一般人に知られることもなく、闇の中で魔獣を狩る秘密の国家公務員。
厳格な規律と、高潔な魂を持つ者のみがなれる職業。
それこそが魔戒騎士である。
だが、そんな選ばれし戦士の中にも俗世に塗れた者も居る。



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我が名はガチャ

 魔戒騎士という職業をご存知だろうか。

 魔界と呼ばれる人間界と隣り合うように存在する世界。そこから来訪する魔獣・ホラーと戦う秘密の国家公務員。

 剣を主とした近接武器を片手に、鍛え上げた己の身一つで、人知れず人間を喰らう異形と戦う孤独な戦士。

 闇夜を駆ける一振りの希望の刃。

 それが魔戒騎士。

 それが守りし者。

 今日も今日とて、休む暇もなく、何も知らない無辜の民を守るため、魔戒騎士は魔獣と戦う。

 旭杜(ひのもり)牙智也(がちや)もまたその魔戒騎士の一人である。

 仕事着の黒いロングコートに同色のズボン。撫で付けられた黒髪とシャープな縁の眼鏡のその男は、深夜に差し掛かる時刻にビルの屋上に立っていた。

 彼の前にはサラリーマン風の中年男性が狼狽えた様子で後退りしている。

 白髪の混じるその男に、牙智也は眼鏡の奥にある怜悧な眼差しを向けていた。

 

「観念しろ、ホラー。お前に逃げ場はない」

 

 静かな凪を思わせる声音。しかし、容赦も慈悲もない凍て付く吹雪の如き冷たさが込められていた。

 中年サラリーマンは、首を横に振るって怯えた表情を浮かべている。

 

「ホラー……? な、なんだよ、あんた。あ、頭がおかしいんじゃないのか? け、警察呼ぶぞ」

 

 牙智也を見つめる両眼には明確な恐怖の色が刻まれている。男は訳の分からない理由で恫喝されている事実に心底怯えているように見えた。

 十人中九人がこの現場を目撃すれば、異常者に遭遇した中年男性が被害に合っているようにしか見えないだろう。

 だが、牙智也は自らの行いに絶大な自信を持ち、角張った金属でできたライターを取り出した。

 蓋を親指の先で開けると、炎が点火される。

 闇を照らす炎の色は見慣れた赤ではなく、桜色に輝いていた。

 

「魔導火。ホラーに憑依された人間はこの炎に照らされると、瞳に魔導文字の羅列が浮かぶ。……今のお前のようにな」

 

「……!」

 

 桜色の炎が映る男の瞳には、達筆な文字列のようなものが不気味にも瞳孔に浮かび上がっていた。

 中年の男は慌てて、顔を隠すがもはや手遅れだった。不幸にも魔獣・ホラーの器にされた人間であることは明白と言えた。

 本性を暴かれた男は、更なる醜態を晒すかに思われたが、肩を震わせた後、大声で笑い始めた。

 

「ははははは。若くても流石に魔戒騎士の目は誤魔化せんか。だが、後悔するのはお前の方だ! このガンダルヴァを本気にさせたことをなぁ!」

 

 男の姿は内側から捲れ上がるように変化し、鳥の翼と下半身を持つ漆黒の魔獣へと早変わりする。

 縦に伸びた瞳孔に耳まで裂けた口。それ以外は鳥の体毛に似たもので全身が埋め尽くされている。

 漆黒の羽毛で包まれた姿はカラスと人を混ぜ合わせ、再構成したような悍しい魔性の様相を呈していた。

 ガンダルヴァは翼をはためかせて、夜空へと飛ぶ。

 鷹のようにビルの上空を旋回しながら飛び回って、牙智也を見下ろしている。

 

『どうだ? 魔戒騎士。剣を振るしか能のないお前らには私は捉えられまい』

 

「ふん。御大層な口を叩く割に空でクルクル回るだけか。禿鷹は獲物が弱るまで降りて来ないというが、お前もその口か?」

 

 侮蔑するように鼻を鳴らした牙智也に対し、プライドの高い魔獣は全身の羽毛を逆立てた。

 怒髪天という言葉があるが、正に文字通りの光景が目の前で行われている。

 

『生意気なガキが! 私を怒らせたからには楽に死ねると思うな!』

 

