全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜 作:讃岐うどん屋さん
「夢の国へ、ようこそ!ハッピーバースデー!」
カップルと思しき若い二人組に向かって次々と声をかける、道行くキャストたち。
「流石は日本一のテーマパーク。スタッフの教育が行き届いていて、気持ちいいね」
隣で歩く男に向かって笑顔でそう話すのは、絶世の麗人、大仏こばち。
いつもの野暮ったい眼鏡は外し、髪も下ろして、誰もが振り返る美貌を惜しげも無く晒している。
今日のために念入りに手入れされたであろう黒髪は絹糸のように美しく揺れ、キューティクルに反射する日光が眩しい。
その頭頂部には、世界一有名なネズミペアの片割れの耳を象ったカチューシャがはめられ、右側の円にはシールが貼られている。
”MY HAPPY BIRTHDAY!”
目立つ赤文字でそう書き込まれたシールには、やはりこのパークを象徴する一匹のマウスの顔が、コーンハットを被って描かれている。
本日の主役が彼女であることを示す、特別なシンボル。右手にはスパークリングレモンゼリードリンクを持ち、ご機嫌な表情で闊歩していく。
「さぁ!次は、どこへ行こうか?」
同じ学園に通う生徒が見ても決して気づかない、特別な人に向けるためだけに解禁された天女の微笑みを携えて、こばちは想い人にそう告げる。
その姿に見惚れてしまい、返すべき言葉が上手くまとまってくれない恋太郎であった。
――――
シルバーマンジムにて華麗なる円舞曲の集いが開かれた、その日の夜。
こばちからの返信を待つ恋太郎のスマホに、メッセージの通知が入った。
ティロン。
”お待たせ。今家に帰ったよ。まだ起きてるかな?”
”私の方が年上だし、タメ語で話させてもらうね。”
”早速、明後日の話になるんだけど。君と一日、二人きりでデートさせてもらえないかな?”
いきなり懐に深く踏み込んでくる、こばちからのメッセージ。
”お疲れ様です。起きてましたよ。”
”大仏さんみたいな綺麗な人からデートに誘ってもらえるなんて、光栄です。行きたい場所っていうのは、どこですか?”
返ってきたOKサインを見て、まずは拳をグッと握るこばち。
恋太郎の周りには、女の子が多すぎる。
ハーレムのように姫たちを従える彼には、逆に特定の恋人がいない可能性も高いと踏んでいたが、どちらにせよ二人きりのデートを受け入れてもらえるかは、一つ目の大きな賭け。
表目が出たことに喜びながら、彼女はベットを上乗せしていく。
”こばちさん、って呼んで欲しいな。私も、恋太郎くん、って呼んでいい?”
”出会ってからまだ1週間も経ってないのに、大それた提案をしてしまうんだけどね。”
”私、ディズニーランドに行きたい。私が主役になれる特別な日に、君と二人で、夢の国を堪能してみたいの。”
男女二人きりで行く、ディズニーランド。
いくら誕生日という名目があるとは言え、出会ってたった5日の男に持ちかけるにはあまりにハードルの高い相談。
突っぱねられる可能性だって、十分にある。
それはこばちにもわかっていたが、遠慮して引き下がるのは彼女の性分ではなかった。
恋太郎に恋人がいようといなかろうと、ディズニーデートを承諾されようとされなかろうと、とりあえずはギリギリまで踏み込んでみて、反応を見る。
拒否されれば、その時に軌道を修正して、二の矢を放てばいい。攻めの姿勢をとるこばちは、どこまでも肉食系女子であった。
”ディズニーランドですか。ちょっと予想していなかったので、びっくりです。”
”俺なんかで良ければ、ご一緒させてもらいますよ。”
”調べてみたら、パスポートからバースデー仕様のものがあるみたいです。二人分買っておきましょうか。”
思っていた以上の色よい返事に、相好を崩すこばち。
手から取りこぼしそうになるスマホを慌てて持ち直して、画面上に指を跳ねさせる。
”ありがとう。お願いするね。私の分のお金は当日渡すから。”
”すっごく楽しみ!気合い入れて準備して行くから、よろしくね!”
