百合のためなら、人類滅ぼしちゃってもイイヨね!? 作:十八番座り
何でも揃う利便性から地域住民の生活に深く食い込んでいる、大型ショッピングモール。
休日ということも相まって多種多様な人々が各々の目的に従って行き交っている。
家族で買い物に来ている両親と、その子供たち。
友人同士で集まってゲームや談笑に興じている青少年のグループ。
初々しさの残る付き合いたてほやほやと思しきカップル。
和やかで、この国のどこでも見られる穏やかな日常の一幕。
だがそのなかでも悪の組織、メメントモリは人類絶滅に向けて着実に暗躍している。
「ねえ、サラ様」
「なんですか?」
この日。アリスはサラに、メメントモリにさらわれてから初めて外出をしていた。
理由は至極単純。アリスもいずれ果たすことになるオツトメを学ぶためだ。
基礎的な面は大よそ把握しているので、詳細は実体験で確認しようという趣旨である。
逃げ出さないようにサラと共にいるのに首輪を着けられているという状況に言いようのない高揚感を覚えていたアリスだったが、そんなものアパートを出て十分で霧散した。
内心に抱いた違和感が確信に変わるのを感じながら、隣を歩くサラに尋ねる。
「アリスは、みんなにヘンと思われてる?」
無遠慮というか、好奇心というか。
道行く人々はアリスを見かけると様々な視線を投げかけてきた。
音木鈴鹿の頃は道行く人々から視線を逸らされてばかりだったので、困惑してしまう。
「そんなことありませんよ、アリスちゃんのかわいさに皆、虜になっているだけです」
サラは否定するもののアリス自身どうにも釈然としない。
アリスの浮いた容姿から注視されているのでは、という考察もした。
けれど、これはそうじゃない。
「これ、アリスのかわいさじゃない気がする」
「そんなことありません。アリスちゃんの可愛さは天下一品です」
というか、好奇の目を向けられる理由をアリスは本質的に理解しているのだ。
「サラ様。アリスたちはオツトメに行くんだよね?」
「ええ、そうです。私たちはイビルデウスを生み出すにたる心の闇を持った人物の元へ、向かっています」
「なら、サラ様。質問してもいい?」
「はい。アリスちゃんからの質問ならなんでもバッチこいです。もしかして、私のことお姉ちゃんと呼びたくなりましたか?」
「違う」
それだけはあり得ないと、否定してアリスはサラの数歩前を行き振り向く。
主人の前を歩くのはどうしてもためらわれるが、それでも普段通りのパーカーに珍しくフードを被るサラを見据える。
「何でアリスはメイドさんの服を着せられているの?」
無理矢理着せられたクラシカルタイプのメイド服の裾を掴みながら、アリスは問うた。
サラは目を逸らし、答えなかった。
いや、問われた瞬間吹き始めたひどく下手な口笛が返答なのだろうか。
「サラ様?」
もう一度詰問の意を込めて小さく名前を呼ぶ。
すると先程まで以上に緋色の瞳を眼球の大海原で泳がせた後、サラは──
「……言い訳をさせてください」
──言い訳と断言してその場で神速の如き勢いを持って、土下座をした。
衆目がごまんといるショッピングモールの真ん中で、何のためらいもなく。
正直使われる側として、少しは躊躇してほしかった。
注目されるのがイヤになって、服装について指摘したのにこれでは逆効果である。
やはりアリスは自らの意志で行動すべきでない、管理されるべきだ。
首筋に触れて自身のくだらなさと不甲斐なさを体感しながら、質問をする。
「えっと、それで、言い訳は?」
わざわざ、土下座するぐらいなのだからこの人にも何か常人には理解し難い深謀遠慮の思惑があるのかもしれない。
「ねえ、アリスちゃん。少しおかしいと思わない?」
「何が?」
「私こんな不審者みたいなことしてるけれど、まだ職務質問受けてないでしょ?」
「自覚あったんだ。でも、確かに、誰もサラ様、気に留めてない」
よく見れば、道行く人々はアリスの奇特な格好に一瞥くれるが、土下座するサラには異常なほどに無関心だった。
面白いという理由で携帯電話のレンズをサラに向ける人は一人もいない。
そもそも往来の人々がサラの存在を認知しているのかさえ怪しいものだ。
「そう、これこそ、パーカー型イビルデウス、メトマラーヌの能力です」
「め、メトマラーヌ?」
「ええ、そうです。このイビルデウスのフードを被っている人物は、周囲の人から上手に認識されなくなる能力です」
