男が歩む永遠《とわ》の道   作:シベ・リア

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みなさんお久しぶりです。
4年ほど前に序章を投稿し、書いてはいたのですが途中で止まってしまい、1話の投稿が遅くなりまして申し訳ございません。短編小説をリハビリとして書きましたのでよければそちらもご覧ください。

さて、4年の時を経てここからナオキくんが主人公の物語を再スタートさせていただきます!
サブタイから不穏な空気が……?お楽しみください!


EP.1「失った輝き」

 

 

 

 

━━━μ'sは限られた時間の中で輝くスクールアイドルの、最高の輝きを手に入れて"伝説"と呼ばれるようになった。

 

あれからスクールアイドルの人口は止まることなく上昇していて、それは日本だけでは留まることを知らず、数はまだ少ないけれど世界中にも広がっている。

 

しかし、どのスクールアイドルもみんな伝説と呼ばれるスクールアイドルであるμ's、A-RISE、ナニワオトメを目指して……その輝きを目指して必死に活動していることは共通している。

 

だからおれは見たいんだ。

 

スクールアイドルみんながそれぞれの輝きを手に入れて、その限られた時間を駆け抜けて行く姿を!

 

 

 

 

 

 

───世田谷区立コンサートホール。

 

ナオキと絵里は辺りを見回し、ここで待ち合わせをしているある人物を探していた。

 

「あ、ナオキくん、絵里さん、こっちよ~!」

「お、いたいた」

 

自分の居場所を知らせるようにナオキ達に向かって大きく手を振っている人物は桜内 奈々(さくらうち なな)。ナオキの父親の姉で、ナオキの叔母にあたる人物だ。今日はその奈々の娘で、ナオキのいとこにあたる梨子(りこ)のピアノコンクールがあるため3人はここにきている。

梨子に"先生"として慕われている真姫は大学のため出席できないが、ナオキが梨子宛てに花束を預かっている。真姫は今も西木野大学から応援を送っている。

 

「ナオキくんしばらく見ないうちに男らしくなって~!私、びっくりしちゃったわ」

「そ、そんなことないって!」

「あらあら照れちゃって」

 

3人は久しぶりの談笑をしながら梨子がいる控室に向かった。親族であれば開演の1時間前まで参加する生徒と会うことが出来る。

奈々は先に梨子に「これから向かう」と連絡しているため、ナオキ達が楽屋に着く頃には梨子は楽屋近くにあるソファーに座って待っていた。

 

「梨子、お待たせ!ナオキくん達が来てくれたわよ」

「あっ、ナオにぃ、絵里さん、こんにちは!」

「はい、こんにちは」

「こんにちは!梨子ちゃん、久しぶりね!そのドレス似合ってるわよ」

「ありがとうございます……!」

 

梨子は立ち上がって2人に挨拶をして、絵里に着ている衣装を褒められると頬を赤く染めて、その頬を人差し指でポリポリと掻いた。

やはり遺伝なのか、その癖はナオキと同じで絵里はそれを見て1人笑みを浮かべた。

梨子のドレスは全体的にピンクを基調としていて、お腹周りに朱色の帯のようなものを巻き、首には大きな真珠のネックレスを掛け、髪にはピンクのリボンをつけている。

 

「これ、真姫からの花束だ。大学から応援してるってさ」

「これは、アネモネ……?凄く綺麗!」

 

真姫がナオキ経由で梨子に贈ったのは白いアネモネの花束だった。

梨子はその花束を受け取ると感動を露わにして、目を輝かせてそれを見つめて、その匂いを嗅いだ。その匂いはとてもいい匂いで、まるで梨子の中の緊張を和らげるものであった。

再び花束を見つめた梨子の脳裏には真姫の顔が浮かび、実際に演奏を聞いて欲しかったという気持ちも湧き上がったが、同時に背中を押されたような感覚を感じた。

 

「……大丈夫。梨子ちゃんなら金賞を取れるよ。そのために頑張ってきたんだろ?」

「うん。ありがとう、ナオにぃ!」

 

ナオキは梨子の不安そうな表情を見て励ましの言葉をかけ、梨子の心中の不安はさらに取り除かれた。

 

「さ、私達は戻りましょうか。そろそろ開場の時間よ」

「そうですね。梨子ちゃん、頑張ってね!」

「はい!」

「それじゃあ」

 

開場時間が近付くと、ナオキ達は梨子に最後のエールを贈ってその場を去って行った。

梨子はそのエールに頷いて答え、戻る3人の遠くなる背中を見送りながらいい結果を残そうと心に誓った。

 

 

 

 

