百合援助   作:端っこの柴犬

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捨て子幼女×羊OL

 夏の雨はしとしとと肌を濡らしていく。それはたとえ傘をさしていても、まるで雨が空気に溶けてしまったかのように、粘り着く。

 

「……少し、遅くなったわね」

 

 そう小さく口にするのは、キッチリとしたスーツを身に纏い、一般男性よりも高い身長の女性。体躯だけでなく彼女の整った顔立ちは見るものを男女関係なく振り向かせるだけの魅力的なものであった。

 

 独立した大人の女性、そんな雰囲気を十二分に放つ彼女は薄暗くなった帰り道を足早に急いでいた。

 

 歌守(うたがみ)・ススーリ・ニウミーニヤ。それが彼女の名前だ。

 

 数十年前より現れた希種と呼ばれる種族はその有能さによって瞬く間に現代日本に溶け込んでいった。

 

 一般人の数倍の筋力、知力を誇り、あらゆる能力が只の人とは比べ物にならないほど高く、故に現代では社会的に重要なポジションには必ずと言っていいほど希種がついている。

 希種の有能さは社会のあらゆる場所に浸透し、有名な大企業の幹部はおろか、社長にまで上り詰めるものも少なくなく、肉体を用いるスポーツや頭脳を用いる室内競技でも希種の選手は必要不可欠な存在となっていた。

 

 ススーリはそんな希種の中でもさらに有能な存在として大企業の社員として働いていた。

 

 希種の中には己の能力の高さと、一般人の能力の低さから努力などバカバカしいと鼻で笑うものもいるが、彼女はそんな希種の中で決して希種以外の人間を下に見ることはしない。希種でありながら決して努力を怠らず、慢心せず、だからこそ今の地位にいた。

 

 口に出さなくとも人を下等だと考えている希種は多く、たとえ人にやさしくする希種がいたとしてもそれは人を希種より劣ったかわいそうな存在だと上から目線で同情しているにすぎず、決して人を希種の"パートナー"とは考えてはいない。

それは希種の高い能力が、人との関わりによって得られる有限の能力であることを知っていても、変わることは無かった。

 

「あら……あれは?」

 

 ススーリは薄暗い道の端に何やら黒い何かを見つけた。暗く、雨も降っているためその正体は伺い知れない。興味を持ったススーリはゆっくりとその何かに近づくが、そのなにかは彼女が近づいた瞬間小さくびくりと震えたのだ。その様子を見たススーリは目を見開き、さしていた傘を放り投げてその何かに急いで近づきその"顔"を確認した。

 

「! ……大変」

 

その黒いなにかは幼い少女だった。思わずススーリは少女を抱き上げ、自身のスーツが汚れることも構わず、強く抱きしめると息の浅い少女が雨に濡れないよう身を寄せ、家へと急いだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 少女が目を覚ました時、目に映ったのは暖かな色をした毛布だった。あれだけ気持ちの悪い雨にまとわりつかれていた体はある程度拭かれていて、多少の違和感を感じる程度に軽減されていた。

 だが、そんな事よりも少女は自身のいる場所があの暗い道の端でないことに心底恐怖した。

 あそこではない、けれど人の住んでいるであろう空間、そこに自身が居るという事実が体を震えさせる。

 

 「あっ……あ、あ」

 

 思わず毛布から這いだした少女は力なく両足で立ち上がると、うろうろと部屋の出口を探す。それほど大きくない部屋のようですぐにドアは見つかった。よろよろとその扉まで寄るとそのやせ細った腕を伸ばす。

 だが、伸ばすその直前で、ドアがゆっくりと開かれてしまう。

 

「あら、起きたのね。具合はどう?一応お医者様に見てもらったんだけど……」

 

「ひっ……!」

 

「あ、こら待ちなさい!」

 

