全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜   作:讃岐うどん屋さん

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【第13話】大仏こばちは誘いたい

「私ね。この土曜日、誕生日なの」

 

恋太郎と体を密着させながら、そう耳打ちするこばち。

 

「そうなんですか!おめでとうございます」

「それでね。もし良ければ、一緒に行きたい場所があるんだけど……」

 

言葉を続け、彼の手にそっと紙片を握らせる。

 

「これ、私の連絡先。詳しくは、バイトが終わった後で相談しましょう」

「とりあえず、一言だけ送信しておいて。終わったら、私から返信を送るから。待っててね」

 

そう告げると同時に、ホールドが解かれる。

 

恋太郎から離れ、こばちは次のパートナーの元へ向かうのだった。

 

――――

 

「あなた達!準備はよろしいかしら――!?」

「レッツエンジョイ!競技ダンスよ!!」

 

6月4日、木曜日。シルバーマンジム、ダンスルームにて。

 

異様に伸びた背すじと発達しきった体躯もさることながら、それ以上に目を引く大きなアフロヘアとタラコ唇の持ち主が、壁に張り巡らされた鏡の前に立っていた。

胸元のはだけたトップスからは見事な大胸筋が顔を覗かせており、朱美がここにいれば身悶えして喜んだことであろう。

 

「真澄くん。決めゼリフはいいけど、今日は一応、競技ダンスじゃなくて()()()()()って名目だからね」

「あと、まずは自己紹介をしないと」

 

「それもそうね!ついつい張り切りすぎちゃったわ」

 

クソデカドナルドという形容がピッタリ当てはまるオネエ言葉の使い手は、姿勢良く受講者たちに向き直す。

 

「私の名前は、土井垣真澄(どいがきますみ)。歳は18。この春からプロの競技ダンサーとして活動しているわ」

「私はそのパートナー、綾辻理央(あやつじりお)。真澄くんとは小さな頃からずっと一緒に踊っています。今日はよろしくね」

 

優雅に礼をする二人の横には、慣れた様子の丸眼鏡の少女。

 

「今日は初めての人もすごく多いし、改めて名乗らせてもらいます。私の名前は、大仏こばち」

「ここ、シルバーマンジムでダンス講師をしています。今日はスペシャルゲストとして、このお二人ともう一人の方に来てもらっています」

 

()()()()。そのフレーズを聞き、目の色を変える受講者たち。

広いフロアには50人を優に越す数の男女が集まっており、特に女性の比率が高い。

 

「その方は、諸事情により遅れているようですが。おそらく、もうすぐ着くかと思い――」

 

こばちの言葉を遮るように、ダンスルームの扉が勢いよく開かれる。

 

「すいません!!道路が混んでて遅れました!!」

「『テストステロン』の、花園亮(はなぞのあきら)です!今日はよろしくお願いします!」

 

「「「キャアアアアアアアア!!!ゾノきゅーーーーん!!!」」」

 

黄色い歓声を上げる、フロアの女性たち。中にはハチマキやうちわを身につけている者もいる。

遅れてやってきたそのイケメンの後ろからは、撮影機材を手にしたスタッフたちがゾロゾロと入ってくる。

 

 

「凄い人気だな。流石は現役のトップアイドル」

「今日の予約倍率、エグかったみたいよ。よく私たち、潜り込めたわね」

 

そう話すのは、恋太郎ご一行。今日は全員揃っている。

実は予約の定員が埋まっていた後から、こばちが無理矢理ねじ込んだのだが、そんなことは知る由もない。

 

「それにしても、この講師陣。錚々たるメンツね」

「羽々里さん。花園亮はわかりますけど、あの二人も凄い人なんですか?」

 

「凄いなんてもんじゃないわよ。去年の競技ダンス全国大会、オールジャパン・ジュニアダンススポーツカップ。その高校生(ユース)部門、スタンダード種目の優勝ペアよ」

「日本一のペアってことですか!?」

「そうよ。それに加えて、あの大仏こばちまでいる。はっきり言って、いくらお金を積んだとしてもなかなか受けれるレッスンじゃないわ。私たち、本当にラッキーよ」

 

そう解説する羽々里を、目ざとく見つけたのは亮。

 

「っ、羽々里さん!?それに、羽香里ちゃんまで!」

「久しぶりじゃないですか!今日はどうしてこんな所に?」

 

親しげに話しかける彼を見て、ざわめく周囲。

 

「亮ちゃん、久しぶりね。去年夏のパーティー以来かしら」

「こんな所も何も、普通にレッスンを受けに来ただけですよ。むしろ亮君がいることにびっくりです」

 

「俺は、『金ツバ』の競技ダンス企画の一環です。土井垣さんペアに弟子入りするような形で、修行させてもらっているんですよ」

 

談笑する3人の顔を見て、震え上がるのは番組スタッフたち。

 

(おい!花園財閥の当主がいるなんて聞いてないぞ!)

