百合援助 作:端っこの柴犬
「社長、少しお休みください」
この時代、誰でも一度は聞いたことのある大企業、その天にも届かんばかりに巨大なビルの最上階の社長室で、大量の紙束を処理しながらパソコンを操っているのは希種の女性だ。
深紅の双角を持ち、炎のような赤髪を揺らし、太くて長い尻尾をゆらゆら振るその姿は、まさに偉大なる竜の希種に他ならない。
希種の中でも頭一つ抜けた能力の高さを持ち、空を飛ぶことすら可能な竜の希種であるならば、数日不眠不休で仕事をしたとしても全く問題が無い。
仕事のパフォーマンスが一切落ちることなく、只の人では到底成し得ない仕事量を効率よく処理することも可能なのだ。
とはいえ、それにも限度というものがある。
「……羊クン、まだ仕事は残っていると思うのだが?」
「あれは来月のものです。既に今月分のものは完了しております。重要な問題が発生しなければ社長にして頂かないといけない案件はございません。……それと私は羊では無く、秘書の歌守です」
「二十歳を過ぎたとはいえ、まだまだ若い者には負けんよ、歌守クン」
「社長に勝てる者など居りません。一週間一睡もせず作業をし続けるような者は希種でもいませんから。とにかく、お休みください」
秘書の言葉に社長は渋々机の上を片づける。彼女がこの社長室で処理しなければいけない案件はとうに終えており、本来ならば出社する必要すらないのだが、それでもこうしてやってきては今やらなくてもよい仕事を早々に終わらせようとする姿に、秘書は深くため息を吐く。
疲れを吐き出すかのようなため息を聞いた社長は顎に手を当て、秘書を観察する。
「……ふむ?そういえば歌守クン、君、休んでいるのかい?」
「おかげさまで十分に休ませて頂いております。私は社長の秘書ですので」
その言葉はつまり、社長と同じようにここ数日まともに休んでいないということだ。
「私よりも自分の体を心配するべきなのではないかな?」
「ご心配頂きありがとうございます。ですが心配いりません。睡眠も栄養も、その他諸々すべて満たされておりますので」
「ふむ……?その他……」
「な、なんですか……」
竜の希種たる社長は一代でこの会社を大企業にまで成長させた希種だ。社会や人の流れを読むことなど容易く、目の前にいる羊の希種の変化を察する程度難しくない。
秘書を務めているこの羊の希種は先日までこの企業に勤める希種の一人にすぎなかった。それが少し前から他の希種を抜き去るほどの好成績を収め、その能力はさらに伸び続けている。だからこそ彼女を秘書に抜擢したのだ。
……何かがあったのは確実。そして希種の特性から彼女にどのような変化が起こったのかそれを理解するのに社長ならばほんの数秒で事足りた。
「なるほど歌守クン、君は"絆"を得たのだな!」
「な、な!?」
「いきなり君の成績が伸びたところで、そうではないかと思っていたが、その動揺具合はどうやら図星のようだな!」
「…………はあ、このようなところで頭を働かせなくとも良いでしょうに」
「はっはっは!ではやはりそうなのだな!君のパートナーは一体どんな人なのだ?男か?女か?年上?いや年下だな!」
「プライバシーの侵害ですよ社長!」
「なるほどなるほど女性で、年下なのか……!君の能力の伸びからして君から一方的に絆を結んでいるわけではない。両想いか!」
「何も言っていないのに当てないで下さい!?」
はっはっは、と社長は高笑いをして、動揺して今まで見たことのない顔をしている羊の秘書を宥める。
「はっはっはー!別に恥ずかしがることではあるまい!希種に生まれたからには絆を結ぶパートナーは必要な存在であるからな!とはいえ、この会社でも恐らく絆を結んでいるのは君くらいのものだろうな、他の希種の成績を見る限り」
「……そうおっしゃられる社長はどうなのです。我々希種は確かにその能力は只人の数倍を誇りますが、それは二十歳をピークに徐々に低下傾向にあるのはご存知でしょう?五十を過ぎればその能力の低下は最低となり、同年代の只人よりも劣るのはご存知のはず」
「んーそれは分かってはいるんだが……こればっかりは出会いの場があったとしてもな。希種の中でも竜というのは人外の部分が多く、恐れられる。恐怖や畏怖、あるいは希種であること、只人であることによって起こる格差や嫉妬というものは、絆を結ぶ際に大きな障害になる……それらを乗り越えた君たちが羨ましいよ」
「……今度、社長にも紹介させて頂いても?」
「ああ!歓迎するよ!わが社の優秀な秘書のパートナーだからね」
◇◇◇