ナオキ達はコンクール会場に入場し、いよいよ開演時間まで少しというところで、ナオキはスーツのポケットの中で震えるスマートフォンに気が付いた。

 

「……ん?やべ、電源切り忘れてた」

「もう、しっかり切らなきゃ……」

「ごめんごめん……って会社から?!ちょっと出てくる」

「開演時間には間に合うようにね」

「わかってる」

 

ナオキはスマートフォン片手に早足で一旦会場を出てから会社からの電話に応答した。

 

「もしもし?」

「社長、すみません。新戸です」

「美書子さん?どうかしましたか?もうすぐコンクールが開演するんですが……」

「失礼致しました。すぐに済む用件ですので少しだけよろしいですか?」

「ん〜……わかりました。用件は?」

「ありがとうございます!"あの件"のことで問い合わせがあり───」

 

ナオキは声をひそめながら自身の秘書である美書子と5分程話して電話を切り、今度こそスマートフォンの電源が切れているのを確認してから会場に戻った。

 

 

「ごめんごめん、お待たせ」

「危なかったわね。そろそろ始まるわよ?ちゃんと電源は切った?」

「バッチリだ。美書子さんにも伝えたし大丈夫だろ」

「そう。あ、始まるわよ」

 

ナオキが戻ってるとそれを見計らったかの様に照明が暗くなり、観客達はそれでコンクールの始まりを察して拍手をし始めた。

そして、その音に応えるかの様に舞台袖から司会者の2人が登場した。スポットライトがその2人を照らすと、2人は礼をして観客達からの拍手を存分に浴びると頭を上げて言葉を連ねた。

 

「皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただいまより、第50回東京都中高生ピアノコンクールを開催致します!私、四宅 吾郎(よたけ ごろう)と」

三浦 瞳(みうら ひとみ)で務めさせていただきます」

「「よろしくお願い致します」」

 

司会の2人が頭を下げると、再び拍手が会場に響く。その拍手が鳴り止むと、2人は頭を上げてコンクールの進行をはじめた。

第50回のメモリアルを迎えたこのコンクールは都内でも5本の指には入るレベルの高い中学生、高校生限定のピアノコンクールだ。そのレベルの高さは満席の会場、そして他コンクールの参加者が20人前後に対してこのコンクールは30人と多めに設定されていることからも伺えるであろう。

このコンクールで金賞を取ることはピアノをしている中高生からすれば憧れであった。今回、それの中学生の部に参加する梨子にとっても同じであった。梨子が"先生"と慕う真姫も、このコンクールの中学生の部、高校生の部のそれぞれで金賞を取った経験を持っている。

 

そんな梨子は控え室で額に汗を垂らし、胸に手を当てて深呼吸をしてからモニターで中継されている舞台の映像を見つめて自分の出番を待っていた。緊張しているのは梨子だけではなく、そこにいる他の学生達もそうであり、その控え室では張り詰めた空気が漂っていて誰も口を開こうとしなかった。

 

 

 

 

コンクールは着々と進んでいっており、梨子の出番が近づく中、ナオキ達も表情を強張らせながら他の参加者達の演奏を聴いていた。

ナオキや絵里はこういうコンクールに参加するのは真姫の時以来で、さらにこのコンクールのようなレベルの高いものは初めて参加したこともあり、参加者達の演奏の完成度の高さに感心していた。それは息をするのを忘れる程であった。

 

『続きまして、音ノ木坂中学校3年生、桜内梨子さんの発表です』

 

「ナ、ナオキ!り、梨子ちゃんよ……!」

「なんで絵里が緊張してるんだよ……」

「梨子……!」

 

梨子の名前が呼ばれると絵里とナオキは緊張して震える声で小声で話していたが、奈々は娘である梨子の晴れ姿を目に焼き付けようとしっかりとした目でステージを見つめていた。

 

『演目は「空」』

 

梨子は司会者のアナウンスと共にステージ中央のピアノのところまで歩いて客席に向かって一礼をすると、そんな梨子を大きな拍手が包み込んだ。

 

そして梨子は姿勢を上げるとゆっくりとピアノ椅子に座り、大きく深呼吸をして鍵盤に手を掛けた。

 

━━この曲は、梨子がナオキ達音ノ木坂学院アイドル研究部の皆の前で披露したもので、あれからも梨子はこの曲を真姫の指導のもと練習を重ねて、その時よりもその練度も上がっている。

 

「大丈夫、梨子ならできる」と真姫も大学からエールを送り、客席からもナオキや絵里、そして奈々も応援してくれている。

 

その応援を受け取った梨子は先程までの緊張が嘘かのように心穏やかで、そして笑顔で演奏を始めた。

 

