ガールズ&パンツァー 鉄血のオルフェンズ   作:砂糖多呂鵜

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六話目です。今回ちょっと長くなってます。
それと、モビルワーカーやモビルスーツ隊は、【機動隊】の名称で統一する事にしました。分けて書くといちいち面倒なので。
デート・ア・ビルドの方ももう少しで投稿できると思います。
それでは、どうぞ!


第陸話 バルバトス、行きます!

時は、バルバトスが現れる少し前に遡る。

三日月は一時戦線を離脱すると、戦場のかなり後方の方まで足を踏み入れていた。

 

「おーい、来たよー」

 

「あ、三日月!」

 

「おお、待ってたよー!」

 

モビルワーカーで来た三日月を待っていたのは、三日月と同じく一年の自動車部員、タカキ・ウノと、三年の自動車部員、ナカジマだった。

さらに彼らの前には、足を曲げて座している白いモビルスーツ、バルバトスの姿がある。近くには他自動車部員の姿も見受けられ、忙しなく作業に取り掛かっている。

 

そして三日月が乗って来たモビルワーカーを展開すると、シート部分を外す作業へと入った。

 

「これ、どうするんですか?」

 

「これは元々、昔の大洗が戦車道に使ってたやつらしくてねー。コクピット周りのOSも、使えなくなっちゃって。だからこれのOSを、流用する」

 

「モビルワーカーのシステムで動くの?」

 

「うん。システム自体は元々あったやつを使うから。欲しいのは阿頼耶識の方だね。ほら、一応目を通しておいて」

 

「うん」

 

ナカジマからデータを纏めた端末を手渡され、一通り目を通す。

バルバトスの操作方法や、今ある武装のデータなど、今欲しい機体情報を可能な限り纏めたものだ。詳細な機体スペックなんかは後で調べればいいだけだろう。

 

「でも、いきなりこんなものを投入しても大丈夫なの?登録を出してない機体の途中参加は、レギュレーション違反だったはずだけど」

 

「いや、その辺は大丈夫。試合に使うかもしれないって、オルガくんが登録を出してたらしいから。……よーし、クレーン上げてー」

 

シートの分解が完了したナカジマが、待機していたタカキに呼びかける。クレーン車が稼働し、シートをバルバトスのコクピット部へと運ぶ。内部にかっちりハマると、すぐに固定作業へと入る。

それを見ていた三日月に、ナカジマが警告するように告げた。

 

「三日月くん、いくら競技用と言っても、モビルスーツの操縦はモビルワーカーのそれの比較にならない。もしかしたら、怪我する事だって……」

 

「大丈夫。少なくとも()()で支障がないんなら、怪我くらい」

 

「そんな気楽な……」

 

三日月のあっけらかんとした返事に、呆れたような声音を漏らす。すると上で作業していた、同じく一年の自動車部員、ヤマギ・ギルマトンとがナカジマに呼び掛ける。

 

「取り付け完了しましたー!」

 

「分かったー!行くよー、三日月くん」

 

「うん」

 

二人の報告と共に、三日月はナカジマと共にコクピットへと向かう。報告通り既にシートが取り付けられ、上部にはしっかり阿頼耶識の脳波センサーが搭載されている。

もたつく暇など無いように、三日月はシートに座り込むと、前面のパネルを操作し、システムを立ち上げた。

 

「えーっと……ガンダムフレームタイプ………バルバトス?かな」

 

前面のパネルには何かの紋章らしき絵柄と、【ASW-G-08 GUNDAM FLAME TYPE BARBATOS】という文字列が表示された。続けて、モビルスーツ本体の起動コードが羅列されていく。

ブートスキャンが完了すると、再びパネルを操作し、操作を続ける。

 

「……三日月くん、行けそう?」

 

「うん。だから急ごう」

 

「分かった……行けるって!ヤマギ、タカキ!リフトアップ!」

 