――――
そして6月6日、土曜日の朝。舞浜駅南口。
「おはよう、恋太郎くん!」
綺麗めの半袖シャツに明るい色のジーンズという出で立ちで改札をくぐった恋太郎に、声をかける傾国の美女。
花柄のレースをあしらった白のブラウスにデニムのショートパンツを合わせ、ちょっぴりセクシーなオーバーニーソックスを装着。
動きやすさと女の子らしさを両立した上で、男を悩殺する絶対領域の魔力。
至る所に黄金比を備え、ダンスで絞られた輝かしい肉体を前にしばし見とれる恋太郎の左腕に、こばちの両腕が絡みつく。
「たったの2日だけど、待ち遠しくて仕方なかったよ!今日のコーデ、どうかな?」
「と、とっても似合ってますよ!俺なんかが隣にいて釣り合うのか心配になるぐらいです」
「嬉しい!君のためだけに、考えて仕上げてきたんだよ!今日は一日ずっと、隣にいてね!」
きっとこの場に石上がいれば、『お前誰だよ』と言いそうなぐらい快活に笑顔を振りまくこばち。
惚れた男の喉首に、1日で噛みつき、食らいつくしてみせる。完全に戦闘態勢に入った雌豹のアクションに、思わず身体を硬くする恋太郎。
道行く男たちの羨ましそうな目線を気にしながら、パーク入り口へ向かっておずおずと歩き始めるのであった。
――――
~ワールドバザール~
「キャストさん!バースデーシール、ください!」
ニコニコしながら声をかける、こばち。
「誕生日、おめでとうございます!今日が楽しい1日になりますように!」
「このシールを貼っておけば、色々な場所でお祝いしてもらえますよ。目立つ所につけてくださいね!」
「目立つ所、かぁ……それなら、アレだね!」
軽い足取りでアーケードをくぐり、向かう先はタウンセンターファッション。
「ディズニーランドのスタートといえば、ここしかないよね!」
店内の一角には、ディズニーキャラの頭部を模したカチューシャの数々が所狭しと吊るされている。
「やっぱりここは、王道のミニーかなぁ」
「恋太郎くん、どう?似合ってる?」
漫画みたいな大きなリボンを揺らしながら、振り返るこばち。
「似合ってるなんてもんじゃないですよ。絵本の中から白雪姫が飛び出してきたみたいです」
「もう、褒め上手ね。それじゃあ、私はこれにしようかな!恋太郎くんはミッキーにしなよ!」
そう言って、トンガリ帽子つきのミッキーのカチューシャを手渡す。
「お揃いですか……何だか恥ずかしいですね」
「大丈夫、すぐ慣れるって!このパーク内ぐらいでしかつけれる場所ないんだし、思いっきり世界観を楽しまないと!」
~ペニーアーケード~
「恋太郎くん、がんばって!もっと速く、回して回して!」
「うおおおお!!今こそ筋トレで鍛えた上腕二頭筋の力を見せる時!」
「ゴール!やったね、恋太郎くん!」
「あ、特に景品とかは無いんですね」
~ジャングルクルーズ~
「クルーズへようこそ!オレは、船長の霧崎だ!これからみんなを、危険がいっぱいのジャングルへと案内するぞ!」
「何が起こるか分からないジャングル。二度と戻ってこれないかもしれない。見送りの人たちにお別れの手を振ろう。バイバ~イ!」
「さあ、これからカバの縄張りへと入っていくぞ!船を揺らしたり、大きな音を立てたりしないように」
「カバを怒らせるとすごーく危険だぞ。何せ、動物界最強の一角とも言われてるぐらいだからな!」
「あんなのに体当たりされたら、ひとたまりもねェ。カバが怒っている時は、耳をピクピク動かす……動いている!」
「みんな、船につかまって!!」
バーン!バーン!
手にした猟銃をぶっ放す動きをする、霧崎。船の周りで水しぶきが上がる。
「キャアア!恋太郎くん、私怖い!」
ちっとも怖そうではない満面の笑みで、ここぞとばかりに恋太郎にしがみつくこばち。
「いやー、びっくりして逃げていった。でも、まだそこらにいるかもしれないな。油断は禁物だ」
「さて、いよいよこのジャングルで最も危険で最も恐ろしいところへと近付いてきたぞ。そこは文明社会だ」
「オレの眼は命の危険を直前に察知できる特別製だが、都会の中じゃあ危険が多すぎてとても生きた心地がしねェ」
「ジャングルの方が、よっぽど安全ってもんだが。みんなは、そんなことはないだろう」
「忘れ物に、気をつけて。カメラ、ハンドバッグ、財布、それに大事なお子さん。忘れ物は3日以内に取りに来ないとみんなオレがいただいちまうぞ」
「また冒険したくなったら、いつでも遊びに来てくれよな!この後も東京ディズニーランドでゆっくりと過ごしてくれ!サヨウナラ〜」
~ウエスタンランド・シューティングギャラリー~
「恋太郎くん!射的で勝負しない?」
「センサーを狙って、引き金を引くんですね。何だか難しそうです」
「銃のフロントサイトと、リアサイトをしっかり一直線に並べて、マトを狙うのがコツだよ!ほら、こんな風に!」
恋太郎の後ろからピッタリと体をくっつけて、指導するこばち。二人の頬と頬が近づく。
吐息さえ届いてきそうな距離感にドギマギする恋太郎の背中に当たるのは、柔らかに自己主張する二つの膨らみ。
お互い背筋に痺れるような甘酸っぱい感覚を走らせ、耳たぶを紅潮させながら、努めて平静を保って彼は尋ねる。
「こばちさんは、詳しいんですね。元々ディズニーがお好きなんですか?」
「両親がすごくディズニー好きでね。毎年1回は行ってたかな。最後に来たのは5年ぐらい前だけどね」
