全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜 作:讃岐うどん屋さん
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今回はちょっと長めです。
「恋するのって……たーのしーーー♡」
先月までなら絶対に言わないセリフを吐きながら、自室で勉強机に向かう眞妃。その口角は上がりっぱなし。
先日腫らしていた目は健康的に輝き、誰もが認める美少女の趣を取り戻している。
教科書を広げてはいるものの、目線はスマホの画面を捉えっぱなし。勉強は全く手につかない……などということはなかった。
恐るべきスペックの脳は唸りを上げてフル回転。それによって教科書とスマホとの並行処理を完璧にこなしながら、それでも意識の8割は彼とのLINE、そして今日という一日を反芻することに使われている。
眞妃と恋太郎の出会いから、1週間が経過していた。
(あー、ヤバい。好き。まだたった1週間なのに。大好き)
この1週間、1歩を踏み出すと決めた眞妃の行動は速かった。
生徒会男子に相談した日の夜には、早速彼への連絡を敢行。
かぐやのように、メッセージ1つ送るのにも30分は考え込み……などということはなく。
こういうのは、変に考えるからなかなか送れなくなるのだ。
重要なのは内容を着飾ることではなく、とにかく繋がりを作ること。
文面なんかは定型でいい。そう割り切る眞妃は、かぐやよりも明らかに世間慣れしていた。
”こんばんは。昨日は楽しかったです。”
”今、何をしていますか?”
彼女には珍しく丁寧語を使いながら、まずは軽くジャブを放つ。
そして待つことしばし。
(返ってこなかったらどうしよう)
こんな時に誰もが思う不安を感じながら。
既読マークがつくのは、予想よりずっと早かった。
”こんばんは。俺も楽しかったです。”
”今は筋トレをしています。”
「まさかの肉体派!!」
ツッコミを入れながらも、眞妃の心拍数が10上がる。
筋トレしてる姿が生理的に無理などこぞの眼鏡っ子とは違い、眞妃は筋トレに対する嫌悪感はない。
汗くさい弟に蹴りを入れたりはするものの、それも親密さの裏返し。
これが何とも思っていない男子のことだったなら、『ふーん』で済ませたことだろう。
だが、一目惚れした相手なら話は別。男性としての魅力を高めようと努力する姿を想像し、思わず胸が高鳴ってしまう。
ちなみに恋太郎的には、筋トレをするのには理由がある。
先日経験した、実の母親による花園羽香里軟禁事件。
頼れる恋人たちの協力もあって、彼女を取り戻すことには成功したが。
危ない場面はいくつもあった。救出が紙一重でうまくいったのは、主に彼自身と唐音の身体能力のおかげ。
百股という困難な道を成し遂げようとしているのだ。この先も様々な試練に襲われることは必定。
愛する彼女達を守るために、力はどれだけあっても足りない。
そう痛感した恋太郎は、努力の限りを尽くして自らを鍛え上げることに決めていた。既に護身術の教室にも申し込みを済ませている。
そんな事情とは露知らず、眞妃はウキウキしながら返信する。
”筋トレですか。男らしくていいですね。”
”実は私、栄養学もかじっています。役に立てることがあったら何でも聞いてください。”
本当のところは、眞妃は栄養学にはあまり明るくない。
眞妃の興味は金融分野に向いており、得意教科はどちらかといえば文系科目の傾向がある。
しかしながら、そこは四条家の血を引くブレインモンスター。
必要とあらば、どんな知識であろうと即座に吸収し、活用できる自信が彼女にはあった。
”本当ですか。ちょうど知りたいなと思っていたことがあったんです。”
”筋トレをする時のPFCバランスについては理解できたんですが、ビタミンをどの程度とればいいのかがよくわからなくて。”
”水溶性ビタミンはいいとして、脂溶性ビタミンの摂取量はどのくらいがベストなんでしょうか。必要なことはわかっているのですが、過剰摂取した際の蓄積が気になって――”