(絶対に粗相はするなよ!俺らのクビなんてポップコーンより簡単に弾け飛ぶぞ!)

 

別に羽々里にそんな酷いことをする気はないのだが、そこは芸能界というタテ社会の住人。

絶対に失礼を働いてはいけないという強い意思が表情に表れ、その緊張感が受講者たちにも伝わっていく。

 

 

「はいはい、お喋りはそこまで!アッキーの人気は結構なことだけど、今日の主題はあくまでダンスよ」

「こばちゃん!皆さんに説明をしてあげてちょうだい!」

 

よく通る声で、その場の雰囲気を正す真澄。

高校時代、競技ダンス部部長として部員を牽引してきた指導力は伊達ではない。

 

「わかりました」

 

「それでは、皆さん。本日教える社交ダンスには、スタンダードと呼ばれる男女がしっかりホールドをして踊る種目と、ラテンアメリカンと呼ばれる自由度の高い種目があります」

「今日はその中でも、基本となるスタンダードのうちの1種目、ワルツを教えますね」

 

「社交ダンスの中で一番簡単なのはブルースといって、4拍子でゆっくり踊るパーティー用のダンスなんだけど」

「今日教えるワルツは、競技シーンでも踊られる立派な種目の一つよ。ばっちりマスターすれば、単科の大会にだって出れちゃうわよ」

 

真澄の言葉に、やる気を出す受講者たち。

 

「それでは、ワルツの具体的な踊り方について、理央さんから解説をお願いします」

 

「はい。男女がホールドをして踊るワルツではありますが、その段階に進む前に、まずは基本中の基本となる足運びを練習しましょう」

「ボックスステップと呼ばれるものです。私たちの動きをよく見てください」

 

そう言って、鏡の前に並び立つ四人。

 

直立した状態から、左足を前に出す。次に、出した左足に右足を添えるように動かし、そのまま右横に滑らせる。

サイドに足が着地したら、今度は左足をそれに追随させ、両足を閉じる。

 

「ここまでが、前半部分。フォワード、サイド、クローズです」

 

続けて、右足を後ろへ。左足をそれに添えるように動かして、左横へずらす。

左足が着地したら、今度は右足でそれを追い、両足を閉じる。

 

「これが、後半部分。バック、サイド、クローズです」

「これらを繋げて、一周です。足下に四角形の箱をイメージして、それに沿うようにひたすら繰り返していきます」

「そう難しい動きではありませんが、これをリズムに合わせて、スムーズに行えるようになることが第一目標です」

「慣れてきたら、逆回りの動きにも挑戦してみましょう」

 

ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー。

声を上げてカウントをとりながら、四人はボックスステップを繰り返してみせる。

 

「この動きに加え、本来は膝を柔らかく使って、上下動を織り交ぜます」

「体の上下動はライズ・アンド・フォールと呼ばれ、ワルツに限らず社交ダンスでは必須のスキルです」

「しかし、今日はそこまで到達しなくても構いません。まずは、ボックスステップを体に覚えさせることから始めましょう」

 

 

理央の説明を聞いて、一歩ずつボックスステップの足運びを確かめる一同。

 

恋太郎、唐音、楠莉は、初めはぎこちないながらも、次第に動きの要領を得る。

羽香里、羽々里、眞妃には元々社交ダンスの心得があり、ライズ・アンド・フォールの動きまで意識しながら優雅にステップを踏んでいる。

凪乃の動きには、最初から一切の無駄が無い。

静の足取りは覚束ないが、何とか周りについていこうとしている。

 

他の受講者たちも、それぞれのペースで練習を進めていく。

10分ほど経つ頃には、皆がカウントに合わせて両回りのステップを踏めるようになっていた。

 