能力の強力さなどを打ち消すほど、すごく粗雑なネーミングだと思った。
口語で言われるとそれっぽく聞こえてしまうが文字に起こすと、目留まらぬ。
名は体を表すというが、これは表し過ぎではなかろうか。
もっとも、そんなことは前回映像記録で見たカッフーンの時点で感じていたが。
「これのおかげで、私たちメメントモリが普通に生活していても、身バレせずに活動できているのです」
悪の組織も身バレを気にしなければならない、世知辛い時代である。
いや、反社会的な組織に所属する以上は何時の時代も衆人環視を気にすべきであろうか。
「アレ?」
「どうしました?」
ここで一つアリスは違和を感じた。
アリスの知るイビルデウスとは、メメントモリの生物兵器としての怪人だ。
けれど、実際はどうだろうか。
初めて肉眼で捉えたイビルデウスである、メトマラーヌが生きている様子もない。
「イビルデウスってこの間の花粉てふてふみたいに生き物じゃないの?」
「蝶々のことを、てふてふって……まあ、いいです。いいところの気が付きましたね。確かに世間一般ではイビルデウスは怪人のようなものと認知されています。ですが、本質は具現化した心の闇でしかないのです」
「つまり、そのメトマラーヌ? みたいに服とか、怪人じゃないもの作れるってこと?」
「正解です。アリスちゃんは賢いですね。ちなみに私の普段使っている武具や、今アリスちゃんが着ているメイド服も分類上はイビルデウスなんですよ?」
流石に土下座をやめたサラが立ち上がり、称賛の意味を込めてアリスの頭を撫でる。
すぐさま振り払われてしまったが。
「これも?」
アリスは袖を掴んでしげしげと見詰めながらその場を回る。
イビルデウスと知って物珍しく思っているようだ。
「ええ、それは確か、メイド服を着た女の子こそが最強であらねばならないという心の闇から作られた、身体強化と物理保護機能付きの高性能メイド服型イビルデウス、メイドレスです」
どんな、心の闇だよ。
この心の闇からメイドレスを採取したときは、そのように引いたのを運良く覚えていた。
だが、サラはアリスの姿を深く観察して、今では感謝している。
グッジョブ。
お前の心の闇は、最強にかわいい女の子が着ているぞ、と。
「でも、よくアリスのサイズの服があったね」
「ああ。具現化して着れるとは言ってもイビルデウスですからね、メイド服であるという基礎概念から外れなければ、ある程度はサイズや裾の長さ、半袖か長袖か、カチューシャの有無ぐらいは自在に調節できます。こんなふうに」
サラがメイドレスに触れると、生地の色が黒から赤へ瞬く間に変色する。
本来ならスカートを強制的にミニスカートにしたり、タイツを消して生足を晒させようか、なんて企んでいたが、良く考えれば往来なので自粛した。
どこの馬の骨とも知れぬ人間どもに見せる理由がサラにはないし、見せるつもりない。自分だけが知っていればいいのだ。
というか、往来?
「サラ様? アリス、今確実に注目されてる」
目の前のアリスが目を細めてこちらを見詰めてきていることにサラはようやく、気が付いた。
「……あはは」
往来で、何のイベントでもなくメイド服を着た桃色髪の少女が居て、彼女の服装が道理なく変色すれば、注目されて当然だ。
自身には普段からメトマラーヌの効果がかかっているため、すっかり忘れていた。
初夏も向かえていないというのに、玉のような汗が一つ額から流れる。無論、冷や汗だ。
「アリスちゃん、早くこれを着てください!」
そういって、サラはカバンから雑多に畳まれた黒い衣服をアリスに急いで差し出す。広げてみれば、それはサイズと指し色が違うだけのお揃いのパーカー。
「これはメトマラーヌ?」
「そうです。えへへ、ペアルックですね」
サラの戯言を聞き流しつつメトマラーヌを羽織りフードを被ると、遠巻きに眺めていた人々は途端に興味を失くしたように、その場を立ち去っていく。
不自然な喧騒を持っていたショッピングモールの広場は、普段のあり様を取り戻す。
「……これ、アリスの分もあるのなら、どうして最初から渡してくれなかったの?」
「一度メイド服という目立つ格好をしてから着用すればメトマラーヌの効果が比較的容易に実感できると思いまして」
「ごめんなさい。アリス何も考えてなかった」
「いいんですよ。アリスちゃんが謝ることじゃないので」
しゅん、と顔を俯かせてしまったアリスの頭をフード越しに撫でる。