そう言うとコクピットのハッチが閉じ、薄暗いコクピット内部へと吸い込まれるように入っていく。

様々な機器を搭載したコクピット内部は、人一人入ったらすぐに狭く感じてしまった。シート上部の阿頼耶識脳波センサーや、外を見回すためのモニター。左右の肘掛けの部分に、複数のボタンが取り付けられた操縦桿があり、下にはスラスター制御や移動、ブレーキの役割を持つペダルが設置されている。

三日月は先ほど見た操作方法を思い出しながら、操縦桿を握りしめた。

 

「_____網膜投影、スタート」

 

その声と共に、コクピット天井部に取り付けられた投影機から、パイロットに外部の視覚情報が直接網膜へと投影される。眼前に広がる映像が、一気に拡大したのを感じた。

 

 

「_____行くぞ。バルバトス!

 

 

三日月の、その声に呼応するように。

 

白き機械仕掛けの悪魔(ガンダム・バルバトス)は、その双眸を輝かせ、目覚めたのだった。

 

 

 

 

そして、時は戻る。

みほ達を守るように地から現れたバルバトスは、その振り下ろしたメイスで以って、敵のグレイズを地面へと叩きつけていた。メイスを叩きつけられた装甲がひしゃげ、胸部中央からは白旗が上がっている。

 

「____マジかよ!本当にやっちまった!」

 

「あれに三日月が………」

 

「乗ってるっていうのか…………っ?」

 

「あれ味方、だよね………?」

 

そのバルバトスの姿を見た一同から、驚愕の声が上がる。

 

「すっごぉ………」

 

「……凄い、凄いです!あの二基のリアクターに、凛々しい佇まい、間違いありません!本物の、本物のガンダム・フレームですよぉ!!」

 

「がんだむ、ふれーむ……?」

 

「……三日月………」

 

特にⅣ号戦車から身を乗り出し、優花里が興奮と悦びに満ちた笑みを浮かべてバルバトスを見上げる。

沙織や華、麻子も大小の差はあれど、突如現れたバルバトスの姿に驚きを隠せないようだった。みほとオルガも、安堵の笑みを浮かべて見上げる。

 

とにかく今は、観客選手問わず、この試合を見ていた殆どの人間が、地から現れた白い悪魔の姿に魅入っていた。

 

そしてそれは、敵もまた同様だった。

 

 

『申し訳ありません隊長!やられました!』

 

『そんな馬鹿な!大洗がモビルスーツを持っていただと!?』

 

『あんな機体があったなんて、私のデータベースに載っていません……!』

 

『グレイズを一撃で………』

 

『……まさか、ガンダムフレームだとでも言うのか……?』

 

聖グロのメンバー内でも、戦車隊やモビルスーツ隊問わずに混乱が広がる。

それも当然だろう。まさか発足したての大洗戦車部が、モビルスーツという代物を引っさげて来たのだから。

 

人型戦車たるモビルスーツは、購入するのに戦車の何倍もの予算がかかる。さらには戦車のみでの撃破がほぼ不可能という点も相まって、フラッグ車への指定もできない事から、戦車道にモビルスーツが導入されて以降も数を揃えている学校は少なく、一部の大会常連の強豪校などに絞られる。弱小校では一、二機持っていたら充分という所すらある有様だ。

 

そんな事情の中で、今回の試合が初陣となる大洗が、一機だけとは言えモビルスーツを登場させて来た。戦車とモビルワーカーのみの編成を予想して来た聖グロからすれば、肝を潰されたような衝撃だろう。

 

しかしそんな中でも、すぐに動いた者がいた。後方で待機していた、聖グロの三機編成のモビルスーツ隊のうちの一機である。

グレイズに似ているが、頭部パーツや細かな装飾や、背面に取り付けられた高出力スラスター、何よりも目を引く紫色の装甲が特徴的な機体である。

 

『ふん、あんなの、ただの虚仮威(こけおど)しだ!』

 

その機体、シュバルベ・グレイズに乗り込む、ガエリオ・ボードウィン(ドアーズ)が、スラスターを噴かせてバルバトスへと向かっていった。

 