 突然開かれたドア、その前に佇みあまつさえ自身に話しかけてきたススーリに少女は一歩後ずさり、そして混乱したままドアの向こうへ逃げようとする。

 だが、疲れ果てているであろう少女の速さなどススーリにはなんの問題にもならない。その触れれば折れそうな腕を優しく掴む。

 けっして力を入れないように細心の注意を払い、腕を捕まえるとそのまま全身で包み込むように少女を抱いた。

 

「あっ、あう……い、いや……」

 

「いやじゃないでしょう?とにかくまずはお風呂に入りましょう。最低限拭いてあげたけど、そのままじゃ気持ち悪いでしょ?」

 

 少女を抱きしめたススーリはそのまま少女を抱き上げて風呂場へと向かう。少女は先ほどから何とかススーリの腕から逃れようともがくが、か弱い少女の力では希種であるススーリを振りほどくことなど到底できない。

 

「暴れないの。ほらほら、落ち着きなさい」

 

 ススーリがそういうと抱きかかえられた少女の目の前に何やらぴこぴこと動くものが現れた。それは少女をあやすように動いている。

 しばらくして少女はその動いているものが"耳"であることに気が付いた。大きく広がった人ならざる耳の存在に、少女は思わずススーリを見上げる。

 

「ん?どうかした?」

 

 確かに耳はススーリのものであり、そしてその瞳は羊のように横に開かれている。

 いや、羊のようにでは無く、紛れもなくそれは羊のものだった。

 大きく太い巻角が生え、くせっ毛な髪は足元に届かんばかりに長く、それでいて美しいものだった。

 

 「あっあっ!ああう……!」

 

 自身の汚れた体を抱きしめているのがあの、希種であると気づいた少女はさらに暴れ出す。こんな汚れた体に触れさせてはいけない。この人は自身が触れていい人ではない。

 そんな少女の考えを知ってか知らずか、ススーリは暴れる少女をよりいっそう抱きしめ、決して落とさないように注意しながら風呂場へと進んでいく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あら、可愛いお顔ね。汚れていて分からなかったわ」

 

「あう……」

 

 脱衣所に連れてこられた少女はススーリに無理やり汚れた衣服を引っぺがされると同時に裸になったススーリに引っ張られる形で風呂場に連れてこられる。

 そこは風呂場というにはあまりにも広く、まるで銭湯や旅館のようであった。そんな場所に行った経験のない少女には、そんな例えを思うことも出来なかったが、それでもこの広さが尋常ではないことくらいは何となく理解できた。

 

 そのままシャワーの前に座らされ、頭から体全体までくまなく隅々までススーリに洗われた少女は湯船でたっぷりと体を温めた後、お風呂から上がり、ベッドの上に座っていた。

 

 正確には、ベッドの上に座るススーリの膝の上、なのだが。

 

「あ、の……」

 

「ん?」

 

 ススーリは雨に濡れ汚れていた時とは様変わりした少女を優しく労わりながらその頭を丁寧に撫でている。

 

「あなた……は?」

 

「私?そういえば自己紹介してなかったわね。うっかりしてたわ」

 

 ススーリは優しく微笑み、首をかしげる少女の頬に触れる。予想していたより肌は綺麗で幼子特有のもちもちとした感触が伝わってくる。

 

「私はススーリ。この家に住んでるの。あなたのお名前は?」

 

「……ない」

 

「そう……帰る場所はあるの?」

 

「……」

 

 俯く小女にススーリは何も言わず、もう一度その頭に優しく手を置き、丁寧に撫でてやる。

 

「なら、この家に居なさい」

 

「……え」

 

「ふふっ、そうと決まればまずはあなたの名前よね、無いと不便だし……そうねぇ、あなたの名前は――」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ススーリさん、最近凄いスね。前も凄かったっスけど、ここ最近はもっと凄くなったっていうか」

 

「あら、ありがとう。でも、まだまだ頑張らないとね。私も、貴方も」

 

「は、はいっ!!」

 

 会社の中では部下や同僚から頼られる存在として、上司からは信頼できる有能な部下としてかなり評価されているススーリだが、その評価はここ数日でこれまで以上の伸びを見せている。