 

 

 

 

━━━あれから1年か……

 

 

梨子は自室のピアノと楽譜に向き合いながら、昨年行なわれたコンクールのことを思い出していた。

 

そしてピアノの上に置いてある金色に輝く盾に目を向けて、あの時の感動や嬉しさ、皆からの祝福を受けた時のことを思い出していた。

 

━━その盾には『第50回東京都中高生ピアノコンクール 中学生の部 金賞』と彫られていた。

 

そう、梨子は昨年のコンクールで見事金賞を獲得し、今年は同じコンクールの高校生の部に出場して、コンクール史上でもあまり見ない2年連続の金賞獲得に向けて練習を重ねていた。

そんな歴史的な記録を、コンクールの主催側も、雑誌等の記者達も、その音楽の道を進む者やコンクール等を見る人、それにナオキをはじめとする周りの人達も期待し、応援してくれている。

 

 

━━━絶対に、今回も金賞を獲ってみせる……!

 

 

梨子はそんな決意を胸に、ピアノに向かって練習を重ねた。しかし真姫は大学の講義や勉強もあるため、前程頻繁には来ることはできないが、オンラインでもアドバイスを貰いながら着実に実力を上げていっていた。

 

 

━━必ずみんなの期待に応えてみせるという決意を胸に。

 

 

 

 

 

 

━━━━━本番当日。

 

 

そんな梨子はついにコンクール当日を迎えた。

ステージ袖で前の発表者の演奏を聞きながら、緊張した表情で自分の出番が来るのを待っていた。

客席には奈々、そしてナオキや絵里もいて、さらに今回は真姫も応援に駆けつけていた。

 

「……今年はレベルが高いわね」

「そ、そうなのか……?」

「えぇ。誰が金賞を獲ってもおかしくないわ」

「……でも、梨子ちゃんなら大丈夫でしょ?」

「当たり前よ。私が練習を見てるんだから」

 

真姫は脚を組んで髪の毛をクルクルと指で絡めながらステージを見つめてそう語った。真姫のこの仕草は高校生の時から変わらずのようで、久しぶりに再会した絵里はそんな真姫を見て静かに笑い声を漏らした。

 

「……なに?」

「あ、ごめんなさい。真姫もあの頃と変わらないなぁ……って思っただけよ」

「っ……そ、そう!」

「ぷっ……くくくくくっ……!」

「な、何よ……っ?!」

「い、いや!別に……!」

 

絵里にそう言われて顔を真っ赤にした真姫を見てナオキは高校生の頃を思い出すように笑っていると、真姫はそんなナオキを睨みつけた。ナオキ達の中ではスクールアイドル活動をしていたあの日々が今でも大切な思い出として残っていて、まるでその頃に戻った時のような空気感を3人共が感じていた。

そんな風なやり取りをする中もコンサートは進んでおり、3人は早くも次の出番の学生が出てくると話すのを辞めて舞台を見ながら拍手を送った。

 

「……奈々おばさん。梨子ちゃんの出番って……」

「えっと……今の子の次ね」

「……いよいよですね」

 

ナオキと奈々は保護者に配られた演奏の順番が書かれたパンフレットを見ながら、梨子の出番が次であることを再確認して緊張の表情を浮かべた。

それはステージ袖で待機する梨子も同じで、刻一刻と迫る自身の出番に息が詰まるようなプレッシャーを感じ、額から汗が流れる度にそれを指で拭っていた。2年連続の金賞、色んな人たちからの期待、そしてそんな期待に応える演奏が自身に出来るのかという不安……様々な思いが脳内を駆け巡る中、梨子はゆっくりと深呼吸をした。出番を待つその時間は、梨子にとっては一瞬のように感じたであろう。

 

━━その不安を払拭するには十分でないほどに。

 

 

ナオキ達と共に客席からステージを見つめる真姫の言葉からは自信があるように感じれたが、内心では僅かな不安があり、梨子の練習をリモートで見ていた時のことを思い返していた。

 

 

『……梨子、大丈夫?少し指の動きが硬いわよ』

 

『あ……す、すみません。コンクールのことを考えてると……緊張して』

 

『……不安?』

 

『……はい。学校のみんなや、お母さん、それにナオにぃや先生達も私が金賞を獲ることを期待してくれている。そう思うと緊張して……』

 

『いつもの梨子らしく弾けば大丈夫よ。私が練習を見てるんだから』

 

『っ……ありがとう、ございます……!』

 

 