自分たちへと迫って来たシュバルベを見て、大洗の間にまた緊張が走る。

 

「うぇっ!?また来たぁっ!?」

 

『オルガ、みんなを下げてくれ!』

 

「分かった!」

 

三日月からの指示で、オルガが残存車輌を後方への下げさせる。そして三日月は反対に敵シュバルベへと向かって、スラスターを噴かせた。

 

『どこから持って来たのか知らんが、そんなオンボロの機体で何が出来る!』

 

ガエリオ(ドアーズ)、落ち着け。私が来るまで____』

 

『大丈夫だ。お前の手を煩わさずとも、こんな奴!』

 

マクギリス(シッキム)からの通信に答えながら、ランスユニット上部に内蔵された短砲を構える。ともすれば油断しきっているようにしか見えないが、しかし彼の態度も理解できなくはなかった。

何しろ突然現れたモビルスーツ、バルバトスは、関節のフレームはガタガタ、各部の装甲も傷だらけ、塗装ハゲも多々ある。さらには彼らからは見えないが、細かなところには砂や塵が堆積して、細かな動作を妨げている。さらに言えば、武器は手に持った取り回しずらそうなメイスが一本のみ。五体満足に動けているとは言え、その姿は控えめに言ってスクラップにも見えるほどのオンボロな機体だったのだ。

しかしそんな油断を突くように、敵は予想外の行動をした。

 

『なっ!?』

 

なんと手にした得物であるメイスを、槍投げの要領でシュバルベへと投擲したのだ。

驚愕するも、その程度でやられる程ガエリオ(ドアーズ)は甘くない。すぐさまランスユニットを上段に振り抜き、メイスを上へ弾き飛ばした。

 

『武器を投げるなど……なっ!?』

 

しかしその後、再びガエリオ(ドアーズ)の表情は驚愕に染まった。先程まで前方に居たはずの機体が、消え失せていたのである。立て続けに起こった想定外の事象に、ガエリオ(ドアーズ)も焦って冷静さを欠いてしまう。

 

『奴はどこだ……っ!』

 

『上だ!』

 

『何っ!』

 

前方を索敵していると、マクギリス(シッキム)からの通信が入る。つられて上空を見ると、そこには先程投げ飛ばしたメイスを持って、シュバルベの上に大きく飛び上がっていたバルバトスの姿があった。

手にしたメイスを大きく振り下ろし、シュバルベの頭部センサーに攻撃を直撃させる。一瞬の出来事にガエリオ(ドアーズ)も対応しきれず、攻撃を許してしまうのだった。

 

『ぐあっ………!くそっ……!』

 

ガエリオ(ドアーズ)、下がれ』

 

『っ!』

 

そこに、再び友人の、マクギリス(シッキム)からの通信が入る。さらに集音器が、前方からのスラスターの噴射音を拾っていた。

頭部センサーをやられてしまい、今のシュバルベは目が効かない。口惜しいが、ここは撤退するのが懸命だ。

 

『くそっ、あとは頼むぞ……()()()()()!』

 

『無論だ。()()()()

 

「あれは………」

 

その突然の来訪は、三日月の目にも入っていた。

まるで天使の如き羽根を広げ、優雅さと気品に溢れた佇まい。白い装甲に身を包み、両手に携えるは黄金の長剣。

そのモビルスーツは聖グロリアーナにとって、特別な意味を持つ機体であった。

 

 

『君の相手は____私がしよう』

 

 

ARW-G-01 ガンダム・バエル

 

聖グロリアーナ機動隊隊長、マクギリス・ファリド(シッキム)が乗り込む機体であった。

 

そしてその姿を見た聖グロの隊員達から、歓喜の声が上がる。

 

 

『バエルだ!』『アグニカ・カイエルの魂!』『聖グロリアーナの誇り!!』『穢れなき伝統のモビルスーツ、バエルだ!!』

 

 