 

「いいですね。それでは次に、男性と女性のホールドについて解説します」

 

そう言って向かい合う、真澄・理央ペアと、亮・こばちペア。

一部の亮ファンからの射殺すような視線がこばちに刺さるが、それを意に介さず解説は続く。

 

 

「スタンダードホールドでは、立ち位置とコンタクトポイントの確認が重要です」

「基本として、男性の右足のつま先が女性の両足のつま先の間にくるように立ちます」

 

「次に、コンタクト。まず男性は、左手を斜め前方に出し、女性を迎えます」

「女性は男性の左手に自分の右手を合わせ、軽く握ります。男性は焦らずにしっかりと女性を待って、あくまで迎え入れるという姿勢を崩さないようにしましょう」

 

「それから、女性が左手を、男性の右上腕の上に置き、親指と人差し指で軽く押さえます」

「男性の右手は、女性の左肩甲骨の辺りに、指を閉じた状態で置きます」

「以上が、コンタクトポイントになります。ここまでできたら、肩を少し下げて首を綺麗に見せながら、ボディとボディを軽く合わせます」

 

そう言いながら、体を合わせる四人。全日本優勝ペアはもちろんのこと、亮とこばちの姿も堂に入っている。

 

「この状態で意識して欲しいのは、背すじをピンと伸ばすことです」

「背中はのけ反らせず、地面と垂直まっすぐに。肩は張らず、リラックス。横隔膜を引き上げて、お腹は引っ込める」

「決して楽な姿勢ではありませんが、意識すればグッと見た目が引き締まります」

 

 

「それでは、実際に試してみましょう」

「社交ダンスは、男性と女性で動きが全く異なります。今日は女性が多いようですが、できるだけ男女で組んでもらって、女性同士のペアは交代で役割をこなすようにしてください」

 

その言葉を聞き、色めきだつのは恋太郎の彼女たち。

 

(絶対に、恋太郎とペアになりたい!!)

 

そう考えるのは、誰もが同じ。

しばし7人で視線を合わせた後、自然と拳が前に出される。

 

「……勝っても負けても、恨みっこなし。出さなきゃ負けよ、最初はグー!」

 

ジャンケン、ポン!

 

一発で勝利したのは、二人だけチョキを出した、羽々里と眞妃。

 

「……出さなきゃ負けよ、最初はグー!」

 

ジャンケン、ポン!

あいこで、しょ!

あいこで、しょ!

あいこで、しょ!

 

もつれた勝負の末に、勝利を掴んだのは眞妃であった。

 

「やったー!!私が恋太郎と組むわ!」

「あらあら。眞妃ちゃん、あなたジャンケン強くないかしら?」

「そういえば、大事な勝負で負けた記憶ってあんまりないわね」

 

そう言い残し、いそいそと恋太郎の元へ赴く眞妃であった。

 

 

「しょうがないわね。それじゃあ、ママは羽香里と組むわ」

「お母様……!」

「あなたとペアを組める日が、こんなところで来るなんてね。成長した我が子と踊れるのは、とっても幸せなことよ」

 

ホールドを組み、既にステップを踏んでフェードアウトする母娘に対し、残されたのは4人。

 

恋太郎以外の男と組むのは不本意ではあるが、誰かと組まなければ話が始まらない。

いっそのこと自分たちで組もうかとも考えながらフロアを見渡す彼女たちへ声をかけてきたのは、同じく4人組の、特徴の無い同じ顔をした若い男子の集団だった。

 

 

「君たち!もし良かったら、僕たちと組んでくれないかな?」

 

(……四つ子?)

 

「……まぁ、構わないわよ。せっかくだし、名前を教えてもらえる?」

「よくぞ聞いてくれました!我ら、同じ時に生まれし4兄弟!(かばね)は毛舞田!」

 

そう叫び、大上段に構えて高らかに名乗りを上げる、モブ顔の4人。

 

「長男!毛舞田重國(もぶたしげくに)!」

「次男!毛舞田砕蜂(もぶたそいふぉん)!」

「三男!毛舞田ギン(もぶたぎん)!」

「四男!毛舞田烈(もぶたれつ)!」

 

誇らしげな顔で、ジャムの乗っていないプレーンヨーグルトのように特徴の無いポーズを決める彼ら。

 