━━━演奏自体は特に問題はなさそうだったけれど……あとは気持ちの問題……?でも、梨子なら大丈夫。いつも通りに弾けば金賞を獲れるわ。

 

 

そして早くも梨子の前の生徒の演奏が終わると会場は大きな拍手で包まれ、その生徒は一礼してから梨子がいる逆側のステージ袖まで歩いて退場して行った。

 

「桜内梨子さん、どうぞ」

 

「は、はい……!」

 

その拍手が静まりだすと、スタッフの人の合図で入れ替わるように梨子がステージ袖から中央のピアノのあるところまで足を進めた。

 

「あっ、梨子ちゃんが出てきたわよ」

 

「梨子……!」

 

「頑張れ、梨子ちゃん……!」

 

「……………」

 

そんな梨子に拍手をしながらエールを送るナオキ達であったが、真姫はその表情を険しい眼差しで見つめていた。

 

 

━━━表情が硬いわね……緊張してるからかしら?梨子なら大丈夫、頑張りなさい。

 

 

『続きまして、音ノ木坂学院高校1年生、桜内梨子さん。演目は「海へ還る者」』

 

梨子はそんな拍手を受けながらピアノ椅子の横まで進み、司会の人のアナウンスと共に客席に向かって一礼をした。顔を上げるとこちらを見つめるナオキ達の姿が見え、先程まで感じていた緊張は少しばかり和らいだように感じた。

 

そして静かに深呼吸をしてから椅子に座り、鍵盤に指をかざすように腕を前に出した。

 

 

━━しかし、そんな梨子をある感覚(・・・・)が襲った。

 

 

その感覚を受けた梨子は手を小刻みに振るわせて、鍵盤に指をかざしたまま動こうとしなかった。

 

そんな梨子の演奏を楽しみにしていた観客達は中々始まらない演奏にザワザワとしだし、それは次第に会場全体に広がっていっていた。そしてその様子を見ていた真姫の目はより険しいものになっていった。

 

 

━━━梨子……?

 

 

そんな梨子は演奏を始めようとしても指が重く動かず、コンクールに向けた練習をしている時に思うように動かなかったこと、さらにはそのことに加えて様々なプレッシャーと今弾けない現状に頭が真っ白になってしまっていた。そして悔しそうな表情を浮かべながら鍵盤をじっと見つめていた。

 

 

 

━━━やっぱり(・・・・)ダメ、か………

 

 

 

そして梨子の指はピアノの鍵盤ではなく鍵盤蓋にかかり、その蓋を閉めて立ち上がって客席に向かって一礼をした。そんな梨子の表情は観客達には見えなかったが、悔しいそうなものを浮かべながらただ床を見つめることしかできていなかった。

 

「梨子……?!」

 

その予想しなかった出来事に奈々は口を両手で覆って、絵里も口を開けて驚いた表情を浮かべてそんな梨子を見つめることしかできなかった。

 

「………真姫、梨子ちゃんは……」

 

ナオキはそんな梨子を見て何か感じたようで、梨子の"先生"である真姫に話しかけたが、真姫はその言葉に反応することなく、席を立ち上がって梨子を見つめていた。

そんな真姫やその近くに座っていたナオキ達の表情を見た梨子は、申し訳なさそうな、気不味そうな表情を浮かべ、そして逃げるようにステージを去っていった。

 

「っ……!」

 

「あっ、真姫……!」

 

そんな梨子の姿を見た真姫は追うように席を離れてホールの外に向かっていった。絵里は心配そうに声をかけたが、それにも真姫は反応せずに外へと向かっていった。

ナオキ達は終始心配そうな表情を浮かべていたが、アクシデントで一時中断となっていたコンクールは再開して次の生徒の名前等が読み上げられていた。

 

 

 

 

 

 

━━━━廊下。

 

 

ホールの外に出た真姫は梨子の姿を探して周りを見回していた。すると控え室がある方向から歩いてくるスタッフと思われる女性が歩いてきて、その人に話を聞こうと声をかけに足を進めた。

 

「あの、すみません。出場者の梨子……桜内梨子を見ませんでしたか?」

 

「あぁ、桜内さんですか?あの子でしたら、さっき外の方へ走って行きましたけど……」

 

「っ……!ありがとうございます!」

 

真姫はその女性にお辞儀をすると外へ向かって走り出した。その表情は変わらず険しいものだった。

練習の時から指の動きが硬そうだったこと。練習の時や本番前にも表情が硬かったこと。そして本番でも様子がおかしく、ピアノを弾けなかったこた。それが真姫の頭の中で全て線で繋がり、その"現象"の正体に気付いていた。

 

 

━━━まさか、梨子は……!