目に見えて、聖グロ側の士気が上がっていた。それは、単にこの機体が隊長機であるという理由だけではない。

この機体、ガンダム・バエルは、聖グロリアーナ初代隊長、アグニカ・カイエルが乗り込んでいた、何十年にも渡り脈々と受け継がれて来た、聖グロにとって一種の伝説と化している機体なのだ。

 

『態勢を立て直すわ。大洗の残存車両へ回り込みなさい、至急!マクギリス(シッキム)、そっちは任せたわよ!』

 

『了解だ。レディ』

 

「オルガ達はやらせない……っ!」

 

バエルの姿を捉えたバルバトスが、メイスを構えて突撃する。

大きく振りかぶって叩きつけようとするも、バエルが手にした、特殊超硬合金製の二本の長剣、バエルソードを交差させ、背面のスラスターを噴かせてこれを受け止め、さらに後方へと吹き飛ばすように押し退ける。

今のバルバトスのメイス攻撃は力押しとは言え、高い出力を生かした十分な破壊力を持つ一撃だ。その威力の程は、先程撃破されたグレイズのひしゃげた装甲が物語っている。

それを二本の剣で受け止め、あまつさえ弾き返すのは、とてもではないが常人では不可能だ。そこで聖グロの機動隊長たる、マクギリス・ファリド(シッキム)の技量が押して知れた。

 

「ちっ、だったら………」

 

跳ね返されたバルバトスはそのまま上空へと飛び上がると、落下の勢いも利用してメイスを叩きつけるように振り下ろした。

しかしバエルは易々とそれを躱し、メイスは虚しく地面へと叩きつけられ、土煙が舞った。

 

「浅いか……なっ!?」

 

そして三日月が敵の姿を捉えた時にはもう、バエルはこちらへと翼を広げてすんでのところまで迫って来ていた。

 

「こいつ、速い……ッ!」

 

スラスターの青い噴炎を噴かせて、黄金の剣を携えたバエルがバルバトスへと迫る。

ガンダム・フレーム最大の特徴たる、二基のリアクターを並列稼働させるシステム、【ツインリアクター・システム】に支えられた大出力のスピードを出して、逆手に持ち替えた長剣でバルバトスを刺し貫かんと振り下ろす。

 

が、ただでやられてやるほど、バルバトスと三日月はやわではない。

一度機体のバランスを後方を傾けると、そのまま全身の各部に設置されたスラスターを噴射させ、半ば強引にバエルから遠ざかる。

 

『今の躱すか。なんという反応速度………何だ?』

 

が、そこでマクギリス(シッキム)は眉を潜めた。

後方まで下がったバルバトスの各部のスラスターが、その噴射の勢いを急に殺していったのだ。それはまるで、パイロットが止めたというよりかは______

 

『……まさか』

 

「………()()()っ!?」

 

三日月がスラスターの噴射トリガーを押すも、反応が無い。

前方のパネルには、スラスターの燃料切れを伝える【OUT OF FUEL】の表示だけが、無慈悲に映し出されていた。

 

 

 

 

「…………あぁーッ!!」

 

「ん?ナカジマ先輩?」

 

「どうしたんですか?」

 

「タカキ、ヤマギ、やばい!!バルバトスのスラスター、ガス補給するの、忘れた……!」

 

「「えぇーーッ!?」」

 

「どうしよう………」

 

「いやどうしようったって………!」

 

「もう三日月出ちゃいましたよ!?」

 

「ヤバイよー!起動するのに一杯一杯で……残ってた分でどれだけ動けるか……!?」

 

 

 

 

「なるほど、燃料切れか………確かに、半永久機関であるエイハブ・リアクターと違い、推進剤やオイルは消耗品だからな」

 

モビルスーツの動力源たる相転移炉、エイハブ・リアクターは、モビルスーツの動力をほぼメンテナンス無しで半永久的に動かすことが出来る。さらには初めて開発された300年前から、未だに現役で起動している物もあるくらいの頑丈さをも誇る代物だ。