今回ばかりは甘んじて受け入れよう。使われる側に関わらず、主人を疑ったのだから。
なんて、アリスが思った矢先、サラが言葉を付け足した。
「ですが、私もいろいろ考えているです。アリスちゃんに自然にメイド服を着てもらうために。効率重視ならジャージ型イビルデウスの方が効果が強いんですけれど、やっぱりアリスちゃんはメイド服の方が似合いますし」
本来ならばジャージ型イビルデウスであるウンドーセーヨの方が身体強化能力で言えば高水準なのだが、やはりアリスに着せるのならば断然メイド服もといメイドレスだ。
たださえ可愛いアリスにファンシーなエプロンドレスであるメイドレス足せば最の高。
そしてそこに普段動かない表情に羞恥の彩りが加われば、最高を通り越して、最の神だ。
「え?」
「あ」
なんて内心がどこまでかは分からないが漏れてしまっていたようだ。
先程まで撫でられるがままだったアリスが、腕を振り払ってこちらを見詰めてくる。
失言しました、と言わんばかりに緋眼を丸めて口を半開きにするサラにアリスは確信を深め、彼女をじっと、見遣る。
その無言の詰問にサラは先程のように視線を左右に泳がせた後、溜息を一つ漏らして、それから口を開いた。
「えっと、ですね。本当のことを言うと、メイド服を選んだのは私なりの誓いなんですよ」
「誓い?」
「そうです。メイド服というものは元来、エプロンを外すと黒一色で喪服に思わせるデザインでして、主人と従者の間で、所謂“男女のマチガイ”を防止するための服装なのです」
「そうなの? はつみみ」
「そうです。そして、そういう意味合いを持つメイド服をアリスちゃんに着せることによってアリスちゃんを私は健全に使うと、そして縛ると。繋ぎ、奪い、従え、虐げ、調べ、教え、剥ぎ、抉り、締め、染め、管理し、閉じ込め、最後には殺すことを誓う。その象徴なのです」
「そっか、そうだったんだ」
「そうですよ」
アリスはサラについて、端的に言って陽気な人物と認識していたがそれらを改めた。
きっと、様々な思惑や思考の末にあのように、例えば姉と呼ぶよう強要してきたり、していて、無駄というものは少ないのだろうと。
だから、不可解だったあの行動にも、あるいは意味があったのだろう。
そう思って、尋ねてみることにする。
「じゃあ、家でこの服を初めて来たとき鼻血を流してたのは、どんな理由があったの?」
「最初に言いましたよね? 言い訳だって。そういうことです」
あるだけ胸を張って、宣戦布告の如き大胆不敵さで、清々しいまでの開き直りだった。
アリスもこれにはさすがに返す言葉もなかった。
イビルデウス
人々の心の闇から作られる存在。
心の闇とは人に言えない、自分でも自覚していない深層心理のこと。
なので、必ずしも重たいものである必要性はない。
メトマラーヌ
フードで顔を隠すのがカッコイイという心の闇から生まれたパーカー型イビルデウス。
このフードを被っていると周囲の人間の認識を歪め、どんな奇抜なことをしても気に留められなくなる。透明人間になっているのでなく、認識こそしているが背景の一部のように見てしまう。いしころぼうし。
便利すぎて、この心の闇の持ち主(当時、中学二年生男子)がメメントモリのファミリア全員分獲得するまで襲われた。かわいそう。
メイドレス
メイド服を着た女の子こそが最強であらねばならないという心の闇から作られた、身体強化と物理保護機能付きの高性能メイド服型イビルデウス。
ちなみに男が着るとあたまがおかしくなって死ぬ。
逆に女装が相当エキサイトしている男の娘が着用した場合のみ、光と闇がベストマッチを引き起こし、サイコウサイゼンサイダイサイキョウ・メイドレスに進化する。
TS男子が着た場合は現在審議中とのこと。
ウンドーセーヨ
ジャージ型イビルデウス。お前せっかくジャージを着てるんだから楽な格好としてだけじゃなくて少しぐらいは運動しろよという心の闇から生み出されたイビルデウス。
着ているだけで高水準の身体能力が得られる、インチキじみたジャージ。
ちなみにこの服を着た状態で一日寝過ごすと、ペナルティとして、運動をしてもないのに筋肉痛になる。地味だがやらしい。
カッフーン
前回普通に紹介し忘れた子。
大型の蝶のような見た目で、人々の花粉症を憎む心の闇から産まれた。
花粉を降らし、触れたものを体質などを問わず強制的に花粉症にする。
凶悪であるが、このイビルデウスを撃破すればカッフーン由来の花粉症は直るのが唯一の救いか。