 

 

真姫はその予想の真偽も確かめるべく、梨子を探して会場の外を走っていった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

逃げ出すように会場の外へ走り出した梨子は、誰も来ないであろう会場の裏手で壁に背をついて息を切らし、そしてゆっくりと壁に沿って体を下ろして両腕で膝を抱えてそこに顔を埋めた。

 

 

━━━やっちゃった……みんなの期待に応えなきゃいけなかったのに………

 

 

「どうしよう……!」

 

梨子はピアノを弾けなかったことを思い返し、その結果皆の期待を裏切ってしまったことを悔やみ、頭を悩ませながら涙を流した。

 

『何故こうなってしまったのか、何故弾けなかったのか、何故上手くいなかったのか。何故、何故………何故?』

 

その言葉がずっと頭の中を駆け巡っていて、梨子は経験したことのない苦しみを感じていた。

 

━━そんな時、地面に靴が当たる音が聞こえてきて、梨子はそれが聞こえてきた方向へ視線をゆっくりと向けた。

 

そんな梨子の目に見覚えのある赤い靴が映ると、その持ち主に見えないように素早く顔を隠した。

 

「梨子………」

 

「……………」

 

その持ち主は梨子を追ってここまでやってきた真姫だった。そんな真姫の呼びかけに梨子は言葉で反応せずに顔を埋めたままだった。

真姫は静かにひと息吐いてからそんな梨子にゆっくりと近付き、その隣に立ってうずくまる梨子をジッと見つめた。

 

「………梨子、どうしたの?体調悪いの?」

 

「…………」

 

梨子は言葉は発さずに首を横に振った。

 

「じゃあ、どうして?」

 

「………」

 

「何も言わないとわからないわよ。練習の時は弾けてたのに……どうして?」

 

「っ………!」

 

真姫は理由はなんとなくわかってはいたが、梨子の口からちゃんと言葉を聞き出そうと声をかけるが、梨子は口は開かずに顔も埋めたままだった。

そんな梨子を見た真姫はその場で膝を曲げ、梨子の頭に手を置いて優しく撫でて笑顔を向けた。

梨子は真姫の手が頭に当たったことがわかると一瞬体をビクッとさせ、腕の隙間から真姫の機嫌を伺った。すると怒っていると思っていた真姫の表情は優しく自分に微笑んでいて、梨子は安心したようで固く閉ざしていた口を開こうと思えた。

 

「……梨子、怒らないから。ゆっくりでもいいから聞かせて?」

 

その優しい言葉は梨子の混乱していた頭の中、ぐちゃぐちゃとしていた心の中を整理させてくれたように、癒してくれたように感じるものだった。

 

「………………わからないんです」

 

「…………」

 

梨子がそう息を漏らすように呟くと、真姫は何も言わずに梨子自身の口からその言葉(・・・・)が出るを待った。

 

「期待に応えなきゃいけない、良い演奏をしないといけない……そう考えると指が重くなってしまって……」

 

「……だから練習の時は弾けてたのね」

 

「はい。それに……」

 

「……それに?」

 

梨子は真姫がそう聞き返すと今まで顔を埋めていた腕を解いて今にも涙が溢れそうな目を震わせ、その目の前に広げた小刻みに震える両手を見つめた。

 

「………イメージが、浮かばなかったんです。いつもは曲の世界が頭に浮かぶのに、さっきはそれが全然思い浮かばなくて……真っ白で……っ!」

 

梨子は本番の時のことを思い出しながら言葉を紡ぐと目から涙が流れ出し、その涙を押さえるように両手で顔を覆った。

 

━━桜内梨子はピアノが好きだ。

 

そのきっかけは、小さい頃に『空』という曲を弾いていた時に、まるで空を飛んでいるかのようなイメージが脳内に浮かび、それがとても楽しく感じていたことだった。その曲は今でも梨子が1番好きな曲であり、過去にナオキ達の前で披露した時にもそう語っており、その演奏でナオキ達に"空を飛んでいるような景色"を思い浮かばせたのは紛れもなく梨子の持つ才能であった。

そんな"イメージ"というのはあらゆる面で重要なものである。ピアノに限らずスポーツ等でも"達成する自分"や"勝利する自分"がイメージできていれば、不思議とやる気や自信が湧き出てくることがある。つまり梨子にとってはその演奏にあった"イメージ"ができて、演奏によりそれを聞いている人に感じさせるというのはピアノを弾くにあたっての大きな軸、自信になっていた。

 

そんな梨子の才能もあって昨年のコンサートでは金賞を獲ることができたのだが、今回はその実力が発揮できていなかったのだ。

 