が、動力以外の、スラスター等も全てそれで動くかと言えば、無論異なる。ちゃんと推進剤を投入しなければ、スラスターを動かすことなど出来ない。

即ち今のバルバトスは、圧倒的に不利な状態へと追い込まれてしまっていた。これがまだ先のグレイズなどであったならどうにか戦えたかもしれない。しかし初戦闘にして、今は相手が悪すぎた。

 

 

ガンダム・バエル_____始まりの悪魔の名を冠されたこの機体は、背面のウイング型巨大スラスターによる高機動近接戦闘を主とした機体である。さらにそこへ現聖グロ一のモビルスーツパイロット、マクギリス(シッキム)の腕が加われば、スラスターの使えなくなったモビルスーツの対処など、造作も無い。

 

その不利を悟ってか、バルバトスはすぐさま行動に出た。

メイスを地面へ横薙ぎに振るい、大きく土煙を上げる。抉られた地面の土や砂が、空気に乗って大きく空中へと舞う。

一見すれば地形を生かした目くらましだが、眼前で接敵した今の状態では殆ど意味を成さない。そのような事はマクギリス(シッキム)は元より、三日月とて分からぬほど馬鹿ではない。

 

「ほう、目眩し………いや、本命は」

 

だからこそ、すぐにマクギリス(シッキム)は向こうのやらんとしている事に予測を立てた。そして、自身の足元を見据える。

 

そしてそこには土煙を割き、限界まで姿勢を低くして、メイスを突撃槍のように構えて突進するバルバトスの姿があった。

 

『ゼロ距離なら………っ!!』

 

その奇襲攻撃に、マクギリス(シッキム)は感嘆しつつも、冷静に対応した。

ほんの少し後ろに下がり、バエルの姿勢を変え______

 

『がっ……………!?』

 

_____バエルソードを、弱点の胸部へ向けて斬りつけた。その衝撃は、大きくコクピット内部まで響く。

 

バルバトスの今の奇襲攻撃は、敵がこちらの位置を把握出来ていない場合に、効果を発揮する。だが動きの予測を立てれば、いくらでも対処のしようはある。

三日月が悪かったという訳ではない。これは、今まで幾度となく強敵(ライバル)達と戦って来たマクギリス(シッキム)と、今日初めてモビルスーツに乗った三日月_____その経験の差だった。

 

そしてマクギリス(シッキム)は、周囲の様子を確認する。

 

大洗側の戦車とモビルワーカーは全機が撃破され、聖グロも、隊長機は残っていたが、殆どの機体がやられていた。

 

「……ここまでのようだな」

 

そろそろ潮時だろう。

バエルソードを腰のホルダーに収納すると、背面のウイングを展開する。最後に、地に伏したバルバトスを一瞥すると、賞賛の意を込めた笑みを浮かべた。

 

「……さらばだ。大洗の、名も知らぬモビルスーツパイロット」

 

そう言い残すと、バエルはスラスターを噴かせ、天高く優雅に飛び去って行った。

 

一方、残されたバルバトスは、まだ白旗判定にはなっていなかった。

脳の揺れているような感覚に目眩を覚えながら、三日月が朧げな意識の中操縦桿を握りしめる。

 

「………まだだ……!まだ…………!」

 

バルバトスの上半身を起こし、立ち上がろうとする。

三日月の戦意も、消えてはいなかった。初めて戦ったとは言え、あれだけやられて黙っていられる筈がない。

一歩進み出そうとペダルを踏み出そうとした、その時。

 

「まだッ!………だ………………ぁ…………」

 

そこで遂に、意識が途切れた。バエルの攻撃による衝撃は、さっきまで三日月の脳内を、トンカチで鉄板を叩いたように響いていたのだ。

そして三日月の意識が途切れるのとほぼ同時に、バルバトスもツインアイから光を失い、項垂れるように機能を停止する。そして胸部からは、戦闘不能を示す白旗が上がっていた。上半身を上げた段階で、既にバルバトスも限界だったのだ。元より急ごしらえで用意した機体。ここまで持ったのが奇跡だろう。

 

 

『大洗学園チーム、全車両、行動不能!よって、聖グロリアーナ学院の勝利!』

 

 

