東亰ザナドゥ SSオリジナルカップリング集   作:雷電丸

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独りじゃない

「ここでバー以外のバイトなんて珍しいな」

 

 頭を掻きながらぼやく少年──時坂洸はアルバイトを斡旋してもらっている女性から受け取った地図を頼りに蓬莱町にあるカラオケ店を目指して歩いていた。普段ならバーのアルバイトが主だけに、それ以外の場所に行くのは些か新鮮に感じられた。

 

「ここだな」

 

 やがて到着した場所は、以前X.R.C.の活動で訪れたカラオケ店だった。店員にアルバイトでやって来たことを話すと、早速簡単な仕事の説明を受け、店のロゴが入ったエプロンを渡される。今日は大人気のアイドルグループ、SPiKAの新曲が歌えるようになったばかりで特に女性客の入りが多いらしく、忙しくなりそうな予感がした。

 

(とりあえず、まずは出入口の掃除をするか)

 

 店前が汚れていてはせっかくの客足も遠退いてしまうに違いない。目立った汚れこそないものの、手を抜いているように感じられるのは心外だ。ほうきとちりとりを手に、洸は店の外を出て手早く掃除していく。

 

(……ん?)

 

 しかし、ふと視線を感じたため手を止めて周囲を見回してみる。特に変わったところはなく、こちらをじっと見ている人物も見当たらない。

 

「気のせい、か?」

 

 そう結論付けるものの、どうにも腑に落ちない。とは言え、仕事を放って探し回るわけにもいかないため、結局気にしながらもまた手を動かすのだった。

 掃除を終えると次に接客が待っていた。初めてのカラオケ店でのアルバイトと言うこともあり、客室ではなくレジを任された。それが落ち着けばすかさず空いた部屋の掃除と片付けを行い、或いは新しい客を部屋へ通すことをしばし繰り返す。そして───

 

「時坂くん、107号室のお客様に飲み物を持って行ってもらえるかい?」

「了解っす」

 

 ───指導をしてくれている先輩に言われ、飲み物を持って行く。数度扉をノックしてから一言断りを入れ、室内へ。

 

「お待たせしまし……た」

 

 だが突如として洸の動きが止まってしまう。別に何かされたわけでもなければ、ミスをやらかしたわけでもない。それでも硬直してしまったのは、この客室にいたのがあろうことか知り合いだったからだ。

 

「やっほー、時坂くん♪」

「く、玖我山!? なんでここに……!」

「そりゃあ、SPiKAの新曲を歌いに来たに決まっているでしょ」

「嘘をつけ!」

 

 彼女の名前は玖我山璃音。洸と同じ学院に通う生徒であり、X.R.C.に所属する女生徒だ。しかしそれだけではない。彼女は、SPiKAにてセンターをつとめるアイドルなのだ。そんな有名人が何故ここに──洸は考え込みそうになったが、今はアルバイト中と言うことを思い出し、我に返る。

 

「とにかく、言われたものは持ってきたからな」

「ありがとー。でもまさかここで会うなんてすっごい偶然だね」

「何が偶然だよ……俺が店の前で掃除している時に見ていたの、お前だろ」

「ギクッ……な、なんのことかな?」

「……はぁ。どうせ何時に入ったか記録が残るんだから、隠したって無駄だろ」

 

 本気で白を切るつもりはないだろうが、下手な嘘はなんとも見苦しい。じっと睨むと、璃音は観念したように溜め息を零した。

 

「最初は寄るつもりはなかったんだけど……君がアルバイトをしているところを見たいなぁって思ったから、つい」

「そんな珍しいもんじゃねぇだろ……前にもバイト先ででくわしたことがあったし」

「いいでしょ、別に」

「まぁな。じゃあ、俺はもう戻るからな」

「うん、またね」

「また注文する気かよ……」

 

 笑顔でひらひらと手を振る璃音に、洸は呆れてしまう。

 部屋を出てからすぐに気を引き締めて受付に戻ると、店長に呼び止められた。

 

「107号室のお客様、君と知り合いらしいけど……」

「えぇ、まぁ」

「それじゃあ悪いけど、彼女からの注文は君に回していいかな?」

「どうしてですか?」

「そりゃあ、彼女は有名人だからね。プライベートとは言え、一応お忍びで来ているわけだし」

「まぁ、確かに」

 

 そこまで言われて、ようやく合点がいった。つまるところ、誰かに見つかって騒がれでもしたら困るために友人たる自分に接客を任せると言うことだろう。

 

「早速、また来たよ」

「もうですか……」

 

 どうやら注文を小分けにしたようだ。洸は堪らず溜め息を零してしまう。

 

「あまり長居しないように頼むよ」

「はい、気を付けます」

 