『しかしそれは一体何故なのか?』

 

その理由は考えても考えても梨子にはわからなかった。それは勿論経験したことのないことでわからないのも当然であった。

しかも皆の期待を裏切ってしまったこと、失敗できない……失敗したくなかったコンクールで演奏できなかったという大失敗をしてしまったことで感じた悔しさから逃げ出してしまう程に苦しく、余計に頭が混乱して思考が纏まらなかった。

 

「梨子……」

 

真姫はそう優しく名前を呼んで背中をその声と同じぐらいの手で梨子の背中を撫でた。

 

「っ……先生……私は、一体どうしたら……?!」

 

梨子は助けを求めるような表情でそんな真姫を見つめ、真姫は真っ直ぐ梨子の目を見つめていた自身の目を瞑って小さく深呼吸をした。そして既に真姫の中では出ており、梨子の言葉を聞いて確信した"その理由"を話すことを決めて、梨子の目を真っ直ぐと見つめ直した。

 

「梨子、貴女はきっと……"スランプ"よ」

 

「スランプ………?」

 

━━スランプ。それはスポーツ選手に限らず誰もが陥る現象である。何故か上手く進まない、出来ない、上達しない……勉強や仕事、スポーツ等何かをしている時にそうなってしまう時がある人は少なくないだろう。その原因は様々ではあるが、今回の梨子のようにプレッシャーから来る緊張もそのひとつであると言える。

真姫は梨子がコンクールでピアノを弾けたなかったことを、練習の時の様子や本人からの話で、それがスランプであることを確信したのだ。そして何よりも真姫自身が大学の講義でスランプについての話が出ていたこと、スクールアイドルや過去の経験から事前にその知識があったこともこの結論に至るきっかけであった。

 

「そうよ。スランプは、特にスポーツ選手や、私達みたいな芸術分野をする人達によく見られるの」

 

「そう……なんですね………」

 

梨子はそっと顔を地面に落として少し考え込むが、真姫に"スランプ"という自分の身に起こったことの原因を言葉にして貰えたのもあり、その思考は先程と比べて穏やかなものになっていた。今のこの状態は決して"良いこと"とは言えないが、梨子はどこかスッキリした感覚を感じていた。

 

「…………私もね、スランプだった時があるの」

 

「え……先生にも……?!」

 

「私だって人間よ?そんなこともあるわ」

 

「そう、なんですね……」

 

真姫は梨子がまだコンクールでの失敗を気にしていることを察し、雲が点々と浮かぶ青空を見上げながら優しい笑顔と声色で話を始めた。梨子は真姫のような優秀なピアニストも自分と同じくスランプを経験することに驚き、真姫の方にそんな表情を向けて興味深くその話に耳を傾けた。

 

「良く覚えてるわ。あれは私が小学生の時よ。

それまでの発表会でも色んな人に褒められてて、一度コンクールに出てみないかってピアノを習ってた先生に言われたの。それが私にとって初のコンクールだった。周りの人達もみんな私が金賞を獲れることを望んでたし、期待していたわ。

その結果、私は金賞を獲ることはできずに8位入賞。それだけでも凄いと褒めてくれていたけれど、私はとても悔しかった。その悔しさからいつもよりも練習やレッスンの時間を増やしたりもした。でも全然納得できる演奏が出来なくて、今の梨子みたいに悩んだわ……『どうして上手くいかないの〜』って」

 

「……それで、先生はどうしたんですか?」

 

「泣きながら無我夢中で弾き続けたわよ。弾いて、上手くいかなくて泣いて、また弾いて……その繰り返し。なんで上手く弾けないのかわからなかったし、その時はスランプなんてわからなかったから」

 

真姫は少し照れくさそうな表情を浮かべながらそのスランプで苦しんだ当時の自分を思い浮かべた。

 

━━何度やっても納得行く演奏が出来ずに悔やみ、演奏を終えてから鍵盤を叩いてその悔しさを表すような乱雑な音を鳴らし、大粒の涙を流しながらそれを腕で拭き取ってから、涙目ながらまた演奏をしてということを繰り返した日々。

そしてそんなことを続けていたある日に納得のいく演奏ができ、驚きながらもとても嬉しかったこと。

 

「……そんなことが」

 

「えぇ……多分これは人によるんだろうけど、私はひたすらにやり続けたのよ」

 

真姫のようにやり続けてやり続けて、いつか出来る日が訪れるのを待つこと。一旦そのことを辞めてみてしばらく経ったある日にできるようになること等、スランプの突破や脱出は人によってその方法が違うのかもしれない。

 

「でも、私は先生みたいには……」

 