そしてほぼ時を同じくして、会場にアナウンスが響く。彼らの攻防の間に、戦車隊も決着が付いていた。昭弘のモビルワーカーは、聖グロのモビルワーカー隊最後の一機と相打ちになり撃破され、オルガ機もみほ達を庇い行動不能。

みほ達は残り一機の状態で獅子奮迅を活躍をしたものの、それでも差を埋めるには至らなかった。最後はダージリンのチャーチルとの一騎打ちに持ち込んだものの、敗北。

 

こうして大洗学園の初戦は、結果を見れば敗北という形で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

試合で大破した戦車やモビルワーカーが、次々と運ばれていく。

砲身が曲がったものや、装甲がひしゃげたもの。履帯が大破したものなど、激戦を物語る戦車の数々が、みほ達の前を通り過ぎていった。

そしてその最後尾に、一際目立つ一機_____モビルスーツ、ガンダムバルバトスが運び込まれる。

 

「………」

 

その運び込まれたバルバトスを、オルガとみほは神妙な面持ちで見つめる。

するとその後ろから、三日月が火星ヤシを摘みながら戻って来た。

 

「ミカ!」

 

「ミカさん!」

 

「………オルガ、みほ。それにみんな」

 

みほ達の周りには、Aチームの面々もいた。

全員が揃ってボロボロで、埃まみれになっている。それは三日月も同様で、白いタンクトップが煤けている。モビルスーツに乗った際に、制服を脱いでいたのだ。細身ながらも筋肉質の体には、土汚れが付いていた。

 

「よくやってくれたな、ミカ」

 

「うん。ミカさんがいなかったら、私たちすぐにやられちゃってた」

 

「そうです!それに、貴重なガンダム・フレームが……って、オーガス殿?」

 

優花里が、三日月の様子に顔をしかめる。

三日月は三人の言葉に首を振ると、自嘲気味の笑みを浮かべて言った。

 

「……今回、結局俺、あんまり役に立たなかった。試合にも負けて……ごめん」

 

「何言ってやがる。充分やってくれたじゃねえか。お前がいなかったら………」

 

と、そこでオルガは言葉を止めた。こちらに向かって、歩いてくる一団がいたからだ。

三人ほどの女生徒に、一際身長の高い、金髪の面立ち良い男生徒。さっきまで戦っていた、聖グロの生徒達だ。

その中の男生徒が、三日月の姿を見つけると、歩み寄って尋ねた。

 

「……先程、あの白いガンダムフレームに乗っていたのは、君かね」

 

「……そういうあんたは、あの白い羽付きに乗っていた人?」

 

「ああ。私はマクギリス・ファリド。又の名をシッキム。君の名は?」

 

「……三日月・オーガス」

 

「そうか。……その名前、覚えておこう」

 

そう言って満足げな様子になると、マクギリス(シッキム)は身を翻して戻っていった。

その様子を見て、残った少女らの隊長、ダージリンは口元に手を当ててくすくすと含み笑いをする。

 

「あなた方が隊長さんですわね?」

 

「え?あ、はい」

 

「はい」

 

笑みを止めると、今度はみほとオルガの方を見る。

 

「貴方がた、お名前は?」

 

「………」

 

そう聞かれて、一瞬言い淀んでしまう。戦車道を志している人達に、自分の名前はあまり教えたくなかった。

が、やがて躊躇いがちに言い紡ぐ。

 

「……西住、みほ」

 

そして、オルガも。

更に彼は、どうせ隠しても無駄だろうと、学園では名乗っていない、本当の名前を告げたのだった。

 

「……オルガ………オルガ・西住・イツカ

 

「っ、オルガ!?」

 

オルガがその名前を言った途端、僅かにどよめきが走る。沙織、華、麻子はそれが本名だという事実に。優花里と三日月は、何とも言えない表情で、口を噤んでいた。

そしてみほは……オルガがその名前を言ったことに、驚いた。

 

「西住……もしかして、西住流?それにあなた………」

 