「ふむ……休みと言っても、何もすることが無いな……」
大企業の女社長、その名をリングル・ドラン。
リングルは秘書に休めと言われ、渋々自宅に帰ったはいいが、仕事以外をやる気にもならない為自宅でできる作業をしていたのだが、そのリモート作業さえ秘書に見つかってしまいリモート状態でしこたま怒られてしまった。
逃げるように自宅から脱出するという醜態をさらす竜の希種はそのまま夜の街をさまよっていた。
本来ならばたった一人でこのような場所を歩いていい身分ではないが、夜の街の賑わいは彼女を珍しい種族の希種程度に認識し、誰もリングルをかの大企業の社長だとは気づかない。
「この辺りの騒がしさは悪くない……面倒な客引きさえ無ければ、だが」
社長であると分からずとも、竜という珍しい希種であることが、そのテの客引きを引き寄せる。煩わしそうにそれらを無視しながら、どこか飲める店でもあるかと煌びやかなネオンの看板を見渡すリングル。
そんな彼女の目に、小さな人影が映った。
水商売の男女が露出度の高い"制服"に身を包んで妖艶な雰囲気を纏うなか、その影は同じく制服を身に着けていた。
だが、その制服というのはどう見ても学生のものだ。
「ふむ……」
しばらく考え込み、リングルは記憶の奥底から会社の社員リスト見つけ出し、そこに記されていた写真付きの家族構成をざっと思い出す。
「ああ、確かあそこの学校か」
そして記憶から見つけ出した社員の子どもが、目の前の人影が着ている制服と同じものだと理解し、目の前の人影が正真正銘の学生である事を把握した。
ゆっくりとした足取りでその人影に近づくリングルを、例の人影もどうやら認識したようだ。
「あ?何?ワタシになんか用?」
いやに口の悪い少女だ。リングルの第一印象はそんなものだった。髪を金に染め、目つきは悪く、耳につけたピアスの趣味は悪い。
「いや?こんなところで何をしているのかと思ってね。進学校の学生さんが」
「チッ、あんたには関係ないだろうが」
「そうかもしれんな。だがまあ、大体見当は付くさ。ここでそうやって突っ立っているヤツはどういうヤツなのかはね」
リングルはわざとらしく少女の体を足先から頭の先までなめまわすようにじっくりと観察する。その視線を察した少女は多少引きつった笑みを作り、けれど余裕を崩さぬよう注意しながら言葉を口にする。
「は、なんだ。あんた客かよ。けど悪いなワタシはソッチの趣味はねーんだよ」
夜の街、それも風俗関係の店が集まるこの場所で一人でいる少女が一体どのような理由で居るのかなど、リングルでなくとも考えるまでもない。
「ほう……ではこれではどうかな?」
余裕をもって話しているつもりだが、傍から見ればがちがちに緊張している少女にリングルは5枚の紙幣を握らせる。
「なっ!?あ、アンタ……」
「ほうほう、まだ足りないのかね?ここらの相場は分からんが、ならこれでどうかな?」
そういうとリングルは懐からさらに20枚の紙幣を取り出し、少女の手のひらに上乗せする。
「へ……へっ!上等じゃねーか!良いぜ!売ってやるよ、ワタシの体」
「そうかい、それは良かった」
人のよさそうな笑みを浮かべたリングルは少女の肩を抱き、家路についた。
◇◇◇
「で、でっけえ家……」
「一応会社の社長をしているのでね、このくらいのモノでないと示しがつかない……と昔言われてな。私としてはもっと小さくてもいいのだがね」
巨大な門を通り、これまた巨大な扉を開き家の中へと入ってゆく二人。
「そういえば、君は何という名前なのかな?」
「……んなもん、必要ねーだろ」
「いやいや、やはり名前を知っていないと不便だろう?いつまでも君ではヤっている最中盛り上がれないだろう?」
「チッ……サクだよ。緋色サク」
「そうかい。ではサク、もうそろそろ行こうか」
家にサクを招き入れたリングルは少々の世間話の後、ようやくサクを寝室へと誘った。
「さて、それでは脱いでくれるかな?」
「チッ、分かったよ……」
ベッドの上でにこやかに、だが命令するかのようにリングルが言うとサクはためらいながらも着ていた制服を脱いでいく。
上着を取り、スカートを脱いだサク。
「こちらにおいで」
「……」
下着姿のままのサクはリングルの言葉に小さく震えながらも従う。その足取りはおぼつかず、そのまま崩れ落ちそうなほどに弱弱しかった。
「きゃ!」
リングルの腕の前までやってきた裸同然のサクはその大きな両腕に抱きかかえられ、そのまま抱き枕よろしくベッドに横にされる。
「んじゃ、おやすみ」
そう言ってリングルはサクを抱きかかえたまま目を閉じてしまう。