 逆立った羽毛が、邪気によって硬質化する。刺だらけの見た目になったガンダルヴァは、その刺を真下に居る魔戒騎士目掛けて、一斉に放った。

 大量の羽根の刃は、牙智也の肉体を切り刻むように空から注がれる。

 当たれば、人体程度は細切れにされる威力があることは風を切る音が物語っていた。

 しかし、狙われた当人は焦ることなく、背負っていたそれを掴み上げ、天に掲げた。

 騎士が得意とする近接武器でない。

 弓。それも長弓と呼ばれる身の丈に近い大きさの弓だった。

 ハンドルでも回すように弓をくるりと半回転した瞬間。弓の両端の空間がくり抜かれたようにぽっかりと空いた。

 開いた円からは眩い光が漏れ出し、その光は刹那の速さで牙智也の全身を包み込む。

 漆黒の刃の群れが、光の中へと向かった。魔性の羽根は牙智也の肉を抉り、骨を断つはずであった。

 だが、光が消えた後、闇の中に現れたのは刻まれた人体ではなく、狼の頭を持つ鎧。

 空色の金属で形作られた獣面の鎧騎士は、桜色の輝きを持つ眼光でガンダルヴァを睨んでいた。

 その手には鎧と同じ色で加工された長弓がある。

 翼を持つ魔獣は、この魔戒騎士が稀に見る弓使いだと気付かされた。

 攻撃は鎧に阻まれる以上、勝ち目がないと踏んだガンダルヴァはすぐさま、離脱するために翼を羽ばたかせる。

 潔いとも取れるその対応。しかし、かの騎士を相手にするにはあまりにも悠長過ぎた。

 空色の鎧を持つ弓使いの魔戒騎士、“蒼穹騎士・濔悠吼(デューク)”。

 彼の矢は既に放たれていた。

 蒼き一矢は背を向けたガンダルヴァを尾羽から頭部まで貫いた。

 美しい一本の線が夜空を駆け抜け、濁った色を放逐する。

 魔獣を矢に封印したことを目視で確認すると、デュークは鎧を元あった場所、即ち魔界へと返還した。

 

「……ふん」

 

 牙智也が鼻を鳴らして、眼鏡のブリッジを指で持ち上げる。

 すると、背後からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。

 

「お見事。凄いね。弓使いの魔戒騎士は名門って聞いてたけど、ここまでの腕とは思ってなかったよ」

 

 ビルの屋上に現れたのは法衣にも似ている裾の長い黒い衣装の女性。

 彼女もまた守りし者の一人である。と言っても魔戒騎士ではない。

 魔戒法師。

 肉体を限界まで鍛え上げ、近接戦闘に特化した魔戒騎士とは違い、法術と呼ばれる魔法のような力を駆使して、ホラーと戦う存在だ。

 専ら彼女たち魔戒法師の仕事は一般人をホラーから遠ざけたり、目撃者の記憶を消したりといった裏方である。

 騎士と異なり、直接ホラーを封印することはできないものの、多彩な法術を使って騎士の活動を支援してくれるなくてはならないパートナーなのだ。

 

世辞(せじ)は要らない。それより、下に落ちた矢を拾って来てくれ」

 

「お礼の一つは欲しいな。(りん)の張った結界のおかげで、こんなビジネス街のど真中で暴れても通報されずに済んでるんだから」

 

 鈴と名乗る二十代くらいの魔戒法師は牙智也に労いの台詞を求める。

 だが、彼は冷めた口調で吐き捨てるように言う。

 

「それがお前たち、魔戒法師の仕事だろうが。当然の役目をこなしただけで感謝されると思ったら大間違いだ。特に守りし者にはな」

 

「……それでも仕事仲間に対する敬意っていうのがあるでしょ?」

 

「このくらいで怒りを露わにするのは未熟な証拠だ。感情を制御できない人間に守りし者は務まらない」

 

 無礼な物言いにムッとした顔をする鈴だったが、牙智也の方は何処吹く風だ。

 仕事道具である魔戒弓を外套の背に付いたフックに引っ掛けると、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。

 言い方に刺があるが、その内容は正論でもあったため、鈴は込み上げる憤怒を押さえ付けた。

 ここで牙智也の発言に激昂してしまえば、ますます彼の言葉に正当性が出てしまう。

 しかし、スマートフォンを弄っていた彼は、唐突に奇声を上げた。

 