ダージリンはオルガの方を見ると、何か思い当たる節があるような様子で、神妙に口を開いた。

 

「もしかして……鉄華団団長の、オルガ・西住・イツカ?」

 

「……っ………ええ。今は、オルガ・イツカとだけ名乗っていますが」

 

鉄華団

その名を聞いた途端に、オルガは胸を締め付けられるような感覚に襲われたが、何とか堪えて絞り出す。みほがオルガを気遣うように視線を向ける。

その様子を見たダージリンは、何かを悟ったような表情になり、続けた。

 

「……いえ、これ以上訊くのはやめておきましょう。それにしても二人とも……まほさんとは随分違った戦い方なのね」

 

そう言い残すと、ダージリンは他の女生徒を引き連れて、向こうで待っていたマクギリス(シッキム)と、紫髪の、何やら秀麗な顔を不機嫌そうに歪ませた男生徒の元へと戻っていった。

そして彼らを見て、三日月が口を開く。

 

「……オルガ。俺、もっと強くなる。オルガの、みほ達の役に立てるように。もっともっと頑張って………少なくとも、あのマクギリスって人に、勝てるくらいに。………あの人に、勝ちたい」

 

そう言った三日月の目には、静かながらも確固たる闘志が宿っていた。

あの敗北は、三日月にある意識の変化を齎していた。戦う理由が、『オルガやみほ達の役に立つ』だけだったのが、『ライバルに勝ちたい』という意識も芽生えたのだ。

初めて他校の選手と戦ったことによる、意識の変化。

それはほんの少しの、しかし確実な変化。三日月・オーガスの………後に、『大洗の白い悪魔』と呼ばれるようになる男の、小さな始まりの一歩。

 

「……そうだな。俺もまだまだ頑張らねえと」

 

その言葉を聞いたオルガもまた、決意を新たにした。

一度戦車道の道から遠ざかった()()()()は、まだオルガの胸の中にしこりのように残っている。だが、いつまでもそれに囚われるのは終わりだ。

前に進む、その為に。

 

 

 

 

その後散っていく三日月の背を、静かだった麻子が引き留めた。

 

「……三日月」

 

「ん?」

 

「……頑張れよ。一応、応援する」

 

麻子からの予想外の声援に、三日月は一瞬キョトンとすると、しかし口元にうっすらとした笑みを浮かべた。

 

「……ありがと、麻子」

 

三日月は礼をすると、ポケットから火星ヤシを二つ取り出し、一個を麻子に分けた。

口にした果実の味は甘いはずなのに、何故か、苦く感じた。三日月は口から実を取り出し、顔をしかめる。

 

「……ハズレか」

 

ポケットからもう一個を取り出し、口に放る。

今度はちゃんと、甘かった。

 

 

 

 

学園艦に戻る頃には、すっかり周囲は暗くなっていた。

疲れからか眠い(麻子はピンピンしていた)意識を保ちつつ、甲板にあがる。

 

「……?」

 

みほ達の前には、申し訳なさげに立つ六名の女生徒____一年生組のDチームと、脇にシノの姿があった。

 

「シノ。それに、お前ら………」

 

「ああ、オルガ。こいつらがちょっとな」

 

シノが少し困ったような顔になり、Dチームの隊長である澤梓の方を見る。

それからさほど間も置かずに、梓が頭を下げた。

 

「西住隊長………すみませんでした!」

 

「「「「「すみませんでした!」」」」」

 

「えっ?」

 

突然の謝罪に、みほは困惑する。

いきなり謝罪されるようなことなど、あっただろうか。

 

「……どうしたんだ?」

 

「いや、それがよ______」

 

 

 

 

時は試合が終わり、夕陽が暮れ始めた頃。

学園艦に戻る準備をしていたシノのもとに、梓達六人が来た。

 

「お前ら………」

 

「シノ先輩……戦車を放り出して逃げたりして、すいませんでした!」

 

梓がそう言って頭を下げると、残る五人も続くように頭を下げる。

 

