と変わらない。いや、前よりも生徒会室にいる時間は減っていた
…僕は生徒会に要らない人間だったのではないだろうか?
僕がこなしている仕事なんて大したものでは無い。ただ僕がデータ処理がそれなりにできるからこの仕事をしているだけ
僕が居なくともデータ処理がそれなりにできて、生徒会にふさわしい生徒なんて他に沢山いると思うし、新たに会計監査の役に着いた伊井野もいる。
それにこんなに学院の生徒に嫌われている僕が生徒会に入っているのも不満に思う生徒が居るはずだ。今は僕にだけだが今後他の生徒会役員に飛び火が行かないとは限らない
……辞めよう。生徒会
決めてからは早かった。いかにもありきたりな辞表を書いて帰りに提出する書類に混ぜて渡した。こんな時でさえ辞表を面と向かって出す勇気が僕にはなかったのだ
下駄箱で靴を履き替え学校を出る。自分で決めた事のはずなのによく分からない喪失感が胸を支配して気分が悪かった
家には帰らず電車に乗った。向かう宛も何も無かったが少し遠くまで行けば少し気分が楽になるんじゃないかと思ったからだ
「……海だ」
呆けたように電車に揺られてどれくらい経ったかは分からない。でも日が落ちていないということはそれほど長い時間でもないらしい
これ以上電車に乗っていてもどこに流れ着くか分からない。僕は海を見に電車を降りることにした
海は少しだけ砂浜が広がっていて僕は堤防の一番下に座った。寄せては返す波の音に耳をすませ、少し寝転がった
また海に目を向けるとそろそろ夕暮れらしい。沈む太陽の光を海面が反射していた。その光は眩しくて暖かかった。無性にその光が欲しかった
ふと足に違和感を感じる。目を向けると膝の少し下の方まで海に浸かっていた。服が海水を吸い込み肌に張り付くような不快感。でも不思議とそんなことは気にならなくて、僕はただそこに向かって歩いた
どれくらい進んだのかわからない。けどオレンジ色の光には全く近づいていない。当たり前だ。僕がどれだけ踠くように手を伸ばして希ったとしても届くわけなんてないのだから
僕は何も手に入れることが出来なかった。きっとこれからもそうで、居場所なんてどこにもありはしないんだ。だからもう期待するのはよそう