「無個性な顔貌と苗字からの個性的過ぎるファーストネーム!!」

「ていうか特に次男!!もうちょっと隠しなさい!あんた達の親はBLEACHファンか!」

「ちょうど僕らが生まれる頃に、尸魂界篇がクライマックスだったらしいです」

 

「ということは、全員高校生?」

「はい。高校2年生です。日頃はサッカーで鍛えているのですが、無料キャンペーンに釣られて今日ここに来ました」

「社交ダンスに潜り込めば、きっとめんこい女の子とお近づきになれるはず。兄貴の読みはズバリやったなァ」

 

「いきなりの関西弁!四つ子なら生育環境は同じはずでしょ!?」

「これにはな、深ァ~いワケがあるんや。どこぞのボイロ姉妹と同じような、深ァ~い背景設定がなァ」

「それは聞きたくもないけれど!」

 

キャラが濃いのか薄いのか良くわからない4人と組みながら、次の指示を待つ一行であった。

 

 

「ペアは組めたようですね。それでは、ホールドした状態でボックスステップを踏んでみましょう」

「男性役はフォワードから、女性役はバックから動きを始めてください」

 

「一人でやる時と同じ動きですが、相手がいるだけで全く勝手は変わります」

「男性の方は、女性の歩幅に合わせることを忘れないようにしてください」

「お互いの呼吸と歩調を合わせ、ゆっくりとステップを踏むだけでも、社交ダンスの楽しさの一端を味わってもらえれば幸いです」

 

各々しっかりとホールドを組み、カウントに合わせてステップを踏んでいく。

 

 

「えへへ……恋太郎……えへ……えへへ……」

 

眞妃はだらしない笑顔を浮かべながら、恋太郎の懐を堪能する。

 

「眞妃さんは、すごく手慣れてますね」

「そりゃあ、子供の頃から社交界に出されているんだもの。羽香里もこのぐらいはできるわよ」

「流石だなぁ。眞妃さんに任せていれば、安心ですね」

「こら。社交ダンスはあくまで、男性がリーダー。女性はパートナー。リードするのは貴方の役目よ」

 

「私、どこまでも貴方についていくから。しっかりと私を導いてね」

 

薔薇色の世界に浸る眞妃。それを見て、微かに嫉妬を浮かべる花園親子。

 

「やっぱり、恋太郎ちゃんと踊れるのは羨ましいわねぇ」

「そうですね。でも、お母様。私はお母様とこうしているのも幸せですよ」

「もちろん私もよ、羽香里。ママがリードしてあげるから、ゆっくりとついてきなさいね」

 

穏やかに流れる時を、優雅に堪能する二人。その向こうでは、唐音が騒いでいた。

 

「別に私は後ろに行きたいわけじゃないんだからね!」

「か、唐音さん!言ってることとやってることがめちゃくちゃですよ!」

「僕が先に足を動かしますから!その体重移動に合わせて、唐音さんはついてくるだけでいいって、さっき理央さんも言ってましたよね!?」

「恋太郎以外の男についていくなんて、まっぴらごめんよ!私の動きを読んであんたがそれに合わせなさい!」

 

社交ダンスというジャンルに対し、致命的に相性の悪い唐音であった。

 

 

「あんな風に言い争うのは、非効率的。私はどこまでもあなたの動きについていく」

「凪乃さん。……それはありがたいんですけど」

 

そう言いながら、困惑の表情を浮かべるのは砕蜂。

凪乃の動きは、完璧だ。砕蜂の意思を刹那のタイミングで汲み取り、一切邪魔をしないように追従する。

 

しかし。その動きは、完璧で効率的すぎるのだ。

砕蜂からしてみれば、相手を気遣う必要が塵芥ほども存在しない状況。つまり、一人でステップを踏んでいるのと大差ないのである。

 

凪乃の動きは、まさに空気のよう。ホールドを組んでいるはずなのに、心なしかそこから伝わる体温さえ冷たいように感じられる。

 

「……これ、本当に楽しいのかな」

「『楽しい』という感情は不要。相手が愛城恋太郎ならともかく、初対面のあなたを楽しませる義理はない」

「涼しい顔でめちゃくちゃ辛辣なこと言いますね」

 

 

「楠莉はとーっても楽しいのだー♪♪♪」

「楠莉さん!私たち、とっても相性がいいかもしれないわねー!!」

 

ウキウキとした表情で、ステップを踏む楠莉と烈。

その息はぴったり合っていて、周りから見ても微笑ましい。

 

「あ。おしっこしたくなっちゃったのだ」

「この密着した状態で!?」

「オムツをしているから大丈夫なのだ~♪」

「社交ダンスの空気を粉々にぶち壊すムーブ!!お願いだからトイレに行ってきてちょうだい!!」

 

渋々フロアを後にする楠莉を見ながら、震えているのは静。

 

 

「静チャン。そんなに怖がるコト、何かある?」

(ひっ……!)