そう。梓達Dチームは先の試合中、自分の戦車を放棄して逃亡したのだ。その時シノは、逃げ出す彼女らを諌めていた。

彼女らも責任を感じていたのだろう。申し訳なさげな表情で、シノに頭を下げている。

 

「………ったく、しゃあねえなぁ」

 

シノはしばらく黙っていると、やがて苦笑して、頭を掻いた。

 

「謝るんなら、俺じゃねえだろ」

 

「え……」

 

「謝るんなら、隊長にだろ。行こうぜ。一緒に付いてってやっからよ」

 

そう言ったシノは、頼もしい表情をして、学園艦を指した。

折角できた後輩を無碍にする事など、シノに出来るはずもない。

 

「っ………はいっ!」

 

 

 

 

「____つーわけだ。隊長、俺からも謝らせてくれ」

 

「えぇっ!?いや、そんな………」

 

シノが頭を下げると、Dチームの面々が口を開いた。

 

「先輩達、格好良かったです!」

 

「すぐ負けると思ってました……」

 

「私たちも、次は頑張ります」

 

「絶対頑張ります!」

 

彼女らのその様子に、みほの表情も穏やかになる。

それを見たシノは満足げに笑うと、彼女らの方を向いた。

 

「よーしお前ら!反省は終わりだ!明日から一緒にみっちり練習すっぞ!!」

 

「「「「「「はいっ!!」」」」」」

 

シノのその頼もしさに、Dチーム全員が力強く応える。

その光景を見て、オルガが微笑ましげな表情になった。するとそんな彼らのすぐ側に、生徒会がやってくる。

 

「これからは、作戦は西住ちゃんとオルガちゃんに任せるよ」

 

「へっ…………?」

 

会長のその言葉に、河嶋が愕然とした表情になる。が、気に留めるものはいなかった。

次いで、側に控えていた柚子が、バスケットを持って彼らに歩み寄る。

 

「そいつは………」

 

「聖グロの隊長さんからですって」

 

そう言われて中を開くと、そこには丁寧に包装されたティーカップと、紅茶の茶葉、そして一通の手紙が同封されていた。

【To Friend】と書かれたその手紙を開くと、そこには聖グロ戦車隊長のダージリンと、機動隊長のマクギリス(シッキム)からのメッセージがしたためられていた。

 

 

『今日はありがとう。貴方達のお姉様との試合より、面白かったわ。また公式戦で戦いましょう。 ダージリンより』

 

『素晴らしい試合をさせてもらった。ガンダム・フレームを操り、強靭な生命力を以って戦う君たちの姿を見た、あの時。私はそこに、我が校の伝説の一幕を垣間見た。また戦える日を、楽しみにしている。 シッキムより』

 

 

その手紙を読み終えると、優花里が感嘆の声をあげる。

 

「凄いです!聖グロリアーナは、好敵手と認めた相手にしか、紅茶を送らないとか」

 

「そうなんだー」

 

「昨日の敵は今日の友、ですね!」

 

「……いいね、それ」

 

優花里の言葉に、三日月が同意する。

 

「公式戦は勝たないとねぇ」

 

「ああ。……みんな、ここで終わりじゃねえぞ!寧ろここからがスタートだ。次は絶対に、俺たちが勝つ!」

 

オルガの力強い言葉に、その場の全員が頷く。

すると沙織が、ふと疑問をこぼした。

 

「公式戦?」

 

その疑問に答えるように、優花里が元気いっぱいに口を開いた。

 

「戦車道の、全国大会ですっ!!」

 

次の戦いは、もうすぐ。

 

 

 

 

 




ここから、俺たちの戦いが始まる。

一筋縄じゃいかねえが、今度こそ、俺は前に進んで見せる。

……それにしても、あのバルバトスのメイス攻撃

……ちょっと、いやかなり、カッコよかったな。

まさに俺たちの門出に相応しい、威風堂々とした立ち姿!そう思わねえか?
っと………なんか、優花里みてえになっちまったな。

次回、ガールズ&パンツァー 鉄血のオルフェンズ。

第漆話『友との繋がり』


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