七夕──年に1度、離れ離れになった彦星と織姫が会うことを赦される日。その日に短冊に願い事を記すと謳われている。
「願いは別にして、素敵な日だと思いませんか?」
隣から同意を求めるような声色で問われた志緒は短く「そうだな」と返す。その反応がそっけなく感じたのか、歩いていた美月は足を止める。
「高幡くんはロマンチックには縁遠いですね」
「ほっとけ」
生徒会の仕事を終えた帰り道、美月は手伝ってくれた志緒に商店街の七夕祭りに直行しようと言い出した。特に断る理由もなく承諾した志緒だったが、何故か彼女から浴衣を渡され、袖を通している。見事にぴったりサイズなのだが、いつ採寸したのか分からないだけに若干怖い。ちなみに当の美月も浴衣を着ており、長い髪は首に暑さがこもらないよう、高い位置で纏められていた。
「そういうお前は、珍しくロマンチックな話題を好むな」
「ふふっ、他の皆さんには黙っていてくださいね? 高幡くんと私、2人だけの秘密です」
嫣然と微笑む彼女に一瞬見惚れそうになる。志緒は誤魔化すように頭を掻き、口を開く。
「ロマンチックな恋でも所望しているのか?」
「そういう訳ではありませんよ。
高幡くんは、彦星と織姫がどうして離れ離れになったか、知っていますか?」
「いや」
「諸説ありますが、2人は愛し合うあまり、それぞれの仕事が手につかなくなったらしいですよ」
「そりゃあ、離れさせられるだろうな」
「でも、それだけお互いに愛していたと言うことですよね」
既に陽が落ちた空を見上げる美月。その瞳には、羨望の色が滲んで見えた。
「お前も、仕事を忘れるぐらいの恋がしたいのか?」
「まさか。ただ、そんな風に誰かを想う日常があったら、素敵だろうと思いまして。
それに、私から仕事を取ったら、何も残りませんよ……何も」
「……確かに、北都としてのお前から仕事は取れないな。
けど、北都美月としてなら、色んなもんが残るんじゃねぇのか?」
志緒の言葉に、美月は弾かれたように彼を見る。しかし自分の言葉が気恥ずかしくなったのか、視線を合わせようとしなかった。美月も、自分の顔が赤くなっている可能性を考えると、この方がありがたかった。
「そうですね。それなら、高幡くんとの思い出も残りますからね」
そう言いながら、美月はそっと志緒の手に触れる。互いの手の甲が触れ合っただけなのに、熱く感じて仕方ない。
「す、すみません」
「いや」
2人とも恥ずかしいのか、それ以上言葉は出てこず、黙って歩みを進めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これ、先輩の分です」
「ありがとうな」
七夕祭りの会場は小さいながら、賑やかだった。出店もいくらかあり、人の数も少なくはない。洸から渡された短冊代わりの紙を見ながら、願い事をぼんやり考える。
「お前らはもう書いたのか?」
「俺はX.R.C.のこと書きましたよ」
「私も」
「えー、普通自分のこと書くでしょ」
洸と空は部活、或いは仲間のことを書いたようだが、それに対して祐騎は冷ややかな反応を見せる。
「あれれ~? 四宮くんも確かX.R.C.のこと書いていなかったっけ?」
そんな祐騎を嘲笑うように、ニヤニヤと告げ口する璃音。
「他人のを勝手に覗くとか、人としてどうなのさ?」
「見えちゃっただけだよ~。ねぇ、明日香も見えちゃったよね?」
「さぁ、どうだったかしら」
明日香は祐騎の「人としてどうかと思う」と言う一言が響いたのか、知らないとはぐらかした。
「そんな裏切り者はくすぐりの刑だぁ!」
「ひゃあっ!? あっ、あははっ、そんないきなり……!」
賑やかさを取り戻した仲間達に志緒も苦笑いする。内容も決まったところで記入台に向かい、紙を置いた。そこで受け取った用紙が2枚あることに気付き、返却しようと周囲見回す。
(どこに返せばいいんだか)
人が混み合ってきたせいで、用紙の配布場所が分からない。ここに置き去りにするのも気が引けるため、贅沢だが別の願い事を書くことにしてペンを握る。
(さて、何を書くか)
お世話になっている人や自身の健康、学力向上など浮かんでは「何か違う」と感じて辞めてしまう。そんな繰り返しが続く中、ふと美月の姿が目に入る。ここに来る前に彼女が吐露した言葉を反芻し、志緒はペンを走らせていく。
(まぁ、無理をしない、頑張りすぎないって程度でいいか)
誰もが目にするため、個人名を書いて周囲に見られてはよくないと思って【彼女】と記しておく。
「【彼女】って、誰ですか?」
「ん? そんなの、北都以外に誰が──え?」
「…え? わ、私……ですか?」
何気なく問われた志緒は疑うことなく答えたものの、声の主が誰だったのか気が付き、慌てて振り返る。そこには予想通り、美月の姿があった。その手には短冊としての用紙が握られているものの、顔は赤く染まっている。
「あ、いや、これは……なんか、勝手に悪い」
「い、いえ。その、悪い気はしませんよ」
「は?」
「高幡くんに心配してもらえていると思うと……恥ずかしくはありますが、嬉しいですよ」
「っ!」
はにかみながらそんなことを言われた暁には、見惚れてしまうのも仕方がない。志緒とてそれは例外ではなく、その愛らしさと言葉に赤面してしまう。見られないように頭を抱えるが、どこか痛めたのかと勘違いした美月が覗き込もうとしてくる。
「頭でも痛いんですか」
「違う。違うから、見るな」
まさか照れているなどと言えるはずもない。美月の追及から逃れ、「お前も短冊に願いを書いたらどうだ」と話題を逸らす志緒。美月は納得していないようだったが、それ以上言及はしてこなかった。
「でも困りましたね」
「何がだ?」
「私も個人のお願い事を書きたいんですけど、用紙をもらいにいくわけにもいきませんし……」
美月の視線をたどると、短冊用の紙が配られているところには子供たちがだくさん並んでいた。今から改めて用紙をもらい、減ってしまうことを危惧しているのだろう。
「高幡くん、その裏面に書いてもいいですか?」
「はっ!?」
思いもよらぬ提案に、志緒は自分が手にしている短冊に視線を落とす。彼女には既に願いの内容を見られているのだから隠す必要もないのだが、いざ手渡すとなると恥ずかしく思う。改めて読まれたくない志緒は、用紙っを裏返してから渡した。
「で、何て書くんだ?」
「それは、秘密です」
「……おい」
「ふふっ、乙女の秘密ですから」
唇に人差し指を当てて、微笑む美月。そんな彼女から執拗に聞くことなどできるはずもない。志緒は溜め息をつき、「分かったよ」と引き下がった。
「でも、貴方の願いを無駄にするようなことは願っていませんから」
笑みを浮かべて短冊の飾りつけに向かう美月。志緒も微笑し、その後を追いかける。
(どうか、【彼】の願いが叶いますように───)
短冊に記した願いを反芻しながら、笹に飾り付ける。星広がる夜空を見上げながら。