「キエエエエエエエエエエエエエェ‼︎」

 

「……っ⁉︎ な、何事?」

 

 冷静を絵に描いたような名門、旭杜家の魔戒騎士はホラーでも上げることのない奇怪な叫びを放つ。

 画面を眺めていた牙智也は膝を突き、その場で痙攣(けいれん)し始めた。

 もしや新手のホラーによる精神攻撃かと、鈴は魔戒法師の武器である魔導筆を片手に持ち、周囲を警戒した。

 されど、ホラーから発せられる邪気の類は何処にも感じ取れない。

 

「あふっ! あふぅ! あああああああああああああああああ!」

 

 だが、横たわる彼はスマートフォンに釘付けになったまま、頭を軸に時計の針のように回り出す。

 まるで波打ち際で転がるオットセイのような姿は、数十秒前に守りし者の在り方を語っていた厳格な騎士には到底見えなかった。

 鈴は成人男性が織りなす奇行に身を引きながらも、彼が見ているスマートフォンの画面を覗き込んだ。

 煌びやかな液晶パネルには、『バルちゃすナイツ』と銘打たれた文字の下に半裸の美少女のイラストが描かれている。

 現代サブカルチャーに疎い、魔戒法師にはそれが何だか分からず、ひたすら困惑した。

 辛うじて文字を読んで分析しようとするが『十連ガチャ』だの『ログインボーナス』だのそれだけでは何を表しているのか不明な単語ばかりが散見される。

 これならホラーたちが扱う魔戒語の解読の方が遥かに簡単だ。

 混乱する鈴が頭を抱えていると、痙攣が治まってきた牙智也はようやく人語を話し始めた。

 

「そ、そんな十万も課金して、Sレアが一枚も来ないだと……こんなことがあっていいのか?」

 

「課金? エスレア?」

 

 鈴の呟きに、彼は背後に彼女が居ることに気付いて、片腕でハンドスプリングをこなし、宙返りして距離を取る。

 神業めいた動作は、オットセイと化していた男とは思えない俊敏な動きだった。

 

「まだ居たのか、お前! 俺のワンダフォー・ガチャタイムを邪魔する気か!」

 

「いや、知らないし。……目の前で奇声を上げて奇妙な動きし始めたら普通心配するよ。まあ、変な絵を見てるだけみたいだから安心したけど」

 

 呆れたように肩を竦めるが、その発言が彼の逆鱗に触れた。

 牙智也は彼女に画面を向けながら、指を差して語り始める。

 

「いいか、よく聞け。これは巷で大流行しているソシャゲ、『バルちゃすナイツ』だ」

 

「はあ……」

 

 ソシャゲという単語自体がまず未知のものだったが、理解したくもなかったのでとりあえず相槌を打つ。

 

「そして、今さっき行ったのがガチャだ。要するに課金して、ランダムにキャラクターを含む景品を規定数購入する販売様式だ」

 

「はあ……って、さっきの十万ってまさか、十万円のこと⁉︎ え、その半裸の女の子の絵が欲しくて十万円も使ったの⁉︎」

 

 正気を疑う眼差しで牙智也を見つめるが、彼はむしろ自慢げに腕組みをして言った。

 

「ふん。馬鹿が十万程度で欲しいキャラが来るものか。今月だけで六十万溶かしたわ」

 

 自身が大金を湯水の如く消費していることに何故か誇りを持っている様子で笑う。

 六十万と言えば、称号持ちの魔戒騎士の給料を軽く超えている。幾ら名門の家系の出と言ってもおいそれと使い切っていい金額ではないことは確かだ。

 ほとんど病人を哀れむような目になった鈴は、牙智也に聞く。

 

「でも、それ、ただの絵だよね? しかも当たるかどうかも分からないのに何でそんなお金払えるの?」

 

「バッ、おま……おま! バッキャロー! ララちゃんはな、ゲームの中で生きてるんだ! ボイスだってある! タッチすれば俺に労いの台詞だって掛けてくれるんだ!」

 

 鼻息荒く、激情に駆られる彼に少し前に自分で言った台詞を聞かせてやりたいと鈴は切に思った。

 頭痛を感じて、額を抑えた彼女はそこで会話を打ち切った。これ以上聞いていたら、頭が破裂してしまう。

 が、視線を離した矢先に牙智也は画面をタッチしていた。

 