「それは私の場合だから、梨子には梨子の解決方法があるはずよ」

 

「私の……解決方法……?」

 

梨子は真姫が言った自分自身のスランプの解決方法がわからず目の前に広げた両手をただただ見つめて考え込んだ。

 

「そうよ。そうね、例えば……気持ちの整理を兼ねて一度ピアノから離れてみるとか?気分転換に何か別のことをやってみるのも良いかもしれないわよ」

 

「…………」

 

梨子は真姫の提案に視点を下げて考え込むように小さく唸り声をあげていて、真姫は梨子が決断するのを静かに待った。

 

 

━━━━確かに今は、ピアノを弾ける気がしないし……

 

 

「………そう、ですね。私も、そうした方が良いと、思います……」

 

梨子は考えを固めてから大きく息を吸ってから、その息を吐くように言葉を出した。そう言った梨子の表情はどこか暗く寂しそうなもので、決して前向きなものには感じれなかった。

しかしそんな梨子の表情からも"先生"としてしばらく見ていた真姫は、梨子ならばこの困難を乗り越えることができるという確信があった。そんなことを感じていた真姫は優しく微笑んで梨子の頭をポンポンと叩くと、梨子はその表情を見て安心感を覚えて目に浮かんでいた涙を頬に垂らした。

 

「大丈夫よ。梨子なら必ずこの壁を乗り越えることができるわ」

 

「先生……っ!」

 

「……はいはい」

 

真姫がそう声をかけると梨子は栓が外れたように真姫の胸の中で涙を流し、そんな梨子の頭を撫でながら真姫はそれを受け入れた。

 

 

 

そんな2人の様子をバレないように伺っていたナオキと絵里も胸をジーンとさせていた。2人の目からは少し涙が流れていて、ナオキはそれを拭き取って少し微笑んでからもう一度そんな2人をそっと見つめた。

 

「………行こうか、絵里」

 

「そうね……」

 

そう言うと2人は真姫達に悟られないように気配を消してその場を去っていった。

しかし真姫は2人がいたことに気付いており、その方向に一瞬視線を寄せてから梨子の方に視線を戻して、梨子が落ち着くまでずっと頭を撫で続けた。

 

 

「スランプか……」

「そうね……やっぱり誰しも通る道なのよね」

「絵里も経験が?」

 

2人でゆっくり歩いて会場に向かっていると、ナオキは絵里のひと言に少し驚いた様子を見せて、そんな絵里に空を見上げていた視線を移した。その表情はどこか懐かしそうな雰囲気を感じさせるものだった。

 

「それはそうよ。スクールアイドルをしてる時はなかったけど……バレエをしてる時にね」

「そうなんだな……」

「えぇ。あの時は『なんで上手く行かないの〜?』って沢山泣いて、コンテストで一緒の教室に通っていた子が優勝した時に『絶対に諦めない。次は勝つ』って練習したわ」

「それで克服したんだな」

「そうね。できた時は嬉しかったなぁ……」

「そうか……」

 

絵里の話を聞いたナオキは何かを思い出したかのように空を見上げ、絵里はそんなナオキの表情を不思議そうに見つめた。

 

「……?どうかしたの?」

「ん?あぁ……ちょっと思い出してな」

「スランプのこと?」

「スランプ……ってわけじゃないけど、梨子ちゃんと同じように"失敗"した子達を思い出したんだ」

「……スクールアイドルの子達?」

「あぁ……"あの子達"も、立ち直ってまた輝いて欲しいんだけどな」

 

ナオキが思い出したのは梨子と同じように"大事な場面"で失敗してしまい、その活動を辞めてしまったあるスクールアイドルのことで、ナオキは心を痛めていそうな表情を浮かべていた。

絵里はそんなスクールアイドルのことを今でも気に掛けるナオキの優しさに改めて好きであることを感じて笑みを浮かべた。

 

 

━━その出来事は1年ほど前……梨子が金賞を獲ったコンクールの少し後のことであった。

 

ナオキが主体となって企画したイベント、その名も『TOKYO SCHOOL IDOL WORLD』。

これはS.I.C.がラブライブ!運営委員会の時から継続して運営、管理している全国のスクールアイドルをランキング付けして掲載しているサイトの中から30組を東京に集めてライブを披露してもらうというものだ。その30組の中にはランキング上位のスクールアイドルもいるが、ランキングの上昇率や、ナオキが実際見に行って良さそうだと思って期待した子達、ファンの間で噂になったり密かに注目されている子達も含まれている。