 

ホールドした状態では、スマホを使えない。

意思を発することができない静に向かって、毛舞田家の三男は特徴の無い目を細めて微笑みかける。

 

「えぇんやで、静チャンは何も考えんで。黙ってボクについて来れば、何にも心配するコトは無いんやからねェ」

 

優しげな言葉の裏に舌なめずりする蛇の姿を幻視し、おののく静。

 

(この人……怖い……!)

 

最初は、とてもスムーズだった。

静のぎこちないボックスステップに対し、あくまで紳士的に、甲斐甲斐しいリードをしてみせるギン。

 

しかし、静が少し慣れた頃。足運びの最中に、彼とかち合ってしまうタイミングが生じた。

少し慌てながら、軌道を修正する静。ほどなく、滑らかな動きに戻る。

 

ホッとしたのも束の間、またギンとかち合う。修正する静。

初心者同士なのだから、上手くいかないところがあるのも当然かと思っていた。

 

しかし、動きを繰り返すに従って、様子がおかしいことに気づく。

足がかち合うのは、()()()()4()()()1()()。静のバックのタイミングに合わせて、振り子時計のように規則的にノイズが挟まれる。

 

何度も何度も修正しようとする静だが、4周に1度の不協和音は一向に改善されない。

 

……わざとやっている。そのことに、静が気づいた瞬間だった。

 

突如として強く握られるグリップと、引き寄せられる肩甲骨。

獲物を離さないとでも言うかのように、ボディを強く押しつけられる。

 

優しく伝えられていた体重移動は完全に乱れ、ほとんどシンクロできていたはずの歩調も滅茶苦茶なものになる。

 

静が息を呑み、パニックになりかけた瞬間。すっと力が抜かれ、最初の完璧なエスコ-トに戻る。

まるで心を読まれ、弄ばれているかのような――いや、『ような』ではない。

この男は、自分を弄ぶためだけにこの動きを行っている。

 

 

――意図が、わからない。正体不明の恐怖に震えながら、操り人形のように彼に追随する静。

その様子を見て、ギンの目はますます細く歪む。耳元で発せられる呪詛をもって、彼女をさらに包みこもうとし――

 

 

「すいません。悪いけどそこ、代わってもらえますか?」

 

ギンの肩を掴んだのは、恋太郎。

 

「おっとっと。何や、エライ怖い顔してはんなぁ」

「怖い顔してるのは、あなたもですよ。静ちゃんを離してください」

「アンタの相手は、私がしてあげるわ」

 

恋太郎のパートナー役を放棄し、助け船を出す眞妃。

 

「そっかぁ。ボクとしては、そっちのちっちゃい子の方が組んでて面白かったんやけどなァ」

「まぁ、しゃーない。キミもエライ別嬪さんやんか。お手柔らかに頼むわァ」

 

一触即発の空気。それを破ったのは真澄であった。

 

「あなた達!雰囲気を悪くするなら、出て行ってもらうわよ!」

「ゴメンゴメン。そんなつもりは無かったんや。ただ静チャンがあまりにも可愛すぎて、ちょっとはしゃいでしまったんやなァ」

 

他人事のように語るギンの手を、眞妃が無理矢理絡め取る。

 

「さぁ、これは社交ダンス。あくまで仲良く、レッスンを受けましょうね」

「静ちゃん。こっちに来て。俺と組んで踊ろうね」

 

何とかその場を収める一同であった。

 

 

「それでは二人で組んでのボックスステップができるようになったところで、次の段階に移りましょう」

 