「驚きの知識量!!」
これは自分も急いで勉強しなければならないと焦りながら、この男の『本気』を感じて眞妃の心拍数はまた10上がる。
なお、恋太郎のこの知識は薬学のスペシャリスト、薬膳楠莉からの受け売りである。
本当は眞妃の助けは必要ないのだが、それを正直に言うのも野暮というもの。
サポートは多いに越したことはないし、何より恋太郎にとっても眞妃は気になる運命の相手。話題の提供は渡りに舟であった。
”眞妃さんの方が年上なんですから、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。”
”気楽に接してもらえると嬉しいです。”
そんな文面を恋太郎から引き出し、眞妃は小さくガッツポーズ。
お互いへの口調の変化は、親密さを深める第一歩だ。
いつかは恋太郎からも、くだけた口調で『マキ』と呼び捨てにされたい。そんな妄想を浮かべながら、眞妃はコミュニケーションの締めに入る。
”ありがとう。お話できて楽しかったわ。”
”近いうちに、どこかで食事でもしたいわね。羽香里にもよろしく。おやすみなさい。”
そう送ってトークルームを閉じた眞妃。
食事がしたいとの願いは、意外なほど早く叶えられた。
パーティーから数えて、ちょうど1週間後。時刻は昼前。
流石に毎日連絡を送るのは露骨すぎると控えめになりながらも、最初よりは遙かに増えた彼とのやりとりを読み返してにやけながら、眞妃はカップルを待っていた。
「眞妃さん。お待たせしてしまってごめんなさい」
そう言って駆け寄る羽香里。今日はガーリーなワンピーススタイルである。
「いいのよ、私が早く来すぎただけ。まだ待ち合わせの30分前じゃない」
対する眞妃は、シンプルなTシャツにショートジャケット、パンツスタイルで大人っぽくキメている。
いつか翼と行ったカラオケの日を彷彿とさせる、自信のあるコーディネートだが、流石に細部はあの時とは変えていた。
「お待たせしました。行きましょうか、眞妃さん」
「ちょっと待って。何故に
「これには深い理由がありまして」
口元を掻く恋太郎に代わって、羽香里が説明をする。
「今日恋太郎君、花壇の水やり当番で登校してたんですけど。帰り道で迷子の子供を見つけたらしくて、3時間もそれにつきあってあげてたそうなんです」
「何よそれ。迷子のくだりはともかく、高校生にもなって花壇の水やり当番?夏休みでもないのに?それに、まだ待ち合わせ時間まで30分もあるじゃない。流石に色々と苦しくない?」
「実は、『うまいオチが思いつかなかったから悪いけどこれで頑張ってくれ』っていう
「全く意味がわからない!!」
そんなやりとりで始まった、休日のひと時。
「このパンケーキ美味しーーー♡」
「まったりとしていてコクがあり、それでいてくどくなく口の中で雪のように融けていく。これはまさに匠の技ですね」
「トッピングのフルーツも絶品です」
「ねえ、見て見て!あの服可愛い!」
「そろそろ夏物を準備しないといけませんね」
「こっちのブラウスは、羽香里によく似合いそう。あっちのパーカーは、眞妃さんにぴったりなイメージですね。値段は……げっ、25000円。結構するなぁ」
(その気になれば余裕で買えるけど)
(その気になれば余裕で買えますけど)
「恋太郎。いつまでもその服装でいるのもなんだし、思い切って上から下まで一式揃えちゃえば?」
「でも、脱いだ制服を入れられるような鞄も今日は持ってきてないですし」
「一緒に買っちゃえばいいじゃない」
「そんな予算はないですよ」
「私が買ってあげましょうか?」
「気持ちだけもらっておくよ。そのお金は自分のために使って欲しいな」
「タピオカミルクティーもそろそろブームは過ぎた感があるわね」
「案外並ばずに座れましたね」
「原作好きとしてはタピオカミルクティーのキーワードは外せないですよね」
「さっきから何を言ってるの?」
”フルコンボだド~ン!”