そんな様々な観点から会議で選ばれたグループに出演依頼が送られ、スクールアイドル側から承諾されてその30組が決まっていく。

これはスクールアイドルの間ではラブライブ!の次に出演することがひとつの目標になっているイベントあり、そしてラブライブ!に出場することができなかったグループの良い機会でもあり、さらにラブライブ!に出場するグループにとっては名をさらに広めるチャンスでもあるためその前哨戦にもなっている。

 

その日はランキング上位のラブライブ!優勝候補とも言われているスクールアイドルも何組か出場しており、かなり全体的にレベルの高いイベントになっていた。

強豪ぞろいのイベントだったが、そんなグループにも負けず劣らず、このイベントで沢山の人にパフォーマンスを見てもらって名を知らしめようと張り切るグループも何組か参加しており、ナオキが気にしている"彼女達"もそのうちの1組であった。

 

生徒数の激減等から廃校するのではないか?という噂があり、そんな学校を救うためにスクールアイドル活動を始め、破竹の勢いでランキングを伸ばしてこのイベントの参加依頼を受けた彼女達は、このチャンスを活かして自分達のグループや学校の名前を広めようと今日この日を迎えた。

 

そのグループの名前が呼ばれると大きな歓声があがっていた。それはそのグループが最近急激にランキングを上げ、そのダンスや曲がスクールアイドルファンから注目されているという証拠であった。

それはナオキも同じで、彼女達がデビューした時から注目し、そのランキングが伸びていたのを我が子のように喜んでおり、このイベントの参加依頼を会議でいち早く提案するほど彼女達の活躍を期待していた。

 

 

━━だからこそあの出来事(・・・・・)は衝撃的であった。

 

 

目の前で起こった出来事にザワザワと騒ぎ出す観客達。

 

驚いた表情で、思わず立ち上がってステージを見つめるナオキ。

 

ステージでは、センターにいた子は固まり、それを挟むように位置していた2人は動揺した表情を浮かべていた。

会場中が困惑や驚きに包まれる中、ステージに上がっていた3人は舞台袖に下がって行き、棄権の旨が司会者から告げられるとその空気はさらに大きなものになっていた。

 

そのイベントの後どうなったかはナオキは知らなかったが、しばらく経ったある日に彼女達のグループの名前がランキングから削除されており、そのことから彼女達がスクールアイドルを辞めてしまったのだということを嫌でも知ることになった。

 

 

━━彼女達の名は"Aqours(アクア)"。

 

 

そのメンバーには数年前に出会った黒澤(くろさわ) ダイヤもいたこともあり、その名がランキングに再び載る日を待っていたが、その日は今現在でも訪れていない。

 

 

(わたくし)、μ'sみたいなスクールアイドルになってみせますわ!』

 

 

ダイヤが輝く目でナオキや絵里にそう伝えたあの日をことを思い出し、ナオキはさらに残念な思いを抱いていた。

 

 

━━━諦めるのか?ダイヤちゃん。いや、Aqours。

 

君達の"輝き"はこんなところで終わって良いはずがない。

 

おれは待ってるよ。

 

君達がまたμ'sを、いや……限られた時間の中で輝くスクールアイドルの、その最高の輝きを目指して走り出すその日を。

 

 

 

 

 

 

━━━━━浦の星女学院。生徒会室。

 

 

ナオキがこの学校のスクールアイドルであったAqoursのことを思い出していた頃、そこの生徒会長であり、Aqoursの元メンバーだったダイヤは1人のみの生徒会室で書類に目を通していた。

 

その書類には『休学届』と書かれており、幼馴染で、共にAqoursとして活動していた松浦 果南(まつうら かなん)の名とその休学理由が書かれていた。

 

「………果南さん。ですが、お父様の骨折でお店の経営を手伝うためともなると……仕方ないのかもしれないですわね」

 

ダイヤは目を瞑って1人寂しそうに呟いてからその書類を机に置き、立ち上がって窓の外をガラスに片手を添えながら見つめ、スクールアイドルをしていた日々のことを思い出すのであった。

 

 

━━忘れたくても忘れられない、あの輝かしい日々を。

 

 

 

 

 

━━━━━次回へ続く。

 

 





ありがとうございました!
今回はいとこの梨子ちゃんがメインの回でした!お楽しみいただけましたか?ここからどうなってしまうかは……次回以降をお楽しみに!

さてさて、ここからは全く関係ありませんが、明日は私の最推しのVアイドルのライブがありましてワクワクドキドキでございます!気になる方はTwitterをチェック!

次回以降の更新もマイペースにはなりますが執筆、投稿をしていきますので気長にお待ちいただけると幸いです!
それでは次回お会いいたしましょう!
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