満面の笑みで決まり文句を口にしたミツキの前に、シオはカットされたフルーツ入りのパウンドケーキを差し出す。ミツキはそれをしばし見詰め、すすっとシオの方に押し戻す。
「言い直しますね。トリックアンドトリック♪」
「おい待て」
言い直すにしても、内容があまりにも様変わりしてしまっている。睨むシオに対し、ミツキはいつものように涼しく笑うだけ。彼女は最初からお菓子など眼中になく、イタズラがしたいだけなようだった。
「トリックアンドトリック、ですよ。1回だけじゃなく、少なくとも2回はイタズラします」
「拒否権ねぇのかよ」
「はい♪」
にこやかに、そして嫣然と微笑むミツキ。拒否権はないと断言するような言い方に、シオは思わず頭を抱えそうになる。だが、それが彼女にとってリフレッシュに繋がるのなら、致し方あるまい。
「いいぜ」
「え?」
「好きにしろよ」
そう言って、両手を広げて無抵抗を示す。一方のミツキは、まさかイタズラされるのを受け入れられるとは思っていなかったのか、呆然と目を瞬く。それでも、何かをしたいと思う欲求が次第に勝っていき、無意識の内に彼の頬へと手を伸ばしていた。
「……なんだよ」
「いえ。思ってたよりも、柔らかいなぁと」
ぷにぷにとは言わないが、男性と言うイメージが先行していたミツキにとって、その柔らかさは少しばかり意外だった。しかしながら、こうして異性の頬に触れるなど、ミツキの人生において肉親を除けば初めての体験だ。
「もういいか?」
「も、もう少し……!」
なんとなく触れたり、少し引っ張ったり、或いは弱々しくぎゅっとしたり、楽しくてなかなかやめ時が見つからない。このままされるがままになるのではと思うと、恐ろしくて仕方ない。やめろと言うべきか否か、悩んでいる内にミツキの手がゆっくりと離れた。
「……満足か?」
「はい、それはもう──す、すみません」
「いや」
熱中しすぎた自分を恥じるミツキに、シオは文句も言わずに軽く頭を撫でる。さらさらな髪が心地良くて、今度は自分が無限に撫でそうになるのではないかと思い、すぐに離した。
「じゃあ次は俺だな。トリックオアトリート」
「い、いきなりですね。ですが、そう言ったからにはトリートで──あら?」
お菓子を取り出そうと引き出しを開け、不思議そうな声を出す。日中に閉まっておいたはずの、貰い物のお菓子がない。首を傾げ、今度は棚を確認する。過度な茶会はできないが、休憩用にと置かせてもらった食器棚。そのどこにも、例のお菓子が見当たらなかった。
「確かここに……」
そう言って、再び引き出しを開く。奥も、物の間も細かくチェックするミツキ。その顔が次第に曇っていくのを、シオは見逃さなかった。
「〝ない〟のか」
「えっと……はい」
「これだろ、探してるのは」
「あっ! か、返してください!」
ウィスキーボンボンが入った菓子袋を目の当たりにして、ミツキは手を伸ばす。しかしシオの方が背が高い上に、大きな机が間にあるせいでうまく取れない。
「どうして高幡くんがそれを……」
「お前なら用意くらいはしてると思ったからな。生徒会室にいない間に、盗らせてもらったってわけだ。
さて……菓子がないんなら、俺もイタズラさせてもらうか」
「…ずるいです」
「拒否権奪ったお前が言うな」
言いながら、ミツキの目の前にある書類を纏めていく。まだ終わっていないものと、既に終わったものとを仕分けると、近くにある横長のソファーを指差す。
「寝ろ」
「へ?」
「何時間寝てないのか知らねぇが、辛そうな顔してるぞ」
「そ、そんなこと──ひゃあっ!?」
否定の言葉を口にしきるより早く、ミツキはシオによって抱き抱えられる。いわゆるお姫様抱っこと言うやつで抱えられただけに、恥ずかしさからそれ以上の言葉が紡がれることはなく、ミツキはあっという間に押し黙った。
「あ、あの……」
「悪いが、黙っててくれ。あと、頼むからこっちを見るな」
そう言われては、寧ろ見たくなってしまう。遠慮がちに、シオに気付かれないように上目遣いに彼の顔を見詰める。薄く、しかし確かに頬は赤く染まっていた。その視線に気が付いたのか、シオはふいっとそっぽを向いてしまう。
「ほら、こっち見てないで寝ておけ」
「待って……待って、ください」
ミツキをソファーに寝かせ、机の上に散らばった書類を片付けようと踵を返すシオ。そんな彼の手を、ミツキが慌てて掴む。
「イタズラは、もう……終わりですか?」
「……いや」
何かを望むような言い方に気付き、シオは改めてミツキが横になっているソファーに腰掛ける。すると、ミツキがそっと膝へ頭を乗せてきた。そして嬉しそうに、そっと膝に手を当てる。
「ふふっ、最高のイタズラですね。ハロウィンが終わってしまうのが勿体ないぐらいに」
「…お前が望むなら、これくらいのイタズラ、いつでもしてやるよ」
「っ!」
笑い、顔を近づける。急に迫ったシオの笑みに、ミツキはかあっと顔が赤くなるのを感じ、横を向いて目を逸らしてしまう。
「そ、その……後日、またお願いします」
「あぁ」
小さくも温かな温もりが恋しくなりそうで、ミツキは早くも次の予約をするのだった。