「すっごーい!リズム感抜群ね!」
「好きな曲だったので、たまたまですよ」
「じゃあ次は『おに』、いってみましょう!」
「いや流石にそれは無理ってあばばばばばばば」
「それじゃあ最後に、3人でプリクラを撮りましょうか」
「いい思い出になるわね。恋太郎、喜びなさい。両手に花よ」
「今日最初から喜びっぱなしですよ」
楽しい時間は、あっという間に過ぎていき。
「今日はありがとうございました。眞妃さんとは長いつきあいですけど、こんな風に遊んだのは初めてですよね。私も高校生になったんだ~って実感します」
「こちらこそ、ありがとう。こんなに楽しかったのは久しぶりよ。……そう、本当に、久しぶり」
眞妃の瞳から光が消えかける。
「眞妃さん?大丈夫ですか?おっぱい揉みますか?」
「もう少し恥じらいというものを覚えなさい」
たしなめながら、瞳に光の戻った眞妃が二人を見据える。
辺りは夕暮れ。ほどなく、夜の帳が下りる時間。
「それじゃあ、またいつか。次に会える日を楽しみにしています」
「えぇ。またね。二人とも、仲良くしなさいよ」
羽香里を泣かせたりしたら、私が許さないからね。
よくある文言を思い浮かべながら、決して外に出ていかないように、そっと心に蓋をした。
そこまで言ったら、嘘になってしまうから。
――――
そしてシーンは冒頭に戻る。
勉強にも一段落がつき、一日の回想を終えた眞妃。
略奪も辞さない覚悟を決めた彼女ではあったが、二人との濃厚な一日を過ごして、また少し心境は変化していた。
現時点では、自分が悪いことをしているというつもりはほとんどない。
強いて挙げれば、友人の恋人に対して自分からLINEを送った点ぐらい。かわいいものだ。
だから彼とのやりとりを思い出して、浮かれ気分でいることができた。
一緒に過ごしたたった半日の間で、恋太郎の優しさ、誠実さは十分に伝わってきた。
彼を好きになって良かった。根拠の無い本能の導きでしかなかった恋心が、眞妃の中で確信に変わる。
しかし。
持ち帰ったプリクラに目をやる。羽香里の笑顔を眺めながら、眞妃の心に影が差していく。
”眞妃さんとこんな風に遊んだのは、初めてですよね。”
”二人とも、仲良くしなさいよ。”
高揚し、パンパンに膨らみきっていた心の風船に、わずかな裂け目が入る。
今は、まだ、大丈夫。本音を隠してこそいるものの、嘘をついてるわけではない。不義理を働いた覚えもない。
しかし、この先、これ以上。『彼が欲しい』という感情に従い、行動を重ねていくとしたら。
それは、羽香里に対する裏切りだ。幼少の頃から自分を慕い、信じ、尊敬してくれている、大切な友人に対する冒涜だ。
”友達との仲は壊れてしまうかもしれない。でも、十分に取り返しのつく範囲だと思うわ。”
覚悟を決めた、つもりだった。わかったつもりで、何もわかっちゃいなかった。
『羽香里を泣かせたくない』
『恋太郎が欲しい』
決して両立しない二つの感情が、等価に胸に去来する。
「私はこれから、どうしたらいいのかしら」
そう一言呟いて、眞妃は刹那の熟考を始める。
この願いを両方とも叶えようと思ったら、簡単な選択肢が一つある。
それは、待つことだ。決してこの想いが溢れ出さないように、固く固く封をしながら、羽香里と恋太郎の関係に決着がつくまで、じっと待ち続ける。
もし彼らが破局すれば、その時は晴れて自分の番だ。傷心の恋太郎にそっと寄り添い、身も心も自分色に染め上げる。ベリーイージー。誰も傷つかない、優しい世界。
でも、もしそうならなかったら?