「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 また課金をして、御目当てのものを引き当てられなかったのは見なくても判断できた。

 眼鏡の下の瞳から滝のような涙を流し、唾液や鼻水すら垂らしている。

 見るに堪えない醜態。彼の一族が知れば、絶縁されても文句は言えないだろう。

 陰我と呼ばれる負の思念に蝕まれ、ホラーの憑依先になった人間よりも酷い惨状だ。

 守りし者だとか、魔戒騎士だとかいう前に一人の大人として問題のある姿である。

 

「うっ、うっ……あと一回。あと一回だけやって出なかったら、今日は止める。止めるからな。だから、来るなら今だぞ! 分かってるな?」

 

 課金画面と会話をし始める牙智也に愛想が尽きて、ガンダルヴァを封印した魔戒矢を取りに鈴は屋上から立ち去った。

 明かりの階段を下りつつ、自分の相方の魔戒騎士の愚かさに嘆息した。

 元々、魔戒法師の修行の里である“閑岱(かんたい)”の出身の彼女には街で活動することに一種の憧れがあった。

 法師として一段上に舞台に上がるためにも、優れた騎士と組むことは必須であったし、何より実際に人をこの手で守るという感覚が欲しかった。

 その結果が、俗世に溺れた魔戒騎士の雑用とは付いてないにも程がある。

 せめて、最低限こちらの仕事を尊重してくれる騎士と組みたかった。

 相方を決め直してもらいたいところだが、鈴は兄の反対を押し切って街に来た立場であるため、そんな甘えは許されない。

 閑岱の地で専属の魔戒騎士をしている兄が見たら「やはりお前には街勤めは合わないから、戻って来い」と言われるのが関の山だ。

 こんなことになるなら、昔一緒に魔戒法師として修行をした風変わりな魔戒騎士と組めばよかった。

 突然、法師から騎士へと転身した彼を裏切りの詰り喧嘩別れしなければ、すぐにでも彼の元へ向かっただろう。

 

「はあ……」

 

 深い溜め息をして、ビルから退出した鈴は重たい足取りで魔戒矢の元へ歩いて行く。

 ソウルメタルという特殊な金属で作られる魔戒騎士の武器は本来女性には触れないが、八卦札もしくは界符と呼ばれる魔戒法師の道具には貼り付けたものをもう一つの札に転送することができる。

 牙智也には既に出口になる札を渡しているため、魔戒矢を見つけて入り口となる札を貼り付ければ、自動的に矢は彼の元へと戻る仕組みだ。

 矢に封じられた邪気を頼りに探索用の八卦札を使う。

 幸い、落ちた場所はそう遠くではなく、彼女はすぐにそれを発見した。

 アスファルトの地面に突き刺さっていると思った矢は、正確には道の中央にあるマンホールを貫いていた。

 空色の矢。蒼穹騎士デュークの称号を持つ旭杜家の武器。

 ソシャゲたが何だか知らないが、低俗なゲームに没頭する魔戒騎士には過ぎたものだと思った。

 転送の札を貼ろうと鈴が近付く。

 その時、邪気を探知する方の八卦札がおかしな反応を示した。

 一つだった反応が、ずれて二つになっていた。まるでホラーの反応が分裂したかのようだった。

 

「……違う。これは!」

 

 分裂したのではない。

 同座標に重なっていた反応が、正しく出力されたのだ!

 気付いた瞬間、マンホールの蓋が外れて、下から新手のホラーが出現する。

 それは巨大なヒルに酷似していた。違う箇所を挙げるとするなら広がった裏側は吸盤ではなく、一列に並んだノコギリ状の牙だったことだろう。

 醜い見た目のホラーの中でも一際醜いその魔獣の名は、ピシャーチャ。

 下水道に潜んでいたピシャーチャは、ホラーの邪気を放つ矢が飛んで来たことを利用して、魔戒騎士を誘き寄せる罠に使ったのだ。

 外見に反して、知能の高いこのホラーは咄嗟のことに尻餅を突いてしまった鈴を喰らおうと大きな口を更に開いた。

 生臭い吐息が鈴の鼻に刺さる。

 目を瞑りたくなるような光景が広がる中、持っていた魔導筆をピシャーチャに向けた。

 筆の先から魔導の力を放ち、開かれた口に流し込む。

 

