東亰ザナドゥ SSオリジナルカップリング集   作:雷電丸

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光砕く闇

「あぁ、やっぱりコウ先輩が1番乗りか」

 

 聞き親しんだ声に、思わず足が止まる。必死になって走ってきたせいで、息が上がって苦しいのに、コウは構わず声を張り上げる。

 

「ユウキ! ソラはどこだっ!」

 

「……言わなくても分かるんじゃない?」

 

 最奥へと続くと思われる大きな扉。人ではなく、まるで怪物を閉じ込めておくようなそれは、見た目からして頑丈で、しかしそれ以外の感想など浮かばないくらいにあまりにシンプルで冷ややか模様が描かれているだけ。深く被ったパーカーのフードのせいで瞳はよく見えないが、顔がそちらを向いているとなればソラはそこにいると言うことだろう。

 

「……どけよ」

 

 つとめて冷静に、冷徹に。コウは淡々と言うが、ユウキはにっと笑った。

 

「嫌だ……って、言ったら?」

 

「力ずくで押し通る。それに、アスカたちもすぐ合流するぞ」

 

 つかつかと歩き、部屋へと足を踏み入れていく。短い階段を下りれば、橋が1本。それは部屋の中央へと続く唯一の道。そしてユウキがいるのも、最奥へと通じる1本橋だった。互いにその橋を渡りきれば、中央に位置するのは真円に象られた床。まるで決闘場のようなそこに、コウが立った時だった。

 

「先輩さぁ、僕のこと舐めてるでしょ」

 

「は? なんだよ、突然?」

 

 言葉の意味が分からず、思わず苛立たしげに返す。しかし肝心のユウキは答えず、笑うだけ。それがますますコウの怒りを買う結果に繋がると知りながら。

 

「時坂くん!」

 

「アスカか───っ!?」

 

 信頼にたる仲間の呼び声。しかし振り返ったコウの瞳に、ある物が映る。小さいながらに敵意を孕んだ球体。禍々しさを発するように赤黒く彩られたその球体は、深紅に染まったレンズの先に光弾を宿らせていた。

 

「来るなあぁっ!」

 

 叫んだのと光弾が放たれたのはほぼ同時。それでもコウの悲鳴にも似た声が届いたのか、アスカは寸前で足を止める。続くのは、ガラガラと橋が崩れていく音。コウが歩いてきた橋は、放たれた光弾によって足場の悉くを失っていった。

 

「ユウキ、お前……!」

 

「僕が合流なんて許すわけないじゃん」

 

 役目を終えた球体が、ゆっくりと浮遊してユウキの傍らへ戻っていく。彼のソウルデヴァイス、カルバリーメイスに付随する、霊子殻だ。

 

 部屋へ続くたった1つの道を失ったアスカは、何も言わずその場を立ち去る。が、それは諦めたからではない。諦めていないからこそ、別の道を探すべく走り出したのだ。それを尻目に、コウは自分のソウルデヴァイスを構えるのをやめ、ユウキに向き直る。

 

「ユウキ、今からでも遅くねぇ。戻ってこいよ」

 

「なにそれ? 本気で言ってるの?」

 

「当たり前だろ! だから、お前も一緒にソラを……!」

 

「コウ先輩さぁ……さすがにバカすぎるでしょ」

 

 呆れ、落胆、そして憎悪。それら全てをない混ぜにしたような呟きがユウキの口から零れる。苛立たしげに顔を上げ、睨むユウキの瞳には敵意以外に何もなく、ただ純粋に、それだけが込められていた。

 

「この異界、本当にあいつが作ったものだと思う?」

 

「え───?」

 

「だとしたら、ここまで複雑な造りにならないって」

 

 ユウキの言う通り、この場所に辿り着くまで幾つもの分かれ道や行く手を阻む装置が仕掛けられていた。直接的ではないにしろ、異界の造りは人の心がある程度反映される。ソラの心が影響したならば、もっとシンプルなはずだ。

 

「まさか……ユウキ、お前───!」

 

 ゴオッと強い風が吹き抜けた。何も混じり気のない酷く冷たい風なのに、とても不快な感触が肌を撫でる。

 