 

 希種の能力は常人の3倍が限度と言われている中、最近のススーリの働きは少なくともそれ以上であることに疑いようはない。

 それこそまるで何かに覚醒したかのようなススーリの姿に同族の希種は何があったのかと聞き出そうと躍起になるが、ススーリの口から彼らの望む言葉が出ることは無い。

 

 いや、ススーリとしては何も隠しているつもりも無く、というか隠すも何も、古くから希種に伝わる言葉を繰り返し口にしているだけなのだが。

 

 それはつまり

 

「"人との絆を大切にせよ"」

 

 仕事を終えたススーリは明日の予定を確認しながら家路に急ぐ。

 家など人が一人住めば良い程度にしか考えていなかったススーリは他の希種が豪華な一軒家に住まうのに対し、変哲もないただのマンションに住んでいる。

 

 そこも希種専用の豪華でかなりセキュリティーの厳重なマンションなのだが、ススーリのような上位の希種が住むには不釣り合いな物件であることは間違いない。

 

「ただいま。帰ったわよ」

 

ススーリが家の扉を開け、部屋の奥へと声をかけると、とたとたという足音が響き、その足音の主はススーリへと勢いよく抱き着いた。

 

「おかえりなさいっ!ススーリさま!」

 

「ふふっ、ただいまシェイパ。お留守番ありがとうね」

 

「いえ!ススーリさまの為ならなんともありません!それにススーリさまのお母さまも居られましたから!」

 

「もう……お母さんまた来たのね……シェイパの顔が見たいからってしょっちゅうやってくるようになって……」

 

「ススーリさま?」

 

「ああ、なんでもないわシェイパ。それより今日も作ってくれたの?」

 

「はいっ!ススーリさまのお母さまに教えてもらったススーリさまの好きなシチューを作ってみました!」

 

「ふふっ、それはたのしみね。……食事もいいけど、その前にシェイパ、口調」

 

「あ、えと、すすーりさま?」

 

「シェイパ?」

 

「……すすーりぃ」

 

「いいわ。いらっしゃいシェイパ」

 

「……っ」

 

屈んでシェイパと目線を合わせたススーリは両手を広げシェイパを誘う。シェイパは逡巡した後、その胸に飛び込んだ。

 

「ねえ、すすーり」

 

「なにシェイパ?」

 

「どうしてあの日、私を拾ってくれたの?……希種じゃない、ただの人の私を……」

 

「……そうねえ……放っておけなかったから、とか一人で生活するのは寂しかったとかいろいろあるけど……」

 

デキる女性として周囲に認識されているススーリはシェイパの前だけに見せる飛び切りの笑顔を向けて、シェイパの耳元で優しくささやいた。

 

「あなたに、一目ぼれしちゃったみたい」

 

そんな一言だけで首筋まで真っ赤になるシェイパに愛らしさを感じながら、ススーリはシェイパを抱きしめ、その暖かさと絆を心の底から実感するのだった。

 

 

 




歌守・ススーリ・ニウミーニヤ
仕事が恋人の超仕事人間。希種の力を仕事の処理能力に全振りしていたワーカホリック。
羊の希種特有のくせっ毛の手入れが大変なことが悩みだったが、シェイパを拾ってからは彼女に手入れをやってもらっているので面倒だと感じていた手入れの時間は今ではシェイパと絆を確かめ合う至福の時間となっている。


歌守・シェイパ
ススーリに拾われた只人の幼い少女。希種との間に生まれた少女だが、希種としての特性を何も持っていなかったため、親に捨てられた。ススーリに愛されてからは恩を返そうとススーリの身の回りの家事をこなしながら勉強を頑張っている。ススーリのふわふわした髪の手入れをしている時間が彼女と親密に触れ合える時間であるため、一日の楽しみになっている。シェイパの名前の由来は羊飼いを意味するシェパードから。
 


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