『ピギィイイイイイイイイイイイイ!』

 

 鼓膜をつんざくような叫びを上げ、ピシャーチャは反り返った。

 手傷は負わせることはできたようだが、人の理の通じぬ世界から来た魔獣に死の概念はない。

 ホラーを倒せるのは魔戒騎士のソウルメタル製の武具だけだ。

 何とか立ち上がることができた鈴は、牙智也に助けを求めようと考えた。

 だが、あんな守りし者の風上にも置けない男の手を借りることを彼女の意地は拒絶した。

 自分一人で切り抜けてみせる。そう決意した。

 ひっくり返ったピシャーチャはヒルのような体から昆虫に似た節のある手足を生やして、肉体を持ち上げる。

 魔導筆を握り締めた鈴は、筆の先端から魔導力を流し、新体操のリボンのようにくるくると回す。

 節のある四本の脚を立て、立体的に動き始めたピシャーチャはゴキブリの如く、俊敏に地面を這った。

 狙いを付けさせないように、這い回るピシャーチャに鈴は魔導力でできたリボンの先を伸ばした。柔らかくくねる墨色の線は脚の一本に絡み付くと螺旋状にその脚部を絡め取る。

 動きを封じた。この隙に攻撃用の法術を組み上げれば、封印とまでは行かずとも活動不能にまでは追い込める。

 そう思った時、急に魔導筆から手応えが消えた。

 

「……なっ!」

 

 ピシャーチャは絡め取れた脚を胴体から切り離したのだ。

 自切。

 昆虫の一部が行う、捕食者から逃げるために自らの意思で肉体の一部を切り離す行動。

 捕食者であるホラーがまさかそのような自傷行為に出るとは思わず、鈴は動揺を隠せなかった。

 それを好機と見たピシャーチャは三つ足でバッタように跳ねて、鈴の真上に飛ぶ。

 畳のように大きな口が涎を垂らし、彼女を襲う。反射的に目を閉じてしまう鈴。

 

「うっ……」

 

 しかし、彼女に牙が食い込む前に何者かがその隙間に割って入った。

 閉じかけた視界には空色の背中が映っていた。

 

「デューク……」

 

 蒼穹騎士の名が口から零れた。

 ふん、と鼻を鳴らす音が返って来る。

 サッカーのオーバーヘッドキック宜しく、空中でデュークはピシャーチャの体を蹴り上げた。

 悍しい悲鳴を上げ、軟体のその身は吹き飛ばされる。

 跳ね上がったその身に、デュークは仰向けに倒れ込みながら、魔戒矢を射った。

 蒼き矢はピシャーチャの身を一撃で粉砕し、崩れた邪気を封印する。

 それを倒れた状態で見送ってから、鎧を魔界へ返還した。

 憮然とした顔の牙智也は足先の方に居る鈴を見る。

 

「さっさと俺に知らせろ。馬鹿が」

 

 悪態を吐く彼を見て、鈴は緊張の糸が途切れ、その場に座り込む。

 心臓が激しく脈動するのを感じた。牙智也の登場が一歩でも遅ければ、自分の身はホラーの胃袋の中に落とされていたことだろう。

 むくりと起き上がる牙智也は自分のコートを叩いて砂を取り除く。

 鈴は彼に感謝の言葉を投げ掛けようとしたが、それより早く彼が手を差し伸べた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 それからごめんなさい、と手を取ってから続けようとした。

 しかし。

 

「おい、金を貸してくれ。一万でいい。給料日には多分返す」

 

 最悪な台詞を前にら喉の奥に引っ込んでしまう。

 鈴は牙智也の手を払うと、自分の足で立ち上がった。

 

「あんたって最悪!」

 

「あ? 何がだ? 給料日には返すと言っているだろうが」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、コートの背中に弓を掛ける。

 そんな彼を横目で見ながら、鈴は思った。

 このどうしようもなく、世俗的な魔戒騎士に自分の実力を認めさせよう。

 どんなに時間が掛かっても、必ず対等な相棒だと言わせてみせる。

 それまではどれだけ屈辱でも、この役目に食らいついてやる。

 山刀(やまがたな)鈴は密かにそう心に誓った。

 




タイトルは「我が名は牙狼」のオマージュです。
ガチャにハマる魔戒騎士が描きたくて作りました。

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