 深く被っていたパーカーがバサバサと揺れ、遂には風のイタズラによって脱がされる。露わになったユウキの瞳は片方だけが真っ赤に染まり、額からは悪魔のように不規則に捻れ曲がった角が1本生えていた。

 

「ま、そーいうことだから」

 

 言葉を失うコウとは違い、ユウキは冷静に、そして関係ないとでも言いたげに淡々と告げる。

 

 大切な仲間が、怪異になった──その事実はあまりに残酷で、コウの足を竦ませる。覚悟は、できていたはずなのに。

 

「ソラは……どうなんだ?」

 

「進み具合ってこと? 最後に先輩たちが会った時と変わらないよ」

 

 震える声でやっと聞けたのに、ユウキの言葉がしっかり頭に残らない。どうして──叫びたい衝動が今にも喉から溢れ出そうになるのを必死に堪える。

 

「あいつ、先輩たちの役に立ちたいってずっと言ってたよ」

 

 異界に対処できる仲間が増え、連携も取れてきた矢先のことだ。大切な仲間──郁島ソラの心に陰りが見えはじめたのは。

 

 ソラはその俊敏さと力強さを活かし、今まで何度も仲間の窮地を救ってきた。それでも、振り返ればいつも助けられている自分がいたのも事実だ。最初こそ助け合いは仲間だから当然だと、そう思っていた。

 

 だが、1度でも比べるものを見つけてしまうと、もうそれしか考えられなくなっていく。

 

 傷だらけなのは?

 

 時間がかかったのは?

 

 倒した数が少ないのは?

 

 全部───全部、全部自分が1番だった。

 

 だから、必死に頑張った。足を引っ張らないように、役に立てるように、誰にも負けないように。ひたすらに、がむしゃらに、まるで何かに取り憑かれたみたいに。

 

 気付いた時にはもう、ソラの心はヒビだらけになっていた。触れただけでも砕け、破片が四方へ飛び散りそうな程に。

 

 そんな心の隙間を怪異が見逃すはずもなく、ソラはあっという間に取り込まれ、遂には自らが怪異になりかけてしまう。そのソラを救うためにコウたちはこの異界へと突入したのだが、ここはソラの手によるものではなく、ユウキが主となる異界だった。

 

「なんで、お前までっ!」

 

「さぁね。なんか、気付いたらなってたんだよ。

 でもまぁ、罰みたいなもんかな」

 

「罰?」

 

「気付いてやれなかったから、さ。

 いつもはウザいくらいに絡んでくるくせに、急に来なくなったかと思ったら……なんだよ、あれ」

 

「ユウキ……」

 

 頼まれずとも自らユウキのクラスに赴いては交流をもとうとするソラ。それが当たり前で、ずっと続くものだと思っていたのに、ある日を境にソラはぱったりと来なくなった。風邪でもひいたんだろうと勝手に決めつけ、ユウキはそれを不審に思うことはなかった。

 

 そして彼女の異変に気付いた時にはもう、何もかもが変わっていた。

 

「けど、ソラのためにお前はできることをやろうとしただろ!」

 

「役に立たなかったけどね。なーんにも」

 

 知りうる限りの知力を振り絞った。

 

 稼いだ財力を惜しみなく注ぎ込んだ。

 

 結局、それらは何も変えてはくれなかった。

 

「あいつに必要なのは知力でも財力でもない。ただ純粋な力なんだ」

 

「ふざけんなっ! そんな暴力じみた力、俺たちは望んでない!」

 

「“先輩たちの考えはどうでもいい”んだよ! 僕にとって大事なのは、あいつの考えだ!」

 

 ユウキの叫びに呼応するように、最奥にある部屋から大きな音が響いた。ズシンっと何かが倒れる轟音、そして立て続けに起こる地響き。何が起こっているかなんて分からない。しかし、だからこそここで時間を奪われるわけにはいかない。

 

「ユウキ!」

 

「もう少しなんだよ、先輩。もう少しで、あいつの願いが叶うんだ。

 だから、さ……邪魔すんなよっ!」

 

 槌型のカルバリーメイスを一閃し、霊子殻を思い切り弾き飛ばす。一直線にコウへと放たれたそれは、しかし直前で足下に急降下していく。

 

「くっ!」

 

 バックステップで慌てて距離を取るコウ。それから一拍遅れる形で地面に叩きつけられた霊子殻はガリガリと地面を抉り、周囲に破片を撒き散らす。

 

(ユウキは……!?)