「私は9点!恋太郎くんは6点!私の勝ちだね!」
「参りました。でも、楽しかったです」
「はいこれ、グーフィーのスコアカード!記念に持って帰ろう!」
「勝利の証に、何かおごってもらっちゃおうかな!スパークリングレモンゼリードリンクで手を打つね!」
~スプラッシュ・マウンテン~
「恋太郎くん、このアトラクションに登場する動物たちの名前は知ってる?」
「あれが、主人公のブレアラビット。あっちは、アライグマのラケッティ。それからこっちが、ミスターブルーバード」
「そして、あそこでカメラを持っているのが、フィニアス・ファイヤーフライ……キャアアア!」
滝つぼへめがけて落ちて行くボート。
撮影された写真には、バーをしっかりと掴む恋太郎と、手を上げてポーズをとるこばち。
「これも、記念になるね!いっぱい思い出が増えて、嬉しいなぁ」
~アリスのティーパーティー~
「ゲストさん、ハッピーバースデー!もし良ければ、お名前を教えてもらえますか?」
完璧な笑顔で、こばちに話しかけるキャスト。
こばちは少し躊躇って、こう答える。
「……神代です。神様の神に、代理の代と書いて、かじろ」
「わかりました!回っている最中に、お名前をお呼びしますね!」
そう言い残し、キャスト席へと戻っていく。
「こばちさん?どうして、偽名なんか」
「……ホラ、世の中どこで誰と出会うかわからないでしょ。珍しい名字だし、知り合いに気づかれたりしたら嫌かなって」
そういうものかなと思いながら、全力でティーカップを回す恋太郎。
「神代さーん!ハッピーバースデー!」
存在しないゲストへ向けたアナウンスを聞きながら、こばちの表情が今日初めて曇るのを、恋太郎は見逃さなかった。
~スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー~
「こばちさん。何か、嫌なことでもありましたか?」
夕方を迎え、一気に増えてきたゲストたち。
大人気アトラクションということもあり、今日並んできた待ちに比べても一際長い長蛇の列に加わる二人。
ここまでのこばちとのデートに、うまくいかない点は何もなかった。
待ち時間の長いディズニーランドではトークスキルが求められるが、そこは惹かれ合う運命の二人。
友達のこと。学校のこと。好きな漫画。映画。小説。ドリンクの味。小さい頃の思い出。
話題は尽きることなく提供され続け、お互いを知る喜びを感じながら、これまで仲を深めてきた。
その中で、それとなく避けられてきた話題。
一つは、恋太郎の女性関係。ジムを共に訪れた取り巻きの少女たちとは、どういった間柄なのか。
もう一つは、こばちの家族のこと。両親の話題は5年前までに限られており、最近の話は全く出てこなかった。
「そんなことないよ!今日は何から何まで、楽しいことだらけだよ」
そう嘯くこばちの顔に、違和感は全くない。
心から、恋太郎とのデートを楽しんでいる表情。
その完璧さが逆に、さっきの曇り顔とのギャップを生み、恋太郎に疑念を抱かせた。
「……こばちさんって、実は有名人なんですよね」
少し考えてから、声を潜めて今日一番踏み込んだ話題を振る。
「えっ!……あー、知ってたの?この前一緒にいた花園家の人から聞いたとか?」
苦笑しながら、否定はしないこばち。
「そうです。4年前までは注目されていたアイドルだったのに、突然いなくなったって」
「さっき本名を明かさなかったのは、もし『大仏こばち』を知ってる人がいたら、面倒なことになるからですか?」
「うーん。それも、あるし。それだけでも、ないかな」
複雑な表情を浮かべて、黙り込む。
話したくない、というよりかは、何から話そうか、迷っているような間。
「あ、前の人、進んだね!」
「辛気くさい話題は、やめやめ!ほら見て、R2-D2だよ!シンプルなフォルムが絶妙に可愛いよね~」
彼女の顔面に貼り付いた笑顔に、負の印象は欠片も見られない。
アイドル時代に鍛えたであろう、全ての者を魅了する表の顔。
ひまわりのようなその面持ちに、逆に深く、暗く、ぱっくりと口を開けた悲哀を見て取れるような気がして。
どんな声をかければいいのかわからないまま、列の先へと足を進める恋太郎であった。
この作品を書くにあたって2020年のカレンダーとにらめっこしながら、年間スケジュールを考えて、こばちと恋太郎のデート日を6月6日に決めて、その後別件でこばちの誕生日を調べてみたらドンピシャで6月6日だった時は流石に運命を感じたよね。
デート中こばちのイメージは、割とハーサカをベースにしています。原作とは口調が大きく違いますが、ミコちゃんや石上に対するセリフから類推して、年下の意中の男に対してはこんな感じかなと解釈しました。
ディズニーランドの描写は、頑張って調べはしましたが、多分に想像を含んでいます。何せ作者が最後に行ったのが12年前なので。
細かいところの齟齬は、ご容赦ください。あと、実在のパークを押し出しすぎていることがマズかったら誰か教えて下さい。ちょっとズラした架空のランドに書き換えます。
作者的には、この描写ならセーフかなと思って書いています。かぐや様原作の日本は観光地については現実世界まんまの描写がされているので、できればこのままでいきたいところです。
次回、引き続き夢の国。