1ヵ月前の、あの日の絶望が蘇る……かと思いきや、案外そんなことはなかった。
(確かにあの時は、そりゃあショックだったけど)
人間の脳は、辛い記憶を忘れるようにできている。
新しい恋を歩み始めた眞妃にとって、渚の妊娠発覚は苦い思い出ではあるものの、既に過去の出来事だ。
今の眞妃は、恋太郎との一日を経た幸せ状態。
満足しきった頭で羽香里と恋太郎のゴールインをシミュレートしようとしても、イマイチ実感が伴わない。
前の恋では、必死で感情を殺すこちらの気も知らず、毎日毎日イチャイチャする姿を目の前で見せつけられていたのだ。
それに比べれば、今日という一日はまさに天国だった。
カップルに同行して遊びに行くのだから、多少は辛い思いをすることも、覚悟はした上だった。
だが、独り身の自分への遠慮もあったのか。羽香里と恋太郎が、眞妃を傷つけるような行動をとることはついぞ無かった。手を繋ぐことすらしなかった。
そういう心遣いが、さらに彼に惚れた一因でもあり。羽香里への罪悪感を覚え始める、きっかけともなったのだった。
(今のところは、待つという選択肢も悪くはなさそうね)
パターン1。とりあえず、ステイ。いったん、そう結論づける眞妃。
そのままさらに思考を続け、ありうる展開を精査する。
パターン2。待っている間に、待ちきれなくなった場合。
これには、『そもそも待たない』という選択肢も含む。
その時は、恋太郎へのアタックを敢行することになる。
アタックするからには、当然成就させたい。となると、ある程度時間をかけての根回しは必須。
それが羽香里への裏切り行為となることが、この場合の問題点であった。
良心の呵責には、おそらく耐えられる。人様の恋人を奪おうというのだ、そのぐらいは割り切らないといけない。
ただ、念願成就し、全てが発覚した時。表向きは親しげな様子を保ちながら、裏では恋人を誑かされ、ついには奪われたことを知った、羽香里の気持ちを考えたら。
その心痛たるや、いかばかりのものであろうか。
そんな事態を招く行いは、四条家に生まれた眞妃という人間の矜持に反するものだ。
(やるとしたら、絶対に裏工作を悟られないようにする必要があるけれど)
『眞妃に裏切られた』という事実が伝わらなければ、羽香里の傷は浅くて済む。それならば、ギリギリ許容の範囲内。
だが現実的に考えれば、その見通しは甘すぎる。
まず、自分が恋太郎にアプローチをかけていることが、羽香里に伝わってはいけない。
次に、念願成就の過程で必ず訪れる羽香里と恋太郎の別れの際に、自分が関与していることも知られてはいけない。
さらにその後、自分が羽香里の後釜にすわった時、前々から裏切っていたことを悟られてもならない。
越えるべきハードルが多すぎて、目眩がしそうだ。
(こっそり奪いにいって一つでも下手を踏めば、絶対に羽香里を傷つける。となると)
パターン3。まず、羽香里に本心を伝える。
問題の核心は、奪うことにあるのではない。裏切ることが最悪なのだ。
裏切らずに奪う。つまり、あらかじめ羽香里に宣戦布告をしておけばいい。
(なーんて、漫画なら良くありそうな展開だけど)
少し考えれば、それが一番ありえない選択肢であることはわかる。
『あなたの彼氏を好きになりました』。そんなことを馬鹿正直に伝えれば、普通はどうなるか。
徹底的に、彼からは遠ざけられるだろう。連絡する手段すら取り上げられて、それでおしまい。
しかも、裏切りによって相手を傷つけることこそ避けられるものの、結局友情の崩壊は避けられない。
どう考えても賢い策ではない。
(あとは、どういうパターンが考えられるかしら)
こっそり奪いにいって、敗北するパターン。
とりあえず待ってみて、少し向こうの関係に亀裂が入り始めた時に動き出す、折衷案。
待っている間に新たな女が現れて、そっちに略奪されてしまうパターン。
待っている間に、自分に新たな恋が訪れるパターン。
エトセトラ。エトセトラ。
正解の決まっている学問の世界とは異なり、恋愛における選択肢は無限。
莫大に増えていく分岐を追うために、眞妃の頭脳は限界を超えた回転を強いられ。
結果、睡眠を欲する。
「ふぁぁ。寝よ寝よ。これ以上考えてもいいことないわ」
勉強道具を片付けて、明日の準備を確認してから、眞妃は床につく。
電気を消す前に、プリクラをもう一度手に取りながら。
「おやすみ、恋太郎」
そう呟けば、幸せな気持ちで眠りにつけるかと思ったのに。
二人の笑顔が喉に刺さって、今一つ寝心地は悪かった。