「ワルツに限らず、社交ダンスには決められたステップがあります」

「その数は非常に多岐に渡り、基本となるベーシックステップだけでも200種類。発展型まで網羅すれば300種類以上に上ります」

「今日教えるワルツの中だけでみても、30種類ものステップが存在しますが、今日はその中でも特にメジャーな4つのステップをお教えします」

 

「1つめは、ナチュラルターン。6歩かけて右回りに回転しながら、男性から見て左前方へと進んでいきます」

「2つめは、ウィスク。ボックスステップの半周の動きをしながら、クローズした足が少し軸足を追い越すように、後ろにクロスする形になります」

「3つめが、リバースターン。6歩かけて左回りに回転するステップで、ちょうどナチュラルターンの鏡映しの動きです」

「4つめが、シャッセ。男性から見て左方向に右足を出しながら、2拍目で一度細かく両足を揃えます」

 

「この4つのステップですが、はっきり言って、習うより慣れろです」

「基本的には、ボックスステップの動きを忘れずにいれば大丈夫です」

 

「口で説明するよりも、体で覚えましょう。私たちが順番に回ってリードしていきますから、各々ステップを確認してください」

「やることのない方々は、ボックスステップを続けるもよし。見よう見まねで基本足型を練習するもよし。心得のある方は、自由に踊っていてくださって構いません」

 

 

そう言って、フロアへと散る講師たち。

 

こばちはポケットに忍ばせた紙片を確認しながら、恋太郎を捕まえに行く。

 

そして、冒頭のシーンへと繋がるのであった。

 

――――

 

「それじゃあ、皆!最後に音楽に合わせて、舞踏会としゃれこむわよ!」

「教えた足型を使うのも大事だけど、別にそれにこだわらなくてもいい。リズムに乗って、パートナーとともに歩いていけば、それがあなた流の社交ダンスよ!」

 

「楽しみましょう!ミュージック、スタートォォ!!」

 

真澄のかけ声に合わせてかかるのは、”Let It Go”のアレンジ。

ゆったりと流れる音声に乗り、各々が教えられたステップを生かして、動き始める。

 

その習熟度は、人によってまちまちだが。

一様に満足げな表情を浮かべながら、一体感に身を任せる心地よさを体感する受講者たち。

 

3拍子のリズムを数え、体を合わせた二人、二人、二人が、あちらこちらでくるくると回る。

お互いにぶつからないように気を遣いながら、50人を超える男女たちが、フロア全体に左回りの大きな回転を生む。

 

200年を超える時を経て地球上で愛されてきた、円舞の集い。その様子を見て、真澄は優しく微笑む。

 

 

「うふふ。理央、大成功ね」

「えぇ、そうね。真澄くん。私たちも、踊りましょう」

 

手を取り合い、ゆっくりと集団に溶けこんでいく、黄金ペア二人。

 

ファンサービスとして、次から次へと女性の相手をする亮。

 

それに負けず劣らずの勢いで、結局恋人たちをローテーションして踊る恋太郎。

 

幸せに浸る、彼女たち。

 

 

その様子を見ながら、こばちの思考も静かに回転する。

 

……どの娘が本命なんだろう。

 

7人全員に平等に接する恋太郎の姿にクエスチョンマークを浮かべながらも、こばちの方針は変わらない。

 

明後日は、私の誕生日。一年に一度きりの特別な日に、私だけを見てもらって、勝負をかける。

 

抑えなくていい。抱えなくていい。

 

そんな文言で自らを勇気づけながら、恋太郎に送る誘いの文面を心の中で練り上げるこばちであった。




今回から、スポット出演したキャラの元ネタ紹介もすることにしました。
第10話に『ダンベル何キロ持てる?』の紹介も追加しているので、良ければそちらもご覧ください。


【背すじをピン!と】
週刊少年ジャンプ2015年24号から2017年11号まで連載。単行本全10巻。

第2回次にくるマンガ大賞コミックス部門1位受賞作。

鹿鳴館高校に入学し、競技ダンス部へ入部した主人公が、同級生のヒロインや個性豊かな先輩・ライバル達と織り成す青春部活ストーリー。
今回登場したのは、主人公の先輩にあたる、競技ダンス部の部長と副部長。それに、全国大会篇で登場する男性アイドルである。

【土井垣真澄】
原作では、鹿鳴館高校3年生。一から競技ダンス部を立ち上げた、初代部長。
ダンス衣装専門店の息子であり、幼少の頃からダンスを習っている。
その腕前は全国の高校生の中でもトップクラスに君臨するものであり、『黄金世代』の一角に数えられていた。