 注文を確認すると、唐揚げだった。最近はSPiKAの活動だけでなくX.R.C.も頑張っているため、お腹が空くのも頷ける。簡素な厨房で作られたそれを皿に盛り付け、再び107号室へ向かう。

 

「入るぞ」

 

 周りに誰もいないことを確認してから扉を開ける。他の従業員に今の言い方を聞かれたら怒られそうなため、そそくさと中へ。

 

「ごめんごめん。聞きたいことがあったからまた頼んじゃった」

「なんだよ、聞きたいことって?」

「今日のアルバイトは何時までなのかなぁって」

「19時半だけど?」

「ふむふむ……じゃあさ、アルバイトが終わったら一緒にカラオケしようよ」

 

「は?」

 

 いきなりの誘いに、洸は間の抜けた返答しかできなかった。目を瞬きながら彼女の発言を頭の中で反芻する。

 

「あたしの奢りでどう?」

「いや、別に奢ってもらわなくていいんだが……そんな長時間ここにいていいのか?」

「それは大丈夫。と言うか、大丈夫じゃなかったらそもそも誘わないって」

「それもそうか……まぁ用事もないし、いいぜ」

「じゃあ決まり♪ デートを楽しみに、バイト頑張ってね」

「何がデートだよ」

 

 相変わらず冗談か本気か分かりづらい口調で言ってくる。洸は一瞬本気かと思いそうになった自分を恥じて、仕事に戻るべく部屋を出ていった。残された璃音は閉まった扉をじっと見詰め、ぽつりと呟く。

 

「つまんないの……もっと慌ててくれたっていいのに」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 3時間半の勤務を終えてエプロンを外してから、洸は挨拶と共に事情を話して107号室へ行く許可をもらった。

 

「玖我山、待たせて悪いな」

「お疲れ様。ジュースで良かった?」

「サンキュー。いくらだ?」

 

 アルバイトが終わる直前に洸のために璃音が注文しておいてくれたジュースを飲んで喉を潤したり、唐揚げを摘まんで少しだけ空腹を癒したりして気を和らげる。

 

「さて、時坂くんが来てくれたことだし……玖我山璃音、歌っちゃいます!」

「ソロライブってところか?」

「実際にはやらないけどね」

 

 璃音は今日発売の新曲を入れる。せっかく歌ってくれるのだからと、洸は彼女の歌声にしっかりと耳を傾けた。

 

「……どうだったかな?」

「……あぁ、すげーよ。心の底から元気がわいてきて、頑張ろうって思わせてくれる、いい歌声だったぜ」

「えへへ、ありがと♪」

「けど……なんかあったのか? なんか頭は少し弱々しく感じたぞ」

「……流石にばれちゃったか」

 

 洸の指摘に、璃音は弁明もせずにソファーにドカッと腰掛けた。

 

「まだそんなに経っていないからなのかな……天使の力が出ちゃうんじゃないかって、不安なんだ」

「あ……」

 

 数週間前、璃音は天使憑きと言う異界絡みの疾患により倒れてしまった。自らの強い願いによって幼い頃から件の天使を呼び寄せてしまったこと、そして自分が原因でいくつか異界絡みの事象が生じたこと。璃音はそれらに困惑し、自分を見失いそうになった。

 幸いにして洸を始めとするX.R.C.の面々が彼女を宥め、取り付いていた天使を無力化するまで追い込んだものの暴走し、最終的に璃音の歌声に安らぎを感じて彼女の体内に戻った。つまるところ、璃音の中に天使の力がまた戻っただけで根本的な解決には至っていない。

 

「もちろん、暴走しないように今は頑張っているけど……もしまたあんなことになったらどうしようって、何度も考えちゃうんだよね……」

「……その時はその時だ」

「え?」

「また何か起きたら、その時はまたみんなで対処すればいい。そのための力を、俺らは持っているんだからよ」

「時坂くん……」

「不安になるな、なんて言わねぇよ。けど、玖我山は独りじゃねぇだろ。

 SPiKAのみんながいて、ファンがいて……それに、俺や柊たちX.R.C.もついているんだ。何があっても、絶対に大丈夫だ」

 

 力強い言葉。その重みを感じさせる瞳。万人には響かないし、綺麗事だと笑う者もいるかもしれない。

 だが璃音には分かる。彼が自分の言動にどれだけの責任を宿しているのか。共に異界を探索し、戦ってきた璃音にははっきりと分かる。

 

「……ありがとう、時坂くん」

「別に礼を言われるほどのことじゃねぇって」

「それでも言いたいの。ありがとう」

「……おう」

「よーしっ! 気を取り直してもう1曲、行っちゃうよ!」

 

璃音は再びマイクを手に、曲を選別する。今度こそ思いっきり歌うために。なにより、いつも自分を励ましてくれる洸に、感謝を示すために。

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