「は!? ちょ、お前!ヤるんじゃねーのかよ!!」
「体売ったことも無い少女をヤるほど鬼畜じゃないのよ私は」
「な!?」
「あそこの相場より低い値段で驚いて、慣れない言葉を震える口で言って、涙目になってるような子が売りなんてやってる訳ないでしょーが。それにあそこで売春行為なんてしたら店に睨まれるぞ。良かったな最初に見つけたのが私で」
「な、な、な……」
混乱しながらも状況をある程度理解したサク。自身のしていたことがどれだけ危険で、どれほど無謀だったのか、それを知って体の震えはよりいっそう大きくなる。
「なーんであんなとこであんな事してたの?」
「……」
「別にしゃべらなくてもいいけどね? 一応私は君を買ったわけでしてね」
「……」
「なら当ててあげようか? 学校での成績が振るわない?……違うみたいね。なら、両親との仲が悪い……なるほど。母親?父親?……ほうほう、じゃあ……虐待?」
「!」
「ははは、わかりやすいねサクは。なるほどつまりサクは母親の連れ子なわけだ。そして父親となる男に虐待を受けていた。それがエスカレートして、性的なものに発展し始めていた。母親は父親のご機嫌をとるために君を放置していた」
「……人の事勝手にべらべらしゃべって、希種ってのは皆アンタみたいに性格悪い奴らばっかなのか」
「まさか!これは職業病というか、竜の希種特有の先読みのようなものさ」
「ふんっ。…………アンタの言った通りよ。アイツは私を子どもと見てない。……ただのサンドバックだってさ!笑えるよね!今日は気持ち良くなれるサンドバックに変わってた!だから、だからワタシはワタシの体を売ってやろうって思ったのよ!あんなクソみたいな男にくれてやるくらいなら、自分の意思で捨ててやろうって!」
「そう……」
「馬鹿みたいだよね!私も!あの母親も!あの男も!!全部ぜーんぶ!」
「ふぅん……」
「ちょっと、アンタ……」
「リングル」
「え?」
「私のことはリングルと呼びなさい。それと、吐き出し終えたならもう寝なさい……私も寝たいから」
「な、なによそれ!?勝手に人の事暴いといて!勝手に寝るなんて!」
リングルは震えるサクの手をぎゅっと握り、彼女の困惑を写す瞳を覗き込む。
「いいかしら?現状を変えたいならそんな自暴自棄なやり方じゃあ非効率なの。もっとしっかり考えて、そして自分で答えを出すしかないの。どうやっても私は他人で、貴方の行く道を決定付けるのは私ではなく貴方自身なの」
「そんな……そんな勝手な……」
「……今日はもう寝なさい。明日の事は明日考えればいい。今夜はゆっくりと、何も考えずに眠るといいわ」
まだ不満を露わにするサクだったが、リングルが優しくその頭を撫で、体を抱き寄せると、肌と肌とが触れ合う暖かさがゆっくりとサクを眠りへと誘い、そしてしばらくすると小さく可愛い寝息がリングルの胸元から聞こえてくるのだった。
「……ふむ、私には子守りなど真似事でもできそうにないな……む?」
サクを慰める言葉など知らないリングルは結局彼女自身に行く先を決めるように言うしかなかった。これが仕事ならば一瞬の内に解決法を描けるというのに、そう小さく息を吐くリングルは、サクより何やら暖かな何かを感じた。
「……単純だな。この子も、私も」
母親も、父親も、誰も信頼できるものがいない絶望の中、唯一サクが縋りつくことのできた竜の希種。
これはそんなサクの勘違いによるものなのかもしれない。
それでも、もし朝が来てサクがこの家に居たいと言うのならば、リングルはそれを了承するだろう。
彼女から感じるリングルへの確かな"絆"の暖かさに誓って。
リングル・ドラン
立ち上げた会社を超有名一大企業に育て上げたスーパーやり手の女社長サン。社長室に入るときにつっかえるので翼は収納している。自分に厳しく他人に厳しいのがデフォ。サクへの対応は一応慰めているつもり。後日サクが私物ごとリングル宅へ家出してきた時には思わず頭を抱えたが、結局受け入れた。大企業の社長サンならネグレクト+虐待親から親権を得るなんておちゃのこさいさいなのです。なお寝るときは全裸派
緋色サク
親の虐待から家を飛び出してヤケクソになっていたところを女社長に拾われた。親を反面教師にして育ったので言葉遣いは悪いが常識人で心優しい。リングルからお守り代わりにもらった尻尾のウロコをネックレスにしてお風呂の時も身に着けている。竜の希種のウロコを身に着けているという事実が竜の希種の絆である何よりの証拠であるため悪い虫が寄ってこない、マジもんのお守りになっていることをサクは知らない。