卒業後は、プロダンサーの道へ進む。3年時の全国大会から2年後には渡英しており、世界トップクラスの舞台で輝く姿を見せる。

今回の出演は、卒業間もないプロダンサー1年目の6月、下積みと食い扶持稼ぎのためにシルバーマンジムの特別講師として招聘されたという設定。
原作は明確に2015年の物語として描写されており本作とは時系列がズレるが、そこはご愛敬。

【綾辻理央】
鹿鳴館高校3年生で、幼少時からの土井垣のパートナー。彼と共に競技ダンス部を創設した、初代副部長。
たくましすぎる肉体を持つ土井垣のパワフルなダンスについていくことのできる、長身の女性として描かれている。

才能に溢れるライバル達と自身の実力とのギャップに悩み、一度はカップル解消を決意するが、紆余曲折を経て結局は土井垣のパートナーとして歩み続ける道を選択する。
2年後篇では彼と共に渡英している。

【花園亮】
アイドルグループ『テストステロン』のメンバー。原作では17歳。
テレビ番組の企画で競技ダンスに挑戦することになり、本人は地方の小さい大会に出たかったが、局の思惑でいきなり全国大会に出場することになる。

パートナーは、競技ダンスジュニアチャンプの経歴を持ち、現在は『代官山83』のメンバーである御木恵美。本作では彼女は登場しない予定。

偶然の姓の一致という奇跡に乗じ、花園財閥の一員に加えさせてもらったのは本作の完全なオリジナル設定。
羽々里の歳の離れた従兄弟にあたる。


【BLEACH】
週刊少年ジャンプ2001年36・37号から2016年38号まで連載。単行本全74巻。

第50回小学館漫画賞(少年向け部門)受賞作。

家族を守るために悪霊・虚(ホロウ)を退治する死神になってしまった高校生・黒崎一護とその仲間達の活躍を描いたバトル漫画。
世界累計発行部数1億2000万部を超える超人気作品であり、おそらく誰でも知っている。

今回登場した毛舞田4兄弟に、護廷十三隊隊長のファーストネームだけお借りした形。

【山本元柳斎重國】
一番隊隊長・護廷十三隊総隊長。
禿頭から額にかけて大きな十文字の傷を持ち、膝まで垂れる長い髭をたくわえた老人。全身にも歴戦の傷痕が刻まれている。
最強の斬魄刀と称される『流刃若火』を所持し、その戦闘力は作中でもトップクラス。

本作にはそのキャラ造形は特に反映されていない。

【砕蜂】
二番隊隊長・隠密機動総司令官。
代々処刑・暗殺を生業としてきた下級貴族『蜂家』の九代目にあたる、小柄な女性。
白打と呼ばれる格闘術を用いて戦うことを得意とする。
斬魄刀は、最初の一撃で標的の身体に刻まれる死の刻印『蜂紋華』に、もう一度攻撃を加えることで必ず相手を死に至らしめる『弐撃決殺』の能力を持つ『雀蜂』。

本作における毛舞田砕蜂は男性であり、キャラ造形は全く反映されていない。
どこかで雀蜂的なテイストを出せたらいいけど、出せるかな。

【市丸ギン】
三番隊隊長。常に薄ら笑いを浮かべたような顔をしており、京都弁で喋る。
巨悪・藍染惣右介の右腕として尸魂界を裏切るが、その全ての行動はここぞというタイミングで藍染の寝首を掻くためのものであった。
所持する斬魄刀は、『神鎗』。伸縮自在な刀身をもって相手を攻撃する、シンプルな能力の使い手。

本作中では最も色濃くキャラが反映されている。後々重要な役割を果たす時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

【卯ノ花烈】
四番隊隊長。言動ともに静かで穏やかな女性。
治癒部門の責任者であり回復・治療を行う回道のスペシャリストだが、総合的な戦闘能力も非常に高い。
所持する斬魄刀は『肉雫唼』。能力解放とともに巨大なエイに似た生物に変化し、呑みこんだ者に対し治癒能力を発揮する。

本作での毛舞田烈は、砕蜂と同じく男性。オネエ言葉を操ること以外には特に設定は決めていない。

――――

次回、デート回。
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