 

 霊子殻に気を取られたせいで、さっきまで真正面にいたはずのユウキの姿を見失うが、ふと頭上が陰った一瞬の変化に気付き、顔を上げる。

 

「早いよ」

 

「悪かったな」

 

 振り下ろされるカルバリーメイス。コウはそれを、蛇腹剣の備えられた籠手型のソウルデヴァイス、レイジング・ギア受け止める。金属音が響き、ズンっと重みのある音が木霊する。

 

(重いっ……!)

 

 弾き返そうにも、思っていた以上の重みが叩きつけられ、反撃に転じる余裕がない。それでも強引に押し返すと、ユウキが次なる一撃を繰り出そうと振りかぶるのが見えた。

 

「させるか!」

 

「おっと」

 

 剣尖に光弾を具現させると、ユウキはくるんとカルバリーメイスを軽く振って後退していく。が、それこそコウの狙いだ。距離が開けば槌型であるカルバリーメイスは届かなくなり、霊子殻にさえ留意すればいい。対して、コウのレイジング・ギアは蛇腹剣となっており、中距離までなら攻撃の手が届く。

 

 光弾を放ち、間を置いてから蛇腹剣を射出する。まだ後退したばかりのユウキは器用に光弾をカルバリーメイスで弾くが、続く二の矢に驚いた表情を見せた。だが、剣尖がユウキに届く前に、地面にめり込んでいた霊子殻が真下から飛び出し、その軌道を上へと逸らす。

 

「構うか!」

 

 ならばと、今度はユウキの頭上から振り下ろす。しかしレイジング・ギアの刃は決して分厚くなく、ユウキも当然ながらそれを知っている。僅かに身を捻ってかわされることはコウも想定済みだ。だから、刃が地面に叩きつけられる前に、コウは力を込めて一回転。彼の動きに合わせて蛇腹剣もまた巧みに動きを変え、今度は真横に刃を閃かせる。

 

「もういいかな」

 

 それを見ても、ユウキは至って冷静だった。ぐっと踏み込み、刃が自分に噛みつこうとする直前に跳躍し、紙一重でやり過ごす。

 

「そんなに伸ばしちゃって良かったの?」

 

「くそっ!」

 

 嘲笑うかのような声に、たまらず舌打ちする。伸びた刀身を引き戻すのはやはり一瞬とは言えず、僅かながら時間を取られてしまう。このまま刃が戻るまで棒立ちしていたら、それこそユウキのカルバリーメイスで頭をかち割られるに違いない。そこでコウは、刀身を地面に引っ掛け、自らが刀身の方へと引き寄せられることで一撃をギリギリ回避する。

 

 地面すれすれを移動したせいで、刀身をすべて引き戻した時には身体に擦り傷ができあがっていく。それでも構わずに立ち上がり、そのまま一気に最奥へと通じるドアへ向かう。

 

「ソラ! おい、ソラ! 返事をしろ!」

 

 重厚な扉をいくら叩いたところで、返事などあるはずがない。分かっていても衝動に駆られ、懸命に呼びかける。背後から迫る不気味な音。カルバリーメイスを引きずりながらゆっくりと歩いてくるユウキに気付き、コウはすぐさま振り返る。だが、ソラを気にかけるばかりで状況にまで思考が及んでいなかっただけに、すべてが遅すぎた。

 

 振り上げられたカルバリーメイスが、真っすぐに叩きつけられる。僅かに揺れる大地。蜘蛛の巣を思わせるように広がっていくひび。最奥に向かうには、幅広でありながらたった1本の道を通らなくてはならない。そのことを失念していたコウは、真後ろから足元へ近づいてくるひび割れに恐怖する。

 

「バイバイ……先輩」

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